親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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新章、開幕。

原作突入(プロローグが終わる)まであと少し。





1章 そして、物語の幕は上がった
癖のある来訪者


 

 

 

「準備してるだけ、ってのも暇だな」

 

「じゃあ、しりとりでもする?」

 

「いいぜ。しりとり……りんご」

 

 

布団の中で眠っていた人間たちに朝を告げた陽光が差し込み、世界が営みを開始しつつある時間帯。夜明けを通り過ぎた空は徐々に青みが掛かり、本日も洗濯日和な晴れ模様だ。

 

そんな世界に二人。たった今、屋敷の一室で『しりとり』を開始した男たちがいた。小鳥の囀りが開いた窓の外から心地よく流れ込んでくる部屋で、暇つぶしにくだらない遊びを始めた友人達がいた。

 

 

「ごま」

 

「まくら」

 

 

その男達——「ごま」と言ったのは、ぽかぽかした陽光を全身に浴びながら踏み台を活用して部屋の窓を拭くテン。それに続いて「まくら」と言ったのは、部屋に置かれたソファーの上に乗った埃を乾拭き雑巾で回収するハヤト。

 

その男二人が、別の部屋で双子姉妹が朝食の支度をする中、仕事中にしりとりを始めていた。

 

 

「ラップ」

 

「プリント」

 

 

場所は、ロズワール邸一階。玄関の大広間を左手に抜けた先にある応接室。中央に小さめの長机が一つ置かれ、机を間に挟んで対になるソファーが二つ。更には上座が一つと、部屋の構造としてはシンプル。

 

客人を屋敷に招いた時に使用される部屋だ。数週間前、酔い潰れたエミリアとレムに布団を占領されたテンが急遽として睡眠をとった部屋だが、本来は来訪した客人との話し合いの場として使用される。

 

 

「トップ」

 

「プリントアウト」

 

 

二人がこの部屋で掃除している理由は簡単。今から数時間後に来客があるからだ。今から約一ヶ月前に事態が起き、数日前に来日を伝えられて、色々と心構えをしてきた日がついにやってきた。

 

そこで、普段から掃除している部屋ではあるものの念のためということで、レムとラムに朝食の支度を任せたテンとハヤトの二人が話し合いの場として開かれる応接室を掃除している。

 

安静期間の一ヶ月が過ぎたことで使用人としての立場を取り返したテンも、今日からハヤトと同じように制服に身を包んでお仕事再開だ。

 

 

「トラップ」

 

「また『プ』かよ……。プ……プール!」

 

「ループ」

 

 

汚い部屋は見せられないとロズワールに言われてしまった二人。ならばここは一つ、鍛え上げられた掃除技術を披露したいところ——そんな気概で二人は部屋の掃除に取り組むのだ。

 

なんせ、本日やってくるのはエミリアと同じく王戦候補者の一人であるクルシュ・カルステンの従者であり、『青』として世界に名を馳せた世界で唯一と言っても過言でない治癒術師。

 

なるべく見栄えは良くしたい、というのがロズワールの心情だろうか。来客があるとなるといつものピエロもメイクを落として礼装に身を包むし、色々と面倒そうだ。

 

とは、今現在『プ』攻めに襲われるハヤトの感想。

 

 

「プ……プ……プラス!」

「スープ」

 

「プ攻めの鬼かテメェは」

「スリップもあるけど」

「もういい、やめた」

 

 

機械のような『プ』の猛攻に撃沈。あまりにも単調なやりとりしかできず、開始早々に飽きがやってきたハヤトが投げやりになると、十回程度しか続かなかった二人のしりとりは唐突に終わる。

 

淡々と窓を拭くテンの背中に怨念を込めてハヤトは視線を飛ばすも、テンはどこ吹く風。しりとり自体がどうでもよさそうな雰囲気は相変わらず掴みどころがなく、飄々としている。

 

 その後ろ姿が、どこかいつもより尖って見えるのは、気のせいだろうか。

 

