そろそろ戦闘描写を混ぜてもいい頃合い。あと何話か挟んだらテンとハヤトには死にかけてもらいましょうかね。
相合い傘事件から更に一週間と少しの時が過ぎ。テンとハヤトがこの世界に来てからちょうど一ヶ月が過ぎた。
ある日のこと。
「君達がこの屋敷にきて一ヶ月。時間は長いようで短いものだと思わないかい? 暦上でもアリオスの月からキスダムの月に変わった。分かりやすくて丁度いいねぇ」
「もうそんなに経ったんですか。毎日やることが多すぎてそれと向き合うのがやっとだったので、個人的にはまだ二週間って感じがします」
日が徐々に沈み始めてきた頃、中庭にて。
椅子に座り、足を組むロズワールに軽く言葉を返すテンが空を仰ぐ。彼とは違い、芝生に尻をつけるテンは上から見下ろす長身を横目に眠たそうにあくび。
垂れてきた涙を拭うテンにロズワールは含みを持たせた笑みを浮かべると、
「毎晩鍛錬をしているようだが、進捗の方はどうなんだい? 君やハヤト君の様子を見る限りではかなぁーり進んでるように見えるけどねーぇ」
「ロズワールに言われたことは一通り熟せるようにはなりましたよ。ゲートからマナを引っ張り出す感覚も掴みましたし。無意識下でも詠唱のみで魔法を使えるようにもなれました」
「そぉーれは。教える側としては、生徒二人の成長が著しく見られて嬉しい話だねぇ」
ヒューマ。と軽く詠唱をするテンが自分の周囲に厚さ二十センチ程の氷柱を十個現出。大した集中も想像もしてない。加え、寝転びながらという確実に気を抜いている状態でのそれ。
少し前は何であれ、一度に十個以上現出させると数秒で根を上げていたが。今はその時のような不安定さはない。気の抜けた状態であったとしても依然として氷柱は安定して保たれていた。
努力の成果を軽軽しくやってのけたテンに、口角を釣り上げるロズワール。彼は満足そうに頷き、
「予想。いや予想以上の出来栄えだねーぇ。僅か一ヶ月、厳密には三週間でよくここまで仕上げたものだ。才能の片鱗、と言うべきなのかなぁ?」
「それ、嫌味ですか? 才能に満ち溢れた貴方にそんなこと言われてもね。それに、努力の成果をその一言で片付けられるのは不愉快ですよ」
人を不快にさせるような不気味な笑みを浮かべたロズワールの発言にテンが軽く噛み付く。細められた双眼には明らかに黒い光が灯り、それがギロリと向けられていた。
口調や声色こそいつも通り。が、視線から感じられる負の感情と、その瞳の奥から顔を覗かせている彼の本心が心境を雄弁に語っているせいで少し怒っているように聞こえたロズワール。
彼は、そんなテンのことを宥めつつ「それはそうと」と話題の転換。
「今日、私が君とハヤト君をここに呼んだ理由。君ならなんとなぁーく分かるんじゃないかぁーな?」
それまでの話の流れを一刀両断。藪から棒に投げかけられた質問にテンが小さく唸る。まだ先程の話に片がついてないが、転換したのなら仕方ないと彼は細めていた目を開いた。
実は、テンがここにいるのはロズワールに呼ばれたからだ。昼食の時に、時間を作るから中庭に来なさい。とだけ言い渡されて今に至る。
彼だけではなくハヤトも。仕事を終わらせてもう時期来るであろう彼もまたロズワールに呼び出しをされて。
どうして自分とハヤトがロズワールに呼ばれたのか。心当たりがありすぎてどれが正解なのか迷うが一番は、
「魔法の授業でもするんですか?」
「そのとぉーり。魔法の熟練度が基準値になりつつある君達二人に、この宮 廷 筆 頭 魔 導
師が直々に教授してあげようと言うわけ」
そろそろ邪魔になってきた氷柱をマナに還元させたテンが「ふぅーん」と納得のいった表情を浮かべた。
基本的にロズワールに呼ばれる時は鍛錬関連のものが多く、中でも魔法。彼には時間がある時に魔法を教えてもらうことになっているが故に、今回もそのようなものだった。
宮廷筆頭魔導師。を強調するロズワールが自慢げに鼻を鳴らし、「どうかなぁ?」とテンの反応を伺う。その態度には特に反応を示さないテンは寝転んでいた体制から身体を起こすと、
