少しこの物語の終わりを考えてみたところ、というか、書き溜めを数えたところ軽く50話を超えるという驚愕の事実が発覚しました。原作開始前に50話超えるって、なんなんでしょうね。
「早く原作に入れや!」と思っている読者の方へ。この小説はこんな感じでゆる〜くの〜んびりとやってくので、原作突入を待っているのだとしたら。2、3ヶ月後にまた私の小説に暇をつぶしに来てくださいね。
「それでもいいよ」と思っている読者の方へ。リゼロにしてはゆるすぎる展開がこれからも続きますが、気長にシリアス展開をお待ちいただければと思います。
100話以内には終わらせたいなぁ……(遠い目)
基本的にテンが目を覚ます時は一瞬だ。音もなく瞼が開かれて、視界に入る情報を頭の中に数秒かけてインプットしていく。
一番初めに視界に入ってきたのは窓の外の景色。太陽は完全に地平線の下へと沈み、夜の訪れをより一層引き立て、月が顔を覗かせつつあった。
それ即ち、時間の経過を意味する。
「やべっ、寝てた」
ガバッと布団から飛び起き、自分の失態に焦りを抱く。眠気を振り解くテンは寝る前と今の光景を比較して大凡の時間を把握。そして、ベッドに寝転がった所からの記憶がないことを理解した。
つまり、寝落ちてしまっていたという事だ。
極度に疲れていたから仕方ない、だなんて言葉で許せる事ではない。自分の体調管理もできないようでは使用人なんて務まるわけもなく。
睡魔に勝てなかった情けない自分を咎めるテンは急いで準備をしようとしてーー、
「おはようございます、テン君」
不意に背中にかかる声に反射的に振り返れば、そこには椅子に座ってこちらを見ながら微笑んでいるレムの姿があった。
意識が落ちる前には居なかった存在だ。起こしに来てくれたのだろうか。もしかして寝過ごした自分を叱りにきたのか。
そんなことを思うテンは背筋を大きく伸ばして曲がった背中を整え、椅子にかけた上着を着ようと椅子を探して。その椅子はレムが今まさに使っているものだと知った。
それに、机の上にいつもレムが紅茶を淹れて持ってくるティーセットが置いてあった。部屋の明かりも朧げだが点灯している。
なぜ? どうして? そんな疑問が頭の中に瞬時に浮かんできたが。今はそんなこと言ってる場合ではないと判断したテンは「ごめんね」と謝りながら、
「少し休憩するだけだったのに。寝落ちしてた。えっと……、今って何時?」
「今は、冥日の六時を少し過ぎました。大丈夫ですよ。今はまだご夕飯の支度には少し早い時間ですから」
テンの心配事を見透かしたレム。その彼女の腕の中には、テンが探していた上着が抱えられていた。畳んだ覚えはないが、きっとレムが丁寧に畳んでくれたのだろうか。
見事に自分の心配事を見抜いたレムに対するテンの反応は、何度か言葉を言いかけていたがそれらを飲み込むように息を吐くこと。
分かりやすい態度をした自覚はあるが、こうも簡単に見抜かれてはテンの面目丸潰れである。
尤も、守る名誉なんてカケラもないが。しかし、色々と女性に見透かされるのは男性として情けない部分があるというかなんというか。
そんなことを考えた微妙な表情のテンに、レムは寝台に腰掛けるように指示。意味が分からないので聞き返しても「座ってください」の一点張り。
不思議に思いつつも、言われるがままに寝台に腰掛けるテン。そんな彼に満足そうに笑みを浮かべるレムは、「失礼しますね」と椅子からテンの隣へと腰掛けた。
「レム……、どうしたの?」
行動の意味が理解できないテンは先程から置いてけぼりだ。しかしレムは彼の名前を一度呼ぶと、彼のことを一直線に見つめた。
「テン君は少し休んだ方がいいと思います。とは言いません。ですが、せめて休憩くらいはちゃんと取って下さい」
「えっと。つまり?」
「テン君が夜遅くまで鍛錬をしているのはレムも知っています。それに、テン君の様子を見れば睡眠時間が足りないことも」
テンの言葉を一切聞かないレムが自分の言葉を彼にかけ続ける。視線は一切外さず、彼の瞳を覗き込むように目を合わせ、本気で心配していることを分からせるために真摯に向き合う。
これまで彼と過ごしてきて分かったこと。彼は自分に向けられる労いの言葉や心配の言葉を真面目に受け取らない。「そうねー」と考える素振りを見せてながらも、適当に受け流す悪い人だ。
レムもそれは良くないと考えているし、今もそうされると心がチクっとするから。こうして自分以外に意識を向けさせないようにした。
現に、たじろぎながらもテンはいつものような受け流し方はしていない。というか、どちらかというと困惑しているように見える。
