親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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さてさて、ここからは間章。色々とあった0章を乗り越えたエミリア陣営が繰り広げる『ほのぼの』の開幕です。

因みに、原作開始に向かっている今、そのビジョンが全く思い浮かばない作者です。スバルの扱いをどうするか、悩みまくってます。





間章 ロズワール邸は今日も騒がしい
ありふれて、ほのぼのとした一日


 

 

 ——今日も今日とて、ロズワール邸は平和だ。

 

 

 

「テン君。君が目覚めてからそろそろ十日ばかり経つが、体の調子はどうだい?」

 

 

朝食を口に入れながらそう尋ねたのはロズワール。いつも通りのピエロを彷彿とさせる奇抜な服装に身を包む彼は、舌先で具材の感触を確かめるような動きを口の中で見せながら名を呼んだ男に視線を飛ばす。

 

その先にいるのは長袖のシャツに足首まで隠れるパンツを履いたテン。安静期間のため使用人としての立場を剥奪中な彼は制服姿ではなく、屋敷から支給されたラフな格好を普段着としていた。

 

レムに注がれた紅茶で喉を潤すテン。朝食を誰よりも早く食べ終わった彼は「ふぅ」と一息つくと、

 

 

「まぁ、ぼちぼちって感じです。可もなく不可もなく、それなりに回復してますよ。激しい運動はできませんが、五分歩くだけで息切れするのはなくなりました」

 

「そぉれはなにより。なら、そのまま安静にしていることねぇ。治りつつあるといっても危険な状態に変わりはないかーぁら。勿論、仕事も厳禁だよぉ」

 

「んなこと、言われなくても分かってます」

 

 

自分の現状報告に満足げに頷くロズワールを視界に入れつつ、テンは使用した食器を一まとめに重ねると空いたスペースに突っ伏す。

 

回復傾向にあるとしても仕事禁止令は依然として発令中だったことに若干、不満そうな様子だ。もしかすると解除してくれるのではと思っていたが、残念ながらに淡い希望だったらしい。

 

しかし、これが最もな意見だと近くで聞いていた人達は心の中で思っていたり。

 

確かに、ここ最近になって貧血症状は改善の兆しが見えつつあるものの。完全に治ったわけでもなく、加えて過度に無理をした肉体の疲労がとれたわけでもない。

 

一人で歩けるまでには回復したようだが、それでも長距離の移動では小休憩を挟まなければならない状態なのが今のテン。

 

故に、「そうよ。まだ大人しくしてるの」と肩をポンと叩いたエミリアも。「無理は禁物です」と微笑みかけたレムも。基本的にテンの味方につく二人であっても、今回は敵に回った。

 

そんな生活が、ここ一週間ずっと。過度な運動が禁止されているためにリハビリもできず、体力を多く消費する屋敷の仕事もできず、ゲートがボロボロだから鍛錬もできず、

 

 

「することが散歩と読書しかない件について」

 

 

今までが仕事と鍛錬だけの日々だったこともあり、前者も後者も奪われた今のテンは一日の大半が恐ろしく暇なのだ。

 

早朝に布団に潜り込むレムとイチャつき。朝食を食べたら部屋に戻って読書か、外に出て散歩をするかの二択。

 

昼頃になったら昼食の準備を始める使用人の三人と合流して準備を手伝い。それが終わったら読書か散歩の二択。

 

夜になったら夕食を食べて。入浴して。部屋でゴロゴロしているところに突撃してきたレムとイチャついて、彼女を部屋に送って、寝る。

 

これが最近のテンの生活。平々凡々で、ごく普通の平和な生活を送っていた。激務と鍛錬で忙しない日々を過ごしていた彼には、今の生活は暇すぎる。

 

ゲートを除いた後遺症が回復しつつあり、体の内側に体力が有り余りつつある今なら尚更。心の暇は満たされても、体の暇は一切満たされない。

 

 

「暇だよ。ひま。ひーまー」

 

「仕方ねぇだろ。今のお前は生きてるのが不思議な状態から復活した後なんだし。この一ヶ月は安静にしてるんだな。大人しくしてろや」

 

「下手に動かれて体調が悪化しても困る。ぶっ倒れたテンテンを介護するのはラム達だもの。今は大人しく部屋で惰眠でも貪ってなさい。それか、勉学にでも励むことね」

 

 

「つまんなーい」と遊ぶ友達のいない子どものような駄々を捏ねたテンに、ハヤトとラムの対応は冷たい。仕方のないことだと、彼の不満感をバッサリ切り落とす。休んでいろと、強く言い聞かせた。

 

暇であることが彼の精神的な余裕を意味し、それが後遺症に全身を蝕まれ続けた肉体の回復に繋がっていることを二人は知っている。

 

五分歩くだけで息切れしていた時は「暇だよぉ」などと言う余裕もなかったのだから。目覚めてから数日間は心の余裕の一切が無く、階段の上り下りですら必死だった。

 

やっと、そんな状態から脱したのだ。ここで無理をされて悪化されたら困るというもの。「勉強かぁ」と呟くテンを見るハヤトとラムは彼の恋人であるレムに視線を向けると、

 

 

「レム。その男が無理をしないよう、ちゃんと見張ってるのよ。もし、また一人で屋敷の敷地内から出ようとしたら今度は部屋に閉じ込めておきなさい」

 

「テンのことをよろしくな。多分、俺が言うよりもレムに言われる方が効果ありそうだしよ。レムはコイツの恋人なんだし」

 

「はい。お任せください。テンくんの位置は匂いで分かりますので、何処へ行こうとも逃げることはできませんよ。仮に同じ事態になった場合、レムの部屋に縛り付けておきますので」

 

 

自分の姉とテンの親友からの頼みに、レムは可愛い笑顔でサラッと恐ろしい発言。言葉を返されたハヤトとラムだけでなくロズワールの表情までも凍り付かせた彼女は、満面の笑みで言い切った。

