親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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長々と書くのは面倒なので、時間をすっ飛ばします。




行手を阻むならば

 

 

中間試験が始まってから一時間も経たたず、既にボロボロとなった二人が岩の柱から飛び降りる。

 

崖に足裏を合わせてその下にいるウルガルム達を見下ろせば、諦めたかのように森の中へと帰っていくのが見えた。

 

第一陣は凌ぎ切ったかと大きく息を吐く二人は、そうして溜まっていた力と張り詰めていた神経を緩ませる。

 

どかっと地面に座り込む二人。息を切らしながらも顔を見合わせると笑みを浮かべ、

 

 

「生き残ったな」

「そうね。結構危なかったけど」

 

 

拳をコツンと合わせる。初戦闘にしては上出来すぎる結果に安心する反面、まだ道のりは長く今のがこの後も続くとなると不安しかない。

 

しかし、今は生き残れたことを喜ばしく思うことにした。あの大群に囲まれた中だったとしても、こうして無事に笑い合えたことがなによりだ。

 

 

「てか、出血は大丈夫なの?」

 

「お前もだろ。だが、止血の仕方なんて分かると思うかよ」

 

 

上がった呼吸を整えるテンが自身の体とハヤトの体を交互に見た。お互いに結構ボロボロのようで。

 

かすり傷はもちろんの如く。腹部と右肩に軽く抉られたような傷があるテン。背部に爪で引っ掻かれたような傷痕と左腕に爪の刺し傷が刻まれているハヤト。

 

目立った傷痕はそれだけだが、そこから流れる出血は見逃せることではない。まだ先は長く険しいのにそんな状態で歩けるとはとても思えず。

 

 

「……よし。分かった」

 

「なにが?」

 

 

考えるように顔を俯かせていたテンが顔を上げると徐に羽織を脱ぎ、半袖の服を脱ぎ始めた。突然の行為にハヤトは疑問符を頭の上に浮かべることしかできない。

 

彼の思考を置いて、テンは地面に置いた刀を手に取ると半袖の服をそれで破き始めた。そんなことをすれば、せっかくの服が台無しになってしまうとハヤトは目を見開くが。

 

しかしテンは「いいんだよ」と、彼の服を脱がせると。もはや布となった半袖の一部を出血している部分に巻きつけた。

 

 

「これで止血する。多分、正しいやり方じゃないと思うけど。少しはマシになるはず」

 

「いいのかよ。お前の服」

 

「いいよ。服なんて買えばいい」

 

 

もしこの場にいたのが女子ならば思わずキュンとしてしまいそうな発言を無視してテンは布を巻きつける。見様見真似だから、これが正しい方法かなんて分からないけど。やらないよりはマシ。

 

血が止まりさえすればそれでいい。痛みに関しては我慢してもらうしかない。

 

 

「……うし。できた」

「サンキューな。じゃあ次はお前だ」

 

 

巻きつけられた布の調子を確認するハヤトがぎこちなく笑うと、テンに渡された布を手に持った。

 

傷口からは未だにドクドクと鼓動するように痛みが生じているが、頑張って割り切る彼は自分と同じようにテンの傷口に布を当てると、

 

 

「うっわ。痛そうだな、平気か?」

 

「平気じゃない。けど、動く元気はある」

 

 

自分よりも深く抉られた右肩。噛みつかれた後がくっきりと残っているそれは誰がどう見ても痛々しい。とは言えど、彼はハヤトのように身体能力を強化できない中でここまでの被弾で抑えたと思うと流石の一言に尽きる。

 

ハヤトの場合、アクラで身体能力を強化しているから有利に戦えたのに対し、なにもない生身の状態でこんなに戦える彼はやはり強かった。

 

 

「いやしかし、まさかここまで過酷とはな。約一ヶ月半の間に必死に鍛錬しといて良かったと心の底から思うぜ」

 

「ほんとそれ、じゃなかったら絶対死んでる。囲まれた時点で終わってた」

 

 

