親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

18 / 171

前回、感動的な場面で雰囲気をぶち壊したテン。彼は一体どうなっちゃうんでしょうね。




騎士見習いとネコ ひよっ子と幼女

「テン。ボクは怒っているよ」

 

「ほんとにすみませんでした」

 

 

脳天から湯気を薄く発生させ、膝を丸めながら平伏して謝るのはテン。そして、彼の前には腕を組みながら睨みつけているパック。更に二人の間には「私は大丈夫だから!」と小動物みたいにおろおろしているエミリア。

 

先ほどの良い雰囲気をたった一言でぶち壊したテンによってその雰囲気はどこへやら。それにより感心していたパックの癇に障ってしまい、完全に怒りモードとなった彼にテンは叱られていた。

 

あんなに自分の娘に対して真摯に向き合っておきながら。あんなに自分の娘に期待させるような言葉を掛け続けておきながら。その期待した眼差しを至近距離にしながら、

 

 

 ーーハヤト。起こしてねぇや。

 

 ーーなに言ってんだ、コイツ?

 

 

怒り心頭である。

 

あのままちゃんと締めてくれたのなら良かったものの。今のところハヤトの方がエミリアよりも大事らしい、意識は彼の方へと向いたせいで彼女の期待を僅かながら裏切った。

 

父親の威厳とばかりに叱りにくるパックにテンはただただ平謝りするしかない。繰り出された鉄拳もとい氷塊は手加減を考慮してもだいぶ大きなもので、物理的に顔を沈まさせられるレベル。

 

激突の瞬間は本当に目の奥で火花が散ったほどだ。下手したら、脊髄がやられたのか思うような威力。今でこそぴんぴんしているが、食らった直後は意識が朦朧としていたほど。

 

 

「パック、私は全然気にしてないからそこまでテンをいじめなくてもいいわよ?」

 

「リアは優しいなぁ。でもね、それじゃダメなんだよ。あの場面はリアの事だけに意識を向けるべき時だったんだ。それを……」

 

 

視線が芝生に向くテンの耳に入ってくる会話的に色々とやらかしたと察する彼は背筋が凍りつくような寒気を感じた。

 

エミリアは許してくれるそうだが、パックは首を縦には振らず。彼的にはエミリア以外に意識が向いた事がご不満な様子だった。

 

彼の意見も尤もだ。あの場面は彼女のことだけを考えるべきで、それ以外は気にしてはならない。

 

自分とエミリアの関係を一つ前に進められたかもしれない大切な一コマだったのに。それを親友を起こさなくてはという、いつもの癖が邪魔した。

 

 

「いいかい、テン。君はもう少しリアの騎士になる自覚を持つべきだよ。あんな事まで言ったんだから、ちゃんとしてもらわないと」

 

「はい、ごもっともです」

 

 

完全に土下座スタイルのテンの前には依然として仁王立ちのパック。先ほどまで掌サイズだったその姿が、今は人間の幼児ほどの大きさにまで巨大化し。高くなった視線でテンのことを見下ろす。

 

顔をあげようものなら再び氷塊が、今度は顔面に炸裂するだろう。絶対に顔は上げられない。

 

 

「それに、リアのことを守るなら今よりももっともっと君はリアのことを知るべきだ。あ、でも、ボクの娘は渡さないからね?」

 

「はい、存じております。そのような不純な気持ちは一切混合させません」

 

「そこまでキッパリ言われると、ボクの娘には魅力がないみたいに言ってる気がするんだけど」

 

「勘弁してください。そんな事はないです」

 

 

体温が確実に下がりつつあるテンが「あ、死ぬ」と本能的に理解した。本気ではないだろうけど、そこそこにパックの触れてはならないところに触れてしまった自分は、もう助からないのか。

 

最近、レムといいパックといい。怒られる事が多くなってきたと思う。ついさっき怒られたばかりなのにもう怒られるとは、これ如何に。

 

休むためにここに来たのに、逆に疲労している本末転倒の状況。そんな時、テンに救いの手が伸ばされた。

 

 

「パック、もうやめなさい。そこまでやったら私も怒るんだから」

 

