親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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ラストスパートぉぉ!





いざ、全ての始まりへ

 

 

 ーーなんでも一つだけ言うことを聞いてあげる。

 

 

その言葉を耳にした途端、レムの動きはピタリと止まった。あれほど激しく抗議し、騒いでいた声が嘘のように。

 

テンのことを必死に呼び止め、自分も一緒に行くと我儘を強く言い続ける本能の声。このままでは迷惑だから今くらいは我慢しろと強く言い続ける理性の声。

 

告げられた言葉があまりにも予想外すぎて、一緒に行けない事以上に衝撃的すぎて、その二つの声が静まり返ったのだ。静まり返って、思考の停滞を余儀なくされていたのだ。

 

 

「なんでも……?」

 

 

思考は動かずとも口は動く。提案を聞いた途端に様子が一変したレムは、今のが自分の聞き間違えではないことを確認しようと投げかけられた言葉を口にし、

 

 

「そう。なんでも」

 

 

口角を小さく釣り上げるテンに初めて自分の声を肯定されると、彼女は聞き間違えではない確信を得た。自分を宥めるために発案された最終奥義が、今ここで使用されたのだと。

 

嘘を言っているようには見えない。ずっとテンのことを見てきたのだから、レムにはそれが直感的に分かった。自分に柔らかく笑む彼の態度は本気そのもの。

 

それはつまり。もし、ここで自分が我慢して彼の体から離れることができたら、自分は治療を終えて屋敷に帰宅した彼のことを一度だけなら好きなようにできるということであり、

 

 

「レムの言うことを一つだけ聞いてくれるのですか?」

 

「もし、離れてくれたらね」

 

「どんなことでも?」

 

 

提案された内容を執拗に確認したがるレム。話が着地した後で言い逃れができないよう、着実にテンの退路を塞ぐ彼女は入念だ。

 

その提案は彼女にとって、悲哀や絶望を容易くひっくり返してしまうほどの極上の蜜だったのだろう。先程までの痛々しい態度を引っ込めた彼女から負感情が抜け、代わりに妖しげな雰囲気が漂い始める。

 

今、彼女が何を考えているのかなんとなくテンは分かっていた。目の色を変えた自分の恋人が、妄想逞しい頭の中でどんな絵面を想像し、小悪魔じみた微笑をうっすら浮かべているのか。

 

しかし、ここで引き下がるわけにもいかない。逃げ道を確実に塞ぎにきている様子から察するに提案には乗っかってくれるようだから、彼は「うん」とぎこちなく頷き、

 

 

「どんなことでも。できる範囲で——」

 

「できる範囲でなら。なんてナシですよ?」

 

 

吐いた言葉に対して小さな抵抗を口にしようとした途端、先回りしたレムがテンの言葉を継ぐ。一つ残らず逃げ道を消し飛ばす彼女がにこやかに笑いかけながら、彼にとって最後の道を消した。

 

それは無しだろう。一つだけならなんでも聞いてくれると言ったのは他でもない彼で、そう言ったからにはなんでも聞いてくれないと自分は納得してあげない。

 

迷惑をかけているもの自分で、わがままを言っているのも自分なのに、なぜか提案されたことに難癖をつけるレム。非の割合が多いのは明らかに自分の方なのに、彼女は図々しい。

 

そんな彼女に退路を全て塞がれたテンは表情が強張り、頬が引き攣る。こちら側に非が無いと言えば嘘になるが、どちらかと言えばレムの方に非がある現状、なぜ自分が劣勢になっているのか。

 

 

「言葉そのままの意味で、なんでも、ですからね? どんなことであってもレムの要求を呑んでください。それなら、レムも我慢できそうです」

 

 

「それでいいですね?」と、レムは浮かべた笑みを崩さぬまま言い終える。真顔で言ってくれたのならよかったものを、その笑みで言われると底知れぬ恐怖を感じてしまうテンだ。

 

まるで、大型の猛獣に狙われる子うさぎにでもなった気分。既に牙の射程圏内に体を引き摺り込まれ、いつでも襲い掛かられる状況に入ってしまった獲物にされた気配。

 

