親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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これまで書けなかったのが嘘のように書けてびっくり。小説を書く楽しさってやつを久々に感じたような気がします。

なんとなく感覚も取り戻せたような気もするので、本編の方も少しずつ書き進められたらなと思ってます。期待はしないでください。





雷の鳴る夜に②

 

 

 

目と鼻の先にいるエミリアの発言を聞き届けた瞬間、テンの心臓が戦慄に飛び上がった。血の気が一気に引き、穏やかだった感情の海が瞬く間に荒波の立つ大しけへと変貌を遂げた。

 

それが好きな人に対して提案することか、おい。いや、まるで恋心を理解していない彼女にそれを説いたところで無意味かもしれないな。

 

この提案は恐らく、特大の信頼の証。不安な夜を一人で乗り切れないから、一番頼りになる存在に助けを求めているだけに違いない。

 

なんてことを即座に考え、テンは目だけを動かしてレムを見る——無感情で空虚な蒼天の双眸にガン見されていることに気づき、緊張感が最大レベルに引き上げられて、

 

 

「寝るというのはぁ、具体的にはぁ、どーいった形でぇ……?」

 

 

動揺が態度に色濃く浮き出るテンの言葉は、やけにスローテンポ。当たり前だ、エミリアの提案とレムの感情制御、二つを並行して処理しなければならなくなったのだから。

 

どこぞの戦場カメラマンを彷彿とさせる話し方にエミリアは「んーと」と、内に秘める興奮を隠せない様子で、

 

 

「この部屋の寝台だと一緒に寝るには狭いと思うの。だから客室のを使えばいいんじゃないかなって。ほら、あそこの寝台って無駄に大きいでしょう?」

 

「同じお布団の中で、一緒に寝ると?」

 

「それがダメなら同じお部屋で寝るのでもいいわ。とにかく、テンと一緒のお部屋で寝たいの」

 

 

「ダメ?」と、真っ直ぐテンの目を見つめ、エミリアは前のめりになる。かなりの無理難題を押し付けている横暴なお姫様は、そう語る自分の頰が赤みを帯びていることに気づいているだろうか。

 

邪な感情がある目には見えない。というか、エミリアが自分に対してそんな感情を抱くわけがないから、百パーセント『怖い』という感情で作られた提案なのだろう。

 

理解(わか)る、容易に想像できる。発案された経緯も、なんとなく光景として思い浮かぶ。

 

布団の中で雷鳴に戦々恐々し、震えながらも頑張って寝ようとしたが寝れず。最後は精神的に耐えきれずにこの部屋へ——多分、こんな感じ。

 

 

「俺と一緒に寝たい理由って、一人だと不安だからとか?」

 

「ん。テンと一緒にいると、とっても安心できるから。それならこの夜もぐっすり寝れ、ひゃん!?」

 

 

素直になったエミリアの口から本音が崩れてくるが、それを雷鳴が遮った。枕を強く抱きしめて縮こまる彼女を横目に、テンも音に引き寄せられて窓の方向に目をやる。

 

可愛い悲鳴を上げたエミリアは「うぅ……」と紫紺の瞳を半泣きに潤ませ、布団をばんっと叩いてテンの意識を引っ張り寄せると、

 

 

「だからお願い! 今夜だけ、今夜だけでいいの! 嵐が過ぎるまで一緒に寝て!」

 

「当然、却下です」

 

「どーして!?」

 

 

情に訴えかけて懇願するエミリアを無慈悲に断ち切ったのはテン——ではなくレムだ。「んー」と喉を低く鳴らして思案するテンの優しさもろとも切り、完全に遮断する。

 

予想外の却下に声を荒げ、却下の主であるレムに詰め寄るエミリア。鬼気迫る表情の彼女に、レムは毅然とした態度を崩さぬまま、

 

 

「テンくんと一緒に寝るのはレムの特権だからです。例えエミリア様であったとしてもそれは譲れません。絶対に」

 

「特、権? テンと一緒に寝れるのはレムだけってこと?」

 

「はい。なにか問題ありますか?」

 

 

さも、それが当然であるように語るレムに、エミリアは呆然として言葉を失った。が、時間の停止も数秒のことで、すぐ意識に感情が舞い戻ると、はっとして首を横にぶんぶん振り、

 

 

「そんなの良くない!」

 

