長くなりそうなので前後半に分けます。
後半は執筆中なので、今しばらくお待ちください。
「おいテン。明日がなんの日か、知ってるか?」
「何の日?」
「アレだよ。アレ」
「アレ、って?」
「
「なにそれ。聞いてない」
「そうなのか? ラムが王都に買い出しに行ったり、レムが張り切って料理の下準備したり、俺は酒の準備をベアトリスとしたが。……知らねぇの?」
「散歩するか、部屋で読書するしかやる事なかったから……そんな限定的な空間で起こる出来事のことなんて知らないよ。ラムだって、なんのための買い出しだったかなんて知らないし」
「ーーーー」
「ーーーー」
「なんか………、どんまい」
「煽ってんのか」
☆☆☆☆☆☆☆
「ロズワール。ハヤトから聞いた話だと、何やら今日の夜に例の宴会をするようじゃありませんか。し、か、も。俺以外の人たちはみんな数日前からその事を知ってるようじゃありませんか。準備も進めてるそうですし」
ロズワール邸の食堂に、テンの問い詰めるような声が強く響く。全員が朝食を終えた後に十分程度だけ許されるゆったりとした談笑時間の中、彼が不意に立ち上がった。
話題はもちろん、昨日にハヤトから聞いた衝撃の事実——宴会の開催日である。当日の前日にハヤトとの会話の中で偶然に知った、自分一人だけが知らされていなかったという宴会の開催日である。
今から数週間前にあった魔女教徒襲撃事件によって屋敷全体の雰囲気が暗く沈んでいたから、陰気臭くなってしまったそれを吹き飛ばすためにハヤトが「盛り上がろうぜ!」と突発的に提案したのが経緯。
もう、危機は去った。悲劇が起こる前と同じようなほのぼのとした日々を取り戻したのだから。暗かった分、今から沢山楽しもう——というわけで、ハヤトに便乗したロズワール邸の住民がノリノリになった。
テンを除いて。
「説明求む、ですよ。俺から目ぇ逸らさないでください、ロズワール。俺は貴方に聞いているんです。ハヤトは貴方から聞いたと言っていました。っつーことは貴方が日時を決めたんですよね。なんで俺だけには伝えなかったんですか」
すっと視線を逸らすロズワールにテンは瞳を尖らせながら強めの口調で畳み掛ける。仲良しな人達しかいない屋敷の中、自分一人だけが仲間外れにされたような気がしてイラッときたし、ちょっとだけ悲しかった。
他の人も、知ってて教えてくれなかったのはどうしてだろうか。多分、テンも自分達と同じく知っているものだと思っていたからだとテンは思う。でなければ言ってくるはずだ。
要するに、ロズワールが伝えなかったことが原因というわけだろう。
気まずそうに視線を明後日の方向に向けては茶を啜るピエロは、何かしらの結論を己の中で出したのか「あれぇ?」と、テンと目を合わせて分かりやすく戯けると、
「言ってなかったかなぁ?」
「言ってません! 言われてません! 昨日の夜、初めて知りましたよ! えぇ、初めてですとも!」
「別に結構ですけど! 気にしてませんけど!」とテンはヤケになったように言うが、ロズワールに突きつけた人差し指をブンブン振る様子からしてそんな気は全くと言っていいほどに感じられない。
ひとしきり叫び終えて椅子に座り、両隣にいるレムとエミリアに「二人は知ってた?」と尋ね。「うん、知ってた」と返され「はい、知ってました」と返されたテンは「そーかよ」と頬杖をついた。
絶対、気にしている。気にして、不満がっている。伝えられなかった事に対してではなく、自分一人だけ仲間外れにされた事に。
「別にいいですよ。仲間外れにされることなんて今に始まったことじゃないから慣れてますし。別に、構いませんよ」
「忘れていたことはすまなかったと思っているよ。君の場合は、伝えたところでできることがほとんどなぁいから意識下になかった。ま、当日には教えようと思ってはいたんだーぁけどね」
「だから、気にしてません、って。わざとじゃないならいいですよ。それで間違ってませんし。全然大丈夫です」
ロズワールの態度から、伝え忘れたのは本当なのだろうと察したテンが両サイドにいる少女二人からの申し訳なさそうな視線を受けながらため息。
