親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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温もりが結ばれた日

 

 

 

「抱きしめられると身も心も温められて、レムは世界で一番幸せな気持ちになれるんです。その瞬間だけは、大好きな人に甘える一人の女の子になれるんです」

 

 好きだ。

 

冷え切った心を甘く溶かして、自分を一人の女の子にしてくれた、全てから守ってくれるような抱きしめ方が。

 

 

「テンくんの腕が好きです。レムが苦しくて、辛くて、どうしようもなかった時、世界一優しく包み込んでくれた逞しい両腕が好きです」

 

 好きだ。

 

自分のことを果てなく愛し、求めたらそれ以上の温もりをいつまでも感じさせてくれる。時には、苦しいくらい抱きしめてくれた腕が。

 

 

「テンくんの声が好きです。レム、と。レムの名前を何度も呼んでくれる声が。普段は落ち着いているのに、ふとした瞬間から荒っぽくなる声を聞くと、レムは胸が高鳴ってしまいます」

 

 好きだ。

 

意識的に制御していても、感情が昂った時に不意に出てしまう荒っぽい声が。名前を呼ばれる度に、心が温かくなるのを感じる声が。

 

 

「テンくんの胸の中が好きです。温かくて、優しくて、安心できる、いつだってレムを受け入れてくれた世界で唯一の場所が好きです。鼓動を聞いて、匂いを嗅ぐと、レムの心はテンくん色に染まってしまうんです」

 

 好きだ。

 

どんなに嫌なことがあったとしても、その場所に飛び込むと全てが一気に吹き飛ぶ。命の鼓動を聞けて、彼を全身で感じることのできる場所が。

 

 

「テンくんの頑張る姿が好きです。お屋敷に来た頃からエミリア様の騎士になるために毎日鍛錬に励んで。課題とひたむきに向き合いすぎて、時には倒れてしまうこともありましたけど。それでも頑張る姿が、かっこよくて好きなんです」

 

 好きだ。

 

不安になることもあるし、毎日のように半殺しにされている姿はひどく胸が痛むけど。ひたむきに、前向きに、懸命に努力する姿が。

 

 

「テンくんの表情が好きです。悪戯で揶揄うと照れ臭そうに笑ったり、顰めたり。姉様とハヤト君の四人で話す時は喜怒哀楽が入り混じるのに、真面目に話すときはどこまでも真剣に向き合ってくれる。その豊かな表情が愛しくて堪りません」

 

 好きだ。

 

他人の前では自分を大きく出さないのに、屋敷の人達を前にすると途端に表情を感情に彩って。不意に柔らかく微笑んでくれる表情が。

 

 

「テンくんの温もりが好きです。頭を撫でられたとき、抱きしめられたとき、体と体が触れ合ったとき、肌を通じて心に波紋するその温もりを感じると、心地よくて心を奪われてしまいます」

 

 好きだ。

 

ずっとずっと、その温もりに溺れていたい。何日でも、何十日でも。生まれて初めての感情を自分の心に灯して、そのときからずっと温め続けてくれたその温もりが。

 

 

「目が好きです。手が好きです。横顔が好きです。後ろ姿が好きです。歩き方が好きです。寝顔が好きです。心が好きです。笑顔が好きです。仕草が好きです」

 

 好きだ。

 

何もかも全てが。自分の全部を丸々受け止めて、自分の存在を心から求めて、人生を終える瞬間まで寄り添ってくれると誓ってくれたソラノ・テンという青年がその身に宿す全てが。

 

 

「テンくん———」

 

 

 笑み。数センチ、動く。

 

 狙いは狂わない。唇はダメだから。

 

 

「——愛しています」

 

 

 その頬に、唇を当てた。

 

 触れるだけ。それでいい。

 

 

「ーーーー」

 

 

 今、自分は何をされた?

 レムが近づいて、離れた。

 その一瞬に、何があった?

