親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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『温もりが結ばれた日』の後日談(テンとレムがイチャつくだけのお話)であると同時に、0章の最終回です。

これが、ほんとの、正真正銘、最終回です。

本来は前回で終わり、そのまま間章に入ってもよかったのですが。形として終わらせるために、ね。





始まりの朝

 

 

 

 ——早朝。朝日に起こされるのは、実に気持ちのよい事だとテンは思っている。

 

 

水平線から顔を出した太陽、その一筋の光が窓から差し込み。温かい陽光が部屋へと降り注ぐと、眠りに落ちる意識に起床の合図を促す。

 

引き上げられた意識と共に瞼を開けば、視界に広がるのは照りつける眩しさ。寝起きを出迎える優しい光、あるいは二度寝を許さぬスパルタな光に瞳を焼かれて鬱陶しげに目を細めるのが一つの流れ。

 

その感覚は、嫌いではない。目覚め一発目に陽光に叩き起こされるのは、割と心地よい。顔面に降り注ぐのは今でも若干の苦手意識はあるが。

 

早朝に起きると、いつも得した気分になる。一日の始まりが早いとその後の行動に余裕が持てるし、使用人としてのお仕事を早めに終わらせることもできる。早め早めの行動は心がけても損はない。

 

なにより。朝日を浴びると一日の始まりを全身で実感できるような気がして、「よし。今日も頑張るぞ!」と気持ちを入れることができるのだ。

 

早起きは得意な方。目覚めの瞬間から布団を剥ぐまでの時間は短く、体を起こすのに時間は使わない。早朝起床の気持ちよさも、カーテンを全開にして朝日を浴びる気持ちよさも、テンは知っている。

 

知っているからこそ。今日も今日とて、テンは早朝の五時を少し過ぎた時間帯——天然アラーム(太陽の光)を無視した時間分、普段よりも少しだけ遅く目覚める。

 

 そして、

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

 

知らぬ間に布団に潜り込み、左半身に絡みついて、当然のように寝ているレムの姿を、テンは朝一番に見たとさ。

 

朝日に起こされるテンよりも気持ちよさそうに寝息を立てる、テンの左腕を枕代わりに使う恋人を見たとさ。

 

 

 ーー明日、必ず起こしに参りますので覚悟しててくださいね。

 

 

「……なるほどね」

 

 

覚悟しておけ。とは、どうやら添い寝(この事)だったらしい。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

正直、この展開は予想できていた。

 

恋人になったばかりのレムが自分のことをいつものように起こしに来て。いつものように腹部に跨り。いつものように「朝ですよ。テンくん」と起こす——のではなく布団に潜り込む。更には二度寝。

 

必然と言うべきか、どうなのか。否、必然と言うべきだろう。昨日、恋人になったばかりの人が無防備で無警戒に体を晒しているのだ、楽園を前にしたレムの行動は即決であったはず。

 

別れる直前まで添い寝を要求していたことも踏まえると、この展開の必然性は極限まで高まる。テンよりもずっと早く起床し、『朝のおはよう』を実行するレムが添い寝するという展開の。

 

 

「鍵。やっぱり、かけて寝た方がよかったのかなぁ」

 

 

勿論、予想できた未来絵図に対策を講じようとしなかったわけではない。こうなる前に部屋の鍵をかけてしまおうと考え、実際に実行しようと鍵をかけるためのつまみに手をかけるところまでは動いた。

 

が、そこで思った。流石にそれはレムが可哀想なのではないかと。彼女の恋人として、いかがなものなのかと。

 

日の出よりも前に起床し、眠気を追い払って布団を剥ぎ、メイド服に着替えるなどの身だしなみを整え、るんるんとした忍足でテンの部屋に訪れる——しかし、鍵がかかって部屋に入れない。

 

鍵がかかっていると知ったレムの表情を脳裏に思い浮かべると、罪悪感に駆られるテンだった。起こしに行くと言ったのに、拒否されたような気持ちにしてしまうのは最低だろう。

 

