タイトルからお察しの通り。二人が命をかけます。
キスダムの月、中旬。魔法の腕も上達したのに加えて。テンの場合は刀を、ハヤトの場合は大剣を。各々が使用する第一の刃の扱いが様になってきた頃のことだった。
武器の鍛錬を始めてから既に二週間が経ち、肉体的にも騎士的にも着々と成長しつつある二人。
二週間、毎日。週一で休むから厳密には十二日間。その間も素振り二百回を真面目にやり続けた努力が実りつつある証拠として、二人は自分の武器をそれなりに扱えるようにはなってきていた。
肉体は元から出来上がっていたところ、それを更に磨いた結果だ。素振りをすると様々な筋肉が鍛えられるせいで、始めたばかりは体幹やら二の腕の筋肉痛に密かに悩まされるなどもあったが。
それを乗り越えた今となっては少し前の思い出。そもそも、屋敷での使用人生活が不本意にも肉体トレーニングになっていたこともあり肉体的な面では十分に育っていたと言える。
そして今。ロズワール邸は朝食の時間だった。
使用人二人とメイド二人。基本的に食事の時間はロズワールの背後にいる四人は一言二言、声を掛け合うことも多い中。今回はレムがテンに声をかけた。
自分の左斜め後ろで待機するテンに声と一緒に視線を向けるレム。彼女は彼の下から上を見ると、
「テン君。以前と比べて少し逞しくなりましたか? 体つきが良くなってきたような気がします」
「気のせいでしょ。まだ始めて二週間だよ? そんなに早く筋肉ってつくもんなのか。まぁでも、刀は振り易くなってきたような気はする」
自身の二の腕を軽く揉むテンが「んーー」と筋肉の度合いを確かめる。確かに、始めたてよりかは良くなったような気がしなくもない。
加えて、いま言った通り刀が振り易くなってるのも含めると彼女の目は正しいのかとテンはロズワールを挟んで隣にいるハヤトを見る。
テンの視線に気がつくハヤト。彼は腕をまくり、鍛え上げられた上腕二頭筋を見せつけ、
「どうだ? 前と比べて変わってるか?」
「お前の場合、元がしっかりしすぎてるから判断するのが難しいんだよ。このムキムキ野郎。お前と並ぶと俺がもやしに見えるじゃねぇか」
「そんなことねぇだろ。この前だって一緒に風呂に入った時にお前の体見たが、ちゃんと鍛えれてたぜ? 腹筋だって割れてたしよ。因みに、上腕二頭筋もそこそこだったぜ」
グッと力を込めて肉体美を見せつけるハヤトにテンが苦笑。風呂に入った時に体を見られてる発言に関しては寒気しかしないから放っとおくことにした。
ハヤトの場合は側から見ても体格が良く、鍛えられているのが分かる。喧嘩を売ったらまず返り討ちにされそうな見た目をしてるから、強そうに見えるのは当たり前で。
対してテンの場合はインナーマッスル系。ハヤトと比べた時外見から見たら大して力も無さそうに見えてしまうのだ。
とはいえ、それなりに鍛えられているのはハヤトの言葉で確実なものとなったテン。あまり実感が湧かない彼は首を傾けると、
「自分がどれくらい強くなったかなんて、案外自分じゃ分からないもので。何か、それを実感できる事があるといいんだけど」
「自身の身の程を知らないと、無様に死んで帰ってくるものね。脳筋なら尚更」
嘲笑するような笑みと一緒に毒舌を向けられた二人。ハヤトとテンを交互に見る彼女は口元に手を当ててその笑みを隠す仕草。そもそも、隠しきれない本音がそこから漏れ出してるからあまり意味もない。
彼女の言葉を受けたハヤトが、腕を組んで「んなこたぁねぇだろ」と反論するのを横目にテンも鼻から息を吐いた。
言い方には難ありだが、ラムの言ったことにも一理ある。自分の実力を正確に把握することは戦う上でなによりも重要なこと。
