親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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通算UAがにしぇん? あぇ? となりながら更新します。続けているうちにこの感動も薄れていってしまうものなんですかね。そう思うと少し寂しさを感じます。

初心の心、大事。小説は読み手がいることで成立する。読んでいただいている方々に感謝。の精神で頑張ります。

評価を付けてくださった方々、お気に入りに登録してくださった方々、感想を送ってくださった方々、読んでくださっている方々。

全部まとめて、この小説に関わってくださっている方々。本当にありがとうございます!




無自覚の温もり

 

アーラム村から帰還した二人。

 

片道二十分に村で過ごした時間は約三十分程。結果的に一時間以上は外に出ていたことになり、屋敷を出発した時間も午後の四時ということもあって日が沈みつつある夕暮れに二人は帰宅。

 

午後の仕事は村に行く前に夕食の支度以外は終わらせたため、特にすることも無くなった二人はその後、各々別々のことをしていた。

 

ハヤトは昨日、ロズワールから受け取ったピカピカに研磨された大剣を振り回すために楽しそうに庭園へと一直線。

 

ハヤトの身長と同じくらいのそれを重みを感じつつも振り回す姿は結構危なっかしく。周りに人が居ないことを確認してから振ることを絶対条件として彼はそれを許されていたからだ。

 

恐らく、今夜から魔法の鍛錬をすると思われるが。まだ魔法に触れてないハヤトからすると大剣という、男の子なら一度は夢に見るカッコいい剣を振り回すのは楽しいらしく、暇さえあればそれを片手に走り回る。

 

今ごろ、彼は庭園で大剣を振る自分になんとも言えない高揚感を抱きつつも肉体トレーニングと題して遊んでいるだろう。

 

 

そして、テンはというと。

 

 

 

「……やべ、寝そう」

 

 

一時間ほどやることがなくなったテンはハヤトとは違って自室へと戻っていた。早々に上着を脱ぎ、椅子にかけたまではよかった。ただその後に誘われるがままに寝台へと寝転んだのがダメだった。

 

顔面から埋まるように倒れ込み、布団へと身を委ねる。少し身体を休めようと思っただけなのに、そこから身体は全く動こうとはしてくれない。

 

時間帯としては夕方の五時を過ぎた頃。日が沈みつつある空がオレンジ色に染まり、あたりは夜の訪れを知らせるように暗がりを見せつつある。あと二時間もすれば太陽が月とバトンタッチ、夜が満ちる。

 

 

「夜、鍛錬、頑張らないと……」

 

 

ウトウトして船を漕ぎ始めるテン。身体からは力が完全に抜かれて脱力。部屋の中の薄暗さも相まって余計に眠たくなってきた。

 

テンの部屋は早朝一番に陽光が差す。裏返せば最も早く日が抜ける部屋とも言える。故に、この時間帯からでもこの部屋はカーテンが開いてるのにも関わらず真っ暗。

 

そんな中で疲労困憊、睡眠不足の人間が布団に寝転がれば確実に寝落ちルートまっしぐら。色々と気を張っている者ならば尚更だ。

 

この三日間。テンは魔法の鍛錬に時間を使い過ぎているせいで睡眠時間が限りなく少なく、精神的な疲れだけでなく肉体的な疲れも重なって一晩寝ただけでは拭えない疲労が背中にのしかかっていた。

 

不慣れなことをするのは疲れる。その努力のおかげで確実に魔法には慣れてきているが、それでも疲れるものは疲れる。

 

 

「ーーーー」

 

 

 

疲れて、疲れて、疲れた。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

「ふっ! はっ! そっ!」

 

 

誰もいない庭園で一人、ハヤトが額から汗を垂らしながら鍛錬に励む。その両手に握りしめられた一振りの大剣を振り回す姿はまだ素人も同然、振り回すはずの大剣に振り回されるという光景がたまに見える。

 

しかし、それをなんとかしろとロズワールに言われたハヤト。彼はそのとうりに、まずは自分の体に大剣を振り回す感覚を覚えさせていた。

 

何をするにも感覚で覚えるハヤトは当然の如く、一度も使った事のない武器をそう簡単に正しい形で振り回せるわけもなく。現在進行形で大剣の重さに彼自身が振り回されている。