撤回するのは——無理。二人のやりとりを見ている人たちの一人であるロズワールが「申し訳ない」と言わんばかりに両手を合わせて軽く頭を下げている。要求を呑め、ということだろう。

 

元を辿ればこの男が全て悪いのだが。責任の所在は完全にこの男にあるのだが。

 

 

「…………………………………はい」

 

 

異様に長い沈黙はあったものの、吐いた言葉を飲み込むつもりはないらしい。事の発端から焦点を外したテンは小さく頷き、クルシュ邸から帰宅した後でレムのおもちゃにされる覚悟を決める。

 

レムもそれで納得。「交渉成立です。言質、取りましたからねっ」と語尾を楽しげに弾ませながらくっつき虫状態を解き、意地でも離れないようにしていた彼の体からやっと離れたのだった。

 

 

 ——その自分を、エミリアがどこか羨ましそうな目で見ているとは知らず。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

短くも濃密であった一件に収拾がつくと、自ずと場の空気は出発へと向かっていくものだ。

 

朝っぱらからレムに暴走され、色々な意味で疲労したテンが一足先に竜車の中へと姿を消したが、それ以外の面々は各々の最終確認をしているところである。

 

エミリアとラムはロズワールから諸注意の確認を念入りに受け。パックは実体化させているだけでもかなりのマナの浪費を招くため、依代の中。レムは「今から数日分のテンくんを十分に補給せねば」と呟きながら竜車の中へ消えたテンを追いかけ。

 

 ハヤトは、

 

 

「刃こぼれは……ねぇな。昨日、ちゃんと磨いといてよかったぜ」

 

 

ハヤトは、装備の最終確認中。今日は化け物じみた女と戦うかもしれないと昂る感情を己の内側に秘めつつ、念入りに確認していく。

 

まず初めに、斜めがけの肩がけバックのように背負う鞘に納刀された己の大剣(相棒)を抜刀。身の丈ほどの刀身であるそれは、完全に背負っていてはスムーズな抜刀が困難になるという理由から、抜刀の際は背負った鞘を下ろす必要があった。

 

ガタンと音を立てて鞘が落ち、中から現れたのは刃こぼれが一つもない鋼の両刃。ロズワール邸の倉庫で埃を被りながら眠っていたそれは、今やハヤトの手に馴染んだ相棒。

 

 

「今日もよろしくな。頼りにしてるぜ」

 

 

言った直後、磨かれた大剣の腹が陽光を煌びやかに反射させた。あたかも、持ち主の言葉に対して「まかせろ」と応えるように。

 

どうやら、持ち主と同様にこちらもやる気は十分らしい。決して声が聞こえたわけじゃないが、それでもハヤトは「へへっ」と笑うと落ちた鞘を拾い、頼り甲斐のある相棒を納刀。

 

竜車に入る時に下ろすことになるから今は地面に置いておくとして、次はベルトのフックにかけたナックルの確認——否、確認するまでもない。毎日磨いているのだから。いつでも装備して戦える。

 

 なら、あとは服装。

 

 

「お前、なんでそんなに武装してるかしら」

 

 

服装を確認しようとしたところで、横で見ていた存在に声をかけられる。視線を向ければ、こちらを見るのは不思議そうに目を細めながら小首を傾げるドリルテールの幼女、ベアトリス。

 

いくら用心棒としての役割で同行するとはいえ、流石にやる気満々すぎやしないだろうかと彼女は思ったのだ。王都出発組に含まれる全員が戦う手段を持った人間なら尚更。

 

 それに、

 

 

「その服装はお前が戦闘服に使ってるもの……完全に戦う気しか感じられないのよ。そうなることを前提としている感、満載かしら」

 

 

普段からハヤトの鍛錬する姿を隠れて見ているベアトリスには、彼の服装が引っかかった。今の服が私服兼運動用に使用している服ではなく、以前、自分と共闘した時に纏っていた防護の加護の術式が刻まれた戦闘服であることが違和感に感じる。