「いたい、いたい! もう怒ってる怒ってる!耳、耳が千切れちゃうよ!」

 

 

聞こえてきたのはエミリアの少し張りのある声。そしてパックの金切り声。

 

声しか聞こえないから分からないが。エミリアが何かしらパックにして、彼を目の前から遠ざけたような感じ。それもパックに攻撃という名の制裁を仕掛けてるような。

 

訳がわからず困惑していると、不意に肩を掴まれ身体を起き上がらせられた。視線が芝生から正面に向き、そこにはエミリアと彼女の膝の上で耳を押さえているパック。

 

なるほど。耳を引っ張られて強制的に下げられたというわけか。あのパックをそれ一つで抑えられるのは流石としか言えず、テンには今のエミリアが女神様のように見えた。

 

 

「あ、ありがとうエミリア。今のお前が俺には女神様に見えるよ」

 

「変なこと言わないの。あと、あたま大丈夫?」

 

「悪意は無いだろうけど。それは、心に刺さる言い方だなぁ」

 

 

氷塊のことを指しているだろうが、その言い方だと頭がイカれてるみたいに聞こえる。エミリアが言うとそれに磨きがかかって心に突き刺さった。

 

まだじんわりと痛みの残る頭をさするテンは、「平気だよ」と繋げて、

 

 

「俺も悪かったし、気にしてないから。あの場面は俺が空気読めてなかっただけの話だから」

 

「でも、かなり痛そうに見えたけど」

 

「大丈夫、大丈夫だから。大丈夫よ」

 

 

心配そうに覗き込んでくるエミリアに、大丈夫を連呼するテン。側から見てもかなり大きめの氷塊だったらしいのか、彼女の心配も大袈裟なものとなっていた。

 

最終的には、テンが大丈夫だと言い切ったことで彼女も納得してその話は終わりとなり。彼女は膝に座るパックのことを少し睨みながら、

 

 

「パック」

「分かったよぉ、リア」

 

 

耳がしゅんと垂れ下がるパックに、不機嫌そうに彼の名を呼んだエミリア。その一言で意思疎通が完了したのか、彼はゆっくりとテンの前に浮かんで来た。

 

先ほどの威厳は何処へやら。まるで、弟を叱る姉のような態度のエミリアにパックは反抗する間も無く萎縮させられた。

 

こうして見ると、エミリアとパックは本当に仲が良いと思えるテンはその関係値の高さに微笑みつつ、その後ろでムスッとする彼女に苦笑し。微妙な表情を浮かべる。

 

そんな彼を前にパックは「ごめんよ」と垂れ下がる耳と同様に頭を軽く下げると、

 

 

「ボクも少し大人気なかった。テンも悪気があったわけじゃないのに。少し、アツくなってたよ」

 

 

ちゃんと謝るパック。その威厳のなくなった萎縮ようにテンは息をこぼすと、

 

 

「いいよ、気にしないで。自分の娘のことなんだからアツくなるのは仕方ないでしょ。親の性ってやつよ。別に気にしてない」

 

「……本当かい?」

 

 

「本当だよ」と頬を上げるテン。怒られたことに関して特に気にしない彼は余程のことがない限り怒る事はしない。争い事をなるべく避けて通る彼は何事も穏やかに終わらせる性格なのだ。

 

テンが本気で怒る時。それは、本当に心から頭にきている場合のみ。自分の気持ちを抑える癖のある彼が感情をハッキリと表に出すとしたら、その前にきっと手が出るだろう。

 

故に、今のことも全く気にしてなかった。氷塊についてはエミリアが自分の代わりに制裁を下してくれたし。自分がとやかく言う必要もなし。

 

 

「それに、パックの言い分にも一理あるからね。正論言われて怒る程、俺は子どもじゃないよ」

 

「そうか、それは良かった。テンならボクの言ってることも分かると思っていたよ」

 

「テンが優しいからって調子に乗らないの」

 

 

テンが許すと分かった途端、下がっていた耳と頭がピンと伸び、笑みをはじけさせたパックだったが。真後ろから伸びたエミリアの手が彼の耳をグイグイ引っ張っていた。

 

