親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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やっぱり、今のところは一日に二、三話が限度です。




偶には高め合う男達

その日の夜。

 

夜も深まってきた頃、夕食を終えた屋敷の人達が各々が自分の時間を過ごしている時間帯。テンとハヤトはいつものように庭園へと鍛錬をするために訪れていた。

 

まだ一週間も経ってないが、続けていればある程度は夜に鍛錬をする習慣が身についてくるもので。お仕事の終わった二人の足は自然とこの場所に向き、意識もまた鍛錬へと切り替わる。

 

 

「…ハヤト。偶には俺と鍛錬する?」

 

 

庭園と屋敷の入り口を繋いでいる階段に座るテンが不意にそんなことを聞いてきた。いつもなら、一人でやりたがる彼が今日は珍しくハヤトと一緒に鍛錬をしたいようで。

 

何の心変わりかと不思議に思うハヤトだが、彼としてはテンと鍛錬するのは大歓迎だ。元々そうするつもりだったし、本当はそうしたいと思っていたところ。

 

 

「別に構わんが。お前はいいのか?」

 

 

芝生に降りてストレッチ。体を解すハヤトが体を大きく伸ばしているテンへと聞き返した。自分はそうしたいが、当の本人が初めに言い出した事。珍しい発言に首を傾げるハヤトにテンは首を縦に振りながら、

 

 

「偶には、悪くないかなって。一緒に強くなるってお前が話したしさ。それに俺は、基本的に一人で集中したい人だけど。二人の方がアドバイスし合いながらできるかなと」

 

「そうか、まぁ何でもいいぜ。お前は気が向いた時にしか一緒にやってくれなさそうだし。なら、今日は一緒にやろうか」

 

 

一緒にやる理由を並べられたが、そんなのあまり気にしないハヤトが手招き。いつも自分が鍛錬している場所へと彼を案内した。準ずるように追いかける足音が聞こえてくる。

 

本当に珍しいことだ。彼の言ったとうり、彼は一人で集中したい人だから自分と鍛錬したがらないと思っていたし、実際に拒否られた。

 

その理由だけであんな拒否られ方をされるのは少し引っかかるが、彼の気が変わったのならそれで良しと思うハヤト。気分屋な彼のことは特に気にしないことにした。

 

彼が一緒にやりたいと言うなら、それを拒むわけがない。ハヤトも偶にはテンと鍛錬したいと考えていたところだ。

 

鍛錬の成果を彼にお披露目するいい機会。

 

テンとハヤトには数日の差が既に開いているが。ハヤトはそれを埋めようと努力し続け、僅か一日で意識を集中させれば魔法を使える所まできたのだから。

 

それを彼に見せてやりたい。勿論、テンも自分に追い越されないように努力しているから自分よりも扱いには長けているはずだろう。それもそれで気になる。

 

定位置についたハヤト。ここだと行動で示す彼は芝生に座り込んだ。後を追うテンはその様子からここだと理解し、彼の正面に胡座をかいて座る。

 

そうして、鍛錬の形を取った二人。

 

 

「で、具体的には何すんだ?」

 

「特に考えてない」

 

 

出だしから大滑り、いっそ清々しいまでの正直さにハヤトがズッコケる。一緒にやろうと言い出したのだから少しは考えているかと思ったが相変わらずのテンだった。

 

「おい」と思わずツッコミを入れるハヤトにテンは「だってぇ」と口を尖らせる。

 

 

「俺は、一人じゃないと集中できないし。そうなると、お前と鍛錬してできることって限られてくるでしょ? 特に思いつかねぇよ」

 

 

テンが両手を横にゆらゆらと揺らす。その様子から察するに本当に何も考えてないようだ。

 

普段から良い意味でも悪い意味でもごちゃごちゃ考えるくせに、こういう時に限ってポンコツになるのが彼の面白いところだなと思うハヤトは「ならよ」と繋げて、

 

 

「この数日間の成果をお互いに見せ合うってのはどうだ? 魔法の鍛錬もできて、アドバイスし合えて、尚且つお互いを高められる。最高じゃね?」

 