「俺としては大助かりですよ。強くなるためには環境も条件の中の一つですから。例え、光る原石だとしても、それを磨く人が素人だったら鈍く光りますし。反対に、匠だったら眩く光るはず」
体育座り。沈みつつある太陽をボーっと眺めるテン。彼は「尤も」と言葉を繋げると、
「光る原石が自分から輝こうとしなければ、どんなに磨いてもすぐにその光は消えると思いますけどね」
強くなるには、環境も条件。確かにその通りだとロズワールも思う。どんなに力を秘めていようとも指導者が素人では宝の持ち腐れとなる。強くなるためにはその師となる存在が実力者である必要があるのだ。
その点において、ロズワールはこれ以上ないまでの実力者であると言える。王宮一の魔導師である宮廷筆頭魔導の称号を与えられ、一人で軍隊に匹敵する力を持つ存在。そんな人間に指導してもらえるなんて光栄なこと。
それも、師ではなく弟子側に問題があればあまり効果を発揮しないともテンは思う。当の本人がやる気にならなければ成長の兆しなど訪れることなど決してない。
「君は、自分がそうではないと?」
「まさか。毎日毎日輝けるために精進してますとも。疲労でぶっ倒れる寸前になるくらいには」
問いかけられた質問に対して淡々と返すテンに、今度はロズワールが目を細める。話の先が全く見えない会話に真意を探ろうとするも。普段から何考えてるかハヤトと違って探りずらいテンだ。
それに関しては自分の方が何枚も上手だとロズワールは思うが、テンの場合は考えているのかすら判断しずらい。本人でも「俺、何考えてんだ?」と会話の途中に聞いてくるほど。
故に、彼の真意を探る時は色々と回りくどい事はせずに直球で聞くのが一番手っ取り早い。聞いたところで関係に亀裂が入るわけでもないのだから。
「君は何が言いたいんだい?」
「俺が何かを伝えたくて話してるように見えますか? いま俺、頭の中空っぽにして話してますよ」
芝生の上で身を回すテンが、そう言ってロズワールの方に身体を向ける。人差し指で頭をつつきながら思ってもみない回答をしてきた彼に、ロズワールは心底困ったように苦笑すると、
「本当に、君の事は理解に苦しむよ」
「理解してほしいとは思ってないので。それに、親友のハヤトですら俺が何考えてんのか分からないのに、ロズワールが分かるわけないでしょう」
自分が何考えてんのか分かんのは自分だけ。
そう言葉を切るテンが固まった身体を大きく伸ばす。その仕草は真意を探ろうとしていたロズワールには呆れているようにも捉えられて。
彼の場合、彼自身でも自分が何考えているのか分からない節があるから今の発言はなんとも言えない。しかし、そうだからこそ彼と話す時は中身のない会話とそうではない会話の区別がつきにくい。
どうでもよさそうな会話の中にごく普通のように超大切な文章が入っていたり。こうした雇い主との会話の中だとしても、なんの含みもない文章がつらつらと並べられていくだけだったり。
彼のような人間のことを変わり者と呼ぶのだろうとロズワールは思った。会話だけでなく、彼は本当に探りずらい人間なのだから。
「……まぁ、強いて言うなら」
自身の中でそんな見解を出したロズワールだが、不意に聞こえてきたワントーン下がったテンの声に耳を傾けた。
次に聞こえてきたのはハヤトの声。二人が視線を向ければ、そこには仕事を終えたのか屋敷から出てきているハヤトの姿。肩を回し、疲労感を外に出している彼はニコニコしていて。
向かってくるハヤトに手を振るテンは少し儚なさを含ませて微笑むと、
「アイツは、俺よりもずっと輝いてる」
一言。
そう言う彼はそれ以上語ることはしない。その一言に様々な感情をぎゅっと凝縮して彼は口を閉じる。
不意に出る、彼の心の闇を含ませた言葉にロズワールは何も返さない。自分が何を言おうとも彼の中では変わる事はきっとないのだから。ハヤトとテンを交互に見て、深く息を吐いた。
「お? 二人して何の話してたんだよ?」
そんなことも知らないハヤト。明るい声の彼は呑気な声で二人を交互に見つめた。それまで不穏な空気だったこの彼の声一つで一気に穏やかなものに変わっていく心地良さを感じる二人。
