親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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タイトルが全てを物語ってるシリーズ第一弾。いきます。

約15000文字と少し長いかもしれません。


絶対に追い出す大精霊 vs 絶対に追い出されない男

 

 

 

  時間は遡って。テンとエミリアの二人が邂逅した頃。

 

 

「ーーんぉ?」

 

 

そんな声と共にハヤトは目を開けた。視界に広がるのは自分の部屋では見ないような綺麗な白い天井。そして、淡い光を放ち部屋全体をシャンデリアのように照らしている結晶。

 

一眼見てまずここは自分の部屋ではないどこかだということは分かった。そして、寝返りを打って、頭の下の感触が普段と違うことに気付く。さらにそのふかふかした寝心地も、寝慣れた布団ではあり得ない。

 

 

「寝心地、最高かよ…。つか、何で俺はここにいんだっけ……」

 

 

ぬくぬくとした布団の温かさを感じながらハヤトはそうぼやき、自分の意識が落ちる前のことを鮮明に思い出し始める。

 

ハヤトがあの薄暗い森の中にいると気づいたのは起きた瞬間からだった。いつも通り、夜遅くに布団の中に入って親友に連絡アプリで返信を返してから眠りについたのだが。

 

次に目を開けた時。自分は土の上にいた。

 

厳密には、土の上で寝ていた。人間は自分の身体に違和感を感じれば自然と起きるもので。辺りを見渡した時は「なんだ、夢か」とか思ったが、土の感触やら草の匂いやら肌寒さやら妙にリアルな夢だった。

 

そこで、夢か否か確かめるために頬をブン殴る。その結果恐ろしい事実が判明。自分が見ているのは夢ではなく現実だとハヤトは気づく。それから数分間は何が何だか理解できずに周りを見渡していた。

 

けれど、慌てていても仕方ないとハヤトは素足のまま森の中を歩き始めた。寝ていたのだから靴も靴下も履いてない、当たり前だ。

 

数分歩いていたら、まさかの竜に遭遇。死ぬほどビビったが生存本能が「逃げろ」とハヤトの硬直した身体に電撃を流してくれたお陰で彼は竜から逃げるために森の中を全力で走り。

 

そこで、テンと出会った。

 

二人の出会いは本当に衝撃的なもので。片やスマホ片手に森を徘徊し、片や竜に追跡されているというしっちゃかめっちゃかなもの。けれど、それがテンであって本当に良かったと思うハヤト。

 

喜ばしい事だったがそんな事を言ってる場合ではないとテンの手を引っ張り、ある意味の道連れ。

 

正直な話あの時は一人でいるのが怖かった。誰かが隣に居てくれればそれでいい。親友ならば尚のこと良い。結果としてその親友の機転であの絶望的な状況を少しでも凌げる事ができた。

 

竜の尻尾に鋭利な枝を突き刺して、そこを釘打ちの要領で回し蹴り。見事に攻撃を与えることに成功したのだが。

 

その後が辛かった。気合と経験値で誤魔化していたが悶絶する痛みにハヤトは苛まれ。テンに肩を貸してもらって何とか歩けたが、その直後に何かによって地面に叩きつけられた衝撃で意識は飛んだ。

 

 そして、今に至る。

 

 

「っーー! 俺の足!」

 

 

そこまで思い出したハヤトが布団を蹴飛ばし、怪我を負った片足を見る。記憶が正しければ結構な勢いで出血していたはずだが。

 

 

「……治ってる」

 

 

ホッと息を吐く。胡座をかくハヤトはそうして傷跡一つない足を見た。縫い目一つないところ誰かが完璧に治してくれたのか。

 

傷のあった場所を確かめるように指でなぞるが、やはり傷は綺麗さっぱり無くなっていた。あの状態から生き残れたことも含めると、テンがなんとかしてれたのか。もしくは、テン以外の誰かによって助けられたのか。

 

 

「なら、アイツもここに居るはずだよな」

 

 

太陽の光が差し込む窓を眺める。時間帯的には朝のどこかだろう。自分にしては珍しい早起きに感心するハヤトは寝台から足を下ろした。

 

色々と疑問はあるけれど、取り敢えず行動を起こすことに。ここで待っていても何も分からないのだから。

 

どんな時でも考えるよりも先に行動を起こすのがハヤトの良いところ。何事もやってみなくてはその問題点すら気づけない。問題が出てからそれと向き合うのがハヤトのスタイルだ。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

慎重にドアノブを回して扉を開ける。外、ひんやりとした空気が部屋に忍び込み、足裏を刺激する冷たさに肩を縮み込ませた。

 

部屋の外に出ると、広がっていたのは暖色系の塗装で統一された長い廊下だ。左右、どちらにも長々と道が続いていて、同じよう扉が等間隔に点在しているのが見える。飾られているのは絵画というよりも風景画だろうか。

 

分かりやすく例えるとホテルの廊下。見栄え良く整理された内装が遠くまで続いていた。

 

 

「なんだなんだ。どこのスイートホテルだよ…。広いなんてレベルじゃねぇな。つか、人の気配しなさすぎだろ。人住んでんのか?」

 

