親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

153 / 171
好きです

 

 

 

自分の心が、激しく動揺しているのが分かる。これまでにも彼の口から飛び出てきた言葉で驚かされたことは多々あったが、今回のは確実に記録を更新していた。

 

ありえない。自分が、彼以外の男の人を好きになるわけがないだろう。物語の自分がどんな形でその人に救われたのかは定かではないが、彼以上の救われ方が他にあるものか。

 

レムが好きなのはソラノ・テン。その人だけ。何も変わりはないし、変わることはない。だから、動揺する必要はない。

 

落ち着け、まずは落ち着け。自分の心は彼に奪われているから。冷静になって考えれば、さして焦る必要など無いと気づけることだろう。

 

 ちょっと、びっくりしただけだ。

 

 

「その中でのレムはね、俺じゃない『その人』に救われて、その人のことを好きになるんだよ。好きになって、告白して、その人に好きになってもらって、幸せになるんだ。………幸せに、ならなくちゃいけないんだ」

 

 

「何があっても、絶対に」と、声色が一段下がったテンが苦しそうに語る。真正面、ほぼゼロ距離に座るレムが自分の声を疑い、己の心を落ち着かせている最中とも知らない彼は、何かを堪えるように下唇を噛んだ。

 

あぁ、そうだ。そうだとも。これまでレムは、過去に縛られ続けて自分の人生を歩めなかった。苦しんで——苦しみ続けてきた。だから、彼女は何があっても絶対に幸せにならなくちゃいけないんだ。

 

例え、自分の気持ちを抑えてでも、レムの幸せを優先する。彼女には、幸せな未来が待ってるから。その人に救われる道筋が、完成しているから。そうすることが彼女の幸せに繋がるのならば、心を殺すことなど厭わない。

 

それが、少し前の自分の考え方。

 

 

「レムは、今までずっと苦しんできたから。苦しんできた分……ちがうな。苦しんできた分を凌駕するくらいに幸せにならなくちゃいけないんだ。レムにはその権利がある」

 

 

指を絡めて繋いだ手をぎゅっと握り、テンは彼女の幸せを願う。今までの彼女を知ってしまうと、より一層のことそう思えた。あれ程の凄惨な地獄を生きてきたのだから、幸せになるべきだと。

 

だからこそ、前の自分はそう思ったのかもしれないとテンは思う。彼女には幸せになる道がある、幸せになるための未来がある。何事も無ければ、今は苦しくてもいずれは救われる。

 

 だから、だから。

 

 

「だからずっと、俺は、その物語の通りにしなくちゃ、って思ってた。レムを、好きになっちゃいけないんだ。好き、ってゆー気持ちを抑えて、我慢しなくちゃいけないんだ。って」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。どうしてそうなるんですか」

 

 

どこか、儚さが含まれるテンの告白。全てを曝け出すつもりの彼が放った結論を聞いた途端、レムが待ったをかけた。衝撃的な発言に揺れる心を静めると、彼女はそれ以上先は言わせんと強めに声を挟む。

 

テンからすればそれで筋が通っているようだが、レムとしては筋違いもいいところ。どうしてそうなるのか、彼と過ごす今を最高の幸せとする自分からすれば意味が分からない。

 

レムは今まで苦しんだ。だから幸せになる権利がある。だから自分の気持ちを抑えなくちゃいけない。なんだそれは。『だから』の使い方を間違えているのではなかろうか。

 

唖然とし、焦るレム。自分の気持ちを抑えてほしくないと目が訴えている彼女にテンは「まぁ、聞いてよ」と、

 

 

「レムを助けるときにさ、少しだけ『縛り』について話したでしょ。そのとき、俺がなんて言ったか覚えてる?」

 

「固定概念に縛られていた。一つの考え方に、ずっと拘っていたと。………そう、言っていましたよね」

 

 

自分が彼の一言一句を忘れるわけがないだろう。そんな意味合いを込めてレムは即答し、言葉を迷いなく言い切る。

 

テンは「うん。そうだよ」と軽く頷き、

 

 

「決められた道筋は変えられない。定められた運命は変わることなどない。未来は、その過程は、その通りに進んで。それは何があっても、どんな力が働いても、揺らぐことなんてない」