それ一つで気持ちを切り替えた。仲間外れにされる事に慣れたという悲しい事実をサラッと持ち出してハヤトの心を密かに戦慄させたものの、テンは紅茶の甘味で己の空気を入れ替えている。
謎に切り替えの早いテン。それまでの感情をバッサリと断ち切った彼は「お前らもそんな顔すんな。俺が申し訳なくなってくる」とレムとエミリアに笑いながら一声かけると、
「準備とか、その辺は大丈夫なんですか?」
「酒の準備はバッチリだぜ」
「かしら」
「お料理の下準備も完璧ですよ」
「ラムが見定めた食材だもの、品質に狂いはないわ」
「みんなすごーく張り切ってたから、心配しなくても大丈夫よ」
「ボクも今日という日を楽しみにしていたよ。羽目は外しすぎないようにね?」
初めに、サムズアップで自慢げに鼻を鳴らすハヤトとベアトリス。次に、胸を張りながら自信満々に言い切るレムとラム。最後に、特に手伝うことのなかったエミリアとパック。
テンと違って本日が宴会の日であると数日前から知っていた人達は、揃って「安心しろ」と言わんばかりの表情を彼に向けている。
どうやら本当に、テンが知らない間に準備は進められていたらしい。
ここまで言い切られると、この数日間でその話題が一度も自分の耳に届かなかったという偶然。更には前日の夜になってやっと届くという奇跡。この流れは仕組まれたのではとすら疑えてくるテンだ。
そう思うと、それらしい様子や言動はあったかもしれないと不意に思い出す。
この数日間、妙にレムとエミリアのテンションが高かったり。ラムと二人で話してる時に「勢いに任せるのも男として大事なことよ」と意味不明な言葉をかけられたり。ハヤトがちょっとだけ酒臭かったこともあった。
それら全てが今日という日を前提にしているとなれば、納得がいく。
「そ。なら、別にいいけどさ。じゃあ……今晩は宴会ということで?」
「そうなるねぇ。酔った君の姿、実に楽しみにしておくとするよん」
「やめてください」
隠す気のない私利私欲が渦巻くオッドアイに見つめられたテンは首を横に振って全否定の姿勢。意地でも酔わない気概で今晩を乗り越えるつもりだ。
この宴会、形しては慰労会。領主が不在の中でも魔女教徒を撃退した功績を讃えて、というもの——もはや、そんなものは便宜上である。
ロズワールが言った様に、完全にテンを酔わせるためだけに開催されるようなもの。屋敷の住人たちで盛大に盛り上がるというのが大前提だろうし、暗かった雰囲気を吹き飛ばすのも勿論であろうが。
恐ろしいことに、その延長線上に狙いを定めた人間がこの中にいることをテンは知っている。自分を酔わせにきている人がいることを、テンは覚えている。
「やめてください。といってもねぇ、私たちはそぉこまで浅い関係でもないだろぅ? 偶には、だらしない姿を晒してくれてもいいんじゃぁーないのかい?」
「そうですよ! レムは、テンくんの酔った姿が是非とも見たいです! 普段はこのような機会もないのですから、今日くらいは雰囲気に流されてしまわれてもいいのではありませんか?」
ロズワールに便乗するようなレムの熱論。酔った姿が見たいという直球すぎる欲を隠すこともしない彼女の目は、どこか野生的な本能を強く孕んでいて。
「今日くらい、今日くらいは!」と、肩に手をかけながら寄りかかってくるレムにテンは苦笑。
何が目的で声に熱が宿っているのかぼんやりと理解できる彼は「私も、すごーく楽しみ!」とはしゃぐエミリアの声を耳に挟みつつ、
「まぁ、気が向いたらねぇ」
と。
他のメンバーの楽しみにしている表情を視界に収めながら、適当に笑うだけだった————。
▲▽▲▽▲▽▲
そして、夜が訪れる。
時刻は冥日の七時。太陽が完全に沈み、お月様が世界の観測者として地上を見下ろす中、ロズワール邸の食卓には普段の夕食とは異なる光景が完成していた。
盛りに盛られたボリューミーな肉料理に、それとバランスを保つかのように置かれた野菜料理。更には今回のメインである酒が入ったそこそこに大きい瓶が六つと、人数分のグラス。
テーブルを囲む人達の前に広がるのは、貴族の財力と
流石レム、と言うべきか。肉料理の焼き色が「上手に焼けましたー」と声が聞こえてきそうな程に良い色をしている。野菜料理も水々しく、外食先の料理として提供される品質と遜色ない。
