親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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小説を書くときは基本、作業用BGMをパソコンから流してるんですけど。皆さんは小説を読む時とかって何か聴いてたりするんですかね?

因みに、テンがレムとの相合い傘について暴走したシーン。あれは運動会の徒競走によく使われるBGMを流しながら書きました。




日常の中にほのかに漂う微糖の気配

 

 

 

「な、ハヤト」

「お、どした」

「俺さ、思うんだよ」

「おう。なんだ?」

「何でこの屋敷の女性は皆んな美少女なの?」

 

「ーーーは?」

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

それは、晴れた日のことだった。一時間後に昼食を控えたロズワール邸、そこで働く使用人二人とメイド二人。その四人はいつもの如く、その支度を整えている真っ最中。

 

最近はその作業にも慣れてきたもので。日常会話を挟みながらでも、余裕を持って作業を終わらせることのできるようになってきたテンとハヤト。

 

 故に、

 

 

「ロズワールは基本的に見かけないし。ベアトリスはベアトリスで書庫に篭りっぱなし。パックは結晶石に篭ってるし。そうなると基本的に言葉を交わすのはハヤトを除くと、レムとラムとエミリアの三人になるわけよ」

 

「そうだな」

 

「でね、俺思うんだけど。この屋敷の女性はやたらと顔が整った人が多いのよ。ってか整った人しかいないのよね」

 

 

具材をお鍋でぐつぐつと煮込むレムの隣、もはや定位置にまでなってきた野菜の切り担当をするテンがそんな発言。日常会話が増えてきたが故に、このような意味不明な発言も飛び出してくる。

 

そして、それを始まりに会話がスタートするのがここ最近の一つの流れとして定着しつつあった。

 

まず、テンが下らない話題を一つ。次に彼の後ろで芋の皮むきをしているハヤトが適当に返すのが通常の流れ。そして、その反応を受けてテンが三人に問いかけるのがテンプレだ。

 

余談だが。昨日の話題は『寝る時はカーテンを閉めるか閉めないか』だ。ハヤトとラムは完全なる睡眠を要求するため閉める派となり、テンは日光を差し込ませるために開ける派。レムは中立である。

 

 

「そもそも、この屋敷の広さに対して住人が明らかに少なすぎると俺は思うのさ。だって八人よ。そのうちの三人はほぼ各々の部屋に篭りっぱなしで、もはや活動領域が皆無だし」

 

「三人……。大精霊様とベアトリス様とロズワール様でしょうか?」

 

「そうね。あの三人は基本的に顔出さないしさ。ロズワールはずっと部屋で作業してるだろうから納得いくけど。精霊二人はなんぞやってね」

 

 

真面目な表情で超下らないことを考えるテンの隣にて、作業を進めるレムが頭の中に浮かんだ三人の名前を応え。同調するテンが「うんうん」と頷いた。

 

「理解が早くて助かるよ」と彼女に微笑みかけるテンにレムも「ありがとうございます」とそれ以上の微笑みを顔に弾けさせる。お鍋の前にいたはずのレムが、しれっとその距離を身体半分まで詰めている事には気づかないテン。

 

彼はそのまま「それでさ」と呑気な声で、

 

 

「そうなると、本格的に話すのはさっき挙げた三人なわけよ。アーラム村には頻繁に行くわけでもないし、この三人以外の人と全く話してないまであるんだよね。てか、この周りって人通り少ないよね?」

 

「当たり前じゃない。ただでさえ人通りが少ないのに。近頃、この屋敷周りには夜中に雄叫びがすると、変に噂されてるのだから。人が寄り付かなくなるのも頷けるわ」

 

 

ラムがそう言った途端、野菜を細切りにしていたテンの手が止まり。同じく芋の皮剥きをしていたハヤトの動きがピタリと止まった。表情までもが固まり、まさしく静止画のように。

 

突然の事に双子姉妹は頭の上に疑問符を複数個浮かべた。そんな二人にテンがため息を一つ溢し、固まるハヤトに振り返る。その反応にラムが首を傾げ、

 

 

「あら、何か心当たりでも?」

 