 

とりあえず探索するために歩きながら、ハヤトはその静けさに思わず眉を寄せる。流石に誰もいないわけがないだろうが、それでも生活音の一つもない無音の世界。窓の外から鳥の声が聞こえてきて少しだけ安心した。

 

というか、それ以前にハヤトにはその廊下は何処か見覚えのあるものだった。根拠はないけれど、なぜか既視感が拭いきれない。何か、リアルに来たことのあるわけでもないが絶対にどこかで見た事があるような。

 

 

「んーー。思い出せねぇ。なんだっけか……」

 

 

廊下にも飾られている調度品を眺めながら、ハヤトは何かを思い出そうと記憶の棚を手当たり次第に開けまくる。要らない記憶まで脳裏に過り余計にごちゃごちゃしてしまった。

 

記憶。自分の世界で刻まれた記憶はいつ思い出しても思い出し笑いしてしまうものばかり。その中にはテンとの記憶もある。今ちょうど、百連ガチャで爆死した彼の姿が過ぎった。

 

 

「…まぁ、何でもいいか。とりあえず人だ。ここの人を探そう」

 

 

虚無になる記憶の中のテンはさておき、歩き続ける事を選択したハヤト。悩んでいても仕方ないから今は人を見つけることだけを考える。それに、何処かにいるであろうテンのことも探さなくてはならない。

 

彼と合流して、出会えた奇跡を分かち合いたい。あの激戦を抜けれたのはテンの勇気と機転のお陰だから、その感謝も言いたい。何より、彼と話して安心したい。

 

森の中でもここでも、どこだか全く分からない現状。知っている人が近くにいるだけでハヤトは安心できる。友達ならばもっと、親友ならばもっともっと。

 

テンはハヤトの中でも上から数えた方が名前が早く上がる親友。自分とは正反対のような奴だけど、小さいことでも笑い合える事のできる親友の中の親友。

 

だから、彼と話がしたい。色々と話さなければならないことも多いし。

 

 

「…したいんだが。廊下長すぎねぇか? 似たようなドアばっか続きやがるし」

 

 

ふと、今の今まで自分の足がずっと歩いていることにハヤトは気付いて不審がる。自分がどれ程の時間と距離を歩いていたかは分からないが、少なくとも廊下の終わりくらい見えてきてもいいはずだ。

 

それどころか曲がり角すら見えない。前も後ろも無限回路の如く同じ光景が永遠と続いている。目がおかしくなりそうな予感がした。

 

目覚めて早々、不思議な出来事に遭遇。流石異世界なんてことを考えながらハヤトは不意に視界の端っこに映った物体に意識が向き、

 

 

「ーーあ?」

 

 

誰に喧嘩を売ってるのか。意識の方向にハヤトは困惑の声を飛ばした。廊下が変に長いのは変わらず、終わりが見えない無限回路かもしれないという冗談じみた考えが浮かぶ現在。

 

ハヤトはそれを見た。

 

 

「この絵って……。さっきも見たよな」

 

 

絵画というより風景画。自分にはその魅力がさっぱり分からないから適当に流していたそれが、視線の先にあるそれは先程と全く同じものだ。同じ絵を使っているのだろうか、変わり映えのない廊下である。

 

 

「……まぁ、気のせいか」

 

 

きっと久々に朝早く起きたから寝ぼけているだけと決めつけたハヤト。眠たげに欠伸をしながら彼はその足を進めていく。

 

こんなに朝早く起きることはハヤトからすれば中々ない。あるとすれば、バイトか大学の日くらいだ。それ以外は基本的に昼過ぎにベッドから顔を出し、少しゴロゴロしてから昼食。

 

そんな生活を送る自分がまだ寝ぼけているのも仕方ない。背伸びでもして眠気を覚ましながらのんびり廊下を歩く。

 

そう思うハヤトはまた壁を見て、

 

 

「さっきと、同じ絵」

 

 

そんなわけがない。「いやぁ、まさか」と冷や汗をかきながら首を横に振るハヤトが早歩きで廊下を進む。まさかまさか。そんなわけないと現実から逃げるように。

 

進み、進み、進んでーー。

 

 

「また、さっきと同じ」

 

 

同じ絵を見た。全く同じだ。

 

唖然とした様子で立ち尽くすハヤト。自分の身に降りかかっている理解不能で摩訶不思議な意味不明の何かを前にして彼はその絵の前で棒立ち。

 

側から見ればぼんやりとした様子の彼だが、背筋が凍りつくような緊張感を心が感じたせいで冷や汗が一滴、頬を伝って足元に垂れた。

 

何が、いま何が自分の身に起こっている?