やはり、ハヤトがその場にいるだけでそこの空気が圧倒的に良いものに変わる。彼の雰囲気に釣られて他の人も明るくなってくるのだ。
「なんでもないよ。少しロズワールと中身のない話をしてただけ。お前が来るの遅いからだぞ」
「いやぁ、悪い悪い。ラムが仕事押し付けてくるからその分も終わらせてた。ったくアイツも人の扱い雑だよな。ありがとうの一言くらい言ってくれてもいいのによ」
「断ればいいじゃないの。俺は無理だから自分でなんとかしてください。って」
「ラムに仕事押し付けられて、それを文句も言わずに"おっけー"の一言で済ますお前にそれ言われてもなんの説得力をもねぇんだな、これが」
「俺、基本的に女子の誘いは断るタイプなんだけどなぁ。ラムやレムみたいにグイグイ来られると、なんか"はい"って言うのよ」
「うわぁ、それ押されれば簡単にコロッと倒れるタイプじゃねぇかよ。なら、何でああいうことになるとガード硬いんだよ。あれもコロッといけよ。さっさと感情自覚しろよ」
「何言ってんの、お前。日本語喋って」
「だめだ、コイツのペースについて行けねぇ!」
「ついて来いよ、俺の親友。約四年間の絆はそんな程度じゃないだろ?」
「ったりめーよ。だがな、テン。こう考えてみろ。お前は少し特殊な人間だから。ここまで会話が成立してることが絆の証明よ」
「え、なに。絆の証明とか…。きっつ」
「あー、コイツ。マジで殴りてぇ!」
「ーーそろそろいいかなーぁ?」
ハヤトが来たと思ったらテンの空気が一変。それまで不穏な空気を纏っていた彼はいつの間にか純粋な笑みが浮かぶ青年になり。何の壁なく接することができるハヤトと終わりのない会話を続け。
ハヤトもハヤトで、そんな中身の全くない会話を彼とするのが楽しくてしょうがないから止めることもせず。ただ、それを間で聞いていたロズワールが一言でストップをかけた。
止めなければくだらない会話を永遠と続けそうな勢いの二人をそれだけで黙らせる彼は、手の平に火球を現出。恐らく、近づくだけで熱量に溶かされるであろうそれとセットで笑みを浮かべると。
ぐしゃり。火球にしては異質な音を立てて握り潰した。
「そろそろ黙ってくれないと、……ねぇ?」
「「はい! すみませんでしたーー!」」
▲▽▲▽▲▽▲
「それで? 何をするんですか」
「それで何をするんだ?」
「うぅーん。同じ言葉なのに疑問符の場所の違うだけでこうも捉え方が変わるものなんだねーぇ。君達と話していると新しい発見が尽きない」
テンの場合は、「今から何をするのか」
ハヤトの場合は、「それを使って何をするのか」
同じ言葉なのに意味合いの違う発言に頭を悩ませるなどのことが起こりながら、ロズワールが用意した人形を見る二人が頭に疑問符を複数個浮かべた。
二人の前にあるのは百七十センチ程の大きさの木で作られた人形。例えるなら、畑でカラス避けに使われている案山子。それが三十個程度、中庭の至る所に並べられていた。
近づき、拳でコンコンと軽く叩くハヤト。まじまじとそれを眺めるテン。二人の反応を一瞥するロズワール。彼は「少し確認しておこう」と指を三本立て、
「まず、今から君達に実践的な魔法の使い方を教えようと思うんだぁーけど。二人がどれぐらい魔法を使えるか、少し見せてくれないかぁーな」
「でも、さっき基準値に近づきつつあるって言ってたじゃないですか。把握してるんじゃなかったんですか?」
「把握しているとも。しかし、いくら言葉を重ねようとも実際に見てみないと判断できないところもあるとは思わないかい?」
つまり、百聞は一見に如かず。言葉で説明するよりも実際に見た方が早いということ。ロズワールの場合は確認の意味合いもありそうな雰囲気だが。
何にしても、
「まぁ取り敢えずやろうぜ。俺らは教えてもらう立場なんだからよ。先生の指示には従うのが当たり前だろ?」
「そのとぉーり。素直なハヤト君には少し肩入れしちゃう。テン君も口より先に手を動かすように」
「なんだ、この雰囲気」