 

重さ的には決して振れない重さではない。が、どの筋肉に力を込めればいいのか分からずに余計な力が全身に入るせいで、綺麗に振ることができないのだ。

 

そこでロズワールに言われたことを真面目に練習することにしたハヤト。まずは、大剣を振ることに体を慣れさせる。本格的な鍛錬はそこからだ。

 

 

「った! はぁっ! せいやっ!」

 

 

木刀の素振り。それを頭の中で想像、その通りに体を動かす。一回一回を無駄にしないように、どの筋肉に力を込めれば綺麗に振れるかを確かめながら。

 

今のところ分かっているのは、腹筋と背筋に軽く力を込め続けて体幹を安定させながら振ると乱れのない斬撃が放てることくらい。あとは、振る瞬間に腕の筋肉を膨れ上がらせることか。

 

元々空手をしていた身。黒帯まで上り詰めたハヤトの体捌きは超人というわけでもないが常人よりはセンスが良く。特に、正しい姿勢を把握する能力は感覚的に備わっている。

 

正しい姿勢、正しい腕の振り方、正しい呼吸で。

 

それを見つけることがハヤトにはできる。時間はかかるけれど見つけてしまえば後はひたすらにそれを反復練習、体に教え込む。

 

 

「はっ! ……ふぅ、少し休憩」

 

 

百回程振ったところで大剣を芝生に置いたハヤトが、同じように芝生に座り込む。子ども五人を纏わせたハヤトも流石に疲れたのか、重くなった腕をさすり、肩を回してほぐした。

 

とりあえず、トータルして二百回を毎日続けることを心がけたハヤト。百回を二セットに分けてやるつもりだ。毎日やるとなると少々骨の折れる話だが、泣き言も言ってられない。

 

こうしている間にも時間は過ぎて行き、怠けた分は後になって確実に響いてくる。しかし強くなると覚悟を決めたのだから、今は努力するしか方法はない。

 

多少の疲れは覚悟の上、我慢してれば体もそれに耐えうるものになってくるはずだ。

 

 

「今日の夜からは魔法もやらなきゃだしな」

 

 

今夜、テンよりも少し遅めに魔法の練習をスタートさせるハヤトは練習のことを想像して期待に胸を膨らませる。自分にもあのようなカッコいい攻撃ができると思うと、男の子としての性が顔を覗かせてくるものだ。

 

昨日、武器をロズワールから受け取った際に魔法の講義もついでに受けていたハヤトは彼に使い方も教わり、実際に使ってもみた。

 

確認するが。ハヤトには火、地、陽の三つの属性と適正がある。中でも陽属性に一番適性があるらしく練習するならそれからした方が良いとロズワールに言われた。

 

陽属性は身体能力の向上を主な魔法とするから、それを使いこなせれば今のハヤトよりももっと強くなれるから、と。

 

 

「どうやって使えばいいのかさっぱりわからん以上は、それも大して意味ないけど」

 

 

ゴーア(火のマナ)を使ってみたところ、少し手の平が温かくなっただけでそれ以降反応なし。ドーナ(地のマナ)も使ったが、地面から一センチ程の棘が出てきただけで大した魔法もできず。ジワルド(陽のマナ)に至っては、ロズワールすらも熱線をブッ放すトンデモ魔法しか扱えず、今のハヤトには論外。

 

これでは宝の持ち腐れになってしまうのが現状。ゲートの質が良く、魔法に適性があってもそれを使う人間がこれでは完全に無駄になる。テンよりも適性が高い事実が無かったことになってしまう。

 

だからこそ、頑張るのだが。

 

 

「よし。一回やってみるか」

 

 

勢いよく立ち上がり、身体を伸ばすハヤトが魔法使いっぽいポーズを取って己の事を魔法使いだと思い込む。何事も形から入る彼は身も心も今だけは世界一の大魔法使い。道を歩けば周りがザワつく超人気者。

 

 ーーできる、できる。俺ならできる。

 

心に言い聞かせるハヤトはそうして気持ちを切り替えた。かなり独特なイメージトレーニングだが、そこは敢えて触れない。

 