 

「なぁ、テン」

 

 

 多分、気のせい。

 

そんな風に心に生じた気掛かりから目を離しながらハヤトはその背中に呼びかける。もし、気のせいでなかったとしても自分が変に触れることではないはずだと割り切って。

 

ああ見えて彼は、精神力が人並み外れている。何かあったとしても自分の中で完結することなど容易いはずだ。

 

それに、自分が気づいたとなればレムやラムも気づくはず。あの二人だってテンのことをよく見ているし、自分が下手に動かずともなんとかしてくれる。

 

敢えて触れないのも、親友としての優しさ。男というものは何かと抱え込みたがる面倒な生き物なのだから。残念なことにテンの場合、それを許さんとするレムやエミリアに容赦なく暴かれるのだが。

 

ともかく。名を呼ばれて「ん?」と作業の手は止めないまま低く喉を鳴らしたテンにハヤトは「あのよ」と彼もまた手を止めないまま、

 

 

「今日、屋敷に来るのってフェリスなんだよな?」

 

「そうね。フェリックス・アーガイルだね」

 

 

来訪数時間前になって来訪者の名前を確認。頭の上に疑問符を浮かべてきたハヤトに「コイツ、まさか忘れてたわけじゃないよな?」とテンは心の中で苦笑。今更すぎることを聞かれて若干驚いた。

 

因みに。フェリスとは、フェリックス・アーガイルの略称のようなもの。本人が周囲にそう呼ぶように言い回っていることから、その名が浸透しているとかいないとか。

 

 要するに、あだ名。

 

 

「それがどーかしたの?」

 

 

まさか、久しぶりに新しい原作の登場人物に出会うことができて嬉しい。などと子どもじみたことを言うのではなかろうか。否、流石のハヤトもそんなことは言わないだろう。

 

自分の中で勝手に完結したテン。この世界に来たばかりならばあり得たかもしれない予想を静かに立て、破壊した彼にハヤトは「ってことはよ!」と興奮した声色で、

 

 

「あの『剣鬼』ヴェルヘルムも来るってことだよな!?」

 

「ヴィルヘルムね。あと使用人らしく『様』付けろ。お前それ、今から気をつけないと本人の前でも出るからな。知らないぞ」

 

 

否定した予想が見事に的中したことに再び苦笑、色々と間違っていたことに更に苦笑。親友の雑なところは今日も今日とて現在なようで、「はぁ」と意識していなくともため息が漏れるテンである。

 

時間が少ない都合上、作業の手を止めるわけにもいかない彼は後ろを振り返らないが、それでもハヤトの表情を察せた。絶対に今、彼は好戦的な笑みを浮かべているに違いない。

 

強い人を前にすると戦いの血が騒ぐのだろう。ロズワールという格上にも程がある人外に挑み続けた副産物として、猛者に挑む心構えが完璧に整っている彼は基本的に怖いもの知らずだ。

 

数ヶ月前、使用人四人で王都に訪れた際に、『最優』の騎士ユリウス・ユークリウスに喧嘩を売ろうとしていたほどに。その次は『剣鬼』ときたか。じゃ、次は『剣聖』か。彼の死ぬ未来が視えた。

 

 というよりも、

 

 

「なに? もしかして、久々に原作の登場人物に会えてワクワクしてんの?」

 

「え? お前、してねぇの?」

 

 

さも当然のように言われたテンは「別に」とだけ。そんな塩対応に、そうであることが普通であるとばかりに興奮を表に出したハヤトが思わずといった具合で手を止めてテンを見ると、向こうは絶賛作業中。

 

一見してスカした態度。しかし、彼の場合は本当に興味がなさそうな雰囲気だった。割と楽しみにしていたハヤトと違い、「どうでもいい」という言葉が漂ってくる。

 

できれば、この感動をテンと共有したかったハヤト。噛み合うときは噛み合うのに、噛み合わない時は全く噛み合わない親友に彼は「だってよ」と白けた表情で、

 

