親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。何をよろしくお願いするのかは全く分かりませんが。

いよいよ、エミリア陣営以外の原作キャラとオリ主が絡みます。





剣鬼の勘

 

 

 

 ソラノ・テンという男は、沈黙が嫌いではない人間だ。

 

 

どこかの陽の民(ハヤト)と違って集団で過ごす時間を嫌う彼は好き好んでぼっちでいることが多く、基本的に人が集まるような場面でも隅っこの方でじっとしているか、少人数の中に紛れることしかせず。

 

人と話すことが苦手なわけではないものの、特に話すことがない場面では一言も話さない。彼は、友人と友人が話すのを隣で聞いているのが心地よいと思える系の人間なのだ。

 

加えて、彼は自分から知り合いを作ろうとする人間ではない。どこかの陽の民(ハヤト)のように、何かの席で「どうもー」と知らない人に話しかけにいくようなフレンドリーな人間ではない。

 

故に、彼は特に話す必要のない人間とは一言も話さないという欠点を持つ。一歩引いた態度で、塩対応とも受け取られる対応をするようにできてしまっている。

 

だから無心になって空を見上げるスキルを得たのかもしれないと、今この瞬間にテンは思う。ラムに屋敷から締め出され、玄関前の階段に座りながら空を仰ぐ今、沈黙しているのかもしれないと感じる。

 

 

「ーーーー」

 

「ーーーー」

 

 

 ——今、ロズワール邸の玄関前には不思議な光景が完成していた。

 

 

体育座りで階段に腰掛けるテンが顔から表情を消しながら無心になって青空を仰ぎ、彼の目の前に停車する竜車の前で背筋を伸ばして佇む老紳士が一人。

 

テンが締め出されてかれこれ五分は経過するが両者共に声を発する気配はなく、玄関前には異様な静けさが漂っている。時折聞こえる小鳥の囀りがやけにうるさい。

 

 というか、

 

 

 ーーめっちゃ見てくるんですけど

 

 

心頭滅却。心の中を空っぽにするテンが思わずといった具合で呟く。空っぽにしたはずの心の中で呟かれたそれはもちろんの如く、目の前にいる老紳士に対して向けられたもの。

 

ずっと、見てくるのだ。戦慄させられるほどの覇気がその身の内側に満ちている存在の目が、値踏みするような風にこちらを見てくる。五分前からずっと。一秒たりとも視線を外さずに。

 

流石のテンも無心になろうとしてもなれない。なろうとした瞬間に「俺から目を逸らすな」と言わんばかりの視線が空にするはずの心に雪崩れ込み、視界に映る老紳士が嫌でも意識下に居座る。

 

この状況、どうしたものか。否、テンにできることなど限られている。早く話し合いが終わることを祈り、時間が過ぎるの沈黙しながらを待つばかりだ。

 

 

「失礼ですが、少しばかりお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「はい。なんですか?」

 

 

 ーー無理でした

 

 

なんてことを思いながら投げかけられた言葉に対して反射的にテンは言葉を返す。時間が過ぎるのを沈黙しながら待つのは無理だったようで、今のやりとり一つだけで老紳士の領域に引きずれ込まれた。

 

沈黙を貫くのは流石に無理があったかと、己の中で残念がりながら立ち上がるテン。話しかけられたのなら仕方ない、使用人として恥のない態度を示す彼はひょいと階段を飛び降りると老紳士の正面に立つ。

 

座りながら話すのは失礼だと思った。だからといって真正面に立つのもどうかと思うが、立った瞬間から一歩も動けぬほどの『剣鬼』の圧を感じ取ったのだから仕方ないだろう。真正面で話すことに。

 

そんなテンに何を思ったか。老紳士は見据え続けた青年に対して不意に好戦的な笑みをうっすらと浮かべ、

 

 

「これは、老骨のつまらぬ戯言だと思っていただいて結構ですが」

 

