親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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テンが暴走するお話です。




感情の定義は、頭では分からない

 

 

 

 

「あーー! 俺はなんてことをぉおお!!」

 

 

ハヤトの部屋で枕に顔面を埋めたテンが狂乱しながら叫び散らす。顔を埋めてもなお、声が漏れ出すレベルの大声で顔を真っ赤に染める彼は、ハヤトがせっかく整えた寝台の上で暴れまくっていた。

 

その原因はもちろん、レムとの相合い傘である。

 

自分でも初の相合い傘に重ねてレムとしたものだから恥ずかしさが尋常ではない。あの時はお互い状況に酔っていたから、あのままゆったりとした空間を過ごせたのだが。

 

屋敷に帰ってきた今。その酔いが一気に冷めたことで自分が何をしでかしたのかを頭で理解した結果、今に至る。

 

心の底から湧き上がる感情を発散するために、親友であるハヤトの部屋へと突入。

 

休憩中のハヤトが何だ何だと驚くのを無視して寝台へとハリウッドダイブ。恋に悩む女子高生がよくやる『枕に顔を埋めて足をパタパタさせるやつ』の最終進化系をテンは実行。

 

寝台に倒れるテンは枕に顔を埋めるまでは同じ、しかし、布団もろとも蹴飛ばして暴れ回る暴君スタイル。

 

 

「なんで、何でだ!? なんで俺はレムと相合い傘をしてるんだ!? 俺はバカか! バカだよ!そうだよ! そうに決まってるよ!」

 

「そんなに言うかよ。てか、少し落ち着けって」

 

 

誰だって初めての経験は緊張するものだ。しかしまさか十八歳にして相合い傘初体験とは中々に情けないというかなんというか。目の前で狂乱してる男は異性経験が少なすぎるとハヤトは苦笑い。

 

彼がここまで暴れ狂うのを見るのは久々だ。因みに初めて見たのは、二人を含めた複数人とでカラオケに行った時。

 

楽しさのあまり弾けまくっていた。それはもう、基本的になんでもどっしり構えるハヤトがドン引きするレベルで。それでも上手いのが腹立つ。

 

 

「今冷静に考えれば、何で俺はあの状況下でレムと相合い傘できたんだよ。ヤベぇよ、俺ヤベぇ。この二週間でレムに女性耐性高められすぎだろ。普通なら緊張でガクブルに決まってるよ」

 

「不思議とお前なら簡単に想像がつくな。まぁ、あれだよ。お前の言うとうり状況に酔ってたんだよ。お前が言うには、レムもレムで物理的な距離を縮めてきたって話だしよ」

 

 

椅子に座るハヤトが色んな意味で興奮するテンに、今にも大笑いしそうになるのを口の中を奥歯で噛むようにして堪え。我慢して声を発する。

 

表情にはその様子はダダ漏れだと思う。自分でも分かるくらいに口角が釣り上がっているのだから外から見たら一目瞭然。尤も、寝台で狂うテンには分からないだろうが。

 

 

「そうだ、そうだよ! レムが俺が傘の中に入らないからって肩と肩が当たる距離まで間隔を詰めてきたんだよ! 肩と! 肩が! 当たるの!」

 

 

ハヤトの問いかけに思い出したかのように上体を勢いよく上げるテンが、左腕をブンブル振りながら自分でもおかしいほどにひどく興奮する。叫び続ける口元を枕に突っ込んでる辺り、煩いのだけは配慮しているのか。

 

それも、ハヤトには対して意味を成さない。枕を貫通して彼の声がはっきりと聞こえてくる。横から溢れるとかそんな次元ではない。辛うじて部屋の外には漏れてないと思うが、内側には彼の声がこれでもかと乱反射していた。

 

 

「ねぇ聞いてよ、ハヤト!」

「おう、聞くぜ」

 

 

生きてきた中で一番興奮してるんじゃないかってくらいのテンが身体を上下に揺らす。寝台のスプリングがぎしぎしと音を立てて鳴り止まないのは、子どもがベッドの上で大興奮する光景と全く同じ。

 

そんな新しい顔を見せたテンにハヤトは一つ返事で聞き入れる。一度スイッチの入ったテンは誰にも止められない、気持ちが落ち着くまでやりたいだけやらせるのがハヤトのやり方だ。

 

 