割と本気でありえたかもしれない未来に苦笑いする二人。正直な話、あの場面は死んでいてもおかしくはなかったと思う。初戦闘であの数に囲まれるなんて一体誰が予想しようか。

 

ただ強くなりたい。その言葉を胸に己を磨き続けてきた時間がちゃんと力になってると実感すると共に、魔法を習得しておいて良かったとしみじみした。

 

あの局面を切り抜けられたのは魔法のおかげで。常人よりもゲートの質が良く燃費が良いことの恩恵を受けているかもしれないが。やはり一番は努力した結果。

 

質が良くても、それを使いこなせるかどうかは話が別となる。だから、日々鍛錬に力を入れる必要があった。

 

 

「鍛錬、サボらなくて良かった。まじで」

「そうだな。積み重ねってやっぱ大事だな」

 

 

もし少しでも手を抜いていれば? と想像しただけでも背筋が凍る考えは振り払う二人がため息を一つこぼした。仮にゲートの質が良いからと過信し、鍛錬を怠っていた場合で中間試験に臨んだとすれば。

 

ひょっとしたら、初めに戦った三匹すら倒せずに即死んでいたかもしれない。

 

 

「おし! こんなもんだな。どうだ、痛むか?」

 

 

思い出話に花を咲かせていたところ、出血する二箇所に布を硬く結びつけ終わったハヤトがテンの体から離れていく。首を横に傾げる彼に軽く体を動かすテンは「まぁね」と言葉を繋げ、

 

 

「少しは痛むよ。けど、まだいける」

 

「そうか、なら良かった。いけなくても無理やり立たせる予定だったがな」

 

「スパルタかよ。ならお前は?」

 

 

インナーが無くなったことで素肌に羽織りものを羽織るだけとなったワイルドな格好のテンが刀を握りしめると立ち上がり、座るハヤトに手を伸ばす。「まだ行けるよな?」と、そう言うかのように。

 

その手を取るハヤト。挑戦的な行動に彼は「おうよ!」と元気そうに笑うと、

 

 

「まだ行けるぜ。お前と共に在るのなら、どこまでだって戦ってやるよ」

 

 

大剣を片手にガッツポーズ。テンに負けじと疲労感を振り切る彼は引っ張られて勢いよく立ち上がる。その瞳に宿る赤色の魂は依然として猛っていた。

 

試験はまだ始まったばかりなのにも関わらずかなり傷ついた二人。しかし彼らの瞳に迷いなど一切含まれていない。それどころか、互いに感化されるように心に宿る炎を燃え盛らせていく。

 

そうして拳を合わせれば、準備は万端と言えた。ハヤトの迷いのない表情に、正しくまっすぐな笑みをテンは浮かべると「よし!」と声を上げ、

 

 

「なら行くか。早いとこ屋敷に帰ろうぜ」

 

「おっしゃ! やってやろーぜ!!」

 

 

呼吸を合わせるように駆け出す二人は、道標を頼りに森の中へと飛び込んでいく。

 

森の中に入るということは、またあの魔獣と遭遇することを示唆しているが、二人に恐怖はなかった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

今、自分達はどこにいるのか。道標だけを頼りにして森の中を走っているため、どこにいるのかなど検討もつかず。けど、いつかはたどり着くことだけを信じて足を回し続けた。

 

休憩を挟みつつ森の中を走っていると、たまにウルガルムとのエンカウントが発生。その度に五匹以上と一斉に戦うのが一つの流れ。後は休憩と疾走、たまに戦闘を繰り返すだけだ。

 

そうしているうちに二人はみるみる傷ついていく。疲労は蓄積し、それは肉体の弱体化に直結。武器を振るう両腕は情けなく震え、握力も次第に衰えてきていた。

 

身体に浴びた返り血の量は計り知れない。衣服を貫通して刻まれた裂傷は確認するのが困難なほどに多い。むき出しの肌には浅からぬ手傷がいくつも走り、肺が酸素を求めて必死に呼吸する姿は満身創痍の他ない。

 

 

「踏ん張れよ!」

「テメェこそ、遅れんなよ!」

 

 