 

全身が総毛立つ思いをしながらテンは「なんですか?」と一言。その笑みの意味を直感的に理解した彼は『剣鬼』という圧倒的な存在を相手にしながらも、しかし冷静だ。

 

表側では毅然。裏側では戦慄。何か、悪いことをしてしまったのではないかとすら考え始めてしまいそうなテンに老紳士は「そうですな……」と顎に軽く手を添えると鑑定するような目で見据え、

 

 

「私の勘が、貴方様はただの使用人ではないと告げている……と言ったところでしょうか。外側だけでは判断できない『なにか』をお持ちになられていると、長年の経験が私に判断させております」

 

 

 ーーマジか、この人

 

 

告げられた『剣鬼』の宣告にテンは戦慄。約五分間も値踏みの目が向けられていたとは知っていたが、まさかロズワールですら見破ることが難しいそれを見ただけで勘付かれるとは思わなかった。

 

別に自分の実力を隠しているわけではないし、意図的に周囲の人間に自分の実力を悟らせないようにしているわけでもない。ただ、実力を悟らせるようなモノが全く露出しない不思議な性質なだけ。

 

けど、ある一定の線を超えて実力をつけた存在——身近な存在で言えば、ハヤトが最近になって無意識的に放ち始めた『猛者特有の覇気』の一切が外側に露出しない自分のそれを、勘で見抜かれるとは。

 

 

 ーーこの人、怖い

 

 

「えっと……。だから、なんですか?」

 

 

久々に感じた、純粋な恐怖心。

 

相変わらず感じ続ける凄まじい圧迫感と並々ならぬ覇気を合わせて、魔女教徒と戦った夜を経験してなければ冗談抜きで声が震えてしまいそうな気がするテン。

 

おっかなびっくりし、けれど態度には意地でも出さない彼に老紳士は「いえ」と、浮かべた好戦的な笑みを崩さぬまま、

 

 

「なかなかに面白い方だと、思いまして」

 

「そこで面白いと言ってしまうあたり、貴方様もただの御者ではないと……ご自身でそう語っているようなものですが。正しいですか?」

 

「確認するまでもないでしょう。私が貴方様がただの使用人ではないと勘づいたように、貴方様も私がただの御者ではないと既にお気づきになられているはずだ」

 

 

 ーーこの人、マジでなんなんだよ

 

 

当然のようにこちらの心をドンピシャで当ててくる老紳士にテンは不覚にも喉が凍り、声が引き攣る。今のが意図的に言い当てたような様子なら動揺もしなかったかもしれないものの、残念なことにそうではないからこうなった。

 

眼前の老紳士は依然として優雅な佇まいを崩しておらず、テンの心を当てたことに対して特別感の一つもない。まるで、テンが自分の本質を見抜くと始めから分かっていたような口ぶり。

 

この老紳士に手の平の上で転がされている感覚がするテンだ。実力以前に人間としての格の違いをひしひしと感じ、抵抗する気が全く起きない。したところで無駄であると悟らされた。

 

 

「そうですか? 僕はただの使用人ですよ」

 

「なるほど。面白いことを仰る方だ」

 

 

抵抗する気は起きずとも、それでも幼稚な抵抗を見せるテン。やること成すこと全てが裏目に出てしまいそうな予感を頭の片隅で感じながらの抵抗に老紳士は愉快そうに笑うと、

 

 

「では、なぜ貴方様は先程からこの私——ただの御者を警戒なさっているのですか? 粗相を起こすつもりなど私にはないのですが………そう、牙を剥き出しにすることもない」

 

「深読み……。気のせいでは?」

 

「そうですかな?」

 

 

あくまで毅然とした態度を一貫するテンが小首を傾げて疑問符を頭の上に浮かべるが、老紳士は一歩たりとも引き下がろうとしない。テンの否定の悉くを刹那で否定し、真っ向から跳ね除ける。

