親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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今回、アニメを見たことのある人なら。きっと聞き覚えのある発言が出てくるはず。

正直な話、このお話は後半の会話を書きたいためだけに書いたお話なので。前半部分はすっ飛ばしてくれても構いません。前半はテンとハヤトが中間試験を振り返るだけなので。






疲れは洗うもの、感情は素直になるもの

 

 

 

「ふ、ふぇぇ」

 

 

ちゃぽん。と身体を湯の中に沈めるテンが久しぶりに聞く魂の抜けそうな声と共に全身に溜まっていた力を一気に抜いて脱力。溶けていくような気の緩んだ表情を浮かべる彼は、湯船から顔だけ出して極楽状態となった。

 

その後ろから聞こえてくる、フローリングに水滴が弾ける音に耳を傾ければ頭を流しているハヤトがいる。

 

魔石文化が発展しているルグニカでは、上流階級の家ではきちんと水道が通っている。が、どうやらこの世界にはシャワーの概念がないらしく、蛇口を捻って出てきたお湯を桶の中に溜めて流すのが主流らしい。

 

 現在、長かった中間試験を終えた二人は身体にへばりついた魔獣の血液と疲労感を洗い流すために入浴中だ。鍛錬と仕事で忙しなく生活する中での唯一の至福の時間とも言える。

 

 

「あー、つーかれーたー。つーかれーたぁぁあ。つ、つ、つ、疲れたぁぁぁあ」

 

「謎の歌を作るなよ。変な儀式に聞こえるだろ」

 

 

反響し合う二人の声。この屋敷の浴室は今まで彼らが使っていた一般的なものとは違く、古代ローマの大浴場を彷彿とさせるかなり規模の大きなもののため、二人しかいない静かな空間だと割と声が反響しやすい。

 

その中で歌を歌えば少しだけ上手くなったような気分に浸れるからという理由で、今のようにテンが一人でに歌い出すことが多い。疲れが取れて気分が上がっている証拠だ。

 

尤も、今の場合だと「疲れたbyテン」みたいな安直すぎる曲名の歌が死にそうな声で永遠と歌われ続けるだろうから。声を挟んだハヤトである。

 

 

「ったく。毎度の如くお前は歌を歌うよな。どうせならもっと緩やかな曲調のものにしてくれよ」

 

「俺が歌う歌は俺が決めるスタイルだから。誰かに指図される筋合いはないよ」

 

 

シャンプーで頭をわしゃわしゃと洗うハヤトが背後から聞こえてくる声に空笑い。基本的に誰の意見だとしても取り敢えずは取り入れる彼は歌だけは譲れないものがあるようで。

 

「そうかよ」とハヤトが返したら「そうなんだよ」とテンから返ってきた。

 

そこからは、特に話すこともしない二人。話す内容が無くなった彼らは、この極楽のひとときを堪能していた。

 

 

「くっそ。全然流れねぇ…」

 

 

テンが湯船で溶けてる中、ハヤトは魔獣の血液と絶賛格闘中だ。身体中にべっとり付いた獣臭さと血生臭さを洗い流すために、石鹸とシャンプーを駆使して何度も洗う。

 

髪以外は割と簡単に洗い流せた。が、肝心の髪に染み込んだのが中々に頑固。一度のシャンプーではとても洗い流せず、これが通算四度目のトライ。

 

洗っては流し、洗っては流しを三度繰り返して漸く流れる泡から血の色が抜けてきたからこれで最後になるといいが。

 

 

「血は洗い流せた?」

 

「あと少しだな。てか、お前は流せたのか?」

 

「もちろん。だからこうして湯船に浸かってんの」

 

 

冷水に浸したハンドタオルを小さく畳んで額に乗せるテンが「ほぇ」とまたしても気の抜けた声を口からこぼし。そんな声を聞いているとハヤトも早く湯船に浸かりたくなってきた。

 

自分と同じか、それ以上の返り血を浴びていたテンがなぜ自分よりも先に血を洗い流せているのかが不思議なところだが。それを気にする前に頭を洗うことに専念したハヤト。

 

彼は髪を洗う両手の速度を速め、より一層泡立てる。こうすれば、染み付いた返り血も落ちるはず。お湯で流した時、泡に赤色が混じってなければ完了だ。

 

 

「……よし、これぐらいでいいだろ」

 

 

あらかた洗えたところで、蛇口を捻ってお湯を出すハヤトが目を瞑ってそこに頭を突っ込む。本来は桶に貯めて使うのが用途だが、一回一回貯めるのがめんどくさい彼はその過程をすっ飛ばす。

 