視線を芝生に向け、ある一点に意識を集中させる。そこから魔法を発動すると念じるように何度も心の中で呟く。

 

ロズワール曰く、魔法とは想像力が大事だと話していた。これなら準備は万端。あとは己の中にあるゲートからマナを引っ張り出す想像を頭の中で形にする。

 

正直な話、今の自分に足りないものはこの部分だと思う。魔法というかゲートを使うことに初心者なハヤトはマナを使うこと自体ができない。まずはこれをやれるようになるのが目標だ。

 

 

「出てこい、出てこい出てこい出てこい……!」

 

 

 命じる。

 

俺の指示に従ってマナをゲートから取り出せ、と。そしてそれを視線の先の一点に集め、魔法を発動させる起点になれと。

 

難しいことだがテンはこれを三日でできるようになっていた。なら自分はもっと早く。テンに負けないように、テンを追い越せるように。不慣れなことでも彼よりも努力して彼を驚かせてやるために。

 

 感じる。

 

自分の中から徐々に熱が抜けていくのを、それが抜けてくと同時に体が重くなるのを。即ちマナが引っ張り出されている何よりの証拠。

 

嬉しさで乱れそうになる意識を再び落ち着かせるハヤトは次の行程に移る。マナを取り出せたなら次はそれを一点に収縮させる。

 

やり方は分からないから取り敢えず強く念じる。

 

そこに行け! 行け! 行け! 真っ直ぐに突き進んで行け! と。

 

 そしてーー、

 

 

「突き出ろ! エル・ドーナ!」

 

 

右腕を大空へと振り上げたハヤトが念じるのは地面から突き出す岩の柱。元々、ドーナ系統は地面の隆起に干渉するものだから地面から柱を生やすことも可能なのだ。

 

『エル』とは、簡単に説明するなら力の段階を示すもの。下から順に『なし、エル、ウル、アル』のいずれかを各属性の詠唱、今回で例えるなら地のマナを呼び出す詠唱『ドーナ』の前につけることで魔法の威力が上がるのだとか。

 

ハヤトが念じ、体を大きく使ってこの世界へと具現化させる岩の柱。そうして彼の中から出されたマナは指示通りに巨大な柱を地面からーー、

 

 

「………ダメか。まっ、仕方ねぇな」

 

 

突き出すことはなく。極大魔法を使う動作とは裏腹に、今回も一センチ程の棘が可愛らしくちょこんと出てきただけに終わった。

 

 

走り出したばかりのハヤト。彼が魔法を完全に習得する日はまだ遠い。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

静かな廊下を、一人の少女が歩く。

 

 

こうして、彼の部屋に紅茶を持っていくのは何度目になるのか。あと少しで十回を超えてきそうな気がする。

 

毎晩、勉強の時間になる前に紅茶を作って、今日は少し甘くしてみようかなとか思ったり。逆に、苦いのが好きなのかなとか想像してみたり。

 

紅茶を飲んでくれた彼はいつも決まって「うん。今日も美味しいよ」と言ってくれる。時には「少し甘いかなぁ」なんて言われたり。悪戯で苦くしてみたら「おーーー」と数秒間停止していたり。自分もそれを見て少し笑ってみたり。

 

 ーー今になって思えば、なんで自分はこんなことをしているのだろうか。

 

初めて出会った時は、なんの興味もなかったのに。ただの男の人。なんの関係もないどうでもいい人くらいにしか思ってなかったのに。

 

彼の言葉を聞く度に。彼のことを知る度に。彼のハヤトに対する思いを聞く度に。不思議と彼に対して興味が湧いてくる。

 

自分が彼の教育係としてついてからは数日前まではずっと一緒にいることも多く、その中で色んなお話もしたことで彼がどんな人なのか、なんとなくだが分かるようになってきた。

 

だから、自分は彼に対してもっと興味が湧いてきた。なぜなのか。

 

それは、自分の影を彼の影と重ねているからか。それとも今まで会ったこともないような不思議な人だと思うからか。或いはーーーー。

 

でも、嫌だとは一度も思ったことはない。寧ろ、こうして彼の部屋に紅茶を運ばないと、少しだけむずむずしてしまう自分が心の中にいた。

 