 

 

「そんな、固定概念」と、改めて語るテンが乾いた笑みを表情に薄く浮かべながら言う。嘲笑の分類に含まれる笑みからレムが感じ取った感情は深い後悔と無念、あるいは苦心。

 

それを感じ取って、レムは言葉の意味が分かったような気がした。以前は分からなかったけど、彼の隠し事を聞いた今なら、自分の思考回路は自分の心を理解に至らせてくれる。

 

彼は物語の未来を知っている——それが一つの原因となって、変に縛られていたのかもしれない。どうして縛られていたのかが不明だが、

 

 

「言ったよね。レムはこの先、その人に救われて幸せになるんだ、って。………邪魔しちゃいけないと思った。レムはその人のことを好きになるから、レムのことが好きな自分は殺すべきなんだ、って」

 

「そんなの……!」

 

 

 物語上の話です。

 

そう、言い繋ぐはずった。テンの心を縛るものを否定したい一心で、彼女は繋いだ手を強く握りしめながら、そう言い聞かせるはずだった。

 

けれど、その意志は叶わない。物理的に声を止められたわけでもなく、声を遮られたわけでもないのに、感情に任せた心の声はそこから一歩も進まない。

 

どうしてか。それはきっと、テンの瞳が虚に染まったのを見たからだ。灯る火がふっと消えるような風に感情が消えた彼を、見たからだ。

 

 

「自分に物語の道筋を変えるだけの力なんてあるわけがない。レムには幸せになる未来が待ってるから、そこに自分みたいな物語とは何の関係もない異分子が割り込んでいいはずがない」

 

 

まるで、前の自分が乗り移ったかのようにテンの声色はひどく落ち込んでいる。レムのことを見ているはずの瞳は、しかしレムではない誰かを見ている。

 

今の自分ならば微塵も思わないそれに心を縛られていた頃の自分——レムを好きになってしまいそうになる自分から必死に目を逸らしてきた自分。

 

虚な瞳に映し出されるのは、そんな過去。

 

 

「好きになったところで、レムが俺のことを好きになんてなるはずがない。もしそうだとしても、物語のレム以上にレムを幸せになんてできるはずがない。そんな自信なんて、あん時の俺には無かった」

 

 

下らない妄想ばかりしてて何の意味がある。定められた未来に挑戦して何の価値がある。意味もない期待をしたところで無駄。

 

お前なんて無理に決まってる。お前なんかがレムの隣に立てるわけがない。振り向きもされず、見向きもされず、結果として呆気なくそれは終わる。

 

そうやって、自分を殺して殺して殺して殺して殺して。その考え方がレムの想いに気づけなかった原因だと自覚したのは今日の朝方だった。

 

 

「レムが幸せになるならそれでもいいかな、って思ってた。俺が我慢して、レムが幸せになるなら……その人と幸せになる未来に進んでくれるなら、それでもいいのかな、って」

 

「そんなひどいこと、言わないでください……!」

 

「それは無理だ。今はそう思ってないけど、過去に思ってたことは本当だから。とんでもない利己主義(エゴ)だよな。レムの気持ちなんて、知りもしなかった。レムのためだとか言って、結局は自分(テメェ)の情けなさを隠しただけのクソ野郎」

 

 

聞くだけで胸が張り裂けそうな羅列にレムが悲痛に訴え、涙ぐむ瞳を小刻みに揺らしながら首を強く横に振る。全否定の意を込め、彼女は過去のテンを言葉もろとも否定した。

 

とても自分勝手で、自己中心的な考え方だと思う。自分の中だけで完結して、勝手に落ち込んで、誰にも相談することもなく、最後には己の中だけで出した答えに囚われる。

 

なんだ、自分じゃないか。語られる過去のテンは、今のテンに救われる前の自分そのものではないか。彼は自分と同じなんだ。

 

似ている、ではなく。同じ、なんだ。

 

 

「辛かったよ。レムが俺に対して献身的に、好意的に接してくれて、その度に心が震えて。好きにならないようにするので必死だった。好きになる自分から目を逸らすので精一杯だった」

 

 