 

歩けど歩けど同じ場所をループしているように目の前の風景画が続く。かれこれ五分以上この調子。となれば何分間歩いてもここから抜け出すことなんて不可能な話と思えてしまう。

 

 

「異世界召喚って、テンは言ってたが。そうなると不思議な力、魔法的な何かによってこの廊下ループ現象が起きてるってことか?」

 

 

壁に寄りかかり、腕を組むハヤトが顔を顰める。森の中でテンが言っていた事だ。異世界召喚と。とても信じられることではないが、今は現実であり夢の世界ではない。

 

現に、五感や痛覚は必要以上に機能しているから夢と誤魔化すには少し無理がある。自分は寝ている間にテンと共に異世界に飛ばされたという事実は現実なのだ。

 

魔法や怪物などのファンタジーな世界観が光るその世界ならば、今の廊下ループ現象にも変に納得のいったハヤト。魔法的な力が働いていると考えれば全て筋が通る。

 

問題はどのような世界観なのか。だが。

 

 

「あー、だめだ。ループしてても良いから取り敢えず歩こう。何かしてねぇとウズウズする」

 

 

わしゃわしゃと後頭部を掻き、「よし!」と気持ちを切り替えたハヤトはループすることなど承知の上で足を進めた。こうして体を動かしている方が自分としては気分が晴れるのだ。

 

何かあった時は黙ってジッとするより、行動に移す。部屋から出た時と同じ。何かをする時、ハヤトは基本的に行動から先に起こす事が多い。よく探偵とかが顎に手を当てて歩き回ってるのと似たものだろうか。

 

 

「さてさて。ここからどうしようか、テンを見つけなくちゃいけねぇが。アイツも弱くねぇしそこまで焦ることもない。そして俺は現在廊下ループに翻弄されてる。あ、これ割と楽しいな」

 

 

独り言を永遠と呟きながらまっすぐ歩くハヤトが同じ場所を行ったり来たり。前に歩いているはずなのに数十秒後にはまた同じ場所に戻される。

 

その不思議な現象に心なしか楽しくなってきた。体験したことのない事をするとワクワク感が増してくるのだ。

 

無限ループなんてそもそもの話、体験出来るわけがないから。日本人、いや人類初のループ現象経験者とかの肩書きが付いたような気がしたハヤトは謎の優越感に浸る。

 

 

「無限ループ。俺には甘かったな、本気で殺す気なら百年早ぇ。高々同じ場所を巡回するだけの仕掛けなんざ慣れでもすりゃ心に負荷は掛からない」

 

 

歩きながらこの現象を引き起こしたであろう犯人に向かってハヤトは笑う。オラオラ系の人達に喧嘩を売られた時の方がまだ緊張感があった。アレはアレで楽しかったが。

 

そんなこんなでループ現象を堪能するハヤト。初めは意味不明なそれに戸惑ったものの、ただ同じところを行ったり来たりするだけの仕掛けなど、慣れてしまえば怖くはない。

 

そうしてハヤトは何十回目かのループに突入しようとした時。

 

 それは、不意に起こった。

 

 

「ーーん?」

 

 

不意に気付いた周囲の異様な気配に彼は目を細めた。立ち止まり、辺りを見渡すハヤトが小さな警戒を心に宿す。いつからだろうか、独特なその感覚は経験したことのない重だるさだ。

 

霊的な存在のいる空間で「何か、感じる」とか言う人と同じような感覚をハヤトは今感じ取った。が、考えても仕方ないとその感覚を頭を振ることで物理的に振り払う。

 

依然として廊下の突き当たりは見えず、歩いても歩いても同じ光景が舞い戻る。少なくとも三十回はループしている気がしてきた頃。

 

 

「…飽きたな。そろそろ部屋に戻るか」

 

 

廊下ループ現象を手玉に取るハヤトに飽きが出始めた。既にループには慣れ、初めに感じていた恐怖感はどこへやら。

 

散歩するテンション感で初体験を存分に堪能したと大きく背伸び。「んんー!」と背骨を鳴らすハヤトはそうして、自分が出てきた扉へと戻っていく。

 

まだループを抜け出せているわけではないが足掻いても今の自分に解決できる問題ではない、潔く諦めた。それに、もし相手が自分を殺す気ならとっくに殺しているはず。

 

今自分が生きているのは相手に殺す意思がないと言うことの裏返し。つまり、焦ってテンと合流しなくても大して問題はないという事、だと勝手に思う。

 

 

「なら、俺はもう一眠りでもするか。誰かが来るまでゆっくりさせてもらうよ」

 

 

出てきた扉のドアノブを捻り、ドアを開けハヤトは再び布団の中へとダイブ。そして寝る。

 

 

「……お前、相当おかしい奴なのよ」

 

 

しかしその行動は、果たされなかった。

 

代わりに見覚えしかない書庫の中、ハヤトは自分を見つめる巻き毛の少女におかしな奴認定された。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

ドアを開けた時、ハヤトは視界に広がる光景に動揺しかなかった。表情に出てなかっただけでも百点満点と言っても過言ではないだろう。ただその代わりに表情、身体、その他諸々が完全に硬直してしまった。

 

目の前の存在。その存在が存在していることに理解が追いつかない。というか、その存在を見た瞬間から、思考のスイッチをONからOFFに切り替えられたかのように何も考えられなくなった。

 

 

「ーーーー」

 

「勝手に入ってきておいて、どんな面してるのよ。さっきの事といい、ロズワールの連れてきた男共はロクな奴じゃないかしら」

 