 

「あの『剣鬼』に会えるんだぜ? 普通、興奮するだろ。同じく剣に人生を捧げた身として」

 

「人生を捧げた、なんて言えるほど捧げることができた覚えはないよ。剣を振り始めて半年も経ってない若造がなに言ってんの。つか、興奮て……ファンじゃあるまいし」

 

 

堂々とかっこいい言葉を言ってくれたハヤトにテンは冷たい。自信満々なハヤトと、そうでないテン。性格的に真反対な二人の意見が分かりやすく別の方向を向いているとハッキリした瞬間だった。

 

色々とあって成長したから少しは自分に自信を持ってくれたと思っていたが、自分のことを謙遜する癖は未だに残っているらしい。

 

思い出したかのように作業の手を再開させたハヤトは「前々から思うけどよ」とうんざりしたように、

 

 

「お前、少しは自分の努力に誇りを持った方がいいと俺は思うが? いつまでもそうやって謙遜してちゃ顔とか雰囲気に貫禄もつかねぇ。だから周りの人間から、弱そうだ、ってナメられるんだよ」

 

 

「シャキッとしろや。シャキッと」とハヤトは依然として背中を見せている男に喝を入れるが、テンの態度に変化が見られるような気配はしない。いつも通りの、のほののーんとした様子。

 

常にこんな感じだからテンは周りの人間からもナメられるのだとハヤトは思う。自分と同じく修羅場を潜ってきた猛者なのに、雰囲気が全くそぐわないせいで弱く見えてしまう。

 

体格的にも大柄なハヤトと隣に並ぶことが多いから尚更、そう見えるのだろう。ロズワールも「テン君はその気にならなぁーいと、外からだけじゃ秘めたる実力を見抜くのは難しいからねぇ」とか言っていたのをハヤトは記憶している。

 

要するに、その気になると一気に豹変するタイプ。実際に戦っている最中の彼と今の彼を比べると別人なのではないかと本気で疑うことが多々あるし、それはハヤトに限った話ではない。

 

尤も、実力云々以前に目つきが悪いから「近寄り難い」とは思われるが。悲しいことに「強そうな人」とは一欠片たりとも思われることはない。その気にならないと彼はただの一般人に化ける。

 

そんな一般人、テン。窓拭きを完了させた彼は踏み台から足を下ろすと「別にナメられたっていいじゃん」と軽く反論しながらバケツに汲んだ水の中に雑巾を投げ入れ、

 

 

「下手に実力が知られて警戒されるよりはマシだと思わない? 人間、自分より相手が弱いと知らないところで気を緩めてくれるもんだよ。緩む程度は人によって違うけど」

 

「それは男としてどうなのか」

 

「俺は気にしない。少なくとも、ナメられたとしても俺自身が弱くなるわけでもないしさ」

 

 

水に浸した雑巾を絞ると、テンは「でしょ?」と初めてハヤトに顔を向けた。うっすらと笑みを浮かべている感じからして本心なのだろう。

 

何度か死域に踏み込み、大量出血でベアトリスの力が無ければ死んでいた程の領域に足を踏み入れておきながら。一つでも適性があったら運がいい魔法と三属性も適性があり、ロズワールに「手強い」と言わせるほどの実力が有りながら。

 

しかし、それらの気配を全く感じさせない男。ハヤトが無意識的に外部に発している『猛者特有の覇気』を全く外側に露出させないお陰で、外見からでは実力の判断が意外と難しい男。

 

 それが、テンという男。

 

 

「果たして、ヴィルヘルムがそれを見抜けるかどうか。楽しみだな。お前、自覚してねぇと思うけど結構強いんだぜ? ロズワールに、強い、って言わせるんだしよ」

 