 

 

「ーーーー」

 

 

 頬に、口付けされた。

 

自分が何をされたのか、理解するのに数秒は使った。使って、頬を真っ赤に染めるレムの理由は、瑞々しい桜色の唇だと理解した。理解した途端、状況の把握を済ませた心が燃え上がる。

 

喉が、熱い。言葉が、出ない。

 

 

「未来のお話なんてレムは知りません。運命だとか、決められた道筋だとか、そんなつまらないものに縛られたくありません。レムは、テンくんのことをこんなにも愛しているから」

 

 

 ーー()()()()()なんてレムは知りません。

 

 

これほどまでにテンを動揺させる言葉が、未だかつてあっただろうか。

 

笑いながら『未来の話』をしようと主人公に言われ、笑っていた彼女が。主人公に「一緒に逃げよう」と言われた時に、その話を語った彼女が。

 

彼女の心を救ったと言える言葉が、他でもない彼女によって否定されて。自分が彼女に好きになられてしまった時点で、もう全て変わったのだと。

 

その瞬間に、テンは改めて理解できてしまった。

 

 

「確かに。絵本の中のレムはテンくんの言った通りなのかもしれない。その人に救われて、その人のことを愛するのかもしれない」

 

「ーーーー」

 

「でも、ここにいるレムは違います。テンくんのことが好きで好きで、胸が苦しくなってしまうくらいに好きなレムは、そんなレムとは違います」

 

「ーーーー」

 

「レムは、テンくんのことがこんなにも好きなんですから」

 

 

一つ一つ。テンへの愛を語り、レムは言葉を閉じる。伝え損ねた告白のやり直し、今度はちゃんとできた。あの時は、夢だと思い込んで歪んだものになってしまったから。

 

あぁ、頬が熱い。彼の頬に触れた唇がむず痒い。心構えはしてきたはずなのに、改めて言うと凄まじく照れてしまう。彼に、夢中になってしまう。

 

彼しか目に映らない、彼しか意識下に入らない。自分の中から『彼』以外の全てが除外されて、どんどん彼色に染められていく。もう、染まり切ったはずなのに。

 

 

「レムは………ほんとに、すげーな」

 

 

一世一代の告白、そのやり直しを終えたレムに一番初めに返されたのはそんな言葉だった。他意のないただの純粋な賞賛が、ふっと緩んだ頬と一緒に伝えられる。

 

好きなところを挙げ始めた直後から驚愕したように目を見開き、ピタリと硬直していたテン。彼は驚愕の硬直が解かれたように脱力し、

 

 

「いや……。まさか、『それ』がくるとは思わなかった。心が痛い」

 

 

手を後ろにつき、二本の腕に体重を乗せるテンが深く吐息。予想外も予想外な、けれど事後ならばありそうであったと思うレムの『それ』に胸を打たれた様子である。

 

当たり前の反応と言える。自分自身で選択肢から除外していた名シーンが贈られたのだから。あまりの衝撃に比喩表現抜きで聴覚以外の時が止まった。

 

加えて、頬への口付け。ここぞとばかりに畳み掛けてくるレムの愛に限界なんてなかったようで、口じゃなくてよかったと本当に思う。

 

多分、抑えられなかった。

 

 

「テンくん」

 

 

脱力し、表情筋が緩みっぱなしのテンに満足そうな笑みを浮かべながらレムはその名を呼ぶ。「どうしたの?」と崩れた姿勢を正しながら言葉を返されれば、

 

 

「告白のやり直し。してほしいです」

 

 

青色の瞳を期待に煌めかせ、子犬のように尻尾をぶんぶん振りながら返事を待ち構えるレムの姿が、直後からテンの瞳に映し出された。

 

打ち明けられたことは全て受け止め、その上で愛すると誓い。レム自身の告白のやり直しも完了。互いに互いのことしか考えられない——これ以上に整った雰囲気があるだろうか。

 

答えなど既に分かり切ったもの。しかしテンはやり直しをさせてほしいと言った。なら、あとは待つだけ。彼の愛を、この心で受け止める。

 

正真正銘、恋人になろう。

 

 

「うん。分かった」

 

 

レムの姿勢が受け身に移った気配を感覚的に察し、発言権が返ってきたテンが粛々と頷く。この世界に来たばかりの自分ならば震えてしまいそうな場面でも、彼の態度は真っ直ぐだ。

 

大丈夫、緊張してない。頬は熱いけど、心臓は落ち着いてる。愛を紡ぐ声も、震えていない。今までで一番、整ってる。落ち着いてる。

 

 今、伝えろ。

 

 

「レム」

 

「はい」

 

 

名を呼ぶと、短く返される。

 

たった二文字の中には文字の少なさとは反対に、万感の想いが込められていた。愛を受け入れる、その意味が。

 

あの時と同じ距離で。あの時と同じ気持ちで。あの時と同じ雰囲気で。ただ、状況だけがあの時とは違う告白。好きであることのみを伝える今。

 