 

決して、テンは己の感情を表情に出しているわけではない。どこかのハヤトと違って無感情の無表情な自分を作るのは慣れている方だ。ロズワールから「表情から感情が読めない」と偶に言われるほどに。

 

三歩先にいる『剣鬼』から大気を伝って波動のように伝わってくる戦慄してしまうほどの存在感に心に眠る獣が目を覚まし、唸り声を上げて警戒心()を剥き出しにしていても、態度には一つも出ていない。

 

 なのに、

 

 

「貴方様が私から何を感じ取ったのか定かではございませんが、そう気を張ることもないでしょう。今、私はただの御者なのですから」

 

「………なら、その好戦的な笑みをどうにかしてくれませんか」

 

 

完璧に胸の内を見透かされたことを確信し、テンは諦めて白旗を上げる。「ふぅ」と軽く脱力する彼は若干の疲労感を纏いながら肩を落とし、目の前の老紳士を僅かに睨みつけた。

 

あの『剣鬼』に好戦的な笑みを向けられたのだ。テンの背中にのしかかった圧は計り知れず、普段から相手をしているロズワール(人外)とは異なる別格の存在を前にした彼の疲労は必須。

 

平常心を保てただけでも百点満点。心の中で己を褒め称えるテンに老紳士は「ほほ」と小さく笑い、猛者特有の老練された余裕を醸し出しながら、

 

 

「申し訳ありませんが、それは難しい相談ですな。これは人生を剣に捧げてきた私の性分が故、久方ぶりに見た洗練された若者を目にすると反応してしまう部分がありまして」

 

「勘だけでよくそこまで昂れますね。これで的外れだったらどうするおつもりですか」

 

「それは考え難い。私の本質を悟れる時点で、この老骨の勘は半ば確定したようなものです」

 

 

そこまで織り込み済みであったとすれば、始めからテンはこの老紳士に全てを見透かされていたことになる。あの値踏みされていた五分という僅かな時間で、ソラノ・テンという男の本質は見抜かれていたのだ。

 

本当に恐ろしいとテンは思う。同時に、この人は本当に強い人なんだとも。涼しい顔でテンの否定を全て柔らかく弾いてしまうのだから、人生経験の濃さも厚さも薄いテンに太刀打ちできる相手ではない。

 

となると、テンができるのは素直に白旗を上げることだけだ。

 

 

「じゃあ……えっと……今更ですが、貴方様は一体どのようなお方で?」

 

 

話がひと段落した予感に、テンが今更すぎる問いかけ。社交辞令的な意味を込めた自己紹介を要求されると、老紳士は「名乗るのを忘れていましたな」と己を軽く咎めるように苦笑し、

 

 

「私はヴィルヘルム・トリアスと申します。カルステン家に仕え、お役目を頂いている身になりますかな」

 

「そうですか。王都からこんな辺境の地までご苦労様です」

 

 

特に深い意味のない適当な返事を返し、テンは長旅を労うつもりで頭を下げる。今更名前が明らかになったところで何かが変わるわけでもないし、大袈裟な反応をすることもないだろう。

 

側から見れば礼儀正しい態度に、ヴィルヘルムは「ほぅ」と興味深そうに喉を唸らせると、

 

 

「いささか、予想していた雰囲気と違う気はしますな。お話に聞いていたテン殿と、実際にこの目で確かめたテン殿のお姿に差が生じているようで、少々驚きました」

 

「フェリックス様と同じことを仰られますね。それは、僕に対する侮辱と捉えても?」

 

「誤解ですぞ。決して、そのような意味合いではごさいませぬ」

 

 

自分が馬鹿にされたとしても大きく反応を示さないテンが平然とした顔でヴィルヘルムに直球で問いただし。結論を急いだテンにヴィルヘルムは彼が口にした言葉に即座に否定を付け足すと、

 

 