 ーー今日はなんて言うかな、美味しいって言ってくれるのかな。

 

そんなことを思いながら紅茶を運ぶのは、自分にとっては苦ではない。徐々に楽しくなりつつあるのも事実。尤も、紅茶を運ぶことではなく紅茶を運ぶ先にいる彼と話すのが、だが。

 

言ってしまえば、紅茶を彼に飲ませているのは建前。本命は彼とお話しがしたいだけ。

 

自分は彼のことがもっと知りたくなった。自分にとって感じたこともないような感情を抱かせてくれる彼に興味が湧いた。だから、もっとお話がしたい。

 でも、

 

ここ最近、彼はイ文字を覚えてから夜は鍛錬に使うことがほとんどで。そのせいで夜の紅茶を飲む時間は無くなってしまった。

 

自分は少し驚いている。それに対して切なさを抱いていることに。別に、彼と話せなくても、紅茶を飲めなくてもいいのに。でも少しだけ切ない。

 

どうしてこんなことを思うのか、自分でもよく分からない。彼といると自分の気持ちがよく分からなくなることが多く、それもまた興味が湧く一つの原因でもある。

 

だから今も、こうして沢山のことを考えている自分ーーレムはテンの部屋に向かっていた。勿論、両手には紅茶を淹れたティーセットを乗せたトレイを持ちながら。

 

今日は仕事に余裕ができたから、その分をテンのとの紅茶の時間に回そうと考えたレム。そう決めた彼女の行動は早かった。

 

素早い動作で紅茶を淹れて、二階の西側。彼の部屋がある場所へと足を進める。

 

彼の部屋は廊下の一番奥。どこでもいいと言えば朝日を一番初めに浴びる部屋を選んだテン。理由を聞けば、そうすれば朝寝坊しなくても済むからと言っていた。そのため、朝日が差すと同時に彼は起きる。

 

あの部屋に差すのは大凡、朝方の五時。つまり、だいぶ早い時間帯にテンは起きていることになる。使用人として先輩である自分の姉だってまだ寝ているのに。

 

因みに、レムはその十五分程前に起きることが毎日だ。自分の方が早いが、それでも彼の起きる時間は結構早いとレムは思う。

 

 

「少し、心配してしまいますね」

 

 

ここのところ、テンはいつも眠そうにあくびをしている。今日も、それで自分の姉に叱られていた。側から見ても彼は眠そうだとすぐに分かるくらいにウトウトしている。

 

一回顔を洗えば眠気は覚めるそうだが、それも一時的なもの。また数時間後には眠気が彼の瞼に重く垂れ下がる。その様子を側で見ているレムは、密かに心配していた。

 

彼が夜遅くまで鍛錬をしていることは知っている。そのせいで寝る時間がとてつもなく遅いことも彼を見れば分かる。そんな状態が数日間も続けば彼の身体はきっと壊れてしまう。

 

強くなりたい。それ一つだけに直向きに向き合うばかりで、彼は自分のことを視野に入れていない。そのせいで無理をしていることに気づかない。

 

それでもし、倒れでもしたら。

 

そんなことを考えているうちに、レムはテンの部屋に到着した。気持ちを切り替える彼女は軽く頭を振り、数回扉をノック。

 

 

「テン君、レムです。紅茶を淹れたのですが、よろしければ飲んでいただけますか?」

 

 

身だしなみを軽く整え、扉の前で待機。基本的に中の人からの許可がないと入ってはいけないのがメイドとしての約束。だからレムもテンからの許しを待っていた。

 

許しが出たら、いつも通りにドアノブを捻って彼の部屋へと入室。寝台の上に腰掛けるテンの元へと部屋にある長椅子を用意。そこにトレイを乗せたら自分も彼の隣に座る。

 

ここまでが一連の流れだ。今回も、そうなる。

 

 

「……テン君?」

 

 

のだが。いつもなら「いいよぉ」と聞こえてくる呑気な声が今日は聞こえてこなかった。

 

いないのかな。そう思うレムが確認するように彼の名前を呼ぶが返事はなく。不思議そうに首を傾げるレムはもう一度ノックした。が、返事が返ってくることはなかった。

 

