親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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前回、満身創痍で帰還した二人。テンは「立ち止まったらそれがお前の最後だ」と言っていましたが。立ち止まった二人は、実際のところどうなっちゃうんでしょうね?





戦いの余韻

 

 

 

それは、本当に突然の事だった。何の予兆もなく扉が勢いよく開かれて、その音に肩を跳ねさせたコンマ数秒後には視界に二人が飛び込んできた。

 

着用していたインナーは何処へやら、羽織ものを羽織るだけとなったワイルドな服装のテン。そして魔獣の血を浴びたせいで白一色だった服が赤黒く染まったハヤト。その二人は飛び込んだままに倒れ込んだ。

 

声を上げる暇もなく駆け寄るエミリア達。無事とは言えない状態で帰ってきた二人を前に考えることよりも先に身体が動いていた。

 

 

「酷い傷……! それに、その姿はどうしたの!?」

 

「エミリア様、それよりも先に治癒魔法を施してください!」

 

 

過呼吸並みにテンポの速い呼吸を何度も繰り返すテンとハヤトが、倒れたっきり起き上がらない。エミリアが呼びかけるも、二人は首を横に振るだけで。話すことすら困難な状態だった。

 

頭がクラクラしてきた二人。意識が朦朧とする中で、それでも気は失わないように体に酸素を回して切れそうになる意識の糸を繋ぎ止める。

 

しかしそれとは裏腹に体に襲いかかる戦いの余波は恐ろしく大きなもの。倒れた途端から全身に激痛が電撃のように走り、疲労感に加えて沈んでいくような倦怠感がどっと流れ込んできた。

 

一度でも足を止めたら動けなくなる。足を止めることは、あの場面では張り詰めた緊張の糸を切ることを意味し。もしそうすれば身体に蓄積された疲労やら傷の痛みやらが全部流れてくる。

 

今まさに、テンの予想した通りの結果になった。極限状態のまま魔獣と戦い、疾走を続けたのだから当然の因果関係と言えるか。

 

 

「ベアトリス、お願い! 手が足りないから手伝ってほしい!」

 

 

テンの身体に治癒魔法をかけるレムの傍で、二人の身体に同じく治癒を施すエミリアが有無も言わさず上半身の服を脱がされた男二人の傷の度合いを把握して悲痛に叫ぶ。

 

一体どんな戦いをすればこんなに傷つくのかと小一時間問いただしたいレベルで二人の体は満身創痍。

 

身体中に浮かぶ裂傷はもちろんの如く、白い布が巻かれた箇所の噛みつかれたような傷が痛々しすぎる。強い力で抉られてできたと分かる傷も中にはあった。それに、着用している衣服がそれら全てを示唆している。

 

なにより、依然として呼吸を荒げるテンとハヤトの姿が見ていられない。降り掛かる激痛に耐えている二人を見ている方が辛い。

 

しかしベアトリスは首を縦に振ろうとはしなかった。目を細める彼女は視線をハヤトに向けているばかりで、

 

 

「なんでベティーがそんな男どもの傷を治してやらなきゃなんないのかしら」

 

「そんなこと言わないでよ、ベティー。ボクからもお願いするよ。どっちか一人だけでもいいからさ」

 

 

つーん。とハヤトから視線を逸らしてそっぽ向くベアトリス。普段から一貫してる可愛げのない態度の彼女は今だとしてもそれが変わることはない。

 

が、そこにパックの言葉が入るのならば話は別となる。彼女の手の平で手を合わせる彼はそう言って首を傾けた。あの二人があのままでいられるとエミリアが悲しむと分かってる彼は彼女を説得しにかかる。

 

この屋敷の中で唯一心を許せる相手からの頼みにベアトリスが顔を顰めた。彼に頼まれれば彼女も断れるわけもなく、ぎこちなく頷き。

 

無言の承諾に「ありがとう」と笑いかけるパックはそう言って、青緑色の粒子となって消えていく。活動限界がきたのか、彼は結晶石の中へと帰っていった。

 

言いたいことだけ言って消えたパックに、諦めるように頭をゆするベアトリス。縦ロールを揺らす彼女はその足をハヤトの隣まで進めると、

 

 