「死に物狂いで鍛錬してきた結果だね。そのせいで腕の骨とか折られたり、全身を風の刃で切り刻まれたり、火傷を負ったり、打撲の痣ができたり、火で炙られたり、溺れ死にさせかけられたりと。それはまぁ、地獄のような日々でしたけども」

 

 

「挙げ句の果てには、右目の下に傷跡ができたりしちゃってさ」なんてふざけた声でテンは語るが、その目は決して笑っていない。「あはは」と感情の入らない声で笑うと、唐突に空を仰ぐ。

 

過去の修羅場を回想する彼は今、鍛錬と称した公開処刑の時間でロズワールにサンドバッグにされた挙句、抵抗虚しく腕の骨を折られている自分を見ているところ。

 

あれは、痛いなんてものではない。そのような言葉で表現するものではない。激痛の絶叫を聞きつけたエミリアが凄まじい剣幕でロズワールに怒号を吐き散らしたくらいだ。

 

そんな、虐待として余裕で訴えれるような地獄の日々を毎日のように過ごし、今の今までハヤトと共に血反吐を吐きながらも乗り越えてきたと思うと不意に泣けてくるテンである。

 

 

「……まぁ、俺には猛者の気配とかそーゆーのは似合わないし。弱く見られるくらいがちょうどいいさ」

 

「そうかよ。なら、ナメてきた奴らを完膚なきまでにボッコボコにできるようにしないとな。お前なら余裕だろうが」

 

「君は、もっと平和的に物事を解決しようと思わないのかい? バーサーカー、って呼ぶぞ」

 

「それなら、ヘラクレス、って呼んでくれ」

 

「お前をあの、十回以上も復活できるバケモンと一緒にできるか。ファンに謝れ」

 

 

喧嘩を売られたら物理的にどうにかしてやろうと思うハヤトと、なるべくその場は穏便に済ませようとするところから始めるテン。

 

意見の食い違いが一つの会話の中で一度は発生する二人は、互いの意見を尊重し合えながら話せる関係性がゆえに、掃除中でも仲良しであった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「到着の時間まであと五分程度……。この五分が長く感じるのは俺だけか」

 

「お前だけだと思うよ。心を無にして、空を眺めてれば五分後なんてすぐにやってくる。因みに俺は、ぼーっとしてて一時間が経過したことが過去に何度かある」

 

「無言で空を仰いでいるかと思えば……そんなことに時間を浪費して何のためになるんだか。使用人たるもの、常に毅然とした態度で在りなさい。今から客人を相手にするのなら尚更。この先輩(ラム)を見習うことね」

 

「でも、そんなテンくんもレムは好きです。そうしてお空を眺めている横顔は世界で一番凛々しくて、レムは自分でも知らないうちに見惚れてしまいます」

 

 

早朝の静けさを抜けたロズワール邸。屋敷の住民が朝食を済まし、これから各々の活動を開始していく上で屋敷全体が徐々に活気付いていく今、その玄関前に使用人四人の声が楽しげに木霊する。

 

青空の下で、横一直線に並ぶいつもの四人だった。レムとラムの二人と、彼女たちを挟むような位置に立っているテンとハヤトの二人。玄関扉の前に立ち塞がるような構図は、来客を出迎える構図の他にない。

 

かれこれ十五分は背筋を伸ばして待機して疲れたハヤト。そんな彼を横目に無感情の無表情で空を仰ぐテンに、発言に対して「ハッ!」と嘲笑をブッ刺したラム。最後に、真横にいる愛する人に見惚れるレム。

 

来訪者が到着する時刻まであと五分。しかし、この四人は相変わらずだ。注がれる陽光よりもほのぼのとしている。

 

 

「でもまぁ、そろそろ、切り替えないとだよね。向こうって、もうメイザース領に入ってるだろうし。フェリックス様が乗ってる竜車がいつ見えてきてもおかしくないっしょ」

 

 

「服装、おかしくない?」と両手を横に広げて三人をテンは見る。一応、この場で待機する前に鏡の前で確認したけれど、最後にもう一度。

 