「お昼ご飯……食べなくてよかったね」
「だな」
目の前に広がる贅沢な光景にテンとハヤトは腹に手を当てる。レムが気合を入れている様子から今晩の量を察したテンが「今日はお昼ご飯を抜こう」と提案したのは案外、間違っていなかったかもしれない。
お陰で、この場にいる全員が空腹になりすぎて空腹感を感じなくなっている現象に苛まれているが。この凄まじい量を前にすれば、テンの判断に従っておいて正解だったと思えた。
昼を抜いたことでその分、準備に時間を費やせたし。働く者たちは今日の分の仕事も終えることができた。空腹感の消失は仕方ないとして、結果オーライだろう。
ともあれ、
「うし! じゃあ、パーティーの準備も腹の準備も整ったことだし、お前ら席につけ。乾杯しようぜ」
そう言い、パンパンとハヤトが手を叩いたのを起点にその場にいる全員が各々の席に移動を開始。基本的に自由席だが、席に向かう全員の足は指定席に向かうかのように迷いがない。
テンが席につき、その右側にエミリアが座り、左側にレムが着席。テーブルを挟んでテンの正面にハヤトが座り、彼の両隣の椅子にベアトリスとラムが腰を下ろした。パックはエミリアと同じ席だ。
ロズワールが
ロズワールから見て右手側——手前から順にレム、テン、エミリア。左手側にラム、ハヤト、ベアトリスの順で座る形になった。
今日はレムとラムも食事の時間に参加だ。普段はロズワールの横に控えるメイド二人も、今日のような宴会は特例で席に着くことを許されている。
「レムが隣に座ってるの、なんか新鮮だね」
「レムも少しだけ違和感に感じていたりします。普段はロズワール様の後ろに控えているのですが、本日は特別な席ですからと」
「へー。そーなんですか?」
「当然のことだーぁよね。今日は屋敷の住人の全員が楽しむための宴会。二人だけ、わぁーたしの後ろで控えていろ、だなんて辛辣な扱いはしないさ」
心なしか弾んで聞こえるレムの声色にテンが適当な返事を返し、投げかけられた疑問符にロズワールは指をパチンと鳴らしながら気前のいい振る舞いだ。
便宜上ではあれど功績者を労うのがこの席の主目的。アーラム村への被害をゼロに抑えた事や魔女教徒を退けた事において、死力を尽くしてくれた二人を除け者にするわけがない。
「それにぃ?」とロズワールは粘着質で、ねっとりとした不気味な笑みを浮かべ、
「娘も同然の子の酔い潰れた様を見るのも。それに巻き込まれるテン君を見るのも。また愉しいものだと考えちゃってねぇ。いやぁ、主人として今から愉しみで仕方がない」
「完全に私利私欲じゃないスか」
「もぉーちろん、君が酔い潰れる様を見るのも期待しちゃう。常日頃から何を考えているのか読ませてくれない君が徐々に本性を曝け出す様、たぁっぷり堪能させてもらうかーぁら」
頬杖をつきながらグラスの縁を指でなぞり、ニヤニヤと笑うロズワールにテンは言葉もない。自分を酔わせて何が
気にするだけ無駄。そんな風に二人の反応を切り捨てるテン。彼は半笑いしながら真横から向けられ続けるレムの情熱的な視線に見て見ぬフリを実行すると、
「俺も、お前が酔い潰れる様は楽しみにしてるからな。親友の新しい一面だ。見逃すわけにはいかねぇ」
「なんでお前ら、そんなに俺を酔わせたいんだよ。アル中で倒れても知らないからな」
会話を聞いていたハヤトの興味ありげな目を向けられ、テンは割と洒落にならない一言。隣で「あるちゅう?」と頬に人差し指を当てたエミリアが頭の上に疑問符を浮かべた。その可愛いポーズは無意識だろう。
ハヤトと違い、お酒にはすこぶる弱いのがテンという十八歳。数十分後の自分に不安しかない彼は「今日、無事に眠れるかな」なんてことを意図せずに呟く。
怠そうにため息し、遠い目をする親友に「大丈夫だって」とハヤトは適当に声をかけると六つある酒の入った瓶のうち、一つの瓶を指さしながら、
「右から順に度数が強くなってるから、弱い奴は一番右のを飲むことをオススメするぜ。当然だが、一番左のが一番強いから、飲むならそれなりの覚悟を決めて注ぎな」
