親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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小説を書いてて、ふと、このオリジナルしかない展開の、それもとてつもなく長い物語を読んでくださっている方が沢山いると思ったとき、感謝しかないなと思いました。

こんな妄想の羅列を読んでくださって、本当にありがとうございます。




先生と教え子

 

 

 

「なんか、すげー疲れた」

 

 

一言、そう呟いたのはテン。

 

冷水に浸したハンドタオルを額に乗せ、温かい湯船に肩まで浸かる彼は心労のため息を深々と溢し、全身に入っていた力を抜くように脱力。

 

意識がふらつき、ぼーっとした様子の彼は浴槽の縁に寄りかかりながら宙を泳ぐ湯煙、その先にある陽の魔鉱石を「あれが無かったら浴場が真っ暗になんのかなぁ」なんて考えて、なんとなく眺めていた。

 

 

「まぁ、疲れるのも無理ないわな。お前、今日は色々とあったそうだし」

 

 

口を半開きにし、目が遠くを見つめ出したテン。表情筋の力が失われて腑抜けた面を無様に晒す彼に軽く笑いかけるのは、体三つ分の距離を開けて浴槽に体を沈めるハヤトだ。

 

本当はもう少し近づいてもよかった。が、近づくとテンが本気で嫌そうな目をするため必然的にこの距離感を保っている。相変わらず必要以上に近づかせてくれない親友だと思う。

 

 

 ——食器の後片付けを終えた男達は、少し時間を空けて冥日の九時を半分過ぎた今、入浴中である。

 

 

頭や体などを一通り洗った二人は今現在、湯船の中に身を沈めているところだ。本来は個別に入る事が多いものの、しかし今回はテンの溺死した死体が浴槽に浮かばないようにとハヤトが付き添っている。

 

その件についてレムが「では、レムが付き添います!」と右手を天高く聳え立たせたが、テンは拒否。

 

冗談抜きで襲われそうな予感に彼はハヤトを更衣室の中にぶち込み、「コイツと入るからいいよ」とやんわり断り今に至った。

 

 

「テン。さっきの話だけどよ」

 

 

数時間前、姉妹によって感動の場面が繰り広げられていた浴場に、ハヤトのふと思ったような声色が反響する。実際、この湯船に浸かると思考が鈍る彼にはふと思ったことがあった。

 

額に乗せた冷水ハンドタオルに「ふぇぇぇ」と情けない声を漏らすテン。体育座りする彼はこちらに顔を傾けてくるハヤトに「さっきの話……?」と、思い当たる節を記憶の中から探り、

 

 

「……レムに話そうと思う。ってやつ?」

 

「そうだ」

 

 

ドンピシャで当てた正解にテンが「あー、それね」と理解しながら頷く。特に深い意味のない頷きを受け取ったハヤトは、一抹の不安を顔の面に浮かべていた。

 

数時間前、厨房で話した内容。自分の悩みを語ったテンが、その話をレムにも打ち明けようとハヤトに言い放ったこと。

 

彼の発言が、自分の妄想や想像を絶することが多々あるのは知っていた。彼の思考回路は誰にも読めず、ロズワール邸の住民全員が頭の片隅にも無い考え方をするのが、自分の知るテンという男だ。

 

それがあの時にも発動した事にハヤトは困らざるを得ない。まさかこの世界の住民にそれを話すと言い出すとは、やはりこの男の思考回路は予測のしようがなかった。

 

 

「あれ、本当に話すのか? 言っても理解してもらえないと思うが」

 

「そう、だと思うけど。でも、もうレムにはそう言っちゃったし」

 

「引き返せねぇ、ってことか」

 

 

突っかかるハヤトに「そゆこと」と呑気にテンは言うが、決して軽々しく流していい事ではないと彼は喉を低く唸らせる。事が事だけに、もう少し深刻に考えてもいいはずだろう。

 

テンがレムに話そうとしている事。それは、この世界がなんであるか、ということ。ただの世界ではなく、人の手によって創り出された作品の中にある世界である、ということ。

 

要は、原作についてレムに話そうとしているのだ。

 

 

「全部、話そうと思う。もちろん、話さなくてもいいことは話さないけど、話せる限りでは全部話す」

 

「この世界が……アニメの世界だ、ってか?」

 