しかし、そうなった時。二人は互いに鼓舞し合い手放しそうになる意識を必死に手繰り寄せる。何時間と走り続けた足は、動かすなとばかりに激痛が響き渡り。それでも絶対に止まらない。

 

戦闘時に足を止めたら二度と動けない。本能的にそれを理解しているからこそ、どちらかが足を止めそうになればその度にもう一人が鞭を入れるように怒号を吐き散らす。

 

テンの口調もだいぶ荒くなってしまった。いつもの優しそうな口調は何処へやら、親から引き継いだ遺伝子が窮地に立たされた場面で顔を覗かせていた。

 

そうして、気合が入ったら疾走を再開。

 

一体、これで何時間走ったかなど把握できない。けれど薄暗かった森が更に暗くなっていくのは分かる。それが意味するのは。つまり日が傾きつつあるという事だ。

 

そうなれば視界が奪われて方向感覚が分からなくなる。もし完全に日が落ちれば正面がおぼつかなくなる。ほんのわずか先しか見えぬ暗闇が、不安定な方向感覚を更に狂わせる。

 

 

「その方が魔鉱石が見つけやすくなって良いかもしれないけどなっ!」

 

「バカ言え! 暗闇の中で奴らと戦えるかっての! 右だ!」

 

 

ハヤトの声に従って木に手をかける二人が台風の目のような動きで大きく方向転換。魔鉱石の道標に縋り付くようにそこへと全力疾走。一つずつバラして括り付けてあるから見つけるのも一苦労だ。

 

もし暗闇になれば赤く光る魔鉱石も見つけやすくなるだろうが。その分だけ闇が深くなり、奇襲される確率も高くなる。

 

だから、日が落ちる前に何がなんでも森の中から抜け出さなくてはならないのだが。

 

 

「真面目な話、前に進めてるか?」

「知らん、進めてると信じて走れ」

 

 

走る、駆ける。

 

同じような景色が続き、まるで一歩も進んでいないような感覚に陥る。そんなはずはないのに、じわじわと心を侵食する焦燥感が存在を主張するせいでその想像に拍車をかけた。

 

けど、その程度で二人は足を止めない。終わりの見えない闇に飲み込まれそうになっても掛け声一つでそれを堪え、無限に続く地獄に膝を折りそうになっても励まし合う。

 

進めてる。そう信じて前に突き進むのみだから。

 

 

 

「伏せろ!」

「跳べ!」

 

 

鼓膜に飛び込む獣の音が聞こえた途端に二人は叫ぶ。反射的に体を動かし、宙に身を晒したテンがハヤトの真上から飛び掛かる一匹を切り裂き。ハヤトがテンの懐に忍び込んだもう一匹を蹴り飛ばした。

 

それを起点に開始されるのはウルガルム達の連携攻撃。何十回目かのエンカウント。先程からずっと追いかけてきている数匹が疲労する二人へと一斉に奇襲をしかけにかかった。

 

 

「右!」

「左!」

 

 

左右からの挟み討ち。攻め方が確定してきたのを予測した二人が刃を振るえば、茂みからちょうど出てきたのに斬撃が当たった。ここまで戦えば動きも予測できる頃合い。手に取るように分かる。

 

殺しはできてない。けど、動きを止められればそれでいいとばかりにそれらを見限ると逃げるように駆けた。殺すことよりも足止めすることに切り替えた二人は余計な殺生はしない。

 

それに、まだ後を追ってきているのが数匹。

 

 

「ーーーッ!!」

 

 

正面、突然視界に入ってきた数匹。木に登っていた数匹が真正面から飛び降りるように奇襲を仕掛ける。斜め上、闇を纏うそれらは二人からすれば予兆もなしに突然現れたようにも見えた。

 

横や後ろからでは有効打ではないと理解したらしい。今までなかった意識外の空からとは、レパートリーを増やしてご苦労な事だ。

 

光景がホラゲーの脅かし要素に等しく、慣れていなければ失神待ったなし。しかし、それを向けられた二人に動揺の気配はない。

 

 

「フーラ!」

「おッ、らァ!」

 

