親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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これぞ日常。というお話です。




仕事の中にあるほんわか

 

 

 

「カララギ弁を話す女性って、いいよね」

 

「急にどうした?」

 

 

そんな言葉から始まったテンとハヤトのたわいもない会話シーン。

 

まな板に包丁を打ち付ける音や、棚の引き出しを開け閉めするなどの日常的な家庭音が立ち続けている厨房で。ふと、そんなことを思ったテンがハヤトに疑問投下した。

 

対するハヤト。突然意味不明なことを言われた彼はテンのことを見るが。テンといえば、自分の作業を続けているばかり。自分の発言にさほど意味を持たせてないのか特に変わった様子はない。

 

また始まったか、と微笑を口からこぼすハヤト。この時の彼は自分に対しては頭の中を空っぽにして話しかけてくることが多いと把握しているハヤトは頭の中を空っぽにした。

 

 

「いやさ、自分のことを"ウチ"って表現するとか。〜〜やねん。とか、そんなんあかんやん。とか、〜〜やん、なんでなん? みたいな話し方が俺結構好きなんだよね」

 

「こんな日常の中に当然のように性癖を暴露されても困るんだが。まぁ、聞き慣れない方言だから少し珍しくは思うな」

「いやらしい」

 

 

カララギ弁。故郷では関西弁や大阪弁と同じ部類に入る方言のことだ。今、自分達が住んでいるところとはまた違うカララギという都市国家に住んでいる人達が扱う方言。

 

そして、テンは前々からその方言を話す女性が「可愛いなぁ」と思っていた人間。聞き慣れない方言だからとかもあるだろうが。

 

やはり、一番は。

 

 

「あの方言で"ウチ、めっちゃ好きやねん"とか言われてみろよ。少なくとも俺は揺らぐぞ。堕ちることはないだろうけど揺らぐぞ。揺らぎまくるぞ」

 

「いや、揺らぐだけかよ。そこは、いっそのこと堕ちろよ。お前のことを好きって言ってくれてんだからさ」

「汚らわしい」

 

 

ナイフをぐっと握りしめるテンが謎のガッツポーズ。後ろ姿でしか彼の様子は把握できないが確実に真面目な顔をしていることは分かるハヤトだ。

 

とてつもなく真面目な顔してふざけるのがテンという男。もしも声が聞こえなかったら側から見たら大切なお話をしているのかと勘違いが発生することか。

 

 

「俺のことを好きって言う人なんているの? もしいたら相当な希少種よ。だから、この話はあくまで俺の………趣味だ」

 

「性癖って言葉を上手く隠すな。隠し切れてねぇ欲望が全体からはみ出してんだよ。俺としては、お前は結構いい男だと思うからお前が変わろうとすれば割と。って思うが」

「気色悪い」

 

 

無理だ無理だと首を横に振るテンがなんの含みもない笑いを口から吐き出す。そもそも、前提として誰かに好きと言われることがないことに気づくテンはカララギ弁以前の問題だと理解した。

 

とは言え、ハヤトからすればテンはそこまで悪い物件ではないと思っている。顔つきもダサくはないし、人としても礼儀云々で言うなら問題はない。性格に関しては難ありだが、それを直せばまともになれる。

 

不思議くんなテン。しかし、彼自身には魅力があることを知っているハヤト。こういう時、先程言った性格をどう直すかでいつも躓くから彼は困っていた。

 

 

「……てかよ」

 

 

そんなことを考えるハヤトの正面。言葉を切るテンがナイフ片手に振り返る。彼の視線は自分の真前、ハヤトを挟んだ真ん中にいる桃髪の毒舌美少女へと向き、

 

 

「ラム。お前、ハヤトの後にちゃっかり毒舌挟んでるの聞こえてるからな。隠す気のない言葉の刃を背後からブッ刺してんの分かるからな」

 

 

朝食に使用した食器を淡々と拭くラム。彼女が先程からハヤトの後に毒舌を横槍の如く入れてるのを耳にしていたテンが真顔で視線を合わせる。

 

彼が真顔だったことに謎の安心感を抱くハヤトを差し置いて、彼の正面にいるラムは「ハッ」と例の如くテンのことを嘲笑うと、

 

 

「当たり前でしょう、もとより隠す気なんてないもの。ラムはラムの思ったことを素直に表現してるだけ。それをどう捉えるかはテンテン次第よ」

 