 テンは、

 

 

「俺は、レムが好きだ。ありきたりな言い方しかできないけど——必ず、レムを幸せにしてみせる。だから、俺と付き合………」

 

 

 ーーレムは、テンくんと添い遂げます。

 

 

 寸前。

 

レムの言葉が過り、紡ぐ声が止まる。自分を許さない代わりにテンに一生を捧げると誓った時の彼女の音声が、心の奥底から強く響き渡った。

 

レムは、自分と夫婦になりたいと言った。気が早すぎるとは承知の上で、それでもその関係を築きたいと、あの朝に誓った。その想いは、何があろうとも揺らがない。

 

 なら、

 

 ーー今くらい、男を見せるときじゃないのか?

 

 

「俺と———結婚を前提に、付き合って下さい」

 

 

右手を差し出し、言い切った。

 

瞬間、予期していなかった前提条件を投げかけられて感動と喜悦に呼吸が止まるレム。嬉しすぎて固まる彼女に、テンは決して折れない意志の下、言葉を続ける。

 

 

「さっき……なんで俺が、レムは今、幸せかどうか聞いたか。それはね、幸せが確定したレムの未来を俺が潰しちゃったから……俺がレムを幸せにしなくちゃ、って変に気負ってたからなんだ」

 

 

テンがレムに「レムは今、幸せ?」と聞いた理由。

 

それは、本来あるべき道筋から外れたことでレムの確定した幸せが大きく変わり、変えてしまった自分が彼女を幸せにしなくてはと強く思っていたからだった。変に、責任を感じていたから。

 

だから、「幸せですよ」と言われてほっとした雰囲気が出たのだと思う。無意識のうちに本心が漏れ出て、レムに察知された。結果として怒られたと。

 

「でもね、今は違うんだ」とテンは明るく彩られた声で言葉を繋げて、

 

 

「幸せにしなくちゃ、じゃなくて。幸せにしたい。俺がレムを幸せにしてあげたい。未来を潰しちゃったからとか、そーゆー理由じゃなく。純粋に、俺がレムのことを幸せにしてあげたい」

 

「テンくん……!」

 

「今、そう思えた。レムの嬉しそうな顔を見て、その笑顔のために頑張りたい、って。その笑顔をもっと輝かせたい……幸せに、してあげたい。これまで辛かった分、俺がレムのこれからを楽しい方向に歩ませてあげたい。その隣に並んで、一緒に歩きたい」

 

 

主人公(アイツ)じゃなくて、俺が!」と。レムに対する愛を情熱的に告げ、テンは全てを言い終える。他でもない自分がレムを幸せにすると、彼はレムに言い切る。

 

無理だと諦めていたけど、諦めきれなくて。理由をつけて断ち切ろうとしたけど、やっぱり諦めきれなくて。日に日に膨らむ想いは、結局は抑えきれなくなって。

 

悩んで、葛藤して、挫折して、苦しんで——その果てに、友人の手を借りて己を縛っていたモノから解放された彼に迷いはなかった。

 

 だから、

 

 

「はい。その想い、謹んでお受けします」

 

 

愛の告白に「お慕いしています、テンくん」と一言添えながら差し出された手を取ると、レムは顔いっぱいに笑顔を波紋させる。嬉し涙を頬に溢れさせながら、愛以外の感情の混濁のない言葉を心で受け止めた。

 

この手を取った今、自分は二度とこの人から離れられないのだろう。掴み取った手を離すのは不可能で、生涯を終えるまで繋がったままだ。

 

それはなんて、素敵なのだろう。夢物語だと思っていたのに、ついに叶ってしまった。自分がずっと待っていた瞬間が、訪れてしまった。

 

嬉しい。本当に嬉しい。やっと彼と恋人関係になることができた。彼への想いを自覚した以降から抑えてきた言葉を、もう我慢しなくていい。

 

加えて、結婚を前提にお付き合いを始めてしまった。嬉しすぎて、夢なら覚めないでほしいとすら思ってしまう。だって夫婦になることが、約束されたのだから。これ以上は無い。

 

夫婦に、なることが、約束された————。

 

 

「もう、だめです」

 

 

我慢の糸がプツンと切れ、レムが自制解除の合図を小声で呟いた直後、テンを押し倒さんばかりに飛びつく。恋色の激情に感情が爆発し、彼女の愛が彼の胸元に押し付けられた。

 