「いいですか、テン君。自分の体調管理能力は使用人として大切なことなんです。それをできなければ使用人以前の問題ですよ」
「はい、そうですね」
真隣、肩と肩が当たる距離。というか当たってる距離でテンはレムに叱られる。この屋敷に住み着いてから早十日が経ったが、そこまで距離を詰めたとは思ってないテンからすればさぞ幸せかと思うことか。
だが実際のところ、レムの針のある言葉が心に突き刺さりまくってそれどころではない。グサグサと言葉の刃でめった斬りにされる。
優しそうな見た目をしてレムは厳しいのだ。それはもう容赦のない方の厳しさ。なんでも受け流すテンも苦笑いするしか対処法を思いつかない。
「確かに、テン君はロズワール様に強くなることを条件にお屋敷に住まわせてもらっています。ですからレムは鍛錬自体を咎めたりしません。問題はテン君がそれを超過し過ぎていることです」
靴を脱ぎ、寝台に足を乗せ、身体を回すレムはテンと向き合うと、目線でテンにもそれを指示。暗示されたように靴を脱いでテンもレムに正座して向き合う。
完全にお叱りモードのレムにテンはなす術がない。段々と体が精神的に小さくなっていくテンに息を溢す彼女は、
「お聞きします。最近のテン君は何時就寝、何時起床ですか? ーー嘘は、ダメですからね?」
首を軽く傾けてニコッと笑うレム。表情こそ可愛らしい笑みだが、今のテンには鬼の笑みにしか見えなかった。嘘をついたらどうなるか分からない。本能的にそれを察した。
「…この三日間は、だいたい夜中の三時頃に布団に入って。朝方五時に起きてます」
「それが、テン君には睡眠と言えるんですか?」
「あいや、でも」
「言えるんですか?」
僅かな反抗。しかしそれも、身体を近づけてきたレムが人一人分の距離だった感覚を、ゼロまで詰めたことで、更に言葉の上から自分の言葉を上乗せしたことで完封される。
物理的にも精神的にも完敗したテン。彼は至近距離にまで迫られたレムに、身体を少しだけ後ろに倒して両手を上げる。降参の構え。
「いいえ、言えません。ただの仮眠です」
「そうですよね。理解していながらもやめるつもりはないんですよね。テン君は」
「あの…、なにか怒ってる?」
いつにも増して言葉に針のあるレム。表情こそはいつものような平常心だが、彼女を取り巻く空気と言えばいいのか、雰囲気がピリついているのだ。
顔色を伺うテンにレムは「いいえ」と繋げて、
「怒っているわけではありません。ただ、自分の体調管理もできないような使用人として情けないテン君にレムが教育係として指導をしてるんです」
それを世間一般では"怒ってる"と言うんですよレムさん、とは口が裂けても言えないテンは淡々とした声で発せられる言葉の羅列に硬く口を閉じる。
至近距離で伝えられるから、意識を逸らそうとしてもそれに張り付いて逸らせない。気圧されて身体を後ろに倒した分だけレムが身体を前に倒してくる。完全に萎縮させられた。
「ですから、睡眠時間はちゃんと取ってください。その状態では、鍛錬をしても内容の薄いものになってしまいますよ?」
「……でも、俺はもっと頑張らないといけない。ただでさえダメなのに。今よりも怠けたら俺は、ハヤトに追いつけなくなる」
「それでもです。きちんとした睡眠をとって身体を休めてください。無茶するテン君のことを否定はしません。でも、無理だけはしないでください」
お願いします。と短いながらも内容の濃いお叱りタイムを区切るレムが、テンのことを心配するような声を小さく溢した。それまでの針のある声とはまた違う、今のは明らかに彼のことを思っての。
もっと強くならねばならない、知っている。
ハヤトに追いつかなきゃいけない、よく分かる。
自分なんか、でも頑張るしかない、理解できる。
彼の苦しみがレムには何となく分かる。けれど、無理をしている姿を見ていると心が締め付けられてしまう。
だから、
「疲れた時は、お仕事の合間に仮眠を取ってください。最近のテン君は、お仕事が早く終わることも多いそうですし。ご夕飯の支度の前にこうしてお休みになられて下さい」
「そんなの、起きれるわけない」
「でしたら、レムが起こしに行きます」
事実を口に出したテンに、予想外な返答を返してきたレム。言われたことに思考の停止を許したテンは腑抜けた声がその次に口から溢れる。
「ーーぇ?」
「お休みになられる前に一声かけてくだされば、レムがテン君を起こします。それならテン君も安心して寝れますよね」
若干レムの声色が高くなっていることに気づかないテンは、動き出した思考で言われたことを数秒間かけて理解。しかし、意味が分からない。
レムが自分の事を起こしにくる。
ーーなんでそうなるんだ?