「想像していた人物像よりも普通……と表現するべきでしょうか。私もフェリックスが話した通り、カンザキ・ハヤトと名乗った男がテン殿だと思っておりました」

 

「ふーん。そーなんですか」

 

 

一体、ロズワールはどんな内容の親書を出したのだろう。向こう側の意見がこうも一致されてしまうと途端に気になるテンだ。お陰様で両者ともに興味を持たれ、結果的に「普通だ」と言われる始末。

 

変な方向で期待されていたことも含め、後で絶対にロズワールを問い詰めてやると密かに決意したテン。彼は「なら」と人差し指をピンと立て、

 

 

「カンザキ・ハヤトの方はどうでしたか? ヴィルヘルム様から見て、あの人はどう見えました?」

 

 

自分の本質を見抜けたのならば、ハヤトの本質を見抜くことなど容易いだろう。最近になって猛者の気配を纏い始めたのなら尚更、ヴィルヘルムなら一目見ただけで理解することができるはずだ。

 

そんな意味合いを込めたテンの言葉に「ふむ」と口に手を当てながら考えるような素振りをヴィルヘルムは見せ、

 

 

「ハヤト殿は、テン殿よりも遥かに分かりやすかった。猛者が宿す独特の雰囲気が滲み出ていましたから。視界に捉えた瞬間に理解しましたな。尤も、少しばかり危なげのある雰囲気も込みですが」

 

 

「彼もまた、テン殿と同じく実力者なのでしょう」と。

 

またしても好戦的な笑みを浮かべるヴィルヘルムにテンは苦笑。ハヤトが働いているであろう屋敷を見据える『剣鬼』の眼光が途端に鋭利さを増し、不意にも背筋が凍りついた。

 

戦いに対する執着心が並のものではない。戦闘大好き人間なハヤトと同じ匂いがする。嗅覚を刺激するものではないそれは、知らぬ間に心に住み着いた獣が本能的に嗅ぎつけているものだろう。

 

やはりと言うべきか、流石の真反対。テンはその身に宿す実力を周囲に全く悟らせない性質であるなら、ハヤトは真逆。一瞬見ただけでその身に宿す実力をヴィルヘルムに悟らせる程の覇気を無意識に纏っているようで。

 

「その点、テン殿は真逆ですな」とヴィルヘルムは視線を屋敷からテンに移すと、

 

 

「テン殿からはそのようなモノの一切が感じ取れません。時間をかけて観察し、ようやく培った勘が悟る程度。テン殿を研ぎ澄まされた一つの刃だと断定するには、貫禄が欠落している」

 

「よく言われます。普段からほのぼのとしてるから弱そうに見える、って」

 

 

「別に強く見られたくもないので、構いませんけど」と。テンはそう呟くと感情の入らぬ表情で乾いた笑みを一つ溢す。死に物狂いで努力してきた自分のことを明らかに侮辱している羅列だが、テンの心は刹那たりとも震えない。

 

彼自身、その程度のことなどずっと前から把握している。ハヤトが強そうに見えて、テンが弱そうに見えるなどと言われることなど今に始まったことじゃない。

 

 前からそうだ。

 

 

「それでも、隠しきれない部分というものは静かに露出していますぞ。限りなく少人数にのみ見破られる決定的なモノが一つ」

 

 

 初耳。

 

基本的に自分なんて周りから「弱そうな奴(笑)」とでも思われるだけだと思っていたのに。どうやら違ったらしい。『剣鬼』を含めた少人数にしか見抜けぬモノが自分にはあるそうだ。

 

若干の興味を示すテン。剣一本で至高の領域に辿り着いた存在にしか分からないモノがあるのかもしれないと思う彼が「なんですか?」と聞き返せば、

 

 

「私はこれまでに数多の戦場を経験し、この身一つで命すら危うい死戦を幾度となく潜り抜けてきました。勿論、剣戟の鳴り止まぬ戦場で己よりも遥かに強者と剣を交えることも」