自分のことで一杯一杯だった。ある日を境目に、必要以上に積極的に接してくるようになった彼女を意識しないようにするのでやっとだった。そうしないと、自分は彼女が好きな自分を理解してしまうから。

 

思わせぶりな態度をされようが、発言をされようが、それら全ては気のせいであると。そうやってレムの献身的な好意を無下にした。

 

その好意が、本心であるとも知らず。

 

 

「だから、レムの気持ちに気付いてあげられなかった。自分の気持ちから目ぇ逸らして、いつの間にかレムからも目ぇ逸らしてさ。……サイテーだよな。ほんと、どうしようもないクズ野郎だよ。こんな俺なんてレムに嫌われちゃえばいい、って思ったことだってある」

 

「レムと一緒ですね」

 

 

己を蔑むテンの罵倒にレムの声が重なる。聞き手に専念するはずの彼女は強く握っていた手を緩め、離れることなんてないと思っていた手と手を解放すると、

 

 

「レムも、そう思ったことがあります。テンくんを傷付けた救いようのない自分なんて、テンくんに忘れられて嫌われてしまえばいい、と。知ってますよね。自暴自棄になったレムを止めたのは、他でもないテンくんなんですから」

 

 

言い、レムは自分の体を僅かに前へと押し出す。向かう先にいるのは勿論、自分の愛した人。手を伸ばせば届く距離にいる体に到達するのには一秒も使わず、瞬間で彼女の体が彼の体に沈んだ。

 

 

「大好きです。テンくん」

 

「うん。俺もだよ」

 

 

嫌われちゃえばいい——そんな思いを抱くと心が切なさに襲われる二人が強く、熱く、傷を舐め合うように抱き合う。そんなこと言わないでと、そう伝えるように互いの温もりを交換し合った。

 

抱き合う二人の表情は、決していいものとは言えない。いつも通りの抱擁なら幸せそうに頬を緩ませる場面は、今は違う。愛を伝える両者の顔には、痛み出した傷心が渦巻いていた。

 

 

「物語の通りに事を進ませなくちゃいけない——それが、俺の心を縛ってた元凶だよ。未来も、結末も、運命も……全部、変えちゃいけないんだ、って。ずっと、ずっとずっと思ってた」

 

 

胡座に乗るレムの重みと、右肩に顎を乗せたことで聞こえてきた吐息を感じつつ、テンは全てを打ち明け終わる。この世界の事、自分の事、縛りの事、それ即ち伝えなくちゃと思った事の全てを言い終えた。

 

これで、彼女に言うべきことは言った。とても暗い話になってしまったが、仕方のないことだろう。基本的に自分の裏側を話す瞬間というのは、暗いことが殆どなのだから。

 

だがしかし、そこで終わらせるテンではない。そこで終わらないからこそ、こんなことを語れた。暗いままに終わるなど、せっかく聞いてくれているレムに申し訳ない。

 

下がるだけ下がった。なら、後は上るだけ。今から最高潮まで上っていこう。

 

「でもね、レム」とテンは落ち込んだ声を明るくしながら、

 

 

「そんなの、気にすることじゃなかったことに気が付いたんだ。気にするだけ無駄だったことに、気付かされたんだ」

 

 

光が差し込んだように活気を帯びた声を耳にしたレムが「そうなんですか?」と耳元で希望を囁く。不意なそれに、くすぐったさを感じたが無視。

 

傷を舐め合う感覚に落ち込みかけた彼女の声にも活気が戻ると、テンは「うん。だから俺はレムを好きになれたんだよ」と一度だけ嬉しそうな笑声を音にし、

 

 

「ここにいる人はみんな、俺の知ってる人と全然違うんだ。レムも、エミリアも、ラムも、パックも、ベアトリスも、ロズワールも。本で読んだ人と……設定された性格で生きる人と怖いくらい違うんだ」

 

 

初めこそ、そうだったかもしれない。自分達がこの世界に来たばかりの頃の屋敷のみんなは、初期設定のままに心が動く人たちだったかもしれない。

 

でも、今は違うということをテンは何度となく実感してきた。物理的に実感したこともあったし、精神的に実感したこともあった。それはもう、凄まじい勢いで。

 