「うん。分かりやすく言葉は変えるけど、伝えようと思う。じゃないと、俺が苦労した理由に説明がつかないし。レムには隠し事をしたくない。それに、自分と向き合うためには必要な事だから」

 

 

声色からして、他者から何を言われてもテンは揺らぎそうにないことをハヤトは察する。温くなり始めた冷水タオルを冷水を溜めた桶の中に浸す彼の意志は固く、話すことは彼の中では確定していた。

 

浸したタオルを絞り、湯に落ちるそれらが小規模な飛沫を生じさせながら弾け飛ぶのを眼下にしながらテンは「それにね」とハヤトに笑いかけ、

 

 

「レムは俺に全部話してくれたから。俺もレムに全部話す。話せる範囲でしか話せないのが悔しいけど、それでも話したい。どうなるかは分からんけど」

 

 

冷え冷えのタオルを小さく折りたたみ、再び額に乗せながらテンは吐息。この世界の真実を伝える事自体がどのような結果を自分に齎すのか、曖昧なことが不安に思わなくもない。

 

そのケースは未知数だ。これまで、ハで始まりンで終わる小説投稿サイトで数々の二次創作を読み漁ってきたけど、原作知識を持つ主人公が原作キャラにその事実を打ち明けるシュチュは読んだことがない。

 

読んだことがないだけで実は数多と存在しているのかもだが、それを言い出すと切りがないし今更どうにもならないから言わないとして。

 

 

「話したらどーなるんだろーね。まぁ、困惑されるのは避けれないかな。上手く説明しないと」

 

「いや、それ以前に信じてもらえるのか?」

 

「それは大丈夫だよ」

 

 

浮上して当たり前のハヤトの疑問に、テンはそれ以上の当たり前さで返す。期待や願望などの感情が一欠片も含まれていない言葉は、ただ事実を語っているようにもハヤトには聞こえた。

 

否、事実だ。レムが自分の話を信じてくれると言い切るのは独りよがりな期待ではなく、淡い願望でもない。これは事実だ。

 

「なに言ってんの?」とでも言いたそうにハヤトのことを訝しげな目で見るテン。間接的に、正しいことを言っている自分が間違いであると言われたハヤトは眉間に皺を寄せて不満を表情に宿すが、

 

 

「レムが俺の話を疑うわけないじゃん」

 

 

それ一つで、テンとレムの間に築かれた絶対なる関係が証明された。論理性も、根拠もない、あるのは彼女が自分を疑うはずがないという信頼一つ。

 

それ以外に必要ない。レムは自分が好きで、自分もレムが好き。好きな人の言葉を疑う余地なんてあるわけがなく、故にお互いがお互いのことを無条件で信じる。

 

テンとレムは、並の絆で結ばれた関係じゃない。愛で結ばれた二人の関係はハヤトが思う数億倍——数値で表すのが難しい程に深く、人生を終えても崩れることはないのだから。

 

 

「………そうか。ならいい。好きにやれよ」

 

 

だから、ハヤトもそれより先の言葉は飲み込んだ。今のでテンが向けるレムへの信頼値の高さを理解し、それを向けられるレムの愛も理解したから。

 

テンにそこまで言わせるとは、流石レム。完全に彼に自分の心を預けられている彼女は、既にその心を鷲掴みにしていたらしい。一歩、踏み出す勇気をテンに授けてくれた。

 

なら、これ以上の口出しは不要。それに、覚悟を決めた男の道を妨げるハヤトではない。葛藤して、悩んで、その末に導き出した答えならば、自分はそれを尊重しよう。

 

 

「ありがと。そう言ってくれて助かるよ」

 

「やめろよ。礼なんざいらねぇって。お前が決めたんなら反対はしねぇよ。好きにやれ」

 

 

今夜、大きな一歩を踏み出すテンの背中を強く押し出すようなハヤトが彼に笑いかける。相変わらずの晴れ晴れとした笑顔に「うん」と、そう頷いたテンは柔らかく口元を綻ばせた。

 

この男の笑みにはいつも救われる。自信満々で、堂々としていて、迷いなんて微塵もなくて。どんな時で曇ることのないそれは自分の目標だった。果てしなく遠い背中に、追いつきたかった。

 

