親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

158 / 171


今回のお話、後半になるにつれてレムとエミリアの語彙力とキャラが一時的に崩壊します。

そのため、一種の表現方法として二人の言葉を表現する文章も崩壊しますが。頑張って解読してください。

前回が薄味だったので、今回は濃くしたつもりです。色々と詰め込みすぎたせいで、文字数はなんと驚異の約30000文字。途中で飽きる方が出るんじゃないかな、とか思いつつ投稿します。

どうしてそうなったか? 過去の私が「前後半に分けます」とかほざいたからですよ。2話分のお話を1話の中に詰め込んだからですよ。

目が疲れない程度に読んでくださいね。





お酒少女達には勝てない(後半)

 

 

 

 宴会が、始まった。

 

 

それは、数週間前に突発的に決まったことだが全員が待ち望んでいた時間。否、約一名(テン)を除いた全員が心から待ち望んでいた時間。

 

開始された瞬間の、参加者たちの表情は色とりどり。満面の笑みを浮かべる者や、既に頬が赤く染まりつつある者、更には苦笑に近い笑みを浮かべる者など。思い思いの乾杯であった。

 

乾杯の合図が終わると、いよいよ本格的に宴会が始まる。もちろん一番最初は、全員がグラスに口をつけるのが当たり前の流れだ。

 

口をつけ、酒を喉に流し込む。そこから先は適当に食事、飲酒をしながら談笑するのが基本的な展開。

 

 なのだが、

 

 

「——うにゃっ!」

 

 

全員が共通してグラスに口をつける中、猫が尾を踏まれたような声が不意に上がる。尾を引いた乾杯の声がその声に掻き消されると、声の元に視線を向ける人達が見たのはグラスから顔を遠ざけるテンの姿。

 

刺激臭を嗅いだ時の反応を見せながら表情を分かりやすく歪ませる彼は、どうやら酒とのファーストコンタクトに失敗したらしい。

 

誰もが一口目、あるいは一杯目終えたが。テンだけが最初の一口目を断念。ぐびっと飲むはずが本能が拒絶反応を示したせいでグラスをテーブルに置き、遠ざける。

 

 

「これダメだ。嗅いだらわかる、ヤバいやつやん。飲んじゃダメだと俺の本能が言ってる。飲んだら自分を見失うと理性が警告音を鳴らしてます」

 

「はぁ? お前そこは飲めよ。根性の()ぇやつだな。一番弱いのでその反応かよ」

 

 

「無理です無理です」と、キツそうに首を横に振るテンを正面にハヤトは鼻で笑う。彼の両隣に座っているレムとエミリアは無事に一口目を終え、各々が料理に手を伸ばしているというのに、テンはこのザマか。

 

否、レムは少しばかりぼーっとしているような気がしなくもない。エミリアは顔がほんのり赤くなっている程度だろうか。

 

なんにせよ、一口目でグラス一杯分を飲み干したハヤトからすれば今のテンの反応はありえない。飲み込んだことによる影響も大して感じられず、一番弱いのはこの程度か、なんてことを考える余裕もあるくらいだ。

 

そんな彼にテンは「お前な」と己の胸に手を当て、

 

 

「俺がどれだけお酒に弱いか知ってんだろ。350(ml)の缶チューハイ、5パーセント。素の状態で一缶を飲んだだけでふわふわの予感がした俺だぞ」

 

「流石、カレーの甘口ですら多少の辛味を感じるだけはある」

 

「味覚が十八じゃない、って言いたいならハッキリ言ったらいいじゃん」

 

「おこちゃま」

「埋めるぞ」

 

 

眼光を鋭く尖らせたテンの視線を右から左へと受け流し、ハヤトは二杯目へと進むべく度数が一つ上の酒へと手を伸ばす。その横ではラムが一番度数が高い酒へと手を伸ばしていた。

 

余裕綽々な様子から察するに、彼らはテンと違ってお酒に強いのだろう。一口目をつけた途端から異変が訪れた少女二人と、一口目すら断念した青年一人とはまるで対照的だった。

 

二杯目へと進むハヤト。彼はグラスに酒を注ぐラムを見ながら、

 

 

「おいラム。飲み比べの件だが、ちょっと体を飲酒に慣れさせろ。ここんとこ飲んでなかったから急に大量に飲むと倒れかねん」

 

「構わないけど。自分を追い込むことに繋がるわよ? まぁ、そうであってもなくてもラムが負けるなんてありえないけどね」

 

「言ってろ」

 

 

真横に座るラムの薄ら笑いに、ハヤトは挑戦的な笑みを浮かべる。宴会が決まったときに飲み比べ対決をしようと約束した両者はやる気満々で、その前段階から火花を散らしに散らしている。

 

会話を聞いているテンや、ラムが鬼族であることを知っているロズワールやベアトリスからすれば馬鹿もいいところ。ハヤトの完敗、ラムの完勝で確定だろう。

 

ハヤトが酔い潰れる未来しか視えない三人だ。酔い潰れて介護させられそうな気がテンにはして、だる絡みされそうな気がベアトリスにはして、面白そうな絵面が見れそうな気がロズワールにはして。

 

 

「酔った後は、お前がコイツの介護をするのよ」

「嫌です。ベアトリスが相手をしてあげてください」

「二人で、相手をすればいいんじゃーぁないのかい」

 

「なんか、負けることを前提に話が進んでる気がすんだが」

「ハッ! 戦う前から勝敗は決した。ということね。今ならまだ間に合うけど。吹っかけておいて逃げる?」

「ざけんな」

 

 

売り言葉に、買い言葉。

 

数十分後の絵図を想像した三人の視線が各々の感情を共有しながら交差したが、その二人は止まりそうにない。むしろ、負け確だと思われたことに不満を抱いたハヤトが尚のことやる気を出してしまった。

 

ぐびっと二杯目を飲み干し、そのままの流れで三杯目をグラスに注ぐ。ラムは既に五杯目に突入しようとしていた。両者とも凄まじい勢いである。

 

尤も。そこでグラスから手を離して料理に手をつけるあたり、ちゃんと空腹を満たしてから本格的な飲酒に移るらしい。

 

できれば。ラムはともかく、ハヤトは食ったものをぶちまけないでほしいと思うばかりのテン。彼は一旦、正面の二人から意識を外すと、フォークを片手に持ちながら料理に手を伸ばし、

 

 

「………レム?」

 

 

 ふと、異変に気づく。

 

視界の左端っこ。左隣に座るレムが先ほどから微動だにしていない。というよりも、一口目を終えた瞬間の体勢——グラスを手に持った状態でぼーっとしながらこちらを見つめている。

 

 

 ーーまさか

 

 

とろんとした目つきに酔いの気配。

 

たった一口、一番弱いものを少量摂取しただけでふわふわの前兆が薄く顔に浮かび上がったレムに、テンは心の中で一言。

 

一口目にすら至らなかった自分が言うのもおかしいが。そのまさか、かもしれない。彼女のお酒耐性の低さは承知の上だ。匂いだけでもダメだということも。

 

飲ませたのは失敗だったか。否、レムが酔ってしまうのは仕方のないことだと割り切り、テンはこの席に座っている。

 

なら、自分ができることは酔いの程度を抑えることだけ。再度、「レム」と彼女の名前を呼ぶテンは彼女の手からグラスを優しく奪うと、

 

 

「お前、なんか、もう既に顔……赤くね? まだ一口目だけど。大丈夫そ?」

 

「そうですかぁ? だいじょーぶですよぉ」

 

 

 大丈夫じゃないらしい。

 

力が抜け始めた彼女の声は緩やかで、徐々に呂律が怪しくなりつつある。語尾が寝ぼけ、頬には赤色が内側から浮き出て、完全にほろ酔いに突入する傾向が見えていた。

 

グラスを奪って分かった。この子、一口目で体積の半分以上もお酒を飲んでいる。故郷で言うところのウイスキーを注ぐ時に使用されるストレートグラス、その一般的な体積の半分を。

 

それだけでもダメだったか、と。奪ったグラスをテーブルに置くテンは、椅子と一緒に近づいてくるレムを心配するような目で見つめ、

 

 

「ほんとに? お水、持ってこようか?」

 

「いいです。いりましぇん」

 

「お水を持ってくるので、ちょっと離席します」

 

 

レムのお酒耐性がこの世界線でも効果を発揮していることが無事に確定。宴会開始一分と経たずして呂律の崩壊が声に出たレムに、テンはそう言いながら席を立つ挙動。

 

 そんな彼を、

 

 

「だめぇ」

 

 

そんな彼を、レムは引き止める。

 

離席する挙動を刹那で察した彼女は、座ったままの体勢で横からテンに抱きつく。腰に両腕を回し、不思議といつもよりも力が入らない体に少しだけ困惑し、ふわふわとして思考の鈍りを感じながら、

 

 

「いっちゃ、だめ」

 

 

もっと、いちゃいちゃしたい。

 

そんな風に言われたような気がテンにはした。立ち上がろうとする体にしがみつくレムは己の全体重をかけて、自分から離れようとするテンを逃すまいとしている。

 

それをムッとした表情で言われたテンが、果たして席から立ち上がれるだろうか。否、仕方なさそうに笑う彼はレムの頭を静かに撫でると離席の挙動を途中で終わらせ、その場に待機の意思を見せていた。

 

無理だ。行けるわけがない。レムを腰から引き剥がすテンは彼女の姿勢を正し、

 

 

「レム。お前はまず、ご飯から済ませようか。お酒はあとでにしよう。無理して食べないようにね。残ったら明日の晩御飯になるだけだし」

 

「どうして飲んじゃだめなんですかぁ?」

 

「今のお前が全てを物語ってる」

 

 

離席は無かったことにし、テンはレムからグラスを遠ざける。今の彼女はほろ酔いの境界線、その半歩手前に立っている状態だから、これ以上飲ませるわけにはいかない。

 

済ませる事を済ませてから。お酒はその後でも遅くないだろう。というより、そうしてくれないと後片付けが困るのだ。だって、この宴会の後片付けをテン一人でやることになりそうな未来が、容易に想像できる。