間違えなくテンとハヤト(自分たち)の影響。二人と深く関わったことで心に大きな変化が生じ、原作とは全く違う方向に変化を遂げたのだ。

 

自分達が画面の中で観てきた人たちは、この中には一人としていない。原作の原型を完璧に保っている人間など、この中には一人としていない。

 

物語の設定上では考えられない表情を見せてくれるのが、動かぬ証拠。

 

 

「ここにいる人たちは、物語の登場人物なんかじゃない。ちゃんと心を持った存在だよ。設定とか、そんなのに縛られることのない自由な存在だよ。この世界は——そんな、つまんない世界じゃない」

 

 

元はそうだとしても、この世界が物語の中にある世界だと一区切りにするのは惜しすぎる。そうだと断定するには、原作とは違う一面を持つ人達との記憶を脳裏に刻まれすぎてしまった。

 

この世界は一つの世界だ。物語の世界だとか、アニメの世界だとか、そんなつまらない言葉で括るにはもったえなさすぎる世界だ。

 

 

「それにね。レムがその主人公じゃなくて、俺のことを好きになった時点で、もう俺の知る物語とは大きく変わってることに気付いたんだよ。俺という、物語には存在しない存在が迷い込んで、レムの未来は確かに変わったんだから」

 

 

原作主人公のメインヒロインを奪ったのだ。自分達が世界に迷い込んだ事を除き、これ以上の原作ブレイクがあってたまるか。お陰様で原作屈指の名シーンである『ゼロから』が見れなくなってしまった。

 

もしかすると『俺を選べ』も見れなくなったかもしれない。自分は関係ないにしろ、ハヤトがベアトリスに色々とやってくれたお陰で彼女の心情にも大きな変化が訪れたのだから。

 

そう考えると、自分とハヤトは色々とめちゃくちゃしまくっているのではないかと今更ながらにテンは思う。名シーンという名シーンを根こそぎ無くしているのではないか。

 

『スバルくんの〇〇が好きです』のシーンも割と好きだったのだが。残念なことに無くなったらしい。

 

 

 ーーまぁ、そうなったらそうなっただ

 

 

己の中で苦笑し、バッサリ断ち切る。

 

リゼロオタクとしては由々しき事態。なんてことかと思わなくもないものの、深くは気にしない。気にすることは、物語の道筋に囚われていることに直結するのだ。

 

 

「だから。俺はもう、変に拘るのはやめた。その方が気がラクだし。前の世界に生きる自分から、この世界に生きる自分に成るよ。物語の世界だとかの話は、完全に吹っ切ることにした。気にするだけ無駄だしさ」

 

 

「そうしないと、俺はいつまで経っても前に進めない」と、テンは前向きな姿勢で自分が囚われていた牢獄から飛び出す。沢山の人に支えられてやっと、彼は自分を縛っていたモノから抜け出せた。

 

随分と遠回りをしてしまったものだ。ハヤトなら一瞬で出せそうな結論を出すのに、約三ヶ月も費やしてしまった。難しく考えすぎる悪い癖が邪魔をしたのだろう。

 

もう、縛られない。もう、拘らない。その自分は既に過去の自分にしている。そうしないとダメなのだと、その自分では足りないのだと自覚した。

 

 それに、

 

 

「レム。俺ね、レムのことが大好きなんだ」

 

 

 唐突な告白。

 

恥ずかしさの感じられない愛の言葉に、抱きついてくるレムの体がピクリと跳ね、息が詰まる音を耳元にしながらテンは想いを紡いだ。

 

 

「こんなに誰かを好きになったことなんて今までに一度もなかった、ってくらい大好きなんだ。自分でもびっくりしてるよ。心を奪われる、ってこーゆーことなんだな、って思った」

 

 

ひたむきな愛、その一端を強く語るテン。

 

そんな彼の背中に回された二つの手は、服をぎゅっと握りしめている。幸せで、嬉しくて、爆発しそうな感情を抑えるレムが服に皺が残る程の力で拳を握り、必死に声を飲み込んでいた。

 

そんなの、卑怯だ。そのような言葉を言われて自分が嬉しくないわけがない。感極まってこのまま押し倒してしまいそうだ。その後がどうなるかなど、語るまでもない。

 