自分は彼の真反対だから、それは難しいとは分かっていても。憧れてしまったんだから、仕方ないだろう。今となっては抱いたところで無駄な憧れであると悟ったが。

 

 

「でもまぁ、お前に彼女ができる日が来るとは……。改めて考えると、嬉しいもんだ」

 

「なんで?」

 

「一番の親友に大切な人ができた。これを嬉しいと言わずしてなんと言う」

 

「そうかよ」

 

 

感慨深そうな様子なハヤトが腕を組み「とうとうお前にも春が……」としみじみしているが、テンはそっけない。そっけない、というよりも返す言葉が特にないの方が近しい。

 

 と、

 

 

「——お?」

「ん?」

 

 

流れてきたかすかな音にハヤトが振り返り。同じく振り返ったテンの額から、ぽそっと音を立てて冷水タオルが湯の中へ落ちたのは同時。

 

テンとハヤトの声のみが反響する世界で二人の鼓膜が拾ったのはスライド式の扉が開く音。音の源は閉まる扉の奥——脱衣所の方からだった。

 

 

「誰だろうね」

 

「レムとラムはもう済ませたからベアトリスの可能性……は()ぇな。となると、エミリロズワールだな」

 

「今。エミリア、って言おうとしたの気付いたからな。言い直しても遅いよ。あと、多分、あの子も済ませてると思う。残念だったな」

 

 

「このど変態」と、付け足したテンが水面で右腕を薙ぎ払い、腕に押された湯が弾丸となって水飛沫を上げながらハヤトの顔面に突撃。予想しきれなかったハヤトが「ぐへっ」と苦鳴を小さく上げた。

 

口の中にも入ったのか、咳き込みながら付着した水滴を拭うハヤト。しかし、加害者のテンの視線は湯船の温度に反して冷え切っている。もう一撃だけ加えてやろうかと思わなくもないが、やると投げ飛ばされそうな気がしたから追撃の手は引っ込めた。

 

あまり、その辺の想像はしたくないテンだ。こんな男達の変な想像に扱われるのもひどい話、想像すると興奮するよりも前に申し訳なくなってくる。

 

尤も、テンの隣で水飛沫を立てながら怒るハヤトはそうでもないらしいけれど。

 

 

「おやぁ? 騒がしい声が聞こえたかと思えば、先客がいたとはねーぇ」

 

 

怒るハヤト、あしらうテン。という構図がテンを発端として浴槽で展開、やいのやいのと湯の中で暴れるハヤトに危うくテンが背負い投げされかけたところで、両者の間をそんな声が通り抜けた。

 

背負われ直後。両手両足が床から離れたテンが「待て! ごめん! 降ろして!」と大柄な背中で足をバタつかせる中、ハヤトは背中に当たった声に背負い投げの姿勢を崩しながら振り返り、

 

 

「よう、ロズワール。今日は随分と遅い風呂だな」

 

「テン君の対価について考えていたら、いつの間にこぉんな時間になっちゃってねぇ。まっ、こうして君たち二人と久々の裸の付き合いができるなら、実に喜ばしいことだとも」

 

 

ハヤトが姿勢を崩したことで彼に背負われたテンがバランスを崩し、特大の水飛沫を上げながら湯の中に無言で落下するのを横目に、両者の間でそんな言葉が交わされた。

 

軽く手を上げるハヤトの先にいるのは、勿論、ロズワール。引き締まった肉体と鍛えられた腹筋が存在を主張し、それ以上に腰からぶら下げた聖剣が少々逞しすぎる美形。

 

時間は既に冥日の九時を半分過ぎた頃と。普段ならば既に入浴は済ませている時間帯だが、どうやら今日は違ったらしい。述べた理由ということもあって、今からの入浴となっていた。

 

 

「ロズワールが今なのか……。なら、俺たちは出て行った方がいいですか?」

 

「いやいや、是非ともそこにいてくれたまえ。滅多にない機会だ。ここで逃すのは愚の骨頂というものだよねーぇ」

 

「そうか。なら、もう少しいるか。俺らも入ったばっかだし」

 

 

愚の骨頂。と聞いたテンが『愚の骨頂だよね』とウザったらしく人を小馬鹿にする英傑を頭の中で連想する中、背負い投げの構えを解除したハヤトが湯の中に腰を下ろす。

 