「俺はな、レムが俺と相合い傘するの嫌だと思ったから早く帰ろうとしたのにレムが傘の主導権を奪い去った挙句歩速も歩幅もお爺ちゃんかってくらい遅くなって何でだろうって思ったらレムは、『レムがこうしたいんです』って心底落ち着き払った声で! なんでなんでしょうね? あの場面でわざわざゆっくり歩く必要なんて俺はないと思うんですよね!」

 

「おうおう」

 

「で、さっきの話になるんだけど。傘の大きさ的にはそこまで小さくないから距離を空けても少し濡れるだけで大丈夫だと思ってたら、レムがそれはダメだって急に距離を詰めてきたんよ! 肩と肩がピタッとして、レムの体が真横にあったの。熱が! 熱が伝わってきたの! あんなの俺初めてだったから緊張とか通り越して頭の中が一瞬で真っ白になっちゃってさ!」

 

「よく平然を保てたな」

 

「それな! 自分でも何でなのか不思議で仕方ないよ。だって俺、相合い傘初体験なのにその相手がレムだってさ! 俺みたいなのがレムと相合い傘しちゃったよ! 俺、明日死ぬかもしれない、あのたった数十分で俺のSAN値がゴリゴリに削られて、それを自覚した今。俺のSAN値が一気に減ってるよ!」

 

「酔いってのは怖いもんだな」

 

「そうねそうねそうですね! 人間、誰しも酔うことはあると思うんですよ。お酒だったり人だったり俺の場合は状況に完全に酔いましたね。あの時は流石に無理がありましたよ。そもそも女の子と二人っきりすら少し前の俺には心臓破裂ものなのに今のいままで俺はよくやってきたよ! 慣れって怖いもんですね!」

 

「へぇーー」

 

 

と、それを言い切った途端にテンの口が止まった。それまでは口早に言いたいことを吐き散らしていたが、その瞬間から燃え尽きたかのように静まり返る。

 

枕からうるさい声が聞こえなくなり、乱反射していたテンの声が部屋に溶け込んでいくことにより部屋も静寂に包まれた。

 

その元凶であるテン。彼は溜まっていた感情を全て吐き出したのか肩をゆっくりと上下させながら深呼吸を繰り返していた。瞑目し、何度も深呼吸して、荒ぶる心を落ち着かせる。

 

 

「……気持ちは落ち着いたか?」

 

「うん。言いたいこと、全部言ったから」

 

 

精神を落ち着かせたテンがハヤトの声に目を開ける。抱き抱えていた枕を手放した彼は熱くなった頭を冷ますように両手であおいだ。

 

ついさっきまでの狂乱していたテンは形を潜め、いつも通りの彼が戻ってきてくれたことに安堵の胸を撫で下ろすようにハヤトは大きく息をつく。

 

流石のハヤトもあの豹変ぶりには苦笑いもできずに顔を引き攣らせるしかない。多分、ハヤトだからそれぐらいで済んだと思うべきだ。彼以外なら確実にドン引きされるはず。

 

言いたいことを全部言わせるために、軽い相槌を合間合間で挟んでいたが。途中から適当になっていたし。もし仮にあの先にまだ続きがあるとしたら、相槌が「へぇーー(棒)」に固定されていただろう。

 

 

「……あ、布団ごめんね。今、直すよ」

 

「変なところで律儀になるなよ」

 

 

自分がぐちゃぐちゃにした布団を視界に入れたテンが視線を一周させ、状況を理解して申し訳なそうな様子で布団から立ち上がり、自分の過ちを正す。

 

あれだけ乱舞しておきながらの今。こっちが本当の彼だと思わさせられる彼らしい行動に笑うハヤトが思わずツッコむ。彼はテンションの上がり下がりがとんでもなく激しい性格だから急に暴れ出したり、逆に冷静になったりすることもあるが。

 

毎度の如く、その温度差に笑わせられる。冷静な時はとことん落ち着いてるくせに。先のように自分にとって衝撃的な出来事があると必要以上に暴れ回る。尤も、それはハヤトの前でしかやらないため、自分のことを信頼してくれている裏返し。

 

普通、こんなところ親しい人間以外に見せるわけがない。見せた場合、物理的に距離を置かれる。

 

 

「よし。若干のシワは否めないけど。大体は整えた」

 

「サンキューな」

 

 

ため息ひとつ。別々の理由で息をこぼした二人が軽く頷き合う。両者にはあの光景を見せた、見せられた後の割には気まずさのカケラもなく。

 

流石に顔の引き攣りは抑えきれなかったハヤトだが、これも彼の良いところ(?)だと解釈しているから深く追及することもない。

 