「……いや、特にはねぇな」

「知らないかなぁ」

 

 

冷や汗を隠すハヤトが必死に作り笑い、普段から笑う彼が作る笑みは自然体そのもの。そんな彼の背中に向けて冷ややかな視線を送るテンも呆れるように一言。

 

今この場所でカミングアウトしないところ、一応ハヤトの味方をしているテンである。二人の様子を一瞥するラムは手に持ったナイフをギランと光らせると、鋭い目つきで言った。

 

 

「テンテン、脳筋。もし鍛錬してる時にその原因が判明したら命を尽くしてでもそれを排除なさい。ラムが寝れなくなってしまうもの。最悪、死んでも文句だけは言わないであげる」

 

 

死んでから文句を言われるとは何事か、なんてことを思う男二人。しかしラムの方は結構本気な目をしていて、光らせたナイフが彼女の怒り浸透度合いを雄弁に語っていた。

 

それを正面にすれば、流石のハヤトも苦笑いすらできない。ただただ笑顔を作る事に専念する彼はぎこちなく頷くと、

 

 

「お、おう」

「そうね。全力でしばいとくよ」

 

 

それ以上は何も言わなかった。話は終わったとばかりに芋に視線を戻すラムを見ると、ハヤトに冷ややかな視線を送っていたテンも自身の作業に意識を向け。

 

もし、ここから深く掘り進められるとその原因についてバレかねないと判断したハヤト。彼は空気を変えるために「そ、それよりもよ!」といつもより声を大にして、

 

 

「テン。さっきの話を続きをしてくれよ」

「……さっきの話?」

「そうそう。この屋敷で話す人が三人しかいないとかなんとかってやつ」

 

 

身振り手振りで必死さを表すハヤトが惚けるテンにアイコンタクト。もはや、その必要が無い距離間で交わされた両者の感情共有。それによってテンが何を受け取ったのかは定かではないが。

 

彼は「あーー。それね」と一人頷くと、

 

 

「な、ハヤト」

「お、どした?」

「俺さ、思うんだよ」

「おう。なんだ?」

「何でこの屋敷の女性は皆んな美少女なの?」

 

「ーーーは?」

 

 

そして、冒頭のシーンに戻ってくるわけである。

 

基本的にテンはハヤトに対して会話を振る時は頭の中を空っぽにしている。だから、今のような発言がポンと口から出てくるわけで。

 

それを耳にした三人のうちの二人である双子姉妹が手を止めてテンの方を見た。普段からそのような方面に関しては鈍感な彼が、女性のことを美少女だと言ったことが不自然でしかなくて。

 

しかし、テンの方は自分の発言に対して然程気にも止めてない様子。作業の手を止めない彼は喉を鳴らすと、

 

 

「なんかさ、朝と昼はレムやラムと顔合わせて。夜はエミリアと話すことが最近増えてきてさ、思うんだよね。この屋敷は可愛い、もしくは美人さんしかいない」

 

「なんか、真面目な面してすっげぇ下らねぇことを語られると困るんだが。お前ってやっぱ、偶に意味不明なこと言い出すよな」

 

「意味不明とはなんだ。俺は基本的に下らないことを話す時は頭の中を空っぽにしてるから、そこに真面目も何もないでしょ」

 

 

背中越しに言い合う二人。もはや、レムとラムからすれば見慣れた光景。この二人はいつもたわいもない話を次々とするものだから、その話について行けず、殆どが聞き流しているが。

 

今回はその話題がレムとラムに当てられたことで話に参加できたようで。二人のやりとりを受けたラム。彼女は「ハッ」と鼻で笑うと、

 

 

「何を今更。ラムが美少女であることに気づくのが遅すぎるくらいだわ。それなら二人はもっと、美少女であるラムと同じ職場で働けている事に全霊の感謝を表現するべきね」

 

「圧倒的なまでの過大評価が出ましたぁ。でも、美少女って事は否定できないから言い返せないのがキツいところ」

 

 