「…そうね。なら、ここは言い出したハヤトから見せてよ」

 

 

ハヤトの提案に一つ返事でテンが乗っかる。反対することもない彼に「まかせろ」と一声かけてから立ち上がるハヤトは右腕を芝生の一点へと突き出した。

 

魔法を発動するための予備動作的な扱いだ。そこにマナを集中させるという事を頭の中で明確に想像するための。捉え方としては、スポーツ選手がやるようなルーティーンに近しい。

 

視線を一点に、頭の中でイメージ。そうすれば、後は詠唱一つで世界は応えてくれる。

 

 

「ドーナ!」

 

 

力強い声と右腕を天高く振り上げる動作に呼応するかの如く、意識を集中させた一点から岩の棘が飛び出した。先端が鋭利で、ハヤトの下半身程度もある大きさのそれは、皮膚など容易に貫通できそうだ。

 

初めて見るドーナ系統の魔法に「おーー」と拍手を贈るテン。彼が鍛錬を始めて少ししか経ってないのを知っているからもあるが、単純にあそこまで大きな魔法を使用できることに驚いた。

 

それと同時に、自分が苦労してやれた事をすんなりと行えるハヤトとの適応能力の差を実感させられたような気もして。自分ももっと頑張らなきゃと思う反面、既に隣に立たれているような恐怖を心の真ん中で感じる。

 

 

「まだいくぜ。見てろよ」

 

 

二つの感情に板挟みになるテンだが、そんな事など全く知らないハヤト。彼は現出させた棘を破壊すると再び同じ体制を取った。

 

まだ表情に余裕のある彼が意識を向けたのは手の平。今度はそこに意識を集中し始める。チラチラとテンのことを見ている彼は「ちゃんと見てろよ?」とでも言いたげで。

 

勿論、それを察したテンは何をするのかと思いながら彼の成果発表を待っていた。

 

 そして、

 

 

「ゴーア!」

 

 

二回目の魔法は火属性。短い詠唱の直後、手の平の上に火球が現出した。サッカーボール程度のそれは暗がりに包まれていた周りをほのかに明るくし、近くにいる二人は暖かさを感じた。

 

攻撃魔法としては十分な出来栄えの火球を目にしたテン。彼はまたしても「おーー」と先程と全く同じ反応。拍手を贈り、素直にすごいと思った。

 

やはり、彼は基本的に本能に任せて動く人間だから。思考回路もそれに似るわけで、感覚さえ掴めば後は早い。

 

 

「どうよ、テン。これが俺の成果だ」

 

「素直にすごいと思う。俺と比べて、鍛錬始めてからそんなに経ってないのに。もうでそこまでやれんのかよ」

 

「まっ、お前よりも感覚に関しては自信があるからな。感覚さえ分かればあとはこっちのもんよ。今のところは、集中しなきゃ直ぐに消えちまうからまだまだだけどよ」

 

 

意識を逸らした事で火球が消えてしまったが、成果は見せれたとハヤトは満足げに笑う。

 

彼はテンに追いつく、追い越すために努力してきたことがここまでこんなにも早く形になるとは予想してなかったから普通に嬉しかった。

 

 

「なら、次はお前のを見せてくれよ。お前の方が得意そうな感じするし」

 

「何だよそれ。変な期待すんなよ?」

 

 

胡座をかいて座ったハヤト。自分の次はテンのを見たいと急かし始める。彼は自分よりも頭で考えて動く人間だから、より鮮明に魔法のイメージをできるから凄いだろうと。

 

そんな期待されても困るテンである。彼は一回ほど息を吐き、瞑目すると。

 

 

「ヒューマ」

 

 

詠唱と具現化は同時。詠唱=想像と具現化、の工程を頭の中に叩き込んだテンは既に確立している想像通りに氷柱を三本正面に現出させた。

 

人間の腕なら簡単に貫通できそうなそれを前にハヤトが目を見開く。やはり、テンの方がまだ少し先を歩いていた。詠唱から現出までのラグがゼロに等しく何より数が多い。

 