だから、鍵はかけなかった。毎日のように起こしに来てくれているのだから、それくらいは受け止めるべき。感謝の意を込めて、甘んじてレムの添い寝を許容した。甘い男、ソラノ・テンである。

 

決して、鍵をかけたところで破壊されるから、という理由ではない。鍵をかけると鍵そのものをぶっ壊されるから、という理由ではない。

 

 

「にしても………」

 

 

寝ぼけた頭に再起動の令。状況の処理が完了したことで心に波紋した寝起き直後の感情はさておき、テンは僅かな寝息が聞こえるほど近くにいるレムを見る。

 

 

「………近いな」

 

 

 近い。色々と近い。

 

テンのことを抱き枕のように抱きしめながら眠るレムは、彼の左腕というよりも左肩を枕にしていた。この際、いつの間にか自分の左腕が枕代わりにされていることは気にしないとして。

 

前回は腕を含めて抱き枕のように抱きついていたが、今回は趣を変えたらしい。その鼓動を聞きながら眠りについたと思わせる寝相のお陰で、レムの柔らかさが体にダイレクトに伝わってくる。

 

 それ以上に、

 

 

 ーーレムの寝顔。初めて見たかも

 

 

眠るレムを起こさぬよう、口を閉じたテンが心の中で呟く。少しだけ傾けた視線の先には、前回は闇に閉ざされていたレムの寝顔がはっきりと世界に映し出されていた。

 

恋人に寄り添うレムは本当に無防備で。自分に全てを委ねてくれている少女は本当に無警戒で。ほのかに微笑む口元は、今この瞬間の幸福を夢の中で体験しているような雰囲気を思わせている。

 

改めて思う、やっぱり子どもっぽい。前々から童顔だとは思っていたが、寝顔を見ると余計にそう思えた。レムには、この方が似合っている。

 

なんて、愛らしい寝顔なのだろうか。限界まで緩み切った頬が温かな朝日に照らされると、いっそ神々しさすら感じてくる。

 

すやすやと眠る恋人に、どんどん魅了されていく。守りたいという庇護欲を、これでもかと煽られていく。

 

 というか、

 

 

 ーーなんで俺、こんな冷静なんだよ

 

 

 ふと思った。

 

今現在、どうして自分はこんなにも冷静でいられるのか。レムに添い寝されて、寝顔を間近で眺めているのに、どうして鼓動は凪を保てているのか。

 

意識は既に目覚めている。身の回りの状況を正確に把握できるくらいには思考は活動を再開している。別段、思考が鈍っているわけでもない。が、それでも落ち着いている。

 

この状況下において、冷静でいられる自分が自分のことながらに恐ろしい。自分が冷静だと判断できる精神状態が恐ろしい。いつの間にか、耐性がついたらしい。

 

 

 ーー鍛えられたんだろうなぁ

 

 

 主に、レム。

 

あの手この手で好意的な感情を表現されているうちに耐性がついていたことは、薄々ながらに勘付いていたし。想いを伝え合ってから、肉体的な接触を強く求めるようになった事も一つの理由としてあるのだろう。

 

確実に慣れ始めている。レムと肉体的に触れ合うことが障害ではなくなり、今この瞬間にも順応しつつあった。

 

今の自分を、この世界に来たばかりの自分に見せたらどんな反応を見せてくれるのだろう。三ヶ月前の自分に今の姿を見せたら、なんて言ってくれるのだろう。

 

異性に対して「かわいいなぁ」で止まる程度の興味しか示さず。「女の子と付き合いたいなぁ」とか言いつつ、付き合うことに大きな魅力を感じていなかった結果として『鈍感』であった頃の自分。

 

弱く、脆く、情けなく。欠点だらけであった頃の自分は、なんて言ってくれるのか。

 

 

「……変われてるのかな」

 

 

体に絡みつく命の温かさを感じながら、テンはポツリと声を漏らす。それは、過去の自分を思い出したときに意図せず音となった心の声。決意と覚悟で覆い隠した、自分の弱いところ。

 

 ——あの頃の自分から、自分は変われているのだろうか。

 

前の自分から変わると誓った。その自分を正しく過去の自分にすると誓った。そのための努力は欠かさないし、色々と頑張っていこうと本気で思えている。

 