 

エミリアに関しては「そんなこともできるのね」とレムの優れた嗅覚にズレた賞賛の声を溢していたが、他の三人はそれどころではない。

 

テンの部屋ではなく、自分の部屋に縛り付けると語った時点でご察しだ。以前から彼女の人並外れた独占欲は把握していたが、想像の斜め上を彼女は平気で超えていく。

 

当の本人は、凍りついた三人に「どうしました?」と小首を傾げている。さも当然であるかのような監禁拘束発言をしたが、あどけない表情である。

 

独占欲がすこぶる強く、愛が深い少女レム。爆発したそれを向けられたテンはさぞ戦慄したことだろうと三人は思うが————、

 

 

「ねぇ、ベアトリス」

 

「なにかしら」

 

「ジャッチメントかしら! って言ってみてくんない? できれば張りのある声で」

 

「じゃ……? 意味分からん言葉を話すんじゃないのよ。ベティーを暇つぶしの相手に使うんじゃないかしら、このイカれ男」

 

 

残念なことに(ヤンデ)レムの声は耳に入っておらず、いつの間にかベアトリスの隣に座った彼は、暇つぶしとして彼女にちょっかいをかけているところであった。

 

 

ロズワール邸の食卓は、今日も賑やかだ。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

時間は進み、昼食を一時間後に控えたロズワール邸。

 

その厨房ではいつものように使用人四人が集まり、いつものようにくだらない話を繰り広げている真っ最中であった。

 

それはつまり。何回、何十回、何百回と幕が上がった『使用人四人によるほのぼのな日常』の開始である。もはや兄妹関係に近しい仲良し四人の、どうでもよくて楽しい日々の一端である。

 

 

「なんか俺。少し、太ったような気がしない?」

 

 

会話の種を撒いたのはテンだ。

 

長机の前で椅子に座り、味付け用のタレを作る彼は、台所に立って作業をする双子姉妹の背中と隣に座るハヤトを見ながら、ふと思ったとばかりに問いかける。

 

彼の呑気な声に一番初めに反応したのはハヤト。テンの真横に座る彼はゴーグルを装備して玉ねぎと絶賛格闘中だが、幕が上がったほのぼのに「そうか?」と声を返しながら、

 

 

「全然、太ってねぇよ」

 

「そぉ? なんか、ここ最近ずっと食べてばっかだから心配でさ。そのくせして運動もしてないし。カロリーばっか摂取してる気がするよ」

 

 

作ったタレを味見用のスプーンで掬い、パクリと口の中に入れたテンが「なんか違うな」とボヤき、机に並べた瓶詰めされた調味料の中から一つだけ手に取ると、大きめの器に作った未完成のタレの中へと投入。

 

ロズワール邸の住民が好む味付けを熟知した己の味覚に狂いはないテン。彼は「だってさ」と味の素となるタレを掻き混ぜながら、

 

 

「食事をする時にさ。貧血を改善するためだから、って他の人よりもたくさん食べるじゃん。毎回のようにレムが凄まじい量を出して、それを俺が食べるじゃん」

 

「そうだな」

 

「そんで、俺はそれを完食してるわけじゃん。バランスの取れた食事とはいえ、その生活を俺は一週間以上も続けてるわけじゃん」

 

「そうね」

 

「だから太るじゃん」

 

「そうなんですか?」

 

 

ハヤト、ラム、レムの順番でテンポよく返ってきた反応にテンは「そうじゃないの?」と一言。作業を一旦止める彼は三人の顔色を伺うと、こちらを見る三人は同じく頭の上に疑問符を浮かべていた。

 

太る過程を簡単に説明したつもりなのだが、他の三人としては最後の結論が共通らしく納得されていない感じ。

 

当人だけが仲間外れな状況に質問者は「だってだよ」と前置き、

 

 

「運動とか、してないんだよ? 筋トレもできてないから筋肉が衰えてる気もするし。食べた分だけ動けてないから」

 

 

「当然のように太るでしょ」と、テンは手を広げて戯けるようなポーズ。ふざけた声と態度な彼だが、しかし言葉だけには妙な真面目さがあった。事実として、その考えに至るまでの道がテンにはある。

 

それは、ここまでの数日間で食べる量が圧倒的に増えたこと。加えて、食べる量と運動する量が全く釣り合わないこと。

 

貧血症状に苦しめられていた彼は少しでも早い貧血症状の緩和を図るべくレムに「栄養をたくさん摂取してください」と言われ、結果としてフードファイター並みの量を毎晩のように食べる羽目になり。

 

お陰で目論見通りの成果を出したのの、流石に食べ過ぎなのではと。なら、量を減らしてもらえばいいと思うのが普通だし、実際にテンもそう思った。

 

思ったが。幸せそうな表情で「愛情いっぱいです!」とレムに言われて誰が断れようか。誰がレムの愛情を減らせと言えようか。

 

そういうこともあり、この状況では確実に太るという結論に至った。ランニングや刀の素振り、筋トレなどの運動が不可能な自分は危ないのではないかと。

 

 

「お前の場合、その分が血を作るためのエネルギーに変換されてるから心配は必要ないだろ。てか、お前みたいに筋肉がある人ってそれだけで消費カロリーが多くなるから」

 

「気にする必要もない、と?」

 

「そーゆーこった」

 

 

そんな懸念を正面から相殺しにかかったのはハヤトのそれっぽい考え。横っ腹の緩みを心配するテンの懸念をさほど気にしていない彼は、それ一つで話を終わらせると自分の作業に戻る。

 

全く相手にされてない感満載な受け答えだ。否、相手にされていないのだろう。当たり前だ。ハヤトは昨日、テンと一緒に風呂に入ったときにその体つきを見ているのだから。

 

 

「昨日、風呂ぉ入ったときに見た分には前と変わりなかったぞ。前と比べて随分と逞しくなった体つきだったぜ。だから心配すんな」

 