 

黒を基本としたインナーの上から手首まで隠れる真っ白の分厚い羽織を被り、下は上に合わせた丈の合った真っ白なパンツ。とても分かりやすく言うなれば空手の道着。ヒラヒラした羽織を黒色の帯でキツく結べば完璧にそれ。

 

根っからの武闘家である本人の意思が真っ直ぐに反映された服装は、彼が本気で戦う時に着用される装備の他にない。なぜ、ロズワール邸の倉庫にそのような物が置いてあったのかは永遠の謎だ。

 

 ともかく。

 

 

「今日、なにかあるのかしら?」

 

 

ハヤトの真剣な顔持ちから不審なものを感覚的に感じ取り、感じた不審感が完全武装を見たことでベアトリスの中で膨らみ続けてしまう。

 

彼女だからこそ分かる自分の違和感を指摘されたハヤトは「あ?」と眉間に皺を寄せ、

 

 

「そりゃもちろん………」

 

 

 原作が始まるからだ。

 

そう言いかけた口をハヤトは咄嗟に閉じる。自分の様子と武装だけで何かあるのではと見抜く鋭い観察眼には舌を巻き、危うくそのままのノリで口にしてしまうところだった。

 

言ったところで「なに言ってるかしら」と言葉の意味を理解されずに一蹴りされるだろうから言っても問題はないと思うが、敢えて事実を口にする必要もない。

 

代わりとしてハヤトは指をパチンと鳴らし、

 

 

「だいぶ前の話になるがな。俺とテンとレムとラムの四人で王都に行ったとき、道中で賊に襲われたんだよ。だから、そうなったときのためだ」

 

 

「ま、こんな武装しなくたって余裕で返り討ちにできそうな面子だかよ」と、ハヤトは訝しの目を向けてくるベアトリスに歯を見せて笑いかける。その笑みに嘘偽りはなく、いつもの太陽のように輝かしい笑みだった。

 

本当のことを言ってはいないが、嘘はついていない。過去にその一件で王都をちょっとだけ騒がせていた一味と殴り合い、詰所まで連行したことがあった記憶がハヤトにはある。

 

もし、そのような面倒な連中が襲ってくるのだとしたら、用心した方がいいことに違いはないだろう。敵対する存在に手を抜くつもりも、容赦するつもりも、情けをかけるつもりもないのだから。

 

 要するに、

 

 

「備えあれば憂いなし、ってやつよ。もしかしたら、俺よりも強ェ奴と戦うことになるかもしれねぇだろ? そうなったときのために、俺はいつも万全の状態を保ちたいんだ」

 

 

拳をぐっと強く握りしめ、ハヤトは眼光を鋭く尖らせながら語る。途端、太陽の笑みが一瞬にして好戦的な笑みに変わったのは、ベアトリスの気のせいではないはずだ。

 

俺よりも強ェ奴——この場合だと『腸狩り』の異名を背負うエルザ・グランヒルテのことを指す。今日、もしかしたら命の取り合いをすることになるかもしれない化け物のことを。

 

恐怖などない。寧ろ、自分の知らない化け物と一戦交えることができて昂るばかり。ここ最近の鍛錬は衰えた肉体の機能回復(リハビリ)ばかりでつまらなかったところだ、鈍った体を解せて好都合。

 

それにあの女は、この世界から見ても上から数えた方が名が上がるのが早い実力者。そんな相手と戦えるなんて、これ以上に喜ばしいことがあるだろうか。

 

 相手にとって、不足なし。

 

 

「自分よりも強い奴()がいるって、すげぇワクワクするよな。早く、戦ってみてぇよ」

 

 

思考回路が完全にバーサーカーのそれなハヤト。

 

戦闘の事となるといつにも増して荒っぽさが増す彼は手の平に拳を合わせ、エルザを含めたまだ見ぬ格上を見据えるように空を仰ぐ。勿論、好戦的な笑みを強くギラつかせながら。

 