 

プンスカと怒る話すその存在。ジト目で睨んできているが今のハヤトがそんなこと気にする余裕など一ミリたりともなかった。出会った人があまりにも信じ難すぎて。

 

唖然とする。とは正に今のハヤトのような人間のことを表すために作られた言葉だ。ドアを開けた体制のまま、完全に硬直してしまった。色々と考えることはあるがその前に理解が追いつかない。

 

理解不能、把握不能、意味不明。

 

これは現実なのか。現実に限りなく近い夢なのではないかと思ってしまうくらいにハヤトの頭は混乱していた。

 

 

「黙ってないで何か言ったらーー」

 

 

変わらず硬直しているハヤトにその存在が話しかけてきたが、それを無視して彼は扉を閉める。パタン。と扉の閉まる音と共に視界がドア一色に染まりそれまでに映っていた何もかもが消えた。

 

扉に背をピッタリとくっつけ、深々と息を吐く。限界の限界まで吐いて不要なものを全部吐き出し再び新鮮な空気を肺に取り込む。

 

それを何度か繰り返してハヤトは一言。

 

 

「な、なな。ななな。なんだってんだ!?」

 

 

右手を額に当て「ありえない」と首を横に振る。その背に沿わせた扉の先からは依然として異様な気配が感じ取れるのを察し、ハヤトは更に混乱した。

 

混乱した頭でハヤトは一度。視界に映った光景を整理し始める。状況を何とか把握して、理解して、飲み込む。

 

まず、ハヤトが自分の寝ていた部屋だと思って開けた部屋は書庫のような部屋に変わっていた。

 

辺り一面を囲むは本。百七十五センチのハヤトよりも高く、無駄に長い本棚が軽く十を超える勢いで綺麗に並べられたその部屋。図書館よりも数多の本を揃えた本の森。

 

ハヤトはその光景を知っている。いや見ているの方が正しいかもしれない。それもリアルではなくスマホの中でのみ見たことのある、

 

 

「なんで『禁書庫』が……」

 

 

知っているとも。テンとよく話のネタにしていたアニメの中に登場するのだから。知らないわけがない。肝心なのは、それが目の前に広がっていたことだ。

 

加えて、

 

 

「ありゃ、ベアトリス。だよな…?」

 

 

豪奢でフリルを多用された赤色、サンタさんのカラーリングを彷彿とさせるドレスを着用し、その過剰装飾がやたらと似合う愛らしい顔立ちの幼女。

 

髪の色はクリーム色というのが一番近く、淡いその輝きを長く伸ばし、ロールした巻き毛にしているのが特徴の幼女。

 

その名は、ベアトリス。

 

その存在が扉を開けた先、中央に立っていた事が衝撃的すぎる。更に、話しかけてきたこともハヤトの頭の中を掻き乱す要因の一つだ。話し方も、態度も、声も、容姿も何もかもがそれそのもの。

 

彼女をベアトリスでないと言えない理由がない。言える理由しかなく、それはつまりハヤトの前にいたのはベアトリスだということになる。

 

 

「いや、なんで。ほんとに、なんで?」

 

 

頭を抱えるハヤトが意味わからないと首を横に激しく振る。しかし、夢は覚めない。そうだ、これは夢ではなく現実だ。

 

 

「なんで?」

 

 

どうして彼女がいるのか。謎すぎる現実を受け止めきれないハヤトが混乱しまくって、浮かび上がる疑問が脳内で乱反射。

 

意味不明、意味不明。マジで意味不明。

 

人間、理解が追いつかないとここまでアホになるらしい。実際にそれを体験すると自分の頭がアホになっていくのがよく分かった。

 

そんな時、記憶の整理整頓がされていく中でハヤトの脳裏にとある会話が過る。それはいつの日か、テンと下校中に話した一場面。

 

 

 ーーあんな、ハヤト。俺最近、二次創作物の小説を読むのにハマっててさ。

 

 ーーにじそうさく? なんだよそれ。

 

 ーーアニメの物語にオリジナルの主人公を入れて小説を書くことだよ。既存のキャラと恋させてみたり原作を改変してみたりね。

 

 

「……まさか。まさかまさかまさか」

 

 

不意に脳裏に過ったテンとの何気ないやりとり。混乱した頭を整理する中で本能が見せた走馬灯の類の映像。それによって、疑問が乱反射し続けていた頭が一気に静寂になった。

 

その僅かな会話一つで、それまでの疑問が一気に解消されたのだ。それ一つでハヤトの頭はクリアになっていき、状況を把握していく。

 

 

 ーーほう、面白そうだな。例えばどんなのがあるんだ?

 

 

その会話を思い出していく度に、それまでに感じていた既視感や違和感が快音と共に全て解消されていく。モヤモヤしていた心が、払われる。

 

それはきっと、テンの言葉でーー、

 

 

 ーー原作への召喚ものか、転生もの! 原作知識のあるオリキャラがその知識を活かして物語を原作キャラと絡み合いながら展開してくんだぜ! 