「…変わるかしら。この男なんてベティーだけで十分なのよ。お前達はその貧弱な男を診るがいいかしら」

 

「ありがとう」

 

そう言って淡い青色の光を両手に灯すベアトリスが傷に当てる。流れる血が戻ってくるわけではないが、傷口を塞がないよりはマシだ。

 

 

「ありが……、とよ。ベ、ァトリス」

 

 

屋敷に飛び込んできた時よりかは乱れが落ち着いてきたハヤトがそう言って頬を釣り上げる。身体に重くのしかかってきた戦いの余波に苛まれながらも絞り出した礼の一言。

 

うつ伏せの体制、声カスカスの状態でそれを言われると。いつもの、天真爛漫.猪突猛進のハヤトとは比べものにもならない衰弱様だが。ベアトリスは「ふんっ」と鼻を鳴らすと、

 

 

「勘違いするんじゃないかしら。にーちゃに頼まれたからやってやってるだけなのよ。別にお前のことなんてどうなってもいいかしら。寧ろ、今の方が静かで丁度いいのよ」

 

「っへへ。そう」

 

 

嫌々やっている。とでも言いたいのか、ハヤトの笑みに対して不満そうな表情を浮かべるベアトリス。

 

しかしあまりそうは見えないハヤト。ここでそれを指摘して揶揄ってやろうかと考えたが、今それをやったら治癒魔法を中断されそうな気配がしたからやめておいた。

 

そんな時、ふと彼は自分の隣で同じように倒れているテンのことが気になり。顔を向ければ、

 

 

「生きてるか」

「死んでる。握力がない」

 

「大丈夫そうだ、な」

 

 

疲労困憊。憔悴したような顔のテンがそう言って息を大きく吐いた。叫びすぎた喉から言葉は出ないに等しく、話す度にどんどん声がか細くなる。

 

息を吐けば喉の奥から酸素を求めて喘鳴が聞こえ、息を吸えば咳が出る。喘息のような症状が彼には表れ始めていた。

 

かく故、ハヤトも結構ギリギリだ。彼女達のおかげで徐々に傷は治癒されていっているが、流れた血や疲労した肉体が回復するわけでもなく。今も身体を重くしていた。

 

 

「やばぃ、しぬぅ」

「死ぬって言えるなら、まだマシだ」

 

「二人とも疲れてるんだから話さないの! 今は静かにしてて!」

 

 

その状態で話していれば、顔を顰めたエミリアに当然のように叱られる。縋るようにそんな言葉をかけられれば、二人も申し訳なさそうに声を窄めて黙るしかなかった。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

エミリアの叱咤から数分の時間が過ぎ。治癒魔法によって傷も癒え、二人の体から戦いの余波が治まってきた頃合い。

 

 

「テン君。痛いところはありませんか。違和感があったら我慢しないで言ってください」

 

「痛いところだらけで説明しにくいから、身体中が痛いと言っておきます。正直、もう動ける気がしない」

 

 

床に倒れるテンにレムが心配そうな声色で問いかけた。クルリと彼女に身体を回転させられれば今度は仰向けで寝かされて、顔を覗き込まれる。

 

テンの顔を覗き込むレム、随分と心情が浮き出た表情だった。口元が弱々しく震え、痛々しいものを見つめる瞳は細められ。なにより、頬に添えられた片手が不安そうに震えている。

 

基本的に感情を表に出さない彼女が見せた新しい表情を真上にしてテンは苦笑するしかなかった。このような場面のとき、なんて声を掛ければいいのか分からない。

 

 

「……えっと」

「話が違うわよ。テンテン、脳筋」

 

 

何か声を掛けよう。そう思い立ったテンが口を開いた途端、頭の上の方からラムの声が流れてくるのと一緒にツカツカと歩いてくる足音が聞こえた。

 

仰向けのテンと、うつ伏せのハヤトが声に誘導されるように顔を向ければ。濡れたタオルがテンの顔面に、ハヤトの頭に投げつけられた。

 

これでは視界が見えなくてテンは困る。しかし、身体を動かそうにもエミリアとレムに治癒魔法を施してもらっている最中だから動こうにも動けず。

 

首を振ってそれを振り落とそうとすれば、

 

 