取り敢えずやってみる精神のハヤト。何事も行動から入る彼に指で花丸を描いたロズワールが微妙な表情のテンに指を交差させてばつ印。今のところ完全にハヤト贔屓。
しかし、そんなのは気にしないテンである。深く考えることなく「ほぅ」と息を吐いた。気持ちの切り替えの時に彼がよくやる行動の一つ。それまでに入っていた余計な感情を一度外へと放出して彼は気持ちを整える。
「ヒューマ」
淡々と、冷静に。
想像は刹那、具現化は一瞬。短い詠唱の後に大気中にひび割れるような音が連鎖。その直後、彼を取り囲む氷柱が十五個ほど現出。大きさ的には大人の片腕サイズのそれが先程よりも数を増やして姿を現した。
それでもまだ余裕ものある表情をしているものだから、まだいけるのだろう。
彼が気持ちを切り替えて魔法を使用したことで、自分も負けてられないと意気込むハヤト。彼は右手を前に突き出す。いつも通りの仕草の後には、
「ゴーア!!」
熱烈と、情熱的に。
同じく想像は刹那、具現化は一瞬。気合の入った詠唱に世界が呼応し。音を立てて燃え盛る火球が現出、サッカーボール程度のそれが彼の正面に二十個とテンのよりも五つ多い。
どうだと言わんばかりに視線を送るハヤト。が、対するテンはこれも気にも止めず。彼はロズワールの指示を仰ぐように視線を向けていた。
「うんうん。それだけのを詠唱一つで出せるようになったのなら私が出した課題は達成したと判断してもいいようだねーぇ。因みに、他にはあるかい?」
「俺はドーナ系統のをいくつか。あとは、陽属性でテンからの発想をもとにアクラって名前の魔法を俺なりに考えてみたぜ。ざっくり言えば身体能力の強化ってところだ」
「えっ、もう習得したんだ……」
実際にやってみるのは後にして、取り敢えずの報告をするハヤトにテンが薄く反応を示す。自分がなんとなくで考案した陽属性の魔法、身体能力強化のものを彼は既に一つの魔法として身につけていたことに若干、心臓が跳ねた。
なんとなく、彼ならばもしかしたらとは考えていないわけではなかったが。まさか、一ヶ月以内に完成させてくるとは思わなかった。感覚さえ掴めば後は早い、流石ハヤトと言ったところか。
自分の中で彼を褒める気持ちと、置いていかれるような錯覚をしたことよって焦燥感を抱くテン。彼は自分に向けられた二人の視線に気づくと、
「あ、俺は。基礎的な魔法をいくつか。火も水も風も大体は同じくらいの熟練度だと思ってください」
「十分だぁーとも。魔法の基礎が固められていればそれで一通りはできるはずだよぉ」
ハヤトのよりもショボいけど。と誰にも聞こえないようなか細い声で呟いた言葉。ロズワールには聞こえていたようで、テンの背中をポンポンと叩いた。
ハヤトには聞こえていなかったから良いと捉えるべきなのか。意図せずに聞かれてしまったテンの顔には微妙な表情が浮かび上がるが。彼を横目にロズワールは「では」と周囲の空気を張り詰めさせると、
「今から私がやってみせるから。それをお手本にやってみなさい」
ふざけた態度はここまでにして、いよいよ本格的な授業を始めるロズワールに、テンとハヤトも気持ちを引き締め直した。
二人の態度の変化に満足げに頷くロズワール。彼は向けた人差し指を指揮者のように軽く振ると、
「フーラ」
小さな動作で切れ味のある風刃が無音で飛び出していく。指の軌跡をなぞる不可視の刃は大気を斬り殺しながら標的へと一直線に。
乱れはなく、速さは一級品。予測してなければ確実に致命傷を負う風の暗殺者。数秒もせぬうちに魔法の結果は形として表れ、標的となった案山子が胴体から真っ二つに切断された。
腰あたりから刃の侵入を許した案山子の上半身が鈍い音を立てながら芝生に落ち、見事に下半身だけとなった。アレがもし生身ならば、とは考えたくもない。
これが風のマナーー不可視の刃の切れ味。
「こぉーんな感じさ。次は君達がやってごらん。意識を対象に向け、魔法をそこに撃つ。ということを強く意識すればいい」
「おっしゃ。まかせろ!」
「意識、集中……」