 

 

「……おう、まじか」

 

 

既視感のある部屋、廊下、禁書庫、ベアトリス。

 

ここまでピースが揃えば答えは出たようなもの。ハヤトは、自分が、そしてテンが。異世界召喚されたその世界が何なのか、完全に理解した。

 

 

「リゼロ……。なんつー世界に召喚されてんだ」

 

 

 

 

神崎 颯、十八歳。空手において黒帯を獲得し、まだまだ先は長いと精進する道は、非情にも異世界召喚によって閉ざされたと知った瞬間だった。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「また入ってきたかしら、こうも簡単に『扉度り』を連続で破るなんて。冗談じゃないのよ」

 

 

再度。自分が寝ていた扉を開けたハヤトはもちろんの如く、変わらず中央で佇んでいるベアトリスからの嫌味を受ける。対して、ハヤトは扉を優しく閉め、「よっ!」と馴れ馴れしく第一声を発すると、

 

 

「何なんだかサッパリ分からんが。取り敢えずお前が一人目だ。俺はカンザキ・ハヤト。お前の名前を教えてくれないか?」

 

 

全てを受け入れる体制を心に構えたハヤトが清々しいまでの表情でベアトリスに自己紹介。色々と聞きたいことはあるけれど、取り敢えずテンと話し合うとして今は全部置いておく。

 

だから、この少女とは『初めて会った』ことを想定して話を進めることにした。名前など当然知っているが相手からすれば知るわけもないと。

 

 

「勝手に入ってきておいて、勝手に話を進めるんじゃないのよ。図々しいにも程があるかしら。お前に名乗る名前なんてないのよ」

 

 

フンッ。とそっぽ向くベアトリスにハヤトは出鼻を挫かれたように苦笑い。確かに彼女の言い分にも一理ある。名の知れぬ男がズケズケと自分の領域に足を踏み入れたのだから、不快に思うのも仕方ないだろうが。

 

ただ、それをされて怯むハヤトではない。彼が持つコミュ力は幼女に対しては容赦なく絶大な力を発揮する。

 

 

「随分と長い名前なんだな。『勝手に入ってきておいて、勝手に話を進めるんじゃないのよ。図々しいにも、程があるかしら。お前に名乗る名前なんてないのよ』は。まさか、寿限無並に長い名前がいるとは思わなかった。みんなそうなのか?」

 

「そんな訳ないかしら! 一体どこをどう解釈したらベティーの名前がそんなおかしな名前になるのかしら!」

 

「怒るなって、ケティー。怒ると年代に関わらず皺が増えるって聞くぜ」

 

「ベティーかしら、お前の耳は腐ってるのよ!」

 

 

椅子から立ち上がり、プンプンと可愛らしい声で怒るベアトリスにハヤトも息をこぼすように笑う。揶揄った分だけ返ってくるやりとりが楽しくなってきた。

 

普段は、テンが自分に対して揶揄う改めボケまくるから。自分がツッコミ役をすることが多いが、今はテンの立場を自分がしているようなものか。ベアトリスは揶揄ったら絶対に反応してくる。

 

 

「まぁまぁ、怒らないでくれよ。俺は単に誰かのことを『お前』とか『君』とかで呼びたくねぇんだ。名前だけでもいいからよ、教えてくれ」

 

 

ふざけた態度から一転、真面目な態度に変わるハヤトがそう言って軽く頭を下げる。「頼む」と先程までの馴れ馴れしい様子は形を潜め、彼女の目の前には礼儀正しい人間がいた。

 

その変わりように目を細め、「むぎぎき」と変な声を発していたベアトリス。彼女は呆れるようにため息を吐くと、

 

 

「調子の狂う奴かしら。……ベアトリスなのよ」

 

「おっ! そうか、ベアトリスっていう名前なのか! 教えてくれてありがとうな!」

 

「態度を改めようとしたベティーが、間違ってたかしら。お前ほど態度をコロコロと変える人間、ベティーは一度も見たことがないのよ!」

 

 

白い歯を見せて笑うハヤトは親指を立ててグーサイン。名前を教えてもらった途端に馴れ馴れしい態度に直る彼に、ベアトリスが高い声を弾けさせた。

 

怒る彼女を前に、根は良いやつだと思わせてくれる一面を見せられてやはりベアトリスだなとハヤトは思う。原作通りすぎて感心してくる。

 

偶に嫌な奴だけど、やっぱりベアトリスは良い奴だ。それにツンデレという。幼女、ツンデレ、可愛い。ハヤトの心を仕留めるだけの要素は十分に詰まっているベアトリス。

 

彼女を前にして子ども好き(軽度のロリコン)のハヤトの心が揺さぶられないわけがない。尤も、ラブではなくライクの方だが。子ども好きであれど恋愛対象に入るかどうかと聞かれれば「んなわけ」と、笑い飛ばすに決まってる。

 

 

「そんでだ、ベアトリス。俺は部屋に戻ろうとしてただけなんだが。何で俺の部屋はこの書庫みたいな所になってんだ?」

 

「お前が『扉渡り』を軽々しく二回も破ったからかしら。全く、書架への不法侵入といい、ぶっ飛ばされても文句は言えないかしら、お前」

 

