親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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テンとハヤトが告白について話したので、コッチの二人もね。





お姉ちゃんから妹へ

 

 

 ——ゆらゆらと視界の中を湯気が漂うのを、姉妹はうつらうつらとした様子で眺めていた。

 

 

永遠と立ち昇り続けるその源は、広々とした浴槽に張られる心地よい温度。大人が頭の天辺まで浸かれる体積に、溢れんばかりに注がれた湯。

 

浴場を明るく染める陽の魔鉱石の光を反射する湯の温度は適切で、肩まで浸かると意図せずに吐息。反響する色っぽい声を耳に挟みながら、そのまま疲労の息を深く吐き切った。

 

疲れが、小さく揺れ動く湯と一緒に流される感覚。何もしてない——ただ、湯船の中に沈んでいるだけ。それだけで今日一日の疲労感が癒されていく。

 

至福の空間、極楽のひととき。様々な言い表しようのできる代えの利かないもの。誰もが共通して気の緩む瞬間。

 

 

「……ふぅ」

 

 

そんな瞬間を過ごす二人の姉妹が、その空間にはいた。肩を並べて湯船に浸かり、浴槽の縁に背中を預け、色っぽい吐息を溢しながら、湯から昇り続ける白い湯気を茫然と眺める姉妹が。

 

青髪と桃髪の美しい姉妹だった。幼少期のあどけなさを残した顔立ちに、宝石を嵌め込んだような青と赤の瞳。湯船に当てられてほんのりと紅く色づいた一糸纏わぬ裸体は、見る者達を容易く虜にしてしまいそうな危うさを纏っている。

 

その姉妹——名は、レムとラム。テンとハヤトに夕食の後片付けを任せた、一足先に入浴中の双子姉妹である。

 

 

「こうして湯船に浸かると、どうしても気が緩んでしまうものですね」

 

「今くらいは構わないと思うわよ。ここにいるのはレムとラムだけ、緩んだとしても誰かに見られるわけでもないし。安心して緩むといいわ」

 

 

湯船の温度に意識がまどろむ予感を感じたレムが、緩む自分を咎めるような声色で言い。彼女のそれをやんわりと否定するラムが、湯に身も心も温められながら深く吐息。

 

今は姉妹だけの時間なのだから、その必要もないだろう。変に気を遣われてしまうとラムが困ってしまう。自分と二人だけの空間のときは遠慮はしてほしくない。

 

第一、そう言ったラム自身がレム以上に溶け切っているのだ。自分がこんな形でレムが気を張っていては、姉としての示しがつかないというもの。

 

なら、二人一緒に溶けるのがいい。今この場に入浴しているのは自分達だけで、気の緩んだ頬を表に出したところでなんの問題もない。

 

 

「姉様のそういうところ、レムはとても素敵だと思いますよ」

 

 

ラムの発言をどう受け取ったか定かではないものの、レムはふにゃりと頬を緩ませると脱力。弱くも張っていた気が完全に緩むと溜めていた吐息が「ふぅ」と疲労感を帯びながら口元から落ちた。

 

そんな彼女が横を見ると、瞳に映るのは自分以上に頬を緩ませる姉の姿。常日頃から毅然とした態度を一貫する姉は、しかし今だけは気が緩んで自然に油断した姿を無防備に晒している。

 

これを見るのが、実は入浴時のレムの楽しみだったり。自分とエミリアしか知らない姉の秘密の姿——知っていることがなんとなく嬉しい。

 

 

「ーー? どうかしたの?」

 

 

見つめていたことがバレたらしい。揺らめく湯気と共に意識を漂わせていたラムが喉を小さく鳴らすと、向けられた視線に気付いた彼女が視線を絡ませてきた。

 

湯の温度に紅らんだ頬。ほっとしたように綻ぶ桜色の唇。油断という言葉が全身から溢れる態度。姉が自分に向けるそれらを感じ取ったレムは「いえ」と微笑みながら、

 

 

「今のように油断する姉様を見ていると、普段とは違う一面を見れているような気がして、なんとなく嬉しいのです」

 

「直球で言われると、流石のラムも恥ずかしいのだけれど」

 

「ごめんなさい。でも、やっぱり嬉しいのです」

 

 

謝りながらも、そこに謝罪の意思はない。あるのは世界で唯一の最愛の姉に対する好意的な感情のみ。湯の中で緩やかに動き、ラムに身を寄せるレムは姉の肩にふわりと寄りかかる。