今しがた実践された魔法を前に少しの高揚感を抱くハヤトが拳を握りしめてガッツポーズ。そんな気合十分の彼の隣に並ぶのは息を深くテン。
彼とは違い、気合など入れず。意識を案山子だけに向ける彼はハヤトとは真反対。もはや見慣れてきた光景を気にも留めないロズワールは「それではやってみなさい」と声をかけた。
「フーラ」
「ゴーア!!」
詠唱は同時。
冷えた声と同等の切れ味をもつ風刃と、燃えるような声と同等の炎を灯す火球。その二つが同時に放たれた。放つイメージは前々から掴んでいた二人、特に失敗することもなく魔法は案山子へと距離約五メートルを真っ直ぐ突き進む。
そして、その魔法は主の指示通りに役目を果たし終える。風刃は案山子の胴体を貫通、音を立てて地面に落下。火球は破裂音を伴って小規模な爆発を引き起こし、消炭にした。
初挑戦だが、割とすんなりできたことに喜ぶ二人がそれを見届けて満足げにガッツポーズ。自分がしてきた努力が形になって現れるのは嬉しいのだ。
「うーん、なかなかに上々。自身の持つ力に溺れることなく、すくすくと成長する生徒二人を身近に感じれて先生嬉しくなっちゃう」
手を叩き、拍手でもしてるのか。ロズワールが二人に数歩程度歩み寄りながら、消し炭になった案山子と胴体が真っ二つになった案山子を一瞥、満足げに頷く。
そんなロズワールに二人は一歩下り、
「面と向かって言われると気持ち悪いっすよ」
「流石にきついぜ。ロズワール」
「そこは、同じ意見なんだねーぇ」
ドン引きするように目を細めるテンが物理的にも精神的にも壁を作り、普段は人のことを悪く言わないハヤトすらも彼と同じ動作。普段は真反対なのに、これに関しては同じなようで。
妙なところで同じ二人にはロズワールも笑って受け流すしかなかった。
▲▽▲▽▲▽▲
それから少し、魔法の練習を続けた二人。
他の属性も試してみたが。結果としては十分と言えるものになった。毎晩鍛錬してるだけあって魔法を現出させるのは慣れたもの。そこに"放つ"という思考が加えられたとしても大した壁ではなかった。
そこで、試しに走りながらなどの動作を加えてみた。基本、魔法を使うのは戦闘中。静止したままの状態で放つとは考えずらいと、テンが指摘したため。
そのせいで全力疾走しながら魔法を放つという、中々にハードなことを十分間程やらされた二人。
ロズワールが五分程度とか言うのにハヤトが「まだ行ける!」とか言ったせいで疲れないように力をセーブしていたテンがヘトヘトになった。
ハヤトもヘトヘトである。自分の限界に挑戦してみようと思い立ったは良いものの。まだ限界は近いと思い知らされた。
そも、全力疾走を十分間も続けられるほどに体力が伸びていることには全く気づかない二人。屋敷で使用人として働く中で、自然と鍛えられているようだった。
その結果として。走りながらでは多少の乱れは生じるものの、魔法は案山子に当たり。誤差の範囲内として合格をもらった二人。
そして今。
あらかた授業の内容を説明し終え、実践的な事も終わり。今日の授業は終わったと言える。三十分と短い間だが濃密な経験をすることができたと満足気な二人。ロズワールも現段階を知れたと頷いていた。
なら、ここでお開き。
「少し良いか?」
のはずだったが。そこにハヤトがストップをかけた。特に思い当たる節がなく、頭の上に疑問符を浮かべるテンとロズワールに彼は指をパチンと鳴らし、
「まだ俺が見せてねぇ魔法があることを忘れてるだろ。アクラだよ、アクラ。身体能力強化だから触れられてこなかったが。どうせならそれも見てくれよ」
「ほぅ。私もそれに関しては少し気になっていたところだ。是非とも見せてみなさい」
「おし、任せてくれ。まだ慣れてないから全開の強化はできねぇけど文句言うなよ?」
「言わないとも。今やれることを見せてくれればそれでいい」
確認一つ。それを終えたハヤトは全身に籠る力を抜くように何度か軽く跳ねる。それから、意識を外ではなく、自分の中へと向けるために深呼吸。
マナを外ではなく中へと働きかける魔法、アクラは他のとは少し毛色が違うため、使用するときはその切り替えをする必要がある。