 

とりあえず。引き剥がしてもなお「もっと飲ませてくださいー」とくっついてくる体温の上昇したレムには「空腹が満たされたら、飲んでいいよ」と説得しておくとして、

 

 

「テンも飲んで。ねぇ、テン。テンってば。ねーえ。テンテンテン。テンもお酒、私と飲んで。すごーくおいしいわよ」

 

「よし。お前も既に怪しいな」

 

 

割と素直に従ってくれたレムが順調に食事を進め出したのを見届けた途端、今度は右隣に座るエミリアに絡まれる。

 

視線を向けると、視界に飛び込んできたのはグラスを片手にしながら肩に手をかけて体重を乗せてくるエミリアの姿。

 

レムの相手をしていたことがお気に召さなかったのだろうか、気を引くためにテンの体を揺すりながら声をかけてきた。レムのようにぼーっとしているわけではないが、そのテンションの高さはほろ酔いの前段階と判断していいだろう。顔も赤いし。

 

彼女も、まだお酒に手をつけるべきではなかった。もっと後の方にした方がよかった。そんなことを思いながらテンは彼女の手からグラスを奪おうと手を伸ばし、

 

 

「お前も、レムと同じようにご飯から食べよっか。満腹にしちゃだめだからね。腹八分目……七分目くらいで止めて。そこからお酒に移ろう。この際、お前らが酔うことは否定しないから」

 

「な ん で! ハヤトとラムはたくさん飲んでるのに、私とレムだけだめ……って、そんなのずるい! テンだって私にかくれてこっそり飲むつもりなんでしょ! そーなんでしょ! ずるい! ずるいずるい! おいしいのかくしてるなんてずるい!」

 

 

伸ばした手を強く払われ、テンはエミリアに肩をぐわんぐわん揺すられる。右腕に密着されながら、「ずるいずるいずるい!」と文句を垂れられる。

 

一口目からテンションが昂りつつある彼女の唐突な暴走にテンは「あー、もうダメだコイツ」なんてことを思いながら、それでも無理やりグラスを奪い、

 

 

「この子、まだ一口しか飲んでないよね。なんでこんな、ふわふわり………あ。グラス、空になってる。一口で全部飲んでる。猛者かよ」

 

「お前がカスなんだよ」

「そぉーうだよ。テン君も是非とも飲みたまえ」

 

 

一口目ではなく一杯目であったことに驚愕し、同時に自分の弱さに絶望。「返してよー!」とグラスを奪うべく奮闘するエミリアの声を右から左に受け流す彼に突き刺さったのはハヤトとロズワールの声だった。

 

二人は顔色ひとつ変えていない。テンの両隣にいる少女達は一番弱いお酒を飲んだだけでこの有様だというのに。否、多分、ハヤトとロズワールが普通の反応なのだと思う。

 

レムとエミリアが極端に弱すぎるだけだ。それか、二人以外が強すぎるだけだ。ラムなんて既に十杯は超えているのに、何一つとして変わりない。毅然とした態度を保っている。

 

 

「言ってるの! 私が、返して、って、言ってるの! そー言ってるの! テン。ねーえ。テンってばぁ」

 

「飲みたまえ、って言われても。飲めないものは飲めないんです。匂いだけでもうダメだと悟ったんですよ。飲むなら全員がいなくなってから一人で飲みます」

 

「無視するなー。テーンー」

 

 

視界の右側でわちゃわちゃするエミリアをガン無視し、テンは己のグラスに視線をやるロズワールに苦笑。

 

テンを酔わせるために開かれた席と言っても過言でない席で飲まないとは何事か——と、言われてもテン自身は絶対に飲まないし酔ってやらないと決めているのだ。

 

 

「それに、俺が酔ったらこの場の収集は誰がつけるんですか。もう既にふわふわしつつある人が俺の真横にいるんですよ。ハヤトだって、このあと絶対に酔い潰れるし」

 

「テーーンーー!」

 

「分かった分かった。分かったから離れて。頭ぐりぐりしてこないで」

 

 

無視されてご不満のエミリアが揺すっていた肩に頭突きし、額を擦り付けるようにぐりぐりすると完全に無視していたテンも流石に無視しきれない。お陰でハヤトの冷ややかな視線とロズワールの面白そうなものを見るような笑みを受け取る羽目に。

 

頬に空気を溜め、ぷくっと膨らませるエミリア。宴会開始早々から少女二人の対応に手一杯でまともに食事もできないテンは彼女のグラスをテーブルに置きながら「じゃあ、分かった」と言葉を繋げて、

 

 

「ご飯を食べ終わったら、一緒に飲んであげるよ。それでいい——」

「飲んでくれるのですか!」

 

 

 それでいいでしょ。

 

そう問うはずの声は最後まで続かず、代わりに左肩に手をかけたレムに勢いよく抱きつかれる。あまりの勢いに「どぇ!?」と変な声を発したテンだが、溌剌とした様子のレムの耳には届いていない。

 

予想外の方向からの声——とは言えないものの、エミリアを宥めるための言葉をレムに奪い取られたテンは反射的に声が飛び込んできた方向に顔を向け、

 

 

「お食事が終わったら、レムと、飲んで、くださるのですか!」

 

「ええっと……………。はい」

 

「ほんとに!?」

「今度はお前か」

 

 

瞳を期待に輝かせたレムが「やった」と小さく頷くのと、レムに向けた言葉をエミリアが奪い取ったのは同時。

 

ぐりぐりしていた頭をぐいっと上げる彼女は気持ちの浮き沈みの制御を失った様子で、紫紺の瞳にテンしか映さないまま、

 

 

「私といっしょに飲んでくれるの?」

 

「酔わない、程度になら。ほら、早くご飯食べちゃって」

 

「やったー! 約束だからね! 破ったら、許さないからね!」

 

 

撤回することのできない約束を取り付け、エミリアは体を回すと目の前の食事と向き合う。彼女だけでなくレムも。テンの意図した形ではなかったものの、説得された彼女達は引き下がってくれた。

 

一口目から忙しすぎる、とはテンだけの感想。分かっていたことだが、麗しの少女二人に挟まれると制御しなくちゃいけないから、男冥利に尽きるとかよりも先に精神的に疲れる。

 

やっと第一波目が去ったことに一息。まだ第一波目である事実に恐怖しか感じない彼は、どうにかして酔わないようにこの先の展開を乗り切ってやると密かに決意を固めた。

 

そんな三人を微笑ましげに見守るのは「テンも大変だね」と酒が注がれたお椀を抱えながらからから笑うパックと、テンの疲労した様子を「ハッ」と鼻で笑うラムの保護者二人組。

 

二人に挟まれたテンは二人をどうしてくれるかと眺めていたが、変に心配する必要もないだろう。昔から前に突っ走って止まらないハヤトの制御係として成立してるのだ、この場でも大丈夫だと。

 

 

「つーかよ。思ったんだが。俺とテンが来るまで、お前達だけでこういう席とか開かなかったのか?」

 

 

レムとエミリアが空腹を満たすことに専念したことで騒がしい二人が一旦は静まり、その隙に肉を口の中に入れるハヤトがテンを除いた食卓の全員に疑問を投げかける。

 

ぐるりと見渡すハヤト。質問の対象が全員であると目で表現する彼にロズワールは「そうだねぇ」とグラスの酒をちびちび飲みながら、

 

 

「君たちが屋敷に馴染む前は、屋敷の雰囲気も今とは全く違ったかーぁら。こうして談笑しながら食卓を囲む機会は無いに等しい。屋敷の住人の全員が集まって、となれば尚更」

 

 

言いながらロズワールはベアトリスに視線を向けるが、当の本人は知らぬ存ぜぬ顔。視線が発する言葉を理解した彼女は、しかしまともに取り合おうとはしない。

 

ベアトリスに無視されたロズワールが「そんなんだーぁから、宴会なんてしようとも思わなかったよぉ」と、首をゆるゆる振りながら言葉を終わらせると、「ふーん」とテンが喉を低く唸らせた。

 

実際、そうであることがベアトリスにとっては普通だった。禁書庫の番人というだけで屋敷の人間と付き合う義理はないし、付き合おうとも思わなかった。

 

 

「でも、今はこうして全員が集まって談笑できてる。ってことは、この状況って昔のロズワール邸からしたら異質ってことになるんですか?」

 

「異質、は言い過ぎかもしれにゃいけど。ボクが居ない時、ベティーが食卓に顔を出すことってなかったみたいだから」

 

「別に、顔を出す必要が無かっただけなのよ。ベティーに責任があるみたいな言い方をされる筋合いはないかしら。にーちゃ」

 

 

「そんな風には言わないよ」とベアトリスに笑みを浮かべたパックが彼女に手を横に振り、お椀の中の酒を一気に飲み干す。

 

それから、お椀の酒が空になったことでテンに目配せし、視線で察したテンが「どれ?」と小首を傾げれば「これ」と度数が強めの酒が入った瓶にしがみついた。

 

 

「そう思うと、ベアトリス様がこの場にいることが今更ですが不思議に思えてきます。昔は、頑なに禁書庫から出てきてくださらなかったのに」

 

 

「このぐらい?」と聞きながら酒を注ぐテンと「まだ飲めるよ」と注ぐ手を促すパックの声を横目しながら、ラムはグラスを片手に二つ隣の席に座るベアトリスに視線を飛ばす。

 

ベアトリスが食卓に顔を出さなかったことで被害を受けたのは指摘したラムと、食事に没頭するレムだろう。ハヤトのようにドンピシャで正解の扉を引き当てることなど不可能な中で食事を届けなければならないのだから。

 

またしても嫌味な視線を向けられることになったベアトリス。前の話を持ってこられた彼女はラムのジト目に近い目つきをハヤトの体で遮りながら、

 

 

ハヤト(この男)がいるなら、ま……まぁ、ちょっとくらい席にいてやってもいいかしら。って、思ったのよ」

 

「あの塩対応のベアトリスがハヤトにそんなことを言ってくれるなんて………。感動しちゃった」

 

「くだらない芝居してんじゃないのよ」

 