またしても「いたい! いたい!」と身体を暴れさせるパックを咎めるエミリア。そんな二人が面白おかしくて笑みをこぼしたテン。

 

 

「エミリア、それ以上はパックの耳の毛が無くなっちゃうからやめておきなよ。俺は怒ってないから。君が怒る必要もない」

 

「……テンがいいなら。私もいいけど」

 

 

彼女の手からパックを解放させたテン。彼は大事そうに自分の耳をさするパックを片手に乗せた。当の本人が許すと言っているのだから、これ以上は平気だと判断したエミリアも口を出す事はしなかった。

 

形としてテンに救われたパックは怖い目に遭ったと身を縮めて、

 

 

「ありがとう、テン。君の優しさがなければ今頃ボクは自分の娘に本気で叱られるところだったよ」

 

「親が子に本気で叱られんなよ。そこは親としてどうなのさ」

 

「自分の意見をちゃんと通すような娘に育ってくれてボクは嬉しく思うよ」

 

「さっきの威厳どこいった」

 

 

手の平の上で腰に手を当てるパックが、嬉しそうにエミリアに視線を向け。彼の親バカに呆れるテンが娘への甘さに対して鼻で笑う。

 

ついさっきまでの緊張した雰囲気とは一転して仲良さげに話す二人を目にしたエミリアは、

 

 

「なんか二人とも、すごーく仲が良いのね」

 

 

二人を交互に見て、そんな風に呟く。その発言にテンとパックは顔を見合わせ、頷き合うと。

 

 

「なら、仲直りしよか。パック」

「うんうん、仲直りしようね。テン」

 

 

 

そう言って互いの拳を合わせたのだった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

ハヤトは基本、テンが起こしてくれなければ余裕で朝を寝過ごす人間だ。

 

 

お仕事で疲れた身体のままに鍛錬をし、日を跨ぐ時間帯に彼は屋敷へと戻り、風呂などを済ませるため、彼の就寝時間は夜中零時を半分過ぎた頃になる。

 

布団に入ってから三十秒もしないうちに爆睡してしまう彼の睡眠時間は、起こされる時間帯によるが平均して六時間と十分な睡眠を取っていると言えるだろう。

 

 言える、のだが。

 

 

「ーーーー」

 

 

現在、陽日の七時を過ぎた頃。本来ならば使用人として起きてなければならない時間帯。ハヤトは未だに布団の温もりの中で穏やかな寝息を立て続けていた。

 

十分な睡眠時間を取り、体の疲れを癒したはずの彼の精神は、しかしまだ足りないと眠り続け。若干開いた口からは薄くいびきが溢れている。

 

正しく、安眠そのものである。

 

 これは余談だが。

 

起きる順番としては。四時四十五分頃にレムが目覚め。その十五分後にテンが目覚め。その一時間後にラムとハヤトが起こされる。朝の弱い二人を朝が強い二人が起こす形。

 

そして今。重ねるが、時刻は陽日の七時と起床時間を一時間も過ぎている。使用人としてあるまじき事態。

 

 

「脳筋。朝よ、そろそろ起きなさい」

 

 

故に、彼は叩き起こされる。

 

ドアを勢いよく開けたラムがつかつかと寝台の横まで近寄り。彼の爆睡度合いを確認。ここまでは、テンと同じだ。

 

それなら、ここから先はカーテンを開けて朝日を顔面に浴びさせ。窓と扉を開けて冷たい風を中へと侵入させ。最後に体をぐわんぐわん揺らすことで彼の意識は覚醒させられる。

 が、

 

ラムはそんな回りくどいことをする程ご丁寧な性格ではない。テンの様に優しい方法で起こすなど彼女の頭にはカケラもなく。

 

彼の寝顔を見るラムは「ハッ」と冷たい視線を向けると、その場で何度か屈伸運動。身体を解すような柔軟を数秒間したのち。

 

床を蹴り上げ、ハヤトの真上へと跳躍。そのまま両足に全体重を乗せて。

 

 

「起きなさい!」

 

「おごぁあ!?」

 

 

手加減なしのドロップキック真上verを彼の土手っ腹へと豪快にぶち込んだ。

 