「なにが良くないのですか? レムはエミリア様が夜更かしするこの状況の方が良くないと思いますけど」

 

「それは……。とにかく、良くないものは良くない! もしそれが特権だとしても、レムだけの特権にしちゃダメよ! ダメに違いないわ!」

 

「なぜですか?」

 

「どーしても! ダメなものはダメ!」

 

 

稚拙な理由を殴りつけ、特権争いにムキになるエミリア。銀髪がばさばさと靡くほど強く首を横に振る彼女に対し、レムは至極落ち着き払った表情——その裏側に絶対に譲らないという意志が感じられる。

 

立場的にレムはエミリアの要望を聞き届けなければならないし、この対応は不手際として罰せられる対象。しかしそれは、二人が『使用人』と『王選候補者』という肩書きを背負っている場合の話。

 

ここにいる二人は、奇しくも同じ青年に恋をした、ごく普通の女の子。恋心を前に身分の差など障害にはならず、お陰で彼女らの視線の間でチリチリと火花が散り始めた。

 

などと現状を客観視して羞恥し、心の中で自爆するテン。額に手を当てて力無く首を横に振る彼は困り果て、

 

 

「どーしてそーなるかなぁ」

 

「テンはどう思う? 別にいいでしょ?」

「いけませんよね、テンくん」

 

「俺にその判断を迫るか……」

 

 

くたっと背もたれに寄りかかり、テンは両手をだらりとぶら下げて天井を仰ぐ。たった二言で争いの中心に引き摺り込まれ、誰か助けてくれと神様に願った。

 

片や心酔されている少女。

片や無自覚に心酔されている少女。

 

添い寝特権争奪戦の結論を彼女らに迫られ、正反対の意見を持つ両者から期待の眼差しを情熱的に向けられるという、なんとも贅沢な絵面。

 

これで頭を悩ませられるのがどれほど甘美なことか、手一杯のテンが自覚することはない。残念なことに彼は今、究極の二択に思考がショートしかけているところだ。

 

 

「とはいえ、エミリアを夜更かしさせるわけにもいかないしなぁ。冥日十時も過ぎてるし、これ以上の夜更かしは明日に響く」

 

「そうよ、本当ならとっくに寝てる時間だもの。このままずっと起きてたら明日の朝パックに怒られちゃう。……テンが」

 

「なんで俺なんだよ」

 

「私が寝れなかったらテンのせいにするって言っちゃったから」

 

「責任転嫁にもほどがある」

 

 

夜十時以降に起きていることが夜更かしと判断されるエミリアの幼さはさておき、色々な意味で深刻な事態であることに変わりはない。

 

湯気を吹いて強制シャットダウンしたがる思考を爆速で再起動し、テンは考える。妥協案、二人が納得できるような、間を取るような妥協案を早急に発案することが今の自分がやるべきことだ。

 

とにかく、自分と一緒の空間で寝ることさえできればエミリアの要望は通る。そして、自分とエミリアが一緒に寝ている感が薄い寝方ができればレムの心も静まるはず。

 

同じ布団の中で寝ること。それがレムの中での一緒に寝ることだと思うから。妥協案はそこから引っ張り出せばいい。

 

 となれば、

 

 

「分かった。俺が床で寝るから二人が寝台で——」

 

「ダメ!」

「ダメです」

 

「えぇ……」

 

 

個人的に名案だったものを二人揃って全否定され、いよいよ投げやりになりつつあるテンの背筋が折れ曲がる。首ががくりと折れ、真っ白に燃え尽きそうな体勢になった。

 

変なところで意見が合った二人は顔を見合わせ、無言のやり取り。沈黙の間にどういった言葉が交わされたのか、次、顔を上げたテンが見たのは両者が可愛らしく睨み合う光景である。

 

 

 ーーこれは……、俺一人じゃ無理だ

 

 

理解したテンの行動は早い。膝を手で叩き、胡座を崩して椅子から立ち上がる。

 

突然のそれに二人の視線を受けながら扉に向かい、取手に手をかけて振り向いて、

 

 

「ちょっと待ってて。アイツら呼んでくるから。二人はこの部屋にいて。喧嘩しちゃダメだからね」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

自室もとい戦場から逃げるように飛び出たテン。一刻も早くこの状況をなんとかせねばと考えた結果、彼は頼れる友人二人に助けを求めた。

 

