親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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テンとハヤトのちょっとした強化イベント。原作に入る前の準備として、少しだけステップアップ。

原作が始まっちゃったら、二人は数多の化け物と戦うことになるのでね。今のうちにやれることはしてもらいます。





更なる高みへ

 

 

 

「ロズワール。ちょっといいですか?」

 

 

朝食を終え、食堂の扉を潜っていく者たちが各々のやるべきことに気持ちを入れながら外へと出ていく中、一人静かに食器を片付けるテンが他と同じように外へと歩いていくロズワールの背中に声をかけた。

 

呼び止められて振り返るロズワール。「ん?」と喉を低く鳴らしながらこちらを見てくる彼にテンは「あのですね」と銀食器が乗ったお盆を台車に乗せながら、

 

 

「だいぶ前に、俺とハヤトが自分の武器やら衣服を頂戴した倉庫……あるじゃないですか」

 

「あるねぇ」

 

 

使用人としての仮面を被る真面目な雰囲気を纏うテンにロズワールは頷く。他でもないロズワール自身が案内し、好きなものを使えと言った倉庫だ。この広い屋敷だとしても、どの部屋のことを言いたいのかは分かった。

 

それがどうしたのだろうか。そんな意味合いを込めた彼の「それで?」にテンは片付ける手を一旦止めると背筋をピンと伸ばし、人に頼み事をするときの姿勢を整える。

 

 

「あそこ、もっかい漁らせてください」

 

 

全く予想していなかった提案をされて「ふむ」と、ロズワールは顎に手を当てて不思議そうな態度。

 

あの倉庫に保存されている物の大半は使わなくなった物かロズワールの趣味で集められた物、あるいは戦利品として持ち帰ってきた物だから否定的な意見が生じたわけではないが。

 

突然のことだ。如何なる意図があるのか思い当たらないし、彼の表情から理由を察しようとしても心を読ませてくれないのがテンという従者。

 

 

「理由としては。武器を一つ、頂戴したく存じます」

 

 

無言のオッドアイに意図の説明を要求されたような気がしたテンが端的に説明。

 

簡潔で、分かりやすい意図を受け取るとロズワールは「別に構わないけぇど」と困惑の色を表情に宿し、

 

 

「今、使っているカタナに不満でも?」

 

「いえ。全く。寧ろ、やっと手に馴染んできて愛着が湧いてきたところです。あの子が折れたら俺の心も折れると思います」

 

 

真面目な顔して悲劇的に語るテンだが、無機物を「あの子」と形容したことにロズワールは思わず失笑。前々から思っていたことではあったものの、やはり彼の感性には面白いものがあると思う。

 

抜刀されるところを見る度にピカピカの状態でロズワールの目に映ることからして、手入れも行き届いているのだろう。愛着が湧いたというのも、決して嘘ではないはずだ。

 

なら尚更、ロズワールの疑問は深まる。そこまで愛用しておきながらどうして新たな物を携える必要があるのか、今の状態でも彼は十分強いというのに。

 

 

「ただ、一芸だけじゃやってけない、ってこの前の戦いで思わされたんです。マナが枯渇して魔法が制限された状態……自分の武器一本と体術だけで格上の存在と戦うとなった時、俺は追いつけない」

 

 

「それを思い知らされました」と、テンは目を遠くしながら話す。正面にいる存在と目を合わせているはずの目はそれではない何かを見ていて、恐らく記憶の中の光景を見ているのだとロズワールは察した。

 

断片的に呼び起こされる戦いの記憶——あの悲劇の夜に戦った魔女教徒の中でも特に強かった長剣使い。やること全てが軽々しく受け流された、地獄のような相手。

 

自分よりも圧倒的に格上の存在に勝てたのは、偏に運が良かったからだ。作戦勝ちと言えば聞こえはいいが、身を犠牲にするような一か八かの作戦など愚策もいいところ。死んでいてもおかしくない。

 

そんな相手と戦ってテンは理解した。残虐性の塊のような集団と戦って悟った。今の自分ではダメなのだと。

 

 だから、

 

 

「——懐刀が欲しい」

 

 

 一の刃から、二の刃へ。

 

自分なりに色々と考えた結果、出した答えだ。一つの刃を極めるのも悪くないと考えたけど、それだと補いきれない欠点があるから。

 

 

「俺は、ハヤト(アイツ)みたいに火力でゴリ押しできるような人間じゃない。あんな風に大剣ぶん回して、拳で軽々しくぶっ飛ばすような豪快な戦い方をできる人間じゃない」

 

 

「だから、選択肢(攻撃)の幅を広げる必要がある」と。

 

テンは己の至らなさを考慮した上でロズワールに意思をぶつける。ハヤトのような戦い方を可能とするならばその必要もないけれど、残念なことにテンはそんな芸当ができるパワーファイターではないのだ。

 

これから先に戦う相手は闇雲に噛みついて勝てるような単純な相手ではなく、ハヤトのような立ち回りを困難とするテンには少しでも戦術の幅を広げる必要がある。

 

勿論、魔法の幅も広げていくつもりだ。基本となる土台はこの数ヶ月でちゃんと固めたから、これからの鍛錬ではその応用。魔法とは想像力が源がゆえ、思考を凝らせば新たな使い道も見えてくるはず。

 

しかし、テンが思い描く戦闘スタイルに辿り着くためには懐刀は必須だった。

 

 

「前みたいに魔法が制限されても大丈夫なように。魔法が使えなくなった分を補えるように。そうなっても、ちゃんと戦えるようにしたい」

 

 

「もぅ、心配かけたくないんです」と、テンは力強い声色と目つきで言い切る。

 

死にかけることが嫌だ。と言わないところからして、死という概念に対する耐性の高さがロズワールには垣間見えるが、本人が気にする様子はない。彼はそこから先を見据えていた。

 

自分が——ソラノ・テンという人間が死にかけることで招く結果が嫌なのだと。嫌と言うほど見てきた、聞いてきた、脳裏に焼き付いて離れなくなった自分を大事に想ってくれる人たちの悲しむ姿が嫌なのだと。

 

経験し、思考し、実行に移す。

 