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

制服に着替えたハヤト。彼は不機嫌そうに腹部を押さえていた。理由は簡単、ラムによる目覚ましドロップキック真上verがそこに炸裂したからである。

 

寝ていたと思ったら、突然訪れた激痛。体をくの字に折られたと同時に目が一気に覚め、何事かと目を開けばそこには痛みの元凶であるラムの両足が腹部に突き刺さっていた。

 

寝起きが悪く、かつ頑丈な体をもつハヤトは並の揺さぶりでは起きないため、いつもテンが色々と頑張ってくれているようだが。ラムの場合はそんな回りくどいやり方はしなかったようで。

 

いつもなら、テンが優しく起こしてくれるのに今日はラム。それも彼のように優しい起こし方ではなく容赦なしの起こし方だった。

 

 

「もう少しマシな起こし方、無かったのか?」

 

「あるわけないでしょう。寧ろ、あれ以外の方法が見つからなくて困るわ」

 

 

全く悪びれのないラムに、納得のいかないとばかりに顔を顰めるハヤト。普通ならこのような展開で美少女ときたら、「起きて、ハヤト」みたいに体を優しくユサユサされるのが定石だが。

 

ハヤトの元に訪れた美少女はテンプレ通りに歩かない美少女。美少女は美少女でも超絶毒舌美少女という個性の塊のため、優しくを遥かに通り越したドロップキックという。

 

 

「…どうせなら、もっと別の美少女が良かったと思うな」

 

「何を言っているの、美少女ならここにいるわ。それが分からないなんて。脳筋の目は節穴だったようね」

 

「朝一番でドロップキックかましてくる美少女がいてたまるかよ。出直してきやがれ。つか、なんでそんな起こされ方されんだよ」

 

 

鏡の前で寝癖を整えるハヤトが、そこに映るラムへと視線を送り。視線を送られた鏡の中のラムはため息。分かりやすく呆れると「当然でしょう」と繋げて、

 

 

「今、何時だと思ってるの?」

 

「何時なんだ?」

 

 

窓の外を見たハヤトが大凡の時間を把握。朝日が登り始めたところや、普段自分が起こされる時間が六時頃ということを加味するとそこらへんの時間帯だと分かるが。

 

そんなことを呑気に考えるハヤトにラムは廊下の魔刻結晶を指差し、

 

 

「陽日の七時、一時間の寝坊よ。叩き起こされても仕方ない寧ろ、起こしたラムに脳筋は平伏して感謝の気持ちを伝えても良いくらいだわ」

 

「げっ。寝過ごしてたか…」

 

 

鋭い目つきで睨んでくるラム。ハヤトは誤魔化すために苦笑い。ラムもラムで早起きは弱いくせにとは口が裂けても言えない彼は、言い返すこともできない。

 

本格的に使用人のお仕事が開始する時間は七時少し前だから、そこまで支障は出ないと思うが。一人いるのと居ないのとでは他の人達の負担が多くなるのが当然の話。

 

バイトでも遅刻厳禁だった経験のある彼は自分の失態がどれだけの事なのか、なんとなく理解していたから怒られるのは仕方ないと思うが。

 

その怒られ方がコッチでは、土手っ腹にドロップキック。さすがに限度があるってものだ。思い出すと地味に痛くなってきた彼は無言で腹部に手を当てる。

 

 

「いいからさっさと行くわよ。ただでさえ、ラムを差し置いてテンテンが庭園で転がってるというのに。これじゃラムがサボ……、楽をできないじゃない」

 

「言い直しても遅ぇよ。そもそも言い直す気すら伝ってこないんだが」

 

 

眠気が覚めた代わりに、腹部にダメージを負ったハヤト。彼を他所に「時間は有限よ、脳筋」と話の流れをラムの声が一刀両断し、彼女は部屋から退出していった。

 

自分がサボれないからハヤトを起こしにきたという。なんて不純な理由でドロップキックをかまされたと鼻を鳴らすハヤトだが、起こしてくれたことに変わりはないからひとまず感謝するとして。

 

 

「つか、何でテンは起こしてくれなかった?」

 

 