「脳筋はともかく、テンテンはそのままでいなさい。もしそれが振り落とされるようなことが、あればラムの足裏が叩きつけられると思うことね」

 

「テン、そうしとけ。今の状態でそれをすればそれがお前の最期だ」

 

 

至極当然かのように恐ろしい発言を溢すラムに、うつ伏せの状態、顎を床につけて顔を起こすハヤトが微妙な声でテンに忠告。

 

彼と違って視界の遮りがないハヤトは、彼の体制とラムの位置がかなり危ない場所にあることを理解したのか本気で止めていた。

 

ラムとテンの頭の距離感は、一メートルもなく。もしも、顔を上げた体制のままタオルを振り解いた場合。きっとテンの命が危ういことになる。

 

 

「……なるほど。絶対領域のその先か」

「そう言うことだな」

 

 

テンもそれについて理解したのか、口から空笑いが思わずこぼれる。自分から来ておいてスカートの中が見えそうだから顔面にタオルをかけると。なんて横暴なお嬢様だと思う。

 

それならと。テンはタオルで隠れた先にいるであろうラムへと視線を飛ばし、

 

 

「それ、ラムが退けばいい話なのでは」

 

「いやよ。この位置が無様に帰ってきた二人を見下ろすのに丁度いいの」

 

 

根本的な問題の解決にはならなかった。見られるのが嫌なら、そこから退けばいいと思ったのに。そもそもの話、二人のことを見下ろしたいからそこから退くのは嫌だとラムは言い切った。

 

直球ど真ん中、隠すつもりもない欲望を全面的に主張した横暴な独裁お嬢様に男二人はため息を一つ吐く。彼女は基本的に自分の意思を貫く性格だから止められない、と。

 

 

「何がどうなろうとも無傷で帰ってきなさい」

 

「ーーん?」

「急にどうした?」

 

 

そんな二人を見て何を思ったのか、腕を組んだラムが不意にその言葉を溢す。藪から棒に投げかけられた言葉の意味に少しばかりの思考の停滞を許した二人は不思議そうな声色だ。

 

それを応えと受け取ったラム。彼女は大きくため息を吐くと、

 

 

「二人が屋敷を出て行く前にラムが言いつけたことよ。まさか、魔獣の相手に必死になりすぎ忘れてたなんて言わせないわよ」

 

「……流石にそれはキツいよ。あの森、獣みたいな魔獣がわんさかいてさ、あたり一面囲まれたりもしたんだ。生き残っただけでも及第点くれない? ちゃんと無事に帰ってきたよ?」

 

「そうだぜ、ラム。数時間ずっと走りっぱなしで疲労してるところに左右から一気に攻めてこられてみろよ。その中でも死なずに済んだんだから、結構頑張った方な気がしてこねぇか」

 

 

見下ろすラムの鋭い視線を見上げるハヤト。その状態で見上げると睨みつけるような目つきになるせいで、自分の反抗的な言葉に拍車をかけるような感じになった。

 

だがラムに怯む様子はない。むしろ、そのお陰で更に目つきに鋭さが増した気がする。

 

 

「それが理由? 脳筋にしては、随分と弱々しくなったものね。確かに生きて帰ってきたのは褒めてあげるけど。無事、無傷となれば話は違ってくる」

 

「厳しいっスねぇ。帰ってきてすぐに最低の評価を言い渡されるなんて。容赦ないよ、この先生」

 

 

難易度ルナティックの中間試験から命がけで帰ってきたと思ったらこの評価。自分の中で、割といい評価をもらえると考えていたことが簡単に壊される音が聞こえた気がしてテンは苦笑。

 

レムやエミリアから言われた「無事に帰ってくる」の条件や今の「無傷で帰ってくる」を評価の合格ラインとするならば二人は余裕で不合格となることに理不尽しか感じなかった。

 

尤も、ロズワールから言われた「日が沈む前に屋敷に帰ってくる」を合格ラインとするなら、時間ギリギリ。滑り込みセーフのはず。

 

 

「そうだな。まぁ、無事か無傷で帰って来れなかったことは反省点としてよ。今はとりあえずこれで許してくれねぇか。次、同じようなことがあれば無傷で帰ってきてやるよ」

 

 