 

 

記憶を振り返るように空を仰ぐ『剣鬼』ヴィルヘルム。もはや、テンが自分のことを御者として扱っていないことに対して一言も否定しない彼は、むしろその事実を肯定するように剣に捧げた人生を語る。

 

なぜ、過去の話を語るのか。老人特有の「昔はーー」というやつなのだろうか。などと真面目な顔で結構な失礼を考えるテンに語り続けるヴィルヘルムは「そして」と息を継ぎ、

 

 

「その中で、それらの存在には共通していることがあると私は感覚的に気づきました。相手が洗練された猛者であると断定できるモノが、それらには必ず備わっていると」

 

「僕にもそれが有ると」

 

「勿論ですとも。私が剣を交えた強者よりは劣りますがな」

「当たり前ですよ。勝ってる方がありえません」

 

 

まだ剣を振り始めて半年も経っていない若造が『剣鬼』に猛者と言わしめる相手よりも勝っているなどありえない。自分が、一般量産型無双主人公でないことくらい理解している。それはハヤトの仕事だ。

 

ともかく。ヴィルヘルムが口にした軽めの辛口発言を刹那で肯定したテンは「それは、なんですか?」と小首を傾げ。誇りの欠片も感じられない様子にヴィルヘルムは僅かに眉間に皺を寄せながら、

 

 

「——目です」

 

「め?」

 

 

指摘されたことのなかった部位を指摘されておうむ返しなテン。その困惑気味な様子を見ながら「えぇ」とヴィルヘルムはテンの瞳を覗き込み、

 

 

「基本、猛者というものは生死の境目を彷徨うような命が懸かった戦いを数多く生き延びてきているもの。故に、切り抜けた戦場の数だけ目が変化するものです」

 

 

全てを分かったような風に語ってくれるヴィルヘルムだが、テンはいまいちピンときていない。確かに右目の下に傷跡は刻まれたものの、それ以外では特に自分の目が変わったようには見えていないからだ。

 

物理的なものではないだろうから尚更。しかし、『剣鬼』にしか分からないモノがあるのだろう。嘘を語っているようには見えず、己の中で納得した雰囲気を漂わせ始めた彼は「テン殿」とその名を呼び、

 

 

「貴方様は、これまでに相当の修羅場を潜り抜けてきたのではありませんか? それこそ、命すら危ういような……地獄と形容するにはもったいない死戦を。貴方様の目は、幾度となく死域から寸前で立ち返った目をしている。その若さで、実に珍しい」

 

 

言われて脳裏によぎるのはロズワールに半殺しにされ続けた地獄のような、否、ヴィルヘルムが語ったように地獄と形容するのがもったえない日々。

 

そして、レムとラムを守るために満身創痍の中で襲いくる魔女教徒と命を懸けて戦い、結果として死亡と同然の状態にまで追い込まれた悲劇も極まった夜。

 

目を見ただけでその経験を見抜くとは、この人は本当に化け物なんだとテンは不意にも思う。それだけの場数を踏んだことを意味するが、どれほどの熟練者でも何もしていない状態でその日々を当ててくるだろうか。

 

やはり『剣鬼』の異名は伊達じゃない。

 

 

「……さぁ? どうでしょうね。ご想像にお任せします。修羅場の基準がヴィルヘルム様と僕とでは違うかもしれませんから」

 

 

「それに」と。テンは感覚的に感じ取った人の気配にヴィルヘルムに合わせていた視線を玄関扉に飛ばしながら、

 

 

「僕は、そんな大層な人間じゃありませんよ。誰にもまともに勝てない弱い人です。ゲートがボロボロになるまで必死に戦って辛勝できる程度の雑魚ですよ。ハヤトの方が俺よりもずっと強い」

 

「ご謙遜を」

 

「事実です」

 

 