あの悲劇を越えて更なる高みへと手を伸ばし始めた彼の上昇志向の高さに、ロズワールは嬉しそうに「うんっ」と頷き、

 

 

「あとで鍵を渡すから、好きに漁るといい。お気に召したものがあれば持っておいで。錆び取りをしてあげよう」

 

「あざーっす!」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

ロズワールから倉庫の鍵を受け取ったテン。倉庫の管理者からの許可が得られたとなればすぐにでも宝の山(倉庫)を漁りたいところなのだが、残念なことの彼は使用人。

 

なによりもまず先に、終わらせなければならないお仕事というものがあるのだ。私情をばっさり切り捨て、ポケットの中に入った鍵の存在を時折気にかけながら、お勤めを果たさなければならない。

 

屋敷の掃除、衣服の洗濯、庭園の芝刈り、ラムの手伝い、昼食の支度などなど。この広い屋敷をたった四人で管理するのだから一人分の仕事量は並のものではなく、慣れた人間でなければ使用人として務めることは困難だろう。

 

結果、午前中を超えて午後に突入。時間帯としては陽日の二時。お昼を二時間過ぎた頃に空き時間が生まれたテンは、ようやく倉庫の扉を開けることができるのである。

 

 のだが、

 

 

「なんでお前らがいんだよ」

 

「暇だから」

「時間に余裕ができたので」

「そういうことだ」

 

 

倉庫に訪れたテンの隣に並ぶのは使用人三人。声を発した順にラム、レム、ハヤトと、厨房で必ず見かける使用人四人の構図がこんな場所でも完成している。

 

どうやら、朝の会話をラムが聞いていたらしい。面白そうだと興味を持った結果としてレムやハヤトにも話が伝わり、テンが暇になったタイミングを見計らってこの場に集結したというわけで。

 

 

「別に対して面白くないと思うよ? パッと選んでパッと出るから」

 

「ま、そう言うなって。俺もなんか良いのがないか探そうと思ってたところだ。ついでに漁らせろ」

 

「レムは少しでもテンくんのお役に立てればと」

 

「ラムは暇だから」

 

 

三種三様の返事を受け取ったテンは「そっか」とだけしか言葉を返さない。約一名、単純に暇だから遊びに来た感が否めない少女がいるものの、気にしたところで無駄だろう。

 

特に気に留めることもなくテンは施錠された倉庫の鍵を開けると引き戸式の扉を開き、薄暗い倉庫の中へと足を踏み入れる。その背を追いかけるように続くのが他三人。

 

 

「うへぇ……、やっぱり埃っぽいな」

 

「当たり前ね。誰一人として掃除してないのだから。こんな、化け物が住み着いてそうな場所に物を漁りに来る精神をラムは尊敬するわ」

 

「そうなると、暇だから遊びに来るお前の精神はどうなっちゃうのさ」

 

 

部屋の明かりをつけるレムが手についた埃を軽く払い、中を探索するハヤトが奥へと進む中、お決まりのやり取りを交わしながらテンとラムは部屋の中を見渡す。

 

広さとしては、使用人が自室として扱っている部屋とほぼ変わらない。物が散乱しているところや埃っぽいところ、骨董品が無造作に置かれている部分を除けば、部屋としては申し分ないだろう。

 

普通の部屋を倉庫して扱った形か。戦闘に使用されそうな武器が立てかけられてあったり、見たこともない形の家具や書物、更にはどこから貰ってきたのかも分からないカーペットまでもが数多と存在し。

 

壁に飾られた絵画や彫刻作品など、置かれている物の特徴が全く一致しないところが『各国から寄せ集めた物』という雰囲気をあからさまに匂わせる、倉庫感満載の部屋。

 

 

「パッと漁ってパッと帰ろう。こんなところにいたら気分が悪くなる」

 

「テンくんテンくん! このようなものはどうでしょうか!」

 

 

部屋に入って一分と経たずに、ギブアップの予感。

 

埃っぽいところは好みでないテンは同調の意を頷くことで示してきたラムと共に目的の物を探し始めようとするが、誰よりもやる気に満ちているレムが早くも武器を発見。

 

目を期待に輝かせ、溌剌としながら駆け寄ってくる彼女の両手に持たれたそれは、彼女が戦闘に愛用する武器——モーニングスターとよく似ている形状の武器だった。

 

暴走していた状態ではあったとしても、一度はその武器を携えたレムに殺されかけた記憶のあるテン。彼は探索を開始したラムが手当たり次第に近場を漁るのを横目に「えっとぉ……」と苦笑いし、

 

 

「言ってなかったね。懐刀を探してるんだよ。十五センチくらいかな。短剣でもいい。から、流石にそれは服の中に入らん。………ごめん。戻してきて」

 

「そうですか。レムとお揃いの物でしたので、つい興奮してしまって……。ごめんなさい、レムの早とちりでした」

 

 

己の提案した武器が受け入れられず、更には自分自身の早とちりであったことにしゅんとするレム。はしゃぐ様子が幻視させた尻尾と耳が垂れ下がると、彼女は分かりやすく落ち込んだ。

 

たった一度の拒否ではあれど、彼女的には心に響いたらしい。手に持ったモーニングスターを元の場所に戻す後ろ姿からは哀愁が漂い、これでは拒否したテンが罪悪感を覚えてしまう。

 

だから彼は「レム」と彼女の名を呼びながら足早に近づくと、

 

 

「俺、あんまり武器選びの技術とかないからさ。レムのこと、頼りにしてるからね」

 

「ーー! はい! お任せください! このレムがテンくんにお似合いの懐刀を探してみせます!」

 

 

 頼りにしてる。

 

そう言われた瞬間、レムのやる気は取り戻される。切なげに垂れ下がった尻尾と耳がピンと伸び、彼女の中でやる気の炎が轟々と燃え上がった。

 

自分の存在が必要とされていることが嬉しかった。恋人に求めてられている感覚に声が昂り、直後から期待以上の働きをしようと満ち溢れたやる気が止まることなく溢れ出す。

 

元気を取り戻してくれたようでなにより。目的の物を探すために目を光らせるレムを見ながらそんな風にテンは笑っていると、不意に服の裾が後方から弱い力で引っ張られる。

 