 

テンに甘えて心が緩んだのだろうか。珍しく大っぴらに甘えてくる自分の妹に、ほんの僅かに驚くラム。姉の体温を肌で感じ、心地良さげに目を瞑るレムに彼女は瞬間だけ息が詰まった。

 

 

「まったく、この子は……。仕方ない妹ね」

 

 

心に生じた僅かな動揺を刹那で断ち切ると、ラムはレムと同じ表情を浮かべながら妹の甘えを無条件に受け止め、受け入れる。

 

言葉こそ相手の欠点や弱点を罵ったものに他ならないが、彼女の言霊に宿るのは世界で唯一の最愛の妹に向ける親愛だけだった。

 

そうして世界で唯一——世界でたった一人しかいない自分と血の繋がった存在に身を預け、預けられた者は、互いの体温を素肌で感じながら湯船に溶けていく。

 

 

 ーー本当に、テンテンには感謝するべきね

 

 

久々に訪れた妹との至福の時間の中。疲れを癒すように瞼を閉じる妹を見ながら、ラムはそんなことを不意に考える。この状況——少し前までは当たり前だった光景を取り戻してくれた恩人のことを。

 

あの日以来からレムが救われるまでの間、こうして一緒に入浴することはなくなっていたりしていた。いつもなら同じ時間に入るはずなのに、気がつけばレムは済ませていて。

 

一人の浴場は、とても広く感じた。寂しくも感じた。温かい湯に浸かっているはずなのに疲れは癒えず、静かな環境で一人静かにしていると、ふとした瞬間からやるせない感情に震えかけたこともあった。

 

どうしたらいいか分からなかった。自分一人の力じゃどうにもならなかった。どうにかしようとしても、ずっと放置してきた過去が邪魔をして、一歩踏み出す勇気が蹴散らされる。

 

八方塞がり——そんな時にテンは目覚めた。しかも夜中に。時間帯は考えてほしかった。そのせいで真夜中に叩き起こされ、十分な睡眠時間を確保できなかったから既に眠くなってきている。

 

正直、遅すぎると心底思う。もっと、もっと早く目覚めてくれれば自分がこんなに苦しむこともなかったのに。

 

それがまた彼らしいというか、なんというか。

 

割と実力者であり、本気になった際は人が変わったように頼り甲斐のある彼は、しかし救世主や英雄といった単語があまり似合わない。

 

それはハヤトの方がお似合いな気がする。彼のような、常に堂々としていて周囲の人間に絶対的な信頼を寄せられる人間がそう呼ばれるのだとラムは思う。

 

英雄気質、とでも表現しようか。ハヤトにはそれが備わっていて、テンには備わっていない。なんとなく、二人と接してきてそんな気がしていた。

 

けど、それでいい。だって、英雄や救世主はみんなを助けなければならないから。全く知らない赤の他人も含めて、自分の大切な人達を守らなければならないから。

 

テンは、自分達だけの『頼りになる人』であってほしい。手の届く所にずっと居てほしい。危険を冒してまで、自分の知らない誰かを助けるような人間には成ってほしくない。

 

テンは、エミリア陣営だけの剣であってほしい。自分達の隣で、自分達の目の届く範囲で、戦ってほしい。それなら、自分達も彼の背中を支えてあげられるし、一緒に戦ってあげられる。

 

彼が自分達に支えられるほど弱い男ではないとは、もう知っている。当たり前だ。一体、誰が彼の成長のキッカケを作り出したと思っている。寧ろ、これからは支えてほしいくらいだ。

 

けど、それを許してしまうと、彼は自分の弱った姿を内側に内側にと押し込んでしまう。もし、彼の心が折れてしまった時、彼はきっとそれを隠そうとしてしまう。

 

二度と折れないと、そう誓った相手に情けない自分を見せなくなる。彼は変なところで律儀で、偶にその意味を大きく履き違えるから。

 

それはダメだ。心が強くなった事と、折れない事はイコールじゃない。いつか、必ず、折れてしまう瞬間はくる。ラムはそれを知っている。ずっと、彼のことを見てきたのだから。

 

もう、彼のあんな姿、見たくない。血だらけで、傷だらけで、焼け爛れて、死体と遜色ない状態の彼は、二度と見たくない。

 

だから、せめて自分達の手の届く範囲に居てほしい。無理して立ち向かおうとする足を、止めてあげれるように。止めて、自分達も彼の隣で戦ってあげられるように。

 