「キモ」

「え?」

 

「いいなぁ」

「うん?」

 

「脳筋、あなた……男色家?」

「待て待て待て」

 

 

視線の温度が絶対零度に下がったテンに、恋人と裸の付き合いを可能とするハヤトを羨むレムに、ありえない方向性を疑うラム。

 

気にすることはないと言いたかったのにこの始末。親友にドン引きされ、親友の恋人に羨ましそうに見つめられ、恋人の姉にドン引きされ、一瞬にして三人中の二人からドン引きされた。

 

多分、冗談だろう。友人同士の戯れであろう。そうやって割り切るとハヤトは適当に笑い、

 

 

「でも、実際に太ってねぇし。そこまで心配する必要はねぇよ。今、こうやって見ても太ってる感じはないし」

 

「そーか?」

「そうだ」

「そーか」

 

 

親友に対しては言いたいことを容赦なく言うハヤトが言うなら間違えない。自信満々にグーサインで頷かれたテンは「ならいいや」と納得した様子で引き下がった。

 

主観的な意見より、客観的な意見の方が参考になるのだ。自分の視点のみでは一つの考えに縛られる傾向があるけど、他者の視点を思考の中に入れれば正しい答えも導き出せる。

 

自分は太ってない、今はまだ大丈夫。

 

そうやって新たな結論を出したテン。彼は味付けのタレを完成させるべく作業に戻り、質問者の懸念が解決したことでテンが撒いた話題が着地する気配が途端に漂い始めた。

 

 そんな中、

 

 

「……分かった」

 

 

握っていた包丁を置いたラムが不意に声を上げる。何がどう分かったのか。澄ました顔のままくるりと身を回す彼女は、意図の読めない一声に疑問を抱いた三人の視線を集めながらスタスタと歩く。

 

歩いて、歩いて、辿り着いたのはテンが座る椅子の目の前——瞬間、彼女に見下ろされたテンはその澄まし顔の裏側に宿る悪戯な表情を感覚的に理解した。

 

表は冷静沈黙な表情を纏っているが、裏は面白いものを見つけたような笑みを浮かべている。これは、自分を揶揄うときに見せる表情に近い。

 

分かったのは経験の賜物だ。ラムがテンの心情を察せれるように、逆もまた然り。

 

今から自分は、この少女に何をされるのだろう

 

明らかにテンで遊ぼうとしているラム。相変わらず自分を揶揄うのが好きな少女だなとテンは思いながら、できる限りいつも通りの表情を顔に貼り付けて、

 

 

「なにが分かったん?」

「立ちなさい」

「なんで?」

「いいから」

 

 

単調な言葉を短く交わし合うテンとラム。意思の疎通が全く行えない会話なのだが、そこで深く問い詰めずに素直に立ち上がるのがテンだった。彼女のノリに乗ってあげる、優しい男だった。

 

尤も、テンがそういう男であると分かっているからラムも自分の意思を押し付けている節があったり。彼女は、彼なら自分の言葉を無条件で受け入れてくれると知っている。

 

話の成り行きをハヤトとレムが見守る中、言われた通りに立ち上がるテン。椅子の足が床と擦れてギギギと音を立てると、次の瞬間には事が起こっていた。

 

 

「ーーーー。うん。別に、太ってない」

 

「えっと………そーする必要あった?」

 

 

なんらかの手段でテンの体型を理解したラムがハヤトの意見に賛同するような呟きを一つ溢し、なんらかの手段をとられたテンは行動の理解が追いつかない。

 

なんらかの手段——ラムが、テンの体を服の上からペタペタと触っている。彼が意識していた横っ腹から上半身の輪郭を沿うような手つきで、彼女はテンの体を手触りで理解していた。

 

澄ました表情を変えぬままテンの体を触るラムと、真顔を変えぬままラムに体を触られるテン。この瞬間におかしな光景がハヤトとレムの前で展開し、

 

 

「論より証拠。脳筋の言葉だけじゃ不安だと思ったから、ラムが直接確かめてあげたの。実際に触ったラムが言うのだから、変な心配しないでちょうだい。女の前で体型の話は禁句よ」

 

「そっか。……ごめん」

 

 

ラムの赤い瞳にキッと睨まれたテンが「気をつけるよ」と素直に謝る。女の子の前で体型の話は禁句と、また一つテンが遅すぎる知識を学んだ瞬間であった。

 

どうやら、ラムがテンの体を触った理由は体型を確認するためだったらしい。言葉ではあやふやだから、自分が触って大丈夫であると確認することでテンの懸念を確実に壊したというわけだ。

 

読み違えたか、と。そんなことをテンは思う。先程、眼前にいるこの澄まし顔の裏側に悪戯心を感覚的に察したのだが、態度からして本当にそれだけな気配。

 

てっきり、揶揄うのかと思っていた。今までの彼女ならそうするのが普通なのに。未だに無言で体を触っている彼女にはそのような様子など見られない。

 

 

「……ちっ」

 

 

 見られない、はずだった。

 

ただの気遣いで終わるのかと思っていた矢先、鼓膜を叩いたのは不意な舌打ち音。もちろん、体を触っているラムが不満感を全開にして鳴らしたものだ。

 

読み違えた、と。そう考えた自分の意見が瞬時にひっくり返る予感に「なんで舌打ち?」とテンが小首を傾げると、ラムはつまんなそうに表情を曇らせ、

 

 

「ラムに触られて慌てふためくテンテンが見たかったのに……。見損なった。もうあの頃の、女に触られてあたふたする揶揄い甲斐のあったテンテンはどこにもいないのね。慣れとは恐ろしいものだわ」

 

 

「あのテンテンが……」と、妙に儚く語るラムの態度に、今の気遣いは悪戯が化けていたのだと知る。自分の読みは正しかったのだと理解する。

 