けど、不安に思わない自分がいないわけではない。前を向き、走り続けると言ったものの、ふとした拍子に弱い自分が顔を出しそうになる。

 

吹っ切ったつもりでも、心の中に残ってしまった一欠片にも満たない前の自分に精神を侵食されそうになる。良くない考えが、後ろ向きな思考が、偶に顔を曇らせる。

 

二人分の器に二人分の想いを——必ず、そうならないといけない。今のままの自分じゃ、足りなさすぎる。何もかもが。

 

 

「あの頃のお前()から、変われてるといいな」

 

 

「少しでも」と。

 

テンは暇を持て余している右手でレムの髪をはらりと撫でる。さらさらした髪の中を指先で掻き分け、梳くような風に手を動かし、愛しい少女にできる限りの愛を捧げた。

 

レムが目を開けたのは、そんな時だった。

 

 

「ぁ………。おはよう」

 

 

音もなく開いた瞼、その内側から顔を覗かせたのは澄み切った青空を閉じ込めたような綺麗な瞳。寝ぼけているのだろうか、僅かにこちらを見上げる双眼には睡眠の余韻が渦巻いていた。

 

それを見たテン。彼は、密かに疑っていた『レム、寝たふり説』が音を立てて崩れていくのを横目にしながら、

 

 

「よく眠れましたか?」

 

「……はい。とても」

 

 

夢から覚めても夢心地。

 

二度寝を終えたレムはうっとりとした声で囁くと布団の中で身じろぎし、テンの胸板に頬擦りしながら密着する体に擦り寄った。

 

寝ていた自分を咎める様子がないことから察するに、前回のように意図せずに寝たわけではなく、寝ようとして寝たらしい。テンを起こしにくるはずの時間は、テンと寝るための時間に使われたようだった。

 

寝起き直後は甘々なレム。いつも以上に喉をゴロゴロと鳴らす彼女に頭を撫でていた手を引っ込めようとして即座に捕まえられると、テンは仕方なさそうに微笑みながら撫でりこを再開させ、

 

 

「布団に潜り込んだ事について、二度寝した事について。なにか言いたいことある?」

 

「ないです。故意でしたことは認めます」

 

「うん。素直でよろしい」

 

 

清々しいまでの正直な態度に頷いたテンは苦笑。仮に自分が目覚めなければどうするつもりだったのかと若干懸念するが、残念なことに甘えるレムの視界には入っていない。

 

彼女は今、久々に訪れた目覚めの良い朝の心地よさを堪能し。約九日ぶりの気持ちの良い朝に心の底から安堵しているところだ。眠りから目覚めた瞬間に恋人が近くにいて、とても安心する。

 

だって彼女は、テンに救われるまでの八日間、毎晩のように悪夢に魘され続け、目覚めた直後は過呼吸になるほど苦しんでいたから。想像を絶する苦痛から解放された彼女の安堵は計り知れない。

 

自分一人だけで目覚めた時にも安堵感は得たが、彼と一緒の方が程度が大きい気がする。目覚めて、彼がすぐ傍にいる——たったそれだけで、こんなにも安心してしまう。

 

 

「魘されなくてよかった」

 

 

 一言。

 

吐息と変わらぬ声量で呟き、レムは不意に爆発した安堵感に震える。当然、内側に抑え込めるはずがない感情の行き先は悪夢から救い出してくれたテンになった。

 

屋敷の誰もが眠りについている朝っぱらから、とにかく甘えるという形で。人目につかない二人っきりの空間で、同じ布団の中、恋心に身を委ねるがまま。

 

 

「やっぱり……とても、いい匂いです」

 

 

頭を撫でられながらテンの胸に顔を沈めると、レムは恍惚の声を溢しながら癖になってしまった匂いを嗅いだ。「スンスン、スンスン」と、鼻を鳴らす彼女は彼の匂いが染み付いた衣服に顔を押し当てる。

 

テンは洗剤の匂いだと言っていたが、そんなことはない。これはテンの匂いだ。自分が覚えた、テン特有の匂いだ。彼に抱きついてきた自分が言うのだから間違えない。

 