そう思うと彼が起こしてくれなかったことに疑問を抱く。彼のことだから、寝坊することはまずないと考えて。ならより一層のこと不思議だった。

 

彼は約束したことは基本的に守る人間、自分のことを起こすのを忘れるわけもないし。

 

 

 

「まぁ、いいか。直接聞けばいいし」

 

 

色々と考えたが、最終的に彼に聞くのが一番手っ取り早いとその思考を放棄したハヤトがラムの後を追うように部屋から出ていく。寝坊した分のお仕事を取り返さないとと意気込む彼は、頬を強く叩いた。

 

 

 

 因みに、その彼がテンのド忘れによって寝坊したと知るのはその数時間後のこと。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

「よぉー! ベアトリス! また遊びに来てやったぞー!」

 

「またかしら、また煩いのが来たかしら」

 

 

時間は少し飛んで朝食の後。ハヤトは仕事の合間を縫ってベアトリスのいる禁書庫の扉を元気よく開いていた。屋敷に来てからもう見慣れた光景である。

 

歩いていると、ふと言葉にしようのない違和感がどこからともなく心に流れてくる。或いは前から、或いは後ろから、或いは真上から。空気とはまた違った温度が肌を撫でる。

 

それを頼りに足を進めていくと、自分は彼女の下へと辿り着く。温度の終着点、一つの扉の中へと吸い込まれるように流れていくそれが、ハヤトと彼女を繋いでいる。

 

逃げないように、見失わないように。彼女が拒んでも、歩み寄ることができるように。

 

そこには、ハヤトの正面ーー椅子代わりにしている脚立の段差に腰掛けて、本をめくっているところのベアトリスがいた。

 

 

「こう何度も扉渡りを破られると、流石のベティーも慣れてきたかしら。慣れること自体、屈辱なのよ」

 

「おっ、いいねいいね。その調子で俺との相性を高めていこうぜ? なんなら、朝食の時に俺もここで一緒に食べるとしようか」

 

「前言撤回。やっぱり慣れなんてなかったのよ。さっさと出ていくがいいかしら」

 

 

しっしっ。と顎で出口を指すベアトリスが嫌そうな様子で呟く。彼女はそれからすぐに興味を失ったように本に目を落とした。ここで不思議なのは嫌そうな態度を取ってても、全く嫌そうに見えないことだ。

 

それはハヤトだけにしか分からないことかもしれないが。少なくとも、ベアトリスが本気で嫌がっていた場合。今頃、彼はぶっ飛ばされていただろう。

 

ハヤト自身、距離の詰め方は常に心がけているため、本当に嫌そうならすぐに部屋から出ていくつもりだ。今はそうではないから遠慮なく歩み寄る。

 

 

「そうやって、いつまでも本ばっか読んでて飽きないのか? 俺だったら五分と経たずに飽きるぜ」

 

「お前のお気楽な頭とベティーの高貴な頭を一緒にするんじゃないかしら。何なら読んでみるかしら? 尤も、お気楽な頭には理解できる内容ではないよの」

 

「言ってくれるじゃねぇか」

 

 

売り言葉に買い言葉。視線を本に移したままのベアトリスに歩み寄るハヤトが楽しそうな表情を浮かべた。こうしたやりとりを交わす事できることが彼としては何よりも嬉しい事。

 

こうして普通に話せると、素っ気なさそうな態度を取ってるベアトリスにも、自分の言葉はちゃんと聞き入れてもらえてると実感できるからだ。

 

だから、彼は少しずつ距離を縮めていく。

 

 

「なら見せてみろよ。今の俺はイ文字を習得した文字マスター。敵はいねぇよ」

 

「全然誇れる事じゃないのよ。それどころか自分自身の馬鹿さ加減を晒しまくってるかしら」

 

 

豪奢なドレスのスカートの中で足を組み替えるような仕草を見せるベアトリスが、隣にきたハヤトに本の中身をチラと見せる。

 

接近の気配に気づいてながらも、それを止めようとしなかったことに再び嬉々とした感情が心に宿ったハヤト。

 

その感情を横に置いた彼は、見せられた本の内容をご自慢のイ文字読解能力で理解しようとして、

 

 