一体、これから自分はどれほどの窮地に追い込まれて、絶望に打ちのめされて、地獄を味わうことになるのか。思いつく相手の殆どが化け物すぎて想像もつかない。全くもって恐ろしい。

 

けど、どうしてだろう。怯える心が一欠片たりとも己の中に存在していなかった。これまでに味わってきた窮地が、絶望が、地獄が、人並み外れすぎて感覚が狂ったか。

 

否、なんだっていい。目の前の現実に情けなく膝を振るわせる臆病な気持ちさえなければ、あとはどうにでもなる。

 

 

「——あまり、無理すんじゃないかしら」

 

 

気合十分、あとは時を待つだけ。

 

そんな風にハヤトが燃ゆる闘志を密かに抑えているとき、その声は不意に彼の鼓膜を優しく叩いた。同時に、服が弱い力でちょんちょんと引っ張られる。

 

平然と毅然の二段構えで装った不安そうな声だなと、ハヤトは直感的に思った。何一つとして声に乱れはないものの、しかし彼には伝わってしまうものがあった。

 

声と、弱い力の方向に顔を向ける——ハヤトの視界に映ったのは、こちらを見上げるベアトリスが服の裾をつまみながら引っ張っている光景だった。

 

すぐ真横に、澄ました顔の彼女がいる。普段と何も変わらない表情なのに、なぜか不安そうにしていると思ってしまう存在が、

 

 

「変な真似して、馬鹿みたいに突っ走って、死んだりしたら……。ベティーは、お前を一生恨むのよ」

 

 

そう言って、真っ直ぐにハヤトの目を見つめた。

 

ハヤト以外を意識から除外し、視線の先にいる存在だけに熱を注ぎながら、無理も無茶もする男の体をベアトリスという名の鎖で縛り付ける。

 

彼は心に熱が入ると視野が狭まって、体の心配を無視して頑張ってしまうから。ベアトリスは自分自身が彼の制御役として名乗り出た。いつもは彼の親友がいるけど、今回はそうもいかないから。

 

遠回しな言い方をするわけでもなく、真っ直ぐに。以前までの自分なら恥ずかしくて言えない想い(言葉)を、隠すことなく直球で胸に投げかけた。

 

 

「………お前にそんなこと言ってもらえるとはな。今のは、ちっとばかし震えたぞ」

 

 

何が彼女の感情に触れてしまったのか、分からないハヤトではない。けど、ここで彼女の想いに敢えて触れるのも野暮だろう。

 

彼女が伝えたい言葉は、今ので全部伝わった。全てを言葉にせずとも、今の言葉にはそれらの想いがぎゅっと凝縮されていた。

 

だからだろうか。自然と表情筋が緩むハヤトは、心なしかいつもよりも距離が近く感じるベアトリスの頭に手をそっと添え、

 

 

「心配すんなって。俺はそんなにヤワじゃねぇし、この世界に未練を残して死ぬほど無責任な野郎でもねぇ。お前もよく知ってんだろ? 安心して、俺の帰りを待ってな。出迎えてくれてもいいぜ?」

 

「………傷の手当てくらいはしてやるのよ」

 

「そうか。ありがとな、ベアトリス」

 

 

珍しく自分に素直なベアトリスに優しく微笑みながら、ハヤトは手を添えた頭を撫でる。先程の好戦的な笑みと比較して随分と差があるそれは、彼が他人に愛情を注ぐために見せるものに違いない。

 

彼は、こんな顔を見せることもあるのだ。誰かの心を落ち着かせるために、兄貴のような頼もしさと安心感を抱かせる笑みを浮かべることもあるのだ。

 

残念なことに、戦闘となると途端に色を変えてしまうけども。尤も、偶に見せるから効果的なのかもしれないとベアトリスは思っていたりする。

 

現にこうして、胸の奥でふつふつと湧き上がる感情を抑えるために服の裾を摘んだ指に力が入っているのだから。

 

 

「なんだ? お前も寂しいのか? 手ぇ握ってやろうか?」

 