テンもテンで。これを見せたところでハヤトに嫌われるとは思わない謎の自信があるからスルー。自然な動作で布団に座り直した。

 

そうして、テンが暴れること数分。彼の暴走列車タイムは終わったと言える。

 

 

「いやぁ、恥ずかしいところを見せたな」

 

「構わん。寧ろ、あの葛藤をもっと増やしてくれても良いくらいだ」

 

 

人差し指で頬を小さく掻きながら顔を引き攣らせるテンが肩を窄める。親友関係とは言えども、流石に礼儀のない行為だったと反省。レムと相合い傘したことによる衝撃の発散に彼を巻き込んでしまった。

 

かく故ハヤトは片手を横に振り、さほど気にしてない様子だ。言ったとうり寧ろもっとあのような葛藤を見せてほしいと思う。自分の気持ちを抑えない男の子らしい素直な葛藤を。

 

基本的にテンは、その辺に関しては自己完結することがほとんど。自分の中だけで全てを終わらせる癖がある。だから、こうして表に出してくれるだけでもハヤトには嬉しい。

 

 

「…でも、何でだろうね」

 

「何がだ?」

 

 

冷静になったテンが改めて疑問に思ったことを頭の中心に疑問投下。彼の口から出たその疑問とは、

 

 

「なんで、レムが俺を迎えに来てくれたのかな? 普通ならお前が来ると思ってたんだけど」

 

「ーーーー」

 

 

自分の口から出た言葉を自分の耳で聞いたテンが悩む。声のトーンからしてもハヤトを揶揄うような感じではない。本気で疑問に思っている。

 

その反応にハヤトが固まった。彼の反応に精神的な思考が停止した結果、物理的にも固まり彼の口が半開きの状態に。

 

言ってしまえば、絶句した。テンの鈍感さにも、鈍感なことに気付こうとしない姿勢にも。

 

いや、気づいているのかもしれない。けど、そんなわけないとそれから目を逸らしているだけか。或いは、気付いてるし自覚もしているけど。自己評価が低いせいでそれは無理だと自己完結しているだけか。

 

 

「ハヤト。お前はどう思う? なんでレムは迎えに来てくれたと思う?」

 

 

固まるハヤトに疑問を投げかけるテンは、首を傾げて指を三本立てると、

 

 

「仕事面から考えてもレムが来ることはまず無いと思うんだよね。ならラムかハヤト、若しくはエミリアの三択だけど。ラムは面倒がって来ないと思うし、エミリアは前提として勉強してる。してなくても村には来たくないと思うし。なら、消去法でハヤトしかない。ーー故にハヤトが来ると俺は思ったんだよ」

 

 

薬指、中指と選択肢を消していき最後に残った人差し指を自信満々にハヤトに向ける。お前しかいないと雄弁に語る人差し指は折れ曲がることなどないようで。

 

そこまで考えれるのにどうしてもっと単純なことには気づけねぇんだよアホ。と心の中で深いため息をハヤトは呆れてものも言えない。

 

頭で考える力はあるくせに心で感じる力は一切ない。そのようなことは色々と考えるからこそ無限迷宮に突入してしまう。今のテンが正にそれ。頭は働かせられても心は全く働かない。

 

 

「ハヤト? どうしたの? 黙り込んでさ」

 

 

何もわかっていない顔で、テンが黙り込むハヤトの名を呼ぶ。ポカンとした腑抜けた面を見せられると、「本当にコイツは分からないんだな」と、思わされる。だとすると、この疑問は解消するべきなのだろうか。

 

否、断じて否。そんなこと考えてる場合じゃない。このままでは親友が変わるきっかけをドブに捨てることになる。それだけはダメだ、テンもレムも良くない結果に終わる。

 

 

「……それは、俺の口から言っていい事なのか。正直わからん。ただ、レムは屋敷を出る前も自分が迎えにいくって出て行ったし。少なくとも、意図的にお前のことを迎えに行ったんだろうよ」

 

「なら、何で迎えに来てくれたの?」

 

 

レムが意図的に自分を迎えに来たことが判明。ハヤトの言葉を疑おうともしないテンは更に困惑する。何で、何で自分なんかを迎えにきたのかと謎は深まるばかり。

 

尤も、それはハヤトからすれば浅すぎる謎だ。

 

考えずとも可能性の一つとして頭の中に浮かんでくるであろう仮説。確定ではなくても期待してもいいのではと思ってしまう希望。

 

残念なことに今のテンにはその仮説がない。だから今もこうして悩み続けていた。

 