自慢げに胸を張り、自身の容姿を見せつけたラム。彼女が投げつけた芋をノールックキャッチしたテンが無意識にそれの皮剥きを開始。たった今、眼前を通り過ぎた芋、そして何の戸惑いもないテンを凝視するハヤトだが。

 

テンはそのまま皮の剥いた芋をポイと背後を確認せぬまま投げ捨て。ハヤトの顔面スレスレで投擲されたそれを片手でキャッチするラム。

 

この一連の動作を真ん中から見ていたハヤトが何度も二人のことを交互に見ていたが、二人は気にすることはなく。

 

 

「お前ら、背中に目でもついてんのかよ……」

 

「そんなわけないだろ」

「意味が分からないわね」

 

「あれ、何だ。この心に刺さる感じは?」

 

 

並の人間なら今の光景に対して少しは反応してもいいところ。が、それはハヤトだけで。原因である二人からは反応したことがおかしいみたいな言葉の返し方を受けた。

 

間違ってるのは俺じゃねぇ、と息を吐くハヤトだが。彼はふと、先ほどから動きを停止しているレムに視線がいった。テンの真横、ここ数秒間一言も発しなかったレム。

 

 

「……? レム、どうかしたか?」

 

「ーーっ! い、いえ。なんでもないですよ」

 

 

ハヤトの言葉に軽く肩を跳ねさせるレムが明らかになんでもなくない反応を見せる。停止していた彼女は彼の声によって呼び覚まされたかのようにピクリと動き始めた。

 

レムにしては珍しい反応。声色も少し高ぶっているように聞こえるのは気のせいなのかとハヤトはラムへと視線を向ける。しかし、ラムもラムで不思議そうな顔色を浮かべていた。

 

そんな中、レムの隣にいたテンが自分のすぐ真横まで来ていた彼女に若干驚くなどの動作を見せたが。彼はレムの顔を少し覗き込むと、

 

 

「…本当に大丈夫? 少し顔も赤いけど、もしかして熱でもあるんじゃ。屋敷の大部分だっていつも一人で受け持ってるんだし、体調でも崩した?」

 

「ーー! い、いいえ。な、何でもないですよ! ですので気にしなくても大丈夫です!」

 

「ほら、反応だっていつもと違うし。熱で精神状態も乱れてる証拠だよ。絶対、休んだ方が良い」

 

「本当に大丈夫ですから! テン君は自分の作業に戻ってください。レムも、直ぐに戻ります!」

 

 

テンに顔を覗き込まれた途端、ボッと頬を紅くしたレムが迅速の勢いでテンから距離を取ってお鍋の作業を再開。グツグツと煮込む野菜を掻き回すレムは、それだけに意識を向けるかのように視線をそこに固定した。

 

何が何だか分からないテン。彼もレムが元気ならそれでいいやと自己完結して、何度も止めた手を動かし始めた。

 

 

「………なるほどなぁ。そういうことか」

 

「気持ち悪い笑みを浮かべるのはやめてちょうだい」

 

「辛辣すぎるんだが」

 

 

今しがた、そのやりとりを見ていたハヤトとラム改め『テンのレムを見守る会』の二人。ハヤトがレムの反応を見てニヤニヤと笑みを漏らしていた。

 

理由は簡単。レムが固まっていた原因が理解できて。更にその理由があまりにも初々しくて昂る感情が思わず表情に出てしまったからだ。

 

そんな彼を横目にラムもため息。あまり見たことのない妹の一面に嬉しく思う気持ちがないわけではないが。それより、テンの鈍さに呆れるばかりである。

 

後ろにいた二人ですら今のやりとりで大方理解できたというのに。当の本人は全く理解できていない様子、加えてもうすでにそれがなかったことのように振る舞っている。

 

 鈍感ここに極まれり。

 

 

「…テン。お前って本当に寂しい人間だったんだな。俺の見立てが間違ってたよ。次からはもっと俺が気付きやすいようにしてやるからな」

 

「周囲から向けられる感情にすら気づけないだなんて。一体どんな教育受けてきたのかしら」

 

「何で俺はそんなに言われてんだ? 全く心当たりがないんだけど」

「死になさい」

「気づけや、ポンコツ」

 