身の程を把握してなければ引き際に見当がつかず。それ以前に相手と自分の実力の差すらも見極められない。
「……なんか、ないもんかね」
「確かにな。毎日毎日同じことの繰り返し、鍛錬するのは嫌いじゃねぇが。テンの言う通り自分が強くなった実感がイマイチ湧かねぇ。似たような感覚はあるが、もっとハッキリと強くなってる実感が欲しい」
二人揃って同じ意見。声を揃えて喉の奥を低く鳴らすものだから、それで間違えないのだろうと判断できる。
鍛錬を始めてからすでに一ヶ月の時が経った今。第一の刃も第二の刃も、その二つが身についてきた二人は、鍛錬を始めたばかりの自分からどれだけ前に進めたのかが知りたい。
努力の形は毎日形として見てるから。その形を、どれだけ戦闘に活かせるか。それも知りたい。
「なんかあるか?」
「なんかあったらこんなに悩んでない」
顔を見合わせる二人が軽めの意思疎通。いつもならこういう時はテンが案を出して、それにひとつ返事でハヤトが乗っかる形が完成するが。
今回は、そのテンがお手上げ。何も思い浮かばないのか首を横に振っていた。
そんな二人。悩める生徒たちの声を背中に聞いたロズワールが「それならば」と指をパチンと鳴らすと、
「ここらで中間試験といこうじゃないかぁーな」
なんの突拍子もない発言。それまでは静寂を貫いていたロズワールが突然声を上げたかと思えば、中間試験の実施を提案。その内容が分からない二人は困惑気味に目を細めた。
椅子から立ち上がり、二人に振り返るロズワールは不気味な笑みを浮かべると、
「己の実力を知るのも鍛錬の一つ。私も、君たちがどれだけ力をつけているのか少し気になっていたところだぁーからね」
「…具体的には何をするんですか?」
一歩。前に足を踏み出すロズワールに気圧される二人が一歩踏み下がり。明らかに雰囲気を一変させたロズワールを前にしたテンが声を絞り出す。
テンはこの感覚を前にも経験したことがある。屋敷に初めて来た時のことだ。
品定めするかのような、人のことを人として見ていないかのようなねっとりとした雰囲気。今のロズワールはそれと近しい。
何か、言ってはいけないことを言ったかと後悔する彼に依然としてニヤけるロズワールは言葉を続け、
「君達は、アーラム村に隣接する魔獣の森という森を知っているかなーぁ?」
魔獣の森。正確には魔獣が住んでいる森。アーラム村のすぐ隣にある凶暴な魔獣がわんさか生息している恐ろしい森だ。
そんな森が村の近くにあるとは結構問題視されるはずだが。普段はエミリアの結晶石が結界としての役割を果たしているため、村に魔獣が侵入してくることはない。
しかし、結界の内側に足を踏み入れれば生き血を嗅ぎつけた魔獣が一気に襲いにくるとか。しかしそれ以前に二人はそれを知っている。
「知ってるもなにも。俺達がぶっ倒れてたところだろ?」
「竜に襲われて大変だったやつ」
あの修羅場を生き抜いた武勇伝に胸が高鳴るハヤトが当然のように答え。その時のことを思い出すと今でも身震いがしてくるテンが軽く補足。
もちろん、アーラム村に訪れたときにそれについては聞かされていたけど。その前に二人はこの世界に召喚された直後、その森に飛ばされている。そのせいで竜に襲われる目に遭ったが。
ともかく、「知っているなら話は早い」と頷くロズワール。彼は人差し指をピンと立てた。
「一つ、提案なんだぁーけど。そこで力試しをする気はないかい?」
「ほう、具体的には何をするんだ?」
相変わらずロズワールの考えることは先読みできないハヤトが興味津々に声を昂らせる。力もついてきた今、そろそろ本格的な戦闘訓練をしてみたいと思っていたところだ。
テンはと言えば「うん」と頷くだけで、反応は薄い。何を考えているのか分からずらい彼である。