振り返れば、視界に映ったのは見覚えのない物を片手に携えているラム。持ち手から先が蛇がとぐろを巻くようにまとめられているそれは、

 

 

「鞭よ」

 

「話し、聞いてました? 懐刀と言ったんですが」

 

 

謎にドヤ顔で差し出してくるラムにテンは苦笑すらせずに真顔。なにを思って異色の武器を持ってきたのか意味が分からない。ついでに、浮かべるドヤ顔の意味も。

 

却下。却下だ。却下なのが当たり前だ。

 

そんな武器を扱える技量などテンにはないし、扱えるようになりたいとも思わない。第一、懐刀を探すと言って張り切っていた自分が鞭を持ってきたらロズワールがなんて言うか。

 

「無理です。却下です」と、胸の前で両手を交差させてばつ印。逆に受け入れられると思う方がおかしいと主張するとラムは「あら」と小首を傾げ、

 

 

「解釈のすれ違いだったようね。懐に入れられる大きさの物ならなんでもいい、という意味ではなかったか。テンテンの説明不足だわ」

 

「お前の理解力不足だよ」

 

 

「はいはい」と適当に受け流すラムにテンは「ボケてんのか」と投げかけるが、手に持った鞭を元の場所に戻す彼女が反応を見せる気配はない。

 

戻す直前に小声で「お似合いだと思ったのだけれど」と言われた気がしたが、気のせいだと己に言い聞かせる。一体、自分のどこをどう見ればお似合いだと思うのか意味不明だ。

 

ともかく、彼女たちに探させておいて文句ばかりでは逆に文句を言われかねない。何かしら言われる前に自分も探そうとテンは周囲を見渡し、

 

 

「テン! これなんかどうだ?」

 

「次はお前か。見せて」

 

 

名を呼びながらこちらへと楽しそうに近寄ってくるハヤトに、作業に入ろうとするのを止められる。レム、ラムと続いてハヤトも良いものを見つけたらしい。

 

ちゃんと説明していなかったとはいえ、今のところ誰一人として目的の武器を持ってきてくれない現状。まさか彼も見当違いなものを持ってきたのではと若干の懸念が生じるが、

 

 

「これよ! ガントレットだ!」

 

「完全にお前の趣味じゃん。てか、こんな物まで置いてあんのかよ。ロズワールって何者?」

 

 

懸念のど真ん中を撃ち抜いてきたハヤトにテンは乾いた笑いを一つ。三人揃って仲良く見当違いな物を持ってきたところで、テンは彼が自分の両腕に装着しながら見つけてきたガントレットをまじまじと観察した。

 

ハヤトの手から肘までを覆える銀色のそれは、ガントレットというより盾と表現した方がいい。拳を覆うような形で装備できる盾だ。形としては原作でガーフィールが扱っていた装備に近しい。

 

ハヤトが扱うのなら、悪くない。体術を本業とする彼ならば有効活用できることだろう。ガントレットの場合、武器を握れるか微妙なところではあるが。

 

 しかし、

 

 

「あのね、ハヤト。俺はね、懐刀を探すためにここに来てんの。だからそれは使えな——」

 

「え? お前が使うなんて言ってねぇよ」

 

「帰れ」

 

 

「似合うか?」と格闘の構えをしてくるハヤトを軽く突き飛ばし、テンは呆れたようにため息。

 

三人揃って懐刀とは程遠い物を持ってきたかと思えば、最後は単純に見せつけるためだったというオチ。流れ的に自分のために持ってきたのだと勘違いしたのが馬鹿だった。

 

おふざけに来ているのではない。手伝ってくれるならもう少し真面目にやってほしいところだが、思い返せばハヤトは自分自身の武器を漁りに、ラムは暇つぶしに来ていることに気付く。

 

 

「三人中の二人が私利私欲のために来てんのかよ。道理で作業が進まないわけだ」

 

 

レムだけがまともな事実が発覚し、テンは吹き出すように苦笑。「なら仕方ないか」と変に納得する彼はレムの吉報を密かに待ちながら自分もやっと作業を開始しようと動き出し、

 

 

「テンくんテンくん、こちらはいかがでしょうか。大きさ的にもこちらが一番だとレムは思います。形状も、テンくんご愛用のカタナと似ていますし。ちょうどいいのではありませんか?」

 

 

その吉報に、動き出そうとした体を引き止められる。

 

「どうですか!」と、ぱたぱた駆け寄ってきたレムが自信満々な様子で鞘と一緒に差し出してきたのは刀身が銀色な片刃の短剣。

 

刃渡としては要望通りの十五センチ程度。想像よりも少しばかり細身ではあるが、懐刀の条件は十全に満たしている。試しに手に取り、懐に当ててみると上手い具合に収まった。

 

正しく、テンが頭の中で思い浮かべていた通りの懐刀である。

 

 

「これ、いいかも」

 

「本当ですか!」

 

「うん。良い。俺が想像してた通りの物だよ」

 

 

見事にドンピシャな物を探し当てたレムに「流石。ありがとう」とテンは歯を見せて笑う。持ち手が刀よりも細いのが違和感しかないけれど、その辺は使っていくうちに慣れていくものだろう。

 

結局、なにもせぬまま目的が達成されたテン。当人が何もしていないとは、文句の一つでも言われそうな場面じゃないかと短剣を鞘に収めながら彼は思うも、目の前でニコニコするレムはそうでもないらしい。

 

「それでしたら」と、両手をいっぱい広げる彼女は期待の眼差しをテンに向け、

 

 

「ご褒美に、ぎゅー! って、してください」

 

「ん。いいよ。おいで」

 

 

頑張ったご褒美として恋人の温もりを要求し、快諾した彼が胸元を解放すると、直後にレムは世界で一番の場所に飛び込む。理由もなく安心して、落ち着ける場所に。

 

抱きつかれて分かった。この子、頭から埃を被っている。普通に探していればこうなることはまず無いはずなのに、彼女の綺麗な青髪には僅かな汚れが見えた。

 