 

コンマ数秒で返された言葉に「ほぇ?」と変な声を溢すテンが首を傾げた。ハヤトはテンのことを慰めるような視線を向け、ラムはゴミを見下ろすような目つきで睨みつけ。

 

全く検討のつかないテンは困惑するばかりであった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

「あ、まだやってる。もう冥日の十一時なのよ?」

 

「来やがったな。エミリア」

 

 

時間は進み、その日の夜。お月様が空から見下ろしている時間帯。いつも通りに鍛錬に臨むテンの元にいつも通りにエミリアが顔を出した。

 

うざがるように目を細めるテンだが、エミリアはニコニコしているだけで。そんな笑みを向けられると彼女の進行を否定しきれない彼もまた、いつも通りに彼女を止められるわけもなかった。

 

エミリアがこうしてテンの鍛錬に顔を出すようになったのは数日前、細かくいうと初めて彼女が顔を出した日。その翌日から、彼女はこうして「あ、まだやってる」と言っては大木に寄りかかるテンにひょこっと顔を出すのだ。

 

 

「もぅ。ちゃんと寝ないとっていつも言ってるのに。偶には早く寝たりしないの?」

 

「週に一度、休みの日をとってるから別にどうってことないよ。それに、もう慣れたし」

 

 

自然な動作でテンの隣に座るエミリア。彼女の前にはサッカーボール程度の大きさの火球が二十個浮遊していた。鍛錬の時に遊びにきているのだから当然と言えば当然だが。

 

それをよく思わない彼女はあの手この手でテンの気を削いで魔法を消そうとしてくる。結局は何をしても魔法は消えず、最終的にテンがぶっ倒れないように隣で様子を見ている。

 

というのが最近の形。かれこれ七回以上はこの関係が続いていた。

 

 

「……ふわぁ」

 

「眠いなら寝れば?」

 

 

輪のようなあくびが浮かび上がるエミリア。普段なら彼女はお休みの時間帯のはずだから、眠たくなるのも当然。瞼も重くなってきた頃合いだった。

 

瞳にたまる涙を人差し指で拭う彼女に視線を向けるテンは首を傾ける。彼女だって朝は早いのだから夜更かしをするのは良くないと思うが。

 

そんな彼にエミリアは「それはダメ」と。意識が落ちないように瞼を開き、

 

 

「テンが倒れちゃったら大変だもん。私がそうならないように見張ってないといけないから」

 

「だから、俺はそこまで子どもじゃないよ」

「倒れかけだった子が言っても説得力ないわよ」

 

 

実際、鍛錬に熱を入れ過ぎたせいでその寸前になっていたと自覚しているテンは。エミリアにそう言われれば何も言えない。論より証拠を前にした彼に反論の余地はなかった。

 

物事を理解し、苦笑するしかないテンにエミリアは少し声のトーンを下げると、

 

 

「体、大丈夫? 疲れてない?」

 

「へーきだよ。心配しないでってば」

 

 

全然元気と言ったように手をヒラヒラ振るテンがエミリアに微笑みかけ。それを受けたエミリアは「それなら、いいけど…」と言葉を紡ぎ、

 

 

「でも、本当に無理しちゃダメだからね。そうやって我慢したら、ばたんきゅーしちゃうんだから」

 

「っはは! 懐かしいなぁ。その言い回し」

 

 

特徴的な言い回しにテンが笑う。それは、思わず吹き出てしまったような笑みだ。その笑みはそのまま彼の口から静かに溢れ続けて。

 

エミリアの言い回しは偶に独特なものが比較的多く、びっくらこいたやオタンコナスなどなど。彼女が現代っ子とはあまり思いずらくなることがテンにはよくある。

 

聞き慣れない言葉から昭和時代に使われていたものまで使いこなす多種多様なエミリアに、彼は笑うばかりで。

 

 

「本当、エミリアと話してると面白れぇな。女の子と話してて面白れぇなんてあんまり思ったことないから。少し新鮮だわ」

 

「えっ」

 

 