 

「それ、やってて楽しいの?」

 

「楽しいというよりも、安心します。テンくんの匂いを嗅ぐと、レムはとても安心してくるんです」

 

 

頭上からの声に即答し、レムは抱きついた体にもっと強く抱きつきながら深呼吸。口ではなく鼻で空気を取り込むと、酸素と一緒にテンの匂いが肺の中へと一気に雪崩れ込み、頭がくらくらしてくる。

 

少々、物騒な表現ではあるが——レムにとってテンの匂いとは麻薬に近しい。一度でも摂取してしまえば病み付きになって、二度と離れられなくなってしまう危険なもの。

 

そんな匂いをずっと嗅いだともなれば、レムが依存してしまうのも時間の問題であった。否、もう既に依存している気配が彼女の雰囲気から漂ってきていることをテンは察している。

 

果たして、依存されているのは匂いだけだろうか。

 

 

「あ、だめ。もっと撫でて」

 

 

 ——テン依存。

 

まさかとは思うが。一応、その単語を頭の片隅に置いておこうと心の中で密かに抱くテン。そんな彼の鼓膜にレムの甘ったるい声が弱く響くと、不意に針で刺されるような痛みが痛覚を刺激した。

 

チクッとした感覚に意識を引き寄せられたテンが見たのは、レムの頭を柔らかく撫でていた手を彼女が抓っている光景。

 

どうやら、いつの間にか手を止めていたらしい。心地よい手つきが遠のく感覚をお気に召さなかったレムが物欲しそうな目で、テンの撫でりこを要求していた。

 

可愛い。可愛すぎる。なんだこの子は。天使か。

 

真っ直ぐで一途なレムの愛が可愛くて仕方ない。撫でると目を細め、気持ちよさそうに唇を綻ばせる表情も、見ていて眼福である。

 

その上、添い寝の状態でとなれば彼女と過ごす時間が至福であることは言うまでもない。同じ布団の中でイチャつくのは初めての体験だが、割と即座に順応できている自分の精神力に感謝だ。

 

 

「テンくんテンくん」

 

「なんですか」

 

 

頭をずっと撫で下ろされる心地よい感覚に浸るレムに名を呼ばれ、テンは短く返事。言葉そのままの意味でゼロ距離にいる彼女を見ると、

 

 

「好きです」

 

 

こちらを軽く見上げたレムが表情筋が崩壊したようなゆるゆるの笑みを不意に弾けさせ、愛を告げた。もう我慢しなくていい想いを、遠慮なく言葉として表現した。

 

しかし、それなりに恥ずかしかった。頬を赤らめる彼女は照れるように視線を逸らすとテンの胸に顔を沈め、情けなくふにゃふにゃになった表情をすぐに隠してしまう。

 

 

「照れるなら、やらなきゃいいのに」

 

「仕方ないじゃないですか。テンくんとこうしていたら言いたくなってしまったんですから」

 

 

「愛は、止まらないものなのですっ」と。そう結論づけたレムの語尾が気持ちよく跳ねた途端、彼女の抱擁はより一層のこと強まった。

 

衣擦れ音がテンとレムの間で生じると、それはテンの体にレムが限界までくっついた事を二人に知らせ。尚もくっつき足りないとばかりに擦り寄る。

 

決して満たされることのない心の渇望を潤さんと彼の温もりを強く求め、止まらぬ愛が暴走していく。制御などとっくに捨てた純愛が、恋人一日目の存在に全てぶつけられる。

 

 

「レム。あの、暑いかな。ちょ、ちょっと離れてください」

「イヤです。離れません。ずっとくっつきます」

 

 

無限に擦り寄ってくるレムの体からテンが離れる予感——全否定の意を込めたレムの声がその声を真っ向から弾き飛ばすと、逃げようとした罰としてもっともっと抱きしめられる羽目に。

 

まずい。これはまずい。これ以上ない程にレムが抱きついたせいで彼女の乳房がえげつない勢いで押し当てられている。過去一番、過去一番の柔らかさが胸に当た、当たる。当たる。当たたたたたた。