二人の様子を一瞥したロズワール。彼は「簡単なことだ」と敢えて声を明るくすると、
「君達二人で魔獣の森に入り、そこで魔獣と戦う。たったそれだけ。特に難しいことはなにもないよねーぇ?」
「ーーそんなの危険よ!」
超簡単に試験内容を説明。ハヤトの目がキラキラと輝くまでは良かったが。その説明を聞いたエミリアが音を立てながら立ち上がった。これまで声を発してなかったこともあり、全員の意識が彼女に集中するが。
「だって、二人はまだ鍛錬を始めてから一ヶ月しか経ってないのよ!? あの森にはすごーくおっかない魔獣だっているのに」
全員の視線を受けてもなお、止まろうともしないエミリア。早歩きでロズワールの前に立ち塞がるとテンとハヤトを庇うような姿勢を取った。
まさか十八にして女の子に庇われるなんて想像もしてなかった二人。エミリアは優しい子だから反論するかもと思っていたけれど、本当にそのとうりになった。そのお陰で彼女の優しさが証明された。
睨むような目つきのエミリア。しかしロズワールが不気味な笑みを崩すことはない。
「エミリア様。この二人は貴方の騎士となる存在。高々魔獣程度で尻込みしていては困るというものですよねーぇ。謂わば、これは私からの挑戦状。これを乗り越えなければ騎士として認めるわけにはいかないというものですよねぇ」
「それとこれとは話しが違うでしょう。もしもそれで二人に何かあったらロズワールはどうするの。心配じゃないの?」
「もぉーちろん、心配ですともぉ。しかし、そこで力尽きるならそれまでだったというこぉと。私の見当違いが皮肉にも証明されることになっちゃいますねぇ。ーー二人は、魔獣如きに遅れをとる半端者だったと」
そう言ってエミリアに庇われているハヤト。テンではなくハヤトに視線を向けるロズワールが彼に挑戦的な笑みを向けた。まるで、「これぐらいなら簡単だよねぇ?」とでも語るように。
途端、ハヤトのまつ毛がピクリと反応する。分かりやすく反応を示した彼は心の中で燃え盛っていた炎がさらに燃え盛った。そんなに分かりやすい挑発をされれば、男として乗らないわけにはいかないのだ。
それに、今までの努力を「半端者」として片付けられるのは許せない。
「……上等じゃねぇか」
その視線だけでそれを挑戦状として受け取った彼は「エミリア」と彼女の名前を呼ぶと、拳を力強く合わせた。
「お前が心配してるのは嬉しいが。今は俺たちを信じてくれ。ロズワールの言った通り俺達はお前の騎士となる存在、高々魔獣程度で引き下がれるほど生半可な覚悟じゃねぇんだ」
「……でも」
「俺とテンは誓った。強くなってお前を守る騎士になってみせるとな。なら、ロズワールに認めてもらうためにも。この挑戦状、受けてやるよ! それに、力試しにもなるしな!」
振り返り、心配そうな表情のエミリアに自信満々に語るハヤトが太陽の笑み。強く光り輝く彼の表情には恐怖や迷いなどの負の感情などは一切混ざってなくて。
何一つとして陰りのない男として百点満点の彼はそう言い切る。それを受けてロズワールは満足気に頷くばかりだ。
ーー策士、やりやがる。
ハヤトの隣でテンはそんなことを思っていた。
挑発的な言葉と一緒に視線を送って来ていたことには勘づいていた。自分ではなくハヤトにそれを向けていたところから察するに、敢えて焚き付けて彼を味方につけたのだろう。発言力の高いハヤトを味方にすることで自分も同行させようと。
ハヤトは挑発に乗りやすい性格、煽り耐性ゼロ。現に、彼は魔獣の森に行く気満々。瞳に宿る決意の炎は轟々と燃えたぎっている。
「テン君。君はどうするんだい?」