 

「我慢、したくないんだ。レムが好きな自分を抑えるなんて、したくないんだ。レムが好きだから。好きな人とこんな近くにいるのに、いれるのに。物語の通りにしないとだからダメだ、って。そんなの無理だよ」

 

 

「だって、我慢できない」と。テンは溢れる愛を素直に言葉にしながらレムの柔らかな体を強く抱きしめる。抱きしめると上擦った吐息が耳元をくすぐって、衣服を挟んで肌と肌が触れ合った。

 

我慢できないのはコッチの方、とはレムの心の声。好きだという気持を直球で表現されて、ふわふわしてしまう。鼓動が、彼の鼓動が聞こえるのは気のせいだろうか。

 

 

「——だから俺は、そんなつまらない事に拘るのはやめにしました。以上です」

 

 

二度、同じ結論を口にしたテンが今度こそ長い自分語りを終わらせる。だらだら話すといつまでも話が終わらなさそうな気配を察した彼は、パッと切り上げた。

 

「なにかありますか?」とレムに発言権を譲るテン。一方的に語り続けていた彼は「ほぅ」と息をつき、抱きつきっぱなしの彼女に耳を傾ける。

 

なにもないわけがない。今の話を聞いて、様々な疑問が頭の中に浮上したはず。この世界を外から見ていた人に聞きたいことなど山ほどあるだろう。

 

なにを問われようとも、全て答えるつもりだ。包み隠さず真実のみを口にする。隠し事は無しだと、そう彼女に言ったのだから。問われる疑問を数多と予想し、その回答を頭の中に用意する。

 

そんな彼に対し、開口一番にレムが言ったのは、

 

 

「正直に申しますと。今、テンくんがレムに話してくれたことは全部、レムからすればどうでもいいことです」

 

「え?」

 

 

用意した回答が全て蹴散らされる音を幻聴として聞いた途端、テンは自分でも驚くほど変な声が口からこぼれ落ちた。それは予想外だ。疑問はおろか、相手にすらしてもらえなかった。

 

どうでもいい、と。覚悟を決めて打ち明けた全てをその一言で片付けられたテンは呆気にとられ。目が点になった彼を横目に、レムは乗っていた胡座の上から後ろに下がるように降りると、

 

 

「テンくんが異世界から来た人だとか。この世界が物語の世界だとか。テンくんがその物語を読んでいただとか。そんなこと、大して気になりません。だってレムは、そんな意志のないお人形のような女じゃないんですから」

 

 

淡々と言い、レムはテンの惚けた顔を見ると口元を手で隠しながら「ふふっ」と悪戯に微笑む。その表情だ。その、口を半開きにした面白い表情を見たくて離れたくない温もりからわざわざ離れたんだ。

 

実際にそう思ったことに違いはない。色々と語ってくれたけど、「だからどうした?」というのがレムの最終的な結論だった。

 

驚いたし、少しだけ怖かった部分はあったけど、テンの結論と同じく気にするだけ無駄だと思う。思うから、「どうでもいい」の一言で簡単に片付けられたのだ。

 

 

「それだけ……? それだけで済ませていいの?」

 

「では、テンくんはその物語のレムと、今ここにいるレムが全く同じ存在だと思いますか? テンくんが見てきた物語の人達と、ここにいる人たちは、全く同じ存在だと思いますか?」

 

 

変に不安がるテンにレムは積極的だ。言葉と共にぐいっと詰め寄ると、彼女は自分の顔をテンに近づける。近づけられたテンからすれば、瞬間でレムの顔が全面に広がったようなもの。

 

レムの吐息が唇を舐める感覚。咄嗟に呼吸を止めて口元を固く閉じたテンの背筋が一直線に伸び、物理的な距離を取る挙動——察したレムの手がその胸ぐらを掴んで、引き寄せる。

 

逃がさない。次、逃げる挙動を見せたらこのまま口付けしてやる。不可抗力を言い訳にシてやる。

 

そんな考えを抱いた数秒間。超至近距離で見つめ合う二人の間に長期的な沈黙が流れる予感に、テンは失神でぶっ倒れる前に喉に詰まった息を小さく吐くと、

 