きっと、この短剣を見つけるために奥深くまで潜り込んでくれたのだろう。頼りにされたことが余程嬉しかったのか、テンが他二人のおふざけに付き合っている間にも彼女は静かに頑張ってくれていたようで。

 

 

「ありがとね、レム。わざわざ汚れてまで見つけてくれて」

 

「いえいえ。テンくんのためならば、例えこの身が汚れたとしても構いません。喜んでいただけたのなら、レムは幸せです」

 

「その言い方は良くないな。やめようか。変に胸が痛む」

 

 

頭に被った埃を優しく払うテンに、レムはひどく幸せそうな表情で語る。色々と誤解を招きそうな表現をしてくれた彼女は今、埃を払われながら頭を撫でられる感覚に心を奪われているところだった。

 

反対に、予想外なタイミングで胸に突き刺さった言葉に表情を微かに歪めるテンは素直に喜べていない。目的の物は無事に手に入ったものの、変な想像を膨らませて勝手に被害を受けているところだ。

 

お陰様でレムの話だけを聞いたラムに軽く睨まれる。冗談で睨んでいるとは感覚的に察せたが、やはり姉の圧というものはいつ向けられても堪え難い圧迫感がある。目は絶対に合わせられない。

 

因みに、三人を他所にハヤトは未だに自分に似合いそうな武器を物色中。適当に流し見だけにするはずが意外にも探すのが楽しく、一度でも始めたら漁る手が止まらなくなっていた。

 

 

「……そういえば」

 

 

薄暗い倉庫でもいつも通りの雰囲気を漂わせる使用人四人。この四人が揃えば場所を問わずにほのぼのとした空気が周囲に流れ始める中、テンはふと思う。

 

 それは、

 

 

「レムがいつも使ってる武器……あるじゃん」

 

「ありますね。それが、どうかなさいましたか?」

 

 

脈絡のない言葉に小首を傾げるレム。胸元からあどけない表情でこちらを見上げてくる彼女を見ると、どうしても「可愛い」と言ってしまいそうなテンはその衝動を押し殺しつつ、

 

 

「あれ、いつもどっから持ち出してるの? どこからともなく出しては携えるけど。あんなに大きいの、服の中に入るわけないよね?」

 

 

一番初めにレムが持ってきたモーニングスターから連想したこと。あれほどの大きさの武器が懐に入るわけがないと断ったが、どうしてレムは普段から戦闘となると音もなく携えるのか。

 

気がついたら持っている、と表現するのが適している。男二人組のように背中や腰に装備した鞘から抜刀しているわけでもなく、まして元から携えているわけでもないのに。

 

改めて考えれば不思議だ。コンパクトになるなら話は別だけれど、あの鉄球がエコバックのように縮まるとはとても考え難い。

 

 

「どうやって持ち歩いてんの?」

 

 

故に、テンはふとした瞬間から湧いた疑問を投げかける。別に大して聞く意味などないが、気になってしまったのもは仕方ない。同じように小首を傾げ、頭の上に分かりやすく疑問符をテンは浮かべる。

 

言いながら見下ろしてくる恋人にレムは「そうですね……」と視線を逸らすと悩むように沈黙。己の中で何かしらの議論をしたのか、数秒の沈黙を得てから再び目を合わせると、

 

 

「——乙女の秘密です」

 

 

満面の笑みで、ミステリアスな少女のような雰囲気を帯びながら、テンの疑問を真っ向から弾き飛ばした。

 

「あぁ、そうなの」と、テンは適当に笑うとそれ以降は聞かない。

 

なぜか、ここから先のことを言及すると触れてはならない世界の事情に触れる気がして、禁忌に触れる前に口を固く閉じた。

 

 

 触らぬ神に祟りなし、である。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

武器調達を終えたテンと、他三人の使用人たちが今日の仕事を終わらせるべくせっせと働いているうちに時間は着々と進みゆくもの。

 

ふと気が付けば、青みがかかっていた空には徐々に暖色が満ちつつあり、大小様々な雲が悠々と泳ぐ天空には夕暮れの気配が訪れていた。

 

お昼時には我が物顔で鎮座していた太陽も、この時間帯は地平線へとその姿を消し始め、夜に入る前段階として世界が淡い紅に染められていく。

 

 

 ——時間は進んで陽日の五時を半分過ぎた頃。

 

 

夕暮れだ。公園で遊んでいた子どもたちや、お散歩をしていた老人などが自分の家へと帰り、賑やかだった外の世界が寂れて夜の静けさが漂い始める時間帯。

 

 そんな世界に、一人。

 

 

「——せいやぁ!」

 

 

静寂とは程遠い空間を作り出している一人の男が、ロズワール邸の中庭にいた。

 

整えられた芝生を靴底で強く踏みしめ、気合の声を幾度も上げながら、携えた己の相棒を振り回す男が。額から玉のような汗を数多と垂れさせ、短く息を切らし、身の丈程の刃を両手に暴れ回る男が。

 

素振り、と示唆するには少々乱暴すぎる。少し前まで行っていた縦に振り続ける素振りと比較して今の動きは荒っぽく、振られる刃の軌道に規則性がない。

 

 妙に、動きが実践的だ。

 

 

「——らぁ!」

 

 

駆け抜け、飛び跳ね、転がり込み、振り返り、滑り込み、身を回し、前進し、後退し、横に跳ねる。それはまるで、見えない敵による攻撃を無限に回避し続けるように。

 

叩っ斬り、斬り上げ、斬り払い、殴りつけ、蹴り飛ばし、穿ち、弾き飛ばし、薙ぎ払い、叩きつける。それはまるで、見えない敵による攻撃に無限に応戦するように。

 

 

「まだ、こんなモンじゃねェ……!」

 

 

 思い出す。

 

あのドラゴンとの戦いを。ベアトリスが援軍として駆けつけていなければ確実に負けていた死闘を。どれだけ死力を尽くしても僅かな傷しか与えることのできなかった地獄を。

 

ドラゴンの動きを、より鮮明に。肌で感じた高揚感を、より鮮明に。なんでもやれそうな予感がして、なんにでも成れそうな予感がして、普段の何億倍もの力を発揮できた瞬間のことを。