「それを毒舌って言葉では言い表すんよね。まぁ別に気にしてないからいいけど。つまり、今のはラムからすれば毒舌ですらないと」

 

「それはどうかしら。言ったでしょう、どう捉えるかはテンテン次第だと。尤も、異常性癖者の中には罵倒されることを嬉々として聞き入れる人もいるくらいだから」

 

「カララギ弁が好きだと言っただけで既にこの有様。この子には何を言っても変態扱いされそうな気がしてくるな」

 

「変態通り越して、変質者ね」

「あれぇ? 性的な意味合いでは迷惑をかけてないと思うけどなぁ」

 

 

澄まし顔のラム。真顔のテン。両者間で謎のやりとりが交わされたのち、二人が自分の作業に戻る。何事もなかったかのように会話が閉じられた。

 

ラムの毒舌を右から左へと受け流すことをできるテンも流石だと思うハヤトだが、頭の中を空っぽにしてるテンと会話が成立するラムも中々にすごいと思う。

 

なんの中身もない会話をするということは、全く意味不明な発言がポンポン飛び出してくるということで。それに対してコンマ数秒で毒舌込みで言葉を返せるラムは、やはり只者ではないかと謎に納得した。

 

 

「それで、テンテンが異常性癖者改め異常性癖変質者改めゴミの話に戻るけど」

 

「文脈って知ってる? 今の話にそんな要素ありましたっけ。お前の中で話がどこから始まってるのか全く分からないんだけど」

 

「それ以前に、世の中を変態という変態を一つにまとめてゴミと表すラムの語彙力に不信感を抱けよ。今のお前の評価、ラムの中では地の底だぞ」

 

 

さも当然の如く話の流れをぶった切るラムに苦笑するしかないテン。

 

カララギ弁を話す女子がなんか良いよねと言っただけ。それ一つだけでそれまでの全てを無視してテンことをゴミと言ったラムクオリティは、彼の頭を空にした発言にも健在なようで。

 

テンとはまた違ったベクトルで話の流れを切った彼女にハヤトもまた苦笑。当の本人はそれに対してなんの違和感も抱いてないのがまた恐ろしいところだった。

 

こうした会話が最近増えてきたことに嬉しく思う二人。屋敷で働き始めてからどれくらい経ったかは覚えてないが、少なくとも、こうして打ち解けることができる日数は働いている。

 

仕事にも慣れが出始め、メイドと使用人が揃って仕事をするときはこのような『たわいもない会話』ができるようにもなってきたことで、自然と打ち解ける時間も早くなり。

 

結果として今の形がある。

 

 

「それで、カララギ弁の話に戻るけど」

「くたばりなさい」

「まだ何も言ってねぇよ。その、俺に対しての一言コメントやめろや」

 

 

話の流れを始めに戻そうとした途端にラムの意味不明な毒舌。もはや、スマホのアラーム音の次に聞きなれたまである彼女のそれに対するテンの反応は薄い。

 

間に受けてない。というか、言葉こそ棘のあるものだが。言霊に込められた感情には負の感情は一切混入されてないのがぼんやりと分かるから気にする必要もない。

 

だから、テンは言葉を続ける。

 

 

「話し戻すけど」

「ーーカララギ弁、お好きなんですか?」

「はい?」

 

 

が、ここまで一言も声を発していなかったレムの参戦によってその言葉が続けられることはなく。代わりに予想外の声が真横から聞こえたことでテンの声が裏返った。

 

テンの隣で、肉に小麦粉らしき粉をまぶしているレム。つい先程までは三人が話しているのを楽しそうに聞いていたが。その作業を止める彼女は固まるテンと目を合わせると、

 

 

「テン君は、カララギ弁を話す女性がお好きなんですか?」

 

 

そう、問いかけた。

 

途端に話が止まる三人。二人のやりとりを後ろで見ていたハヤトとラムは、レムがまさかそんなことを聞くとは思ってなかったことから何がどうなっているのか分からず。

 

ラムとアイコンタクトを取るハヤトだが、彼女に睨まれた。その様子から察するに、彼女もその意味が理解できてないらしい。

 

 

「えっ、あ。いや。なんつーか」

 

 

なんの含みもない、それこそ純粋な疑問と一緒に真っ直ぐ見つめられたテンがたじろぐ。そこからキョトンと首を傾けられれば彼のキャパは簡単に崩壊寸前まで追いやられた。

 