切り替えの早いハヤト。そんなボロボロの状態で次は無傷で帰ってくるなどとなんの説得力もないことを言い切る彼はラムに笑みを向けた。

 

中間試験の試験官よりも辛辣なスパルタ審査をする二人目の試験官にそれを向けれる彼は流石、謎の自信が温泉のように湧き出てくることはある。完全に迷いのない声色だった。

 

それをどう解釈したのか、ラムは数秒間沈黙を貫いたが。不意に鋭かった目つきが柔らかくなると、

 

 

「別に、ラムは怒ってるわけじゃないわ。話が違うと言っているだけ。……まぁでも、脳筋の言葉は受け取っておくわ。その言葉を忘れるんじゃないわよ」

 

「おうよ」

 

 

心の中でガッツポーズ。頷くハヤトから視線を外すラムは隣で倒れるテンに視線を向けると、

 

 

「それで? ラムの妹にあそこまで言わせておいて無事で帰ってこれなかったテンテンは、次同じようなことがあればどうするのかしらね」

 

「的確に痛い所を突いてくるね……」

 

 

足音が近づいてきて、布越しにでも自分の正面にラムの影がしゃがみ込んできたのが見えたテンの口元が引き攣る。ハヤトと違って少しばかり辛辣な評価だ。

 

嫌味全開で叩きつけられた言葉と一緒にその声色一つで弁明の余地などありはしないと語るラム。なんとなく分かっていたけど、レムが絡んでくると彼女は辛辣になりやすい。

 

 ーー絶対に、無事で帰ってきてください!

 

そう言った相手の目の前で倒れ伏すテンは言い訳する言葉が思い浮かばず、喉に言葉が詰まる。

 

かと言ってハヤトのように次回は無傷で帰ってくるだなんて軽々しく言える程テンは男ではない。

 

 

「……本当に、脳筋と違って女々しいわね。男なんだから"次回は無傷で帰ってくる"ぐらいのことは即答して欲しかったけど」

 

「ごめんね、俺はそんな人じゃないから。それはハヤトだけに求めて」

 

「なら、せめて無事に帰って来れるようになりなさい。次、同じようなことがあれば見逃さないと肝に銘じておくことね」

 

「うす」

 

 

言葉の停滞を察したラムが心底呆れるような態度をとった後、諦めたように首を軽く横に振って立ち上がる。今の言葉は即答できるのに、自分の要求した言葉一つ即答できないことに関してラムは仕方なさそうに目を瞑った。

 

ハヤトに視線を送るが、彼も申し訳なさそうな表情をするばかりで。親友である彼もテンの性格に関してはどうにもならないらしい。

 

彼でダメなら自分がどうにかできる問題でもないだろうとラムは思う。親友が無理なら親友未満の関係値である自分が何を言っても無駄。そもそも、本人が変わろうとすら思ってないからそれ以前の問題か。

 

なんにしても、

 

 

「とりあえず。お疲れ様、とだけ言っておくわ」

 

 

そうやって言葉を切るラム、彼女はレムへと視線を向ける。テンに対して少しばかり辛辣な評価になってしまった理由であるレムに。

 

レムが他人にあんな発言をするところなんて生まれて初めて見た。比喩表現でもなく、言葉そのままの意味でだ。

 

だから傷ついて帰ってくるなと念入りに言いつけたし。その言いつけを守れなかった結果として、レムの悲しむ顔が見えてしまったことに少なからず良くない感情は抱いている。もちろん、テンに対して。

 

 

 ーーレムは大丈夫なの?

 

 

視線で語るラム。レムは小さく頷き、

 

 

 ーーはい。大丈夫です、姉様。

 

 

頬を綻ばせるレム。ラムは小さく微笑んだ。

 

頭上で行われる姉妹同士の意思疎通にテンは気づかない。レムによって、ラムの心の乱れが静められた事にも気づかない。

 

 故に、

 

 

「……あの。そろそろタオル取ってくれません? 目が痛くなってきたんですけど」

 

 

意思疎通に横入り。言葉を挟むテンは、気の抜けた声でレムとラムだけの領域に足を踏み入れる。視界が遮られた中ではその失態にすらも気づかない彼は、そのままズケズケと二人の間に割り込んでしまっている事に気づけず。

 