「テン。そんなに無理に受けることはないのよ? ハヤトとロズワールはそう言ってるけど。あの森はすごーくすごーく危険で、本当に危険で、危なくて……」
一言で済ませたロズワールと、突き出した指で胸をつつきながら「危ない」ということを連呼するエミリア。彼と彼女に問いかけられたテン。横を見ればハヤトが力強い目つきで見ていた。
状況的には二対一。しかし、一の方は自分のことを本気で心配してくれている一人の少女。この事実だけで精神的には二対百となる。
だから、彼女の言葉を無碍にすることなどできるわけもない。けど、この提案を断るわけにもいかない。
だから、
「エミリア。俺はね、君を守れるようになるためにここにいるんだ。ハヤトと一緒だよ」
その言葉だけで全てを察したエミリアが言葉を詰まらせる。彼の胸をつつく指の勢いが衰えると、彼女はそのまま掌をテンの胸板に当てたまま顔を俯かせた。
苦しいぐらいに優しい、そんな仕草をされて一体誰が背中を向けて戦いに行けようか。拳に胸ぐらを弱々しく握られればその手を振り解けるわけがない。
今から死にゆく人間を必死に引き止めるようにも捉えられる彼女の静かな慟哭。それを正面にすれば視線を向けられて助けを求められたハヤトも「お前がなんとかしろ」とばかりに視線を飛ばすしかない。
なんて言えばいい。なんて言えば、気の利いた彼女を安心させられるような。そんな一言ーー、
「大丈夫、大丈夫。心配しないで。俺とハヤトがいれば怖いものなんてないよ」
「でも、本当にーー」
「約束しただろ? 俺はお前の騎士になるって。それまでは死なねぇよ。だから、俺たちの事を信じて待ってろ。絶対に帰ってくる」
小さな拳を両手で包むテンが優しくも力強い言葉を彼女の心に届ける。紫紺の瞳が潤んだ状態でテンを見上げ、物問いたげに唇が震えるが彼は口角を釣り上げた。
そこにいつもとは少し違う感情を感じ取ったハヤト。笑っているのにどこか挑戦的で昂っている。普段から一貫して気怠そうな彼にしては珍しい表情だ。口調も若干荒々しい。
何より、瞳の色が違う。物理的なものではなく、精神的に彼の瞳に宿る感情がいつにも増して赤くなっている。彷彿とさせるのは炎しかないそれ。
やはり、彼はやるときはやる男だと思う彼は一人でに「ったく、最高かよ」と呟く。テンがたまに見せる男気の片鱗が今まさに垣間見えた。
それも、自分の事を心配する少女に対してだと思うと。テンも根底にあるものは自分と同じで単純だったと認識するハヤト。
彼は「おし!」と声を張り上げると、
「なら、俺とテンの腹は決まりだぜ。ロズワール。お前からの挑戦状改めて中間試験、全身全霊で受けてやるよ!」
「俺も受けるよ。自分の実力も知りたいし、ロズワールからの挑戦状。乗り越えなきゃ胸を張ることもできないし」
エミリアから離れるテンがハヤトの横に立ち並び、二人してロズワールに拳を向ける。その立ち姿に狂いはない。
その立ち姿から真反対のはずの二人が、まるで一つの存在のように重なって見えたロズワール。いつもの二人は発言、行動、性格。それら全てが対極に位置するはずなのに。
今は、二人とも同じ方向を向き。一つの壁に対して真正面から衝突しようとしている。
「「その挑戦状、受けて立つ」」
その歩みを止められる者など、この中には存在しなかった。
▲▽▲▽▲▽▲
「よし、準備完了」
鏡の前で身なりを整えるテンがベルトに刀が納刀された鞘を差して最後のチェック。
制服から着替えて、今の服装は自分が思い描く騎士像に近づくためにロズワール邸の倉庫から物色したものにした。動きやすいというのもある。
上は白Tシャツに下は紺色のカーゴパンツと。更に紺色の和風パーカーを上から羽織れば闇の中に簡単に紛れられそうな色合い。性格が服装に浮かび上がるものとなった。