行き過ぎた過大評価にテンは淡々としている。自虐ネタが多めな自分を優しく包み込む老人の声を軽く突っぱね、彼は相手に向けたものではない嘲笑を浮かべた。

 

思えば、この世界に来てからまともに戦いを終わらせられた記憶がテンにはない。唯一あるとすれば使用人四人で王都に遊びに行ったとき、道中で賊に襲われて戦ったときくらいだろうか。

 

それ以外はロズワールに完膚なきまでに打ちのめされたり。魔獣の森に放り込まれてウルガルムと強制的に戦わせられたり。暴走したレムと戦わせられたり。魔女教徒と戦わせられたり。最後には、己よりも格上の存在と命の駆け引き。

 

もう少し、優しい相手と戦いたかったテンである。戦った存在の大半が言葉の通じない相手と、いつ思い出しても理不尽だ。そんなだから、戦いが終わる頃には決まって死にかけの状態。

 

一度でいいから、無事に勝ちたい。賊の時もハヤトのせいで腕の骨が折れたり、結局は散々な結果に落ち着いているのだから。

 

 

「ヴィルヘルム様。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

 

「この老骨に答えられることなら」

 

 

きっと、もう少しで話し合いをしていた人達が玄関扉から出てくる気がするテン。

 

人の気配を察知した扉から視線を外す彼は問いの許しを得ると、外した視線でヴィルヘルムの瞳を一直線に射抜き、

 

 

「どうしたら、俺は貴方様のように強くなれますか」

 

 

ひどく、純粋な声で問いかける。

 

邪念が一つも混じっていない声色はテンの真面目さを物語り、真剣そのものの顔つきで語る様からは雑念が全く感じられなかった。

 

それはテンが一心に追い求め続ける疑問であり、己の理想に辿り着くために全身全霊を尽くして乗り越えなければならない通過点。

 

 

「目に映る全ての人間を助ける力なんて要りません。せめて、大切な人を泣かせないくらいに、強くなりたい。強い人と戦っても、無事に帰ってこれるくらいに、強くなりたい」

 

 

先程までの卑屈な態度から一転、並の地獄では揺らがぬ決意と覚悟を表に露出させるテン。脳裏に大切な人たちの泣き叫ぶ姿が過ぎった瞬間、ヴィルヘルムの前に突如として現れたのは一人の剣士だった。

 

芯の強さがあると、ヴィルヘルムは直感で察した。自分が想像もつかないような地獄を経験し、これまでにも数多と四苦八苦した上で、この者は『剣鬼』という己よりも圧倒的な存在に対して答えを迫っているのだと。

 

 

「もう二度と……あの子たちに泣いてほしくないから、今よりもずっと強くならなくちゃいけない。今の俺は、足りなさすぎる。……俺のせいで、悲しい思いはさせたくない」

 

 

同時に、この姿——己を高める事に対して実に真っ直ぐな今の姿こそが、自分が勘付いたソラノ・テンの本質であるとも。

 

強くなることに貪欲で、自分ではない誰かのために一振りの剣と成り、研ぎ澄まされた刃を果てしなく研磨し続ける。大切な人たちに泣いてほしくないという子どもじみた理由で、けれども感情に対して本当に純粋。

 

そんなテンの姿勢にヴィルヘルムは優しく笑った。笑って、それから「テン殿」と右拳をテンの胸にコツンと当てながら、

 

 

「貴方様は既に、答えを持っておられる」

 

「俺が?」

 

 

いつの間にか一人称が飾った「僕」から、本来の「俺」に戻ったテン。それまでの自分が飾りであったことを知らずのうちに裏付けた彼は拳が当てられた部位を見下ろす。

 

答えは既に持っている——果たして何が答えなのか全く分からず、ありがちな答えを返されて不満そうな様子だ。が、ヴィルヘルムは「そうですとも」と満足げに頷き、

 

 