 

故に、それに対する行動には一切の突っかかりもないもので。情けなく震えた左手を突き出すテンが風刃を放ち、黄金のオーラを漲らせるハヤトが右腕を振り切る。

 

正面から奇襲したのは確かに得策だと言えるが、それは対応されなかったらの話。空中という身動きの取れない場所で、反撃の対処ができるわけもないウルガルム達は無惨に赤い華を狂い咲かせながら蹴散らされる。

 

その後も続く連携攻撃に、二人は傷つきながらも冷静に対処していく。

 

挟まれれば、目を合わせただけで二人が別々の方向のを片付け。正面から来れば容易く斬り伏せ。闇に溶け込む魔獣の波状攻撃に足を掬われそうになれば、もう片方が引っ張り上げる。

 

お前は俺が死なせない。そう言うように互いを庇いながら視覚外からの猛攻を凌ぎ続けた。

 

そうしてあらかた凌げば、

 

 

「凌いだーーっ、走るぞ!」

「分かってるって!」

 

 

大地を蹴り、前へ跳ぶ。太い根が足下をうねりながら邪魔するが、足裏を叩きつけるように一気に踏みつけてもろともに踏破。

 

邪魔するものは全てねじ伏せる。それが自然の脅威だとしても二人は「邪魔だ」と、足裏に込めた力で整備の微塵も無い獣道を一瞬の判断と行動で一気に突き進む。

 

魔法の授業をした時に全力疾走をしながら魔法を撃つ練習をしておいて良かった。流石にあの時よりは良くない状況だが、経験してるとのそうでないのとでは天と地の差がある。

 

魔獣の攻撃を凌ぎ切ったら、次が来る前になるべく前へと進んでおくことが大切だと判断した二人は必死の様相で体を前に前に押し出す。

 

魔獣が来ないうちに進み、来たら相手を。それを繰り返せば死なずに帰れるはず。

 

 そう、思っていた時だ。

 

 

「ーーーっ!?」

 

 

百個近くあった道標を辿りながら森の中を駆けていた二人の目が不意に見開かれる。目線の先、そこには大量の魔鉱石が一直線に連なっていた。

 

それまでは点々としていたはずなのに、そこから先は魔鉱石が分かりやすく括り付けられていた。例えるならば飛行機の滑走路に近しい。まるで、この先がゴールとでも表すように。

 

それを見た二人の目に希望が宿る。いつになったら終わるのか分からない、ひょっとしたら無限に続くのではとさえ感じていた地獄から、ようやく抜け出すことができるかもしれない。

 

この道を真っ直ぐに突き進めば、森から抜けれるかもしれない。

 

そう思った瞬間から二人は動いていた。

 

 

「ハヤト!」

「おう! あと少しだな!」

 

 

いつになく光り輝いて見える魔鉱石を前に、嬉しさ満点の表情を浮かべるテンが真横で走るハヤトにはしゃぐ。それまでの疲労とかが全て吹き飛んだ気がした彼は途端に元気を取り戻し。

 

ハヤトも、ようやくこの地獄から解放されるのかと思うと不思議と元気が湧き上がってくるような錯覚を起こし。その錯覚は彼の体を軽くした。

 

より一層、早く走る二人。これで終わると思えるだけで自然と心が弾み、足の回転が速くなった。二人の横を過ぎ去る魔鉱石は依然として一直線。本当にこれで終わるのかと、何度も思った。

 

 ーーが、

 

二人のことを追いかけてくる足音が左右から聞こえてきた。間違えなくウルガルム。律儀に二人のことを左右から挟みにきている定型で。

 

倒した数はきっと三桁を超えてくるであろうその魔獣が姿を現す。倒した数が半分を超えたあたりから動きに慣れてきて倒しやすくはなったものの、それでも数が多いのは困る。

 

複数の足音を耳にした二人が歯を食いしばる。限界など数時間前に突破している体を無理やり動かし続けた代償が、皮肉なことに最終局面に来て重くのしかかってきた。

 

だが、こういう場面だからこそ燃える。

 