テンに微笑むレム。そして「ハッ」と嘲笑うラムの二人。真反対の反応を一度に向けられた彼は頭の上に疑問符を浮かべるばかりだった。

 

 

「…よし。傷は治したわ。痛いところはない?」

 

 

今まで治癒魔法に意識を集中させていたエミリアがそれを終わらせた事でラムの講評の時間が強制的に遮断され、彼女に体を起こされた。

 

顔にかかっていたタオルが膝下に落ち、視界の開けたテンが自身の体を確認。「おー、すごい」と感激の声を溢すテンは初めて生で見る治癒魔法の凄さに驚いていた。

 

さっきまで裂傷やら噛み傷やらで悲惨だった肉体が、今は元通り。傷跡一つ残っていない。感じていた痛みも癒やされ、残ったのは疲労感と倦怠感のみ。外側の傷は全て治されていた。

 

 

「ありがとう、エミリア。それにレムも。二人のお陰で痛みも取れたよ。いやほんと、マジでありがとう」

 

「いえ。レムにできるのは、これくらいしかありませんから」

 

「いいの。私がしてあげたくてした事だから」

 

 

痩せ我慢にも捉えられる薄い笑みを浮かべるテンに、レムとエミリアは若干の心配は消えないものの彼のことを見る限りでは大丈夫だと判断したのか、同じように微笑んだ。

 

その笑みを向けられると、どうしてもドキッとしてしまうテン。むず痒くなった彼は取り敢えず視線を逸らすためにハヤトの方を向けば。彼も彼で体を起こしていた。

 

視界に映るのは元気そうな笑みを浮かべるハヤトと、彼に背を向けるベアトリスの二人。どうやら治癒は終わったらしい、彼の体からは傷が癒えていた。

 

 

「これ以上、ベティーがすることはないかしら。それにお前の体を治してやるのも今回が特別なのよ。これ以降は期待するんじゃないかしら」

 

「おうおう。ありがとうな、ベアトリス。お前のおかげで痛みも引いたぜ。今度何かお返しでもしてやるよ、部屋で期待して待ってな」

 

「期待しないで待ってるかしら」

 

 

そんなやりとりが交わされた後、ベアトリスはその空間から立ち去って行く。つまんなそうに片手を上げる彼女は、その言葉通りにさほど期待してない様子だ。

 

声色や態度からしてもハヤトのお返しに期待しているような雰囲気は読み取れない。そのまま一度も振り返らずにドアを開けて禁書庫へと帰れば、彼女の姿は見えなくなった。

 

粗末な態度を取られたハヤト。しかし、彼の心の中にはそんな様子は入ってこなくて。たった今、彼女の口から飛び出てきた言葉がひたすらに駆け回っていた。

 

 

「……テン、今の聞いたかよ。ベアトリスがついに俺のことを「待ってる」って言ったぜ。部屋から追い出そうとしてくるツンデレが。「待ってるかしら」ってよ」

 

「その前に「期待しないで」って言葉があったのを忘れないでね。嬉しいところだけで勝手な解釈をするなよ?」

 

 

ニヤニヤとした表情を弾けさせるハヤトが彼女が入って行った扉を眺める。約一ヶ月間、朝昼晩と足繁く彼女の部屋を訪れ続けたが。その行為も無駄ではなかったと思わされた。

 

待ってるかしら。その言葉が彼女の口から飛び出してくることがどれ程の重みがあるか、考えなくても分かる。なんせベアトリスは待つ(・・)事に関してはこの中の誰よりも経験していて、トラウマすら植え付けられているのだから。

 

もしかしたら、自分がいつも部屋を出て行く時に「また来るぜ、ベアトリス」と言っている影響かと思うハヤト。部屋を出る度にそんなことを言われれば自然と「コイツならまた来る」みたいな印象を持たれるのかも、と。

 

 

「何にしても俺の存在が徐々にあいつの中で大きくなってるのは確かだな! よしよし、ここからどんどん話しかけてやるから覚悟しておけよ。いずれは毎日朝昼晩、食堂で飯を食えるまでに仲良くなってやるからな」

 

「なんだ、その特殊な理由は」

 

「因みに、アイツのことを禁書庫から引っ張り出すのが最終的な目標だな。毎日毎日引きこもりやがって、少しは外に出て太陽の光を浴びさせねぇと」

 