そこまで言われるのなら仕方ない。自分達も浸かってからまだ数分しか経っていないことも加味し、彼は「お前もそれでいいか?」とテンに問いかけ、

 

 

「うん。別にそれでもいいけど。でも俺、簡単にのぼせちゃうからそこまで長くは入っていられないよ」

 

「そのための冷水タオルだろうが」

 

「限度、ってもんがあるでしょーが」

 

 

そう言いつつも、結局はその場に残るのがテンだった。湯の中に沈んだタオルを回収した彼は「あーもう、せっかくの冷たいお水が……」と愚痴を溢しながらタオルを絞る。

 

これはテンにとっての生命線だ。隣に腰掛ける男のように長風呂をするわけでもないテンは、これが無いとまともに入っていられない。そのため、偶に足湯スタイルに切り替えるのが彼のやり方だったりする。

 

とにかく。湯に侵食されたタオルを、例の如く冷水を溜めた桶にぶち込むテン。彼は浴槽の縁に両腕を乗せ、その上に顎を置くと、

 

 

「なーんか、この絵面にデジャブを感じる」

 

「そうか?」

 

 

ほのぼのとした声色にハヤトが声の主を見れば、彼が見ているのはロズワールの姿。自然、その視線を辿るハヤトもロズワールの姿を視界に収める。

 

浴槽に身を沈める前に体を洗う習慣は、やはりどの世界でも共通しているらしい。一糸まとわぬ長身は頭から垂れる長髪についた泡を丁寧に落としているところだ。

 

その絵面に、テンは見覚えがある。時間としてはとても前——確か、自分達がこの屋敷に来たばかりの頃。ロズワール邸に使用人として働き始めた初日の夜にこんな絵面があったような、なかったような。

 

 

「……あれから四ヶ月かぁ」

 

 

桶から落ちる湯がフローリングに弾ける音を背景に、テンはふと思い出して呟く。頭の上に折り畳んだ冷水タオルを乗せた彼は、温泉に浸かるカピパラのようなくつろぎ感を醸し出し、ため息を一つ。

 

疲労だけのものではないため息を吐き切ると、「あっという間だったなぁ」とテンは右目の下の傷痕に人差し指を添えながら、

 

 

「俺らが屋敷に来て、今月が終わったら四ヶ月が経つんですって。すごくない? 早くない?」

 

「そうだな。色々とあり過ぎて、確かにあっという間だった。時間の流れが過去一番で早く感じられたかもしれん」

 

 

「そうだよねぇ」と今までを振り返るテンの意識が己の内側に引っ込んだところで、浴槽の縁に身を委ねるハヤトもまた思い耽る。

 

目を瞑れば脳裏に過る記憶。この世界に飛ばされてから今に至るまでの自分達が歩いてきた軌跡。騎士になると誓い、毎日必死に努力して、ロズワールに半殺しにされ続けて、あの夜を越えた今。

 

本当に色々なことがあった。ありすぎてテンの言う通り、時間の流れがあっという間だ。彼と走り始めた日のことが昨日のように思える。

 

 

「いや、それは流石に大袈裟か」

 

 

 苦笑。

 

何を考えているんだ俺は、とハヤトは感傷に浸りかけた自分を心の中から引き上げる。過去は漁れば漁るほど喜怒哀楽の思い出が映像として過るが、今それをしたら溺れ死ぬ。

 

過去に耽るのはまたの機会に。意識を内側から外側へと向け、テンが心の底から帰ってくるまでの間は湯の中で溶けていることにした。

 

 

「——ほんと、頑張らないとな」

 

 

直後、テンのいつになく真面目な声を鼓膜が捉えた。意図せずに漏れたと聞き手に思わせるそれは呟きよりも小さく、声変わりした男性らしい地声よりも低く、深刻そうなもの。

 

気になって顔を傾ければ、ハヤトは声色と同等の真面目さを宿すテンの横顔を見た。自分と同じように記憶を遡る上で何を思ったのだろう、強い覚悟と決意が滲み出ている。

 

これは、ついさっきも厨房で見たものに近しい。けれど、それとは雰囲気が違うような気がする。なにか、他にもそうなる事柄が彼の中にはあるのだろうか。

 

悩むハヤト。しかしいくら考えても答えは出ず。声をかけようとした途端にロズワールが会話に参加してきたことで、結局その瞬間にテンが考えていた事は分からず終いに終わる。