密かに特訓してきた成果を発揮するときだと意気込むハヤト、彼はそうして目を瞑り始めた。
「そぉーれで、テン君。君はハヤト君に何を吹き込んだんだい?」
「そんな言い方しないでくださいよ。俺は単に助言しただけ。アクラでしたっけ? それをするためにどんな想像をすればいいのかって聞かれたから俺の考えを言っただけ」
「にしては、随分と存在してそうな魔法の名前ではないかぁーな?」
「知りませんよ、そんなの。アイツが自分で考えた名前なんでしょう。それに、フワついた想像を形にするのが詠唱ってだけで名前なんて然程重要じゃないと思いますよ」
片目を瞑るロズワールがポケットに手を突っ込むテンの横に体を置き、探りを入れるものの。対するテンは自分は特に何もしてないの一点張りを貫いた。
正直な話、アクラに関しては完全に原作知識のパクり。まさかロズワールにその事について探りを入れられるとは思っていなかったから内心ドキッとしていたりする。
こういう場面、本当にやりずらいとテンは思う。原作の知識を使いあれこれすると、それがバレた時の説明がつかないからだ。「原作で知ってるから」なんてこと言っても、信用されないのがオチ。そもそも通じない。
屋敷に来たばかりの出来事が最たる例。知っていることを知らないことを前提として話すことは思った以上に疲れる。油断しているとついボロが口から溢れそうになってしまう。
「詳しいことは俺も聞かされてないので、知りたいならハヤトに直接聞いてください」
「そうするとするよ。尤も、君と同じような答えが返ってくると思うけどねーぇ」
知っていることをについて知らないフリをしつつ、事を運び、バレた時は上手く誤魔化す。
これができる力をこれから先に身につけていかないとやっていけなさそうな雰囲気を感じたテン。彼は心の中でそれを肝に銘じた。
と、
「アクラーーッ!!」
二人の間をハヤトの掛け声がものすごい勢いで通り抜けたのと同時。地面を強く踏みしめた彼が瞑目していた目をカッと開いた。
準備が整い、詠唱。マナの力を外側ではなく内側。己の魂へと呼びかける魔法を展開したハヤトに呼応するかのようにそれは効果を発揮する。
放出されるのは魔法の余波。彼を中心に辺り全体に影響を及ぼす程度の風が瞬く間に彼を取り囲み、その中心にいるハヤトの体には黄金のオーラが淡くも帯びのように纏われていた。
「どうよ、二人とも。これが俺の力の源となる魔法、アクラってな! まだこの状態に慣れてねぇから長くは持たんが、最高でも五分間はこの状態で動けるぜ」
芝生のざわめき、その中心にいるハヤトが拳を合わせ、獲物を睨む虎のように目をギラつかせる。表情までも戦う気しかないことが側から見ている二人にも分かり、纏われた覇気に近いオーラによってそれは更に剥き出しに。
身体能力を強化するだけのはずが。これではハヤトの人格まで強化されてそうな予感にロズワールは興味ありげに目を細めていた。
「強化ってもさ。いきなり強くなれるわけじゃないよね? 今のハヤトの体が追いつく程度に強化される感じなの? それとも、注ぎ込むマナの量に強化の度合いも比例するとか?」
「基本的に、魔法の威力はエル、ウル、アルの順番で強くなるものだぁーけど。ハヤト君のアクラは少し毛色が違うかなぁ。強いて言うならテン君の言う通り、マナを注ぎ込んだ分だけ強くなれると考えた方が正しいかもしれないねぇ」
「つまり、注ぎ込めばそれだけ魔法は強くなり、ハヤトは超人的な力を発揮できる。しかし、制御がしにくくなる、的な」
「付け加えると、それはハヤト君の身体に負荷をかけることに直結する。当然の事だぁーとも。本人の許容を超えた力によって身を滅ぼす事例など山ほど存在している」
アクラを使用したハヤト。その成果を見せつけんばかりに胸を張るが、その二人は彼の魔法について彼自身がよく分からないレベルの話を淡々と展開していた。
魔法を極めたロズワールも今までとは毛色の違うそれに興味深々。テンも、一番ありきたりな魔法に少なからず興奮していたことで、解説だけの話だったのが考察まで含められ。