「お前はベアトリスの親か」

 

 

謎の理由で意気込むハヤトが今度こそガッツポーズ。戦いの余韻が薄くなってきた体で弱々しくも力強く拳を握りしめる。

 

その発言をベアトリスが聞いてきたら、心底嫌そうな表情を浮かべるだろうと思うが。それはそれで見ていて楽しそうだからテンは口を挟むことはしなかった。

 

 と、

 

 

「テン君、ハヤト君。そろそろ中間試験の評価を始めようと思うんだぁーけど。いいかなーぁ?」

 

「お、悪いなロズワール。完全に存在が空気だったわ。だいぶ待たせた」

 

「いやいや。同じ屋根の下で過ごす君達が仲良さそうで微笑ましい限りだ。ベアトリスも加わるとなると見ていて気持ちのいいものがあるよねぇ」

 

 

ここまで一言も言葉を発していなかったロズワールが声をかけてきたことで気持ちを切り替えさせられたテンとハヤト。

 

二人は、正面に立ってこちらを見下ろすロズワールを見上げた。随分と喜ばしそうな顔をしているロズワールを見ると不思議な事に不安な感情が心に表れる。

 

これからなにを言われるのかと考えるが。二人を一瞥するロズワールは満足そうに鼻を鳴らし、

 

 

「評価、と言っても今さっきラムが的確に言ってほとんど終わらせちゃったからねぇ。私から言えることは合格が不合格か。ただそれだけ」

 

 

辛辣かつ的確に痛いところをついてくるラムの講評と言いたいことは同じだったらしいロズワール。二人の背後でラムが「これ以上ないお言葉です」と誇らしげな態度で頭を下げた。

 

それが終われば、あとは合否発表を静かに待つだけ。昼頃から始めた地獄のような中間試験の結果があと数秒後に告げられる。

 

 

「あらぁ? そこまで緊張してない様子だぁーけど。自信でもあるのかい?」

 

 

しかし、合格発表を前にした二人には緊張するような態度はない。寧ろ、とてもリラックスしていることに首を傾けるロズワール。

 

彼に対してテンとハヤトは顔を見合わせると、

 

 

「自信は正直微妙だな。最後の方は必死で走ってたから、空色なんて見れてねぇし。森から出た時点でだいぶ沈みかかってたから怪しいところではある」

 

「けど、俺達としては合否よりもあの地獄の中で生き残ったことの方が達成感あるから。仮に不合格でも受け入れるつもり。また日を改めて挑戦させてもらうよ」

 

 

な? と一文字で意思の疎通を図る男二人が清々しく笑みを浮かべる。たったそれだけで心が通じ合ったのか、笑い合っていた。

 

無我夢中で走ってたため、陽が沈む前に帰ってこれたか定かではないから若干の不安要素は残っているが。二人としては魔獣の群れの中で生き抜いたことの方が大きい。

 

今回の試験の中で得られたことはあると感覚的に感じているし、そのおかげで今よりもっと先に進めたような気もする。

 

つまりは、試験の内容が結果よりも大きくなってしまったから合否など然程重要でもないということ。だから、落ち着いた様子でその言葉を待っていた。

 

 

「そこまではっきり言われると、試験にした意味がなくなっちゃうかもしれないがねぇ。まっ、それならちゃっちゃと言わせてもらおう」

 

 

そう言ってロズワールは手を合わせると。その手で大きな丸の形を作って笑みを浮かべ、

 

 

「結果としては、合格。時間ギリギリだけど日が沈む前には帰って来れていた。まさか、一度目の挑戦で合格されるは思ってなかったけどねぇ」

 

「よっしゃ! やったな」

「そうだね」

 

 

喜ぶハヤトと頬を緩ませるテンがハイタッチ。バリエーション豊かな意思疎通を見せた二人はそうして喜びを分かち合う。案外嬉しそうな様子だ。

 

合格発表はオマケ程度にしか思ってなかったが、そう言われたら不意に肩が軽くなったような気がした二人。

 

傍にいるエミリアも喜んでくれているし、レムやラムも心なしか頬が緩んでそうに見えるのは二人の気のせいだろうか。

 