 

「男ぉ見せろ、テン! あと少しだ!」

「お前こそ、へばってんじゃねぇぞ!!」

 

 

唾を飛ばしながら力強く鼓舞する二人が今一度その手に携えた刃を強く握る。これで最後だと言わんばかりに最後の力を振り絞る彼らは、大きく深呼吸。喉がヒューヒューと鳴る音は無視した。

 

アクラを詠唱し、過去一番に黄金のオーラを全身に迸らせるハヤトと。ゲートを酷使してきた力を発揮する時だとマナを全身に循環させて効率を良くするテンの二人。

 

最後の戦い。その準備の整った気配に口角を釣り上げると、気合を入れ、踵を蹴り上げて更に前へと体を押していく。

 

走る速度もさっきよりずっと速い。見据えていたゴールの気配一つで何でもやれそうな勢いだ。

 

この時、驚くべきことは何も身体能力を強化してしていないテンがハヤトの足について来ていることだった。何が彼にそうさせているのか不明だが。

 

けれど、二人の心にそんなこと気にする余裕はない。アドレナリンがドバドバと出ている彼らは気にも止めない。

 

しかし、それでもウルガルムよりは遅い。絶対にこの森からは逃すまいと追いかける魔獣は激しく咆哮し、二人を威圧する。

 

 

「ヒューマ!」

 

 

真横から飛びてきた太い腕を斬り落としたテンがその一匹の口内に氷柱を捩じ込んだ。

 

あり得ない初速を以って放たれたそれを飲み込めるわけもなく。内側から圧迫する質量に喉が耐えきれずに破裂。同じ方向から複数匹迫れば、刀を小枝のように振り回して四連撃。いつもの何十倍にも軽くなった体でそれらを片付けた。

 

 

「邪魔をするなーーッ!!」

 

 

散りゆく肉塊を横目に、不意に映った木の上に構える三匹へと跳躍するテンが一瞬で距離を詰め、風刃と共にそれらを片付ける。飛び散る液体を振り解きながら足裏を木に合わせて蹴り上げ、地に足をつけて疾走。

 

 

「やるじゃねぇか! 負けれねぇな!」

 

 

彼の善戦に感化されたハヤトが真後ろから噛み付こうと接近してきた一匹に大剣を振り下ろした。これで最後と確信した彼による、身体能力を現在の限界まで強化した一撃。当然、ゼロ距離でそれが来れば回避行動は間に合わない。

 

容易く命を断ち、重ねるように左右から出てきた二匹に拳を振るうハヤトがナックルで肉を抉り取る。向こうからわざわざ近づいてくれるなら腕を思いっきり突き出せば簡単に倒せる。

 

今のハヤトはウルガルム程度、拳を振り抜いただけで仕留められる程の力を持っている。その純粋な暴力こそが彼の力の源だ。

 

 

「るぅぁぁぁ!!」

「おらァァ!!」

 

 

全方位から姿を現しては目まぐるしく攻撃を仕掛けてくる魔獣の弾幕の中で、男二人の声が猛る。全身を戦いの傷で壊されながらも、それでも命の炎を燃やして彼らは剣を振るう。

 

二人の厳つ声が高く響く度に魔獣の部位と死体が宙を舞い、弾け飛ぶ。無造作に落下するそれらからは、命の雫がドバドバと垂れ流れる悲惨な光景が広がった。

 

その中心で剣を振るう二人が声を枯らさないように喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。「まだ行ける」「まだ戦える」と挑みにくる魔獣共と血に濡れながらも戦い続ける。

 

不意に、走る速度を上げるテンが背中で語る。

 

お前ならまだ上がるよな? この程度で根を上げるお前じゃねぇよな? と。

 

 

「ったりめーだ! 舐めんなぁ!!」

 

 

それを向けたハヤトの魂は最高潮にまで昂る。目の前にいる男に負けないように。その背中に追いつくだけでなく追い越すように。

 

競うように進む。追い抜けば、追い越されて、

 

 ひたすらに前に前にーー!