 

「…どうかな」

 

「流石だぜ。俺も負けてられねぇな」

 

 

首を傾けるテンにグーサインのハヤト。自分よりも長く鍛錬してるだけあって、魔法に関しては彼の方が少し前に進んでいた。

 

そんなものを見せられればハヤトはより一層頑張ろうと心の中で決意。彼もできたのだから。自分もやれるようにならないと置いていかれてしまう。それだけは嫌だと拳を握りしめた。

 

 

「つか、すげぇなテン。どうやって何個も浮かべてんだ? 俺みたいにそこまで集中してる様子もないしよ」

 

 

あくびをしたテンを見て、少し驚いたハヤトが問いかけた。自分は発動に数秒もかかるし、その後も集中しなければ乱れて魔法が消える。

 

対して彼の場合は詠唱から現出までほぼノータイムだったし、現出させたままあくびをする余裕まである。

 

マナをゲートから取り出すことに慣れたばかりのハヤトにはそれが不思議だった。どうやっても、一つまでしか現出できない。

 

問いかけにテンは「んーー」と悩む素振りを見せたが。三つある氷柱を一つ消すと、

 

 

「頭の中でイメージするんだよ。一つあったものが二つに。二つあったものが三つに。マナを取り出すことには慣れたんだろ? なら、それを結びつける感覚で数を増やすんだよ」

 

 

淡々と説明する合間に「そうすれば、世界は応える」と重ねた彼が氷柱を三つに戻す。元々マナは世界に滞空しているもので、頭の中でイメージが確立してしまえば後は簡単なのだ。

 

そう、現出させるのは簡単。その先が今の課題だと言える。

 

 

「それができたら、次は魔法を行使した状態をできるだけ長く維持するようになれること。それができれば大抵のことはやれるんじゃないかな」

 

「なるほど。確かにそうだな」

 

「最終的な目標は無意識下でも詠唱しただけで魔法を使えるようになること。つまり、集中して想像しなくても魔法を使えるようになることね」

 

 

先程のは意識して魔法を使ったが。その場合は今のように集中しなくても、詠唱をしただけで魔法を使えるようになること。

 

想像→詠唱→具現化の三工程を、詠唱の一工程で済ませるようになるのが魔法の最終到達点。

 

やり方としては。頭の中に、この詠唱をしたらこれを想像して具現化させる。みたいな定型の流れを確立させることで可能になるのではとテンは考えていた。

 

戦闘になった時、魔法は必ず使うことになるだろう。その時に想像をするのに時間をかけたらその間に殺される。だから、これは必要なことなのだ。

 

 

「お前、そこまで考えてたのかよ」

 

「ゴール地点があったら、そこに向かって走れるでしょ? まずは近いゴールを決めて、そこに辿り着くための目標を重ねていくんだよ」

 

 

単に数の増やし方を聞きたかっただけのはずが、自分達が目指すべき場所の話までしてくれたテンに感心するハヤトは何度も頷く。そこまで考えれるならあとはゴールに向かってつっ走るだけか。

 

話が結構逸れたため「話してくれてありがとうとよ」とハヤトは一声かけると、

 

 

「まぁ、数の増やし方はわかった。今やるから見ててくれよ」

 

 

ともあれ、やり方は分かったと話の流れを切ったハヤトが「おん」と頷くテンの前で再び集中し始める。頭の中で想像するのは一つだった火球が二つに三つに四つに五つに数を増やしていく映像。

 

手の平だけだったのが、その周りを浮遊するように。自身の熱を大気に集めてそれを結びつけるように。

 

そうすればきっと、

 

 

「ゴーア!」

 

「……マジかよ」

 

 

ハヤトの呼びかけに世界は呼応する。先程までは一つだった火球が五つ。大きさこそは小さいが、それでも持っている熱量はそれなりのもので、当たればただでは済まない。

 

一度の説明だけで一つの壁を軽々と飛び越えたハヤトが一気に五つ。それを見たテンが戦慄するように声をこぼし、空笑い。何の意味を含む笑みなのかは彼自身もわからない。

 