要するに、今のはテンを揶揄うための口実に使われたというわけだ。彼の前で「期待して損した」と触れていた体から離れるラムは、ただテンを揶揄うためだけに動き、望まない結果を招いたと。

 

自分に触れられたテンの表情が何一つとして変化せず、期待した反応が返ってこなかった事にやや不服そうなラム。

 

彼女は「俺を変えた人がそれを言うか」と半笑いするテンを「冗談よ。変わってくれて良かったと思ってる」と簡単に受け流すと、背を向けて元の場所へ戻ろうと歩き出し、

 

 

「姉様ばかりずるいです! レムにも触らせてください!」

 

「その言い方には語弊がある。字面だけだと、えげつない誤解を招きかねないからやめようか」

 

 

その真横を、草原を吹き抜けるそよ風のような勢いでレムが通り過ぎた。恋人の体を触る姉を快く思わなかったのだろう、横を通り過ぎられたラムの体がくるくる回転するほどの速度でテンの体に飛び込んでいる。

 

そんな、飼い主に「かまってかまって!」と飛び跳ねる子犬のような勢いで抱きついてくるレムを受け止めつつテンは苦笑。

 

レムとしては見た光景をそのまま言葉にしただけだと思うが、あまりにも直球すぎる表現だと少しばかり変な方向に解釈する人間が出現しそうな気がして、

 

 

「いやらしい。ラムとレムで(ナニ)を想像しているのかしら。毎日のようにレムと絡んでおきながらまだ足りないとか、その辺で野垂れ死ねばいいのに。このド変態」

 

 

自身の肩を抱いたラムがここぞとばかりに振り返り、ゴミを見るような目でテンを睥睨。揶揄う材料を見つけた彼女の反応速度は光をも超越していた。

 

予想通りすぎるリアクション。分かっていた彼女のそれにテンは「言ったそばから」と、その鋭い視線に己の視線を重ね、

 

 

「やっぱり誤解を招きましたね。ここに一人、変な想像を膨らませちゃった人がいましたよ。どう思う? ハヤト」

 

「自覚あったのね」

「お前のことだよ」

 

「いや、お前ら二人ともだよ」

 

 

相変わらず仲良しなテンとラムの下らな面白いやりとりに、彼の一言で参加させられたハヤトが楽しげに笑いながら声を挟む。

 

正直、成り行きを眺めるだけでも十分に楽しかった。テンと絡むと毎回のように楽しそうな微笑を浮かべるラムを見るのも、テンの事となると途端に暴走するレムを見るのも、その三人が作り出す光景を見るのも楽しい。

 

けど、やっぱり混ざりたいハヤトだ。外から見ているだけではつまらない。どうせならそのわちゃわちゃに参戦し、会話を盛り上げたいところ。

 

 だから、

 

 

「ったく、くだらねえことしてる場合があったらさっさと準備しろよな。昼飯まで一時間過ぎてんだぞ。そこんとこ、分かってるよな?」

 

「玉ねぎ如きで手こずる奴が言うな。ゴーグル探すのに三十分かかったくせになに言ってやがる。お前がそうやってる間に、俺たちは作業のほとんどを終わらせてんだ。あとはお前が自分の分を終わらせるだけだよ」

 

「テンテンの言う通りね。くだらないことをしてるのはどっちかしら。今こうしている間にも刻一刻と時間は迫っているのに、脳筋は作業の手を止めてお喋り? 分かっていないのはそっちでしょう」

 

「多少の誤差はあれど、ハヤト君待ちなのは確かですね。今すぐにでもハヤト君が自分の分を終わらせていただければ、それだけ時間にも余裕が持てますよ。余った時間でお話もできますし」

 

「おまえら、ほんとに仲良いな。つか、そんなに言うなら手伝ってくれてもよくね?」

 

 

くだらない言い合いをしていたテンとラム、更にはテンに抱きついてから一切離れないレムの三人による言葉の暴力にハヤトが苦笑。打ち合わせでもしていたのかと疑うほどにテンポの良い三連続だった。

 

しかし、この構図が出来上がるのは自分達の仲の良さが平常運転であるなによりの証拠でもあるとは、この場にいる全員が理解していること。

 

故に、色々と言いながらも三人はハヤトの作業を手伝い、結果として時間に余裕ができた四人はくだらないお喋りに花を咲かせたとさ。

 

 

使用人四人組は、今日もいつも通りである。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「よっ、ベアトリス! 暇だから遊びに来たぜ!」

 

「相変わらずうるさい奴なのよ……。今日は何をしに来たかしら」

 

 

そんな会話から始まったのは、ハヤトとベアトリスによるほのぼの。

 

仕事の空き時間を使うハヤトが例の如く禁書庫の扉を勢いよく押し開き、三脚に座りながら本を読むベアトリスが迎え入れるという絵面。両者にとって心温まる一時。

 

廊下と禁書庫の境界線を越え、扉を閉めることを忘れるハヤト。ベアトリスの下まで歩みを進めていく彼は「ふぃー、疲れた疲れた」と疲労の蓄積した肩をほぐすように回しながら、

 

 

「何しに来たか、って。んなもん、暇だからだよ。仕事の休憩時間は基本的に暇だから。その暇つぶしに」

 

「お前の暇つぶしに付き合う義理はないのよ。とっとと仕事に戻るかしら」

 

 

当たり前のように話すハヤトにベアトリスは嫌そうな口の聞き方。穏やかに笑いかけながらこちらに歩みを進めてくる存在を正面にした彼女は、口だけ聞くと不機嫌そうに感じる。

 

尤も、ハヤトを前にすると心の声がひっくり返るのがベアトリスというツンデレ(幼女)。本心とは真反対な言葉が口から放たれるのがハヤト大好き精霊(ベアトリス)

 

早く帰れと言わんばかりの声とは裏腹に、読んでいた本をパタンと閉じる行動はハヤトと話す気満々。足をぶらつかせる仕草は「何を話すかしら?」とでも言いたげで。表情が分かりやすく明るくなる。