 

 

「ーーーあ」

 

 

そしてふいに、二人の眼前で闇が開かれる。

 

視界が広がり、突然のことに思わず目を細める眼

前、遠く、人工の明かりがともされているのが見えた。

 

 

「見えた、ゴールだ! 結界だ!」

「っしゃあ! ラストスパートかけるぞ!」

 

 

魔鉱石の道標が無くなったと同時に少し遠く、木々の隙間から見えた青色に輝く結晶石。それはアーラム村の中に魔獣が侵入してこないように結界の役割を果たしているものだ。

 

それが意味するのはゴール。何時間と続いた地獄の終わり。

 

歓喜に震える二人は、表情を希望一色に染めた。しかし、ここが踏ん張りどころ。最後の最後まで気を抜かず、生きて帰ることに全霊を注ぐ。

 

その道を邪魔する障害があるならば、

 

 

「退けーーッ」

「失せろォ!」

 

 

行く手を阻むウルガルム。見慣れすぎてただの犬にしか見えなくなってきたそれを魔法と大剣、刀が片付ける。素早い動きで懐に忍び込まれた獣は二人に成す術がない。

 

初戦闘とは一線を画す動きで魔獣を始末した二人がその感傷を置いて走り去る。もはや、始末できて当然だと雄弁に語る身のこなしはそれらの追随を許さなかった。

 

 

「ーーーー」

 

 

二人の領域に一歩でも足を踏み入れたら始末される。知能のあるウルガルムには、それが理性的にも本能的にも理解できた。

 

故に、突っ走る二人をそれ以上追いかけることはしなかった。近づけば殺される、それを理解した魔獣達は踵を返して森の闇へと消えていく。

 

結界はもう目の前だった。

 

 

 

「ーーー! 抜けた! 抜けたぞ!」

 

「やったな! やってやったな!」

 

 

魔獣の追随を振り切った二人が念願の結界を超え、そのままの勢いでアーラム村の周囲を覆う、森に隣接する部分に立てられた背の高い木製の柵を飛び越える。

 

そうすれば、完全に森の中から抜けた。何時間ぶりの外の景色に感動すら覚える二人が女神様にでも遭遇したかのように表情を明るく染めた。

 

ずっと暗闇だった世界に光が差し込み、顔を上げて空を見ればすでに夕日の色に染まりつつあるのに気づけた二人。

 

ロズワールとの約束の時間は日が沈むまで。それまでに屋敷に帰ってくること。なら、もう時間はあまり残されていない。

 

常に走っていたから余裕を持って森を抜ける予定のはずだったはずだが。小休憩を入れたせいなのか割とギリギリになってしまった。これでは森を抜けても屋敷に帰る前に日が沈むか。

 

 

「ハヤト! あと少しで日が沈んじゃうからこのまま屋敷まで全力で帰るよ! 立ち止まったら、その瞬間がお前の終わりだと思え!」

 

「あたぼうよ。ここまできたら最後までやってやるぜ!」

 

 

頬を強く叩くテンが痛み出した傷を振り切って笑みを浮かべる。痩せ我慢を含んでいることに気づくハヤトもまた、彼に負けじと笑みを浮かべた。

 

きっと、一瞬でも足を止めれば今日は二度と走れないだろう。蓄積した疲労感と痛み出した激痛に体を支配されるはずだ。だから、何が何でも屋敷にたどり着くまでは足を止められない。

 

横並びになってアーラム村の外周を大きく回る二人が帰路につく。そうしたら、あとは見慣れた道を全力で突っ走るだけ。

 

アーラム村から屋敷まで、約三キロの道を駆け抜けることを即断した二人。ここまでの間に多くの修羅場を潜り抜けてきた彼らの心に迷いは無い。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

「………遅い」

 

「大丈夫ですよ。テン君とハヤト君ならきっと大丈夫です」

 

「ロズワール様にご指導してもらってるんだもの。そうでなければラムが許さないわ」

 

 

屋敷の玄関前。扉を開けて入ってくるであろう男二人の帰りを信じている面々が各々の感情を心の中に抱いていた。

 