 

 ——そのテン。彼の脳裏には今、青髪の少女と銀髪の少女が映っていた。

 

 

「さぁて。隣、失礼してもいいかい?」

 

「ダメです。って言ったら?」

 

「聞かないよん」

 

「じゃあ、最初から聞くなよ。……まぁ、断る理由もねぇしな。いいぜ。座れよ」

 

 

ロズワールの接近で心底から帰還したテンが半ば反射的に言葉を重ね、問答の意味を成さない返しをロズワールに即答されたところで、ハヤトが体三つ分開いたテンと自分の間を湯の中に沈めた手で叩く。

 

軽快に言葉を交わし合った主人と、その従者二人の大した意味もないやりとりに満足そうに頷くと「では、失礼するよ」と、ロズワールはハヤトが叩いた位置に身を沈めて深く吐息。

 

この感覚には道化を貫くロズワールも弱い。心身共に疲労した肉体は、温かい湯船が弱点。意識していなくとも疲労の吐息が勝手に漏れ、安らぎに表情筋が緩んでしまう。

 

くつろぐロズワールと、足を伸ばしてリラックスのハヤト。そんな二人を覗き込むテンは不意に「ふは」と歯を見せて笑い、

 

 

「やっぱり、この絵面は前にも見たことがある。こうして三人でお風呂に入るのって久々ですね」

 

「そうか? ………そうか」

 

「二人がこの屋敷に来た日以来かなぁ。時間とは実に早いものだと思うよ。君たちが来てからというもの、毎日が数秒のことのように感じられる」

 

 

どうしてもその時の絵面と今の絵面が重なるテンにハヤトが納得する中、声を重ねるロズワールがどこか遠い目をしながら漂う湯煙を眺める。

 

勿論、先ほどの二人と同じように過去に思いを馳せているところだ。「数秒は流石に大袈裟すぎやしませんか?」と「大袈裟でもねぇだろ」という二人のやりとりを無視しつつ、二人を屋敷に運んだ時まで遡る。

 

とても懐かしく思う。今思えば、森で倒れる二人を屋敷に運んだのが全ての始まりだった。ドラゴンと戦う姿に僅かな可能性を見出した事が、今のような素晴らしい結果を生んだのだろう。

 

 

「あの時、この私が助けに入っていなければ君たちは死んでいたかもしれなぁーいね。そう考えるとゾッとしてしてくるねぇ。危うく優秀な人材を見殺しにするところだった」

 

「あの時……。なんのことだ?」

 

「もしかして、森で俺たちを助けてくれた時のことを話してます? ほら、ドラゴンから成す術なく逃げ回ってたやつ」

 

 

頭の中で続いていた文章を声に出したような物言いに、ハヤトは納得がいっていない様子。しかしテンは自分なりの解釈で理解を終わらせたらしく、それっぽい場面を口にした。

 

ロズワールが自分達を助けた場面など、それくらいしか見当たらない。あの日——経緯も動機も不明な異世界召喚が自分とハヤトに起こった、人生の分岐点とも言える日。

 

テンの声で納得したハヤトが「あぁ、それか」と手を叩く音を聞きながら、ロズワールは「もちろんだとも」とにんまり笑い、

 

 

「あの日のこぉとはよく覚えている。わぁたしの領土で強力な魔獣の気配を感じて現地に向かえば、いたのはドラゴンと人間二人。まさか、なんの力も持たない人間があの様な魔獣と戦っているとは思わなかったけぇど」

 

「あの地竜みてぇな奴か。懐かしいな。今ならボッコボコにできる自信あるぜ。なんせ、俺はベアトリスと本物のドラゴンをぶっ潰したんだしな」

 

 

「次、会ったら絶対(ぜってぇ)に負けねぇ」と拳を合わせて好戦的にハヤトは笑う。あの時は突然の異世界召喚に重ねるような遭遇だったためボロボロだったが、今ならば完封できると意気込んだ。

 

「倒せるといいね」と適当に流すテンは真実を語りはしない。その魔獣、実は既にロズワールによって消し炭になっているが、彼のやる気に水を刺すような真似はしない。

 

 