着用した使用人の制服に乱れがないか確認を乞う彼に返されたのは「おう」というハヤトの頷きと、「その腑抜けた面以外なら」というラムの罵倒と、「今日も素敵ですよ!」というレムの称賛。

 

誰も当てにならなかったテンだ。尤も、服装に乱れがあるとは誰も言わなかったから然程気にすることでもないのだろうと完結。「よし」と深呼吸を繰り返す彼は気持ちを作り始めた。

 

 

「確かに、テンくんの仰る通りです。もうすぐ大事なお客様がお見えになられるというのに、このような態度はいけませんね。メイドとして在るまじき姿です」

 

 

隣に立つテンが使用人の仮面を被り始めたことで、影響されるレムが会話の中で緩んだ心をさっと引き締める。同じく緩んだ頬を軽く手で叩き、「引き締まれー!」と合図を送った。

 

そうすると現れたのは整った面持ちから感情を消し、声からも温度が抜け切ったレム。四人で話している時は常に喜怒哀楽に富んでいる彼女も、それ以降は完全にお仕事モード。

 

その横では、テンも同じように無表情。何を考えているのか全く読み取らせてくれない『無』の状態。心の中を空っぽにしているのではとすら思えるそれは、三人も久しく見る。

 

数秒で外向きの仮面をつけた恋人二人。普段はイチャつくことが多い彼らも、流石に時と場合は弁えられるようで。気持ちを切り替えた様はいつもの甘々っぷりとは見違えるほどに静か。

 

 

「……俺も気持ち入れっかな」

 

「入れるまでもない。元から整ってる」

 

 

切り替えの速さは一級品な二人にハヤトとラムもまた触発される。「んー!」と背筋を伸ばすハヤトは折れた背筋を伸ばし、「ふぅ」と浅く息を吐くラムはそれ一つで己の空気を入れ替えた。

 

そうしてこちらの二人も外向きの仮面をつけると、使用人四人の間に流れる雰囲気が一時的に張り詰めたものに様変わり。

 

談笑モードからお仕事モードに切り替わり、客人を迎え入れる準備は十秒と経たずに整った。

 

 

「そういや、ロズワールの奴は居ないのか」

 

 

談笑の時間が終わって玄関前が急激に静まり返る中、ふと思ったようなハヤトが背にした扉を見ながら言う。ハヤト的には屋敷の主人としてこの場に赴くと思ったのだが、

 

 

「ロズワール様はエミリア様と応接室でお待ちになられているわ。準備があると仰られてね。ラム達使用人が出迎える手筈になっていると聞かされているし」

 

 

つまりは、向こう側も了承の上でロズワールは先に部屋で待機しているということになる。「ほーん」と適当に返事を返したハヤトもその程度の理解はできたらしい。首を縦に小さく振っていた。

 

出迎える程度のことに使用人が勢揃いする必要もあるだろうか、と思わなくもない。が、下手に口にすると「ロズワール様のご判断に不満でも?」とラムに睨まれる気がしたから口は閉じておく。

 

 

「いい、ハヤト。基本的に『様』は付けるんだよ。あと、敬語は忘れずにね。お前、その人が誰であろうとも気さくに接するところがあるから。お前の長所であり短所だから」

 

「わーってるよ。そんなに心配することか? なぁ、お前ら」

 

「心配することですね」

「心配することね」

 

 

正面、遥か先にあるロズワール邸の正門の奥を見ながらハヤトは問い。同じく視線を正門の奥に固定した双子姉妹に敵に回られると、一瞬にして二人を味方につけたテンは「ほんと、気をつけて」と正面を見据え、

 

 

「粗相のないようにね。そうやって問題が起きたら対応させられるの俺なんだし。突発的に動いたりしないで。『最優』の騎士に喧嘩を売ろうとした前例あんの、忘れんなよ」

 

「へいへい」

 

 