理解しても尚、理解できないレムの提案に目を点にするテン。そんな彼に対するレムの反応はとても優しげなものだった。
「一時間でも、三十分でもいいです。ご自身の身体を休める時間を少しでも作ってください。その為なら、レムも微弱ながらお力添えをしますよ」
レムが確かな笑みを刻んで、彼に安心させるような。そんな言葉を告げる。それはテンが今初めて見た笑顔だった。
これまでにも何度か微笑する姿は見てきたが、こうしてきちんと笑顔と表現できる顔を見せてくれたのは初めてのこと。
それに、彼女の様子がいつもとは少し違う。何か自分に対しての接し方が緩い気がする。何が彼女にそうさせているのかは不明だが。
自分のパーソナルスペースに少しずつ足を踏み入られているような不思議な感覚だった。寄り添うように、包み込まれるように。
ーーあ、これはヤバい。
そう思った途端。熱が首筋から顔まで一気に登り、口の中がからからに乾きだす。頬がじんわりと熱を帯び始め、柄にもなく自分が彼女に見惚れていることを自覚した。その感情も。
ダメだ、それは良くない、と。心の端っこにある甘い感情が膨張するのを無理やり押さえつけたテンが眼前にいるレムから視線を逸らす。ーーきっと、逸らしたのはレムからだけではない。
「い、いいよ。そんなの悪いし」
「レムが大丈夫と言ってるんです。テン君が気にする必要はありませんよ」
「だって、別に俺なんかのーー」
「テン君」
言葉を絞り出して否定するテンにレムは手を伸ばす。頬に触れた手の平が視線を背けた彼の顔を自分の方へと向け直し、彼女は声にならない声を溢す彼に微笑み、
「これはレムの提案ですよ。どうして、レムに悪いと思うんですか?」
「ーーーっ」
ハッとした様子で目を開き、息を吸ったテンがその行動でレムの言いたいことを理解したと告げる。何か言いかけた吸息音は、しかし言葉には繋がらなかった。
他でもない自分自身が大丈夫なのだからと。彼の身体を休ませようとするレムは、
「次からはレムに一声、掛けてくださいね」
疲れて倒れそうなテンのことを労る。勝手に話を進めているようにも見えるけれど、レムの提案を受けるか否かは両者の間で既にはっきりしているようで。
それに対してテンは言葉を生まず、ただ無言で深く頷くことを返しとした。
▲▽▲▽▲▽▲
「よーし。今日も今日とて鍛錬、鍛錬」
「おうよ! 俺も今日から魔法の練習に励めるぜ」
時間は進んで仕事があらかた終わった頃。二人は魔法の鍛錬をするべく制服から倉庫で物色した服に着替えて庭園へと足を運んでいた。
時刻としては冥日の九時を半分過ぎた頃。仕事を終わらせてから着替えたり休憩したりする時間を含めると、基本的にこの時間帯から自由時間。
ここから先は自分の好きなように過ごしてもいい時間となる。
テンからすればこれが初めてではないため、夜にランニングする気分で臨むのだが。ハヤトからすれば異世界に来て初めて鍛錬らしいことをするため、テンションが上がっていた。
腕をブンブン回して「やってやるぜー!」と静かな夜とは対照的にうるさいハヤト。相変わらずどんな時でもテンションが高い彼に苦情が来ないか懸念されるが。
「んじゃ、俺は俺の空間でやるから。お前もどっかに居るであろうエミリアを邪魔しないところで静かにやるんだよ」
「おう。お前も頑張れよ」
拳を突き出したテンに慣れた動作で自分の拳を合わせるハヤトがニカッと笑う。本当ならテンと一緒にやりたいところだが、本人が嫌がっているのだから強制はしない。
しかし、どうして嫌がっているのか不明だ。集中したいという事だと思うが。それ以外に言えない理由でもあるのかどうなのか。
拳を合わせたことを終わりに、テンはいつもの場所へと歩いて行った。一体どこで鍛錬しているのか気になるところ。しかし、追いかけると本気でイヤそうな目をされそうだからやめることに。