男ならば。女の子のお迎え、次に相合い傘、トドメのボディータッチをされた時点で思い浮かんできても不思議ではないそれ。

 

 

「…テン。お前、本当に分からないのか?」

 

 

今までうっすらと笑みを浮かべてたハヤトが不意に口元を引き締めてテンを見る。声のトーンがひとつ下がり、真剣な物言いで彼に迫るハヤトは椅子から立ち上がり、テンの前にしゃがみ込んだ。

 

気圧されるように息を呑むテンを彼は真剣な面持ちで見ていた。視線を一切逸らさない彼の目つきは睨んでいると表現する方が近い。

 

 

「レムが迎えに来た理由。お前は、本当に分からないのか? 薄々勘づいてるとかそんなのじゃなく本当に分からないのか?」

 

 

ハヤトが同じ質問を問いかける。同じはずなのに、心に重くのしかかって退いてくれないようなしつこさがそこには含まれていて。

 

それまでの雰囲気から一転して、空気を張り詰めさせられたテンは何を言ったらいいのか分からず口籠る。本当に分からないのだから、そうとしか言えない。

 

その彼の反応を見て、ハヤトが「本当に分からないのか…」と残念がるように目を落とすと、

 

 

「なら、俺の口からその理由は言えねぇ。お前が何も理解してないなら言っても無駄だ。気付こうとさえ思ってないなら、例え知ったとしても、今のお前には疑問しか思い浮かばねぇだろうしよ」

 

 

体にこもっていた熱を吐き出すハヤトが息をこぼす。吐き出された息にはどんな感情が入っていたのかテンには分からない。ただ、テンにとって良い感情ではないことは確かで。

 

ゆっくりと立ち上がるハヤトに、気圧から解放されたテンは彼の名前を呼んだ。

 

 

「なんだよ、教えてくれてもいいじゃんか」

 

「ダメだ。今のお前なら尚更ダメだ。お前自身が、それを自覚しないと言葉の受け取り方が全く違ぇもんになる」

 

 

口を尖らせ、不満アピール全開。彼なら教えてくれると思っていた自分が間違っていたと思い知ったテンは残念そうに足をバタつかせ、でもどうでもよさそうに「ま、いいけどさっ」と舌打ち。

 

そんな彼の舌打ちを背に受けながら、タンスにかけた上着を羽織るハヤト。休憩時間はそろそろ終わりにして夕食の支度をすることに意識を向け始めた彼は子どもじみた反応に笑みを浮かべると、

 

 

「まっ、今のお前に俺が言えることはただ一つ。もっと自分に自信を持て。あとは、自分に向けられる感情に鋭くなれ。あとは、自信を持てるような誇りを持て、あとは、そうだな」

 

「一つどころか、限界を知らないんですけどこの人」

 

 

悩める親友に力強い眼差しを向けるハヤト。ただ一つとか言っておきながら積み木のように次々と重なっていくそれが、恐ろしいことに十五を超えたところで彼はニヤリと笑い、

 

 

「まぁあれだ。お前は、自分の価値観に縛られすぎなんだよ。お前がそうだと思ってることも案外違ったりするもんだぜ」

 

「んーー。よく分からない」

 

「今は分からなくてもいい。だが、お前のそれはテメェの世界を狭くしてる、可能性を押し込めてる何よりの原因だ」

 

 

「だからよ」と、彼の腕を掴むハヤトは腰掛けるベットから強制的に立ち上がらせると、折れ曲がる背筋と捻くれた心を伸ばすために背中のド真ん中を思いっきり平手打ち。

 

バチンと気持ちのいい音が部屋に響き、突然の行動に反応できないテンがあまりの勢いに咳き込む。身体が逆くの字に折れ曲がる力のそれは、肺の中にあった様々な感情を強制的に吐き出させた。

 

 

「い、いきなり何すんだよ」

 

 

紅葉型の熱を背中に感じながら、テンはハヤトを睨む。彼に睨まれると精神的に押さえつけられ、得体の知れないモノの気配を察したハヤトだが。

 

彼はそれを跳ね飛ばすように歯を見せて景気良く笑うと、

 

 

「テメェにはこれぐらいが丁度いいんだよ。この超絶鈍感野郎。前にも言ったろ? お前の捻くれた小根は俺が叩き直してやるってよ」

 

「行動と文章が繋がってるようで繋がってない気がするのは俺だけ? そんな理由で背中叩かれたのかよ」

 

 