必要以上に畳み掛けてくるテンに珍しくハヤトが気押されした態度。変な行動をされないようにと勢いを殺された彼は風船が萎むような風に沈み、ウザったそうに口を尖らせる。

 

こうなるならハヤトは出迎え班に参加させなければいいのにとテンは思うも。しかし、使用人全員でと言ってきたのは他でもないロズワール。

 

主人からの指示となれば立場的に物申すわけにもいかず、このような構図に収まったのだ。

 

 と、

 

 

「——来た」

 

 

 一言。

 

テンがそう呟いたのと、他の三人が視界の中に米粒のような大きさの物体を捉えたのは同時。玄関の遥か直線上の先に鎮座するロズワール邸の正門、その更に奥の街道に一つの点が姿を見せた。

 

十中八九、目的地の人物を乗せた竜車だろう。姿を現したばかりの今では遠すぎて点としか認識できないが、こんな辺境の地に、それもロズワール邸に一直線に向かってくる存在など来客以外にない。

 

途端に黙る使用人四人。来るべきときが来たかと改めて気を引き締め、背筋を伸ばす彼らは私語を慎み始める。今から先は仕事なのだと。

 

そうしている間にも物体は徐々に屋敷へと近づき。姿を見せてから三十秒も経てば、点だった物体は輪郭がはっきりと捉えられるほどの距離にまで接近、その物体が竜車であることが分かった。

 

その御者がハヤトが語っていた人物であることも。

 

 

「『剣鬼』………か」

 

「どうかされましたか?」

 

 

視界に捉えた人物にその名が脳裏に過ぎり、意図せずに口に出したテン。独り言程度のそれをレムに拾われた彼は「なんでもない。気にしないで」とだけ。

 

そんな風に言葉を交わしていると、点にしか見えなかった竜車はその全貌が明らかになるまでに距離を詰め、ロズワール邸の正門を通り過ぎた頃には車輪が回る音も聞こえてきた。

 

そうなれば早い。緩い速度でこちらへと一直線に走る竜車は屋敷に近づくにつれて更に速度を落とし、使用人四人が待機する玄関前に到着する時には完全に停車する。

 

 そして、

 

 

「ご到着しましたぞ。フェリックス」

 

「はいはーい」

 

 

御者台から軽く飛び降りた老紳士な雰囲気を纏う御者がその名を呼ぶと、客車から聞こえてきたのは溌剌とした女性の声帯。緊張感を全く感じさせない声は、明らかに場慣れの気配を聞く者に思わせている。

 

しかし、その声はテンとハヤトの耳に入ってなどいない。無表情を顔面に貼り付ける二人は今、目の前に現れた老紳士の存在に心の内側で気圧されているところだ。

 

外側から見ればただの老紳士。が、縦一直線に伸びた背筋が本人の生き様を物語るような威厳を帯び、薄れることとは無縁の白髪を後ろに流した様が歴史を刻んだ顔面の厳つさを押し出している。

 

黒い正装では隠しきれぬガタイの良さも含めると、この人物がただの老紳士ではないことなど明らか。目の前に立たれただけで気の緩みが引き締められたのは初めての経験。

 

 

 ーーあ、この方やばい

 ーーコイツ、やべぇ奴だ

 

 

肌で感じ取ったテンとハヤトだった。

 

本能がこの老紳士に対して警戒心を剥き出しにし、その優雅な佇まいの裏に凄まじい圧迫感と並々ならぬ覇気を感覚的に察している。察せたのは、自分たちがそれを感じ取れる程に研磨されたからだろう。

 

ロズワールとはまた違った分類に属する格上の存在感。引き締めたはずの気が限界まで引き締められる感覚に小さく息を飲み、自分たちなど足元にも及ばない、否、比較するのも無礼に値すると心に宿る獣が理解した。

 

 ——これが『剣鬼』ヴィルヘルム。剣において至高の領域に到達した存在。

 

 

「ご準備の方は?」

 