 

「………思わない」

 

「ならいいじゃないですか。この世界は、そんな世界とは違うのですから。一人一人に命があって、心があって、自分の意志で生きている世界なのですから」

 

 

満足そうに、なぜかちょっとだけ不満そうな様子で視界の大半を占領していたレムの顔が離れる。

 

心臓に悪い近づき方をした彼女は、姿勢を整えるように膝の上に手を置いて正座すると、

 

 

「小説だとか、絵本だとか、気にするだけ無駄ですよ。どうでもいい、の一言で済ませてもいいんです。テンくんの言った通り、この世界はそんなつまらない世界ではないのですから」

 

 

果たしてそれでいいのかどうか微妙なところだが、話を聞いた本人がそう言うのだからいいのだろう。変に突っかかるテンではなかった。

 

 

「物語のレムは主人公に救われる? そうですか。物語のレムは主人公を好きになる? だからなんですか。物語のレムは主人公が幸せにする? それは物語のレムの話でしょう」

 

 

「ここに生きるレムの話ではありません」と、強い口調でレムは物語の自分を否定する。そんな自分は存じ上げないし、お呼びでない。

 

テンのことを好きにならない自分なんて、そんな自分は知らない、知る気にもならない。彼以外の人を愛する自分なんて、ご勝手にどうぞ。

 

初めに自分が主人公を好きになると聞いた時は驚いて、驚くことしかできなかったけど。落ち着いて、冷静に、よくよく考えてみれば、だからどうしたという話になるではないか。

 

物語の自分は主人公を好きになる。だからなんだ。ここにいる自分はそんな自分じゃない。

 

物語の世界と、自分たちが存在する世界は、全くの別物なのだ。土台こそ同じでも、土台の上に広がる世界は違うのだ。

 

 故に、どうでもいい。

 故に、自分は自分だ。

 

 

「ここにいるレムは違います。ここにいるソラノ・テンに添い遂げると誓ったレムは、そんなレムとは違います。定められた未来を歩むレムとは、一欠片も同じではありません」

 

 

胸に手を添え、今この場でレムは明言する。頑固とした意志を心に灯しながら、テンを見つめる青色の瞳の奥に並々ならぬ覚悟を宿し。

 

自分は自分の手で、未来を共にする相手を選ぶのだと。人生を歩むときに隣にいてほしい人は、自分の意志で決めるのだと。

 

確かに、物語の自分は主人公に救われて、その人のことを愛するのかもしれない。自分のことだ、過去から救われたのだから心酔しても致し方無しと言える。

 

けど、この自分を救ってくれたのはテンだ。自分が愛して止まない恋人だ。だから揺らがない。この想いは誰にも止められないし、変えられない。

 

道筋、未来、運命——そんなもの一体、誰が決めた。

 

定められた『未来の話』なんて、どうだっていい。だって自分は未来でもなく、まして過去でもない、今を生きているのだから。

 

今を精一杯、生きよう——彼が自分にかけてくれた言葉だ。

 

今を生きれない人に明日という未来は来ない。一歩一歩、確実に前に進んで行くしかない。許せない自分を許せるような日、そんな日が来るのかは分からないけれど、その日まで一緒に頑張ろうと。

 

彼はそう言って、自分を許せないレムに救いの手を差し伸べてくれた。極限まで己を否定する面倒な女に嫌な顔一つ浮かべず、自分が真に救われる最後の最後まで寄り添ってくれた。

 

そんな彼だから、自分は添い遂げたいと誓うことができたのだとレムは思う。レムという少女の全てを知っても尚、寄り添ってくれたから、自分も彼に寄り添いたいと。

 

 そう、思えた(愛せた)

 

 

「ですから、レムは顔も名前も知らない主人公とやらを好きにはなりません。レムが愛するのはこの世界でただ一人。テンくんだけ」

 

 

「レムは、貴方だけのもの」と。

 

真っ直ぐな声で言われてしまうと、テンは少々照れ臭さを感じてしまう。分かってはいたし、自覚もしていたけれど。いざ言われてしまうと、どうしても頬が熱を意識せずにはいられない。

 