一人はハヤト。部屋の扉を開けたとき、なにやら探し物の最中だった彼を問答無用で連れ出した。

 

一人はラム。部屋の扉を開けたとき、寝る直前だった彼女もまた問答無用で連れ出した。

 

二人を連れて戦場へと戻り、元から居る二人を交えて状況を説明。現状に至る経緯と、この場に招いた理由を細かく説明すれば、

 

 

「なるほどな。だから俺とラムが呼ばれたわけか。血相抱えてやがるからなにかと思ったぞ」

 

「はっ。所詮、テンテンはテンテンでしかなかったわけね。日々精進していてもなんの進歩もない、それどころか退化してそうな気配だわ。情けない。少しでも心配したラムがバカだった」

 

 

テンに「非常事態である」とだけ告げられ、無理やり連れて来られた二人の表情の変わりようは悲劇的なものだった。

 

切羽詰まったテンの様子からただならぬ気配を察知したが、部屋に来てみればこの有様。蓋を開ければいつもの光景が広がっており、テンの情けなさにため息が出る。

 

ほっとしたような、呆れたようなハヤト。

就寝を邪魔されてとても不機嫌なラム。

 

それでも話に参加する慈悲はあるらしい。捨て犬のような目で助けを乞うテンを見捨てる挙動は見せなかった。

 

渋々といった様子でラムは寝台に腰掛けてレムの隣に、ハヤトはエミリアの目の前にある椅子に、各々が各々の場所に腰を下ろした。

 

 下ろした、瞬間、

 

 

「姉様姉様、聞いてください。エミリア様がテンくんと一緒に寝たいと仰っているんです。恋人であるレムを差し置いて、ですよ。きっとエミリア様は発言の良し悪しの区別もつかないほど雷に怯えているだけだと思うのですが———」

 

「聞いてハヤト。レムがね、テンと一緒に寝ていいのは自分だけだって言って聞かないの。でもそれって、すごーく良くないことだと思うの。だってそーでしょう? なにかを独り占めすることって他のみんなが困っちゃうことで、それがなにかじゃなくて誰かだったらもっと困っちゃう———」

 

 

開始したのはレムとエミリアによる大演説。極めて狭い範囲で個人を対象に開かれたそれが、ラムとハヤトに猛烈に浴びせられた。

 

レムはラムに、エミリアはハヤトに、近い相手に饒舌に己の意見を並べる彼女らは自分の理解者を確保しようと必死に——否、思ってることを口にして発散しているだけである。

 

衝撃波でも放たれそうな勢いのそれに真顔のラムとハヤト。いっそこのまま語らせて疲れさせ、寝させてしまおうかとすら考えれそうな彼らは、床に胡座をかいて座るテンを冷めた目で見下ろし、

 

 

「ーーーー」

「ーーーー」

 

「なにその目。やめて。俺に意見を求めないで。今の俺にこの危機的状況を打破できる力があると思うの?」

 

「無ぇ」

「無い」

 

「そこまで即答しなくてもいいじゃん。俺これでも精一杯頑張ってんだよ!」

 

「面倒くせぇ野郎だな。肯定してほしいのか否定してほしいのかどっちかにしろよ」

「ラムの睡眠を妨害しておいてなんたる言い草。切り刻んでやろうかしら」

 

 

「そこにちょうどいい短刀もあることだし」と、辛辣さが普段の三割増しのラムの目が机に置かれた刃に向く。鋭い目つきで言われると冗談に聞こえず、テンの姿勢が胡座から正座に変わった。

 

背筋を一直線に伸ばしたそれを謝罪の意と受け取り、ラムは未だ「姉様姉様」と主張する妹の熱のある演説を意識の半分に置き、

 

 

「相談に乗ってあげるとは言ったけど、痴情のもつれに巻き込まれるとは思わなかったわ。見てる分には面白いし、テンテンが勝手に疲れるだけだから構わないけど」

 

「それが友人のすることか」

 

「友人だからこそよ。突き放すラムの優しさにも気づけないとか、また鈍感クズ野郎に戻ったのね」

 

「胸に刺さります……ッ!」

 

 

三割り増しどころか九割増しにもなってそうな毒舌に心を切り刻まれ、切れ味のあるブラックジョークにテンの体が崩れ落ちる。

 