あの夜。自分は彼に背を向けることしかできなかったから。たった一人で死地に向かう彼の背を止めることは叶わず。ただ、信じることしかできなかったから。

 

本当は、彼は死ぬはずだった。あの夜に自分達の知らない所へ。どこか、とても遠い所へ逝ってしまうはずだった。二度と、帰ってこないはずだった。

 

その場にいることが当然の彼が。ハヤトと馬鹿みたいなやりとりをして、自分とレムの心を温めてくれた、無色だった日常に彩りをくれた彼が。自分と、妹を救ってくれた彼が。

 

もう、二度と会えなくなってしまうところだった。

ありうべからざる未来が、今になるところだった。

 

後悔しているのは、レムだけじゃない。自分だって、彼に全てを背負わせてしまって————。

 

 

 ーー考えすぎ、ね。ラムらしくもない

 

 

いつの間にか脱線していた思考に、ラムは心の中で苦笑。初めはレムのことを救ってくれた恩義を感じていたのに、気がつけばしんみりしそうな雰囲気になってしまっていた。

 

ありうべからざる今を考えるのはやめよう。彼は生きているのだから。考えたところで辛くなるだけ。辛いと、そう感じてしまう自分がひどく憎いのはどうしてだろう。

 

 

 ーー気にするのはやめておきましょう

 

 

いつになく感傷的になってしまうのは、この心地良い温度の中に浸かっているからだと、波紋する妹の感覚に影響されているからだと、そう決めつけた彼女は自分らしくない考えを頭の片隅に追いやる。

 

ラムがレムに呼ばれたのは、そんな時のことだった。

 

 

「姉様、姉様」

 

 

思考に割り込む妹の声。狭まっていた視野が開けるようにラムの意識が心の奥底から現実世界に帰還すると、一番初めに視界に映るのは肩に頭を乗せた状態でこちらを見上げる妹の姿。

 

自分の妹ながらに可愛い子だと思う。自分と双子なのだから当然だが、それでも可愛い。目も、口も、顔立ちも、何かも全てが同じ——ただ、どうして胸の大きさに差が生じるのかだけが永遠の謎。

 

尤も、そうだとしても可愛さは自分の方が上だと密かに張り合うラム。そんな彼女の名を呼んだレムは「なに?」と返されて「あのですね」と前置き、

 

 

「今夜、レムはテンくんに告白されるのですが」

 

「え? まだ、告白されてないの?」

 

 

言葉の意味を頭で理解したラムが告げられた発言に衝撃を受け、驚きを含ませた声色で声を割り込ませる。途中で遮ってしまうのは悪いと思うけども、それ以上の事柄があった。

 

てっきり既に済ませていると思っていた。あれだけイチャついていたのだから、そうであるのが当然だとラムは思うし、逆に告白してない状態であそこまで絡めるのだとしたら感心すら抱く。

 

思わず、といった具合で驚くラムにレムは「そうなんですよ」と照れ臭そうに口元を綻ばせ、

 

 

「一応、告白されたのですが。テンくんはレムのことが好きだと……そう言ってくれたのですが。テンくんは、ちゃんとした形で告白したい、と言って聞かなくて」

 

「ちゃんとした形……?」

 

「はい。告白までの流れが少しだけ特殊でしたから、テンくんはそれがお気に召さなかったようで。今夜、そのやり直しをさせてほしいと」

 

 

「ですから。今夜、レムとテンくんはちゃんとした形で恋人になるんです」と。レムはふにゃりと頬を緩ませ、はにかみながら幸福の笑みを顔いっぱいに波紋させた。

 

眩しい。その笑みがラムにはすごく眩しく感じられた。輝いている。輝いて、幸せだという雰囲気がレムという存在の全てから溢れ出ている。自分には向けてくれない表情だ。

 

嫉妬しなくもない。が、姉である自分にしか向けない表情というものもあるため、上手く相殺。姉としての複雑な感情が消えていくのを横目にラムは「そう」と言葉を繋ぎ、

 

 

「変なところで律儀なのがラム達の知るテンテンだもの。そうなるのも仕方ないと言えるかしらね。まぁ、そのせいで安っぽい告白になろうものならラムは許さないけど」

 

「大丈夫ですよ。ああ見えて、テンくんは真面目ですから。下手な告白はしないと思います。それに、どんな形であれ、愛する人からの告白はレムには嬉しいものですから」

 

 