 

あの時の極限状態を自発的に引き出せるよう、自身を限界まで追い込む。安静期間を超えて鍛錬を許可された己の肉体と精神を、極限まで追い込む。追い込んで追い込んで追い込んで、これ以上は無いと本能が悟った瞬間から更に追い込む。

 

 

「はァーーッ!」

 

 

誰もいない中庭で一人、まるで強大な相手と一対一(サシ)で戦っているような風に猛々しい声を上げながら暴れ回る男——ハヤト。彼は今、仕事の合間を縫って軽めの運動中だった。

 

記憶から呼び起こされたドラゴンを脳裏に描き、世界に映し出された自分しか見ることのできない敵を前に、手にした大剣を振り続ける。時折、攻撃を回避するように飛び跳ねながら。

 

これは、ハヤト的には剣版シャドーボクシング。素振りでは物足りなくなったために、自分よりも格上の相手と戦うことを想像しながら体を動かし続ける。

 

その身には黄金色の闘気が帯のように纏われていた。昂る高揚感をそのまま具現化したとも思えるそれは、彼の代名詞でもある陽属性魔法『アクラ』を発動したことによる影響だ。

 

アクラとは、簡単に説明するならば身体能力の強化。マナを注いだ分と比例して強化されるそれは、方向性はなんであれ使用者を強化する陽属性の代表的な魔法であると言えるだろう。

 

 

「しぃーー!」

 

 

軽めの運動のつもりが、かなり熱が入っているハヤト。使用人の制服から運動しやすいラフな格好に着替えてまで鍛錬に励む様は向上心の塊だが、約三十分後に夕食の支度が控えていることを完全に忘れて熱中してしまっている。

 

大剣を握りしめると気持ちが入りすぎるのがハヤトだ。いるはずのない敵を前に歯を見せて好戦的に笑い、自分の世界に没入する彼は自分の名を呼ぶテンの声すら届かない。

 

 

「う、るぁぁぁ!」

 

 

気合の声と共に放たれた大剣が空間を縦に一閃、身を限界まで捻って叩き込まれた岩をも容易く砕く一撃が幻視したドラゴンの肉体へと寸分の狂いなく押し進む。

 

手応え、無し。その場に居ないのだからそれが当たり前なのだが、空振って当然なのだが、己の世界にのめり込むハヤトの脳はその事実を『避けられた』と誤認。

 

反撃を警戒した踵が地面を強く蹴り上げると肉体を後方へと飛び退かせ、直後に大気を押し除けながら薙ぎ払われたドラゴンの鉤爪が数瞬前までハヤトの肉体があった場所を引き裂いた。

 

間一髪。危うく身がぐちゃぐちゃになるところだった場面にハヤトは浅く息をつく。それから眼前の敵を睥睨すると、鋭く尖る赤色の瞳がこちらを煽るように煌めくのが見えて、

 

 

「へへっ……。上等!」

 

 

怯まず突撃を選択したハヤトが豪風を纏いながら側面へと一気に回り込む。煽り耐性がマイナスに極振りされている彼にその輝きは逆効果だ。威圧するつもりなら嘲笑ってやる。

 

その程度の威圧で怯むわけがない。だって今、自分はこんなにも昂っているのだから。かれこれ二十分はハードな動きを続けてやっと疲れてきた中で、お前と戦っているのだから。

 

命を懸けたアツい戦い。あぁ、なんて良い響きだろうか。通常では決して味わえない特上の高揚感に、肌がピリつくような恐怖、その中で得られる形容し難い興奮。

 

極限の戦いというものは、これほどまでに素晴らしい。これ以上に己の限界を越えるのに適した環境がこの世に存在するだろうか。いや、存在しない。

 

側面に回り込んだハヤトは牙を剥き出しにし、更に笑う。死に対する恐怖ではない、目の前の獲物を倒した瞬間に得られる達成感を想像すると自然と笑みが溢れてしまうのだ。

 

昂る感情。溢れる激情。本能が沸騰する感覚に身を委ねるハヤトはそのまま突撃し————、

 

 

「はい。頭ぁ冷やしてくださーい」

 

 

緊張の張り詰めた極限の世界に、気の抜けた声が突如として割り込む。直後、顔面に浴びせられた冷水に限界まで熱せられていた高揚感が物理的に冷やされ、熱中して狭まっていた世界が一気に広がった。

 

途端、寸前まで見えていたドラゴンが揺らめき、数秒と経たずにその姿を消す。あたかも、初めからその場に居なかったように。激闘をしていたはずの相手が、幻覚であったように。

 

否、実際に幻覚であるし初めからその場に居なかったのだが。知らぬ間に自分の世界に没入した想像力豊かなハヤトは、その事実に気付いていない。

 

 故に、

 

 

「あと三十分で夕食の支度だよ、ハヤト。鍛錬に熱中するのは否定しないけど、そろそろ切り上げてその汗を流してこい」

 

 

鳩が豆鉄砲を食らったように唖然とするハヤトに小さな衝撃。反射的に顔を向けると、視界に映ったのは呆れ半分、感心半分な笑みを浮かべるテンだった。

 

肩を叩いてきた彼の手には小さめの桶。恐らく自分の顔面にぶちまけられた冷水が汲まれていたものだろうとハヤトは思いながら、「おぉ」と困惑気味に返事をして、

 

 

「悪いな。ちっとばかし熱が入りすぎたかもしれん。物理的に頭を冷やさせられるとは思わなかったが。まぁ、ちょうどいい切り替えになった」

 

「ん」

 

 

軽めの運動と称した鍛錬を強制的に止められたハヤト。熱が入りすぎた自分を止めてくれるのはやっぱりコイツしかいないな、と不意にも考えながら彼は身に纏った黄金色の闘気を風と共に消失させた。

 

それはつまり、アクラによって付与された身体能力強化を解いたのだ。気持ちの切り替えと表現するべきか、物理的に頭を冷やされた彼は燃え上がっていた炎が一瞬にして鎮火した感覚を横目に芝生にどかっと座り込む。

 

流石のハヤトも疲れたらしい。大剣の柄から手を離す彼は背中から芝生に倒れ込み、荒っぽく乱れた呼吸を整えるための深呼吸。

 