空っぽにした頭の中でレムの問いかけが縦横無尽に乱反射。救済としてハヤト達に視線を向けるも二人はスッと彼から視線を逸らす。

 

救済なし。今もなお、レムからは「どうなんですか?」と若干食い気味に聞いてくるものだから。テンは「えっと…」と言葉を必死に頭の中で作り、

 

 

「いいかなって思ってるだけで。好きとか、そんなのは特にない…とも言えないけど。そこまで固執はしない、です」

 

「そうですか。分かりました」

「分かりました(?)」

 

 

何がどう理解できたのかレムの中でしか分からない中。自己完結した彼女がそう言って何事も無かったかのように作業に戻る。

 

質問の意味が全く理解できないテンが、もう一度ハヤト達に視線を向けるも。ハヤトも不思議そうに首を傾け。ラムは睨んでいて。

 

 

「くたばりなさい」

「まさか、さっきの伏線だったか」

 

 

先程、彼女が自分に対して「くたばりなさい」と発したのはこのためだったかと手を叩くテンが一人で頷いた。

 

 

 

その後は特に話すこともなく各々が淡々と作業を進めていくだけで。しかし、その中で一人。レムが僅かに頬を緩めていることには気づかない三人だった。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

「よぉー! ベアトリス! 昼飯を届けにきてやったぞー!」

 

「朝に続いてまた来たかしら。入ってくるときに一々うるさい奴なのよ」

 

 

お昼時。昼食の乗ったトレー片手に勢いよく禁書庫の扉を開けるハヤトがベアトリスの領域へと軽々と足を踏み入れた。

 

本来ならば食堂にて全員揃って昼食となるのだが。あまり、というかほとんどの確率でそこに顔を出すことのないベアトリスのためにハヤトが昼食を運んできた形。

 

毎度の如く入室時になんか言われるハヤトだが。特に気にすることもない彼はそのままズケズケとイスとテーブルを用意して待ってる彼女の元への足を進める。

 

 

「てか、お前この時間になるとそうやって待ってるのなんか犬みてぇだな」

 

「並べた皿ごと机をひっくり返してやってもいいかしら。全く、なんでお前なんかがベティーの食事を運んでくるかしら」

 

「そりゃ、俺しか正解の扉を引けねぇからだろ」

 

 

今の状況は慣れたもの。朝食、昼食、夕食と食堂に顔を出すことのない彼女の部屋へと食事を運ぶハヤトは、その時になると決まってイスとテーブルを並べて待っているベアトリスが犬に見えて仕方ない。

 

本人としては不本意だろうが。扉を開くとその体制で待っている彼女を一日三回、朝昼晩と見るものだから正にそれそのもの。これで、扉を開けたとき目の前にいたら完全に犬。

 

可愛らしい小型犬の完成だ。尤も、ツンデレで気まぐれな猫に近い性格をした犬。キャンキャンと小さく吠えまくる可愛がり甲斐のある子犬。

 

 

「ほいっと、今日はサンドイッチだ。ちゃんと残さず食べろよ? 部屋の前に台車を置いとくから、食べ終わった食器はいつも通りそこによろしくな」

 

「分かってるかしら」

 

 

テーブルに並べた皿の上に三つ程に並べられた今日の昼食、サンドイッチ。彼女のために大きさを考えたハヤトが、他の人よりも一回り小さいのを選んできたものがそこに置かれた。

 

そうすれば、後はベアトリスが手を合わせて食事が開始される。

 

 

「サンドイッチの場合、他の人と同じ大きさだと食いにくいと思ったから俺が小さいのを選んできたからよ。残すなよ?」

 

「二回言わなくても分かるかしら。そんなの余計なお世話なのよ。ほら、お前の役目はもう終わったのよ。さっさと帰るかしら」

 

 

サンドイッチ片手に「しっしっ」と手を払うベアトリス。ここで不思議なのが、その様子とは反対にハヤトのことをあまり厄介そうに見えないところ。

 

本人的には嫌がってると思うが、ハヤトにはそうは見えなかった。そう思うのはこれで何度目か。

 

故にハヤトは「えーー」と嫌そうに笑うと、

 

 

「もう少し話そうぜー。今戻ったら仕事する羽目になるからよぉ。もう少しだけ、もう少しだけ俺と話してくれねぇか?」

 

「いやかしら。ベティーの食事を邪魔するなら強制的に追い出すのよ」

 

 