 

「いやいや、マジで」と料理に手をつけながら話しかけてくるテンに対し、口にグラスを近づけるベアトリスの態度は冷たい。塩対応じゃないと言ったそばから塩対応だ。

 

その直後、隣に座るハヤトが感慨深そうに「そうだな」と呟いてテンに共感の意を示すと、途端にむず痒さを感じた彼女は話題を逸らすために「お前、実は酔ってんじゃないかしら」とテンに問いかける。

 

 

「よく分かったね。実を言うと、ちょっとだけ異変は感じてる」

 

 

言った直後、黙々と食事を進めていたレムとエミリアの肩がピクリと反応。口を滑らせたテンは二人の熱っぽい視線に挟まれ、更には全員から視線を向けられる羽目に。

 

ベアトリスからすればいい変わり身である。話題を変える上で思いも寄らぬ新事実の発覚だが、彼女にとっては結果オーライだ。

 

 

「レムやエミリア様と違って、まだ一滴も飲んでないのにぃ? どうやら、本当に弱いんだねぇ。匂いだけでダメなーぁのかい?」

 

俺の正面にいる二人(ラムとハヤト)が度数の強い酒ばっかり飲んでるせいですよ。匂いが漂ってくるんです。……二人だけ部屋の隅っこの方で飲んでくれない?」

 

 

この席に参加した主目的が『テンを酔わせること』なロズワールの興味そうな声を適当に受け流し、テンはその二人を見ながら言葉通りに部屋の隅っこを指差す。

 

態度や顔色には表れていないが、どうやらテンも危ないらしい。このままでは事故に繋がりかねないと察した彼は二人に移動を促すも、返ってきたのはラムの嘲笑。

 

「ハッ!」とお馴染みの声を上げる彼女は、人を見下すような目つきで、

 

 

「どうしてテンテンのためにラムが動かなくてならないの。必要性の欠片も感じられない。どうせならそのまま酔い潰れなさい。そうすれば少しは勢いに任せれるわよ」

 

「勢いに任せるのが、俺は一番嫌いなんだよ」

 

「嫌いでも好きでもどっちでもいいだろ。お前は変に律儀すぎんだし。偶にはフラフラになるまで酔えよ。俺らに素の自分を曝け出しやがれってんだ」

 

「そうですよ!」

「そうよ!」

 

 

ラムの泥酔許可にハヤトの許可が重なり、その上からレムとエミリアの共感がのしかかる。自分一人だけ酔わない気概の姿勢が気に食わない四人が、テンに一気に噛み付いた。

 

嫌そうな、面倒そうな表情を浮かべるテン。左右と正面からの声に逃げ場を塞がれた彼は他の三人に助けを求めて視線を飛ばすが、悉く見捨てられる。

 

ベアトリスはどうでもよさそうで。パックは口元に手を当てて失笑。ロズワールは知らん顔。相変わらず一人も自分の味方がいない自陣営に、テンは疲れたようなため息を一つ。

 

そんなやりとりもまたロズワール邸の日常であり、宴会中の食卓を賑やかに彩った会話の一つなのであった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

その後、二十分程度は平和な時間だった。

 

アルコールに弱い少女二人に飲酒禁止令を一時的に言い渡したことで特に暴走されることもなく、食卓に広がっていたのはいつも通りの、ほのぼのとした光景。

 

酒が回り始めたことでハヤトがテンの黒歴史を盛大に暴露し。いつの間にか酔い始めたパックが酒を飲むために使用していたお椀の中に顔面から落下、注がれた酒の海に危うく溺れかけ。

 

唐突に始まった王様ゲームによってテンがロズワールに抱きしめられるという異常事態にベアトリスとハヤトが爆笑し。ラムと飲み比べたハヤトが見事に完敗、完璧に酔い潰れるなどの一件もありながら。宴会の席は、順調に進んでいった。

 

それが、今に至るまでの二十分間。飲酒禁止令を出された少女二人が己の食事を済ませるまでの二十分間であり、テンにとって宴会の席が平和であった二十分間。

 

 つまり、どういうことか。

 

 二人が食事を終えたことが、何に繋がるか。

 

 

「かえってきたぁー!」

 

 

 エミリアが、完全に酔った。

 

ちょっとお手洗いに行った数分間。席に戻って来てみれば途端に絡まれたのは、体のバランス感覚が失われたように右に左にふらつきながら歩み寄り、もたれかかってきたエミリア。

 

席の手前まで戻って自分の存在に気づいた彼女に迎えられたテン。彼自身も少しずつ酔い始めたこともあってか、普段なら支えられる体重を支えきることはできず。

 

一緒に倒れて尻餅をつき、眼前に広がるのはとろんとした焦点の定まらぬ紫紺の瞳。その脱力した声色から察するに、既に仕上がっている。

 

雪のように白い頬を赤く染め、呂律と思考が崩壊し、テンションがバグった少女は、完全に酒が回った。

 

 

「テン、おかえりぃ! すごーくおそい! おしゃけいっしょにのむってやくそくしたのに! テンがおそいから、のんじゃったじゃない! テンのばかぁ」

 

「ちょっと目を離しただけでコレか……。はいはい。ごめんね。悪かったよ」

 

 

だる絡みするエミリアにテンは優しい。胸にもたれかかるように倒れ込んだエミリアを受け止める彼は立ち上がることを諦めたのか、後ろに手をついて体が倒れないようにバランスをとる。

 

その目の鼻の先にいるのが酔ったエミリア。両手をもたれかかったテンの胸に添え、ぼぅっとした目で彼をゼロ距離で見上げるエミリア。幼さの気配が残る表情に溌剌の二文字のみを宿すエミリア。

 

 そんな、エミリア。

 

 

「あれぇ? どーして、テンがいっぱいふえてるのぉ? すごーくぅおかしい。おかしぃしずるい! ずるいずるいずるぅい! ずーるーいー!」

 

「暴れるな暴れるな。つか、酒臭ぇ。お前、何杯飲んだの。俺がお手洗い行ってる間に何杯飲んだの」

 

「いっぱいのんだよ! すごーくおいしかった!」

 

「会話が成立してるようでしてない」

 

 

テンションの上がり下がり、その緩急が激しいエミリアにテンは顔が引き攣る。胸元に額を擦り付けて暴れ散らかす彼女はテンが剥がそうとしても剥がれようとせず、喉を鳴らすような笑声を溢れさせていた。

 

なるほど。エミリアは酒が回ると幼くなるらしい。元から幼いとは知っていたが、酔ったことで隠れていた本来の精神年齢が表に露出した形だろうか。

 

なんにせよ、「テン、あったかぁい」と目を瞑りながら密着してくる彼女がレムと重なったのは確かなことではあった。

 

 

「ねぇ。テンも、のも。いっしょにおいしいの、のんで! おさけおいしいから! あたま、ふわふわしてくるの!」

 

 

頭がふわふわしてくるエミリアは感情の制御ができていない。静止するテンの声の一切が耳に届かず、日頃から我慢している分——そう、言わんばかりにレムがテンに甘えるような勢いでくっつく。

 

自制を失ったのだろう。あるいは、抑えていたモノが酔った勢いで爆発し、テンの姿を視界に入れたことで心になだれ込んでいるのだろう。

 

いつも以上に正直な幼きエミリア。体を揺らしながら擦り寄ってくる少女にテンは「おぉ……」と対応に困ったように低い声を漏らし、

 

 

「完全にトリップしてる……。ちょ、待っててね。お水、持ってくるから。できるだけ冷たいの。離して、だから離せ。くっつくな、だる絡みだから」

 

 

流石にまずいと判断したテンが言いながら立ち上がる気配を匂わせる。まだあと一人、彼女と同じ状態の恋人が居ることを忘れない彼は状況の打開をするべく動き出し、

 

 

「や!」

 

 

途端、嫌がったエミリアがテンの両肩に手をかけ、そのまま全体重を彼の体に乗せる。勿論、酔い始めたテンがその体重と一緒に立ち上がることは叶わず、またしても床に尻餅。

 

一文字。たったそれだけの声で嫌がる意志を示した彼女は伸ばされたテンの足に跨りながら、

 

 

「いっちゃうの?」

 

「ふぇ?」

 

 

自分でも変な裏声が出てしまったとテンは思う。けど、それだけの事がテンに降りかかったのだ。今、目の前にいるのだ。

 

悲しそうな上目遣いで言われた。かまってほしそうな声で呼び止められた。白く細い指が胸ぐらを弱い力できゅっと掴んで、

 

 

「テン、いっちゃうの?」

 

 

行ってほしくないということを一心に伝えてくる姿勢に、一瞬だけ呼吸が止まる。可愛らしすぎて、幼すぎて、自分が相手にしているのはロリリアなのではないかと疑った。

 

これだから女の子はずるい。あの子(レム)も、この子(エミリア)も、どれだけ自分に離れてほしくないのか。お手洗いは許してくれてどうしてコレはダメなのか。基準がよく分からない。

 

が、流石にお水は必要だろう。今後のことも含めてあった方が良いに決まっている。

 

 

「お……お水を持ってくるだけだから。ちょっと厨房に行ってくるだけだから。な? エミリア。少しでいいから離れ——」

 

「いっちゃやーだー! ずっといっしょにいるのー! レムみたいにくっつくのぉ!」

 

 

立ち上がるためにエミリアを無理やり退かそうとした事が彼女の琴線に触れた。隠すことのできない本音を暴露しながら体を掴んだ手を無視してテンに抱きつき、我を通さんばかりの勢いで暴走。

 

酔ったエミリアは、想いに正直なのだ。「だから暴れるなって!」と背中をポンポン叩かれても知らんぷりで「やー! いっちゃやらぁ!」と抵抗し、一生離れていかない。

 

抜け出せないテンだ。一滴も飲んでいないのに酔いかけたお陰で、いつもよりも体に力が入らない。心なしか思考も鈍ってきたような感覚が訪れ、体温が上昇してきた気がする。

 

ぽかぽかで、ふわふわの予兆だろうか。なんにせよ、今の自分がどこまで自分を保っていられるか、精神力が試される。

 