 

 

「は、離れろぉ。それ以上、俺にくっつくなぁ」

 

「好き、好きぃ。大好きぃ」

 

 

弱々しい声で抵抗し、ギブアップの意味を示すためにレムの背中をポンポン叩くも、レムの意識には到底届いていない。

 

先程の恥ずかしさはどこへやら、永遠の愛を口から溢れさせながら自分の世界にのめり込んでしまった。

 

発育の暴力が凄まじい。恐らく、彼女は無意識だろう。これで意識的に当てていたら今日から本当に小悪魔と呼んでやる。レム——小悪魔レムだ。

 

レムを救った直後と全く同じ状況か。否、あの時よりもレベルが上がっている。正式に恋人関係となった今、二人っきりの時だけは愛の手綱が完全に手放され、止まってくれない。

 

 なら、自分が手綱を握るしか。

 

 

「分かった。分かったから。じゃあ、抱きついてていいから。とりあえず布団から出ようよ。もう添い寝は十分だろ?」

 

 

暑いのは建前であり、本来はこの柔らかさを少しでも離れさせようとしたのが裏目に出たのは置いとくとして。本格的に理性が切れそうな気配を感覚的に予知したテンが絡みつくレムと一緒に起き上がろうとし、

 

 

「待って。まだダメです」

 

 

その目論見を、またしてもレムに抑えられることに。

 

テンの腹筋に力が入ったのを瞬間的に理解した彼女が布団の中で大きく動くと、一秒もしないうちに仰向けに寝転がるテンの体にうつ伏せの体勢でレムが乗っかる。

 

この瞬間、レムがテンを押し倒したような構図が見事に完成。驚き、目を見開くテンが自身のマウントをレムに取られたと知った時には既に遅かった。

 

同じ寝台の上で、二人が重なる。同じ布団の中で、二人の肌が触れ合う。極度に狭い空間でレムは火照ったように呼吸を乱し、とろりとした目から情熱的な視線を眼下に転がる恋人に向けながら、

 

 

「まだ、いちゃいちゃしたい」

 

 

 心臓が止まるかと思った。

 

初めてレムの口から放たれた発言に硬直し、テンの時が一時的に止まる。甘えたがるレムの甘々な声を聞いた途端、全身に電撃が突き抜けたような衝撃に肩がピクリと跳ね上がった。

 

昨日、ようやっと恋人関係になってタガが外れでもしたのか。我慢も遠慮もせず、ただ純粋に甘えていたいと言われたことで彼の頭が一瞬だけ許容値を超え。

 

その一瞬が過ぎた頃には、テンはレムに頬擦りをされていた。餅のように柔らかいレムの頬が、テンの頬にくっつけられ。首に回された両腕でまた抱きつかれると、乳房が胸板に押し付けられ。

 

完全密着状態——今の状況を超簡単に言葉にするなら、その言い方が最も適してる。

 

 

「レム。とりあえず落ち着こう。ね?」

 

「何を言いますか。レムは今、落ち着いていますよ。いつも通りのレムです。何も違いありません」

 

「違いあるけど? ちゃんと暴走してるけど?」

 

 

ちゃんと暴走してる、とはなんなのか。

 

自分で言っておきながら意味の解読が難しいテンはどうにかレムを落ち着かせようと働きかけるも、レムの精神状態は至って普通だった。

 

正常な判断が失われたわけでもなければ、言葉のキャッチボールができないわけでもない。言葉を投げかけると理知的な反応がしっかりと胸に返ってくる。

 

返ってくることが本当に恐ろしい。それはつまり、今のレムは普通の状態でこの甘々さということ。愛の手綱は手放して暴走しているものの、しかし思考の機能は低下していない。

 

その状態ですらこの甘えっぷり。仮に思考が停止してしまうほどの状態、理性が完全に機能を失ったのならば、彼女はどうなってしまうのだろうか。想像もつかない。

 

これは、今までに溜め込んだ分が大放出しているだけだと信じたい。この調子で毎日こられると、テン自身が己の理性を保てそうにない。今ですらかなりキツキツだというのに。

 