理不尽ここに極まれり。納得のいかないテンがやり返してくるのをハヤトが軽々と躱すなどの一悶着の後、二人は仕事に戻るべく部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

今から夕食の支度。向かう先は厨房。

 

 と、その間に少し気になる出来事が。

 

 

階段を降りて、厨房へと向かおうとしていた時のこと。二人して雨の日は好きか否かについて話し合っていたら、レムが大量の傘が入った傘立てを玄関前に置いているのを見た。

 

その中には、レムが迎えに来るときに使っていたものから一回り小さな傘まで。何種類かの傘が立ててあって。

 

なんだ、傘いっぱいあるじゃん。

 

そう思うテン。しかし、そうなるとレムの言っていた言葉と食い違いが生じることになる。

 

 

 ーーすみません、他にも探したんですが。今はありませんでした。なので、今回はレムとテン君が二人で入っても大丈夫そうな傘をご用意しました。

 

 

彼女はそう言っていた。今は傘がないから大きいのしか使えない。だから、相合い傘をすることになった。しかし、そうなるとレムが運んでいる傘立ての中にある傘は何なのか。

 

傘があるなら、わざわざ大きいのを持ってくる必要もないのに。いやしかし、今はありませんでしたと彼女は言っていてーーーー。

 

 

 ーー"今は"ありませんでした。

 

 

「……いや」

 

 

そんなわけ、ないだろう。そんなことを思うテンはハヤトに「いくぞ」と声をかけて、その光景から背を向ける。一瞬だけ脳裏に過った一つの可能性。そんなわけがないとそれを全否定して。

 

彼の脳裏に過った可能性。それは、レムが他の傘を使えない状態にしてあの大きな傘だけを使わざる負えない状況を作り出したこと。それなら"今は"の意味も辻褄が合う。

 

そして今、他の傘を使えない状態にする必要がなくなったから。ああして元通りに戻していると。

 

それだとまるで、彼女が自分との相合い傘をーー。

 

 

 

 

「まさか、ね」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

時間は進み、冥日の十時。夜も深まりつつあり、子どもたちの時間から大人たちの時間へと入ろうとしている時間帯。彼は部屋で休息中だった。

 

首からバスタオルを下げ、火照る体を冷ます彼は窓を開け。いつも通りに窓枠から足を外に出して腰掛ける。

 

ロズワール邸は静まり返り、外から入ってくる雨音だけが響く。窓を開ければ優しく吹く風が肌を撫でるように部屋へと流れ。少し冷えた風は火照る体を冷ますのにはもってこいだ。

 

 

「…ほぅ」

 

 

そうして身体の中に溜まった緊張を抜く彼ーーテンはため息を吐く。

 

風呂上がり、夜風に当たっていると自然と緊張がほぐれしまう彼は、降り頻る雨を眺めながら今日のことを振り返る。

 

今日は本当に大変だった。まさかレムと相合い傘をする日が来るなんて思っても見ないこと。実際に起こるとどうしたらいいか分からずに成り行きに任せるしかなかった。

 

そのせいで状況に呑まれた(酔った)のかもしれない感が否めないけど。あれは誰でもそうなるだろうとテンは思う。

 

自分のような人間ならば尚更。相合い傘だけでも精神的に厳しいものがあるのに重ねてボディータッチまでされたらなお一層。

 

 

「なんで、レムは俺を」

 

 

迎えに来てくれたんだろう。その言葉を心の中で呟くテンは顔を僅かに顰める。本当にその理由が分からない彼はひたすらに回り続けるその疑問に心を悩まされ続けられていた。

 

ハヤトに聞いても教えてくれなかった。なら本人に直接聞くのが手っ取り早いと思うが、彼が教えてくれないのに本人が教えてくれるものかと自己完結。結局は誰に聞いても教えてくれないという一つの答えがテンの中で生じる。

 

でも、ハヤトは教えてくれなかったが。考えるヒントになる言葉は掛けてくれた。

 

 

 ーーお前は、自分の価値観に縛られすぎなんだよ。お前がそうだと思ってることも案外違ったりするもんだぜ。

 

 

価値観に縛られすぎ。自分がそうだと思うことはそうでない。

 

 

 ーーお前のそれはテメェの世界を狭くしてる、可能性を押し込めてる何よりの原因だ。

 

 

自分のコレは世界を狭くしてる。自分の可能性を押し込めてる原因。

 

 

「わけ分かんねぇ。アイツは何が言いたいんだよ」

 

 

考えれば考えるほど頭の中がぐちゃぐちゃになる。混乱してきたテンが濡れた頭をバスタオルでわしゃわしゃと掻き回した。

 

イラついたようなそれは、考えがまとまらずに「うがーー!」とイライラを全面的に押し出すようで。そうしたとしても頭の中がクリアになることはない。

 

ハヤトは自分に何が言いたい?