心臓に手を当て、額を地に打ち付けるテン。苛々を発散するラムは「はっ」とお馴染みの嘲笑を吐き捨てた。項垂れるテンの横、エミリアの演説を片耳で聞くハヤトは「くはっ」と同じく嘲笑し、

 

 

「だから俺は言ったぜ、ラム。コイツにゃ女二人を抱えんのは無理だってな。論より証拠ってやつだ」

 

「今は、の話でしょう。移ろう大局を長い目で見守ると言ったはずよ。この論争、脳筋に勝ち目はないから挑むだけ無駄だと思うけど」

 

「痛い、胸が痛い……。痛いです」

 

「ふざけてないでテンテンは早く起き上がりなさい。本気で切り刻むわよ」

 

 

靴を脱ぎ、つま先で頭を小突いてくるラムに言われ、テンは疲れた顔をしながら起き上がる。今の発言に込められた彼女の期待に気づき、さっと気持ちを切り替えた。

 

親友として、テンがレムとエミリアの二人から好意を寄せられる状況をよく思わないハヤトもまた、ラムに視線で宥められて口を閉じる。やはり不満そうではあるが。

 

 

「聞いていますか、姉様!?」

 

「聞いてるの、ハヤト!?」

 

 

そんな風に三人で一幕していると、蚊帳の外だったレムとエミリアが割り込む。真面目に取り合っていないと思い、思い思いの相手に声を荒げて怒った。

 

傾聴を頼み、返事を待つ少女二人の演説が一時的に途切れ、部屋に流れるのは静寂。大嵐の騒音が喧しい中、ハヤトは「あのよぉ」と手を叩いて視線を集め、

 

 

「そこの三人で寝りゃいいんじゃねぇの? 女性陣三人で仲良く並んでよ。適当な部屋に敷布団でも敷いて。敷布団……どっかにあったよな?」

 

 

寝台に横並びで腰掛ける女性陣、一人一人を順番に指差して示し、ハヤトは腕を組む。途端、ラムが苦虫を噛み潰したような顰めっ面を見せるが、怖いので気づかないふり。

 

話を聞いた限り、エミリアは一人だと怖いからテンと寝たいだけであって、別にテン単体と寝たいわけではないと思う。

 

彼女が感じている怖さを解消できれば、万事解決なのだ。その一番の解決方法がテンと寝ることなら、二番の解決方法を作ってそっちを選ばせてやればいい。

 

ハヤトの意図を理解したテンも「ああ、なるほど」と頭上で電球を光らせ、

 

 

「エミリアを真ん中にして、左右をレムとラムで固める陣形ってことか」

 

「そうだ。それならエミリアも心細くねぇし、テンと寝る必要もなくなるってもんだ。な? そうだろエミ」

 

「テンと一緒がいい」

 

「子どもか!?」

 

 

説得虚しく二番目の選択肢が砕け散る音を聞き、ハヤトが椅子から盛大に転げ落ちる。

 

横に倒れるハヤトを見下ろすエミリアの瞳、その中では意志の炎がメラメラと燃え猛っていて、テンが「だめだぁ」とへにゃへにゃな声で嘆息。

 

断固として譲る気はなく、この状態に入ったエミリアは基本的に折れないことをハヤトは知っている。ならばとハヤトは次なる提案を頭の中で素早く組み立て、

 

 

「んじゃ、エミリアが寝落ちするまでなんかするか? だったら一緒に寝る問題も無くなるだろ」

 

「いけませんよ、ハヤト君。本来であればエミリア様は就寝している時間、これ以上は看過できません。早急にお部屋に帰っていただくべきです。レムがテンくんと過ごす時間を確保するためにも」

 

「それができてねぇから俺とラムが駆り出されたんじゃねぇか」

 

「だとしても、確かにこれ以上起きてるわけもいかない。明日のお勤めに支障をきたすようなことになれば使用人失格よ。なにより、ラムの睡眠時間が削れる」

 

「お前らが自分のことしか頭にないのは分かった」

 

 

心配する部分がズレてる双子姉妹の平常運転ぶりにため息をつき、ハヤトは床に座る。胡座をかき、その上で頬杖をつく。

 

全く同じ体勢のテンを見ると、こちらを見る彼と目が合い、

 

 