「ご丁寧にどうも。じゃ、一番初めは弱いやつで乾杯しよーよ。足並み揃えようぜ」
飲むことに対して割り切ったテンが潔くなると、ハヤトの行動は早かった。
「おし、任せな」とテンに親指を立てる彼は少しばかりテーブルに身を乗り出すと一番右の瓶に手を伸ばし、
「ベアトリス。注ぐからグラスよこせ」
お腹が空いていたのだろうか。言うと、料理に視線が釘付けだったベアトリスが無言でグラスをハヤトの方へと動かす。固定していた場所から視線を彼に移すと、軽く目配せ。
注げ、ということだろう。意思を汲み取ったハヤトが何食わぬ顔をしながら彼女のグラスに酒を注ぐ、注ぐ、注ぐ、注ぐ注ぐ注ぐ————、
「多い多い多い! 溢れるかしら!」
「そうか? お前にはこれくらいがちょうど良いかと」
「どんな神経してやがるかしら!」
真顔で恐ろしい量を注ごうとしていたハヤトに、ベアトリスは思わずといった具合で両手を振り回して慌てた様子。条件反射のような素早さで注がれる酒を物理的に止めにかかった。
それもそのはず。たぽたぽと注がれる音に一瞬だけ意識を一逸らしただけで、次、グラスを見た時には溢れんばかりに注がれようとしていたのだから。
この男は、どうしてそうしようと思うのか。おふざけも大概にしてほしいベアトリスが「溢れたらどうするつもりだったのよ!?」とプンスカ怒るのを横目に、ハヤトは自分の分を注ぐと瓶をラムに差し出す。
「ラムもよこせ」
「自分でやるからいい」
「そうか」
ラムのグラスに注ごうとしたハヤトの手元から瓶が離れると、彼女は自分のを注ぐ前にロズワールのから注ぎ始める。自分よりも主人を優先するのは彼女にとっては当然だ。
そこからの流れはスムーズだった。ラムが自分の分を注ぎ、ラムから瓶を受け取ったレムがテンの分を注ぎ、パックの分を注ぎ、エミリアの分を注ぐ、
「あ、待って待って。リアはダメだよ」
寸前。
浮遊するパックがレムの手を止め、エミリアのグラスに一滴だけ酒が垂れる。
注ぐ行為を停止させられたレムが「そうなのですか?」と瓶を引っ込めると、パックは「当たり前だよ」と腕を組んで父親の気配を顔に浮かべながら、
「お酒なんて悪い大人が嗜むものだからね。リアは果実を絞った飲み物を口にするのがちょうどいいのさ。その代わりに、リアが飲む分のお酒はぜーんぶこのボクが飲み干してあげよう!」
じゃんじゃん注いでね、と言わんばかりのパック。娘に飲ませたくないと言うよりも、単に自分が飲みたいだけな予感しか漂ってこない猫が両手を大きく広げるのをテンは鼻で笑い、
「それ、パックが飲みたいだけじゃなくて?」
「それは心外だなぁ。一応、テンのためでもあるんだけど」
「君、二人一緒に相手できるの?」と。
耳元で囁いてくるパックにテンは表情が凍りつく。急に近づいてきたから何かと思えば、挑発気味に告げられた発言に返す言葉が瞬時に思い浮かばなかった。
察するに、パックはなんとなく分かっているらしい。酔ったエミリアとレムがどうなるのか。実際に見たわけではないと思うけれど、彼の目が全てを見透かしているような目をしていた。
かく故、テンも酔った状態の二人を知っている。というか画面の中で観ている。とてつもなく可愛らしい、その二人の姿を。
「………エミリアはそれでいいの?」
ふわふわしたレムとエミリアが脳裏に過り、まさかその状態の二人に襲われるのではと思うテン。それでも彼は念のため、エミリアの意思を確認した。
そんなテンの意思に返されたのは、
「パックがそう言うなら、別にいいわよ。でも、みんなが同じものを飲んでるのに私だけ……って。そう思う気持ちが無い、って言ったら嘘になるかも」
正直に自分の心を言葉にし、エミリアはレムが持つ瓶に視線を向ける。パックの意見には従う姿勢を見せているものの、視線の先にある瓶を見る紫紺の瞳には確かな好奇心と少しの寂しさがあった。
聞いておいて良かった。そんなことを思うテンは「そっか」とエミリアに笑いかけると、
「エミリアがそう言うなら、飲ませてあげてもいいんじゃないの? せっかくの機会なんだから、どうせなら一つの経験として飲んでおくのも一つの手だと俺は思うよ」
「んーー」