ただ、良い意味ではないことは確かだった。

 

 

「……っ! あ、だめだ」

 

 

そう言った直後、ハヤトが身体の力を抜いて芝生に倒れる。意識が乱されたことで火球は消滅。慣れないことを気合一つでやった結果は僅か数秒後に現れることになった。

 

それでも凄いことだとテンは思う。自分はこれをするのに結構時間を使ったというのに、彼は自分の一言で熟してしまった。

 

 

「……やっぱ、すげぇな」

 

 

なんて恐ろしいことか。真横に立たれてるのは気のせいではなかった。

 

二日間の差なんてハヤトからすればあってないようなものかとテンは分からされた。時間をかけてやれるようになった事を一瞬でやれたハヤトを前に、言い表せられない感情が浮かび上がる。

 

 

「やっぱハヤトはすげぇな。俺が時間かけて出来たこと、一瞬でできるんだもん」

 

「それも、一瞬で消えちまったからあんまり意味ねぇと思うが」

 

「一瞬でも出来ただけで凄いんだよ。やっぱハヤトはーー凄いよ」

 

 

表情に影の差すテンがそう呟くが、気合いで乗り越えた疲労が体にのしかかったハヤトにその言葉が聞き届けられることはなく。

 

芝生に転がる彼はテンの表情も見えないからそれに気づくこともない。だから、頭を軽く左右に振るテンは気付かれる前にその考えを振り払う。

 

気付かれたら、色々と面倒なことになるからだ。ハヤトなら尚更。それに、彼には理解できないことだと思うから。あまり触れてほしくない。

 

 

「ーーあれ?」

 

 

そうして顔から影が抜けた時。彼は未だに浮遊している氷柱が視界に入った。グラつく事もなく平然と空中に止まっているそれ。

 

ハヤトのことに意識が乱れたから無くなっているはずなのに、それはあった。それが表すのは無意識下でも魔法を保てていたという事か。魔法から意識を逸らしても生きていたという事実か。

 

それが何を意味するのか、捉え方は人によって様々だ。しかし、この時のテンには自分のことを鼓舞しているように都合よく捉えられて。

 

 

「……悲観してる時間はないってことかよ」

 

 

どうしてそんな風に捉えたのかは、分からない。けど、その事実が自分も前に進んでいる事を表しているようにテンには見えて。ハヤトの成長に自分の遅さを悲観してる場合などないと思ったから。

 

確かにハヤトは凄い。自分よりも凄い。自分が時間をかけて乗り越える壁を彼は感覚一つと気合だけで短い時間で乗り越えるのだから。成長速度が明らかに違いすぎる。

 

 

「そんなの分かってるよ」

 

 

追いつけない、上等。

 

ハヤトの方がすごい、知れた事を嘆くな。

 

自信がない、今更すぎること気にするな。

 

だからそれを理由に落ち込んでいる暇などない。自分のやれることを精一杯やるだけ。ハヤトに抜かされるなんて、もう分かりきったことだ。

 

何度も自覚して、その度に理解してきたことじゃないかと思い出すと、落ち込んでいた自分のことがテンはバカバカしく思えてきた。

 

追い越されるなら、追いつけるように頑張るまで。追い越せなくても、隣に立つくらいはできるはずだから。

 

そうやって頑張ろうって何度も心に誓ってきたじゃないか。騎士になる決意をした時に、彼と一緒に強くなろうって彼が言ってくれたじゃないか。

 

 不意に口角が釣り上がり、心が燃えた。

 

 

「ゴーア!!」

「うぉーーっ!?」

 

 

何の前触れもなく立ち上がり、両手を前に出したテンが叫んだ直後。一気に十もの火球が目の前に現出。訳も分からないハヤトは突然のことに飛び起きて、目の前に広がる光景に思わず驚嘆の声を溢した。

 

自分の二倍。それも大きさも一回り大きな火球が轟々と燃え盛っている。結果としてはハヤトのように一瞬でなくなってしまったが。テンは満足そうに笑みを弾けさせると、

 

 