 

首を回しついでに辺りを確認するハヤトに、ベアトリスは愛らしく小悪魔的に笑った。その様子を視界に入れるハヤトは「まぁ、まぁ」と繋げて、

 

 

「さしずめ、あの廊下ループもベアトリスなんだろ? その直後にこの部屋に来たことも含めて。ベアトリスがやったことなんだろ」

 

「…変に頭の回る奴かしら。今になって思うと、あのままずっと放置してればいいだけの話だったかしら。最悪、そのまま朽ちればいいのよ」

 

 

『バカっぽい雰囲気の奴が偶に鋭い指摘をして周囲を驚かせるやつ』をこの場で実演したハヤトにベアトリスが息を潜めるような仕草。そんなに警戒する必要もないのだが。

 

今のは半ば、原作の知識を少し使ってカマをかけてみだだけ。思い出せばスバルも似たような現象に遭っていたはずだから、今回も同じなのだろうと見立てた。

 

やはり原作の知識は役に立つ。これからもこの知識にはお世話になるだろう。願わくば、それが危険を凌いでくれるようにと思う。

 

そんなとりとめのない思考は一度さて置き、ハヤトは「さて」と気を取り直すように言ってから改めてベアトリスを見る。先ほどからの発言を見るに、どうやら彼女が廊下をループする仕掛けを施した存在で確定だ。

 

 

「まっ、俺に対して攻撃を仕掛けたのかもしれんが残念なことにあんな程度のループじゃ俺は根を上げねぇぞ。こちとら黒帯試験で骨折ったまま先生と殴り合った経験があんだ。あれに比べりゃ優しいもんよ」

 

「何を言ってるのか全く分からないけど、ベティーを馬鹿にしてるのは分かったのよ。扉渡りを破るといい、今のことといい。心底ムカつく輩かしら」

 

「いや、そもそも俺は自分の部屋に戻ろうとしてただけだからな。確かに、扉からは違和感は感じたが、そこに居たのはベアトリスだろ? 勝手に部屋変えておいてその言い草はなんだよ」

 

 

自分なりの解釈で疲れたように背筋を伸ばすハヤト。そろそろベアトリスと話すのにも慣れてきた頃合い。自然と心は落ち着き始めてきた。

 

友達感覚で話しかけられたベアトリスは「ニシシ」笑みを浮かべるハヤトに疲労感を思わせるため息を大きくを吐くと、

 

 

「つ、疲れる奴なのよ……。ロズワールが勝手に連れてくるから、ベティーも面倒なことに巻き込まれて。あとでとっちめてやるかしら」

 

「お、そうか。頑張れよ」

 

「その原因がお前だってことを、お前は自覚してるのかしら!」

 

 

何も揶揄ってないのに、勝手に怒られたハヤト。勝手に怒ったベアトリスは叫び散らしたことで、ぜーはーぜーはー。と息切れ。

 

これぐらいで息を切らしていてはまだまだ三流だなとか思いつつ、そろそろふざけているのも止めにする彼は大袈裟に息を吐くと、

 

 

「あのよ、そろそろ本題入っていいか? 俺も揶揄ったりして悪かったよ、謝る。ベアトリスとしても俺が早く居なくなってほしいんだろ?」

 

「妙なところで察しが良いのよ。なら、聞きたいことを聞けばいいかしら。それでとっとと出て行くのよ」

 

 

スタスタと歩くハヤトがベアトリスに近づき、手の届く距離まで詰める。離れていては声を大きく出さないと聞こえないのだ…ベアトリスの声が。

 

ベアトリスもハヤトの話を聞いてくれるような感じだ。相手が素直に話し合いに応じてくれている間に情報収集すべきだろう。ベアトリスの律儀さに感謝しつつ、ハヤトはいくつか疑問をぶつけてみることに。

 

 

「まず、ここはどこだ?」

 

 

まずはこの場所。ベアトリスがいる時点で確定したようなものだが、念のため。全然違うとかなったら、驚愕する思い。

 

そのあたり彼女の発言から確信が得られれば、と思ったのだが、

 

 

「ベティーの寝室なのよ」

 

「……随分と大きな寝室だな。これじゃ地震とか起こったら本の山に埋もれたりしない? それに今までの流れを全部ぶった斬ってボケ返さないとか少しノリ悪くね? まぁ、正直に答えてくれたのは嬉しかったけどよ。ありがとうな、ベアトリス」

 

「ちょっとからかい返したと思ったらその返し方はなんなのかしら!」

 

 

素で返されてご立腹のベアトリスに口を開けて笑うハヤトに彼女は頬を膨らませる。彼女は腕を組み、きらびやかなドレスを揺らしてこちらへ近寄ってきながら、

 

 

「そろそろベティーも限界なのよ。お前のその、うるさい口も黙らせた方がいいかしら」

 

「……あ?」

 

「ーーーー。生身で竜を凌いだだけはあるのよ。でも、そんな程度でベティーが止まると思ったら大間違いかしら」

 

 

一瞬の睨みに怯むようなベアトリスだが彼女はそれでも行動を止めようとはしなかった。

 直後、

 