使用者本人であるハヤトが追いつけない速さでそれが続けられるものだから、彼は期待していた反応とは違ったことに若干残念がり、肩を落とした。
「……つまり、なんだ?」
「お前のそれは、やろうと思えばマナを大量に注ぎ込んで超人的な力を発揮させられる。けど、身体が追いつけなくなるから少しずつ注ぎ込む量を増やしていこうな、ってこと」
「なるほど、分かりやすい」
それまでの話を総括するテンが十二行にも及んだ解説.考察を僅か三行で説明。超簡単に説明してくれた彼に、納得のいく表情で笑みを浮かべるハヤトが何度か頷いた。
流石にアニメのようにいきなり超人的な力を発揮することはできないと遠回しに言われ、ガッカリしないわけでもない。が、少なくともこれをすれば前の自分のよりは動けるようになれるはず。
「では、ハヤト君。そのままあの木人形に何か攻撃をしてみてくれないかい? 今の全力がどの程度なのか見せてごらん」
「任せとけ!」
距離約五十メートル。標的を視界に入れて睨みつけるハヤトが軽めの準備運動。先程走りまくったが一応、念のため。練習の成果を発揮するのだからせっかくなら完璧にやりたい。
その彼を見るテンは息を小さく吐くと、
「…俺も、そろそろ刀の鍛錬しようかな」
不意にそんな事を呟いた。ハヤトも新しい力を手に入れたのだから、自分も置いていかれるわけにはいかないと。
とは言えハヤトは既に大剣の素振りを始めているようだから、とっくに置いていかれていると言っても間違えではない気もする。
テンはハヤトと違い、魔法のことだけに専念してきたからその分の差も大きいはずだ。まだ鍛錬を始めてから数週間しか経過してないけれど、その差こそが実力に大きく影響してくるはず。
尤も、そのハヤトも毎日大剣を降ると意気込んでいたものの。仕事が忙しいせいで全然やれてないことには気付かないテン。彼はハヤトとの差を実感して密かに更なる努力をする事を心に決めた。
「ーーっは!!」
そんなテンの決意を他所に、ハヤトが地を大きく蹴り上げる。蹴り上げた場所が浅く抉れる力で射出されたハヤトに驚くがままに目を見開く二人。
だが、そんな二人の感傷を置いてけぼりにしてハヤトは全身に迸る力を昂らせていく。
駆け出しは絶好調、一度の蹴り上げで五メートルほど前に飛び出て。再度、地に足をつける瞬間に地を再び蹴り上げて軽く跳躍。二回目で一度目の跳躍で乱れたバランスを整えた。
三度目に両足で大地を踏みしめ、後は全力で標的へと駆けるのみ。何も考えずに、ただ一つの敵を殴り飛ばすことだけに意識を向けて。
その姿は正しく猪突猛進。倒すことだけに意識を向けたハヤトが虎のような速さで、猪のような勢いで、熊のような威圧を向けながら獲物へと牙を向けにかかる。
身体能力を強化したハヤトが走り切るのはそう時間はかからなかった。僅か五秒、たったそれだけで彼は目標の懐へと入り込む。
そのまま前に押し出す力を振り切る右腕の力に変え、彼は声を轟かせながらフルスイング。単純に考えて一秒に十メートル進むという化け物じみた身体能力を発揮したハヤトから生み出される暴力。
それを向けられれば、
「………アレ、柔らかくはないですよね」
「原木を素材にしてるからねぇ。生身の人間があんな風にできることはまずないと思うんだぁーけど」
苦笑いするテンと、視線の先でたった今引き起こされた出来事に目を疑うロズワール。その二人の視界に捉えられている光景。
木人形、それの胴体にハヤトの腕が突き刺さった衝撃で貫通。
それだけに留まらず、埋まるように設置されていたそれがハヤトの前に押し出す力に耐えきれず、かなりの勢いで吹き飛んでいった。
アクラ、恐るべし。
▲▽▲▽▲▽▲
数秒前まではすぐそこにいたハヤトがあっという間に木人形の懐へと飛び込み、一時的に強化された体から生み出された暴力を容赦なく振るった結果、それは豪快に蹴散らされる。
そんな、あまり見ないような光景を作り出してきたハヤトが息を切らしながら二人の元へと帰ってきていた。
「ど、ど……どぉだ。やってやったぜ」