「冗談はやめるかしら。ベティーをあんな、人目も憚れない寂しがり屋と一緒にすんじゃないのよ」

 

 

行ってほしくない——そんな思いが力となるベアトリスにハヤトは割と真面目に提案したつもりなのだが、彼女は本気にしていない。つまむ力と反して軽く鼻で笑われ、差し出した手を払われる。

 

素直なのか素直じゃないのか、よく分からない。けれど、頭を撫でられることに関して触れてこないあたり、そういうことなのだろう。

 

やっぱり素直だ。寂しがり屋だ。可愛いやつだ。

 

普段はツンの傾向が見られるも、時々デレの傾向が色濃く浮かび上がるベアトリス。そんな愛らしい幼女にハヤトは「どうだか」と、嬉しそうに笑い、

 

 

「まぁでも、お前が見送りに来てくれたこと、結構嬉しいぜ。少し前のお前だったら絶対に来てくれなさそうだし」

 

 

これ以上、彼女の心に触れるのも無粋。そう判断したハヤトが静かに話題を切り替える。完全に切り替えられた感じはしないが、少しは反らせたはず。

 

実際、彼女が見送りのために玄関前に足を運んでくれたことがハヤトとしては少しばかり驚きだった。否、ハヤトだけではなく彼女以外の屋敷の住民、全員が驚いた。

 

基本、自分から屋敷の外に足を出さない彼女が。見送るとしても窓際で玄関を見つめるだけだった彼女が。今、こうして自分の隣にいる。隣で、裾を握っている。

 

なにか、彼女の中で変化があったのかもしれない。禁書庫に閉じこもっている自分を変えるだけの、劇的な変化が。どんな変化なのかは曖昧だけれど。

 

変化の拠り所は——考えるでもない。彼女の想いが注がれる人間、それが拠り所。

 

 

「別に、気が向いただけなのよ」

 

 

そんな男に返された言葉はそっけない。つまんだ裾を離す彼女は「ふんっ」と鼻を小さく鳴らしながら腕を組み、ハヤトからプイっと顔を背けてしまう。

 

照れ隠しというべきか。あるいは、素直な顔が内側に引っ込んだというべきか。即席のそれっぽい理由が思いつかず、いつものように適当に誤魔化した。

 

それでも頭の撫でりこを受け入れる姿勢は継続中。本人は「撫でられてやってる」と言わんばかりの態度だが、撫でに対して否定的な発言を一度もしていない状況だと違和感に感じるのが当然の話。

 

今、この愛らしい幼女を抱きしめてやったらどんな反応を見せてくれるのだろう。なんてことを不意に考えたハヤト。彼は「そうかい、そうかい」と撫でりこの最後に軽く頭をポンとたたき、

 

 

「理由はなんであれ、来てくれてありがとうな」

 

 

言った直後、ベアトリスの頭から心地よい感覚が離れていく。ふとした瞬間から浸ってしまいそうになる優しい温度が、離れていく。

 

突然のことに顔が勝手にハヤトの方を向く——彼は大剣を肩に担いでいるところだった。地面に置いた己の相棒を背負う行動が意味することは、

 

 

「行くのかしら?」

 

「おうよ。向こうも終わったっぽいしな」

 

 

担いだ大剣の重みを感じながらハヤトが一つの方向に視線を向ける。釣られたベアトリスが彼の視線を辿ると、その終着点には少し離れたところで話をしていた数人がこちらに向かって来ている光景があって。

 

察するに、話が済んだのだろう。ニヤついた表情を浮かべるロズワール。竜車の中を妙に気にしているエミリア。特にいつもと変わりのないラム。

 

諸注意について話していた一人と、話されていた二人の合計三人がハヤトとベアトリスの前に来ると、

 

 

「待たせて悪かったねぇ。話は済んだかぁーら、そろそろ君たちには出発してもらおう。レムがすこぉーしばかし暴走してくれたお陰で時間も押してるしねぇ」

 

「あれはお前にも責任があると俺は思うが?」

 