「どーだ、ハヤト! お前よりも多く火球を出してやったぞ! 俺も負けてらんないからな!」

 

 

指をさし、目を見開くハヤトに言い放つ。彼がこのような言葉を言うのは珍しく、今夜は本当にどうしたのかと思うハヤトだが。それよりも彼が自分と張り合ってくれたことが嬉しかった。

 

 ーーやはり、こうでなくてはつまらない。

 

だから色々と考えるのは無しにしてハヤトも勢いよく立ち上がり、

 

 

「なら、俺も負けねぇぞ! お前が十個出すなら俺は二十個出してみせる! いや出してやる!」

 

 

突き出された指に対して、突き出し返したハヤトが人差し指でテンの事をさす。同じように笑みを浮かべた。

 

そうして二人して笑みを浮かべ合い。そこからは火球を出せる数で勝負が始まる。

 

ハヤトが多く出したらテンがそれより多く出して、テンが多く出したらハヤトがそれよりも多く出して。

 

互いにヘトヘトになりながらも切磋琢磨する様は、楽しげな様子だった。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

「あーくそ。久々にアツくなりすぎた。お前のせいだからなハヤト。お前が俺の心に火をつけるから」

 

「なに言ってんだよ、お前のせいだろ。普段から男らしくないお前が三年間の時を経て張り合いを見せた、それも初めて。まさか、俺が反応しないとでも?」

 

 

ゴロンと芝生に寝転がるハヤトとその隣に腰掛けるテンが額から流れる汗を拭う。火球勝負が白熱したせいで、許容範囲を軽く超えた二人の体からは汗が流れ始めていた。

 

それだけでなく、慣れないことを勢いに任せてした結果。先程のハヤトのように疲労感がのしかかるせいで鍛錬は一時中断。現在は、休憩タイムといったところ。

 

 

「今日はちょっと熱が籠ったんだよ。色々と感情が珍しく溢れてきたせいで。偶にはお前がブレーキかけてくれてもいいんだよ?」

 

「いやいや。さっきのお前は親友としても良い姿だと思うからな。もっと張り合い見せてこうな。俺と切磋琢磨しようぜ」

 

 

普段はあまり張り合いの見せないテンが、今夜は珍しく張り合ってきたことでハヤトの心にも熱が灯り、今の状態だ。

 

今までは「うぉーー!」となるハヤトをテンが静めるのが基本の流れなのだが。今回はテンも「うぉーー!」の状態。つまり、強制的にブレーキが掛かるまで走りっぱなし。

 

故に少しの不満を抱くテンだった。アツくなったせいでノリに任せてしまい、もう動けそうにないくらいにまで疲れた。

 

 

「どうしてくれんのさ。俺もう鍛錬したくないんだけど。完璧に疲れたんだが。鍛錬スイッチが強制的に切れそうなんだが」

 

 

大きなため息をつくテンが、肩を落とす。垂れ下がる両腕はダランとしていて声にも力が入ってないのを察するに本当に疲れてるのかとハヤトは思う。

 

しかし、それなら休めば良いだけの話。ここのところ彼は頑張りすぎている節があるから。疲れたのなら今日はここで終わりというのも一つの手。

 

 

「なら、休めば良いじゃねぇか。お前、最近頑張りすぎなんだよ。少しは肩の力抜けって。あんまり張り詰めても負担になるだけだぞ?」

 

 

体制を起こすハヤトが、俯くテンの肩に手を添える。優しく、頑張りすぎる自分の親友を労るように。ここのところ、彼が頑張りすぎているのは周知のことだ。その理由はちゃんとは分からない。

 

けれど、無理をしてはいけない事だけは分かる。それをし続けた場合、体を壊してしまう事も空手で経験のあるハヤトにはもっと分かる。

 

 

「強くなりてぇって努力するのは悪いことじゃねぇよ。だが、無理をしすぎるのはだめだ。少しは自分を労われ。お前はよくやってるんだから。それくらいしてもバチは当たらねぇさ」

 

 