「そう考えると、あん時にロズワールが来てくれなきゃ言った通りに死んでたかもしれませんね。というか死んでましたね。あそこを凌いでも行く当てもなく野垂れ死んでたし」

 

「そうだな。言われみりゃ、ロズワールに拾われたから俺たちは今、こうして生きてる。今更だが改めて感謝するぜ、ロズワール」

 

「礼には及ばないさ。あの場に赴いたお陰で君たちという良い拾い物ができたかーぁらね。あれは、わぁたしにとって吉日だった。いや、エミリア陣営にとって、と表現した方が適切かなぁ」

 

 

随分な評価を淡々と語るロズワールに「そうですか?」と冷水タオルで顔を覆って表情を隠したむず痒そうなテンと、「当たり前だな」と腕を組んで自信に満ち溢れたハヤト。

 

左右からの相変わらずの反応にロズワールは「もぉちろんだとも」と爽快に頷き、

 

 

「これは嘘でもないし過大評価でもない、ただの事実だ。初めこそ弱かったが、しかし今の君たちは世界有数の実力者……その領域に手をかけるに至る道を着々と歩みつつある。これ、本当の話だから」

 

 

「まだ入り口にも立ててもいないけどね」と付け足し、ふっと真剣な表情で物を語るロズワールにハヤトが「マジか!?」と声を上げて喜んだ。

 

鍛錬をする過程で実力の向上が伴っていたことに関しては自信はあるが、そこまでとは思わなかった。歩みつつある、つまりはまだその道を歩めていないということだが、なんだっていい。

 

逆にテンは静かだ。「ふーん」程度に済ませる彼の態度は無関心気味で、「もっと頑張らないと」と小さく溢している。喜びはせず、自分の未熟さに精進するばかり。

 

こうした場面にいつも思うが、この二人は褒められると分かりやすく真反対な性格が浮き出る。あからさまに出てくる絵面は、見ているロズワールにとって面白いものがあった。

 

 

「そんな、将来有望な二人を拾ったんだぁーから。これを吉日であったと言わずしてなんと言う? 君たち二人が来てくれたお陰で、エミリア陣営の雰囲気も良いものになれたしぃ? 今、改めて振り返っても吉日であったと思わないかい?」

 

「知りませんよ。俺に視線を向けないでください。そーゆーのはハヤトにやって」

 

「そうだぞ、ロズワール。そういうのは俺にやれ。テンはこういうときの反応は薄いんだから。お前が望む反応は絶対に返ってこないぜ」

 

「テン君。顔をタオルで覆った今の状態で、どうやって私が視線を向けていると気づいたんだい?」

 

「ん? んーー。…………勘」

 

 

その一言で済ますにはもったえなさすぎる『勘』にロズワールは苦笑。特に特別感の出さない言い方から察するに、数々の修羅場で磨かれた一種の第六感に彼は気付いていないのだろう。

 

視線や殺意を感覚的に察知する能力——能力は言い過ぎかもしれないが、それに近しい技能。特別な力ではないそれは、しかし命の奪い合いの場では勝敗を左右する重要な要素の一つ。

 

努力の賜物か。或いは、死の経験を数多く越えてきた副産物か。なんにせよ、猛者特有のそれを知らぬうちに身につけた彼は、以前の彼とは一線を画していることに違いない。

 

本当に、本当に強くなってくれたものだと心底思う。実力的にも精神的にも、彼は逞しく育ってくれた。

 

彼に限った話ではない。隣で「俺もそこまで強くなったか」と、実力に溺れそうな危うさの漂うハヤトも同様。自分が鍛えているのだから実力の向上は当たり前にしろ、予想を遥かに上回った。

 

ソラノ・テン、カンザキ・ハヤト——エミリア陣営の矛であり盾である二人を交互に見るロズワールは不意に湧いた感慨深い感情に「ふっ」と僅かに微笑み、

 

 

「君たちは本当によく頑張っているね。屋敷に来て早三ヶ月が経つが、来たばかりの頃とは比較にならないほどに成長してくれた。二人の先生であるこの私からすれば、とても喜ばしく感じるよ」

 

「え………なんすか、急に」

「気持ち悪いんだが」

 

「君たちって、偶に面白いくらいに同じ反応を見せてくれるよねぇ」

 

 

本気で語っているようには聞こえないテンとハヤトに、ロズワールは思わず失笑。顔からタオルを退けたテンの表情がドン引きしてるような気がしなくもないが、きっと気のせいだろう。