「そんなの、ここにくる前からずーっとできてるよ。クルシュ様からお願いされたことなんだから、中途半端な気持ちでくるわけないじゃない」

 

「左様ですか。では、扉をお開けいたします」

 

 

客車の扉に手をかけた御者が搭乗する人間へ声をかけると、中からの声を受けて扉が静かに開かれる。その奥から姿を現したのは、脳裏に描いた通りの人物であった。

 

白いリボンで飾られた亜麻色のセミロングを揺らしながら客車からひょいと飛び降りたのは、全体的に線の細さが目立つ華奢な少女(少年)

 

声だけでその身に宿した愛嬌を猫ように振り撒いていると分かる存在の頭には、この世界では珍しくないネコミミ。纏う雰囲気と容姿がベストマッチしていると言ったら失礼だろうか。

 

 

「遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます。当家でメイドをしております、レムと申します」

 

「お客様、長旅お疲れ様でした。同じく、当家でメイドをしております、ラムと申します」

 

「当家で使用人として勤めております。ソラノ・テンと申します」

 

「同じく、使用人として勤めております。カンザキ・ハヤトと申します」

 

 

出会って一番の感傷はさておき。客人が来訪したことで先程までのゆるっとした雰囲気を捨て去った四人に乱れはなく、一糸乱れぬ整った動きで客人に対して腰を折る。

 

普段はほのぼのとしているが、シャキッとする時はシャキッとする四人だ。だらける場面とそうでない場面の区別をできない四人ではないし、目の前にいる相手がどれだけ偉い存在なのかも理解できる。

 

現に、四人に感情はない。自分達の態度がそのまま主の評価になるのだと肝に銘じた彼らは今、至極真面目だ。

 

 

「主が中でお待ちになられております。どうぞこちらへ」

 

 

姿勢を正したレムが玄関扉を開き、客人を屋敷の中へと案内する気配。温かみの欠片もない視線を向けられたネコミミは「ん」と耳を一瞬だけピクつかせると、

 

 

「じゃ、ちょこっと行ってくるネ。ヴィル爺」

 

「いってらっしゃいませ」

 

 

横に並ぶ老紳士に軽く手を振り、お辞儀で返されたネコミミは誘導に従って玄関前に数段ある階段を登り始める。

 

大事な話し合いを控えている様子とはとても思えない態度から察して、このような場は今までにも少なくなかったのだろう。彼の声を聞いた時と同じ感想がテンの中に芽生えた。

 

 と、

 

 

「ふぅーん。ソラノ・テン、ってことは、君が話に聞いたゲートの男の子なんだね。なるほどなるほど。そっかそっか。書いてあった通り、目の下に傷跡がある男の子だ………。傷の位置的に結構ギリッギリで避けたカンジ? 普通な形して実はヴィル爺みたいに修羅場を潜ってきたり?」

 

「えっと……まぁ、えぇ」

 

 

階段を登り切り、案内するレムの背を追いかける挙動を見せていたネコミミが不意にテンの前で足を止めると、好奇心に輝いた目を瞬きさせながら積極的な態度。問題の男の子ということもあって興味の矛先が向いた。

 

フレンドリーな接し方にテンは動揺を表に出すような真似はしない。心の中で「うわ……なんかきた」と嫌悪感が燃え盛っているが、初対面にはいつも通りの一歩引いた塩対応。

 

触診でもしてるのだろうか。「ふんふん。これはこれは」と、それっぽい言い方をしながら体を触られても無反応。色々と鍛えられた彼にそのような手はもう効かない。

 

 

「んーー、確かにゲートが普通じゃ考えられないくらいに傷ついちゃってる。どーやったらこんな風にボロボロになるのか……知りたい気もするし今すぐにでも治してあげたいけど、それはお話を片付けてからじゃないとだし。今は無理か……」

 

 