どうして、この子は平然と言えるのか。恥ずかしさで弾けてくれてもいいのに。自爆する気配すら感じ取れなかった。その発言がなにを意味するのか理解して言うのだからタチが悪い。

 

これはもう、襲ってしまっても文句は言われない領域に足を踏み入れている。押し倒し、メチャクチャしても怒られない線を余裕で超えている。仮にそうしても、彼女は快く受け入れるだろう。

 

尤も、そこで手が出ないのがテンという男。頭の中で考えるだけに留まるのだから、そのヘタレ度合いも自ずと浮き出る。

 

 

「一つ。提案します」

 

 

ヘタレな自分への怒りとレムの無意識かどうか怪しい誘惑を仏の心で受け流すテン。

 

いずれ押し倒す時が来るのだろう、ハヤトにやり方を聞いておかなければと真面目に考える彼にレムと提案が投げかけられたのはそんな時のことだった。

 

突然のそれに「ん?」小首を傾げるテン。その知識をハヤトに聞くかはさておき、「ていあん?」と彼は頭の上に疑問符を浮かべると、

 

 

「テンくんへの愛を、今ここで語らせてください。語って、ここにいるレムはテンくんしか愛せないということを証明させてください」

 

「いや、別にいいけど。十分に理解できたし」

 

 

右手を横に振り、「大丈夫だよ?」と否定の意味をテンは表現する。彼女が向ける愛は、今日一日でこれでもかと注がれた。おかげで、ヤンデレムが降臨するほどに愛が深いと知れてしまったものの。

 

しかし、レム的にはダメらしい。何がスイッチとなったかは不明だが、途端に熱心になるレムが熱の籠った声で「それはいけませんよ」と食い気味に言葉を割り込ませると、

 

 

「証明したいんです。今この場で、あの朝に伝え損ねたテンくんへの愛をレムに語らせてください。テンくんに告白される寸前の今でしか語れない愛を、語りたいのです」

 

「あぁ……そう、なの」

 

 

伝え損ねたテンくんへの愛とは、一体なんだろうか。冗談抜きで今日だけで百回は「好き」だと言い続けたのにまだ言い足りないのか、彼女の瞳がやる気に輝いている。

 

あまりの勢いに気押され気味のテン。そんな彼にレムはふわりと微笑み、

 

 

「レムの愛——その程度を今、テンくんに言葉としてお伝え致しましょう。決して揺らがない愛がレムにはあると、レムの全てを尽くしてお伝えします。そして、もっともっとレムを好きなってもらいます! あわよくば大人な雰囲気になってくれれば

 

 

溢れ続ける愛を今から言語化すると宣言し、レムは言葉を閉じる。ここにいる自分は主人公を好きになる自分ではなく、ソラノ・テンを愛す自分だということを彼女はどうしても証明したかった。

 

彼女の心を察したテン。最後の方に隠し通せない欲望がチラリズムしたが気にしないとして、彼は「うん。なら、レムのしたいようにしなよ」と胡座から正座に体勢を正し、背筋を伸ばして聞き手の姿勢。

 

言いたいことは全て言ってきたから今の関係がある。遠慮も我慢も無しの関係性を今になって裏切るような無粋な真似はしない。

 

言いたいことがあれば素直に言えばいい。それを止める者などテンとレムだけの世界には存在しておらず、彼女の止まらない愛を拒む理由などあるはずがないのだから。

 

 

「分かりました。では、いきますね」

 

 

正座して向かい合うテンの許しを得て、レムは深呼吸。もしかしたら、一生に一度しか伝えられないかもしれない事かもしれないとふと思い、準備は入念に重ねることにした。

 

 「ふぅ」と、深く息を吐く。

 吐かれる息と共に体の内側にあった要らない言葉が全て消え、頭の中がクリアに。

 

 「すぅ」と、深く息を吸う。

 新鮮な空気を内側に取り込むと不思議と体が軽くなるような感じがして。

 

 

 一拍。静寂の間を置き、

 

 

「テンくんに、抱きしめられるのが好きです」

 

 

 ——自分のことをまっすぐに見てくれる瞳と視線を重ね合わせ、レムは想いを紡ぎ出した。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。