 

これで全てが無意識なのだから恐ろしい。本人は本心を隠しているつもりでも、意図的に漏らしているのではと思わされるほどに雰囲気と態度でダダ漏れである。

 

会ったばかりの頃と比較して、随分と可愛くなったものだ。

 

 

「釣れないこと言うなって。どうせお前は読書しかすることねぇんだし、俺が来た時くらいは話し相手になってくれよ。ずっと書庫に引きこもってると人間が腐るぞ。いや、お前の場合は精霊が腐る、か」

 

「それは、この禁書庫の番人を任されたベティーに対する侮辱と捉えていいかしら? ただ本を読んでるだけだと思ったら大間違えなのよ。お前も偶には本を読むがいいかしら。教養の一つもないし」

 

 

くつくつと笑うハヤトに、ベアトリスはつんとした顔で淡々としている。それは、自分の下に彼が遊びに来てくれて嬉しがる態度を押し込めたような様子だ。心なしか体が前のめりになっている気がしなくもない。

 

自分のことを受け入れている証だと思っていいのか、いいのだろう。基本的に本を読む彼女が自分をそれ以上に優先してくれているのだから。

 

読書を片手間にではなく、自分と目を合わせてくれる。顔を合わせて、目を見て話してくれる。それがハヤトにとっては嬉しいことだった。

 

 

「読書ねぇ。アイツ(テン)と違って本を読むのはあんまり得意じゃねぇからなぁ。内容とか関係なしに五分読んだだけで眠くなるし」

 

「その感覚、ベティーには理解できないかしら。むしろ、ベティーは本を読むと目が冴えてくるかしら。お前とは真反対なのよ」

 

「眠れない時に重宝してるぜ」

 

 

偶にそれで仰向けになって本を読んでいる時に、手から力が抜けで顔面に本が落下することもあるが。ハヤト的には読書というものは睡眠作用のあるものらしい。

 

「レムから貰ったルグニカの歴史書を読むと五分で眠れる」なんてことを清々しい笑顔で語る彼に、ベアトリスは呆れたような笑みを浮かべながら「用途が異質すぎるのよ」とため息を一つ。

 

寝る前に本を読むと内容が知識として脳に定着されやすいから「やるじゃん」と感心したかったのだが、自分の目の前にいる男からその気配は一欠片も伝わってこない。

 

 

「お前の場合、読書というよりも文字を読むこと自体が睡眠に繋がってるっぽいのよ。そんなんじゃ、まともな知識の一つも身につきやしないかしら。騎士になる男が聞いて呆れるのよ」

 

「その辺はテンがなんとかしてくれる。アイツ、ああ見えて真面目に勉強するタイプだからな。朝食のときラムに、勉学に励め、って言われてロズワールに魔導書を借りて、エミリアにも歴史書とか色々と借りてたし」

 

「他力本願にも程があるかしら」

 

 

この男はどこまで脳筋なのか。

 

そんな思いから額に手を当てるベアトリスが「やれやれ」と小さく横に振る。そこまでハッキリ言われると、それでいいのかもしれないと少しだけ思わされた。

 

親友に対する絶大な信頼と言うべきか。あるいは勉学は極力避けるための理由に使っていると言うべきか。どっちもどっち。この男がまともに本を読まないことに変わりはないだろう。

 

読書好きなベアトリスからすれば、せっかく本を読める環境がこんなにも近くにあるのだから読んでほしいと思わなくもない。

 

 

「そういえば………」

 

「なんだ?」

 

 

目の前に立つハヤトと話す中で一つ、不意に思ったことがあったベアトリス。なんの脈絡もない事がポンと音を立てて頭の中に生まれた彼女は人差し指でハヤトのことを指さすと、

 

 

「体の調子。お前は大丈夫なのかしら?」

 

「なんだ急に」

 

「ふと思ったのよ」

 

 

ふっと声に真剣味が宿しながら小首を傾げるベアトリスに釣られるハヤトが小首を傾げるも、返ってきた言葉はその一言。

 

どうやら、本当にふと思ったことらしい。読書の話から突然の話題転換をしてきたベアトリスにハヤトは「そりゃ、もちろん」と腕を組み、

 

 

「この通り、めちゃくちゃ元気だよ。お前が早くから治癒してくれたお陰でアイツよりは傷の程度が深くなかったし、後遺症もゼロに近しい。体力の衰えは感じるが、まぁなんとかなるだろ。って具合だ」

 

 

堂々たる立ち姿で自信満々に語り、ハヤトはニカッと笑いながら言い切る。組んだ腕を崩して腕まくりをし、見せつけるような力こぶを作ったのは元気さを全身で表現するためだ。

 

あの日から寝ていた時間も含めて二週間以上も時が経っているのだ、テンよりも傷が浅いハヤトが元気さを取り戻すのは当然と言える。早い段階からベアトリスの治癒を受けたのなら尚更。

 

浅いとはいえど、生死の境目を彷徨いかけた傷であることに違いない傷を負ったのだが、様子からして問題ないだろう。

 

「そうかしら」と、ほっとした様子で呟くベアトリスもそれは分かった。

 

 

「でも、まだ安静にしてるのよ。ベティーが二週間は過度な運動を控えるように言ったこと、忘れちゃいないかしら。まだあと数日は大人しくしてるのよ」

 

 

元気そうでなによりではある。が、それでもベアトリスは強い口調で言い聞かせた。この男は油断するとすぐ調子に乗るから、安静期間を終える直前の今に釘を刺す。

 

彼だって死んでもおかしくない傷を負った。自分が治癒したとは言えども、その事実に揺らぎはない。だから「一週間でいいんじゃないのかい?」と反論したロズワールに捩じ伏せてまで安静期間を二週間にしたのだ。

 