「それを言われてしまっては返す言葉がないねぇ。テン君には悪いことをしたと思っているよ。勿論、レムにも」

 

「顔がそう思ってる顔じゃねぇよ」

 

 

心傷の意を込めて胸に手を添えるロズワールだが、残念なことにハヤトには全く伝わらない。相変わらずのピエロメイクで、ニヤついた顔を浮かべながら言われると尚のこと。

 

多分、否、絶対にあの状況を楽しんでいた節があるはずだ。申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、あの状況を狙って作り出した気配をハヤトは察している。

 

なんせ、この男はそういう男なのだとハヤトは知っているのだから。自分と同じく、暴走するレムと狼狽えるテンという光景を面白いと感じてしまう性格だとよく理解している。

 

 ともかく、

 

 

「んじゃ、とっとと出発するか。ここに長居しても向こうに着く時間が遅れるだけだし」

 

 

「ちょっくら行ってくるぜ」とベアトリスに手を振り、ちゃんと振り返されたのを確認したハヤトが鞘に収められた大剣を肩に担ぎ直し、竜車へと歩きながらエミリアとラムに目配せ。

 

その一言と目配せだけで出発の雰囲気を強引に作り出されると、エミリアは「うん。そうしましょう」と頷き、ラムはロズワールに一礼した後に御者台へと身軽な動きで飛び乗った。

 

なんの違和感もなくエミリアとラムに便乗させ、場の雰囲気を整えられるハヤトの統率力の高さが表れた瞬間と言っていい場面が過ぎると、いよいよ竜車は王都へと向かうことになる。

 

 

「うっすー。レム、そろそろ出発するからテンのやつから離れてくれ」

 

 

そう言い、竜車に近づいたハヤトが客車の扉を開けながら中の様子を確認。顔を覗かせて見えたのは、椅子に座るテンにレムが深々と抱きついている光景だ。

 

予想通りすぎる。今から数日間も会えなくなるからその分のテンを補給するとレムは語っていたし、その時点で彼女がテンに濃密に絡んでいることは決定したようなもの。

 

恋人同士、仲良しなのは良いことだ。それが出発を遅らせるような事態に繋がるのは遠慮したいところではあるが。

 

 

「だってさ。ほら、レム。離れないと。約束の時間だよ」

 

 

二人だけの甘々な時間、その終わりを告げたハヤトの声を聞いたテンがレムの背中を優しく叩く。

 

竜車が出発するまで好きなだけ甘えなさいという約束を超過しないよう、彼は極限までくっつく小柄な体を引き剥がしにかかり、

 

 

「………分かりました。約束、ですもんね。ここはレムも我慢します」

 

 

少しの沈黙を越えて、彼女は名残惜しそうにではあったものの、テンの体から離れてくれた。今度は、先程のようにわがままな態度を見せたりはしない。

 

テンとの間で交わされた約束事を支えに、彼女の中で割り切ったのだろう。帰ってきたら彼を好きなようにできるという甘美すぎるご褒美を頭のど真ん中に置き、想像した未来絵図に心を震わせる。

 

そうすると、抑えきれない愛情(衝動)が不意に噴火し——、

 

 

「テンくん」

 

 

名を呼んだ瞬間、レムは数センチだけ顔を前に動かす。胸に添えた両手で彼の服をきゅっと握りしめ、息を詰める。

 

元からゼロ距離に等しい距離にいたのだ。それだけしか動かなくとも彼女の桜色の唇は愛する人の頬に口付けを成功させていて、

 

 

「——いってらっしゃい。早く、帰ってきてくださいね」

 

 

それを別れの挨拶とし、レムはハヤトの横を抜けて足早に竜車の外へ。愛のみで彩られた満面の笑みを置き土産として残し、頬を紅く色づかせながら、照れるように客車から姿を消した。

 

テンからすれば完全な不意打ちである。抱きしめるだけに終わるはずが、最後の最後で油断していたところに大打撃。頬に残る柔らかな感覚を神経が理解すると、状況を飲み込んだ心に動揺が走った。