「……お前、普段からこんなの読んでんのか」

 

 

文字の多さと意味不明さに、思わず表情を驚愕一色に染めた。大きさとしては彼女の身体が抱えられる程しかないにも関わらず、一ページごとに書いてある文字が古代の文献並みに意味不明。

 

更に、イ文字の他にも見たことのない文字が所狭しと記されてあったこともあり。今のハヤトには到底読めるわけもなかった。絶句、あんぐりした彼は間抜け面を晒している。

 

彼の態度を横に鼻を鳴らすベアトリス。自信満々で読もうとしていた割には全くの無意味だと彼のことを嘲笑うように口角を上げていた。

 

 

「ほら、言ったとうりかしら。お前にはちびっ子が読むような童話集がお似合いなのよ」

 

「それよ。読んでる姿想像してみ? 絵面が中々にヤバいことになると思わんか」

 

「それはーー」

 

 

嘲笑するベアトリスがハヤトの言葉を頭の中で映像化。文字を読むために下げていた顔を上げて横にいるハヤトの顔を見る。脚立に座るベアトリスの座高はハヤトの胸くらいとなり、必然的に彼を見上げる形になる。

 

年齢としては20代入りたての姿をしたハヤトを視野に入れ、彼がその辺で胡座をかきながら童話集を読んでいる姿。更に、そこにたまたま通りかかった自分が覗き込む姿を想像し、

 

 ーー何を読んでるかしら

 ーーこれか? 童話集ってやつでよ

 ーー

 

 

「ーー吐き気を催すかしら」

 

「そこまで言うかよ!? 流石に傷つく!」

 

 

脳内やりとりの終わりを直球ド真ん中の言葉で返したベアトリス。澄まし顔でそれを言われるものだから、真面目に考えてそれになったのかと大袈裟に傷つく仕草のハヤトだ。

 

だが、そこはアイアンメンタリティ。容赦のない言葉に黙ってるわけもなく「それなら」とベアトリスの正面に移動し、

 

 

「ベアトリスの方がよっぽど似合ってるだろ!? 俺の見た目は好青年って感じ。が、お前の場合はまだ発展途上の十歳にも満たない幼女。絵面的にはお前の方が通るぜ!」

 

「見た目だけでベティーをガキ扱いするんじゃないかしら! それにお前のどこが好青年かしら! 好青年というよりひよっ子の間違いなのよ!」

 

 

満遍の笑みを浮かべ、グーサインのハヤトに納得のいかないとばかりに反抗するベアトリスが澄まし顔をようやく崩した。姿と相応の声色と表情を見せてくれたことにハヤト思わず頬がゆるむのを堪えられない。

 

この禁書庫の番人である少女と言葉を交わすとき、ハヤトはどうしても澄まし顔で強情な態度を崩さない彼女のその表情を壊してやろうと思わずにいられないのだ。

 

軽口を叩き、行動でおちょくり、憤慨する様子をさらに煽って、叩き出されるのを堪え、最終的に「またくるぜ、ベアトリス」と言って去る。

 

そんなやり取りですら楽しんでいる節がある自分。どうして彼女にばかり、こんな感情を抱くのか正しく認識はできないのだけれど。

 

 

「まっ、この件に関してはベアトリスが童話集を読むことで収集がつくとして」

 

「全く収集がついてないかしら! それのどこに収集要素があるのよ!」

 

 

手を叩いたハヤト。その意味不明な発言に本を膝の上に乗せ、手をブンブンさせて不満アピールのベアトリス。彼女に指をパチンとならすハヤトは途端に真面目な表情になり、

 

 

「ベアトリス、お前には理解できないだろう。しかし、俺が理解してるからいいんだ」

 

「真面目な顔して、何言ってやがるのよ。そこにベティーの意思が全く反映されてないかしら!」

 

 

意味不明だ、とため息一つ。ベアトリスはハヤトの言っていることを理解する努力をやめる。

 

あまり叫ばない喉で叫びすぎたのか、息を切らした彼女が「コホン」と咳払いし、それ以上は言葉を紡がないことを締め括りとしてその揶揄いは終わった。

 