ひとしきり笑ったテンのあまりにもストレートな言葉に、思わず息を詰まらせてエミリアが赤面する。今のは完全に素面で出た台詞で、狙って出た言葉ならまだ修正は効くが、そうではない彼はエミリアの反応に理解がいかず。

 

真隣で赤面し、顔を俯けるエミリア。誰にも言われたことのない事をこんなありふれた場面で言われた彼女は、不意に心に訪れる温もりに対応ができない。

 

そんな彼女に「ん?」と疑問符を声に出したテンだが。女の子のことは一切分からない彼は余計な言葉を掛けないように沈黙を貫くことにした。

 

こういう場面、特に女の子が俯いてる時は声をかけない方が良いのは姉で経験済み。感情は分からないけど、対応の仕方は分かる彼は意識を魔法に戻した。

 

 

 

余談だが。自分の姉が今の状態の時に話しかけると「うるっさい!」と叫ばれて顔面平手打ち。弟は姉には勝てないのである。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「テンって、本当にバカ。すごーくバカ」

 

「黙った後の初めの一言がそれかよ。エミリアの中で俺はどんだけバカになってるのさ」

 

 

あれから何分経ったか。五分は経ってないだろうが、体感的にはそれぐらいの間彼女は顔を俯かせて沈黙を貫いていた。が、突然顔を上げたかと思えば「バカ」の一言。

 

姉に教わった対処法は間違っていたのかと苦笑するテンだが。エミリアは頬を赤らめた後の残る頬を膨らませているだけで。

 

何が何だが分からない空間が展開された中、テンは不意に心に訪れた気まずさを誤魔化すために咳払いすると、

 

 

「つか、エミリアはいつまでここにいるつもりなの。そろそろ帰ったほうがいい時間だよ?」

 

「えっ、もうそんな時間…。でも、私はテンが倒れないように見てないといけないから」

 

「平気だって。ハヤトにもレムにもエミリアにも言われたから、もう無理しないよ」

 

 

気まずい沈黙を破る発言に気持ちを切り替えさせられたのか、エミリアは「バカ」だけを連呼する人間から直ったようで。彼女は悩むような素振りを見せていた。

 

時間帯的にはおそらく十一時を過ぎている。彼女ならもう部屋に戻って布団の中に入らなければならない時間、子どもは寝る時間だ。

 

しかし、彼女はテンを見てないといけないからという理由で隣から離れようとしない。結局は眠くなって帰るのがオチ。テンもテンで。彼女が眠くなってギブアップするのをジッと待ってるのが普通になってきた。

 

こうしたやりとりを交わすのはもう慣れたもの。『離れようとしないエミリア VS 離れるのを待つテン』の我慢比べが始まっていた。

 

 

「ほら、エミリア。明日も早いんでしょう? 寝なくてもいいの?」

 

 

浮かび上がらせた二十個の火球に意識を向けるテンが作業片手間に帰ることを促す。こうして揺さぶると真面目なエミリアの心には葛藤が生まれ、何度か繰り返すと渋々帰っていく。

 

もちろん、エミリアは「今日こそは!」と意気込んでテンのことを見守っているようだが。毎度の如く、睡魔に屈している。

 

今回も、眠たそうな表情になりつつある彼女は声も緩くなってきているし。先程の沈黙の時間が効果的だったのか睡魔が波のように押し寄せてきていた。

 

しかしエミリアは首を横に振ると、

 

 

「テンがそうやって私のことを寝かせようとするの、もう知ってるもん。今回は絶対に帰らないからね。テンが鍛錬を終わるまでここにいる」

 

「夜中になるけど」

「まだそんなに遅くまでやってるの!?」

 

 

胸に固めていた決意に罅が入る音がしたエミリアが声を大にして驚く。いろんな人からちゃんと休めと言われたのだから鍛錬の時間は前よりは短く、厳密にはせいぜい零時程度にまで短縮されているだろうと踏んでいたのは大間違いだった。

 

零時なら、なんとか起きていられると安心していたのにこれでは寝落ちルートまっしぐら。彼が倒れる前に自分が倒れてしまうかもと懸念したエミリアはテンに詰め寄り、

 