 

割とすんなり行われた口付けに硬直したテン。レムと入れ違いで客車に入ったハヤトは大剣を立てかけながら、そんな彼の正面の椅子にどかっと座ると、

 

 

「お前も大変だな」

 

「まぁね。ずっと振り回されてるよ」

 

「顔、ニヤけてんぞ」

「うるせぇ。黙ってろ」

 

 

楽しそうに揶揄ってくるハヤトに雑な対応をしたテン。頬にキスされた甘い余韻がどうしても長引く彼はなんとか立て直そうとするも、簡単には治ってくれそうにない。

 

やばい、ニヤける。気持ち悪い笑みが浮かんでしまう。浮かんで、見られてしまう。せめて隠すために俯き、顔を両手で覆った。行動自体がニヤける自分を雄弁に語るようなものだが、見られよりは何倍もマシ。

 

 しばらくはこのままでいよう。

 

 

「テンのばーか」

 

 

そう思っていた矢先、彼は隣の席に座ってきたエミリアに意味の分からない罵倒を向けられて結局は顔を上げなければならない羽目に。

 

体勢は変えぬまま顔だけ横に向けると、そこには何故かご立腹のお嬢様が一人。むすっと頬を膨らませてはテンのことを可愛らしく睨み、突き刺した人差し指で彼の肩をぐりぐりしている。

 

 

「なに。俺、なんかしちゃった? したなら謝るけど」

 

「知らないもん。テンのおたんこなす」

 

 

思い当たる節がぱっと浮かばなかったテン。彼は困惑げに小首を傾げるが、エミリアにとってはよろしくなかった。ぐりぐりの力が増し、細い人差し指が更に深く入り込む。

 

理由は分からないけど、明らかに怒っていることは分かった。怒っているというよりも拗ねているの方が表現としては正しいかもしれない。

 

なんとなく、感覚的にそんな感じがする。

 

 

「えっとぉ………。ごめんね」

 

「なにが、ごめんね、なの?」

 

 

応急処置として謝罪の言葉を述べるテンにエミリアは辛辣だ。基本的にテンと一緒にいると甘ったるい態度を見せることが多い彼女も、今は違う。

 

キスの余韻が引いたテンがニヤけ面を引っ込めて目を合わせようとしても、絶対に目を合わせてやらないと言わんばかりに彼女は顔を背けてしまう。

 

それはまるで、デートの日に遅れてやって来た彼氏を怒るような態度——とは流石に言い過ぎだろうかと、ハヤトは思っていたり。

 

絶対にそうじゃないけれど、それに近しいものがある。目の前の二人を見ていると、なぜか街中で見かけたことのある絵面が脳裏に過ぎった。

 

 

「なにがごめん、って……」

 

 

 そう言われましても。

 

そう言いかけた口を閉じ、テンは自分の落ち度が一体なんなのかとここ数分間の記憶を遡り始める。依然として肩ぐりぐりの刑を実行してくるお嬢様は何が嫌だったのか、と。

 

ここ数分間の記憶といえば、レムに抱きつかれていたことくらい。あとは、彼女に寂しい思いを我慢してくれる代わりになんでも一つだけ言うことを聞いてあげると約束したことくらいであり————、

 

 

「………あ」

 

 

 瞬間、テンは己の落ち度を理解し。エミリアがご立腹な理由を察した。

 

察せたのは、今この瞬間にエミリアが胸に抱く想いがあまりにも純粋なものだったから。それと、彼女が自分に向ける感情の意味を真に理解できているから。

 

多分、レムに嫉妬でもしたんだろう。彼女もまたレムと同じでテンに対しては遠慮知らずな我儘お嬢様なのだ、その気持ちを胸に秘めることなどせずに全開放している。

 

自分で考えていて気色悪いことだと心底思うけど、間違っていないと思う。事実としてお酒に酔った彼女は本音をぶちまけたとき、レムばかりではなく自分のことも見ろと、そう言っていた。

 

 今回も、それと一緒。

 

 