レムの小柄な体が、テンの体の中にすっぽりと収まる。背中に回された両腕が、泣き笑うレムの体と微笑むテンの体を密着させる。世界で一番の人に、身も心も委ねる。

 

そうすると、溢れる愛があった。

 

 

「好き……好きです、大好きです。ずっとずっと大好きです。愛しています。誰よりもあなたのことを愛しています。愛していると、何度伝えても伝え足りない」

 

「うん、俺も大好きだよ。レムのことが、誰よりも大好き。あい………あい、してる」

 

 

無限の愛を注ぐレムの愛と、片言のテンの愛が濃密に絡み合う。まだ不慣れなことは多いけど、それでも頑張って伝えようという意思が伝わると、レムの愛は更に爆発した。

 

初めて言われた。片言で、言いづらそうではあったものの、愛する人から初めて「愛してる」と言われた。彼のことが好きすぎるレムの愛が制御を失うのは必然的だろう。

 

胸元に、額を擦りつける。止めどなく流れる涙を拭いながら、レムは言った。

 

 

「ずっと——レムはずっと、この瞬間を待ち焦がれていました」

 

 

そして、物語の幕引きは訪れた。

 

数々の苦難を乗り越えた二人が、想い通じ合った二人が、ようやく結ばれる。

 

始まりの物語が終わり、新たな物語が始まる。終わりと始まりが交わり、重なる。

 

 

「うん。待たせてごめんね」

 

 

今までの全ては、この時のために。

 

この瞬間を、二人がどれほど待ち望んだことか。血の夜から八日、レムが想いを自覚してから約一ヶ月、二人が出会ってから約三ヶ月。

 

人間関係を築くには十分すぎる時間を費やし、とうとう辿り着いた瞬間。互いにすれ違ったことも、一方的な愛になりかけたこともあったけど。

 

この夜、想い結ばれ。この時、未来は変わった。原作に縛られ続けていたテンからすれば、完全に殻を破った夜であると言える。

 

 

 ーー推し=好き。ってわけじゃないだろ。

 

 

ふと、この世界に来たばかりの己の言葉が心の奥底から聞こえた。まだ、レムと恋人になることなんて無理だと決めつけていた『空野・天』の声。

 

その問い、今ここで『ソラノ・テン』が答えよう。

 

確かにそうだ。自分は『Re:ゼロから始める異世界生活』の登場人物であるレムという人物が推しで、「かわいいなぁ」とか「スバル羨ましいなぁ」などと言っていたこともあったが、それが好きに繋がることはない。

 

それでも、その人そのものを好きになる事はあった。

 

レムという名を持つ女性を。人格者を。自分と出会って色々と変わった『創られた存在』などと一区切りにすることなんてできない女性を、好きになることだって十分ありえる話だ。ありえる話だった。

 

レムであってレムでないレム。それが、自分が好きになったレム。もう、物語の存在だなんて思う心は微塵も無い。

 

 

「好きだよ。レム」

 

 

色々とあるけど、取り敢えず今はこの感覚に浸っていよう。そんな風に思考を止めたテンが恋人に愛を注ぎ、

 

 

「好きです。テンくん」

 

 

応えるレムが同じように愛を注ぐ。既に溢れかえっているけれど、こぼれ落ちた分だけ注げばいいのだから。

 

 

「レムは今、幸せ?」

 

「はい。レムは今、幸せです」

 

 

注いで、注がれて。また注いで、また注がれて。いつしか言葉の要らない時間が訪れると、抱き合う二人は温もりに身を委ね、二人だけの時間を過ごしていった。

 

 

それは、今までの二人にとっての終着点だった。

それは、これからの二人にとっての出発点だった。

それは、ずっと先の二人にとっての通過点だった。

 

待ち望んだ時間が、待ち焦がれた瞬間が、二人に訪れ。全てを打ち明けて、後ろめたいものを吹っ切って。改めて想いを伝えて、ちゃんとした形で。

 

 

 ——この日、温もりは結ばれた。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「別に、部屋まで送ってもらう必要はないよ?」

 

「愚問です。五分歩いただけで息切れするような恋人を、レムが一人だけで自室に帰らせると思いますか?」

 

「んーー。まぁ、思わないけど」

 

「それに今は、少しでも長くテンくんと一緒にいたいのです。レムは今、テンくんと一緒にいたくて堪らないのですよ」

 