友達と軽く話している呑気さのあった空間が、一人の幼女が予兆もなく発した空気によって崩壊し。ハヤトは、背筋に歪な冷たさがゆっくりと昇ってくる異様な感覚を得た。

 

緊張感が心を縛り付ける。言葉を生むはずの口が音を刻まず、頬に流れる汗が変に冷たく感じた。オラオラ系の人達にーーとか言っていた過去の自分をブン殴ってやりたい気分だ。

 

竜から逃げていた時に感じていたものとはまた少し違う感覚。得体の知れないことを目の前にして呼吸を忘れ、目の前の存在から意識を削ぐことができなくなった。例え、本能が逃げろと警戒音を鳴らしていたとしても。

 

 

「何か文句でも?」

 

 

二人は既に手の届く位置まで居たが故に、ベアトリスの行動を止める術はない。ハヤトの胸程度の身長が、それを凌駕する寒気を全身に突き刺してくる。

 

ベアトリスは首を傾けて、目を見開いて息を呑むハヤトに問いかける。それは、何かが変わった彼女が彼に与えた発言権という名の猶予であった。

 

それをどうにか活かしてハヤトは考える。今、自分は目の前の存在に何をいうべきか。何を言えば見逃してくれるか。否、見逃してくれるわけがない。

 

 ーーなら、いっそのこと煽ってやろう。

 

 

「…まさか、幼女にビビらされるとは思わなかった。次はねぇ」

 

「度胸だけは褒めてやるかしら。ベティーを前にここまで舐めた態度とれるのも逆に感心してくるのよ。ロズワールの言ってたことは強ち嘘でもなかったかしら」

 

 

本気で感心したような口調で言って、ベアトリスの手がハヤトの胸に伸びる。それが当たれば自分もただでは済まないと分かっていながら、ハヤトの身体はピクリとも動かない。

 

ハヤトは伸びる拳が右から左へと流れるのを、視線で追いかけてーー、

 

 

「……っ。身体、おもっ」

 

 

次の瞬間、ハヤトは自分の身体が重怠くなるのを錯覚した。否、重くなった。ハードなトレーニングをした翌日の重さのような感覚。そして、自分の中から何かがごっそり持ってかれるような経験したことのない疲労感。

 

膝をつかなかっただけでも褒めるべきか。心臓の鼓動は太鼓の達人が騒ぎまくっている中、気力と気合だけで意識を完璧に保つハヤトはベアトリスへと視線を向けた。

 

当の本人は、ハヤトが立っていることに心底驚いている。目を見開き、数歩後ずさるベアトリスは自身の手を確かめると、

 

 

「お前、マナの貯蔵量が常人より多いかしら…。それにゲートの質も。正直、驚いたのよ。気絶しなかっただけでなく立ってられるのかしら」

 

「っへへ。何言ってんのかはしらねぇが。俺は生まれつき頑丈なんだよ。先生に叩き込まれた拳の回数は数知れず、打たれ強くなった俺の心身は誰だろうが気合いで跳ね返、す!」

 

 

語尾を強調したハヤトの肉体がグンと伸び、勢いよく曲がっていた姿勢を正す。その時に酸素を肺の中にこれでもかと飛び込み、両手を天井へと突き出す。

 

極限まで全身に力を込め、数秒間したのちに今度は取り込んだ酸素と一緒に力を一気に抜く。こうすれば、余計な力も一緒に抜けて疲労感も少しは和らいでくれる。

 

そうして、気持ちを整えたハヤトは自分の身体に妙な真似をしたベアトリスを軽く睨み、拳を合わせるーー臨戦体制である。

 

 

「さて、俺の身体に何をしたのか。聞かせてもらおうじゃねぇか」

 

「ちょっと、体の中のマナに聞いただけなのよ。まぁ、敵意が無いことは確かめられた。今お前が立っていることが不快だけど、それも今のマナ徴収で許してあげるかしら」

 

 

何の悪びれもなく答え、「さっさと帰れ」と言わんばかりに片手をシッシと払うベアトリス。彼女は興味をなくすようにハヤトに背を向けると奥の方、三脚の場所へと戻っていった。

 

その適当な態度に少なからずハヤトは不快感を覚える。例え相手が幼女だとしても、やって良いこととダメなことがあるのだ。

 

加え、ハヤトはやられたらやり返すの思考回路。「やるってこたぁ、やられる覚悟ァあんだろうな!」と向かってきた男達に何度拳を振るったことか。お陰さまでいい感じにあったまってきた。

 

 

「…喧嘩上等」

 

「ーーは?」

 

 

拳を握りしめ、姿勢を低くしたハヤトがベアトリスにだけに聞こえるような声で呟く。その声は、先程の呑気さとは程遠く、寧ろ真反対の熱のこもった声色をしていた。

 

ベアトリスはそのまま腑抜けた声を発して振り返る、その言動を宣戦布告とハヤトは受け取った。前屈みになり、体重を前へと倒すと、

 

 

「上等じゃごらぁぁ!!」

 