そのせいで、頭を上げる時に脳天をぶつけて痛そうに衝撃部を抑えてることがあるとかないとか。

 

ともあれ。頭からお湯をかぶるハヤトは満遍なく髪を流す。「流れろ流れろ」と心の中で強く念じる彼は髪をもみ洗いするように指先を動かし、気持ち悪い感覚をなんとか外へと追い出す。

 

それを三十秒程度すれば、流石にもういいだろうと思い始めてきたハヤトが顔を上げた。顔についた余分な水滴を取り、目を開けると目の前には赤みの抜けた泡がある。

 

 

「よし、取れたな。四回もやってようやくかよ。まぁ、単純に考えてそれだけの量を浴びたってことか」

 

 

魔獣達が残していった置き土産と一緒に泡を流すハヤトが、それらを片付けたことによる謎の達成感で満足そうな表情。死んでもなお、自分の身体を精神的にも社会的にも蝕んでくる執念にはある意味で尊敬しかなかった。

 

尤も、その執念もお湯と文明の力(シャンプー)の前ではなす術がなかったようで。今はもう、どこかへと流れて行った。

 

全身に張り付いた返り血を漸く流し終えたハヤトは「よし」と頷くと、自分も湯船に浸かろうと立ち上がり、

 

 

「そろそろ俺も風呂に入るぜぇえ冷たっ!?」

 

 

背中に何か柔らかいものが当たると同時に背筋が凍りつくような温度を感じ取り、それが全身に波紋したせいで反射的に勢いよく振り返る。

 

いきなりすぎて状況が理解できないハヤトは状況の把握をしようとして。視界に映った光景に、把握するまでもないと一瞬で理解。

 

振り返るハヤト。視界には湯船から立ち上がったテンが、ニヤニヤしてるのが映り。足元には冷水に浸ったであろうハンドタオルが転がっていた。

 

その二つの情報だけで自分の身に何が起こったのか完全に理解した。故に、ハヤトの行動に迷いなどない。

 

 

「……お前、覚悟はできてるんだろうな」

 

「いや、いい的があったから。ほんの出来心なんですよ。悪かったとは思ってるけど、あんなに隙晒してたらやるしかないよって話よ」

 

 

真顔で語られる言い訳を前に、足元に落ちたハンドタオルを拾い上げるハヤトがそれを握りしめる。吸収された冷水がその握力で絞られ、フローリングの上で弾け飛んだ。

 

その音を耳にしたテンが軽く戦慄。潰れるのではと思うレベルで握りしめられたタオルを手にしたハヤトを前に表情が固まった。

 

 

「うるぁあ!!」

「っぶね!」

 

 

数秒間の沈黙、睨み合いの末にハヤトの腕から放たれたハンドタオル。鍛え上げられた肩の力から放たれた投擲はもはや、投擲というより発砲に等しく。

 

しかし。投げられることを予期してきたテンはそれを身体を逸らすことで回避。後方で投げつけられたタオルが水飛沫を立てながら湯船に落下するのを見た彼は「なっはは!」と笑いながら振り返り、

 

 

「甘いぜ、ハヤト! お前ならそれを投げつけてくるとーー」

 

 

思ってたぜ! そう言おうとした矢先。振り返ったと同時に額に衝突したのはお湯を溜めておくための桶。ハヤトもテンが避けることを予期していたらしい。

 

予期することを予期した彼の二段攻撃。予期されることを予期してなかったテンはそれに対応できず、カンっ! という軽快な音を立てながら物理的に吹き飛ばされた。

 

 

「甘ぇよ」

 

 

一言、そう言い放つハヤト。彼の前ではだいぶ間抜けな体制で背後に倒れていくテンがいて。

 

 

数秒後、大きな水飛沫が湯船の中で立てられた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「ふぅ。やっと一段落って感じだな」

「そうね」

 

 

浴槽の縁に寄りかかる二人が疲れの吐息を漏らす。湯浴みの時に必ず出てくる、気の抜けたそれを抑えることもない二人は更に深く息を吐いた。

 

この屋敷に来てから幾度となくこうした快感は味わっているが、やはり何度感じても湯船に浸かる時間だけは何事にも代え難いものがある。

 

至福の時間、極楽のひと時。言い方はなんであれ、疲れを癒すこの時は二人にとっては唯一の心休める時間といえる。

 

 

「ハヤト。色々と落ち着いたから言うけど、まずはお疲れ様。お前が隣にいてくれて良かったよ。いなかったら生き残れなかった」

 

「こちらこそ。お前が共に戦ってくれて心から嬉しく思うぜ」

 

 