「……さて。俺もやるか」
遠くなっていくテンの後ろ姿を見送るハヤトは、腰に硬く結んだ黒帯を一度解く。そうして気合を入れ直すためにもう一度硬く結んだ。
何の意味もない動作。しかし、ハヤトとしてはこの動作一つで何でもやれそうな気分になることができる。この姿はハヤトにとってそういうもの。
前の世界、空手において黒帯まで登り詰めたハヤト。しかしこの世界に連れて来られた事でその道を強制的に閉ざされ残念な気持ちで一杯だったが。こうして似たような服装になれると知った時は心の中では飛び上がりそうなくらい嬉しかった。
さらに、黒い帯まであるとなれば全盛期ハヤトの爆誕。こっちに空手の文化があるかは不明だが、このお陰で自分は空手の魂を形として表現することができるのだ。
「空手に大剣に魔法。やれることが沢山あるってのは良いもんだな。これからもっと頑張って全部自分のモノにしてみせる」
自分に備わっている武道の心得にプラスしてこの世界で培う我流としての剣術と、宮廷筆頭魔導師直々に指導される魔法。これらを使いこなせることができればそれはかなりの武器になるのでは。
そう考えるハヤトはより一層興奮する。まだアマチュアな自分だけど今日から毎日修行すればいつかはそれが実を結び、自分に返ってくるはずだ。
だから今は精進あるのみ。自分にやれる事と直向きに取り組むだけ。
「うし。この辺でいいか」
庭園を歩き回り、いい感じの場所を見つけたハヤトがドカっとそこに座り込む。木々などが植えられていない開けた場所。屋敷への入り口が見える大して離れてない場所だ。
そこなら鍛錬が終わった後直ぐに屋敷に入ることができる、疲れても問題なし。気合を入れて魔法の鍛錬へと臨むハヤトは、漸く本格的な魔法の鍛錬を始めた。
「まずはゲートからマナを取り出すことに慣れることからだよな。と言っても何をどうすればいいのか全く分からんが」
胡座をかいたハヤトが、腕を組んで首を傾ける。どのようにしてそれに慣れるための練習をすればいいのか明確な方法が分からず、開始五秒も経たないうちに表情が曇った。
できればそれも兼ねてテンと一緒に鍛錬したかった。彼は独自のやり方でそれを習得していたから参考にさせてもらおうと思っていたのだが。生憎と彼はここにいない。
なら、どうするか。ロズワールは、魔法は想像力が大切だと言っていた。現に岩の棘を想像すれば可愛いサイズのものが出てきたから。ならばそれと同じ要領でやればいいのか。
「……んん」
意識を手の平に集中させる。鍛錬にスイッチを切り替えたハヤトの頭の中は、それ以外何も考えないように。
想像するは火球。前回は手の平が熱くなるだけで終わってしまったけれど。今回はそこに大きな火の玉を出現させる。小さのではダメだ、どうせやるなら目標は大きく高く、険しく。
壁というのは高ければ高いほど登り甲斐があり、乗り越えた時に気持ちいのだから。
そうやって、頭の中で想像が確立したら後は詠唱するだけ。そうすればこの世界の摂理に従ってマナが引き出され、想像は具現化する。
その詠唱一つで、
「ゴーア!」
ふん! と必要のない力を全身に込めて突き出した右手の平。そこに火球が出現した。大きさとしては手の平サイズの小さなもの。
赤く燃え上がる火球。ハヤトの想像力を以てして現出された、攻撃魔法とも言い難い攻撃魔法となる魔法だ。
「よし! でき……あ」
目の前に出てきた火球にテンションが上がるハヤト。割とすんなりできて嬉しがる彼だったが。そうやって集中していた手の平から意識を外した途端、風に攫われるように火球が消えていった。
当たり前か。魔法に慣れてない彼は意識を集中させなければ、魔法など発動できるわけもなく。それが乱れれば簡単に消え去る。
時間を用いて現出させた火球が一瞬で消え去るのを前にしたハヤト。喜んだのも束の間の出来事に苦笑い。しかし彼はめげない。