 

恋人になったばかりの二人が、ゆっくりとした足取りで廊下を歩く。一歩ずつ、一歩ずつ、徐々に目的地が近づいてくる事実に名残惜しさを感じながら。

 

理由は勿論、告白を終えたテンがレムの部屋から退出し、自室へと帰るためだ。

 

一世一代の夜を終えてから早数十分。あのままイチャついていると寝落ちる危険性を察したテンが自室へ戻ると言い、「このまま一緒に寝ませんか?」という甘い誘惑を断ち切った結果として、今に至る。

 

そして、例によって戦いの後遺症に全身を蝕まれる彼をレムが見逃すわけもなく。いつも通り添え木になるため、右腕に腕を絡めて抱きついているわけだ。

 

 

「やっぱり、一緒に寝てくれませんか……?」

「ダメです」

 

「むぅー」

「むぅーじゃない」

 

「うー」

「うーでもない」

 

 

どうしてもテンと寝たいレムと、彼女の誘惑を無限に受け流し続けるテン。部屋を出た時から二人はこの調子だ。意地でも許可しないテンにレムは剥れたり、唇を尖らせたりしている。

 

可愛い顔をされても許可してあげないテンだ。誘惑を流して流して流して、なんとか部屋に到着するまでの時間を稼ぎ続けている。

 

こんな状況(告白直後)で添い寝でもしてみろ、明日の朝には擬似的な朝チュンだ。何をされるか分かったものじゃないし、何をしてしまうか分かったものじゃない。

 

現在地は三階の踊り場を抜けて二階の西棟、その長い廊下。この直線を端っこまで移動し終えたら自室に到着する。が、遠すぎる。

 

まさか、一番奥の部屋を選んだことがこんな場面で裏目に出るとは。どんな皮肉だ。尤も、テンがレムの添い寝を受け入れてしまえば万事解決になるが、

 

 

「それは流石に無理です。諦めてください」

 

「一緒に寝るだけじゃないですか……。別に、レムが何かをするわけでもないですし」

 

「そんな目ぇ光らせながら言っても説得力ないよ」

 

 

口では冷静を装っているようだが、残念なことに目の奥に光る妖しい光までは隠せていない。当然、テンは彼女の真意を容易く見抜く。軽く流されたレムはやはり、ご不満な様子だ。

 

どうしても添い寝したいレム。彼女は「だって」と子どものように駄々をこねると、

 

 

「触れられる距離に居たい。もっと、テンくんの声を聞いていたい。もっともっと、テンくんの体温を感じていたいんです。やましい気持ちがないわけではないですけど、純粋に一緒にいたいんです」

 

 

夫婦になると誓った相手に、性的に触れ合いたいと思わない自分がいないわけではない。けど、自分だって乙女だ。好きな人に甘えたい気持ちもあるし、一緒にいたい気持ちだってある。

 

彼と一緒にいたい。今の自分は、彼の温もりを欲している。手の届く距離にいるなら尚更。届く距離にいるから求めてしまうのは、悪いことなのだろうか。

 

 

「だめ……ですか?」

 

 

立ち止まり、レムは最後の誘惑。くっついていた腕から離れる彼女はテンに抱きつき、体を沈めた胸元から切なそうな声を溢し、上目遣いで見上げた。

 

立ち止まったのは、最後なのは、二人がテンの部屋に到着したから。到着、してしまったから。彼を誘う機会はこれが最後となる。

 

これでダメなら、今日は諦めよう。名残惜しすぎるけれど、癖になってしまったけれど、この温もりからは離れよう。

 

 そんな彼女に返されたのは、

 

 

「……………………………………また今度な」

 

「ヘタレ。草食男子」

 

「お嬢さん、どこでそんな言葉を覚えたの。ハヤトか、ハヤトに吹き込まれたのか」

 

 

長い沈黙(葛藤)の末に変化なしの結論。直後にブッ刺さったのは、ジト目なレムによるストレートな感想。間違えなくハヤトの入れ知恵だろう。

 

ゼロ距離で炸裂した威力は並のものではなく。かといって前言撤回するわけにもいかず。結局は「テンくんのバカ」とまで言われてしまった。

 

それはひどすぎる。難易度、高すぎだ。

 

 

「分かりました。今日のところは諦めます。あまりしつこくてもテンくんに嫌がられてしまいますし。……また今度、絶対にしてくださいね?」

 