「なにかってなにすんの?」

 

「これから考えるところだった」

 

「じゃあ王様げーむ!」

 

「あんなデスゲーム二度とやってたまるか」

 

「またやろうね、って言ってなかったか?」

 

「知らない知らない」

 

 

知らぬ存ぜぬのテンが小蝿を払うように手を揺らして拒否。拒否通り越して拒絶とも受け取れる反応に提案主のエミリアは「えー」としょぼんとする。

 

なにかするにせよ、しないにせよ、また振り出しに戻ってしまった。

 

エミリアの寝る絶対条件が『テンと寝ること』であることが確定したせいで、思い浮かぶ案の全てが砕かれてしまう。あるとすれば、嵐がこの瞬間に消えてくれることを神に祈るくらい。

 

それ以上の案が考えられず、面倒に感じるハヤトはテンを見捨てて部屋から出てやろうかと思い———、

 

 

「——あ」

 

「なに? 名案でもひらめいた?」

 

「違う」

 

 

考えるうち、ハヤトは自分にはやるべきことがあったことを不意に思い出した。期待するテンを簡単に突っぱねて立ち上がると、

 

 

「悪ぃんだが、なんかするとしても俺はちょっと探し物があるから出ていいか?」

 

「は? 殴るけど」

 

 

慌てて立ち上がるテンに胸ぐらを掴まれ、ハヤトはマジトーンで脅迫される。八方塞がりで余裕のない表情を見るに、かなり一杯一杯なんだなとハヤトは思った。

 

胸ぐらを掴む手に「落ち着けや」と手を添え、ハヤトはキッと睨むテンの心に冷水を浴びせる。そのやりとりを見るエミリアに「探し物って?」と聞かれると、

 

 

「ナックルだよ。無意識にポンって置いて、そのまま放置しちまってんだと思う」

 

「戦う時に使ってるアレ?」

 

「そうだ、アレだ。いつもベルトのフックに引っ掛けてぶら下げてんの、知ってるよな?」

 

「いつでも臨戦態勢に入れるように、でしたよね。良い心がけです」

 

 

胸ぐらを掴む手が離されると右拳を握りしめ、ハヤトは誉めてくるレムに「だろ?」と自慢げに格闘の構え。

 

普段からナックルがぶら下がっている部分に左拳を置き、

 

 

「仕事中に紐が切れてフックから落ちたことは覚えてんだが、そこから先が思い出せねぇ。多分、ポケットに入らねぇからどっかに置いて、回収することもなく忘れて次の仕事場に行ったんだと思うが」

 

「まぁ、無意識に置いて無くすパターンはありがちだからねぇ。部屋は探したの?」

 

「お前に連れ出される直前まで、くまなくな。だから屋敷のどっか、今日俺が仕事した場所のどっかにあると思う」

 

 

「どこだっけかぁ」と頭を捻り、ハヤトは眉間に皺を寄せて目を瞑り、記憶を漁る。数秒考えても見当がつかず「まぁいいか」と閉じた目を開くと、

 

 

「つーわけで、愛武器を探しに屋敷を彷徨くから俺が手を貸せるのはここまでだ。悪いな、テン」

 

「せっかくならみんなで探しにいかない?」

 

「は?」

 

 

さっさと見切りをつけてこの場から離脱を図ろうとしたハヤトだが、その目論見はテンの一言によって阻まれた。

 

予想だにしない提案にポカンとし、ハヤトは「は?」の口のまま意味不明な提案を出したテンを凝視。他のメンツも理解が追いつかず、同様のリアクションを見せている。

 

反対にテンは晴々とした顔つきでハヤトに頷きかけ、同意を求めている。勿論、全員で探す必要などないのでハヤトは「いやいや」と首を横に振り、

 

 

「俺一人でいい」

 

「行こうよハヤト、みんなで」

 

「いやだから」

 

「行こう」

 

「い」

 

「行こう。っね?」

 

 

晴々な顔つき——その裏側に圧のようなものを感じさせる怖い笑顔を浮かべるテン。ハヤトは否定の一切を許さない彼に肩をガシッと掴まれ、ぐわんぐわん揺さぶられる。

 

なにかを訴えかけてくる目。焦燥感を見る者に感じさせる視線に射抜かれ、ハヤトは理解した。理解したのは彼の性格をよく理解しているからで、

 