正直、保っていられる気が全くしない。酔ったエミリアに凄まじい勢いでくっつかれただけで怪しいのに、テンにくっつきたがる少女はもう一人いるのだから。

 

 ここに、もう一人。

 

 

「——テンくん」

「はい」

 

 

真横から名を呼ばれ、反射的に返事をしたテン。声が流れてきた方向に顔を向けると、視界を埋め尽くしたのは吐息がかかる程に近づいたレムの赤く紅潮した顔。

 

この状況——恋人の胸に他の女が抱きつく光景。いつものレムならばハイライトが落ちた瞳が目に飛び込んできたであろう瞬間は、今回だけは違った。

 

据わっている。ハイライトは落ちていないが、代わりに目が据わっている。明らかに酔っている証だろう。頬を硬くした彼女はムッとしたように口元を尖らせながら、

 

 

「テンくん」

「はい」

 

「テンくん、テンくん」

「なんですか?」

 

「テンくんテンくんテンくん」

「どうしたの?」

 

 

六回ほど名を呼んだレム。気持ち良さそうに喉を鳴らすエミリアの声がテンの胸元から継続的に聞こえる中、彼女はテンの真横に座り込んで、その目を覗き込むように、じーーっと見つめ出した。

 

それから、恋人との見つめ合いに何を思ったか。数秒間の沈黙と睨めっこの末、不意に、はにかんだように笑顔を弾けさせると頬の力を緩ませ、

 

 

「だいしゅきぃ」

 

 

その一言にテンが悩殺されたことは言うまでもない。

 

両腕を首に回し、真横から頬擦りのおまけ付きで抱きついてくる恋人に、鍛え上げられた精神力が容易く崩壊一歩手前にまで追い込まれる。

 

レムも、完全に酔った。エミリアと同じ状態になった。声も、顔色も、様子も、甘えっぷりも、何一つとして変わりない。幸せそうに唇を綻ばせている。

 

正面のエミリアと、真横のレム。食事を終えたことで飲酒禁止令から解放された少女が二人。

 

それはつまり。今ここに、精神年齢が十歳以下にまで引き下げられた少女二人が解き放たれたのだ。

 

 

「テンくーん。しゅき……しゅきしゅき。だいしゅき。だいしゅ、きぃ」

 

 

思考がふわふわし、暴走。

 

正常な判断力が失われたレムがテンの耳元で愛を囁き、頬に口付けを繰り返す。上擦った色っぽい吐息を溢しながらの舌足らずな「好き」は、控えめに言って録音して永遠と聞いていられる程に可愛いすぎた。

 

やばい。コレはやばい。普段以上の深愛が普段以上に暴走している。手綱を握るテンもコレばかりは手綱を握らずに放置したまま、ずっと聞いていたい衝動に駆られてしまう。

 

 

「レムのこと、なでてください」

 

 

猫が甘えるように擦り寄るレム。頭を小さく突き出す彼女は撫でりこを強くねだり、撫でられると気持ち良さそうに目を細め、まさしく猫のように喉を鳴らした。

 

指先一つ一つで愛でられる感覚に、どこまでも溶けていく。ぼんやりとした視界に映る彼の優しい表情に、無限に溺れていく。

 

 

「ずるい………レムばっかりずるい。ずるいずるいずるいずるい。わたしもなでて。テーンー」

 

 

意識が自分から逸れたことに立腹のエミリア。額で胸に頭突きする彼女は、なんとしてでも彼の意識を自分の方へと引き戻そうと奮闘。

 

ひたすらに自分という存在をテンの心に植え付ける。普段からテンに抱かれるレムを羨む、テンのことが無自覚ながらに大好きな少女が、酔った勢いで本心をぶちまけながら。

 

私も、私も。そんな風に甘えるエミリアにテンは小さく笑った。これが自分の選んだ道であると改めて自覚しているのだ。二人と手を繋ぐ未来を叶えてみせると、そう誓ったから。

 

もう片方の手で、彼はエミリアの頭を撫でた。そして、それをお気に召さないのがレムという独占欲の塊のような少女だった。

 

「テンくん!」と。レムはムキになった様子で彼の名を強めに呼び、

 

 

「テンくんはレムとエミリアしゃまの、どっちがだいじなんれすか。レムですよね。もちろん、およめさんのレムでふよね。けっこんすると、いいまひたもんね」

 

「テン。テーン。てぇん。わたしのこともみて。わたしからめをそらさないでぇ! いっつもいっつも、レムばっかりずぅるぅいぃ。テンのいじわるぅ!」

 

「エミリアしゃま! いまレムは、テンくんとだいじなおはなひをひてるところなんれすから、すこししずかにしてくだしゃい!」

 

「やぁだぁ、わたしもテンにくっつくぅ。レムばっかりじゃなくてわたしにもかまってよぉ」

 

 

レムの頭を撫でたらエミリアが嫉妬し、エミリアの頭を撫でたらレムが嫉妬する。両方に意識を向けようとすれば、自分だけが独占しようと二人が口喧嘩を始める。

 

美少女二人からの熱烈な求愛。密着した状態では育ち過ぎた豊満なたわわが強く押し付けられ、男として、それはそれは心踊る展開で酔った勢いで期待してしまう状況なのだが。

 

 

「俺を挟んでケンカすんな! 仲良くしなさ……いたたたたた! 抓らないでエミリア! 肉、それ皮じゃなくて肉ごといってる! ……ちょ、レムもどさくさに紛れて首に甘噛みしてんじゃないよ! くすぐったいくすぐったい! 痕が刻まれちゃう!」

 

 

 この忙し様である。

 

酔ったお陰で暴走した二人を止める術は無く、暴れる恋する乙女を制御するための手綱はどこへやら。故に、じゃじゃ馬となったエミリアに脇の肉を抓られ、レムに「がぷりー」と甘噛みされる。

 

抜け出したくても抜け出せない。二人から漂ってくるアルコールの香りのせいで自分が酔いつつあるのが分かるのだ。力が、手足に上手く力が入らない。脳の指令が行き届いていないのだろう。

 

頭が働かない。少し、視界がぼやけているような気もする。体も熱い。自分が何を話しているのか、偶に分からなくなる。

 

酔う——酔ってしまう。まだ、この子たちの相手をしなくちゃいけないのに。お酒、まだ一滴も口に含めてないのに。

 

 

「テン君も大変だねぇ。エミリア様はともかく、まさかレムがあんなにお酒に弱いとはねーぇ。ま、彼のフワフワしたところが見れたから私としては満足だーぁけど」

 

 

レムとエミリアに甘えられ、あわや酔いかける寸前にまで追い込まれたテン。そんな彼を見ながらグラスを片手にするのはロズワールだ。目的達成の喜びを彼は喉に流す酒と共に味わっている。

 

本来ならば酒を飲ませたかったのだが、酔った彼の姿を見ることができたのなら結果オーライ。お陰様でふわふわした様子の彼を知ることができた。予想とは大きく外れたが、良しとしよう。

 

それよりも、ロズワールが興味を抱いたのはレム。鬼族というものは酒豪揃いで有名——というのが一般的に知られていることなのだが、彼女の様子はその一般的の範囲に全く収まっていない。

 

むしろ、真逆だ。

 

 

「鬼族は種族的に、お酒に強いものだと思ってたけど。違うのかい?」

 

 

ロズワールの興味を口に出したのはパック。どこからか持ってきたお水を飲んで回った酔いを覚まそうとする彼は、レムと同じく鬼族であるラムに視線を向けた。

 

そのラム。彼女は今、グラスに注いだお酒を一気に飲み干しているところだった。ハヤトとの飲み比べで一番度数の強いものを十杯以上も飲んだのだが、顔色ひとつ乱れていない。

 

因みに、ラムに完全敗北したハヤトは彼女の隣で椅子の背もたれにぐでーんと寄りかかって酔い潰れている。

 

酔い潰れてベアトリスにだる絡みし、彼女が仕方なさそうに介護(対応)している絵面が二人の間で広がっていた。

 

酔っ払ったレムとは対照的なラム。彼女は酒が喉を通る心地よい感覚に「ほぅ」と息を吐くと、

 

 

「その認識で間違っていないかと。あの子が少しばかり……過度に弱いだけです」

 

「でも、君は余裕そうだね。軽く二十杯は超えてるのに顔色も呂律も崩れてにゃいし」

 

「当然です。鍛え方も、幼い頃から飲んだ回数も違うのですから」

 

 

さも当然のように、未成年の飲酒を暴露してくれたラムにパックは「そっか」とだけ。軽く済ませると、彼はテンに甘える我が子を見て頬を緩ませた。

 

二人の会話を耳だけで聞いていたロズワールも彼女の変わりなさには目を見張るが、そういうものなのだろうと完結。そうして、一つの会話が閉じられる。

 

 

「ベーアートーリースー」

「何かしら」

「なんでもねぇ」

 

「お前、いい加減にするかしら! 今のやりとり、これで二十回目なのよ! どれだけベティーの名前を呼んだら気が済むかしら!」

 

 

ふと、そんなやりとりが会話をしていた三人の耳に届く。語尾が伸びたハヤトの怠そうな声と、ベアトリスのウザそうな声。

 

視線を向けた三人が見るのは、この中の誰よりも酔っ払った存在によるだる絡み。逃げられぬようベアトリスを膝の上に乗せたハヤトが、ウザい方向で彼女に絡んでいる。

 

あんなに意気揚々とラムに飲み比べを挑んだものの、結果がこれ。十杯目で沈黙し、最終的に酔っ払いハヤトがこの場に出現したのだ。

 

その矛先が向いたベアトリスは堪ったものではないはず。

 

 はず、なのだが。

 

 

「べーあーとーりーすー」

「………何かしら」

「なんでもねぇ」

 

 

通算、二十一回目のやりとりを終えた彼女は不思議と満更でもなさそうな雰囲気。単純な言葉を交わすことを楽しむような。ウザそうにため息しているのに、あまりそうは見えない。

 