それ程までにハヤトは深傷を負っていたし、体の限界を超えて頑張りすぎた。今は、少しでも長く休む必要がある。例え、本人が大丈夫だと言っても。

 

それはベアトリス自身がハヤトのことを過度に心配している事が主な理由だが、彼女はそれを言ったりはしない。恥ずかしいから。

 

勿論、その心情が分からないハヤトではない。本当のことを言えば少しでも鈍った体をほぐしたいが、彼は「分かってるよ」と捲った袖を下ろしながら、

 

 

「お前が言うなら素直に従うよ。変に動いて悪化させてベアトリスを心配させても悪いし」

 

「別に心配してるわけじゃないかしら。お前のことを診てやった治癒術師として当たり前のことをしてるだけなのよ。傷だけ治癒して終わり——そんな治癒術師、この世界に一人としていないかしら」

 

「そうかよ」

 

 

本心を隠すべく捲し立てるベアトリスにハヤトの対応は適当だ。本心では自分のことを心配してくれていると知っているが、それをネタに揶揄うような真似はしない。

 

純粋な好意を揶揄うために使うなど最低だろう。ツンデレなベアトリスが平常運転していて微笑ましいくらいだ。それに、その気持ちは十二分に伝わっている。

 

故に、縦ロールを弄り出したベアトリスの態度の変化には触れない。彼女の小さな変化一つ一つをハヤトの目は見逃さないものの、わざわざ丁寧に指摘することはない。

 

「ま、ありがとうな。助かってるぜ」と。ハヤトはそう言って言葉を閉じ、彼女の前で膝をつくと両手を軽く広げ、

 

 

「じゃ、いつものな」

 

「分かったのよ」

 

 

胸元を解放したハヤトに頷くと、ベアトリスは腰を下ろしていた三脚からひょいと飛び降りる。その場所を定位置とする彼女が向かう先は、広く解放されたハヤトの胸の中だ。

 

少しばかりぎこちない足取りで歩みを進めた数秒間が過ぎると、ぽすんという音と共に彼女がハヤトの肩に顎を乗せながらその体に沈む。背中に回された小さな腕が彼の服をきゅっと掴むと、直後に『その感覚』は訪れた。

 

体の内側から力が吸い取られるような感覚。徐々に体力が抜き取られ、倦怠感が全身に襲いかかるような異常な感覚。

 

それ即ち、ベアトリスによるマナドレインだった。今、ハヤトはオドの中に蓄積し続けるマナを彼女に吸収されている真っ最中である。

 

この行為に至った経緯として。悲劇の夜、あの戦場に参戦したベアトリスが貯め続けたマナを使い過ぎたことが深く関係している。

 

ドラゴンと戦う中で高威力の魔法を連発し、ハヤトに治癒魔法をかけ、テンに治癒魔法をかけ、森から屋敷まで扉渡りと同じ原理で瞬間移動した事がトドメとなったのだろう。

 

生命維持に必要な分のマナも含め、ベアトリスは魔法によるマナを使いすぎた。後先考えずにぶっ放しすぎた結果だ。否、後のことなど考えている余裕は無かったから仕方なかったと言える。

 

ベアトリスという精霊の性質上、他者からマナを徴収することでしかマナの摂取を行えず。そんな彼女からすればマナ不足は冗談抜きで死活問題だ。

 

早急に対処し、使った分のマナを地道に貯め直す必要がある。

 

そういうこともあって、ハヤト()()に白羽の矢が立った。マナを貯蔵できる体積が人並みよりも多い彼を頼ることにした五日前からずっと、一日に一度だけ、こうしている。

 

尤も。禁書庫をマナ摂取の媒介として、禁書庫自体に屋敷で過ごす存在からマナを徴収する仕組みがあるが、ベアトリスは黙っておく。

 

 

「勘違いすんじゃないのよ。別に、お前に抱きつきたくて抱きついてるわけじゃないかしら。今の、この体勢が——」

 

「一番、効率的なマナ徴収の方法。なんだろ? 分かってるよ。抱きつく度に言ってこなくてもいいぜ」

 

 

ゼロ距離にいるベアトリスの柔らかくなった声を継ぎ、ハヤトは彼女の体を優しく包み込む。頭を撫でると怒るからやめておくとして、その本心には気付かないフリ。

 

膝立ちをしてわざわざ抱きつきやすい体勢をとっている時点で察していることなど明白だが。それでも、ベアトリスが隠したがるなら隠されてあげよう。

 

体からマナが吸い取られる感覚は五日経った今でも慣れないものがあるけど、彼女の幸せそうな表情が想像できるから。

 

 

「……もういいか?」

 

「まだ。まだかしら」

 

 

問いかけに短く返すベアトリス。普段よりも多く言葉を生まないのは、心が緩んでいることに他ならず。事実として彼女は心地よさそうな表情を浮かべながら目を瞑っていた。

 

温かくて、気持ちよくて、安心して、自然とずっとこうしていたくなって。マナ徴収という口実が作れたのは良かったことかもしれない、なんて思ったりして。

 

決して、ハヤトに抱きつきたいからではない。こうした方が効率がいいのだ。なんて風に言う素直でない自分の声を聞きながら、

 

 

「……もういいか?」

 

「あと五分」

 

 

そうやって、今回も「あと五分」を繰り返す。いずれ特別な関係になる二人は、今日も穏やかであった。

 

 

因みに。ハヤトのミスで扉が開けっぱだったため、偶々部屋の前を通りかかったテンとパックが二度見したが、二人は知らない。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「あーー、疲れた。文字を読むのも疲れるもんだね」

 

 

 ポツリ、と。

 

片脇に分厚い本を一冊抱え、夕陽色に染まりつつある空を見ながら背筋を大きく伸ばしたのはテンだ。長い廊下を歩いて目的地に向かうまでの間、窓から流れる光景を流しつつ、大きくあくび。

 

 