そんな様子に満足気に頷くロズワール。彼は「それじゃあ」と言葉を繋ぎ、

 

 

「私は少しやることがあるから、これで去るとしよう。二人とも今日はお疲れさま。ゆっくり身体を休めるといい」

 

「おう、そうするぜ」

「時間を割いてくれてありがとうございました」

 

 

頷く二人を横目にその場から背中を向けて去って行く。

 

少ししか話さないまま帰ってしまったが、本当に合格発表以外で言うことはなかったのだろうか。もしそうなら、彼が言いたかったことを全て言ったラムに驚愕しかない。

 

 

「…まぁ、いいか」

 

 

特に気にすることでもないかとその考えをテンは切り捨て、彼はようやく全てが終わったとばかりに深く息を吐いた。

 

傷はエミリア達に治してもらったし、試験結果もロズワールから聞いた。突発的に実施された中間試験は全て終わったと言える。

 

 

「あー、つーかーれーたー。明日は筋肉痛に苦しめられそうだな」

 

「言えてる。てか、マジで俺ら頑張ったよな。よく生き残ったと自分でも思うわ」

 

 

ロズワールがいなくなったことで完全に気を抜いた二人が疲労の表情を表に出した。

 

声の出にくくなった喉からは情けない声しか発せられず、それを聞くとエミリア達には二人が相当追い詰められていたと容易に想像できた。

 

それに、

 

 

「ねぇ、テン。誰も言わなかったから言うけど。下に着てた白い服はどこに行ったの?」

 

「レムも気になっていました。ハヤト君なら分かりますけど、テン君がそのような格好をするとは少し想像し難いです」

 

「そうね。脳筋なら容易に想像できるけど。脳筋よりかは脳筋じゃないテンテンが上に羽織一枚だなんて。面白いからそのままでもいいけど」

 

「おい、どういうことだコラ」

「地味に貶された気がする」

 

 

三段重ねで降りかかるエミリア達の言葉に噛み付くハヤトと苦笑するテン。誰も触れていなかったことにようやく触れてもらえたテンは一度咳払い。それから解かれた布を手に取ると、

 

 

「俺とハヤトの体の何箇所かに、この布が巻かれてたでしょ。出血が酷くてさ、止血するために俺が着てた服を破いたんだよね」

 

「応急処置にしては随分と雑だったけど」

 

「仕方ないだろ。見様見真似だったんだから」

 

 

ヒラヒラと揺らしていた布を落とすテンがラムの辛口な指摘に精神的な衝撃を受けた。分かっていたことを改めてそう言われると中々に堪えるもので。

 

彼の言葉を聞いたエミリアが「どれだけ危険だったのよ…」と戦慄し、レムがテンのことを心配そうに見つめ、ラムが応急処置の施し様に笑い。

 

三者三様の応えを受けたテンはそれらを笑い声の一つで片付けた。「はははっ」と感情の入ってない声で笑う彼は重そうにゆっくりと立ち上がり、

 

 

「んじゃ、エミリアの疑問にも答えたことで。俺は風呂に入ってくるよ。このままじゃ血生臭くって仕方ない。早く流さないと、俺の髪が魔獣の血液でコーティングされちまうよ」

 

「なら俺も行こう。既にカピカピになってるから手遅れかもしれんが。全力で洗い流せば、今ならまだ間に合うかもしれないし」

 

 

立ち上がるハヤトとテンが互いに支え合いながらヨロヨロと歩き出す。屋敷を出て行く前と比べたら随分と弱々しくなった後ろ姿だと、奇しくも同じことを考えた三人はその背中を追いかけることはせず。

 

徐々に遠くなってく背中を眺めた後、エミリアはテンが置いていった刀と鞘を握りしめて部屋へと戻っていき。

 

レムは何かを思い出したかのように階段を勢いよく登り去って。

 

残されたラムは気怠そうにため息を吐くと、同じく残った大剣と鞘を片手に、持ち主の部屋へと向かって行き。

 

そうして、自然な流れでその場から解散した三人であった。

 

 

 

 






まだ鍛錬始めて一ヶ月と少しの人間を魔獣の森に放り込む変態鬼畜魔導師。ここから先は彼の出番が増えそうですね。

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