そしてそこに、自分の第一の刃である刀が納刀された鞘が加わればそれなりに様になり。意外にも似合ってることに「ふっ」とテンは息をこぼす。
前々から似合うかどうかは不安だったけど、こうして着てみると案外似合うもので。少しだけ興奮したのは彼だけの内緒話だ。
ーー準備が完了し次第、玄関前に来るように。
中間試験の実施が確定した後、ロズワールにそう言われた二人は朝食の時間が済んで、午前中の仕事を終えた後。各々の準備を整えるためにこうして各自の部屋の中で最終確認していた。
それが数時間前のこと。それだけ時間が経過すればある程度の準備は整うもので。
「服装、良し。刀、刃毀れ無し。靴、乱れ無し。心、ある程度良し。髪型、知るか」
自身の体に視線を巡らせるテンが指差しで一つ一つ確認。鞘から刀を引き抜けば、傷一つない刀身が姿を現した。刀身の長さは下半身よりも少し短く、振るのには適した長さと言える。
切れ味に関しては申し分ない。一度、魔法授業の時に使用した案山子に対してフルスイングしてみたが、簡単に切れた。案山子の材質は原木だからそう簡単に切れないと思ったテンが間違えだ。
切れる。多分、これなら魔獣の皮膚も肉も骨も。適した力を込めれれば十分に戦える。
「……大丈夫。やれるよ」
引き抜いた刀身を納刀、柄に手を置くテンが胸に手を当てて深呼吸を何度も繰り返す。徐々に速くなる鼓動を必死に落ち着かせ、精神の乱れをなるべくゼロに。
不安な気持ちなどないわけがない。今から自分達は自分達の事を餌としか見ていない獣たちの巣窟へと放り込まれるのだから。気を抜けば確実に死ぬ。それと隣り合わせの領域へと。
でも、不思議と心はそこまで焦っていなかった。これまでの鍛錬が故か。もしくは、ハヤトが隣にいるからか。それとも、エミリアに死なないと誓ったからか。
いや、
「ーー全部だよ」
心強い親友がいる。寝る間も惜しんだ地獄のような一ヶ月間の鍛錬をやり遂げた。不安そうな彼女に生きて帰ると言い切った。
それら全てが自分の背中を押してくれる。逃げそうになる自分のことを鼓舞してくれる。喝を入れてくれる。
怖いことなんて当たり前だ、死にそうになる経験なんてする方がおかしいのだから。でも乗り越えなくちゃいけない。その道を歩むと誓い、何度も何度も何度も決意したのだから。
背中は向けないと。約束したのだから。
「大丈夫。自分を信じろ。ハヤトを信じろ。今までやってきたことを信じろ」
自分を信じると書いて"自信"と読むのなら。今は、今だけはそれを信じろ。ハヤトが信じてくれている自分を信じろ。自信などなくても、信じることだけは欠かすな。
できる、やれる、勝てる、生きる、帰る。
覚悟はとっくに決まってる。今さら改めて決める必要なんてない。負ける想像なんて今はするな。その自分は要らない。勝つことだけをただ頭の中で思い描く。
そうすれば、きっと自分は応えてくれる。
「よし。行こう」
▲▽▲▽▲▽▲
「うし。完璧だな!」
鏡の前でポーズを取るハヤトが満足後に頷き、拳を握りしめる。
服装を制服から着替えて上下真っ白の格闘着を彷彿とさせるものに。インナーとして黒Tシャツを着れば完璧に空手着をハヤトの中で完成させた。
そこに大剣を背負い、両手に金色のナックルを装着すればフル装備のハヤトが爆誕。格闘技と我流を元とした剣術。更には、魔法を操るオールラウンダー型の格闘家がそこにはいた。
だが、まだ足りない。あと一つ、絶対に欠かせないものがあるのだ。
ハヤトが手に取ったのは黒帯。それを自身の腰に巻きつけて力強く結ぶ。こうすればヒラヒラした羽織が引き締まる。きゅっと布の擦れる音を耳にした途端、ハヤトの心も引き締まった。