「すごい集中だったね。ボクが話しかけても全然反応してくれないんだもん。リアに、呼んできて、って言われたのにどうしようかと思ったよ」

 

 

そんな彼の耳に届くのは、飄々とした様子で言いながら耳をくしくしと掻くパックの声。普段は宙を泳ぐように移動する彼は今、テンの肩に乗っかりながらくつろいでいる。

 

基本はエミリア以外の肩に乗ることは無いのに。不思議なこともあるものだとテンは思いながら「それだけどさ」と言葉を繋ぎ、

 

 

「なんでエミリアが俺を?」

 

「知らにゃい。聞かされてないし。聞いても、いいから連れて来て、の一点張りだったし」

 

 

「行けば分かるよ」とパックが簡単に言葉を締めたのに対し、テンは「ふぅーん」と訝しむような声色。彼女に借りていた本を返したかったからちょうどよかったと思いつつ、お呼ばれした理由に引っかかる。

 

一体、何の用だろう。彼女に何かしてしまった可能性はない。何か約束していたこともない。話すことがあるわけでもない。

 

ない、ない、ない。心当たりが一つもない。

 

 

「呼んできて、って言った時の様子は?」

 

「んーー。妙にそわそわしてる感じはあったかな。いつもより落ち着いてないというか、なんというか。まぁ、君と部屋で二人っきりになるんだから当然のことだと思うけど」

 

 

普通に言われた()()()()()()()()の発言に、テンはなんと返せば良いか分からなかった。喉に声が詰まったように黙り込み、とりあえず喉を低く唸らせる。

 

意味が分からなかったから黙ったのではない、その逆だ。意味が分かるから、変にむず痒い。エミリアの父親を名乗る存在からの指摘ということもあって途端に気まずさを感じてしまう。

 

 

「言っとくけど、娘に変な気を起こしたら氷の中に閉じ込めて粉々にしちゃうから。そのつもりでね。君はそんな人じゃない、って信じてるけど」

 

「起こしませんよ……。だから、冷気を背中に流し込むのはやめて下さい」

 

 

背筋を終焉の獣(パック)の殺気に舐められ、直後から流れてきたひんやりとした冷気に肝を冷やされながらテンは苦笑。声は呑気さとは裏腹に、その感覚の容赦のなさは相変わらずだ。

 

流石のテンも、この感覚には震え上がる。世界を滅ぼす力を宿した存在の凝縮された殺気を一身に浴びると、冷や汗が止まらなかった。

 

好きになられた女の子の親がこんな恐ろしいとか、冗談じゃない。仮にエミリアを泣かせる結果に着地しようものならこの世界から即刻永久退場だろう。

 

そうならないためにも、色々と頑張らなくては。

 

 

「エミリアぁ。テンだけど。呼ばれたから来たよ」

 

 

そんなことを考えているうちにテンとパックは目的地に到着。特に迷う必要もないテンは彼女の名を呼びながら扉を叩いた。

 

数秒と経たずに聞こえてくるのは「入ってちょうだい」というエミリアの声。なぜ呼ばれたかは曖昧だけど、考えても仕方ないとテンは取っ手を捻って扉を押し開き。

 

瞬間。目に飛び込んだのは長い銀髪を切ろうとしているエミリアの姿————、

 

 

「カサネル!? ちょちょちょちょちょ! 何してんの何してんの何してんの何してんの!?」

 

「待って待って待って! リア! 急に髪型を変えようとしてどうかしたのかい?! 短髪も可愛いと思うけど、相談も無しに切られるとお父さん悲しいかな!」

 

 

予想だにしなかった光景を前に本を落としたテンとパックが戦慄した様子で声を荒げながらエミリアに駆け寄る。

 

テンはその様に『短髪エミリア』が脳裏に過ったせいで心臓が凄まじい勢いで飛び跳ね。パックはキャラが崩壊しかけるほどの衝撃に珍しく取り乱してギョッとした表情。

 

当人は三面鏡の前で背もたれの長い椅子に腰掛けて「ほえ?」とでも言いそうなポカンとした顔つき。どこから持ってきたのか、手に持った散髪バサミを駆け寄ってきたテンに強奪された彼女は不思議そうだ。

 

 

「え、あの、どぅ、ど、どどど、どうしたの?」

 

 

理解不能な行動に走りかけたエミリアを刺激せぬようテンは努めて落ち着いた声で話しかけようとしているが、瞬間の衝撃が許容範囲を遥かに上回った。声が吃りまくり、意図せずに声量が増す。

 

危なかった。本当に危なかった。あと数秒遅かったら彼女の綺麗な長髪が床に落下しているところだった。これがほんとの危機一髪。言ってる場合か。

 

動揺が見て取れるテンの剣幕とパックの焦り様にエミリアは困惑したように二人を見ながら、

 

 

「えっと……。髪を切ろうと思って」

 

「いやいや。リア。ボクたちが聞きたいのは行動じゃなくて行動の経緯だよ。もちろん、テンを呼んだことと繋がりがあるんだよね?」

 

「ととととととりあえず、ハサミは俺が持っとくからな。絶対に渡さねぇからな」

 

 

銀髪を触りながら言うエミリアの声を遮るようなパックが声を割り込ませ。衝撃の余韻が治らないテンが彼女の髪を切ろうとした凶器をポケットの中に突っ込む。

 

そんな二人にエミリアは困惑するばかり。二人の動揺に置いていかれる彼女には、ただ髪を切ろうとしただけでどうしてそこまで焦る必要があるのか、よく分からない。

 

そわそわしていた理由が不本意にも明らかになったテン。彼は荒ぶる心を必死に宥めながら、

 

 

「あの……どした? なんか悩み事でもあるの? いや、髪を切ること自体に否定はしないけど……ちょっと、急というか」

 

 

「なんで突然、そんなことを?」と、テンは小さく深呼吸しながら問いかける。

 