なんの脅し文句か、空いた片手にマナの奔流を浮かび上がらせたベアトリスがニヤっと笑う。彼女の行動から察するにこのまま話し続ければ、またマナの波によって吹き飛ばされる。

 

最近はそれも少なくなってきたから、懐かしい感覚ではあるが。もしそうなればハヤトVSベアトリスの仁義なき戦いが勃発するだろう。

 

しかし、今は食事中。もしそうなったとしたら、せっかく作ったサンドイッチに埃が掛かる可能性がある。

 

それを懸念したハヤト。彼は立ち上がると、

 

 

「へいへい。なら、ここは大人しく帰るとするよ。俺としてはお前と、追い出すか追い出されないか合戦をしてもいいが。今は食事中だしな」

 

「変な名前をつけるんじゃないかしら。次やることがあれば容赦しないのよ」

 

「おっ、いいねぇ。なら俺も手に入れた力で対抗することにするぜ」

 

 

挑発するハヤトに分かりやすく乗っかるベアトリス、そして売られた喧嘩は買うハヤト。そうして二人はしばらくの間軽く睨み合っていた。

 

が。ハヤトがニシッと笑い、ベアトリスがプイッと顔を背けたことで二人の会話は区切られる。合戦をするのはまた今度ーー両者間での意思疎通が完了した。

 

それを境にベアトリスに背中を向けて部屋の扉へと足を進めていくハヤト。彼は扉を押し開いて出て行く。

 

その前。再び彼女へと振り返った。

 

 

 

「また来るぜ、ベアトリス」

 

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

「今日は俺がきーたよ、エミリア」

 

「今日はテンがお茶を淹れてくれるのね。初めてだから少し緊張しちゃうかも」

 

 

お昼を過ぎ、午後の仕事へと使用人達が勤しむ中で一人。お仕事の一環として、エミリアのティータイムの給仕係として彼女の元へとやってきたテン。

 

お茶の淹れ方はレムに教えてもらった通りに進めたから、味に関しては問題ないと祈る彼は台車を押しながらテーブルの前へ。

 

彼女にお茶を入れるのはこれが初めて。しかし、数少ないエミリアの息抜きでもあるこの時間を任されることに関しては、責任重大だと気を引き締めた。

 

 

「そういや。ハヤトがこの前は来たんだって?」

 

「うん、前はハヤトが淹れてくれた。少し濃いお茶だったけど。新鮮で美味しかったわ!」

 

「フォローの仕方が優しいな。それはそれで傷つく気もするけど」

 

 

ソファーに腰掛けるエミリアがその時のことを思い出したのか。口元に手を添えて小さく笑い、それを横目にしたテンも釣られるように笑った。

 

彼女のような、なんの汚れもない少女が笑うと釣られてしまうテン。ピュアな心を持つ人が一人いるだけで心が浄化されるような気分になるのは自分だけなのかと思うが。

 

 

「なら、俺のを飲んでみてよ。一応、レムにも教えてもらったから大丈夫だとは思うけど」

 

「大丈夫よ。ハヤトのよりは濃くないと思うから」

 

「アイツ、どんだけ濃いの淹れたんだよ……」

 

 

彼女にそんなことを言わせるレベルのお茶を淹れたハヤトに戦慄するテン。以前、故郷でハヤトの家で遊んだ際に濃すぎるココアを出された経験があるが、ここでも健在だったらしい。

 

自分はそうならないかと不安にならない気持ちがないわけではないものの、台車から引っ張ってきたお茶セット一式をテンは手際よく机に並べる。

 

だいぶ様になってる。なんてことを真横でソファーに腰掛けるエミリアに思われてることなど知らないテン。彼は準備をぱっぱ済ませると、

 

 

「ほんじゃ。俺は扉の横にいるから、あとは一人でごゆっくり。用があったら呼んでくれれば」

 

 

言い、軽く手を振ってエミリアに背を向ける。今は彼女の心休める時間、それを邪魔するわけにはいかないと。普段ならば近くにいなければならないが、それでもテンは去る。

 

が、それをエミリアは良しとしない。はっとした様子で立ち上がり、遠のく腕を掴んだ。首だけ振り返るテンに彼女はニコッと笑みを見せると、

 

 

「どうせなら一緒に飲まない? ほら、私とテンってもっとお互いのことを知った方がいいと思うの。だって私達って……、そういう関係でしょう?」

 