こうすると、精神的にも引き締まるのだ。何か、勝負事の前にこうして帯を思いっきり締めると「やるぞ!」という気持ちが心の底から湧き上がってくる。
「大剣良し! ナックル良し! 黒帯良し! 良し良し、完璧だな!」
鏡に映る自分の姿に興奮するハヤト。中々に様になっている。大剣の感覚も手に染み込んできたのに加えて魔法もだ。言わずもがな、空手の構えも。全ての力を込めたのが今のハヤトの姿。
それを前にすれば、興奮なんて抑えられるわけがないハヤトである。
「よっしゃ! ここからは命懸けの戦い。一ヶ月間の成果を発揮して、テンと一緒に乗り切ってやるぜ!」
緊張なんて一ミリたりともない。恐怖など微塵もない。感じているのは高揚感のみ。自分の力がどれだけ通用するのか、それが早く知りたい。それに久しぶりに体を大きく動かしたいと思っていたところ。
思い浮かべるのは自分とテンが魔獣に囲まれながらも、傷つき、しかし勇ましく戦う姿。ただそれだけ。
自分の命を狙いにきている存在と戦うのは初めてのことだ。だけど隣にテンがいるなら、大した壁でもないだろう。自分とテンが揃えば怖いものなどないと、本気でそう思えるからだ。
「だから、思いっきりやろう。ビビってたって何も始まらねぇ。自分を信じてやるだけだ!」
相棒を信じる。自分を信じる。自分のしてきたことを信じる。背中を預け、預けられるのだから。余計なことは一切考えない。ーー信じる。揺らぐことのないそれを貫けばいい。
ロズワールにあんな風に挑発されたのだから。黙っていられる程ハヤトは穏健な性格ではない。必ず生きて帰って自分達の力を認めさせてやる。
勝て、勝て、勝て、勝て!
この挑戦に勝って自分達の存在を証明しろ。今までの成果をこの挑戦に全てぶつけろ。負ける想像なんてするな。思い描くのは最強の自分、そしてその横に並ぶ最強の相棒。
その二人が、魔獣共を蹴散らす姿。
「おし! 行くか!」
言い、気合を込めてハヤトは扉を開く。そのまま決戦へと向けてはじめの一歩を踏み出しーー、
その一歩が踏み出されることはなかった。踏み出す前にハヤトの視界に一人の幼女が飛び込んできたからだ。扉を開けた目の前、まるで待機していたのかと思ってしまうほどに。
理由の分からないハヤト。彼は不思議そうに喉の奥で低い声を唸らせると、
「どうしたよ。ベアトリス」
目の前にいた幼女ーーベアトリスの名を呼んだ。
名を呼ばれたベアトリスは、しかし言葉を生むことはなく。その代わりとして見上げる瞳と物言いたげに動く唇が何かを伝えたがっている。
彼女が禁書庫の中から出てくるのも珍しい、自分から出てくることも含めたらなおのこと珍しすぎる。見れば、彼女の背中で開かれた扉の奥が禁書庫と繋がっていることが分かった。
まさか、見送りに来てくれたのかと思うハヤト。それもわざわざ自分の正面の部屋に禁書庫を繋げてまで。
なら、黙っていることが違和感に感じられる。向こうから来ておいてだんまりされると対応するハヤトも困ってしまう。
「なんだ? 見送りにでもーー」
「噛まれることだけはやめた方がいいのよ。じゃないと呪われて死ぬかしら」
口を開いた途端、それを上書きするベアトリスの声がハヤトに届く。彼の瞳を一心に見つめる彼女の瞳はそこから一切離れる気配がなく、脈絡のない文章にハヤトは息を詰まらせた。
なにかを伝えようとしているのか。いつもとどこか違うベアトリスは、走り出したら止まれなくなったように口を動かし、
「ウルガルムは基本、集団で動くのよ。常に動き続けた方が、生き残る確率は上がるかしら」
ウルガルム。それは今からハヤト達が行こうとしている森に生息する大型犬のような魔獣の名前。