つまりは、形など大して気にならないということ。告白という行為そのものがレムにとっては神様からの祝福のようなもので。将来、人生で嬉しかった瞬間を思い出したときに過る日。

 

形なんてどうでもいい。自分の愛する人が、自分に愛を捧げてくれるなら、それでいい。たったそれだけでレムは幸せでどうにかなってしまいそうになる。

 

 

「テンくんはレムの恋人。恋人……恋人……なんていい響きなんでしょう」

 

 

恍惚とした恋のため息を一つ。恋人、という単語の響きに思考が鈍ると、レムは「ふふふ」と無邪気に笑声を喉で鳴らした。

 

愛は果てしなく深い。レムの様子からそんな言葉をラムは察し、不覚にも頬が緩む。自分の知らない妹の一面を見れたことが、彼女の成長を物語っているような気がして、とても嬉しかった。

 

自分の妹は本当にテンのことが大好きで。彼のことしか見ていなくて。彼のことしか考えられなくて。それが、レムの人生を大きく変えてくれた。

 

ずっと自分の後ろをついてくるだけの妹は、もうどこにもいない。過去ばかり気にして、後ろめたさがいつも心のどこかにある妹は、もうどこにもいない。

 

自分の妹は、本当の意味で救われた。そんな妹を見る自分もまた、救われた。

 

テンなら。自分が信じるソラノ・テンになら妹を任せてもいいかもしれない。いいかも、しれない。いい、かも、しれな————。

 

 

 ーー違う。今くらいは素直になりましょう

 

 

「レム」

 

 

名を呼び、呼応したレムが「はい」と返事をした直後のこと。

 

凪を保ち続けていた浴槽で僅かな波が立ち、動く体が湯を掻き分ける音が弱く生じ、「あ」と極小の動揺の声がレムの口元からこぼれ落ちる。

 

何が起きたか。ラムがレムを胸の中に抱いたのだ。何の予兆もなしに姉が妹を抱きしめて、湯気に湿る青髪を優しく撫でたのだ。

 

重力に滴り落ちる水滴。ポタポタと音を立てるそれがいくつもの波紋を生みながら弾けて消える音を耳にし、レムは「姉様?」と困惑気味に名を呼ぶ。しかし、反応は無い。

 

顔は、上げられない。髪を撫でる優しい手が額を胸に沈めて、姉の表情を窺うことを困難にさせている。そのせいで、この状況の理解ができなかった。

 

ただ、分かるのは。自分を抱きしめる温もりが、とても安心するということ。生まれた日から包まれてきた感覚が、自分を満たしているということ。

 

 

「ラムはね。テンテンにならレムを任せてもいいと……心からそう思ってる」

 

「え?」

 

 

慈愛に満ちた言われ方に、レムは呆然とした返しを反射的に返す。決して、脈絡が無いとは言えないものの、その発言はあまりにも突然すぎた。

 

自分のことを世界で一番に理解するお姉ちゃん。そんな存在によるお付き合い承認宣言は、レムには予想外すぎるもの。抱きしめられたとならば尚更。

 

許す許さないの話ではなく。今、その話が持ち出されるとは頭の片隅にもなかった。

 

 

「今まであの男のことをずっと見てきたから、情けない自分を変えようと必死に努力する背中を見てきたから、自信を持って言える。断言できる」

 

 

「まだ至らない点は多いし、割とポンコツだけど」と、そうやって茶化しながらもラムの声は真実のみを語っていた。今夜、自分の手元から離れてしまう妹への言葉を贈る姉は、いつになく真剣だった。

 

抱きしめたのは、少し寂しく思ってしまったから。そう考えると、もう今のようにレムのことを可愛がることもできなくなるような錯覚を起こして、姉としての心が強く反応したから。

 

離したくない。自分だけの可愛い妹、そんな風に家族を扱えなくなってしまう。でも、レムのためにもそうしないといけない。離したくなくても、離さなきゃいけない。

 

恋人になるくらいでそんな風になるのかと言われそう——自分だってそうならこんな風にもならない。そうじゃないから、こんな風になっているのだ。

 

だって、レムは結婚を前提にテンとお付き合いする事をラムは知っている。恋人関係になったら、その道に進むのが確定する事をラムは心に強く刻んでいる。

 

だから今、ラムは伝える。今しか伝えられないことをこの場で伝える。結婚式前日に語るような話を今、まるで、それを前日に控えたような雰囲気で。

 

 伝える。

 

 