「うぎゃぁ! おまえ、本当に頭おかしいかしら!」

 

 

床を蹴り上げ、特攻。いつもならばこれで殴り合いになる。尤もハヤトがベアトリスに手を上げるような真似はしないけれど。

 

対するベアトリス、焦りながらも右拳を前に突き出し。その途端、彼女から何かが勢いよく放たれた。何かの正体は分からない。が、自分の身体がそれに触れた瞬間、空気の壁に押し戻されるのは分かった。

 

背中でドアの開く音がする。ここから追い出すつもりか。

 

 ーー許さん。絶対に耐える。

 

 

「お、らぁぁーーっ!!」

 

 

扉から追い出される寸前、両手両足を大きく広げることでドア枠に手足をつっかえる。そうすれば、後は根性だけで暴風を耐えれば凌げるはずだ。

 

全身を貫通する暴風に真正面からぶん殴られたかのような感覚。ドア枠につっかえた両手足に激痛が走った。当然だ。押し返す力に抗っているのだから。

 

 

「ーーーっと。そんな程度かよ?」

 

「なーーっ」

 

 

暴風が過ぎ去った後。床に落下するハヤトが横に転がり、閉まるドアを回避すると同時に駆け出す。せめて一撃。一撃でもその頭に優しめのチョップをかましてやりたい。

 

ベアトリスが何度目かの驚嘆の声を上げるが、ハヤトは突き進む。手足の付け根は軽く悲鳴を上げているが、それでも前に進む。次止まれば押し出される未来が容易に想像できた。

 

 

「ふざけた態度取るのもいい加減にするのよ!」

 

「それはこっちのセリフだ!」

 

 

真正面から馬鹿正直に向かってくる相手に対して、咄嗟に選択する行動は基本的に誰でも一緒。同じく正面から迎え撃つ。ハヤトのような男がすればより単調に思えるから、ベアトリスは同じように正面に波を飛ばす。

 

それを逆手に取ったハヤト。自分がそのような人間だと理解する彼は波が放たれる直前、力一杯横への回避を選択。ずば抜けた身体能力の持ち手ではない自分にしては良くできた方だ。

 

波をスレスレで躱したことで煽られるように身体が揺れるが、気合一つと根性で堪えるハヤトは今度こそ、真正面からの特攻。初めの位置から"くの字"を描くように接近した形だ。

 

 

「お前、何でそんなにーーっ!」

 

「空手やってた人間に、そりゃ甘えだろ。俺は間合いを詰めることに関しては得意なんだ」

 

 

一撃、二撃と。辛うじて凌いで見せたハヤトに動揺を隠せないベアトリスの動きが僅かに停止。元から距離の近い間隔にいたのだから、その僅かな時間で彼は距離を詰めることに成功する。

 

ありえないと思った。生身の人間に手加減したとはいえど二回も凌がれるなんて。ゲートのことや扉渡りのこと、更にはこの動き。反応したというより、誘導されたに近い。

 

普通の人間が彼女の攻撃を躱せるわけがないのだから。発動前から動かなければ鈍い動きで躱せるわけがない。

 

 

「お返しだぁ!」

 

 

その思考の停止が、僅かな停滞がベアトリスの敗因となった。目の前には右手を振り下ろしているハヤトの姿。波を放つのは間に合わない。放っても脳天に一発、叩き込まれる。

 

竜を生身で凌いだとロズワールから聞いたが、今のでそれも間違えでもなかったと確信した。このニンゲンは色々とおかしい。

 

来る衝撃に身を固め、目を瞑る。

 

 ーーが、

 

 

「もう、するなよ?」

 

 

そんな彼女の構え虚しく、ハヤトが取った行動にベアトリスの心は、大きく揺さぶられることになる。

 

衝撃が来ると思っていたのに、来るのは優しい感覚。痛みを感じると思ったのに、感じるのは温かく包まれるような感覚。

 

 

「ーーな」

 

 

硬い拳が叩き込まれる。そう思っていたベアトリスの頭にはハヤトの手の平がゆっくりと添えられていた。攻撃をする気配しか向けてなかった彼はベアトリスの頭を優しく撫でていた。

 

小さい子供を可愛がるように撫でる。そんなお兄ちゃんのような態度で。加えて、穏やかに何度かポンポンするものだからより心が揺さぶられる。

 

 

「ーーなな」

 

 

ハヤトに頭を撫でられた瞬間から、ベアトリスは心の中が不思議と温まるような違和感を感じていた。理由は分からない、ただこれは自分が経験した事のないようなーー、

 

 

 

「ーーさっさと、出て行くかしら!!」

 

 

 

ベアトリスはそれから目を背けるように、至近距離にいたハヤトの土手っ腹に波を放つ。横凪にされたそれが強制的に彼のことを豪快に部屋から追い出す。

 

 

吹き飛ぶ寸前。ハヤトの目には一瞬だけ、頬の赤くなったベアトリスの姿が映っていた。

 

 

 

 

 





ベアトリスって照れると可愛いですよね。ハヤトとは結構絡ませていくつもりなので、もしかしたらスバル的な立ち位置になるかも。



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