「……その言い方は誤解を招きかねないな。やめようか」

 

「あ、テンもそういうこと言う。ハヤトにもね、『エミリア、その言い方だけはやめとけ』って言われちゃったの。二人揃ってへんなの」

 

「へんなのって……。うん、まぁいい」

 

 

エミリアとしては『主従関係』のことを指しているのだろう。だってこの子には恋愛感情とか一欠片もなく、そもそも好きという感情が心に宿っていない超絶ピュアピュアな少女。

 

だがしかし。彼女のような『美』を何個つけても足りない美少女にそれを言われた男が一体何を考えるのか、想像するまでもない。ここにいる男達が仮に野心を持っていた場合、コロッと堕ちる。

 

 ともかく、

 

 

「そう言われてもね。まだ時間はあるんだから、別に今じゃなくても良くね?」

 

「でも、ハヤトは飲んでいったよ?」

「いやでも、俺ネコ舌だし」

 

「ラムも飲んでいってくれるよ?」

「いやでも、俺は使用人だし」

 

「レムも部屋にはいてくれるよ?」

「じゃあ俺は部屋の隅っこで」

「いいから座るの」

 

 

あれこれ理由を積み重ねるテンに痺れを切らしたエミリア。彼女は掴んだ手をグイグイ引っ張り始める。テンには強引なやり方の方が意見が通りやすいとは、彼女なりの結論だ。

 

もっとお互いの関係値を高めるならば毎日の会話が第一だと語り、なら座れと迫る彼女に押し負けるテン。彼は「分かった分かった」と彼女を落ち着かせると自分の分も用意し、机を挟んでソファーに腰掛けた。

 

なぜだか、嬉しげなエミリア。先程からずっとニコニコしている理由はよく分からないが悪い意味ではないと思うテンはお茶で乾いた喉を潤す。

 

 

「…うん。いい感じに美味しい」

 

「ほんと、美味しいわ。テンってお茶を淹れるのは上手なのね!」

 

「お茶を淹れるのに、上手いも下手もあるかよ。てか、お茶を淹れるの"は"ってなんだ。俺、そこまで大失敗した覚えないけど」

 

 

同じようにお茶で喉を潤したエミリアがふわりと微笑む。味に関してはどうやら大丈夫だったらしく、その後も落ち着いた雰囲気を纏う彼女は何度もお茶を喉に流していた。

 

彼女の雰囲気に流されるようにテンも落ち着いた態度。静かな空間で二人、こうしてお茶を飲むのも悪くないと思い始める。

 

レムの時は彼女に色々と聞かれることもあって、ゆったりとした空気の中に賑やかな要素が入ってくるが。今はゆったりとした空気のみ。そんなだから、ふとした瞬間から瞼が重たくなってくる。

 

 

「なんか、こうやって静かだと眠くなってくるな」

 

 

休んだとは言えど十分な睡眠をとっているわけではないテンが舟を漕ぎ始める。右手でティーカップの乗るお皿を持ち、左手で持ち手を握ったまま、頭が上に、下に、上に、下に。

 

そのままゆっくりと体が横に倒れるーー、

 

 

「わぁ!!」

「はぁ?!」

 

 

 直前。

 

机をバン!と叩きながら脅かし声を上げるエミリアが身を乗り出してテンの睡魔を消し飛ばしにかかり、ものの見事に肩を跳ねさせながらテンが飛び起きる。

 

カップから少しだけお茶がこぼれただけで済んでよかったのか。否、驚いたときに脛を思いっきり机の角にぶつけた痛みで相殺された。めちゃくちゃ痛い、お陰様で目が覚めた。

 

急ぎ、机にお皿とカップを置いて両手を暇にしたテンは痛みの元凶に手を当ててさすり、彼が見たのは真正面ーー小悪魔的な笑みを浮かべるエミリア。

 

「あぁ……痛ぇ」と表情が歪み、苦鳴を小さくこぼすテンに彼女は「ふふっ」と楽しげに失笑すると、

 

 

「寝ちゃダメ。ちゃんと起きてなさい」

 

「悪かったよ。できればもう少し優しい起こし方が好ましかったけど。で、子どもじみた脅かしをしたご感想は?」

 

「反応がすごーく面白かった」

「この小悪魔ぁ!」

 

 

何の悪びれもない返しをされて、テンは反論のしようもなく頭に浮かんできた単語を口から吐き出す。彼女ならば優しく起こしてくれるだろうと信じていたからウトウトしたのだが。