な? と真面目な態度のハヤトが俯くテンのことを一直線に見つめる。添えられた手を一定のリズムで叩かれれば、その度に肩に入っていた力が抜けていくような感覚がテンの心を揺さぶった。

 

不意に心の中に張り詰めている糸がたわみそうになるのを堪えた彼は、溢れそうになる弱音を喉の奥に押し込む。

 

 

「でも、俺はさ。もっと頑張らないといけないんだよ。今よりも頑張って、少しでも早く強くなりたい。ならなくちゃいけない。俺は、お前と違ってなんでも早くできる人じゃないから」

 

「それでも、だ。つか、俺だって悪戦苦闘してるのになんでも早くだなんて言えるかよ。そんな俺がこんなにリラックスしてんだぜ? お前も少しはリラックスしていいんだよ」

 

 

基本的に肩の力を抜いて鍛錬に臨むのがハヤトのやり方に対し、テンの場合は少しでも早く強くなれるようにと過度な鍛錬に臨むやり方。精神的な面ではその差はかなり大きい。

 

ハヤトはなんでも楽しみながらやるのが基本のスタイル。全てに張り詰めすぎたら、心がもたない。厳しい状況の中でも楽しさを見つけ出し、それを感じながら成長するのが彼にとっては良いこと。

 

対してテンの場合。彼は常に肩に力を入れ続けている。強くなるためだけに意識を向け、何かに焦るようにそれだけと向き合っている。確かに、その方が強くなれるかもしれない。

 

けど、それは良くないのだ。

 

 

「俺から見て、今のお前はどこか焦っているように見える。確かに、強くならなきゃいけないのはその通りだ。でもだからってそれだけに意識を向けるのは違ぇと俺は思う」

 

「……つまり?」

 

「偶には俺とこうして遊ぼう(・・・)ぜ? 毎日厳しい鍛錬をするのには反対しないけどよ。お前の場合、そればかりで楽しむことが頭から抜けてる」

 

 

何事も楽しむことが一番。ただ、辛いこととだけ向き合ってるだけではきっと成長することはできない。ハヤトはそれが伝えたかった。

 

今日の朝も。過度な鍛錬をやり続けていることが原因で疲れが溜まり、風呂にも入らず寝てしまったと彼から聞かされたし。そうなるまで疲労するのも見ていられない。

 

 

「テン。肩の力を抜け、緊張しすぎるな。強くなることだけに執着して、それでお前は楽しいのか? 辛いことだけに向き合ってるお前は……今を楽しめてるのか?」

 

 

きっと、彼が焦る理由を今すぐに教えてくれることはないのだとハヤトは思う。もしかしたら自分はそれを一生理解できないのかもしれない。

 

それに。毎日少しずつ強くなることを心がけていながらも、早く強くならなければと焦っていることは彼自身も理解していることだろう。

 

この二つの要素が絡み合って、彼の背中に重くのしかかっているのだとしたら。少しでも早く直ればいいと思うのだが。

 

彼は自覚しながらもそれを直そうとしない面倒な性格。だから、ハヤトがそれを直そうと色々と頑張るのだ。

 

視線を少しも逸らそうとしないハヤト。優しい口調から語られる言葉に、堪えていた張り詰めた糸が今度こそたわむ感覚がしたテンは、深く息を吐いた。

 

 

「……考えた事もなかった」

 

 

ハヤトに言われて思うところはあった。

 

彼の言う通り、自分は強くなることだけに執着しすぎてそれ以外に考えることはせず。楽しむ事も休む事も選択肢の内になかった。結果としてあのような事態につながったと。

 

色々とハヤトとの差を実感させられすぎたせいで、自分でも目に見えて分かるくらいに焦ってたのは理解している。それを負担に感じすぎたせいで、頑張りすぎてしまったのかもしれない。

 

 

「鍛錬を楽しむ、ね。確かにお前の言うとうり強くならないとって焦ってたのかも。そんなこと頭の片隅にもなかった」

 

「だろ? それじゃダメなんだよ。常に頑張りすぎてたらどこかで崩れちまう。偶には楽しむことも大切なんだ。あと、休む事もだ。疲れたんなら今日は終わりにしよう、それでいいじゃねぇか」