膝の上に乗せられて抵抗しないのが論より証拠。初めは「降ろすかしら!」と暴れ回っていたものの、しばらくその態勢を続けていると、抵抗の二文字は自然消滅していた。

 

仕方なしと諦めたか。あるいは、今の状況に満足しているか。それは、彼女のみが知ること。

 

 

「テンって、すごーくあったかぁい」

 

「エミリアしゃま、テンくんからはなれてくだしゃい。そこはレムだけのばしょなんれす」

 

「どっちの場所でもいいので、とりあえず退いてください」

 

 

ハヤトとベアトリスの仲良し二人組が作り出すほのぼのとした光景を眺めていると、次はレムとテンとエミリアの三人組が作り出す甘々な光景が食卓で言葉を交わす三人の意識を引き寄せる。

 

疲れ切った様子のテンに、レムとエミリアがくっつく絵面だ。完全に酔った少女二人が眠くなり出したか、先ほどのように暴れ散らかしているわけではない。

 

尤も。そうなったことで甘え方が寝ぼけつつあるために、テンの温もりと安眠を求めて彼の胸元争奪戦が二人の間で静かに勃発中。

 

エミリアがテンの胸元に抱きついてから一向に離れず、レムがその場所に横から無理やり割り込もうとしているという。テンに対して限界を超えて甘える二人であった。

 

 

「離れてぇ……二人ともぉ。はや、早く、いいから離れろ」

 

「はなれちゃ、やだぁ」

「テンくんテンくんテンくん」

 

 

手に後ろをついていなければ押し倒される今、テンは胸元争奪戦を繰り広げながら体に乗っかる少女二人の体重を支えるので精一杯だ。

 

眼下、酔った以降から時間が経つにつれて目がとろけてきた二人の艶のある甘い声に心を掻き乱されながら、それでも、意地でも、なんとしてでも、理性を保つ。

 

見下ろす形であることが原因でメイド姿のレムと寝巻き姿のエミリア、胸元が開けた服装である二人の谷間が嫌でも目に入る——堪らず視線を天井に向けると遠くからラムの「ヘンタイ」と言う声が薄く聞こえてきた。不可抗力だ。

 

 

「いつもレムばっかりずるい。わたしにも、ぎゅーってして。いっぱいいっぱいして。ぽかぽかしてあったかいの、テンのあったかいのほしいの」

 

「やめて。その言い方は毒すぎる」

 

「テンくんの匂い……しゅきです」

 

「分かった。二人は、もう寝ようか。眠たそうな声してるもんね。お酒が回って眠いよね」

 

 

この場にいてもどうしようもないと悟った瞬間、会話が成立しなくなった事と、二人の眠たそうな声と表情から、一つの行動に踏み切るテンがくっつく二人に立ち上がる合図。

 

素直に従ってくれた二人と一緒に立ち上がり、酔う一歩手前で踏みとどまり続ける体でよろける二人の体を支えながら、

 

 

「ちょっと俺、この子たちを寝かせてくる。風邪とか引かれても困るし。なので、離席します」

 

「ラムの妹に乱暴はしないこと。テンテンには言うまでもないわね」

「リアがどーしても、って言うなら。今日は目を瞑ってあげよう」

「相手を第一に考えるんだよぉ。あと、エミリア様が王選候補者だってこと、忘れずにねぇ」

「やりすぎに気をつけるかしら。体を痛めても知らんのよ」

()れるなら「一人一人、丁寧に聞いてれば酔った勢いで変なこと言ってんじゃねぇぞテメェら」

 

 

真面目な顔して揶揄ってくる人達に雑に吐き捨て、テンはレムとエミリアを連れて宴会の席を後にする。

 

今の発言、全員の言いたいことはなんとなく分かる。酔った少女二人と青年一人が寝台へと向かうとか、何事もないと思う方がおかしい。テン自身もそう思う。

 

多分、最後にあったハヤトの言葉が一番に危なかった。何を言わんとしているのか一文字目で分かったくらいだ。あのまま続けていれば、きっと宴会の席が凍りついたはず。

 

そうなる前に、とっとと食堂から退出させてもらおう。今の自分は、色っぽい二人を意識しないようにするので必死だから。

 

 

暴れる本能を抑えるので、精一杯だから。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

お酒に酔い、うつらうつらと船を漕ぎ始めたレムとエミリアの二人を連れて食堂を出たテン。彼が初めに困ったことは、二人をどこで寝かせようか、ということだった。

 

レムの部屋は三階の西棟。エミリアの部屋は同じく三階の東棟、その最奥。と、面倒なことに二人の部屋は別々の棟に位置する。別々に部屋に運ぶとなれば、相当の労力は費やすはずだ。

 

加えて今のテンはただでさえ完璧に回復し切っていない上に、お酒が回りつつあるせいで体に上手く力が入らない。つまりは、二人を支えながらとなると個々の部屋に運ぶことはおろか、三階に到達することすら危うい。

 

精々、二階に上がるのでやっと。そこから先への階段は足が上がらなかった。なんとも情けない話ではあるが現実だ。受け止めるしかない。それを覚悟の上で、あの夜は命を賭したのだから。

 

要するに、二人を個々の部屋に運ぶことは困難だということ。左右に寄りかかる二人を無事に送り届けることはできなさそうだということ。

 

 では、どうするか。

 

 

「や………やっと着いた」

 

 

 テンは、自分の部屋に二人を連れ込んだ。

 

決して、やましいことをするつもりなどない。二人の間に挟まって寝ちゃおうかなとか刹那だけ考えたわけではない。別に、変な方向に期待しちゃったわけではない。そんなわけない。

 

こうするしか他に思いつかなかっただけだ。寝台のセッティングが完了している一番近い部屋で、二人を寝かすことが可能な部屋がここしかなかっただけだ。

 

R18(大人)な展開は要らない。心を許してくれている二人の信頼を裏切ることになる気がする。それに、寝込みを襲うのはテン自身が許さない。眠っている二人を襲うのは禁忌だろう。

 

 

「ほら。レム、エミリア。横になって」

 

 

僅かに開いたカーテンの隙間から届く月光が薄暗さを与える部屋で、テンは二人の背中をあやすように優しく叩く。眠り始めた少女二人の意識を現実に引き寄せ、目の前の寝台に横たわるよう促した。

 

寝ぼけていても声は聞こえたらしい。「ぅん」と妙に色っぽい吐息が口から漏れるとエミリアがごろんと横になり、次にレムが彼女の隣に寝転がった。

 

素直なことで実に結構。「いっしょにねる」とか言われたらどうしようかと思ったけど、その心配もなかった。穏やかな寝息を立てる二人はもう、夢の世界に旅立ちつつある。

 

 

 ーーさて、俺はどこで寝ようか

 

 

 苦笑。

 

二人のことに手一杯だった結果として自分の寝床を全く考えていなかったテンは、二人が寒くないように布団をそっと肩まで被せながらながら、そんなことを思う。

 

二人が眠る中に潜り込むのは論外。というか、その隙間は残されていない。完全に占領されて、テンの寝る場所が見事に無くなっている。

 

 

 ーーまぁ、別にいいや。寝る場所なんて探せばいくらでもあるでしょ

 

 

適当に楽観視し、テンは寝床消失問題を思考から断ち切る。最悪、毛布にミノムシのように包まって床で寝ればいい。幼い頃、冬場によくやっていた寝方だ。

 

懐かしい。そんな風に思いながらテンは部屋に届く月光を遮断するべくカーテンの前に移動し、

 

 

「てんが、いじわるするのぉ……」

「てんくんはれむだけのものですぅ……」

 

 

不意に、背中から二人の声が聞こえた。小さく、か弱い声ではあったけど。それでも静寂に満ちた部屋の中に木霊して、二人にとって心の拠り所である存在の耳にはっきりと届く。

 

振り返る——瞬間、思わず出かけた声を抑え込むためにテンは己の口に手を当てた。眼前に広がる光景に、微笑ましげに緩む頬が弛みかけてしまう。

 

その光景。テンがいつも使っている枕を間に挟み、抱き合いながら眠りにつくレムとエミリア。スヤスヤと眠る二人はその枕を誰だと思っているのか、幸せそうな顔をしている。

 

 

「夢の中でも俺か」

 

 

 今のは、寝言。

 

寝言でも名を呼ばれるとは思わなかった。察するに、どうやら夢にまで登場しているらしい。夢の中で何をしているのだろう。変なことになってなければいいなとだけ思っておく。

 

 

「これが百合………いやいや。なに考えてんだよ」

 

 

「バカか俺は」と、目の前の光景に対して浮上した単語を放り投げ。テンは眼福な一場面から視線を外すと音を立てないようにカーテンを閉めた。

 

カーテンを閉めると部屋は、ほぼ真っ暗だ。物体の輪郭が薄ぼんやりとしか認識できず、部屋の扉を閉めれば廊下から流れ込む光も遮断できて本当に真っ暗になる。

 

なら、そうしよう。寝ている二人に起きられても困る。自分はとっとと退出して、宴会の席に戻るとしよう。

 

 でも、その前に一つ。

 

 

「おやすみ。レム。エミリア」

 

 

歩み寄り、テンは小さく呟くと二人の頭を一度だけ撫でる。騒いで、楽しんで、やんちゃして、疲れたらぐっすりと眠りにつく——幼子のような夜を過ごした二人の頭を。

 

慈しむように、愛でるように。

 

 

 ーーいつもレムばっかりずるい。

 

 ーーレムばっかりじゃなくてわたしにもかまってよぉ。

 

 ーーレムみたいにくっつくのぉ!