近場にあった椅子に腰掛ける彼はエミリアと向き合い、簡易的な話し合いの場を作ると再び「なんで?」と同じことを問うと、

 

 

「だって、レムは髪が短いでしょう?」

 

「…………ん?」

 

 

予想外な行動の理由を提示し、理由の源がレムである事実にテンは理解が追いつかず。彼の横に浮かぶパックも同じ反応を見せている。

 

困惑一色のテンとパックにエミリアは続けた。

 

 

「テンとレムはすごーーーーーーく仲良しで。だからレムはテンにたくさん見てもらえて。レムは髪が短いでしょう? でも私は髪が長くて。なら、私も髪を短くしたらテンにたくさん見てもらえる」

 

「ーーーー」

 

「ってゆーことでね、私も髪を切ろうと思うんだけど」

「待て。それは誤認でございます」

「右に同じだよ、リア」

 

 

困惑する二人を置いて理由を語り、エミリアは結論に至ったが、理由と結論が全く結びついていない彼女にテンとパックは二人して待ったをかけた。

 

多分、テンの気を引こうと考えた末に至った結論だろうと彼女を止めた二人は考える。彼女がテンをどう想っているかなど既に明白で、その彼女がレムをどんな目で見ているのかよく分かった。

 

幼い可愛さが見え隠れするエミリア。テンが愛する人と同じ髪型にすれば、同じように扱われると思う心は想いに対して実に素直で純粋で。

 

その心を理解したテンは気が抜けたように肩を落とし。「エミリア」と彼女の名を優しく呼ぶと、

 

 

「そのままでいよう。髪型とか関係ないから。大丈夫。偏らないようにしよう、って決めてるから。決めて、頑張ってる最中だから。レムだけ見てエミリアを見ないとかないから」

 

「レムと同じじゃなくてもいいの……?」

 

「いいに決まってんだろ。レムの代わりはレムしかいないように。エミリアの代わりはエミリアしかいないんだから。どっちかが、どっちかに、近づく必要なんてない」

 

 

そういえば、《ナツキ・レム》のレムも似たようなことをしていたなと不意に思い出しながらテンはやっと落ち着いた心で語る。彼を見つめるエミリアの瞳に宿るのは期待と安堵だった。

 

ひどく純粋な女の子だと思う。テンに見てもらいたくて頑張ったら、髪を切ろうという結論に至る。なんて想いに真っ直ぐな姿勢なのだろう。

 

 しかし、

 

 

「この展開は予想できなかった………。あまり心臓に悪いことをしないでな。流石にビビったから」

 

「うぅ……ごめんなさい。もうしません」

 

「え? いやいや。謝らないで。悪いのはエミリアじゃないから。悪いのは俺だから」

 

 

しょんぼりした様子のエミリアに手を伸ばし、長髪を丁寧に撫でるテンが疲労感が含まれた吐息を深く溢す。責任の所在は全て自分にあるのだから。

 

撫でられるとは思っていなかったエミリアが一瞬だけ肩を小さく跳ねさせ。自分が撫でられているのだと心が理解すると、喉を鳴らしながら甘えるように頭を突き出した。

 

これで一安心。エミリアがテンに甘え出したことで温かな空気が部屋に漂い始める中、ほっと一息ついたパックが撫でられる彼女の横に並び、

 

 

「ボクもびっくりしたよ。でも、ボクはリアのそういうところも健気で可愛いと思うけどね」

 

「親バカは他所でやれ。まぁ……そっか。エミリアも女の子だもんね。仕方ないね。俺がしっかりしてなかったのが悪い。もう、死にたくなってくるよ」

 

 

自身の落ち度を突きつけられたような感覚にテンは密かにヘコみ、レムだけに意識を奪われ過ぎていたと反省。今はその方がいいのかもしれないけど、それだと不満がる少女が目の前にいる。

 

二人とも受け止めると決めた。だから、それはダメだ。時間も想いも止まってくれない。前に前にと前進し続けるもの。故に、エミリアも止まらない。

 

その中でどちらかに偏った場合、今回のような心臓に悪い一件を招くことになる。だからこれは、全てテンのせいということ。テンが悪い。彼一人が悪い。

 

 

「つか。なんで俺を呼んだの? ……あれか。髪を切ったところを見てほしかったとか」

 

「………うん」

 

 

ドンピシャで当てられた意図にエミリアは照れるように頷くと、途端に頬を赤らめる。

 

察するに『見る』というのは、決して物理的に見るという話でもないはずで、一日では語り尽くせないくらい沢山の意味合いが含まれているのだろう。

 

好きな人に自分のことを見てほしい——そんな、自分の感情に無理解なエミリアの想いが言葉として表現されたもの。

 

 それが『見てほしい』だ。

 

 

「素直だなぁ。エミリアは」

 

「揶揄わないでよ。バカ」

 

「揶揄ったつもりはないよ」

 

 

ほのぼの中にある一つの甘い一時の中、テンとエミリアが言葉を交わす。

 

後に『エミリア短髪事件』としてテンとパックの心に大きく残る一時の中、エミリアは  の人にただ甘えていた。

 

 

遠い未来。密接な関係になる二人は、今日も仲良しである。

 

 

 

 ——そんなこんなで。今日も今日とて、ロズワール邸は平和であった。

 

 

 

 






ここからはアンケートにあったやつを順次更新していきます。全部書くかどうかは気分次第です。ただ、投票数が多かった上位三つは確実に書きます。5個中の3つなので、ほぼ書くことになりますね。

ログインしてない方にも分かるようにアンケートの結果を載せますと、

『雷の鳴る夜に』11票
『(ソラノ・)レムの幸せに溢れた日々』35票
『お酒少女達には勝てない』35票
『恋人っぽいこと』20票
『ありふれて、ほのぼのとした一日』27票

といった具合です。アンケートに答えて下さった方々、ありがとうございました。同じ投票数のものがありましたね。

次回は、そのどちらかになります。


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