 

「休んだ分は、どうすれば」

 

「なら、次の日に取り返せばいい。一日ゆっくり休んで。その次の日にまた頑張ればいい。その切り替えが鍛錬には大切なんだよ。お前は毎日気合を入れてるから、変に疲れるんだ」

 

 

身体の向きをテンの方に向けたハヤトが、俯くテンの肩をガシッと掴む。不意の行為に反射的に顔を上げたテンは彼によって身体の向きを強制的に彼の方へと向けられて。

 

ハヤトはそのままテンの肩を軽く揺さぶると。

 

 

「お前が焦る理由をちゃんとは分からねぇから、偉そうなことは言えない。だがそうだとしても、もっと今を楽しめ。そして自分のことを労われ。毎日クタクタになったお前の事を心配する奴は、ちゃんとここにも居るんだからよ」

 

 

息が詰まるテンにハヤトは「それによ」と笑みを浮かべると、

 

 

「俺たち、鍛錬始めてから一週間も経ってないんだぜ? それなのに今こんな状態で、この先どうするんだって話だろ。強くなるとかの前に体壊しちまったら、それすらも叶わなくなっちまうよ」

 

「……お前の言う通りだね」

 

 

全くの正論を言われて納得したように笑みと一緒に息をこぼすテンが、頭を軽く振った。まるで、それまでの自分を笑うように。

 

ハヤトにここまで言葉を掛けられて。そして、下らない理由で落ち込んでいたことが本当にバカバカしく思えてきて。

 

彼の言うとうりだ。まだ一週間も経ってないのにこの有様では一ヶ月も持たないだろう。

 

強くなるためにはしっかりと休息を取る事も大切。肩の力を抜く事も大切。簡単で、忘れがちな二つのことを彼に思い出させられた。

 

 

「なんか、ありがと。少し気がラクになった」

 

「良いってことよ。お前は色々と余計な事を考えすぎてすぐ落ち込んだり、勝手に頑張りすぎる節があるからな。もっとゆるーくいこうぜ」

 

「それができたらこの先、苦労しないよ。分かってると思うけど、俺は自覚しながらも直そうとしない人だから、また今みたいな悪循環に飲まれてたらーーその時はよろしくね?」

 

「任せろ。俺が喝を入れてやるよ」

 

「なるべく、優しくお願いします」

 

 

肩から手を離すハヤトが、握りしめた拳をテンに見せつける。満遍の笑みを浮かべる彼は、本気でそれをやりそうな危うさがあった。それを正面にすればテンも軽く戦慄する事を抑えられない。

 

今は優しかったが。本格的に自分の捻くれた所を直そうとしてくれば、恐らくあの拳が顔面に炸裂する気がしてくる。

 

それから退散するように「さて」とテンはゆっくりと立ち上がると、

 

 

「なら、お前の言うとうり今日はもうお風呂に入ろうかな。ゆっくり休んでまた明日、頑張るとするよ」

 

「おう。そうしろそうしろ」

 

 

手を振るハヤトに軽く返し、テンは彼に背を向けて歩き出す。今夜は色んなことが一度にあったせいで精神的に疲れたが、悩んでいたことが解消されて少しラクになった。

 

これから先、ハヤトと自分を勝手に比べて劣等感を感じることは沢山あると思うけど。今夜のことを思い出せば、頑張れそうな気がして。

 

 

「ーーテン」

 

 

不意に名前を呼ばれ、振り返る。立ち上がるハヤトが拳を突き出していた。

 

 

「さっきのやつ、楽しかったな。またやろうぜ」

 

 

無邪気な笑みを浮かべる彼を見て。本当に良い親友を持ったなと改めて思うテンは、同じように拳を突き出した。

 

 

 

「うん、またやろうね」

 

 

 

 






うちのハヤトは基本的に自信に満ち溢れた態度を一貫する熱血キャラに対して、テンは何キャラなんでしょうかね。

態度がブレまくるので書いてる作者ですらよく分からないです。




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