アクラの反動も含めて、疲労がどっと押し寄せたハヤト。そんな彼の顔面に「はい。タオル」とテンは持ってきたハンドタオルを落とし、

 

 

「それで汗、拭いて。風邪引くよ」

 

「サンキュー」

 

 

顔面に落下したハンドタオルで垂れた汗を拭き取っていると、今度は「水分補給も忘れずにね」と言葉を添えてテンはハヤトの隣に水筒を置いた。彼が限界を超えて動いていたことは把握済みなようだ。

 

気の利く親友だと思う。何も言っていないにも関わらず勝手に色々と出てくるのだから、その優しさは是非とも見習いたい。わざわざ時間を教えてくれる気遣いも含めて。

 

 

「そんで? 久々に剣を振った感覚は?」

 

「鈍ってるな。ま、仕方ねぇよ。二週間近く鍛錬サボってたんだし」

 

 

体を起こし、渡された水筒で水分を補給するハヤトが柄を握っていた拳の確かな痙攣を感じながら話す。その隣に体育座りでテンは腰掛けると「ふーん」と喉を低く鳴らし、

 

 

「体の方は? 最近になってランニングとか再開してるようだけど、やっぱり?」

 

「鈍ってるな。二十分近く走りながら剣を振っただけでもう疲れちまう。今のままだと長期戦はできねぇ」

 

 

「やべぇな」と、真剣な表情で己の状態をハヤトは把握。以前よりも遥かに弱体化していると理解した彼は悩ましげに眉間に皺を寄せる。

 

悲劇の夜で傷付いた体を癒すための安静期間を抜けたのが約一週間、そこから昨日までの中で鈍った体を解すために走り込みと筋トレに励んできたが、明らかに体が鈍っていることに気がついたのだ。

 

仕方ないと言えば仕方ないと思う。安静期間のうちは運動と言える運動をしてこず、前提として肉体の疲労が完璧に抜け切ったわけでもない。要は『ほぼ』完璧に治った状態。

 

 それが、今のハヤト。

 

 

「まぁ、ずっとサボってたらそーなるのも当然か。地道に解していくしかないよ。頑張れ」

 

「お前も頑張るんだよ。ゲートが完治したら普段通りの鍛錬を始めろよ? 俺よりも遅れてんだしな」

 

「んなこと、わーってるよ。俺だってランニングくらいはしたいけどさ……」

 

 

肩を小突いてくるハヤトにテンはぶっきらぼうな返し。自分が遅れてる事は誰よりも理解している。今になって改めて言われる必要はない。

 

本来ならば、テンだってランニングくらいは開始したいのだが。残念なことに安静期間を数日前に抜けたばかりの体で過度な運動をするとレムに怒られる未来が確定してしまう。

 

まだ無理をするな、と。無理をして悪化したらどうするのか、と。では、安静期間とはなんぞやと思わなくもないテンなのだが、

 

 

「俺、少しでも激しめの運動しようとすると即座にレムに捕まるから。運動警察に逮捕されるから」

 

「この前、怒られてたもんな。かわいそうに」

 

 

一体、どこから目を光らせているのか。

 

彼女の目を盗んでランニングをしたテンは、しかしレムセンサーから逃れることはできなかった。走り出し一歩目で「テンくん」と絶対零度の声で名を呼ばれ、屋敷に強制帰宅。

 

ずるずると引き摺り込まれた挙句、一時間にも及ぶお説教が開始。プチ怒なレムの前に正座させられたテンは足の感覚が無くなるまで座し、どうせならゲートが治るまで大人しくしてろと運動禁止令が発令。

 

散々な目に遭ったテンだった。これでは安静期間の意味がまるでない。軽めの運動は許してくれるのに、それ以上は断固として拒否されるという。

 

 

「過保護すぎるんだよ。あの子」

 

「お前を心の底から心配してくれてんだから、許してやれよ。実際、ひどい時は死体と同然の状態だったんだし、安全のためにゆっくりしとけ」

 

「へーい」

 

 

レムに限界まで絞られたテンが投げやり感のある返事をすると、ハヤトは口に手を当てながらくつくつと笑う。テンには申し訳ないが、あの絵面には面白いものがあった。

 

腕を組みながら鬼の形相なレムと。彼女に見下ろされて「はい……はい……」と小声で返事をすることしかできないテン。屋敷に住む全員が見た光景は、これからも何度か見れることだろう。多分。

 

 

「……つーかよ」

 

「ん?」

 

 

一つの会話が終わると、次なる会話がハヤトの頭の中に浮上。予兆もなしに思い出したハヤトは視線を暗がりつつある空からテンに移すと、

 

 

「お前、あの短剣……どうしたんだ?」

 

 

あの短剣とは、昼間に倉庫を漁ったとき、レムがテンのために頑張って見つけてきてくれた懐刀のこと。特に深い意味はないけれど、なんとなく行方が気になったハヤトだ。

 

体育座りを崩して足を伸ばすテンは「あぁ、あれね」と屋敷の方に視線をやりながら、

 

 

「倉庫の鍵を返すのと一緒にロズワールに渡した。錆び取りをするから渡せ、って言われてさ」

 

「そうなのか」

 

 

一瞬で晴れた疑問にハヤトは適当な返事を一つ。それから新たな武器を手に入れた自分の相棒に「いいなー」と羨ましがり、

 

 

「俺もなんか、新しい力が欲しいぜ」

 

「遊びで貰ったわけじゃないんだよ。今の俺に必要だと思ったから貰ったの。ゲーム感覚で言ってこないで。扱うのだって練習しなくちゃだし」

 

 

自分だけおもちゃを買ってもらえなかった子どものような拗ね方のハヤトにテンは澄ました態度。どこか、ハヤトを見つめる目の温度が低下しているような気がしなくもない。

 

しかし、ハヤトが気づくことはなかった。結局、見せつけてきたガントレットは一部破損が目立ったために使用不可だったし、不満そうな様子だ。

 

せっかく良い感じの武器を見つけたのに、期待外れである。相棒が一歩前へとステップアップしたのなら、自分もまたそうするのが当然なのに。

 