「ごめんね。エミリアのこともちゃんと見てなくて。悪かったよ」

 

「気付くのが遅い。テンのばか」

 

 

自分の落ち度を認めたテンが今度こそ理由込みで素直に謝り、数秒間だけ考えた末に導き出した理由が正解であると知らせるエミリアがやっと目を合わせてくれた。

 

こちらを見つめる紫紺の瞳は、いつになく冷めている。久しぶりに向けられたそれから察するに、知らない間に相当やらかしてしまったようだ。

 

朝からドタバタ騒ぎでエミリアのことが一時的に視野から外れていたのが、彼女にはしっかりバレていたらしい。完全にご立腹で、完璧に拗ねている。

 

 さて、どうしたものか。

 

 

「——では、行ってまいります」

 

「うんっ。三人のことはよろしくねぇ」

 

 

どうやってエミリアの機嫌を取り戻そうかとテンが考え始めたところで、不意にラムの声が客車の中へと流れてきた。直後、手綱を握る彼女の意思に従って地竜が足を踏み出し、車体が小さく軋む。

 

そうしてテンが考えていたとしても、やはり世界は無感情に時を刻んでいくものだった。それ即ち、地竜の準備を整えた御者台に座るラムがロズワールに一声かけ、竜車がいよいよ王都へ出発し始めたのだ。

 

考える時間すら与えてくれない世界の事情には心の中で愚痴を吐き捨てておくとして、テンはベアトリスに手を振るために窓から顔を出すハヤトの横からひょこっと顔を出すと、

 

 

「それじゃあ、また数日後に! 次、屋敷に帰ってくる頃には元気な姿を見せれるように頑張ってくるね!」

 

「テンくん! 早く、なるべく早く帰って来てくださいね! レムはテンくんの帰りを心待ちにしています!」

 

「分かったーー! レムも元気でね!」

 

 

それが、正真正銘、別れの挨拶となった。

 

我慢しても寂しいのか、遠ざかる竜車を追いかける挙動を瞬間だけ見せたレム。手を振るハヤトに仕方なさそうに手を振り返すベアトリス。顔を出した男二人に軽く手を振るロズワール。

 

三人の反応を背に、王都出発組を乗せた竜車はロズワール邸からどんどん遠ざかる。動き始めは地竜の準備運動のために緩やかに進むも、それを越えてしまえばあとは加速するばかり。

 

加護が展開し、加速に加速が重なり、車輪の回転速度が凄まじく高速化。出発から三十秒も経てば僅かに傾斜のある街道に入り、見送る住民の視界から竜車の姿は完全に消えたのだった。

 

 

 こうして、エミリアとテンを含めた王都出発組は王都へと進み行く。

 

 テンの一抹の不安と、ハヤトの昂る感情。運命の日を迎えた二人の思いを乗せて、竜車は地獄へと進み行く。

 

 ——いざ、全ての始まりへ。

 

 

 

 

「ねぇ、テン」

 

「ん?」

 

「テンの首筋にある……この、歯で噛まれたみたいな痕はなに? すごーく痛そうだけど。もしかして、レムが関係してるの?」

 

「あ、その、ぇと、これは——」

 

「おやおやおやおや。我が親友よ、ちょっと首筋ぃ見せろや。お前、レムにナニされたんだよ」

「なになに? ボクにも見せてよ」

 

「絶対にやだ。近寄ってくんな。パックは早く依代に戻れ。今だけ実体化すんじゃねーよ。どさくさに紛れてエミリアは寄りかかってこないの……(いて)ぇ!? 今、なんで抓った!?」

 

 

 そんな、たわいない話を横に添えながら。

 

 

 






最終話が目前な今、未だにスバルの扱いを確定できていない模様。召喚させるか問題、させたとしても性別どうするよ問題、などなどの壁が立ちはだかっております。

これもう、いっそのことスバル大罪司教化ルートにしようかなとスバル闇落ちルートを読みながら思いましたが、そうなると詰みが確定するので没。

おいおい。どうすんだよこれ。

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