「強くなるための心構えとは、説けば説くほど現実的な話になります。ですが、その根本にあるものはテン殿が語った純粋な想いだ。貴方様は、ご自身が戦う意味をよく理解している」

 

 

「この私も、同じです」と、ヴィルヘルムはテンが語った想いに共感するような態度だ。濃密すぎる数ヶ月間で数々の出来事を経験し、最終的にテンが辿り着いた『強くなるための理由』が強くなる方法であると断言している。

 

物理的な方法ではなく精神論だった。強くなる方法を聞いたら、その心構えの根本が返答。それも、既に自分が答えとして持っているという。

 

 つまりは、

 

 

「大切だと思える人を想い、剣を振り続けろ。ということですか」

 

「根本的なものは、そうであると私は思います。ただ振るだけではテン殿が目指す強さは得られないとは思いますが、根本的なものが整っていなければ剣を振ることすら無駄に終わるやもしれませぬ」

 

 

「故に、その想いを大事にされますよう」とヴィルヘルムはにこやかに笑う。剣に半生を捧げた存在のお言葉なのだから、その説得力は凄まじい。特に理由はないのに、不思議と納得してしまうテンだった。

 

正しい答えを得られたような。自分が心に置き続ける前提条件は間違っていないのだと背中を強く押されたような。そんな安心感にテンは「そうですか」と何度も小さく頷き、

 

 

「分かりました。貴重なご意見、ありがとうございます。その言葉を胸に、日々精進していきたいと思います」

 

「それがよろしい」

 

 

綺麗に腰を折ってテンは感謝の意。なにか、ずっと喉に詰まっていた塊が胸の中に落ちた感覚に爽快感を得て、背筋を整えて顔を上げてから、ヴィルヘルムに自然な笑みを作る。

 

その時には、ヴィルヘルムが見た一人の剣士は姿を忽然と消していた。自分が勘付いたソラノ・テンの本質は形を潜め、代わりに最初に感じた『普通』という皮を身に纏っている。

 

その豹変ぶりに若干、目を細めるヴィルヘルム。なるほど、道理でテンの本性を見抜くのが難しいわけだと彼は変に納得し、不思議な男だと考えた。

 

 

「——お話は終わりですね」

 

「……そのようですな」

 

 

不意に聞こえた、扉の開閉音。

 

音の方向に顔を向ければ、視界に捉えたのは屋敷の中から姿を現したフェリックス・アーガイルと、彼を見送るために付き添うレムの二人。

 

話し合いに決着がついたのだろう。「んー!」と両手を空に掲げて大きく背筋を伸ばすフェリックスは、仕草一つ一つに疲労感を感じさせながら玄関前の階段を一番上からひょいと飛び降り、

 

 

「ただいま、ヴィル爺。思ったより長引いちゃったけど、退屈じゃにゃかった?」

 

「退屈とは程遠い時間でした、とだけ言っておきましょう。中々に有意義な時間をこちらの使用人と過ごさせていただきましてな」

 

 

そう言ってほのかに笑うヴィルヘルムにフェリックスは「ほぇ?」と不思議そうな反応。感情表現豊かな猫耳が心を素直に物語るようにピクリと動き、意外だとでも言いたげに小首を傾げる。

 

それから、自分自身で「フツー」と称したテンのことを上から下まで満遍なく見ると、

 

 

「……わっかんない。ヴィル爺にしか分からないモノがあったんだろうけど、フェリちゃんにはテン君はどこからどう見てもフツーにしか見えないよ? まだ、もう一人の子の方が雰囲気あったし」

 

「テン殿は少々特殊なお方で在られる。一目見ただけではこの方が洗練された一振りの刃であると判断するのは難しいでしょう」

 

「へぇー。そーなんだー」

 

 

随分と高い評価を受けたテンだが、フェリックスは自分で聞いておきながらどうでもよさそうな返し。久々に昂る『剣鬼』にそんな評価を受けたテンは苦笑いの裏で戦々恐々とするばかりだ。