 

茶化されたものの、言ったロズワールは割と本気だ。二人が毎日の努力を欠かさず三ヶ月が過ぎ、いつの間にかこんなにも成長してくれたことは素直に嬉しい。

 

魔法の使い方も、剣の振り方も、戦い方も。言葉そのままの意味で、何も知らなかったひよっこは、今や自分を本気で戦慄させるほどの実力者。

 

幾度となく相手をしてきた中で、まだ一撃も決定打を入れられたことはないが。多分、今の二人に戦いを挑まれればそれも怪しい。手を抜く余裕も奪い取られてしまう気がする。

 

成長速度が早すぎると以前も思ったけれど、それは二人が裏で血反吐を吐く覚悟で鍛錬をしている証拠だろう。死に物狂いで自分に挑みにかかる様を見ていると、その姿勢がひしひしと伝わってくる。

 

どれだけ死の淵に追いやろうが、二人は立ち上がるのだから。足元はふらふらで、体はよれよれで、意識すらおぼつかない状態だとしても。

 

動く度に骨が軋み、呼吸をすれば掠れた喘鳴が鳴り、時には本当に血を吐きながら、瞳に宿る戦意だけは燃え上がらせ、二人は自分に立ち向かってくる。

 

その様がロズワールには恐ろしくて仕方ない。絶対に負けることなどないのに、負けるかも、という理解のできない脅威を本能が毎度のように悟る。ありえないのに、そう思される。

 

否。実際にロズワールは、鍛錬を重ねるごとに二人の動きが明らかに洗練されていくことを実感していた。

 

今までは当たっていた攻撃が避けられるようになり。今までは受けれていた攻撃が受け難くなり。最近は、本気の自分に攻撃が掠り始めた。

 

教え子ながらに、その成長速度には目を見張るものがある。冗談抜きで恐ろしい。いずれは、倒されそうな予感がする。

 

尤も、それは自分が体術のみに戦術を絞っているからであって。本業を加えてしまえば今の二人程度、数秒で片付けられるが。

 

 要するに、

 

 

「まっ、今の実力に満足せずにもっと精進しなさい。君たちはまだ発展途上、伸び代しかないんだぁーから。いずれは、本職を交えたこの私に勝てるよう、努力することだ」

 

「それは無理でしょ。射程圏外からの一方的な魔法攻撃でもされたら手も足も出ませんって。ドラゴン同様に消し炭されて瞬殺ですよ。ロズワールせんせー」

 

「任せとけ。いずれはお前のこともぶっ倒してやるからな。首を洗って待ってやがれ、ロズワール先生」

 

 

将来有望な光る原石に、ロズワールは口角を釣り上げては挑発するような笑みを教え子二人に向け。現実的な意見を述べたテンと、売り言葉に買い言葉のハヤトが各々の意味合いで先生に笑う。

 

先生、と。自分が誰かにそう呼ばれる日が来るとは考えもしなかったロズワール。強欲の名を冠する存在に焦がれ続ける自分を見ているような錯覚を起こした彼は、愉しげな笑声を声高らかに放ち、

 

 

「いいじゃぁーないか。その日を楽しみにしているよ」

 

 

 と。

 

そう言って二人の挑戦状を受け取り。受け取られた教え子達は、圧倒的な猛者である先生に対して挑戦の意を込めて頷いたのだった。

 

 

 ——それからしばらくの間。のぼせたテンがぶっ倒れるまで、風呂場には男三人の楽しげな声が響いていたとか。

 

 

 






テンとハヤトがドラゴンに追いかけ回されたやつは、一番初めのお話を流し見していただければ分かります。

過去を語り始めた時点で、0章のまとめに入っていることは予想できると思います。なので。そろそろ、ですね。テンとハヤト、その二人がエミリア陣営に馴染むまでの過程が終わりを迎えますね。

元より、0章のコンセプトは『過程』ですから。それがなんとなーく伝わってくれれば、私としては満足です。

どのタイトルが気になりますか?

  • 雷の鳴る夜に
  • (ソラノ・)レムの幸せに溢れた日々
  • お酒少女達には勝てない
  • 恋人っぽいこと
  • ありふれて、ほのぼのとした一日
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