彼女の口からどうしてそれが発せられたのか。イマイチ分からないハヤトは頭の上に疑問符を浮かべるが、疑問の解消をせぬままベアトリスは彼に背を向けると、
「じゃ、せいぜい頑張るかしら」
軽く手を上げて、彼女は禁書庫の中へと足を進めていく。何一つとしてハヤトに納得させぬまま、言いたいことだけ言った彼女は背に受けるハヤトの視線を無視して帰る。
依然として唖然としているハヤト。彼は彼女の姿が消える前に今の言動の経緯を必死に探った。それを理解して、彼女が伝えたいことを分かってあげるために。
一方的な忠告、生存確率が上がる方法、最後に言い方に難はあるが応援の言葉。
それらが導き出す一つの感情。ベアトリスに向けられた瞳と言葉に込められた、自分に対する思い。それはなんなのか。
否。考えるまでもなかったとベアトリスの背中を見送るハヤトは理解した。意識せずとも、そのツンデレ度合いに頬が緩々になってしまう。
だから、彼は言った。
「心配すんな、ベアトリス。俺は生きて帰ってくるぜ。生きて、またお前の前に遊びに行ってやるから。寂しがる必要なんてこれっぽっちもねぇよ」
「別に、ベティーはそんなこと思ってないかしら。ただ、お前に死なれると食事が運ばれて来なくなるから、それを嫌がっただけかしら」
「へいへい、ツンデレな。かわいいかわいい」
「やかましいかしら」
パタン、と。いつの間にか扉に手をかけていたベアトリスが禁書庫の扉を閉めると、目の前から彼女の気配が消失。本当に言いたいことだけ言って帰っていった。
しかし、ハヤトにはそれ以外にも伝わっている。彼女が一番伝えたいことが、彼の心にはちゃんと届いている。「気をつけて」と「帰ってこい」二つの言葉が、口には出さずとも刻まれた。
相変わらずツンデレで結構。彼女的には澄まし顔を保っていたそうだが、瞳の奥に宿る感情までは誤魔化しきれなかったらしい。
多分、一生忘れられない彼女がハヤトの脳裏に記憶されて、
「……うし。死ぬ気で頑張るか」
それが過る度に、心が燃え上がる。
▲▽▲▽▲▽▲
二人が、廊下を歩く。その場所へと向かって。
戦いに行く前に考えることは、何なのだろうか。魔王城への道を歩く冒険者達はこんな時、どんな会話をしているのだろうか。作戦会議をしているのか、はたまた何も話してないのか。
何にしても緊張していると思う。この二人もそれは例外ではなく、緊張に心を呑まれようと、
「でさ、そこで俺が言ってやったんだよ。"だから何度もお茶のラベルのペットボトルに麺つゆ入れるトラップ仕掛けんなよ!"ってさ!」
「なるほどな。んで、お前はそれを飲んだのか」
「飲んだ。飲んだと同時に気付いて吐き出した」
しているわけもなく。
今から生き残りをかけた戦いに臨む二人が、とてもそんな風には見えない雰囲気の中でいつも通りの会話を繰り広げる。
元を辿れば、テンがこのように接してきたことが一番の要因だった。少しは緊張感を持って接しようと思っていたハヤトだったが、テンがこのテンションでくるものだから。
そうしようとしていた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきたハヤトも、いつも通りのテンション感で行くことにした。
「ったく、少しは緊張感持てよな。お前のせいで調子狂わされるっての」
「それで来られる方が余計に緊張すんだよ。本番は練習のようにって言うし。いつも通りの俺達のテンション感で行こうよ。俺達が勝てる理由なんて俺達が俺達である他ないんだから」
「言ってることは分かるが。それは決めすぎな気もするな。カッコいいことを言おうとして滑るのは流石の俺もフォローがーー」
「しばく」