 

「お前はとにかく、この空間から逃げたいんだな」

 

「分かってくれた?」

 

「………はぁ」

 

 

小声で意思疎通し合い、呆れて言葉もないハヤトが落胆の息をこぼして肩を落とす。一言二言言ってやりたい気分だが、この場で指摘しても仕方がないと込み上げる負感情を飲み込んだ。

 

それに、それしか方法がないと思えなくもない。レムとエミリア、真反対の意見が衝突し合った結果、行き詰まっているのだから。

 

決断を先送りにすることにもなるが、ここで言い合うよりは何倍もマシ。時間を稼いでいるうちに片方が心変わりするかもしれないし、名案が浮かぶ可能性だってある。

 

ハヤトは決めた。

 

 

「つーわけだが、お前らどうする? コイツは俺についてくるつもりらしいぞ」

 

「テンが行くなら私も行く」

 

「レムもお供します」

 

 

手首だけを曲げて小さくガッツポーズするテンを他所にハヤトが聞くと、当然とばかりにその答えが返ってくる。手を上げて名乗り出るエミリアと立ち上がるレム、二人の同伴が決まった。

 

早速動き出すテンがタンスを漁り始めたのを横目に、ハヤトは成り行きを見守っていたラムに人差し指を突き向け、

 

 

「お前も来い。ついでだ」

 

「なにがついでなのか分からないけれど……。いいわ。目も覚めてしまったし、これを寝坊の理由に明日の仕事を脳筋に押し付けるとするわ」

 

「本人の前で言うことじゃねぇよ」

 

「脳筋が誘った側で、ラムは誘いを受けた側。誘った人間としての責任くらいとりなさい」

 

「それ言ったら全責任はテンの背中に乗ってるようなもんだが」

 

「二人とも行くよー」

 

 

カンテラのような容器に白光りする魔鉱石を入れ、簡易的なライトを作るテン。部屋から出たい欲が行動スピードに直結する彼の催促に促され、二人は立ち上がる。

 

部屋の扉を開くテンの背を見ながら、ハヤトは眠たそうにあくびし、

 

 

「とっとと見つけて寝るとすっか」

 

「寝れたらの話だけど」

 

「意味分かんねぇよ。頭ぁ使って喋れ」

 

 

独り言を拾ったラムに肩をすくめ、不穏な気配が微かに漂ったのを本能的に理解しながら、のそのそと部屋を出たのだった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

部屋の扉を開け、廊下に出た五人を待ち受けていたのは、一筋の月光も差さない薄暗い空間だった。

 

普段は等間隔に配置された灯りがその空間を全体的に暖色に照らしているが、消灯時間を過ぎた今はそれらは寝静まっており、視界はほぼ真っ暗闇に支配されている。

 

時折、窓から入り込む雷鳴の閃光で瞬間的な明度は確保できるものの、却ってそれが空間全体の薄暗さを不気味に助長していた。

 

 

「予想はしてたが……。暗いな」

 

「当然よ。全ての魔法灯が消えているもの。この廊下だけじゃなく他の場所も真っ暗でしょうね」

 

 

怪談話に出てくる廃病院そのものな廊下——否、ロズワール邸にハヤトとラムが感想を共有し合う正面、一足先に廊下に出たテンが片手に持った灯りで前方を照らしている。

 

彼の持つ灯りで照らせる範囲は、せいぜい数メートル程度。足元や手元の危険を確認するには十分だが、遠くを照らす性能は著しく低い。正直、持っていても気休め程度にしかならない。

 

灯りの効果範囲外は言葉そのままの意味で『一寸先は闇』状態。閃光による演出を除けば、進路上は常時明度ゼロの深淵に閉ざされていた。

 

 

「うわぁ……。これ、かなり雰囲気ある。見慣れてる廊下なのに全く別物に見えてくる」

 

「ちょっと……ほんのちょっぴり怖いかも」

 

 

故郷でプレイしたことのある、悪霊が彷徨く廃病院を探索するホラゲーを彷彿とさせる不気味な空間を前に、表情が引き攣るテン。その右肩にそっと身を寄せ、エミリアは頰を強張らせる。

 

しれっとテンを盾にするエミリアを横目にレムは逆サイド、テンの左側を確保。壁端に設置された魔法灯を見ると、

 

 