 

 

レムの頭を撫で、エミリアの頭を撫でた途端、テンはその声を聞いた。己の外側ではなく内側からいくつも響いた声は、きっと記憶の中から呼び起こされた声。

 

酔ったエミリアは、そう言っていた。テンの体に強く抱きつきながら、そう言っていた。感情的で、爆発するような勢いで、吐き出すように、そう言い続けていた。

 

 

「ずっと、我慢させちゃってた……よね」

 

 

下唇を噛み、テンは声を押し殺す。今までに幾度となく痛感してきた己の情けなさに、これからも幾度となく痛感するであろう己の犯した罪に、打ちのめされそうになる。

 

我慢させないようにしてきたつもりだった。彼女が髪を切ろうとした日から、彼女の想いは見落とさないようにとしてきたつもりだった。

 

けど、それは全部がテンがしたつもりになっていただけで。本当は何一つとしてできていなかった。これがその結果だ。

 

酔った状態での発言であることが、嘘でないことのなによりの証拠だろう。本音、本心のみで形作られた純粋な想いであることの証明だろう。

 

 

「ごめんね、エミリア」

 

 

後悔の声を弱々しく落とし、テンは二人から離れていく。長居すると、余計な感情が溢れそうになる。

 

もっと言いたいことはあった。もっとかけるべき言葉はあった。けれど、それら全てはエミリアとレムに対する謝罪しかない。自分の、弱い自分の言葉でしかない。

 

それはやめると誓った。情けない自分から変わると、絶対に変わってやると決めた。だからテンは二人に背を向けて、部屋から出ていく。これ以上の弱い言葉は必要ない。

 

この場で弱音を吐くくらいなら前を向け。下を向いている暇があるなら、後ろ向きな言葉をかけている暇があるなら、顔を上げて前に進み続けろ。

 

それなら。今、テンが二人にかけるべき言葉は、

 

 

「——俺、頑張るから」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「ただいま戻りまし………ん?」

 

 

離席した食堂へと戻ったテンは視界に飛び込んだ光景に小首を傾け、食堂の異様な静けさに喉を低く唸らせる。唸らせ、一瞬で状況を理解した。理解できたのは視界に広がる光景が全てを物語っていたからだ。

 

宴会の騒がしさが嘘のように静まり返った食堂。テーブルの上に放置された料理等が盛られていた銀食器。空になった酒の瓶。極め付けは、ブランケットを肩からかけながら寝落ちるハヤト。

 

 要するに、だ。

 

 

「アイツら……。全部、放置して帰りやがった」

 

 

やられた、と言わんばかりに深々とため息をつく。ラムも、ロズワールも、パックも、ベアトリスも、この場に残っていた全員がテンが離席している間に宴会を終わらせていた。

 

それも、面倒な後片付けをテンに丸投げして。酔い潰れるハヤトにブランケットをかけたのはベアトリスだろうか。そこまでしてくれるなら部屋に運んでくれればいいものを。

 

 

「いや、それは無理か」

 

 

冷えないようにしてくれた彼女の優しさに感謝。残る三人には「宴会、楽しかったー!」で勝手に終わりやがったことに対して殺意を向けておくとして。

 

 

「ハヤト。ね、ハヤト。起きて。起きてよ。おい。聞いてんのか」

 

 

居なくなったものは仕方ない。

 

割り切ったテンは椅子に座りながら机に突っ伏すハヤトに近づき、肩をゆさゆさ。が、残念なことに起きる気配は一向に訪れない。無理やり起こそうと力一杯揺すっても起きてくれない。

 

安眠だ。泥酔している。この男、テンの苦労も知らず呑気に眠っている。ラムに飲み比べを挑もうとした時点で予想できた絵面だが、ここまでとは予想外だった。

 

 

「ダメだこりゃ。コイツ……完全に寝てやがる」

 

 

 舌打ち。

 

相変わらず後先考えずに行動する大胆さには感心する。もちろん、嫌味だ。テンはこの男のこういう適当なところが好きになれない。その後の処理をする身にもなってほしい。

 

なら、無視すればいいじゃないかという話にもなるが。酔い潰れる親友を黙って放置しておけるテンではなかった。

 

 

「仕方ねぇなぁ、もう。結局、俺が介護すんじゃん。前と変わんねぇじゃねーか。ったく」

 

 

糸の切れた操り人形のようにだらんとするハヤトを頑張って背負い、あまりの重さに「重っ!」と一度だけ声を上げながら、テンは再び食堂を後にする。

 

レムとエミリアを運んだ後のこれ。酔う寸前のテンには流石に重労働すぎる。この後に宴会の後片付けを控えているなんて、考えるだけで心が躍り、嬉しくて涙が出そうだ。

 

このまま「楽しかったー!」で終われるのなら、テンだってそうしたい。ハヤトを彼の部屋に運んでから、適当な場所で眠りにつきたい。しかし、そうできないのが現実。

 

そこで終わるのは物語の中だけで、めでたしめでたしの後に続くのが現実なのだ。ちゃんと、裏で作業している人間がいるということを忘れてはならない。

 

 

「俺がその、裏で作業してる人、になるとは思わなかったけどな! まぁ、別にいいけど! 裏方は俺に任せてくださいよ! そーゆーの好きだから!」

 

 

一度、誰にも届かぬ怒号がロズワール邸に響く。当然の如く、その怒号を聞く者など一人もいない。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

ハヤトを寝台にぶん投げて早十五分。宴会が開かれていたのが嘘のように静まり返った食堂で一人、黙々と進めるテンの後片付けは完了されようとしていた。

 

銀食器や酒の入った瓶などの宴会に使用されたものを諸々全て洗い、水切りかごへとぶち込み、残る作業はテーブルを拭くだけ。

 

我ながらにスムーズな作業であったと賞賛したい。お水を飲んで酔いも覚めたし、疲れている割には集中できたと思う。

 

 

「よし。頑張れ、俺」

 

 

 もう一踏ん張り。

 

他のみんなが「楽しい宴会であった」と言えるようにテンは濡れた台拭きを片手に気合を入れ直す。

 

この作業が終われば寝れる。あ、そういえば寝る場所とかどうしよう。なんてことを不意に考え、最終的には「ま、いいや」と放棄。今は仕事に集中するべきだと作業に意識を向け、テーブルを拭き始めた。

 

 そんな時だ。

 

 

「——ん?」

 

 

微に聞こえた扉の開閉音にテンは小さく唸り、音の方向に視線を飛ばす——ネグリジェ姿のラムが扉の隙間から顔を覗かせていた。

 

こんな時間にどうしたのだろうか。てっきり寝ているとばかり思っていた。落ち着いた足取りでこちらに向かってくるあたり、酔って徘徊しているわけでもなさそう。

 

意図的にこの場所に来た雰囲気なラム。手の届く距離まで近づいてきた彼女にテンは「どうしたよ?」と作業の手は止めぬまま、

 

 

「後片付けなら俺がやっとくからいいよ。部屋で寝てな。心地よいまま眠りにつく方がいい」

 

「これ、テンテンが一人で片付けたの?」

 

 

テンの言葉に取り合わないラムが困惑するような声色で問いかける。理由はもちろん、散らかっていた食卓が綺麗に片付けられていること。自分達が部屋にいる間に、全てたった一人で片付けたのかと。

 

そんな彼女にテンは「うん。そうだけど」と簡単な返し。一人でやることが当然であるとでも言いたげな口調は、全身に重くのしかかる疲労感を隠したような強さがあって。

 

ちくり、と。ラムは心が痛んだ。

 

 

「貸しなさい」

 

 

痛みを感じた直後、有無も言わさずラムはテンから台拭きを奪う。「あ、ちょ」と静止の声がかかったが、気にせずに自分が彼の作業を継いだ。

 

理由の定かでない行動にテンは「いや、いいよ」とラムの手から台拭きを奪い返そうとするが、

 

 

「テンテン一人だけだと可哀想だから、あとはラムがやっておいてあげる。感謝なさい」

 

 

澄ました表情で強く言い切り、ラムはテンの体を押し退けながら拭き掃除の役割を略奪。ここから先は自分がやると言って聞かない。

 

薄く酔った勢いで部屋に戻ったものの。やっぱり後片付けはしようと思って戻ってきたら、今日一番に疲れたであろうテンが作業をほぼ終わらせていたことに、罪悪感が芽生えたのだ。

 

色々と疲労が積もる体に無理はさせられない。そんなラムの優しさにテンは気付きながら、だとしても「無理しなくていいよ」とテーブルを拭く手を止め、

 

 

「いくら種族的にも体質的にも強いとはいえ、用意したお酒をほぼ一人で飲み干しちゃったんだもん。少なからず酔ってるはずだよ。部屋でゆっくり寝てな」

 

「でも——」

 

「いいからいいから。俺が全部やっとくから。楽しかったーーで今日を終わらせとこーよ。俺はお酒も飲んでないし、たくさん食べて元気だから」

 

 

「それに」とテンは妙に誇らしげな表情でラムを見ながら、

 

 

「そーゆー、面倒な作業は俺に丸投げしていいよ。俺はたくさんお前達に助けられてきたから。せめて、小さいことから恩返しさせてほしいな」

 

 

「だから。おやすみ、ラム」とテンはラムに優しく笑いかける。その笑顔が、疲れていても平気だよ、と自分に語りかけているような気がラムにはした。

 

本当に、本当に律儀な男だと思う。自分たちのためなら自分の身を容易く削るような危険を孕んだ男であるとも思う。

 

きっと、テンは本心で語っている。疲れていようがなんであろうが屋敷の人間が今日を宴会の余韻のままに眠れるのなら、一人で片付けるには多すぎる量だとしても喜んで引き受けるのだと。

 

今回に限った話ではないだろう。これからの彼は、自分たちに危険が降り掛かろうものならどれだけ危険な相手であろうとも命を投げ打ち、向かっていく。自分たちを守るために、必死になってくれる。

 

それはラムにとって——否、テンに信を置く人間にとって苦しいことであると同時に、

 

 

「……テンテンのそういうところ、ラムは好きよ」

 

「酔ってるだろ」

 

「想像にお任せするわ」

 

 

ふわりと笑み、揶揄うテンの声を右から左へ受け流す。そんなやりとりもまた、ラムにとっては心が温まる瞬間であったり。

 

 ともかく、

 

 

「いいから、ラムに貸しなさい。ここはラムが片付けるから、テンテンは応接室にでも行って寝ること。あそこなら、適当に眠れる場所もあるはずよ」

 

「でも——」

 

「でも、じゃない。あなただって疲れてるでしょう? まだ完全に回復し切ってもいない体で無理をされて、変に倒れられても困るの」

 