 

彼は自分に何か言葉を掛けようとして留まった。その留まった言葉はいったい何なのか。今の自分では、言っても無駄なのはどういうことなのか。気付こうとすらしてないって何を。

 

ハヤトは自分に何を自覚させたい?

 

自分自身がそれを自覚しないと言葉の受け取り方が全く違うとは何なのか。彼が言う"それ"とは何なのか。そもそも、何を自覚すればいいのか。

 

ハヤトは一体なにを知ってる?

 

彼は自分の分からない"それ"について本人である自分よりも分かっている様子。彼に理解できて自分に理解できない。なら、彼に合って自分に無いものを比較したとき"それ"は分かるのか。

 

彼には"それ"を理解できる何かがあって、自分には無い。だから分からない。ーーダメだ。彼と比べたとき自分は色々と足りなさすぎて"それ"を理解する何かが、どれなのか検討がつかない。

 

 

「……もう知るか。考えるだけ無駄だ」

 

 

無駄無駄。と言葉を繋げるテンは下げていたバスタオルを寝台に放り投げる。視線すら向けず、物を投げ捨てるかのように適当な動作で行われた。

 

それまでに考えていた思考と一緒に投げ捨てられたバスタオル。整えられた寝台の上に無造作に落下し、乱雑に転がる。投げ捨てていい物とそうでない物の区別もつかないままそれは捨てられた。

 

意味不明、無理解。そんな言葉が頭の中で彷徨うテンは感情を外へと押し出し、気持ちを落ち着かせる。これだけ考えても分からないなら、考えても意味などない。

 

 

「んだよハヤトのやつ。全部分かってるようなこと言いやがって」

 

 

少なくとも自分のよりは理解していると思うが、あそこまでバッサリ切られても困る。ヒントだけ与えてあとは自分で考えろ。そんな放置を期待してあの部屋に突入したわけじゃないのに。

 

考えても分からなかった。ヒントを元にしたら、もっとよく分からなくなった。答えを導き出すためのヒントが原因で更に回答不能になるとはなんの皮肉か。

 

 

「やめ。やめだ、やめ」

 

 

無意識のうちに無限迷宮に足を踏み入れようとしていたことを認識するテンが、何か執拗なものを追い払うような手つきで手を振る。表情もあまりいいものとは言えない。

 

考えるだけ考えた。けど分からない。この言葉が何周もしたところで今度こそ考えることを終わらせる。窓枠から部屋へと体を返し、窓を閉めたところで不意に感じる寒気に体を窄めた。

 

火照りを冷ますはずが、通り越して湯冷めした。冷たい風に当たりすぎていたらしい。

 

 

「鍛錬も今日は休みの日だし。寝るか」

 

 

転がるバスタオルを適当な場所に掛けて、寝台にダイブ。フカフカベットに身体を沈めるとそれだけで安らぎが得られた。

 

今日から一週間に一度、週の初めは休みを取ることにしたから今夜はお休み。また一週間後の今日休むをローテーション。鍛錬ばかりでは身体が持たないと思い知ったからだ。

 

それに、今日は生憎の天気。外で鍛錬するのを基本とするテンはやる気が削がれる。室内でもやれない事はないけど。それをすると屋敷では休み、庭園では鍛錬のスイッチの切り替えが難しくなる。

 

尤も、気乗りしないのも理由の一つ。何事もやる気スイッチがOFFの状態でやるのは効果的ではない。

 

 

「おやすみなさーい」

 

 

誰に言ったけでもない言葉を掛けて、毛布にくるまるテンは目を瞑る。強いて言うなら自分自身。

 

部屋の明かりは消しっぱなしだから、そうすれば自分の世界は闇に包まれ。外側からは温かな感覚に包まれ。

 

その中に数分もいれば、自然と意識は沈んだ。

 

 

 

 

 







恋愛的な描写をする上で、作者の経験が疎すぎる問題が一つの壁として立ちはだかりますが。なんとか妄想と現実を混ぜ合わせながら書けていけたらいいなぁ。

テンが王道主人公である『鈍感系』であるかどうかは読み手の皆さんの解釈にお任せします。


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