「俺もそう思うぜ、パック。今のうちに飲んで自分の限界を知っておかねぇと外に出たとき恥をかくことになる。身内しかいない今だからこそ、遠慮なく飲ませてやらねぇと」
「そぉかなぁ」
「私も二人の意見に賛同しますよ。今宵くらいはいいんじゃないかい? 日々、王選のために努力する愛娘へのご褒美、ということで。溜め込んでいるものを発散するのも大切なことだーぁと思いますよ」
テンがエミリアの味方についた途端、便乗した男二人がそれらしい理由をつらつらと並べながら悩むように喉を唸らせるパックを一気に説得しにかかる。
自分一人だけ他とは別のものを飲むのが寂しい、というエミリアの意志を察したハヤトとロズワールだ。テンの言う通り、滅多に訪れない宴会なのだから今くらいは別に構わなのではと。
「量に関しては、本人が調節すれば問題はないとラムは思います。それが困難なら、周りの人間が抑制すればいいだけの話。幸いにもこの中に一人、十八にして一杯だけで酔う
「体に良くないとはいえど、適量さえ守っていれば許されてもいいのではありませんか? エミリア様にとっても有意義な経験になるとレムは思いますよ。適量さえ守れば、の話ですが」
最後にちょっとしたフラグを静かに立て、ラムの言葉を継いだレムが口を閉じる。こちらの二人は先の二人とは違った方向からエミリアの味方をし、パックを説得しにかかった。
ベアトリスは無反応だ。否定と肯定もせず、どうでもよさそうな雰囲気を纏う彼女は乾杯の時を静かに待っている。
ほぼ全員の説得を受けたパック。瞑目し、腕を組み直して「んーー」と頭を悩ませる彼はしばしの間だけ葛藤の時間を己の中に設けると、「分かったよ」と目を開け、
「今夜だけなら許してあげよう。酔っちゃったら………その時はその時だ。今だけは目を瞑るとするよ」
「いいの?」
「でもその代わり」
複数の声によって説得されたパック。
許可が出されたことで嬉しがるような我が子の反応に触れない彼は、彼女の声を遮りながらテンに近寄るとその肩に着地。ふっと真剣な顔持ちになると耳元に顔を近づけ、
「娘のこと、ちゃんと
テンにしか聞こえぬ声量で言い、離れていった。
そこでエミリアのことを「娘」と形容するあたり、恐らくそういうことなのだろう。テンにこの後の全てを一任するという意味合いが込められている。
背負った期待、その重圧に対してテンは言葉を生むことはない。愛娘を託されたような錯覚に陥った彼は、「テンになんて言ったの?」とパックに尋ねるエミリアの声を聞きながら、向けられ続ける期待に顎を引くように頷くばかりだった。
そこからの流れはスムーズなもの。パックの了承が得れたため、レムがエミリアのグラスに酒を注ぎ、最後にレム自身の分を注ぐ。全員のグラスに酒が注がれ、いよいよ宴会は開かれることになった。
「ハヤト君。この席は君の一言から始まったようなものだ。ここは一つ、君に乾杯の合図を任せようじゃーぁないか」
「いいぜ。任せろ」
ノリのいいハヤトがロズワールの提案に二つ返事で乗っかると彼はグラスを持ち、「お前らも持てや」と全員に乾杯の準備を促す。
このような場で仕切ることは慣れっこなハヤト。特に戸惑うこともない彼は全員の手にグラスが持たれたことを確認すると「そうだな……」と号令の言葉を頭の中で考える。
それから、テンとレムを見てニヤリと笑うと、
「じゃあ。ロズワールが不在の中、各々がやるべきことをしっかり果たし。全員がこうして、また元気に顔を揃えられたことに。それと! 少し遅いが……テンとレムが無事、恋人になれたことに————」
予想していなかった祝福にテンが驚いたように目を見開き、レムが即座にテンの左腕にグラスを握っていない方の手を絡める。
予想通りの反応。求めていたそれを見せてくれた二人にハヤトは嬉しそうな——本当に嬉しそうな満面の笑みで表情を彩ると、
「——かんぱーい!」
気持ちの良いハヤトの声が、食堂に響き渡る。
直後、宴会の始まりとしては最高の出だしに釣られた参加者達の声がロズワール邸に高く木霊し、グラスとグラスのぶつかり合う音が食卓を明るく染め上げた。
次回。レム、エミリア、大暴走回。
今回が薄味だった分、次回は濃くできたらいいなぁ。