 

「どうしてそんな遅くまでやってるの? 無理をしちゃダメだってみんなから言われたのに。それでもし本当に倒れたらどうするの」

 

「大丈夫だって、本当に。適度に休憩は挟んでるから。そんなに心配しないで」

 

 

身体半分の距離だったのが半分の半分にまで縮められたテン。彼は背後に体重をかけてたじろぐ。彼女には距離感というものを学んでほしいものだと心底テンは思う。このような場面でのエミリアは距離の詰め方が友達感覚。

 

これが同性なら良かった。しかしテンは男の子。現実でも類を見ない美貌に詰め寄られれば意識せずにはいられない。その度に心の中で自分のことをフルボッコにしないと冷静さを保っていられないのだ。

 

そんな葛藤があったとも知らないエミリアは、テンの前で腰に手を当てて、まるで出来の悪い弟を叱るような態度で、

 

 

「うそ。そんなの絶対にうそ。私が帰ってから休憩の一つも挟まないつもりでしょ。最近になってテンのこと分かってきたんだからね」

 

 

グイッと、と効果音が付きそうな度合いで咎めるように顔を近づける。そんなことをされれば、心の中で馬乗りになってフルボッコにされている良からぬ自分の顔面は膨れ上がった。

 

動揺を悟らせまいと必死に冷静さを保つテンは、更に身体を後ろに倒した。進行してくる彼女に対して完全に押され気味だ。

 

 

「そんなことないよ。休んでる休んでる」

 

 

そんな中で絞り出した抵抗の一言。しかし途端、それまでは無意識下でも保っていた魔法が無音で消える。風に攫われるようにそれらは二人の前から姿を散らした。

 

それが意味するのは使用者の動揺。無意識下でさえ保っていたそれが消えるのは、心が大きく乱されている事に他ならない。勿論、それはエミリアが原因。

 

それをエミリアは。自分が、テンが嘘をついていることを言い当てたことの裏付けだと解釈。してやったりと、犯人を見つけた探偵のような笑みを浮かべる。

 

 

「ほら、魔法だって消えたじゃない。言葉では誤魔化せても心は誤魔化せない。私のことも誤魔化せないんだから」

 

 

全くの見当違いな事に気づいてないエミリアは自分が有利に立ったつもりなのか、テンのことを見抜いたとばかりに胸を張る。

 

普段から分かりにくいテンのことだ、のらりくらりと自分のことを回避してくる彼の心が分かったような気がして嬉しがるような態度を彼女は見せた。

 

えっへん!とでも言いそうなエミリア。そんな彼女にテンは首を横に振る。そのまま我慢の限界とばかりに彼女の肩を掴んで強制的に距離を離すと、

 

「違う、そうじゃない。それとこれとは話が別なんだよ。これは不可抗力というか。休憩に関しては、本当にちゃんと取ってるから」

 

「じゃあなんで魔法は消えたの? 魔法に慣れて無意識でも出るようになったー!って喜んで話してくれたのに。なんで今、魔法は消えたの?」

 

「えと……。それは」

 

 

それを言われればテンは言葉に詰まる。「エミリアが近づいてきて心が乱れたから」なんて言おうものなら彼女に変態扱いされかねない。実際に男の子としての葛藤が彼女に知れれば一ヶ月間で築いた関係性に罅が入りそうな予感がする。

 

沈黙したテン。エミリアの両肩を掴んだ彼は心臓が飛び跳ねるような感情を自覚したせいで、首を傾けて問いかけた彼女のことを直視することが出来ずに顔を逸らした。

 

沈黙を答えと受け取ったエミリアは、その仕草が嘘をついていると解釈したことに拍車を掛けたせいで自分の中で彼の嘘が確定。ゆえに、両肩を掴んだ手を掴み返すと、

 

 

「だんまりは答えってことよね?」

 

「……弁解の余地は」

「もう何を言われても聞きません」

 

 

テンが横目でエミリアのことを見ると、彼女が睨むように一直線で見つめてくるのが見えた。掴んだはずの両手は逆に掴み返されて、痛くない程度に握りしめられたそれは弁解の余地を与えないことを雄弁に語っている。