 

どちらも頑なに引き下がらなかった結果としてラムが実力行使。言葉を続けながらテンの背中をポンポン押す彼女は、無理やりにでも彼を部屋から退出させ、仕事を引き継ごうとしている。

 

「ちょっとラム」と声をかけられても止まらない。止まってあげない。そのまま彼女はテンを扉の前まで押し進め、「話を聞いてよ」と振り返った彼に対し、

 

 

「寝なさい」

 

 

 と。

 

まるで、眠らない弟を叱る姉のような態度でテンの目をじっと見つめる。実際、テンは彼女の姿を故郷にいる姉と重ねてしまったし、ラムはテンのことを刹那だけ弟のように見た。

 

どちらも酔っているのだろうか。言われた途端から不思議と逆らえなくなったテンは数秒だけ彼女の赤い瞳と睨めっこしていたが、

 

 

「……分かりました。じゃ、お言葉に甘えます」

 

「そうしなさい」

 

 

姉の圧というべきか。弟属性である性質上、姉属性であるラムに逆らえないテンは渋々といった形で従い、意思を折った。

 

弟というのは、基本的に姉には勝てないのだ。前の世界でも、今の世界でも。それを再認識したテンに勝ち目などない。

 

テンの態度に満足げに鼻を鳴らすラム。「それじゃあ、おやすみ」とだけ言葉を残す彼女は彼に背を向けると歩き出す。残る作業をとっとと終わらせ、自分も寝るつもりだ。

 

 

「ラム」

 

 

そんな彼女の名をテンは一度だけ呼ぶ。声に反応して振り返る顔に笑いかけ、

 

 

「お前、なんでレムとエミリアが俺の部屋で寝てるって分かった?」

 

「テンテンの考えそうなことくらい分かる。自分の寝る場所が見つかってないことも」

 

「そうかよ」

「そうよ」

 

「……ありがと」

「どういたしまして」

 

 

その会話を最後に食堂から退出。言われた通りに応接室のソファーでその夜は寝ることにした。

 

 

そうして、特別な夜は幕を閉じ————。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

ラムがテンから引き継いだ後片付けを終え、布団の中で爆睡している頃。時刻は既に夜中を過ぎ、ロズワール邸の住民の全員が深い眠りに落ちているであろう頃。

 

それは、突如としてテンの意識を呼び起こした。

 

 

「がぷり」

 

 

テンが眠る部屋で、そんな声が不意に上がる。彼以外の存在がいないはずの空間で、おかしな音が。

 

 

「がぷり。がぷり」

 

 

一つ、また一つと。誰かがテンを、何かがテンを噛むような声が継続的に鳴り続ける。時折リップ音が鳴るのは、吸い付いているからだ。

 

 

「がぷり、がぷり、がぷり」

 

「………ん?」

 

 

その異音にはテンも気付いた。深い眠りに落ちていた意識が引っ張り上げられる予感に目を開けると、ピンぼけした世界に人影を見た。違う、寝ている自分の体にうつ伏せで重なる人影を見た。

 

カーテンの開き切った部屋なら姿も明快だった。ピンぼけしていた世界が正しく瞳に映し出され、歪みが一つ残らず排除されると、テンは月光に照らされた少女の存在を理解する。

 

 

「………ん!?」

 

 

 ——首筋に甘噛みする、レムの存在を。

 

 

「ちょ、やめ、レム! くすぐったい、くすぐったいよ! くすぐったいってば!」

 

「テンくん、おいしい。はむ」

 

「噛むな、噛むなって!」

 

 

心が状況を理解した途端、遅れて気付いた頭が降りかかる感覚をテンに伝達。体を倒したレムが首筋に噛み付いていることを痛覚が知り、最終的にテンの目が一気に覚醒。

 

起きて早々、なにがなんだか分からない事態。とりあえず、噛み付くレムをどうにかしなければとテンは彼女の肩を掴んで無理やり引き剥がし、

 

 

「あの、レム。なん…………」

 

 

 なんでここに。

 

そう言うはずの口は、しかし最後まで言葉を言うことは叶わなかった。腰付近に跨るレムの様子を見た途端、息が喉に詰まったからだ。

 

 

「テンくん。レムは、いま、とっても体が熱い……火照るんです。テンくんのことを考えると、体が寂しくなって、切なくなってくるんです。テンくんのこと、求めてるんです」

 

 

上擦った呼吸を甘く乱し、上目遣いのような媚を含んだ声色で哀しそうに呟くレム。月光に当てられて煌めいた青色の瞳には明らかな欲情の色が混ざり。言葉通りに、火照ったように上気した頬が赤く染まっている。

 

掛かる吐息はひどく生温かく、僅かに酒の匂いを孕み。テン以外の全てを除外した青色の目はうっとりしたようにとろけ、その奥にハートマークを見たのはテンの気のせいではないだろう。

 

 

 ーーこれは、やばい

 

 

瞬間で分かった。レムは今、確実に発情している。今までに一度も見たことのない様子は、それで間違えない。

 

酒に酔って感情が爆発したか。寝て、起きても酔いは覚めなかったようで、明らかに大人な雰囲気を纏っている。

 

 

 ーー襲われる

 

 

「ちょっと待て」

 

 

察した数秒後の未来にテンは急ブレーキ。胸ぐらを弱い力で掴んでくるレムの手を掴み、それ以上は何もさせないように頑張る。

 

数瞬後、手を掴んだ程度で今のレムが止まると思った自分が馬鹿であったとテンは思い知った。

 

 

「きゅんきゅんするんです、ここが。テンくんの体が擦れると、レムの心がくすぐられて、もっとしたくなるんです。体がどんどん火照って、止まらなくなっちゃう」

 

 

艶かしい声で言った直後、レムがテンの腰に跨ったまま、腰を前後に揺らす。『揺らす』と表現するよりも『動かす』と表現した方が適切かもしれない。

 

自分の体——その一部をテンの体に擦り付けるような動作。前に動き、後ろに動き。その度に矯声が僅かに漏れ、

 

 

「んっ」

 

 

 一瞬。

 

レムの体が縦に跳ね、閉じた口の中で強めの矯声が弾け飛ぶ。快楽に襲われたように全身を硬直させる様は、まさしく()()の他にない。

 

声を聞いたテンの心が穏やかではないのは当たり前だろう。一度、眠りに落ちたせいで全身が疲労感を主張し、体に上手く力が入らない彼は、レムにマウントを取られたことに今になって気付き、

 

 

「待て。とりあえず待て。いやあの、待て」

 

「待ってなんかあげません。もう我慢できないんです。今だって、とっても……とってもとっても苦しいんです。胸が痛いのです。きゅんきゅん、するんです」

 

 

「テンくぅん」と、恋人を情熱的に求めるレムが掴まれた手を振り解く。解いた手は、テンの頬に添えられた。右手と左手の両方で頬を優しく挟み、桜色の唇がもどかしげに疼く。

 

 

「口付け……したい」

 

「え? ちょーーっ!」

 

 

後ろに下がるレムがテンの膝上に跨り直し、体を前に倒す空間を設けるとゆっくり唇を落とす。照準に狂いはない。

 

もちろん、それを許すテンではなかった。押し寄せるレムの体を前に突き出した手の平で止め、触れる寸前で強制的に動きを止める。吐息が絡み合う距離、それが二人の距離感だ。

 

眼前にまで迫られてよく分かった。確実に今のレムは酔っている。ダメだろう。酔った勢いでなんて、そんなのダメに決まっている。

 

 

「良くない、良くないよ。酔った勢いで、なんて。ちゃんとした状況で——」

 

「酔ってなければいいんですか」

 

 

レムの意識がふわふわしていると決めつけていたテンが必死に抵抗し。前提条件を覆すようなレムの理知的な声が彼の声を遮りながら落ちる。

 

予想外な声色。どうにかしてこの場を切り抜けようと考えていた思考が一瞬にして麻痺させられたテンの時間が固まる中、レムは妖しく微笑むと、

 

 

「酔ってなければ、シてくれますか」

 

「え………」

 

「レムは今、本当は酔ってなんかいませんよ。こうすればレムとシてくれると思って、少しだけ酔ったフリをしていました」

 

「ーーーー」

 

「酔ってなければ、いいんですよね?」

 

 

畳み掛けられたテンは、問いに対しての返答を返すことができない。期待に満ちた目で愛おしそうに見つめてくる恋人に、声を紡ぐことは叶わない。

 

 

「テンくんは、どうしてそこまで奥手なんですか。レムがいいと言ってるんですよ? テンくんになら純潔を奪われてもいい、汚されてもいいと、本気でそう思って言ってる」

 

 

何も言わないテンにどんな感情を抱いたか、誘うような声でレムは想いを告げる。あまり性的な意味合いで自分に手を出してくれない恋人に、手を出してほしいと。

 

 

「レムを……レムの体を大事に扱ってくれるのは本当に嬉しい。それだけ愛されていると実感できるから。でも、時には乱暴に扱ってほしいことだってあるんです」

 

 

 距離感、ゼロ。

 

体と体を密着させながらレムはテンの理性を引き剥がしにかかる。数センチ進んでしまえば、唇と唇が濃密に絡み合うほどに近い場所で見つめ合い、愛を捧げながら。

 

 

「愛してる人だから、身体を預けられる。全てを独占してくれて構わない。めちゃくちゃにしてほしい。この身この心はいつだってあなただけのもの。だってレムは、テンくんのレムだから」

 

 

めちゃくちゃにしてほしい。それ一つにどれだけレムの愛が込められていることか。どれだけレムの信頼が込められていることか。自分の身体を委ねることが、どれだけ覚悟のいることか。

 

それでも、レムは言い切った。今ここでシたいと。自分の全てを奪った彼にシてほしいと。ずっと、彼に添い遂げると誓った日から決めていた。

 

 

「それに、テンくんも()()()()()()()()()ようですし」

 

「何が?」

 

 

順調に理性が崩壊しつつあるテンは、言葉の意味を理解していた。理解していたのに、反射的に口から出たのは疑問符で。

 