ガッツポーズ。その姿勢を取るハヤトの姿をテンは見た。その瞬間、色々と言いたいことはあったがそれらが一気に消し飛び、代わりに呆れた表情が顔を出す。
ハヤトはひどく疲れた顔をしていた。息が乱れ、肩が不規則に上下している。まるで溺れかけたところを助けあげられたばかりの人のようにも見える彼。
声も途切れ途切れで、額から滝のように流れる汗の量。そして、振り切ったであろう右腕が若干震えていることから察した。
「正直に話せ。お前、無理したろ」
ため息一つ。呆れるような表情を浮かべるテンはハヤトに対してそんな言葉を掛けた。確証はある、目の前に。それにハヤトの性格を加味するとそれは紛れもない根拠になる。
ジッとハヤトのことを見つめるテンが、無表情になった。疑いの眼差しを向けているのではなく、ただ見ている。たったそれだけで全てを見透かされてそうな寒気がハヤトの背筋を逆撫でした。
「ちょっとは、無理した」
「ちょっと?」
「分かったよ、言う! 正直に話す! だからその無表情のまま見てくんな! 普通に怖ぇわ」
無表情のテンに降参するように両手を開げたハヤト。彼は、観念するように芝生にどかっと座り込むと、
「だいぶ無理したよ、認める。お前達にカッコいいところ見せようといつもより頑張っちまった。謝るよ」
「張り切るのは悪いことではないよ。しかし、自身のことを視野に入れてない事に関しては感心しないかぁーな。先程も言ったとうり、身に余る力は自身を滅ぼすことに繋がるんだよぉ?」
「今のでそれが身に染みたよ。でも、やろうと思えばアレくらいの力が出せることは分かったろ?」
「そぉーだけどねぇ。全力を出せとは言ったが無理をしろとは言ってない。まぁでも、力の制御を誤れば今の状態になることを知っておくことも重要、これを機にしっかりと反省すること。ーー次からは気をつけるようにね」
自身の力に溺れないように忠告したのに、それを無視したハヤトを咎めるロズワールが彼の肩をポンと叩き。ハヤトも「おう、肝に銘じるぜ」と深く頷いた。
何事も経験が大事とは誰の言葉か。限界以上の力を発揮すれば今のようになると身に染みたハヤトも、その言葉と今の痛みを心に刻み込ませた。
それを横で見ていたテンも自分もハヤトのようにならないようにと彼の姿を脳裏に焼き付ける。無理をすればこうなる、反面教師として。既に自分自身が反面教師になってる感が否めないが。
そんな二人を一瞥したロズワール。彼は暗がりに包まれつつある空を見上げると、
「もうだいぶ日が落ちてしまったね。時間も長引いてしまったことだぁーから。今日の授業はここまでにしようか」
パチンと手を叩き、それを合図として今日の授業は終わりを迎えた。
「テン君もハヤト君も。私の期待以上の成果を上げていて正直、驚いている。これからもそれを継続して互いに精進するようにねーぇ」
「はい。ありがとうございました」
「おうさ。任せとけって」
締めの言葉を発してロズワールが二人の反応を受け取ってから「それじゃっ」と言葉を残してその場から去っていく。
三十分程度で終わらせるはずが割と長引いた魔法の授業。しかし、得られたことは多かった。
これで、魔法の基礎的な知識は教えてもらったと言えるだろうし。攻撃の仕方、イメージの仕方。戦闘時において使うことは頭に叩き込んだ。なら後は日々鍛錬あるのみである。
「俺も屋敷に戻ろうかな。ハヤトは少し休んでから戻ること。あんまり無理すんなよな?」
「わーってるよ」
ロズワールの後を追うようにして、テンもハヤトに一声かけてから彼に背を向ける。
ゆっくりと歩いていくテンの背中を眺めるハヤト。彼は不意に彼の名前を呼ぶと振り返るテンに拳を突き出した。
「これから先、一緒にもっともっと強くなっていこうぜ!」
何一つ迷いのない決意に満ちた笑みを向けるハヤト。この短期間のうちに何度も聞いたその言葉。ある種の、それを忘れないための決意表明とも言えるそれ。
その返しは、決まっていつも同じだ。
「うん。頑張っていこうな」
魔法を習得するのに約一ヶ月……。先が長くなりそうですね。