 

駄々をこねていたレムが今度こそ諦めると、名残惜しそうにテンの体から離れる。今日は無理でもまた今度してくれるからと自分に言い聞かせ、彼女は約束を取り付けた。

 

そこは「無理です」とは言わないテン。首を縦に振る彼は「うん。また今度ね」と後先考えずに約束を承諾。その時のことは、その時の自分に任せよう。

 

ともあれ、事の収集はついた。素直に引き下がったレムがテンから離れ、二歩だけ距離をとると、それが今日最後の対面となる。

 

向かい合うテンとレム。何回、何十回、もしかすると何百回と向き合ってきた二人は、視線を重ねると微笑み合う。

 

深い意味は無い。見つめ合うと幸せだと感じるから、自然とそうなってしまうだけ。

 

 

「テンくん。改めて、レムの最初で最後の恋人になってくれてありがとうございます。本当に、本当に、言葉にできないくらい嬉しいです。ずっと前から恋人になりたかったから、嬉しくてレムはどうにかなってしまいそう」

 

 

姿勢を正したレムが別れる前の挨拶。改めて、言葉に表現しきれない愛と感謝を贈る。自分の心に温もりをくれて、人生を華やかに彩ってくれた最愛に、想いを紡いだ。

 

返さないわけにはいかない。姿勢を正したテンも「レム」と彼女の名を愛おしそうに呼び、

 

 

「改めて、俺の人生で初めての恋人になってくれてありがとう。レムが俺の恋人になるなんて、絶対に無いと思ってたから……すごく嬉しい。今、生きてきた中で一番嬉しいと思う」

 

 

この感情を言葉にできないのはレムだけじゃない。テンだって、嬉しすぎて今日は眠れるか怪しいところ。この高鳴りが治る気配なんて感じ取れず、夜更かし待ったなしだ。

 

テンとレムの気持ちは一緒——互いが認識すると、両者の間で小さな笑声が生まれる。笑って、笑って、笑い続けて。

 

ひとしきり笑い合うと、それからテンは片手を軽く振り、

 

 

「じゃあ、また明日ね」

 

「はい、また明日。明日、必ず起こしに参りますので覚悟しててくださいね」

 

「かくご………?」

 

 

小悪魔じみたレムの悪戯な笑みに、不安感を宿したテンの呟きが重なる。明日の朝、自分は彼女に何をされるのか。ある程度の予想はできるから、せめて対策はしておこう。

 

そんなことを思い。テンは「うん。分かった」と定型になりつつある返事を一つ。何をどう理解したのか分からない返事を受け取ると、レムは満足そうに頷いてくれた。

 

その頷きが、きっと終わりの合図。身体の向きを変えるテンが扉の取っ手を握ると、レムもお別れだと察したのだろう。テンに背を向ける挙動を見せた。

 

 

「おやすみ、レム」

 

 

 取っ手を捻り。

 

 

「おやすみなさい、テンくん」

 

 

 背を向けた。

 

 

レムがテンから離れて、テンがレムから離れていく。運命の夜を終えた二人が、これからの未来に想いを馳せながら。

 

これで、本当のお終い。親友とリゼロの世界に飛ばされたお話は、この二人が別れたのを最後に、いよいよ幕引きとなる。

 

悲劇の幕が引かれ、様々な人との物語が着地し、また新たな物語へと紡がれるために、この物語の幕は閉じる。

 

長く——長く続いた『始まりの物語』は、この時をもって終わりを迎える。

 

 ただ、その前に。

 

 

「——テンくん!」

 

 

 不意に、引かれた幕の中でもう一つ。

 

 

扉を潜る寸前、不意に鼓膜を叩いたレムの声にテンは呼び止められる。声の方向に顔を向けると、こちらへと駆け寄ってくるレムの姿が。

 

駆け寄るレムは勢いそのままテンに飛び込む。近づく事と抱きつく事がセットになりつつある彼女をテンは優しく受け止めると、

 

 

「どうしたの?」

 

「ひとつ。訂正したいことがありまして」

 

 

小首を傾げるテンを見上げ、大好きな胸の中でレムは、にこやかに笑いかける。

 

それは、テンが初めて本気で好きになった最愛の存在による、純愛に満ち溢れた笑みであった。

 

 

 

「レムは今、世界で一番———幸せです」

 

 

 

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