「廊下の魔法灯の制御は全てロズワール様のお部屋で行われています。この時間ですと、既にご就寝なられているはずなので点灯は難しいですね」

 

「ってことは、探し物をするにはこの状態の廊下を歩いて進むことになるのか。花瓶とかに当たらねぇようにしないとな」

 

「気分は肝試しだ」

 

「暗闇に紛れてラムの体に触れたら殺すわよ」

 

 

僅かに顔を顰めて諦めるレムの判断にハヤトが息を吐いて気を引き締め、テンが口角を小さく釣り上げるとラムが男二人に軽口に近い警告を流す。

 

怖がってるのかは不明だが、余裕はある四人。が、会話に参加してこないエミリアはやや恐怖と緊張に呑まれ気味で、彼女の息遣いを耳元で聞かされるテンは首だけ振り返ると、

 

 

「一応聞くけど。部屋に残ってる?」

 

「んーん。一緒に行く」

 

 

テンの右肩をきゅっと掴み、エミリアは断固として首を横にする。雷鳴のせいで恐怖度メーターがぐんぐん上がっている彼女だが、一人になるのは嫌だと仕草で語った。

 

申し訳ないことをしちゃったかもしれないな、と。心の中で思うテン。余計に寝れなくなる可能性を危惧する彼は、しかし引き下がれないと割り切り、

 

 

「なら行こっか。ハヤト、灯り持って。お前が俺たちを心当たりのある場所に先導して」

 

「わーった」

 

 

左手に持った灯りをハヤトにバトンタッチし、前に出る彼と交代してテンは後ろへ。彼の両サイドにいる二人も釣られて下がると、代わりにラムが前に出る。

 

前をハヤトとラムが歩き、その後ろに他三人がくっつく形が完成すると、五人は歩き始めた。

 

 

「風呂場に行くから、まずは一階に降りるぞ。その後に食堂、厨房の順で回る。屋敷内で仕事したのはその三箇所だからな。そこに無きゃ、あとは外だが……」

 

「探すのは無理だろうね。この大嵐だし」

 

 

通り過ぎる窓に顔を向け、テンはあくびを噛み殺しながらポケットに手を突っ込む。釣られて他の面々も窓を見た。

 

依然として嵐は勢いを弱めることなく、強烈に吹き荒れる豪雨と強風、雷の三つの力を遺憾無く発揮し続けている。

 

全ての窓がガタガタと揺れる音が耳に止めどなく届き、廊下に雷鳴の閃光が不規則に飛び込む光景は、耐性の無い人間にとってはかなり酷だ。

 

 

「ひぅ……」

 

 

事実、エミリアは雷鳴が聞こえる度に小動物じみた動きで肩をピクつかせ、声にならない声を漏らしていた。

 

指が食い込むほど強く肩を掴まれ、痛みに耐えるテンがポケットに隠した拳を静かに握りしめているのも知らず。

 

 

「特別、大きい音が苦手なわけじゃないよな? 俺たちがロズワールと模擬戦してるときにこれ以上の爆音出てるけど、そこまで驚いてないしよ」

 

「それとこれとは話が別。よく分からないんだけど、雷だけはどーしても苦手な……、ひゃんっ!?」

 

「エミリア様の中に、雷に対して本能的に恐怖を感じるなにかがあるのかもしれませんね。幼くて可愛らしいと思います」

 

「揶揄わないでよぉ……」

 

 

揶揄うラムに噛みつこうとするエミリアだが、その声色は弱々しい。怒りよりも恐怖の方が勝り、部屋で力説していた時の彼女が彼方に消えた。

 

「うぅ」と唸り、テンの右肩を掴む指の力が緩む。テンがなにかと思って横目で確認する間も無く、その指が彼の右の二の腕あたりを掴んだ。

 

本気で怖いらしい。歩き始めてまだ五分も経っていないが、ここまで怖がられるとテンにも罪悪感が芽生えてくる。

 

 

「大丈夫だよエミリア。怖い怖い、って思ってるから怖いんだよ。怖くない、って思ってれば怖くない」

 

「精神論?」

 

「そ、精神論。心の問題は気持ちでなんとかする。俺はなんとかしてきたし、今もなんとかしてる」

 

「今も?」

 

「今も」

 

 