 

どうやら、エミリアはテンが思っている以上に幼い心を宿しているらしい。「わぁ!」なんて脅かし方をされたのは何年ぶりか、小学生までが許される脅かしを外見年齢一七、八歳の少女にされるとは思わなかった。

 

しかし、正面で悪戯が成功した幼子のように笑っているエミリアを見てしまうと「まぁ、仕方ないか」と許してしまう。甘いテンである。

 

息を吐き、脱力する。脛の痛みが引いてきた彼はそれを悟らせまいと何か別の話題を探したとき、視界に四冊ほど積み上がった本を見つけた。

 

恐らく、エミリアが勉強をするために使用していたであろう本達。彼女も気づいたのだろう、視線を本に向けた途端、分かりやすく表情が曇った。

 

 

「勉強さ、自分的にはどうなの?」

 

 

見ているだけでも嫌気がさす。受験期のことを彷彿とさせるそれらから目を逸らすテンが、今まさにそれと向き合っているエミリアへと視線を戻した。

 

 

「悪くはない、といいな。まだ始めたばかりで周りよりも遅れてるから……今よりも、もっと頑張らないと……って思ってる」

 

 

満遍の笑みが引き攣り、苦笑いの混じったものに変化したエミリア。その気持ちは少し分かるテンである。彼もまた、鍛錬においてその段階に来ているのだから。

 

もっと先を見据えるならば、騎士としても他よりも何十歩も出遅れていると言える。

 

本来、騎士という身分は選ばれし者にしかなれないもので。その道を歩むことのできる人間には幼少期からそれ相応の指導を受けてきているはずだ。

 

しかし、自分たちは鍛錬を始めたばかりのアマチュア。まだまだ先は長い、果てしなく長いと言える。

 

 

「まぁ、そこに関しては毎日地道にやるしかないよね。俺もコツコツと鍛錬してるし。焦っても仕方ないよ」

 

「……やっぱり、そうよね。テンも毎日頑張ってるんだもんね。近道なんてない。コツコツ続けないとダメよね」

 

 

うんうん、と二人して頷く。焦る気持ちもあるが毎日コツコツやるしかないと互いに認識し合い。動きがシンクロしたことが面白おかしくて、目を合わせた二人は少しの沈黙の後、思わず噴き出して笑った。

 

そのまま笑いの衝動に任せてしばらく笑声が弾け、それから静かにその声もフェードアウトしていく。そしてその衝動が収まれば、

 

 

「テンの方はどうなの? 毎晩遅くまで鍛錬してるけど。強くなれてる?」

 

「まだまだかなぁ。鍛錬始めて、そこまで時間が経ってるわけでもないし。自信持って強くなれてるとは言えないよ」

 

 

顔を覗き込むように見つめてきたエミリアにテンは自信なさげな態度。後頭部に手を当てる彼は曇る表情を隠す気もないらしい、騎士になると言った相手の前でも彼の態度は変わらない。

 

そんな、真面目な場面以外では弱々しくなるテンを前にエミリアは「すごいわ!」と手をパチンと合わせた。

 

 

「ハヤトって本当にテンのこと、なんでも分かるのね!」

 

「……はい?」

 

 

藪から棒に投げかけられた言葉にテンは首を傾げる。エミリアは「あのね」と言葉を重ね、

 

 

「ハヤトにも同じ質問をしたんだけど。その時は『おう! バッチリだぜ! 順調に強くなってるよ!』って返してくれたの」

 

「同じ質問したのかよ。そんで?」

 

「その時にハヤトが『テンにも同じ質問してみ、多分、まだまだかなぁって言うからよ』って言ってたから」

 

「なるほど。それで、俺がその通りに言ったからハヤトが俺のことをなんでも分かるよと」

 

 

うんうん! とニコニコするエミリアにテンは苦笑する。まさか、ハヤトに先を読まれるとは思ってなかった彼は心を見透かされた気がして微妙な気持ちになった。

 

所謂、逆説の考えだと思う。ハヤトはテンと違って自信満々な答えを返すならば。テンはハヤトとは真反対の人間、故にその答えとは対比する答えを彼女に言うはずだと。

 

自分とは真反対の人間だから答えることも簡単に分かる、思考を読まれやすい厄介な親友だ。逆もまた然りだが。

 

 

「ーーあのね、テン」

 

 