テンを触診するなり、治癒術師の顔を途端に見せるネコミミ。独り言を呟く彼は今のでテンの容体を把握したのか、なんらかの議論を自分の中で行うと数秒して自己完結。

 

触っただけ、その僅か数秒で全てを理解したような彼は見せていた真面目な顔を内側に引っ込め。代わりにあざとさが含まれた愛嬌のある少女の顔を引っ張り出すと、つまらなさそうに目を細める。

 

 

「なーんか、思ってたよりフツー。文字で読んだ限りだと印象深い男の子かと思ってたからハヤト(その子)がテン君だと思ってた。じゃ、また後でネ」

 

 

 と。

 

随分と失礼なことを捨て台詞としてその場に残し、愛人を馬鹿にされたことで身に纏う温度が絶対零度にまで下がったレムの背中を追かけていった。

 

この場に残る必要もないだろう。残った三人は去る前に「ヴィル爺」と呼ばれた老紳士に一度だけお辞儀すると、屋敷の中に入って行ったレムを追いかけるように扉を潜り、

 

 

「テンテンは玄関(ここ)で待ってなさい」

 

 

始めにハヤトが潜り、その次にラムが潜り。最後にテンが潜ろうとしたところで、寸前でラムに胸を優しく突き飛ばされる。

 

予想外な対応に目を丸くしてテンは「え?」と小首を傾げるが、突き飛ばしたラムは当然だとでも言いたげにテンのことを見つめ、

 

 

「下手に話に首を突っ込まれても困る。と、ロズワール様が懸念されていたから、テンテンは話し合いが終わるまで玄関前に締め出すことにしたのよ。悪く思わないでちょうだい。ラムは別に、悪く思ってないけど」

 

「締め出す、って。わしゃ犬か」

 

「そうね」

「違うよ」

 

 

軽快に軽口を挟みながら言葉を交わし合うが、ラムが扉から先に通してくれる気配はない。ロズワールの指示ともなれば、彼女が絶対に譲らないのは確定したようなもの。

 

差し詰め、今回の件について心の奥底では納得していない自分が話し合いを邪魔するとでも思ったのだろう。危険人物として見られて、事前に取り除ける問題はさっさと取り除いておこうとする魂胆が見え見えだ。

 

だから屋敷の外に締め出す、と。前々から決まっていたことなのだろうか、テンからすれば突然の行動に動揺してしまうのだが、やり取りを側で見ているハヤトに動揺の色は無い。

 

 要するに、

 

 

「またこのパターン? この前の宴会と同じで、また俺だけ何も聞かされてないやつ———」

 

 

愚痴は、最後まで言えなかった。

 

何を言ってもラムには無駄だったのだろう。愚痴すら言い切らせてもらえずにシャットアウト。

 

パタンと音を立てて扉が閉められてラムの姿が扉の奥に消えると、扉のつまみが回されて鍵がかけられる。

 

 

「……なにも、そこまですることないじゃん」

 

 

せめて話くらいは聞いてくれてもいいのに。扉の奥に人の気配が消えことからして、罪悪感の一つもないのだろう。まるで、締め出すことを作業のように終えられて不満に思わなくもない。

 

ため息。話し合いがどの程度で終わるのか検討がつかない以上、玄関前で待ってろと言いつけられた事を曖昧な時間もすらも分からないまま守り続けなければならず、

 

 

「随分と大変なようですな」

 

「あ………どうも」

 

 

玄関前に放置された挙句に『剣鬼』ヴィルヘルムと二人っきりにされた、扱われ方が雑なテンであった。

 

 

 






原作が目前に迫る今、原作主人公の扱いは未だに決められていない模様。原作主人公の扱い困る、ってどういうことですか。

テンとハヤトの二人を死に戻りに巻き込ませるか否とか、そういうレベルじゃなく。スバルを登場させるか否かで止まってるんですよね。

前提条件が定まっていないという。私としては出したいんですけど、そこからどう展開していくか、色々と思いつくせいで決められない……。


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