なにせ、右の二の腕を掴むエミリアを見たレムが左腕に絡みつく勢いで抱きついてきているのだから。自分の物と表現するためか、殺気立つレムから放たれる鬼の気配が意識を塗り潰そうとしてくる。

 

左右から美少女に挟まれる展開に違いはないけれど、状況が状況だけあって素直に喜べないのがテンの悲しい現状だ。もしこれで廊下が明るく、両者が互いの行動を目視できる状態であったなら。

 

 

「——なんかあれだな。この感じ、幽霊(ホロゥ)でも出てきそうな雰囲気満載だな」

 

 

考えたくもない絵面を想像しようとしたところで、冗談っぽい言い方でハヤトの口からそんな言葉が出る。

 

「ホロゥかぁ」と呟くテンに彼は少し声を大きくして、進行方向に灯りを翳すと、

 

 

「暗いと想像力が掻き立てられるから余計にそう思う。ほら、この廊下の奥とか。あの奥から足しかない人間のホロゥがゆっくり歩いてきてるとか、考えちまうよな」

 

「怖いからやめてくんない? 一度でも想像したら色々と連想しちゃうんだけど。あの窓からなんか出てくるとかさ、そこの扉が急に開くとかさ。背後とか気になってくるんだけど」

 

「口数多いな。ビビってんの?」

 

「普通に怖いでしょ」

 

「そこで張り合ってこないのがお前らしいな」

 

 

振り返り、薄ら笑いで煽ってくるハヤトには付き合わず、テンは恐怖心を素直に口にする。予想通りな彼の態度にハヤトは「つまんねーヤツ」と前を向き、

 

 

「でもお前、実際そこまでビビってねぇな? 本気でビビってる奴は呑気に喋ってねぇし。ビビってるっつーか、楽しんでるだろ」

 

「まぁ、怖いの好きだから。でも怖いのは本当だよ。ちなみに、ガチでビビったら俺は声が出なくなる。絶叫じゃなくて絶句するタイプ。だから、声が出てるうちはまだ余裕がある」

 

「なら今は余裕あんだな」

 

「一人じゃないから。ここ一人で歩け、って言われたちょっと嫌だけど」

 

「俺は平気だが」

 

「強気だねぇ」

 

 

いついかなるときでも、堂々とした態度を一貫するハヤト。彼の魅力であるそれは、こんなときでも鈍っていない。その空気に当てられるテンもまた平常運転。

 

まるで昼下がりの散歩のようなテンション感で、お化けトークに盛り上がる二人。話し出したらブレーキがかかるまで無限に話せる彼らは、そこで違和感に気づいた。

 

 それは、

 

 

「ラム? さっきから黙ってるが……どした?」

 

「二人もだよ。どーしたの?」

 

 

立ち止まった二人が、名前を呼んだ存在を見る。彼女らの表情には激しく動揺が走っていて、特にエミリアがひどい。

 

顔色を青白くしたエミリアは、テンの二の腕を握る細い指に力を込めると、額を彼の背中にこつんと当て、皺が寄るほど両目を力強く瞑っている。

 

レムは警戒した様子で廊下の奥を一点見つめしたまま固まり、ラムは纏う空気感が数秒前と比較して妙に張り詰めていた。

 

 

「テンテン、脳筋」

 

「はい」

 

「おう」

 

 

おかしな雰囲気を感じ取った二人に、ラムがゆっくりと口を開く。

 

横を向き、察し顔になる二人を視野内に入れると、心底ばつが悪そうな顔で「チッ」と舌打ちし、

 

 

「次ホロゥの話をしてくだらない妄想を口にしようものなら、そのときは二人まとめてホロゥにしてやるから覚悟なさい」

 

「やっべ。レムとラムがお化け苦手だったの完全に忘れてた。これはまずい」

 

「エミリアも苦手ときたか。こりゃ、面白いことになりそうだな」

 

「全然面白くないわよ!」

 

 

殺意を込めて睥睨するラムに苦笑した男二人に、涙目なエミリアの怒号が飛ぶ。雷鳴を掻き消すそれが、ロズワール邸に響き渡った。

 

 

 ——恐怖と緊張が渦巻く雷の夜は、まだ終わらない。

 

 

 






女性陣がお化け嫌いなのは短編集にて確認済みです。異世界版こっくりさんをやるお話があるんですよ。
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