これが明日も明後日も続くとなると————。

 

 

「流石にやばいな……」

 

「何がやばいのですか?」

 

 

ついうっかり手を出してしまいそうな未来を悟ったテンが独り言を呟くと、その声を至近距離で拾ったレムが敏感に反応。

 

拾われた独り言に「やっちまった」と言わんばかりのテンは口を閉ざすが遅い、レムは既に聞いている。吐息が混ざり合う程に近い距離でテンを見下ろすレムは妖艶な笑みを浮かべると、

 

 

「何が、やばいのですか?」

 

「……別に。何もやばくありません」

 

 

レムの誘惑にはまともに取り合わず、テンは澄ました顔で言うと彼女を抱きしめながら横向きに体を倒す。自然、テンに乗っかるレムが「わっ」と小さく声を上げながら、倒れるテンに巻き込まれた。

 

温度の上昇した布団の中、横向きになったテンは半ば強引にレムを胸に抱く。こちらを見上げようとする額を優しい力で胸に押さえつけ、行動に対する言及を拒否する姿勢だ。

 

レムも、その誤魔化しには気付いた。布団の中で胸に抱かれるという新たな展開にご満悦な雰囲気を纏いつつも「今、絶対に誤魔化しましたよね」と拗ねたような愚痴を呟くと、

 

 

「ほら。イチャつきたいんだろ。風の刻が過ぎるまでね。過ぎたら、ラムを起こしに行くんだよ」

 

 

「分かった?」と、テンは愚痴を素通りした態度で言葉を閉じる。今はまだ、そのような誘惑は受け流す方向で態度を一貫する彼にレムは「分かりました」と口をつーんと尖らせ、

 

 

「でしたら、もっとレムに甘えさせてください。テンくんの誤魔化しに流されてあげますので、その代わりにレムのことをたくさん甘やかしてください」

 

「ん。いいよ」

 

 

抱かれた胸に両手を添え、服をきゅっと握りながらレムは言い。二つ返事で自分の甘えが受け入れられたと分かった途端に口の中で微笑を鳴らすと、開けていた瞼をゆっくり閉じる。

 

まさか、三度寝に落ちるつもりかとテンは思うが。譲ってもらった立場的に文句を垂れるわけにもいかず、結局は五分後に眠りに落ちてしまう彼女には何も言えなかった。

 

 ただ、

 

 

「テンくんは、こんな甘々なレムも好きですか? ちょっとはしたなくて、だらけた………そんなレムのことも、好きになってくれますか?」

 

「愚問だよ。好きになるに決まってんじゃん。言ったでしょ。丸ごと好きになる、って。どんなレムだって俺は好きだから。安心して甘えていいよ」

 

「…………大好きです」

 

 

愛だけで作られた言葉にテンは言葉を生まず、代わりに苦しくない程度に強く抱きしめることを応えとして愛を返す。言葉ではなく態度で、彼女の心に愛を波紋させ。

 

 

「このまま眠ってしまっても、いいですか?」

 

「いいよ。時間になったら起こす」

 

 

まだ始まったばかりの恋人関係、その一日目。初日からこの有様ではこれから先、レムに何をされるか分かったものではないが。

 

今回の件を受けて。何が来ても受け止めようと意気込み、テンは甘えるレムをひたすらに甘やかすのであった。

 

 

 ——この後。レムに釣られたテンがいつの間にか寝落ち、最終的に二人とも寝坊する羽目になるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 






はい。これで、0章は完結です。オリ主二人がエミリア陣営に馴染むまでの過程は終了し、原作の土台作りは終わったことになります。

次回からは間章に入り、アンケートにもあったお話をいくつか挟むつもりです。それが終わったらついに1章に突入です。

冗談抜きで、長かったですね。初期の頃からここまでずっと読んでくださっている方ってどれくらいいるんでしょうか。いないんじゃないかぁとか個人的には思ってます。いたとしても片手で数えられる人数……。

自分で書いておいてアレですが、こんな長い物語は私としては読む気になりませんし。まぁ、書いてる側としては妄想を文字に起こせて楽しかったんですけどね。


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