変だ。確かにテンは自分の部屋で休んでると言い部屋へと戻っていったはず。ならば尚更変だと思うレム。ノックをされたら基本返事を返してくれる彼が無視をするなんてことも考えずらい。

 

 

「どうすれば……」

 

 

声を潜め、ドアノブに手を掛けるレムが瞳を細かく揺らす。その手には力が込められていて、彼女の表情には確かな葛藤が浮かび上がっていた。

 

居ないなんてことはありえない。なら、どうして返事をしないのか。返事ができない状況にあるのか。それとも本当に無視してるのか。どちらにしてもそれを確認するかしないかはレム次第。

 

扉を開けるか、ここから去るか。

 

 

「…いえ。もしこれでテン君の身に何かあったとなれば大変ですから」

 

 

理由をつけたレムが「はい。そうですよ」と無理矢理納得。頷く彼女は、その取って付けたような理由に疑問を抱く余地などない。彼の身に何かあったなら一大事だと。

 

そうと決まればあとは早い。「失礼します」と、扉を開くレムがテンの部屋へと無断入室。本来は咎められる行為だが、今だけは特例。

 

 

「テン君。いますか?」

 

 

そう聞いた時、自分の視界に映る光景を見てレムはその問いかけも必要なかったと思った。不思議と安心しているレムは、手に持ったトレイを勉強用の机に置く。

 

両手が空いたから、レムはその問いかけをした本人の下へと足を進めていった。

 

部屋に入って初めに視界に映ったのは、寝台に倒れ込むようにして横になっている一つの影。薄暗い殺風景な部屋の中で唯一、上下に一定のリズムで動いている存在。

 

 

「ーーーー。寝てる」

 

 

寝台に寝ているのは勿論、テンだ。やはり疲れていたらしい、完全に寝ている。それも、足が少し寝台からはみ出ているのを見ると、部屋に来てから倒れ込むように寝たのだとレムには分かった。

 

布団に顔を押し付けるように寝てるテン。アーラム村で買い物をしたのも疲れたと話していた彼は、部屋の薄暗さも重なって睡魔に屈した形か。

 

レムが部屋に入ってきても、起きる気配はない。依然として穏やかな寝息を立て続けている。

 

 

「たくさん無理をすれば、当然ですよ」

 

 

反対側へと回り込んだレムは、テンの寝顔を眺める。穏やかなものだった。無警戒、無防備で。普段からどこか緊張しているような彼の頬は、今は緩み切っていた。

 

それを見たレムもまた、僅かに口元を緩ませる。全てを忘れ、休む事だけに心身ともに委ねる彼の寝顔は、本当に穏やかなもので。それを見てしまえば仕方ないことかと彼女は息を溢す。

 

本当は、彼と紅茶を飲みたかったが。こうしてその寝顔を見つめるのも悪くない、か? と変な衝動に駆られたレム。一人で苦笑する彼女はその思考を頭の片隅に置いた。

 

 

「本当に、不思議な人ですね」

 

 

ベッドに腰掛けるレムが寝ている彼を起こさないように呟き、伸ばした片手をテンに近づける。数回ほどそれを躊躇するようにその手を下げたレムだったが。

 

ひたり。音もなくその手は彼の頭に添えられた。

 

優しく、ヒビの入ったお皿を壊さないような風に。途端、みじろぎするテンに体をピクつかせるレムだったがテンは寝たままだ。

 

寝ていることを確認したレム。そしてまた、彼女はそれを開始する。

 

 ーー本当にこの人は不思議な人だ。

 

自分にこんなことを自然な気持ちでさせているのだから。自分でもよく分からない。けど、こうしていると自分自身が安心してくる。それに、とても温かい。

 

毎日毎日、鍛錬と仕事に板挟み。疲労する体を更に酷使するテンはレムにも見ていられない。少し休んでほしいと思っていた。

 

それでお仕事に支障を来せば困るのは自分達で。体を壊したら困るのはーー、テン自身だ。

 

 

「あまり、無理をしないで下さい。と言うのはテン君からしたら良くないことなんでしょうね」

 

 

そんな言葉を掛けても、テンはやめないだろう。「平気だよ」の一言で片付けて軽く受け流されるに決まっている。彼はそういう人間なのだから。

 