その言葉を受け取ったレムがサキュバスのような雰囲気を纏い、舌なめずり。それから、動揺を隠せない彼の耳元に唇を近づけ、

 

 

「ナニが、です」

 

 

ぞくっとするほど艶めかし声で、レムは囁く。心臓が凄まじい勢いで跳ねたテンを、レムは本気で攻め落としにかかった。

 

 

「ずっと当たっているの……分かっていないとでも、思っていたんですか? ちゃんと、男の子として興奮してくれてレムは嬉しいです」

 

「ぇと……」

 

 

頬に添えられた手がテンの下半身に伸び、意図を察したテンが彼女の手を掴んで止める。動き出した手がどこに行こうとしたか、話の流れからして想像に難くない。

 

分かっているじゃないか。そんな意味合いを含めた笑みをレムは浮かべると囁いていた耳元から唇を離し、

 

 

「テンくんは律儀すぎるんですよ。時には、勢いに任せてもいいじゃないですか。例え、酔った勢いだとしても、そこにあるのはテンくんとレムの愛なんですから。恋人として、愛のある性行為なんですから」

 

 

掠れた声しか発さないテン。少しずつ、瞳に本能の色が浮かび上がりつつある彼の額に、レムは己の額をぴとっと合わせる。色々な意味で丁寧で律儀すぎる彼の性格を、優しくも荒っぽく崩そうとした。

 

だって、もう限界だった。レムは、彼と愛し合いたくて愛し合いたくて堪らない。好きで好きで、とにかく大好きな彼にめちゃくちゃにされたい。優しい彼に、荒っぽくシてほしい。

 

彼の全てが欲しい。自分の全てを奪ってほしい。本来は二人の歩幅でと言ったけど、やっぱり彼を愛する想いには敵わなかった。言葉は想いには勝てなかった。

 

 

「今からレムと……シてください。レムは、テンくんと愛し合いたいです。大人みたいに、いちゃいちゃしたいです」

 

 

テンが目を覚ました時と同じ状態のレムが、そう言って彼のことを見つめる。自制も抑制もかなぐり捨てて、抑えることが不可能になった自分を、レムはテンにぶつけた。

 

どうしてだろう。テンは、そのレムの姿がいつもよりも魅力的に見えていた。愛し合いたい——ただそれだけを一心に伝えてくる恋人に、言い表しようのない衝動に心を掌握される。

 

 

「………ひにん」

 

「おかしなことを言いますね」

 

 

もはや、理性など一欠片しか残っていないテンが最後の抵抗とばかりに、降り頻る小雨のように小さな声で一言。レムはそれすらも容易く否定し、

 

 

「レムとテンくんは婚約しているのですよ。その理由一つで避妊の必要性は皆無です。安心して、出してください」

 

 

刺激が強すぎる発言を眼前にし、テンは再び硬直。初心(うぶ)な様子に微笑みながら「それに」と、レムは思考が鈍り始めたのを密かに感じ、

 

 

「以前にもお話した通り。鬼族というのは赤子を身籠る機会が少ない種族、一度シただけで妊娠する可能性は限りなくゼロに等しいんです」

 

「そういう、問題じゃ……」

 

 

首を横に振るテンは吐いた言葉を自ら否定。妊娠するしないとか、そのような問題ではない。今のは、この夜が初めての夜になることへの僅かな不安が生んだものだ。

 

もちろん、レムだってそんなことは分かっている。レムだって初めての夜になるのだから。彼と同じ気持ちであることに変わりはない。でも、彼が自分の処女を散らしてくれるなら。

 

 それなら、

 

 

「避妊なんて、考えないでください。今はただ、レムのことを……めちゃくちゃにすることだけを考えてください。レムのことだけを考えて。後先考えないで。今に、身を委ねてぇ……!」

 

 

想いの丈を出し尽くした途端、レムは何かの衝動に駆られたような勢いでテンの首筋に噛み付く。直後にやってきたのは痙攣だった。指を絡めて繋いだ手をぎゅっと握りしめ、喉の奥で甘い声を上げる。

 

その時点で、テンの理性は切れたようなものだった。たった今、レムの身に起こった現象を感覚的に理解し、これは恋人として頑張らなくてはと、男として覚悟を決める。

 

しばらくしてレムの体が弛緩、肺の中に詰まっていた色気たっぷりの吐息が止めどなく溢れ出た。多分、そういうことなのだろう。

 

心身ともに、レムは仕上がっている。

 

 

「テ……ン、くぅん」

 

 

喘ぐように名を呼び、レムはテンに重なる。股に当たる彼の()()に感情が沸騰して、彼のことしか考えられなくなって。下半身の一部が変に濡れて。彼のが欲しいと本能が口を動かして、

 

 

「——はらませてぇ」

 

 

 プチン。

 

その瞬間、テンの中で限界まで張っていた糸が切れたような音が轟いた。大きく、強く、本能のタガが外れた音が。

 

何か、劇的な変化が訪れたわけではないけど。その瞬間から本能を抑えていた理性の声が消えたのは分かった。自制が、できなくなった。

 

 

「うん………。分かった。レムも辛そうだもんな。頑張る、って。そう決めたもんな」

 

 

握られた手を離し、テンはレムの体を優しく抱きしめる。切なそうに喘ぐ彼女の額を右肩に埋め、後頭部を抱きしめる以上に優しく撫でた。

 

そうすると、されると、両者ともに溢れる愛があった。止まらない感情があった。

 

 

「あい、してますぅ………」

 

「愛してるよ、レム」

 

 

真横にあるテンの頬に頬ずりし、レムは幸福一色に染め上げられる。自分の意識が沈みつつあることに心の中で残念がりながら、彼女はやっとテンがその気になってくれたことに、愛が止まらない。

 

 止まらなくて、そのまま————、

 

 

「……………………え?」

 

 

覚悟を決めて今から事に及ぶ。さて、初めはどうしようか。なんてことを考え始めたところで、テンはレムの様子がおかしいことに気づく。予兆もなく彼女の体が脱力し、手足から力が消えた。

 

別の意味で硬直したテン。状況の把握を済ませる彼はしばらく黙っていると、聞こえてきたのはレムの寝息。

 

何かがおかしい。テンは顔を僅かに傾けると、

 

 

「……まじか、この子」

 

 

見えたのはレムの寝顔だった。

 

いつもよりも幸せそうな顔で眠る、見知った顔つき。大好きな人の体の中で、再び眠りについた様子。

 

あれだけ誘っておきながら、最後の最後で力尽きたらしい。声が弱々しくなっていくことが気になっていなかったわけではないが、まさかこういうことだったとは。

 

 つまり、

 

 

「ほんとは酔ってたのか」

 

 

酔ったフリをしていたのではなく、酔っているのに酔っていないフリしていたわけか。つまり前半のレムが今現在のレムの本来の姿で、後半のレムが嘘の姿ということ。

 

完成度、高すぎだろう。普通に酔っていないとばかり思っていた。それとも、単に疲れて寝てしまっただけか。なんにしても、レムが寝てしまった事に変わりはない。

 

 実に、ありがちなオチ。

 

 

「ここにきてテンプレとか。ふ、ふぅ、ふざけんじゃねぇ。寸止めとか……生殺しすぎんだよ」

 

 

胸の中に溜まっていた感情を空気として吐き出し、テンは上昇した体温を冷却。ボソッと呟いた声には欲情の証が込められていた。

 

その気だった。その気にさせられた。彼女のことを満足させるために色々と頑張ろうと覚悟したところであった。

 

なのに、それなのに。レムは寝てしまった。別に、彼女を責めるつもりなど微塵もないけれど。眠りに落ちた彼女と違い、テンは荒ぶる感情を静める必要があるのだ。

 

 いっそ、襲ってしまおうか。

 

 

 ーー相手を第一に考えるんだよぉ。

 

 

「これは、どっちだよ。ロズワール」

 

 

レムとエミリアを連れて食堂から出るときに揶揄われた言葉を思い出し、テンは答えが返ってこない疑問を投げかける。

 

レムのことを第一に考えて襲うべきなのか。あるいは、襲わないべきなのか。今のが彼女の本音であることに変わりはないだろうから前者だと思うが、安眠を邪魔してまで襲ってもいいのだろうか。

 

でも、レムの目は本気だった。ちゃんと青色の瞳にピンク色のハートマークが浮かび上がっていた。もう少し意識が続けば大人の階段をまた一歩、登っていたはずだ。

 

もし、そうなら。自分とレムは今頃————。

 

 

「ダメだダメだダメだ。考えるだけ無駄だ」

 

 

妄想逞しいテンが絵面を想像、間近で寝ているレムの淫らな姿を思い浮かべてしまうと本当に襲ってしまいたくなる。

 

断ち切ろう。レムは寝てしまった。なら、今日はそれまで。この続きはまたの機会にでも。依然として本能は暴れ散らかしているけど、目を瞑っていれば静まることだってある。

 

そうであると、テンは決めつけた。

 

 

「鬼の夜って、どれくらい続くんだろう……」

 

 

さっきまでの欲情をバッサリ切り捨て、テンは不意に生じた疑問に意識を向ける。

 

彼女の体力的に一回では済ましてくれなさそうな予感がして、鬼族の精力というのはどれほどのものなのかと。

 

レムのことだ。絶対に暴走する。一回や二回じゃ止まってくれず、夜が明けるまで濃密に濃密を重ねたような絡まれ方をされ、最終的に搾り取られる未来がテンには視えた。

 

 

「………知識。ハヤトに教わっとこ」

 

 

眠りについてもなお甘えてくるレムの体を抱き、テンは目を瞑る。性知識にとことん疎いから、経験豊富な親友の知恵を頼ろうと密かに決めて。

 

 

そうして、特別な夜は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 






色々と詰め込みすぎた今回のお話、どうでしたか?

最後の方はちょっとだけ大人な描写がありましたが、大丈夫なことを祈ってます。引っかかったらどうしよう。まぁ、そうなったら察してください。

ハヤトは既に卒業済みですが、テンはまだ卒業してません。

……え?「卒業とはなんのことか」って?

それはもちろんどu
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。