 

しかし、休憩を挟んでいないのは強ち嘘ではないことだった。少しでも早く強くなるために鍛錬の日は時間を有効活用して取り組むのは当然の話。無理のない程度に継続しているから休憩を挟む必要もない。

 

全く別の方向から自分の嘘が見抜かれたことにテンは苦笑するしかない。エミリアの中では自分が嘘をついていることが確定したのか、いつものような曖昧な態度ではなく自信に満ちた態度だ。

 

 

「…テン。今日はもう、鍛錬は終わりにして休まない? お休みの日は入れてるそうだけど、でも、それでも足りないと思うの。テンは大丈夫だと思ってても、きっとそうじゃない。自分の知らないところでいっぱいいっぱい無理してる」

 

 

「だから、ね?」と態度を一変させたエミリアが真剣な様子で彼の心に言葉を届ける。どうして彼女が自分の身を案じてくれているのかは不明だ。前々から心配してくれている雰囲気はあったが、それを全面的に出してきたのは割と最近の話。

 

もしかして。自分が無理をしていた時期、まだ鍛錬を始めたばかりの頃の様子を彼女は知っているからここまで身を案じてくれるのかと、ふとテンは考える。

 

自分の知らない間に顔を覗かせていたようだし。その時は死に物狂いで鍛錬に打ち込んでいたから、その時のことをまだ引きずらせてしまっているのかもしれない、と。

 

尤も、その時よりは肩の力を抜いているから無理をしていない自信はある。ハヤトに色々と言われて、レムに怒られて、エミリアに気にかけられて。ここまでされれば心は自然と入れ替える。

 

だから、ここで「無理をしてないから平気」と言い切ることは可能だ。

 

 けれど、

 

 

「……分かった。そこまで言うなら今日はやめにするよ」

 

「ほんと?」

「ほんと。ほら、帰るよ」

 

 

立ち上がるテンが掴まれた手ごと彼女の体を引っ張り上げる。立ち上がる彼はその手を振り払うと何も言わさずに屋敷へと足を進め出した。

 

あの場で「無理してないから平気」と言い切ることは可能だ。しかし、彼女にあんな態度をされてしまえばテンのような軽い男はそれまでに固めていた意志やら決意が脆く崩壊させられる。

 

勝てなかった。エミリアの真摯な態度と、そこから向けられる純粋な心配と気遣いには。自分に対してここまで向き合ってくれる少女のお願いを誰が振り払えるものか。

 

 

「ふふっ。すんなり言うこと聞いてくれるなんて珍しい。普段からそうだったらいいのに」

 

「勘違いするなよ。今日だけだからな。明日からはいつも通りにやるからな」

 

「でも、明日はお休みの日だったわよ?」

 

「……明後日からだ」

 

 

隣を歩くエミリアがやりづらそうな表情をするテンに微笑む。

 

なんだかんだ言って、自分が真面目な態度で接すれば彼もちゃんと向き合ってくれることに安心しつつ、彼とこうして夜の時間にお話をするのも楽しい思っていた。

 

彼がどう思っているかは分からない。けど、嫌そうな顔はしたことがないから、少なくとも嫌がっている訳ではないと思うが。

 

そんなことを思うと、彼に直接聞いてみたくなって。でも、少し不安でもある。けど聞きたくて。「ねぇ、テン」とエミリアは彼の意識の全てを自分へと向けさせると、

 

 

「私がこうしてテンの場所に来るのって、本当はイヤ、だったり……する?」

 

「ーーーー」

 

 

何の脈絡もない発言にテンが黙り込んだ。彼からすれば藪から棒に投げかけられた意味の分からない質問だろう。しかし、問いかけたエミリアの表情は真剣そのもの。

 

だから、テンもまた真面目に返した。

 

 

「そうね…。俺が集中してる時に顔出してきたかと思ったら、鍛錬をやめさせようと邪魔してくるし。鍛錬してたらしてたで、あの手この手で集中を掻き乱してくるし。正直、集中できない」

 