ふと、物思いに耽るテンの鼓膜をエミリアの熱の籠った声が刺激。意識を引き上げてみれば、立ち上がる彼女が正面から移動して自分の隣に座ったことに気がついた。

 

何を思ったのか。先程までとは違う、和気藹々とするような声ではないそれに息が詰まるテンは言葉を口から繋げられない。

 

「私ね」と繋げるエミリア。神妙そうな様子の彼女はテンの片手を両手で握ると、

 

 

「今日の朝。テンが騎士になってくれるって言った時、本当に嬉しかった。今までそんなこと言ってくれる人なんていなかったから。いないと、思ってたから」

 

「ーーーー」

 

「だからね。テンが騎士になってくれるなら私はすごーく嬉しいし。私なんかのために、ハヤトみたいに自信の持てないテンがそう約束してくれたことが。本当に、本当に嬉しかったの!」

 

 

思いの丈を伝えるエミリアが言葉と一緒にテンに詰め寄る。もはや、パックが見逃す距離を無視した彼女は握った手が彼の胸にくっつくほどに自身の体を近づける。

 

眼前、彼女を真横にして伝えられる感情。それを聞く度に自分の心が激しく燃えていくのをテンは感じていた。握られた手以上に熱くなるそれは、きっと並みの冷水では冷ますことができない。

 

「だから」とエミリアはこれ以上ないまでの笑みを浮かべると、

 

 

「頑張ってね! 私の騎士さま!」

 

 

これを言うのは彼に対しての重荷になるのかもしれない。でも、それでもエミリアは言いたかった。応援したくなる気持ちがどうしても抑えられない。

 

ヘトヘトのクタクタになるまで努力する彼を見ているとエミリアは心が温かくなってくる。すごく心配する気持ちもあるけど、それ以上の温かさが。

 

理由は分からない。けど、悪い気はしない。

 

そんな気持ちを向けられたテン。彼は、数秒間エミリアから顔を背けたが、不意に「ふっ」と息をこぼすと顔を向けた。

 

 

「『おう。任せとけ』」

 

 

 

その時。エミリアにはテンの姿が、ハヤトと正反対のはずのテンの姿が、ハヤトと重なって見えた。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 

エミリアとのティータイムを終えたテンが台車を片付けるために厨房へと向かう中、一人でに息をこぼした。短い時間だったけれど、中々に濃密な会話だったと振り返る。

 

これから先、彼女の部屋にお茶を届けにいく度にあのような会話をするのかと思うと若干、気が重くならなくもない気がしなくもないが。

 

 

「テン君」

「うわっ、びっくりした。どしたの」

 

 

廊下を歩く最中。曲がり角を通過しようとしたとき、そこにいたレムの声が聞こえて肩を跳ねさせる。反射的に顔を向けて見れば、曲がり角に丁度隠れる具合で彼女がいた。

 

基本的に午後は屋敷内の清掃をしていることが多いから、たまたま通りかかった感じか。

 

内心そんなことを思うテンに、レムは彼の名前を一度呼ぶと、

 

 

「テン君。お仕事の進み具合はいかがですか?」

 

「んーー。あとは、風呂掃除だけだから夕方の五時前には終わるか終わらないかって感じだよ」

 

「でしたら、終わりましたらレムに声をかけてください」

 

 

今日は文脈のない発言をよく聞くものだと思うテンが頭のてっぺんに疑問符を浮かべて首を傾げる。

 

報告をする必要もないことをわざわざ言う必要があるのかと疑問に思うが。レムは彼の反応にため息をこぼし、

 

 

「仮眠を取ってくださいと言ったのをもう忘れてしまったんですか? 早朝にもお話ししたはずですよね。また正座したいんですか」

 

「それは俺が取りたい時に取る話でーー」

「取ってください」

 

「話がちがーー」

「取ってください」

 

「レーー」

「取ってください」

 

 

何を言おうとも「取ってください」の一点張り。逆らえないと悟るテンも「はい……」と小さく短く、低い声で情けなく頷くしかなかった。

 

 

 

 





お気に入りが増えていくばかりで文字を書く親指が久々に震えてるノランです。

嬉しいと思う反面、登録してくださっている方々のご期待に添えるような物語が書けてるいるか心配してしまいます。

基本、書きたいことを書くスタイルを貫くつもりですが。読んでくださっている方がいる以上、気にせずにはいられないのが自分なんですよね。


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