ハヤトを揶揄ったつもりがいつの間にか揶揄われていたことに心底苛ついたが。それ以上にこの男と話していた疲れが勝ったせいで、苛つくとかどうでもよくなった。

 

ハヤトもハヤトでこれ以上やると彼女を本格的に怒らせると察したため。笑顔になる以外しない。

 

これ以上先に進んだ場合、『絶対に追い出すベアトリスVS絶対に追い出されないハヤト』の仁義なき戦いが勃発することになるだろう。

 

 

「お前といると、調子が狂わされるかしら」

 

「その気持ちわかるぜ。俺もテンといると、よく調子を狂わされるからな。アイツのマイペースな性格がまた絡みづらいのよ。逆もまた然りだがな」

 

「例え方が最悪なのよ。事あるごとにお前と一緒にされるなんてごめんかしら」

 

「そりゃ、相性が良いから」

「やかましいのよ」

 

 

形のいい鼻を鳴らし、ベアトリスは音を立てて本を閉じると脚立から立ち上がる。それから彼女は分厚い装丁の本を本棚に戻し、またすぐ隣の本を引き出そうと背伸びする。

 

なかなか高さ的に苦労する様子を見かねて、彼女の隣にいるハヤトは、

 

 

「ほれ、これだろ」

 

「その隣かしら。余計な世話を焼くなら、ちゃんと焼き切るべきなのよ」

 

「へいへい。おら、落とすなよ。足の甲に落とすとシャレにならねぇ重さだぞ、これ」

 

 

引き出した本はハヤトが片手で持とうとして少し驚くような重さだった。気楽な様子で慎重に受け渡すと、手にしたベアトリスは本を胸に抱くように受け取る。

 

ちらと本のタイトルに目を走らせたが、イ文字以外が、駆使されたそれを読み取る語学力が今のハヤトにはまだなかった。

 

 

「礼は、言わないかしら」

 

「それ言った時点で『ありがとう』って言ったのとなにも変わんないと思うぜ。もっとも、俺は礼が欲しくて取ったわけじゃねぇがな」

 

 

少なくとも、礼を言うべき場面であると判断している時点で善性が知れる。ハヤトの指摘にベアトリスは忌々しげに眉を寄せると顔を背け、ハヤトはそんな彼女の頑なな態度に頭を掻きながら、

 

 

「基本、物事に見返りは求めねぇ人間なんだよ。今のは俺が取ってやりたかったから取っただけ。無理に言うことはねぇよ」

 

「善人ぶるのも甚だしいかしら」

 

「そう思うなら、そう思ってもいい。ただ、俺がそうしたかったから。そうしただけだ。俺は常に俺のしたいことをする性格だからな」

 

 

表情の伺えないベアトリスに優しく語りかけるハヤト。先程の態度とは打って変わって話しかけてくるものだから、変化に対応しきれないベアトリスの心に乱れが生じた。

 

本当に不思議なニンゲンだと思う。笑みを浮かべてふざけるくせに、真面目な顔して真面目すぎることを言う。そのメリハリがありすぎて、彼女が彼の切り替えに追いつけない。

 

だからベアトリスは言葉を生まず、顔を背けたまま明後日の方向を見続ける。ハヤトに対する返しが思い浮かばず、沈黙を返しとした。

 

 

「つっーことで。俺は仕事に戻るとするわ」

 

 

顔を合わせてくれないまま沈黙を貫くベアトリスに、ここから先に踏み込むのはまだ早いと思わされたハヤト。仕事の話を切り出して、彼はこの場から去ることにした。

 

このまま、頭に手を添えてやろうかと考えたが。それをされると部屋から追い出されかねないから今回はやめておき。彼は背を向けて出口へと歩き出す。

 

ベアトリスが何か言ってる素振りはない。沈黙を貫いている、が。背中に受ける彼女からの視線を感じ取っていないわけではなかった。なんとなく視線を向けられているのが分かる。

 

だから。扉を開き、部屋から出る寸前、ハヤトはいつも通りに振り返り、

 

 

 

「また来るぜ、ベアトリス」

 

 

 





引き際は弁えているハヤト。彼がベアトリスの心に踏み込むのはもう少し先のお話。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。