「……そうよ、ね。迷惑だったよね」

 

「うん。迷惑。すっごい迷惑」

 

 

淡々と告げられる言葉の羅列にエミリアの足が止まる。もしかしたら、自分の望む答えが返ってくるかもしれないと期待していたことがそれによって簡単に壊されるような気がした。

 

何となく、分かっていたことかもしれない。鍛錬の時間にお邪魔するのは彼にとっては良くないことだということは知っている。知っているのに顔を出すことは、彼の優しさに甘えているからに過ぎない。

 

彼なら許してくれる。そんな甘えで鍛錬の時間にお邪魔して、お話をすることが楽しくなってきたことだけを頭に入れて。彼のことを無視していた。

 

甘えていた。そんなことに気づくエミリアは自分の質問が愚問だったことを自覚する。嫌がって当然の話ではないかと。

 

止まり、俯き、心が暗くなっていくエミリア。期待していた自分が馬鹿だったと、彼女は喉の手前まで込み上げてきた感情を下唇を噛んで必死に誤魔化す。こうしないと、すぐそこまできた感情が溢れてしまう。

 

 しかし、そこで終わるテンではなかった。

 

 

「でも、嫌ではないよ」

 

「えっ?」

 

 

その声に、それまで考えていたことが全否定される。他でもない嫌だと思っていると思っていた相手によって。

 

あんなに嫌がるような言葉をかけておいて今更反対のことを言ったテンにエミリアは顔を向けた。そこには、いつになく真面目な顔をした彼がいて。

 

そんな顔を向けられれば、エミリアは黙り込む。先程とは反対になった状況にテンは「ふっ」と息をこぼすと、

 

 

「確かに鍛錬の邪魔をされるのは迷惑だし。エミリアが寝なさいって言って今みたいに時間が短くなるのは嫌だよ。だけど、エミリアが来てくれるのは嫌じゃない」

 

 

何を言っているのか分からない。嫌なのに嫌じゃない。矛盾しているはずの言葉はエミリアには理解できないもので。

 

けど、そんなことを言われれば。

 

 

「俺は、エミリアと話すのも楽しくて好きだし。顔を出してくることは全然嫌じゃないよ。さっきも言ったけど、俺は女の子と人並みに話したことがないから、新鮮味があるんだよね」

 

 

そんな、優しい言葉を掛けられれば。

 

 

「だから、暇なときにいつでも遊びに来なよ。エミリアが来ても嫌がったりしないから。絶対にね。あ、でも、寝なさいって言ってくるのは嫌がらせてもらうよ? 嫌がらなかったら寝かされるから」

 

 

甘えてるって分かってるのに、それをやめたくなくなってしまう。その優しさに自分の望みを押し付けてしまうことになるのに、それでも期待通りの反応をしてくれた彼に望みを押し付けてしまう。

 

かけられた言葉の一つ一つが、心に生まれた寂しさを埋めて。それがエミリアの中で少しずつ膨らんでいく。膨らんで、膨らんで、最後には耐えきれずに弾けて。釣られるエミリアもまた、耐えきれずに服の裾をぎゅっと摘んだ。

 

 

「もう、本当にすごーくテンはバカ。そうやって変なことばっかり言って」

 

「だから、何ですぐにバカって言うのさ」

 

 

予想外からの一撃に首を傾げるテン。エミリアはそんな彼の隣を「バカなんだからバカなの」と可愛らしく言いながら通過。そのまま歩幅を合わせ、隣に並んできた彼の肩を人差し指でつつくと、

 

 

「それなら、毎晩遠慮なく遊びに行くから。その言葉を忘れないでね」

 

「限度は弁えてね?」

「遠慮をするなって言ったのはテンだよ?」

 

 

疑問を投げかけたテンに疑問で返すエミリア。「疑問形を疑問形で返すな」と言葉を返した彼に彼女は「はーい」と返すだけで。

 

そんな風に言われれば、本当にこれから毎日のように彼女が遊びに来る気配がしたテン。彼は早くも自分の発言に少しだけ後悔するのだった。

 

 

 

 








※テンのヒロインはレムです


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