「ま、まぁここからってやつよ! 次は意識をもっと集中させてだな!」
どうしてダメだったのか。理由を考えて、次に繋げるのがハヤト。たかだか一回失敗しただけで挫ける彼ではなかった。
▲▽▲▽▲▽▲
「よしよし。順調」
鍛錬四日目にしてマナをゲートから取り出すことに関してはある程度の慣れが見え始めたテンが、その証拠となる光景に安心げに頷く。
たった数日間しか鍛錬してないけれど、毎日約四時間半みっちりやった結果だ。時間の短さをその濃密さで補う彼が掴みかけている魔法の習得。
座禅の姿勢のテンの正面。そこには十センチ程の氷柱が三本浮遊していた。本来ならばそれらは敵対するものへと容赦なしに放たれるが、今は使用者にしたがって停滞を保っている。
「集中」
声に出し、自分の心を落ち着かせる。ゲートからマナを取り出す事には大体慣れた。なら次は、魔法を行使した状態をできるだけ長く維持するようになれること。
最終的な目標は無意識下でも詠唱しただけでマナをゲートから取り出せるようになることだ。もしくは、詠唱をする=マナを取り出すことに思考と肉体を繋げること。
どちらも今の自分には十歩先の目標。けれど、周りの人はこれを平然と熟しているからできなければならない。
「今のところは三つが限界か」
額から流れる汗を気にしつつ、四つ目の氷柱を作ろうとしたテンが停滞していた氷柱の僅かな揺れを確認し、その動作を中断。どうやら今の自分はこれが精一杯らしい。
まだアマチュアレベルのテンには氷柱を五本作ることも叶わない。三本作るのがやっとで。そこから先は不安定になる。
これを良しと捉えるべきか悪しと捉えるべきか。
「…うん、良しと捉えよう。まだ始めてから一週間も経ってないんだから。成長の兆しが見えないのも当然。地道にコツコツと頑張ろう」
焦る自分の心に語りかけるテンがそうやって頷く。氷柱もそれに合わせるように少し傾くものだから変におかしくなって笑みを溢した。
まだまだここから。自分は走り始めたばかりだ。すぐに結果が出なくてもめげない、諦めないで。いつかは必ず努力は応えてくれると信じて今やれることを頑張っていくのみ。
▲▽▲▽▲▽▲
どれだけ時間が経ったか。分からないけれど明日のことも考えてそろそろ切り上げる事にしたハヤトは立ち上がる。途切れ途切れになる呼吸を整える彼は、そうして夜の鍛錬を終わらせた。
感覚的には三時間ほど。始めたのが九時半頃だとして、今の時刻は十二時を半分過ぎた頃だろうか。完全に日を跨いでしまっているけれど、この時間帯に切り上げればきっと問題はないはず。
「ふぃ……。疲れた疲れた。短い時間だがその分集中できるな。感覚も掴めてきたし」
屋敷の入り口へと向かうハヤトが肩を鳴らしながら軽く反省会。結果として意識を集中させれば魔法を使えるところまでは感覚として掴めてきた。
詠唱をすれば火球も手の平に現出、更に一センチ程の長さしかなかった岩の棘はハヤトの下半身程度の物を現出させることができた。
開始一日目とは思えない上達ぶりを見せるハヤト。やはり彼は感覚さえ覚えてしまえば後は体が勝手に反応してくれる本能的に動く人間だった。
尤も、意識を集中させることを前提としたことだから。まだまだ発展途上と言える。
「あー、ねむ。本当ならもっとやりたいところだが。これ以上やると絶対に起きれないからな」
テンに追いつくために、追い越すために。今以上にもっと努力したいハヤトだが。残念な事に彼には使用人としての仕事が待っているのだ。だから日を跨いだ後は続けることは叶わない。
テンに起こしてもらっているから毎朝起きれているものの。彼がいなければ毎日寝坊する自信のあるハヤト。そんな彼が夜遅くまで鍛錬した翌日に、起きれるわけがない。
同じくテンも、そのはずなのだが。