 

「なぁ、なんかないか?」

 

「なんか、って?」

 

「なんかは、なんかだよ。こう、武器以外で俺が扱えそうな力……的な。魔法とかでもいいぜ。アクラを提案したのもお前だろ? そんな感じでアドバイスよろ!」

 

 

「よろ! って言われても……」と、テンは困った様子で顔を顰めた。確かに今となっては彼の代名詞的な魔法である『アクラ』を提案したのは自分で間違いないが。果たして、他にもあるだろうか。

 

一応、記憶した知識の中で模索するテン。ハヤトは完全にそんなテンに任せっきりである。魔法に関しては自分よりも知識のある彼に頼った方がいいと判断したのか、いっそ清々しいまでの丸投げ。

 

「んーー」とテンは考える。頼られてしまった以上は適当に受け流すわけにもいかず、魔法関連で何か彼の役に立ちそうなものがないか原作の知識を含めて。

 

いや、しかし。流石に無理があるだろう。魔法となると彼の適性属性の範囲でしか考えられないし、そうなると火、地、陽の三つとなるわけで。

 

まさかその三つの中に彼がまだ習得していない魔法的な力があるなんて。そんな都合のよくて、お手軽な魔法なんてあるわけが————。

 

 

「……………………あ」

 

 

 ある、かもしれない。

 

フリとしか思えない思考を頭の中に生じさせていると、テンは一つだけ思い浮かぶものがあった。

 

それは、だいぶ前の話になるけれどロズワールがほんの少しだけ呟いていた魔法。思い出してみれば「確かにあったな」と言える魔法。原作でも何度か使用されていた魔法。

 

 

「一つだけ。心当たりがある、かも」

 

「マジか!? 教えろ!」

 

 

半ばダメ元だったハヤトに聞こえた福音。無かったら無かったで仕方ないと割り切るはずだった提案が叶うかもしれない予感に、彼は口を開いたテンに詰め寄る。

 

偶然にも良い意味で予想を裏切られたハヤト。途端に目をキラキラ輝かせ始めた彼を「汗臭い、離れて」と遠ざけながらテンは「えっとね」と記憶を漁るように、

 

 

「今のハヤトになら使えるかも。——ジワルド」

 

「じわるど?」

 

 

全く聞き覚えのない詠唱に小首を傾げ、それでもハヤトは目を輝かせ続ける。一筋の希望の光が差し込む気配に彼は「なんだそりゃ?」と興奮した様子でテンの方を向いた。

 

『なにそれ? おいしいの?』の、イントネーションで発音されたテン。反応からしてコイツは何も知らないのだなと考えながら、ピンと立てた人差し指をハヤトに向けると、

 

 

「原作にもあった陽属性の魔法だよ。指先から熱線をぶっ放すトンデモ魔法。『熱』の『線』と書いて熱線ね。前のお前だったら制御が難しいかも、って提案しなかったけど。今なら使えるかもよ?」

 

「おいおい。それ、アクラと合わせたらいよいよじゃねぇか。オラ、わくわくしてきたぞ!」

 

「やめてね。『波ぁーー!』とか言って力任せにぶっ放さないでね。その魔法、他と比べて明らかに威力が桁違いすぎるから。多分、人とか余裕で殺せるよ」

 

 

「いや、どっちかってーと紫色の光線の方……」などと膝に手を乗せながらどうでもいい事を真面目に考えるテンの横で、ハヤトは大はしゃぎ。感情表現豊かな彼は、拳をグッと握りしめた。

 

可能性の一つとして提示された新たな力が、意外にもロマンある魔法。指先から熱線を放つとは、一体どのようなものかと考える。否、見たことがないから全く想像がつかない。

 

 ならば、

 

 

「今からちょっとやってみるか!」

 

 

善は急げ、というやつだ。

 

「今から?」と聞いてくるテンにハヤトは「ったりめーよ!」と気合を入れながら跳ね起きる。頭で考えるよりも取り敢えず行動に移すのが彼流の鍛錬方法であり、やり方だ。

 

何事もまず、『取り敢えずやってみる』ことから始まるのだから。やる前から色々と考えていては向き合うべき問題点に向き合えない。

 

思い立ったのなら、行動あるのみ。

 

 

「じゃあ、やるならせめて空に撃ってね。射程が分かんないから、万が一のことを考えて」

 

「任せろ!」

 

 

何を任せるのだろう。誤爆したせいで脅かされる命かな。なんてことを呑気に考えるテンの真横で立ち上がったハヤトは己を奮い立たせる。

 

話してる間に疲労は回復したし、水分補給もしたし、準備は万端だ。

 

テンの話が確かならば、今から自分の指先から熱線が放たれる。『線』と表現されるのだから光線的なものが一直線に射出されると考えるのが妥当。

 

なら、万が一を想定して空に向かって撃つためにハヤトが取るべき姿勢は自ずと絞られる。

 

 ——右拳を天空へと突き上げ、人差し指を穿つかの如く伸ばす。暇な左手は照準が狂わないよう、右腕に添えた。

 

 

「よし」

 

 

 準備は整った。

 

単に右の人差し指を空へと高く突き上げただけ——たったそれだけでハヤトは精神を集中させ、熱線を放つ人差し指の指先を睨むと全意識を注ぎ始める。今この瞬間は、普段は騒がしい彼も静寂だ。

 

深呼吸。頭の中でまだ見ぬ『ジワルド』のイメージ。流石に全てをテンに頼るわけにもいかない彼は、言葉で聞いた『ジワルド』をなるべく鮮明に思い描く。

 

魔法とは、想像力が源。イメージさえ頭の中で明確に構築することができれば、それは己の力となって世界に現出する。使用者が許容できる範囲であれば、突飛なものを例外として必ず形に成るもの。

 

故に、ハヤトは指先から熱線が一直線に放たれるイメージを頭の中で懸命に想像。触れた存在の全てを焼き尽くす細き灼熱を、防御を無視して一点を貫く熱の刺突を。想像して、想像して、想像して。

 

 放つ———!