 

これは、ヤバい人に目をつけられてしまったかもしれない。強者を目指して日々鍛錬してきた経験がこんな場面で仇になるとは思わず、自身が成長している実感を得られたと同時に恨めしくも思う。

 

 

「ま、別になんでもいいや。テンきゅんがどう在ったとしてもフェリちゃんのやることが変わるわけでもないし」

 

 

テンがどうであれ自分は関係ない。そんな風にバッサリ切り落とすフェリックスは「それじゃ」とテンの横を通り過ぎるついでに彼の肩をポンと軽く叩き、

 

 

「色々と聞きたい事はあるけど、今はお預けかな。どうせ数日後にまた会えることだし、詳しい自己紹介はその時にでもしよーネ。テンきゅんっ」

 

「すうじつご……?」

 

 

さらっと口にされた言葉に引っかかり、考えてもすぐには理解に至らないテンが頭の上に疑問符を浮かべる。が、疑問を抱かせた元凶は板についた笑顔を置いて竜車の中へ消えてしまっている。

 

疑問解消の余地は受け付けていないことの意思表示だろうか。扉の閉められた客車、その窓を開けるフェリックスはひょこっと顔を出すと、

 

 

「さて、行こっか、ヴィル爺。あんまり長居してるとクルシュ様がなにかしちゃいそうだしさ」

 

「承知いたしました」

 

 

そのやりとりはこの二人にとっては慣れ親しんだものなのだろう。長話をせずにとっとと帰る意思を示すフェリックスに言葉少ないヴィルヘルムは淀みなく従う。

 

彼は最後にテンに一礼。それからテンの横に並び、整った動作で頭を下げてきたレムに一瞬だけ視線をやると、

 

 

「なるほど。そのお方がテン殿の」

 

「ヴィルヘルム様って、心眼の持ち主だったりします? 見ただけで全て見抜いてくるの怖いのでやめてくれませんか」

 

「それは失礼いたしました」

 

 

揶揄っているのか曖昧な声色にテンは何度目かの戦慄。何も言っていない、していないにも関わらず隣に並んだだけで自分とレムの関係性を当ててくる『剣鬼』の目には苦笑するしかない。

 

話の流れが掴めずにレムは困惑気味だが、今の一言でテンは全てを理解したらしい。色々な意味合いで恐ろしさを感じて冷や汗が背筋に流れる彼にヴィルヘルムは微笑ましそうに笑うと、

 

 

「では、テン殿、ご健勝で。近いうちに、またお会いしましょう」

 

「はい。ヴィルヘルム様も」

 

 

そう言葉を交わしたのを最後に、二人の会話は終了する。ヴィルヘルムが老体の衰えを感じさせない身軽さでひらりと御者台に飛び乗り、竜車の動力である地竜の手綱を握りしめた。

 

テンとレムが見送る中、ヴィルヘルムが客車の様子を確認。乗車するフェリックスが席についたのを見ると、揃って頭を下げる使用人二人に「では」と一声かけ、地竜が嘶くと同時に竜車がゆっくりと動き始める。

 

一度でも動き始めたら、あとは早い。準備運動を越えた地竜が地を蹴り上げると加護を展開、一気に加速を始め、砂煙を上げながら舗装された道を一直線に走り抜け始めた。

 

出発して三十秒も経てば、見上げるほどだった車体は米粒程度にまで姿を小さくし、

 

 

「…………え? 近いうちに、って言った? つか、数日後にまた会える、ってどーゆー意味?」

 

 

時間差で生じたテンの疑問だけを残して、カルステン家からの使者はロズワール邸から去っていった。

 

 

 

 






今回は、テンとヴィルヘルムが話すだけのお話でした。内容としては完全に薄味ですが、ここからは原作開始までの余興ですので、こんな感じで薄味が続くと思っててください。

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