「あの人になら、レムを任せられると。ラムの世界で一番の妹を、丸ごと預けられると」

 

 

言った直後、レムが小さく息を飲む音がした。きっと、彼女自身もラムが自分のことを送り出そうとしていると察したのだろう。

 

静まる妹。一言一句、聞き逃さぬような彼女にラムは微笑みかけながら、

 

 

「確かに。テンテンは変わり始めたばかりで、その一歩を踏み出した直後で、向けられる愛を全て受け止めることは、今は難しいかもしれない。今の彼は、情けない自分をやっと捨てることができたばかりの、元は弱々しい男だもの」

 

 

 ——思い出す。あの森の中、レムの暴走を鎮めるとなった時のこと。

 

あの時の彼はイラつく程に弱々しかった。自分がレムのことは任せると言った途端に取り乱し、「できない」だの「無理だ」だの「不安だ」だの情けない言葉を躊躇なく吐き散らしてくれたものだ。

 

精神的な成長が乏しかった。性格的な問題もあってその乏しさは著しく、それが大きな問題となって向けられた感情と、まともに向き合うことすらできなかった。

 

 

「でも、彼は変わろうとしている。自分を慕ってくれる存在のために……前の自分との間に境界線を引いて。後ろは振り返らない、俯かない——そうやって彼なりに頑張っているのをラムは知ってる」

 

 

自分はそれを誰よりも知っている。

 

レムには申し訳ないが、その瞬間に自分は立ち会ったのだから。叩き起こされた深夜、自分は彼の決定的な変化をこの目で見届けた。

 

多分、あの夜の出来事が彼の心を大きく動かしたのだとラムは思う。あれは、テンにとっては自分という人間の在り方を見つめ直すにはいい機会だったのかもしれない。

 

己の無力さを恨んだ。己の脆弱さを呪った。己の弱々しさを憎んだ。己の小ささを痛感した。

 

だからこそ、今の彼がある。心がへし折られそうな瞬間を乗り越え、成長したからこそ、今の彼は存在している。

 

周りの人間から支えられ続けたから、今度は俺の番だと。今日という日を境に、騎士として、友人として、男として。俺は、お前達にとっての安心できる人になると。

 

自信なさげで弱々しかった自分を振り切って、ラム達を支えられるような自分になると。向き合う事とちゃんと向き合えるような自分になって、レムの想いに応えたい、応えてあげたいと。

 

彼は、自分の前でそう言ってくれた。真っ直ぐな目で覚悟してくれた。だから。

 

 だから———、

 

 

「ソラノ・テンは、レムを娶るに相応しい男であると——ラムは認める。彼の成長を間近で見てきたラムは、そうだと言い切るわ。今すぐにではなくとも……いずれ、その器に成ってくれると」

 

 

「ラムは、そう信じてる」と。

 

テンに対する全幅の信頼を揺るぎない声で語り、ラムは完全に言い切る。自分の中でソラノ・テンという人物が如何なる存在であるかを明確にした彼女の態度に、迷いの一切は無かった。

 

ほんの数ヶ月前は、この男のどこがいいのか、正直なところ理解できなかったけど。深く接してきた今なら、その魅力も分かる。

 

自分もそれに支えられ、救われた一人だから。

 

 

「でも、そうなったとしてもレムはラムの妹よ」

 

 

食い気味に言葉を放ち、ラムは自分が本当に伝えたい事を伝えるために話を移る。勿論、先ほどのも伝えたいことだが、本命は今から語ることだ。

 

お姉ちゃんから妹へ。決して変わることのない親愛を。

 

 

「例え、テンテンがレムの恋人になって、レムの一番がテンテンになったとしても。レムはラムの妹で、ラムはレムのお姉ちゃん」

 

 

「それは揺るぎないわ」と、抱いたレムを解放しながらラムは言い切る。温かい体を離し、最愛の妹と目を合わせた。赤の瞳がその中に、潤む青の瞳を映し出す。

 

テンとレムの事を話すときは目を合わせずに語り。

自分とレムの事を話すときは目を合わせて語る。

 

そこに含まれる意味合いはなんだろうか。理解したくても、とても今の状態では理解できないとレムは溢れかける声を必死に飲み込みながら思う。

 

今の、注がれる愛の羅列に胸がひどく熱くなって、目の裏側が感情に焼かれて、わけも分からずに泣いてしまいそうになる状態では、思考も正常に働いてくれそうにない。

 

 