 

 

「いくぜ! ジワルドぉーー!」

 

 

大口を開けたハヤトが世界中に声を轟かせながら詠唱。溜めた全集中と意識を一気に解き放ち、脳裏に想像した光景を成さんと覇気の漲る呼び声で己の外側ではなく内側に強く呼びかけた。

 

直後。主の詠唱に呼応したマナがゲートから噴火の如く噴出し、我先にと伸びた指先の一点に殺到。「ここに集まれ、そして穿て」という稚拙な想像にも対応するそれらが指先に束になり、短時間で確立した想像に従って無属性のマナが陽属性に変化。

 

 そして、

 

 

「…………おぉ。すんげぇ。ですびぃむぅ」

 

 

唖然とし、聞き覚えのある技名を片言で呟いたのはテン。真上を見上げる彼は口を半開きしてアホ面を晒しているが、そうなってしまうだけの事実が目の前にあった。

 

視界の中で成された光景——天空へと突き上げた人差し指、その指先から言った通りの熱線が一直線に放たれている。軽い熱波を伴って指先の延長線上に伸びたそれは、熱線と言うよりも光線に近い。

 

正しく、テンが思い描いた通りの魔法。指先から放つ都合上、合計して十本もの熱線を放てることになり。これがあと九本も追加で撃てるとは、中々に恐ろしいものがあった。

 

それだけの魔法を放っておきながら、ハヤトは余裕そうな態度。初挑戦ながらに魔法を形として成立させた彼はたった今、熱線を撃ち出した指先を口元へと近づける。

 

それから、まるで発砲した拳銃の銃口に「ふっ」と息を吹きかけるように吐息し、

 

 

「——ドヤ顔していいか?」

 

「ダメ」

 

「どうだぁ! これが俺の新たな力だぁぁ!」

 

「バカっ! 指先こっちに向けんな! 誤発したらどーすんだよ! 怖いよ! 普通に怖い!」

 

 

ドヤ顔拒否に、意味などなかった。

 

歯を見せて笑うハヤトが表情に思いっきりのドヤ顔を浮かべると嬉々とした感情を爆発させ、これ見よがしに熱線を放ったばかりの人差し指をテンに突き出す。

 

割と危険な行為に戦慄しかないテン。仮に誤発して人体を貫いてしまったらどう責任とってくれるのか。目を剥きながら立ち上がると、弾き跳ぶような勢いで横に飛び跳ねた。

 

恐らく、魔法の基礎的な部分が固まっていた事が成功の理由だと着地しながらテンは思うが。それを踏まえてもたった一度の想像で『ジワルド』を形にしてしまう彼のセンスには舌を巻く。

 

 流石ハヤト。すげーハヤト。

 

 

「ジワルド……ジワルド。よし、覚えたぞ。これから実戦でどんどん使ってやる」

 

 

決して、期待していたわけでもなかった新たな力の習得に嬉しがるとハヤトは「やったぜ」と拳を握りしめる。テンと違う形ではあるが、ステップアップしたことに変わりはない。

 

けれど、使い所には気を遣わなければならない魔法だ。見た感じ熱線の射程は凄まじく長く、威力の方は多分ではあるが、どの魔法よりも高い。

 

無闇に撃とうものなら狙ってない被害が出そうだ。下手をすれば死人だって。

 

 

「扱いには気をつけねぇとな……。てか、指先から撃てるなら左右の指、合計して十本の熱線を一度に放てる、ってことでいいのか?」

 

「そうでしょ。マジで使うタイミングには気をつけてね。お前はただでさえマナの貯蔵量が多いのに加えて燃費が良いんだから。高火力の熱線をぶっ放されたら味方に被害が及ぶ」

 

「要は、フレンドリーファイアの危険があると。おうよ。分かった。気をつけるぜ。射線上に被らないように撃つよ」

 

 

「そうして」と。テンは服に付着した芝生をパッと払い、「さて」と手をパチンと叩いて空気を無理やり切り替え、

 

 

「お前が新しい力を習得したところで、今日はお終いにしよっか。俺は先に厨房に行ってるから。お前は汗を流してから来てね。夕食の準備するよ」

 

「おう。長引かせて悪かったな」

 

「ううん。いいモン見れたからへーき」

 

 

本来ならばもっと早く切り上げるべきだったハヤトの時間にテンは文句は言わない。首を小さく横に振る彼は、ハヤトが喜んでくれたのならなによりだと微笑む。微笑んで、そのまま屋敷へと歩き出す。

 

相変わらず親友想いのいいやつなテン。ハンドタオルや水筒を持ってきてくれたことを加味すると、気が利いた親友想いないいやつにランクアップする彼の背中をハヤトは追いかけ、横に並んだ。

 

短剣を得て自身の思い描く戦闘スタイルにまた一歩近づいたテンと、新たな魔法を習得して火力が強化されたハヤト。今日一日でほんの少しだけ強化された男二人はそうして、屋敷へと戻っていく。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

日が沈む世界で二人、仲良く並びながら屋敷へと帰宅する中、ふと思い出したようにテンは呟いた。

 

歩みは続けたままの彼は「なんだ?」と聞き返してくるハヤトを見ると、

 

 

「今日の夜、小一時間程度……時間ある?」

 

「あるが。なんでだ?」

 

 

夜は基本的に、レムのおもちゃにされる彼が時間があるかと尋ねてくるとは珍しい。それよりも大切なことがあるのだろうかと思うハヤトは不思議そうな顔つきで小首を傾げる。

 

向けられた疑問符にテンは「ふぅ」と一息。胸に抱いた疑問を分かりやすく表情に露出させたハヤトがその行為に不信感を抱く中、彼は「あのね」と改まった声色で告げた。

 

 

「明日、原作が開始するかもしれないから、お前に話しておかなくちゃいけないことがあるんだよね」

 

 

 






日常系のお話を書きすぎたせいか、唐突に戦闘描写を書きたい衝動に駆られたので後半は少しだけふざけました。

次回は、いよいよ目前に迫った原作開始にテンとハヤトが真面目に話し合うお話。原作一章におけるテンの存在価値が皆無(かもしれない)と知ったら、ハヤトはなんて言うんでしょうね。

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