ハヤトも魔法の鍛錬を開始した事で、彼の鍛錬はより一層厳しさを増すだろう。そうなれば今よりももっと疲弊することになる。それはレムとしても見ていて少し苦しい。

 

分かっている。その言葉が軽はずみに言えないことなど。でも、言わずにはいられなかった。

 

 

「でも…、本当に無理だけはしないでほしいです。レムは、テン君が焦る理由も、鍛錬に熱を入れる理由も、全部分かったような事は言えません。それにハヤト君のことも」

 

 

頭に添えた手を緩やかに揺らすレムが、テンの髪を優しく撫でる。疲弊して、精神をすり減らし、身体をボロボロにしている彼のことを少しでも和らげることができるように。

 

自分はこういう時、どうしたらいいか分からないから。自分が幼少期に姉にしてもらって安心できたことを。

 

 

「ですが。その苦痛の言葉を知っている人が、ここにいる事を、忘れないで下さい。誰にも聞こえない声で呟いた言葉を心に留めている人が、ここにいる事を、忘れないでください」

 

 

テンに聞こえるはずもない言葉を彼の心に贈るレムが優しい声で語りかける。それは、ハヤトに対して自分の中での劣等感に苦しむテンに向けたレムからの言葉。

 

レムにしか理解できない。ひょっとしたらテンにしか理解してもらえない。そんな、同じ苦しみを抱えたもの同士だからこそ掛けることのできる言葉だった。

 

程度の差こそあるかもしれない、悲劇の重さこそ違うかもしれない。決して、比べていいわけがない。でも、苦しみの度合いはどちらも同じだ。

 

 

「テン君といると、レムは調子が乱れてしまいますね。少し、変なことを言ってしまいました」

 

 

失笑するレムが口元を綻ばせて微笑んだ。いつもの自分らしくもない言葉が自然と口から発せられていたことが、自分の心が乱れている何よりの証拠だろう。

 

でも、幼児を寝かしつけるように撫で続けられる手が止まる気配はなかった。彼の寝顔を眺め続けることもやめる気配はない。心が温かくなっていく感覚がする。

 

こうして見ていると、彼の横顔にうっとりとしてしまいそうになるのは何故だろう。こうしていると、鼓動が不自然に速くなってくるのは何故だろう。もっとこうしていたいと思うのは何故だろう。

 

この気持ちは、何なのだろうか。

 

 

「それも含めて、テン君に興味が湧いてきました。ですから、お体には気を遣ってくださいね。体調を崩されてはお話しすることもできなくなってしまいますから」

 

 

経験したことのない感情にレムの心がさざ波程度に揺らされる。普段どうりの彼女ならばすぐに落ち着けるそれがーーしかし、今は違った。

 

この時、テンの寝顔を見つめる瞳には一つの淡い感情が揺れ動き、心の中に確かな感情としてそれは薄く宿る。それが宿った時、不意に彼女は心が温かくなった。

 

 そして、

 

 

「ーーテンくん。いつも、お疲れ様です」

 

 

声色の甘くなったレムが愛おしむような囁き声を彼の心に届ける。今までとは決定的に違うその言葉。意味自体に変わりはないけれど、心持ちが今のは同僚としてのものではない。

 

同僚関係という枠から半歩踏み出したレムが一番最初に表現したテンに対してのささやかな一言。しかし、その一言はレムにとって大きなものとなり、これから先の未来への架け橋となる。

 

寝ているテンには到底伝わることもない。しかし今はそれでもいいと思うレムは、心の中に宿る温かい感情に、しばらく心を委ねていた。

 

 

 

 

 その感情をレムが自覚するのは当分先の話だが。ただ、今この瞬間。

 レムの中で、ソラノ・テンという一人の青年の見方が変わったことは、確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





ということで。勘づいていた方もいるかもしれませんが、このお話でテンのヒロインがレムで確定します。

悲劇的なことがあったわけでもない、ただ興味が湧いたという理由から始まる本人ですら無自覚の恋路。こんなレムさんはどうですか?

他とは少し違う感じが違和感に感じてしまうかもしれません。

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