「どんな事があっても、なにがあっても、レムとラムは家族で姉妹。レムはラムにとって世界で一人しかいない大切な……かけがえのない大切な妹。それは一生涯——いえ、それを終えても変わることはないわ」

 

 

どうしてなのか。

 

ただ、当然のことを言っているだけ——それだけなのに、今の自分になって改めて聞くと、その関係がとても大切なものに思えてくるのは、どうしてなのか。

 

テンと話し、自分の過去と向き合った今。お姉ちゃんと自分の関係を本人の口から直接告げられると、姉妹という血で結ばれた世界で唯一の関係を再自覚すると、歪だった関係が初めてまともなものに思えた気がして。

 

そう、成れたような気がして。今まで、ずっと溜め込んできたお姉ちゃんに対する想いが、抑えられなかった。

 

 ポタリ、と。お湯とは別の水滴が湯の中に溢れて落ちる。

 

 

「………本当に、レムは世話のかかる妹ね。いつまでも泣き虫じゃ、テンテンの胸元が大変なことになるわよ?」

 

「だって……だって……!」

 

 

仕方なさそうに微笑む姉の声色がする。しかし、その表情をレムは見ることができない。

 

言い表しようのない感情が込み上げ、滂沱と溢れ出した涙がレムの視界を曖昧なものに歪めてしまっていた。顔を掌で覆い、流れ出す涙を必死で拭う。しかし、いくら拭っても世界は曖昧なまま。

 

今日は涙腺が緩み切っている。拭っても拭っても、十七年ものの涙が、次から次へと溢れて止まらない。止まってくれない。

 

テンの前では決して流すことのできない、妹である自分の涙が、お姉ちゃんの前ではこうも容易く流れる。

 

 

「レム、は……ずっと、後悔、してて。だ、だ、から……、だか、ら……ぁ」

 

「いい。なにも言わなくていい」

 

 

伝えたい言葉がある。けれど、レムの声は泣くことに主導権を握られていた。頭では文章はできているのに、口にする力が無い。嗚咽と、震える唇が、出かかった声の邪魔をする。

 

その姿に向けられたのはラムの愛だった。言葉を必要としない、涙一つで全てを理解するお姉ちゃんの優しさだった。

 

 

「——来なさい、レム。テンテンの前じゃ流せない涙は、ラムの前で流しなさい。流してもいいから。テンテンには、内緒にしてあげるわ」

 

 

両腕を広げたラムが促すと、眼前にある胸元にレムが倒れ込む。

 

過去の自分——ずっと負い目をお姉ちゃんに抱き、罪の清算のためだけに生きてきた自分ではなく。今はただ、自分にとって唯一のお姉ちゃんに甘える自分として。

 

テンにたくさんの言葉を貰って、少しはその自分から変わっていこうと思えたから。これまでは目を逸らし続けてきた事と、向き合おうと決心できたから。

 

彼と一緒に、頑張っていこうと。そう、誓い合った。だから、過去は振り返らない。今の自分を精一杯生きる。そのために、自分はお姉ちゃんとも向き合おう。

 

けれど、今は泣きたい気分だった。自分のことを温かく包む素肌に包まれていたい。我ながら甘えん坊なことだと思うけど、十七年ものの涙は、まだ治まりそうにないから。

 

治ったら向き合おう。治って、彼との関係が落ち着いたら、少しずつ向き合っていこう。

 

 

「……ありがとう。お姉ちゃん」

 

「当たり前でしょう。ラムは、レムのお姉ちゃんなんだから」

 

 

お姉ちゃんの言った通り。自分達の関係は、どんな事があっても、なにがあっても、変わらないから。変わってほしくないから。

 

姉妹の間にある温もりは決して消えない。レムとラム、その絶対的な姉妹関係が途絶えることは永遠にない。

 

レムはラムの妹で、ラムはレムのお姉ちゃん。この関係は何があろうとも、揺らぐことはない。

 

一般的な姉妹にとって当たり前なそれは、抱き合う姉妹にとってはかけがえのないもので。人生を終えても、大切にしたいことだった。

 

 

 







知らないうちにレムの旦那認定されたテン。ラムが彼に向ける信頼度の高さが、彼の成長の度合いです。


どのタイトルが気になりますか?

  • 雷の鳴る夜に
  • (ソラノ・)レムの幸せに溢れた日々
  • お酒少女達には勝てない
  • 恋人っぽいこと
  • ありふれて、ほのぼのとした一日
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