自分のしたことを的確に見抜くハヤトがニヤニヤしながらテンの恥じらいを込めた攻撃を両手で防御。対してムスッとするテンはハヤトに攻撃を無言で仕掛け続ける。
両者とも戯れあい程度だから、怒る気持ちはないが。そこまで的確に見抜かれると恥ずかしいテンである。見抜けるハヤトも流石だが。
実際のところ、それ以外ないとハヤトは思った。自分達が勝てる理由は、自分達がいつも通りの自分達でいる他ない。百パーセント自然体でないと肩の力が抜けずに動きが硬くなる。
「はぁ、もう。何でそういうところは簡単に見抜くかなぁお前は。スルーしろよ、スルー」
「いやいや、お前はごく稀にイケメンな台詞をポンと言うことがあるからな。親友センサーを舐めるなよ。一言一句聞き逃さないぜ」
攻撃の手を止めたテンが苦笑い。親友センサーを普段から張り巡らせているハヤトは彼に対して笑いかけるばかりだ。
と、そこに。
「お、レム。どうしたんだ?」
「もしかして、お見送り?」
階段を降りようとした時、登ってくるレムと目があった二人。この時間帯はお仕事中のはずだから偶々すれ違っただけか。
肝心なレムはというと。二人のことを見つけた時から何かを言いたげに口を開いたり閉じたりを繰り返し、具体的に言い表すなら先ほどからテンのことをチラチラと見ている。
「ーーお。テン、俺は先に行ってるぜ。お前は後から来い。いいな?」
察しのいいハヤトである。
レムの仕草一つで自分の存在を邪魔だと理解した彼は足早に退散。背中にテンの困惑の声が掛かるも無視。ロズワールやエミリア達の待つ玄関前へと一直線に向かっていった。
「ーーーー」
「えっと…。どしたの?」
ハヤトの背中を見送るテンが、未だに視線を彷徨わせているレムへと困惑の声を溢した。何かを言いたいのは何となくわかるが、何が言いたいのかは全くわからない。
ラムがいたら「くたばりなさない」とか言って軽くぶっ飛ばされそうな場面の中。それを理解できないテンは困惑するばかりで。
「…その。テンくん」
「ーーーー。はい」
レムに名前を呼ばれたテンが途端に息を詰まらせる。名前自体は今までに何回も呼ばれていた、のに。今の呼び方はどこかいつもと違う。
本当の意味で名前を呼ばれたような。レムという一人の少女に初めて名前を呼んでもらえたような。そんな変な気分になった。
その動揺を悟らせまいと奥歯を噛み締めるテン。そんな彼との距離を詰めるために階段を一段上がるレムは彼と向き合い、彼の顔を見た瞬間から胸の高鳴りが止まらなくなるレムの頬が一気に紅潮した。
「レ、レムは」
声が上手く出ない。頭の中ではとっくに文章は完成してるのに、それを発することが難しい。言うだけなのに、それを言うだけのことなのに。
彼にそれを伝えようとすると、胸がもっと高鳴るせいで声が震えてしまう。どうしてだろう、分かるのに分からない。
この温かい感情の正体を薄々自覚しつつあるのに。でも、まだハッキリとしなくて。それを伝えるべきなのかも自分の中ではハッキリとしてくれない。
でも、今言わなくちゃもう言えないかもしれないと思ってしまうと。心が苦しくなってきて。
そう思った時から、彼女は動いていた。
「テンくん!」
「ーーーっ!」
テンの片手を両手で握りしめるレム。彼女の手はそのままその手を自分の胸元に持ってきていた。その行為はテンだけでなく本人すらも理解することはできない。
感情に任せただけの行動。その行動に意味なんてない。
「レムは、テンくんが帰ってくることを信じています! ですから」
しかし。レムはそのまま彼の手を離さず、紅潮した頬と小刻みに震える両手。最後に潤んだ瞳を彼に向け。声を大にして、
言った。
「絶対に、無事に帰ってきてください!」