「アイツ、マジで頭イカれてんな。夜中まで鍛錬してなんで朝五に起きれんだよ。生活リズム狂いすぎだろ」
屋敷へと入るハヤトが、色と色の濃さで時間帯を表す魔刻結晶を見れば、それは無色に近い緑色をしていた。確か緑色は陽日零時から六時を意味する風の刻とか言ってたから、今はちょうど深夜零時ということになる。
自分の感覚が間違ってなかったと思うと同時に、今もなおどこかで鍛錬をしているであろうテンの壊れ具合をハヤトは理解した。
「この疲労を耐えながらの鍛錬。仕事がなけりゃ俺もやれるが。今は、それはちょっとな」
たった三時間の鍛錬だが濃密なものとなった為、ハヤトの身にかかる疲労は無視できるものではない。
実際に魔法の鍛錬をして、初めて挑戦することに体が追いつけてない感覚もする。不慣れな事に取り組んで肉体的にも精神的にも疲労が蓄積しているのも分かる。
それはテンとて同じだ。身体が慣れてきた彼の方がそれは少ないかもだが、夜中まで続けることが出来るほどの疲労ではないだろう。そんな中で、続けているのだから。
「ふわ……。ダメだ、俺はもう寝よう」
大きなあくびを一つ。疲労に重なる眠気がハヤトの精神を布団へと誘い始めた。疲れた人間はそれに抗うことなど不可能である。昼間に大剣を振り、夜は魔法。心身ともに疲労する彼はテンより一足先に寝ることに。
その前に風呂だ、風呂。と、ハヤトはそのまま風呂へと向かっていった。
▲▽▲▽▲▽▲
ハヤトが夢の世界を彷徨っている中。彼だけではなく屋敷の全員が眠っている時間帯にテンの鍛錬は終わりとなる。
時刻としては深夜二時。屋敷の灯りも殆どが落ちている暗闇に支配された空間が広がり、今は、庭園も静寂に包まれて夜も深まってきたことを語っていた。そこを一人で歩くのは中々に勇気がいる。
尤も、テンの場合は眠気と疲労感のせいで恐怖の一つもない。
ヘトヘトになり、重たくなった体を引きずる感覚で歩くテン。力の入ってない両腕は一歩踏み出す度に右に左に揺られていた。疲労困憊、その言葉が一番彼の様子を表すのに適していると言える。
誰もが一眼見ただけで極限まで疲れていることが簡単に分かるくらいに彼は疲れている。それだけ鍛錬に力を入れている証拠だが、見ている方も辛くなってくるレベル。
「つか…れた」
今にも倒れそうな声のテンが、フラフラのヨレヨレの状態で屋敷の中へと入る。基本的に鍛錬の直後はいつもこんな感じだ。
限界ギリギリまでマナを使用し、魔法に慣れることに躊躇がない彼は自分が無茶を通り越して無理をしていることに気付かない。結果として今のような形が完成する。
それが四日も続けば彼の身体に何かしらの異常が見られてきてもおかしくはない。
「……し、しぬぅ」
数分かけて自室へと辿り着いたテンが扉を開き、倒れ込むように布団へとダイブ。その瞬間から彼の意識は遠のきつつあった。
不本意だが今日は仮眠を取ったから余裕だろうと思っていたけれど、そうでもなかったらしく。疲労の蓄積する彼の身体は寝ることを強くお勧めしていた。
これから風呂に入って着替えなければならないのに。それすらもできそうにない。布団にだってちゃんと入らないと風邪を引いてしまう。
ーーやべ、レムに言われたこと忘れてた。
夕方に言われたことだ。無理をするな、無理をするならちゃんと休めと。数時間前に叱られたことを数時間後には忘れ、それだけでなく破るという本人にバレたらどうなることか。
しかし、そう考えている暇も今のテンにはない。
なぜなら、
「ーーーー」
すでに、テンは寝ていた。翌日に降りかかる受難のことなどそっちのけで、彼は深い眠りについていた。
一日に二度、布団に落ちて秒で眠りについたテン。今の彼は数時間に待つ、レムのお説教のことなど知るはずもない。
前書きが長くなってしまったので後書きは短く、一言だけ。
一度でいいので、アラームではなくレムさんに朝起こされてみたいです(切実)