その顔色を伺えば本気で二人のことを心配しているとすぐに分かるエミリア。そして、若干身体が前のめりになっているレムと。腕を組んで扉を眺めているラム。

 

更に彼女達の傍らには窓から見える空の色に目を細めるロズワールと、興味なさそうにあくびをしているベアトリス、最後にエミリアの肩に乗っかるパック。

 

屋敷の人間が総出で二人の帰りを待っていた。

 

 

「ねぇ、やっぱりみんなで迎えに行ったりしちゃダメかな」

 

 

帰りの遅い二人に心配しすぎるエミリアがドアの前を何度も行ったり来たり、かれこれ三十分間はこの調子だ。問いかける言葉は先程からそのような内容ばかりで。

 

しかしこの試験の試験官であるロズワールは首を横に振ると、

 

 

「テン君とハヤト君は「信じて待っていろ」と言ったんですよねぇ。ならば、私たちはその言葉を信じるしかないと考えますよ。向かった場合は、二人の信用を裏切ることになりますからねーぇ」

 

 

シャットアウトするように返された返答にエミリアは言葉が詰まる。その言葉を持ち出されては彼女も何も言い返せない。彼女はあの二人からそう言われて、彼女自身もその言葉を信じて待っていることに決めたのだから。

 

今になってそれを曲げるなんてことをすれば、ロズワールの言うとうり。その信頼を裏切ることになる。

 

けど、心配するものは心配してしまう性格なのがエミリアだ。分かってはいる。のに、どうしても二人のことを心配する心が消えてくれない。

 

 

「定刻まで数分を切りましたね。もう日が落ち切ってしまいますよ、姉様」

 

「そうね、レム。けど、安心なさい。あの男共、特にテンテンには何が何でも帰ってくるように言い聞かせておいたから」

 

 

窓から空を見上げるレムが心なしが沈んだ声でそう言い、隣にいるラムが落ち着き払った声で彼女の心に寄り添う。

 

普段から何事にも冷静沈着で構えるラムはレムの乱れにも気づくことができる。妹がそうなれば気遣うのは当然のこと。

 

安心させるような声色で語りかけるラムの態度は依然として変わりないが、二人のことは気にしてなくもなかったりする。その証拠として、彼女の視線は一瞬たりとも扉から外れない。そのドアノブが捻られるのをずっと待っている。

 

 

「それにしてもさ。ベティーがここにいるなんて、ちょっと意外かも。もしかして二人のこと心配してたり?」

 

「そんなわけないかしら、にーちゃ。ほんの少しの気の迷いが生んだ戯れなのよ。折角なら、あの男がボロ雑巾になって帰ってきた姿を見下しにきてやっただけかしら」

 

 

ウロウロするエミリアの肩からふわふわと離れていくパックがそう言いながらベアトリスの手の平へと着地。毛繕いする彼は、眠たそうな雰囲気を纏っていた。

 

そしてたった今ツンデレかどうか判断しにくい発言をしたベアトリス。要約すると「ハヤトがボロボロになったことを鼻で笑いに来た」と言う彼女なのだが。

 

どうも、そのような様子にはパックには見えなかった。そもそも。他人に興味を抱かない彼女が、理由は何であれ誰かの姿を見に顔を出すことが珍しい。

 

果たしてその理由が本当にそうなのか、真意は彼女にしか分からない。もしかしたら、彼女すらも分からないかもしれない。

 

刻一刻と約束の時間が近づく中で、帰りを待つ者達の間で僅かな言葉が交わされる。そろそろ不安な気持ちを心に抱く人間が、それを表に出し始めてきた頃合いだ。

 

 そう、その頃合いだった。

 

 

 

 

「「おらぁぁっ!!」」

 

 

 

勢いよく扉を開けた満身創痍の二人が、全員の視界に飛び込んできたのは。

 

 

 

 






命懸けの中間試験編の本編はこれで終わりです。ちょっと二人がやりすぎた感は否めませんが、一ヶ月半の努力として許してください。

テンの身に起きた不可思議な力については後々。




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