そうして生き残った実感をした二人が拳を合わせる。意思疎通のために拳を合わせることは何度もあるけれど、今回の場合は互いに関しての感謝の気持ちを込めてのそれ。

 

双方が、もう片方がいなければ森からは脱出できなかったと本気で思っていたし。実際、どちらか一人でも欠けていれば魔獣に囲まれた時点で即死んでいた。

 

隣に信用できる心強い男がいる。その事実があるだけで、精神的にも肉体的にも二人は軽くなったような気がする。だから感謝しかない。

 

 

「ほんと、すごいよね。改めて考えると、よくあの中で生き残ったと思うよ。魔獣に囲まれたり、先の見えない森を何時間と走らされたり。死んでてもおかしくなかった。生き残れたのは奇跡よ」

 

 

拳を離したテンがそう言って肩を竦める。表情までも若干強張っていることから、本気でそう考えてるらしい。かく故、ハヤトもそう考える節はある。

 

戦闘経験ゼロで魔獣の森に放り込まれ、歩いて五時間かかる道のりを、道標だけを辿って帰ってこいと言われたのだから。無理難題にも限度があるはずだろう。

 

幸いにも、魔獣一匹一匹にそこまで力がなかったから辛うじて凌げたものの。大群で襲いかかってこられては話は変わってくる。多少は知能も持ち合わせている魔獣が群れを成せば動きも狡猾になりやすくなり。

 

その最たる例を二人は経験したのだから。経験者は語るというやつ。今生きているだけでも奇跡と言える。

 

けれど、二人が生き残れたのは奇跡だけが理由でないとハヤトは確信していた。

 

 

「確かにそうかもな。けどよ、俺たちが生き残れたのは奇跡だけじゃねぇ。約一ヶ月間、研磨してきた成果があったからこそよ。それがなきゃ奇跡なんてそもそも起きなかっただろ?」

 

 

彼の言葉にテンが喉の奥で低い声を鳴らす。言われてみればそうかもしれないと思い始めてきた。生き残れたのは奇跡。しかし、その奇跡の大前提にあるのが努力の成果。

 

魔獣と戦う力があったからこそ、生き残れたという奇跡が起こったとしたら。彼の言うことにも一理ある。

 

それに、元を辿れば二人がこの中間試験を受けた理由は自分達がどれぐらい成長しているのかが知りたかったから。もっと明確な実力の実感がしたいからと言い出したことが始まりだ。

 

そうなれば、生き残れたという奇跡が起こったということは。今の二人には魔獣に対抗できる力が十分に備わってきていることに繋がるのではないかとテンには思えて。

 

彼は「ふっ」と息をこぼすと、

 

 

「そうかもね。なら、俺たちは奇跡を起こせるくらいには強くなれてるってことか」

 

「おうさ! あの魔獣なんざ、今はただの子犬。大群を生き抜いたんだから怖くねぇし。それだけ力がついてきてるってことだよな!」

 

 

力がついてきたことを中間試験を振り返る二人が実感し、自分のしてきたことは無駄ではなかったと思わず頬を綻ばせる。報われるかも分からない努力の形は今こうして生きていることで表れた。

 

流れで拳を突き出すハヤト。彼は視界に映るそれを眺める。

 

ほんの数時間前までは迫りくる魔獣をねじ伏せていたものだと思うと、不意に高揚感で震えそうになる。アクラによる身体能力の強化をした状態では、あんなにも簡単に魔獣の顔面は砕けるのかと。

 

正直な話、ハヤト自身が一番驚いている。まるで自分の体が自分のものではなくなったかのような感覚がした途端から。携える大剣も、握りしめる拳も、踏みしめる脚も。何もかも全てに力が宿るような高揚感に包まれ。

 

そのままに体を動かせば容易く命は散る。単純な動作一つで大型犬の体など一刀両断、ちゃんと斬れれば一撃で仕留められる。体の動きも、感覚も何もかも全てが研ぎ澄まされたかのような気分になれた。

 

 

「……アクラって、俺が思う以上に強力な魔法かもしれねぇな。身体能力強化、言葉では単純だ。けどそれだけじゃ言い表せない何かがある」

 

 

アクラを使用したことで明らかに自分ではない動きをしていたことに気づくハヤトが、握りしめた拳を更に強く握る。

 

今のところ、使いこなせてる感じはしない。けど振り回されてる感じもしないという、なんとも言えない状態を把握する彼は今よりも使いこなせるようになるために更なる努力を重ねることを密かに決めた。

 

 

「いいよな、お前は。身体能力強化なんてできてさ。あんな動きも軽々しくやっちゃって。お前があんなだから、俺がちゃんと強くなれてるか少し不安になってくるよ」

 

 

そんな彼の鼓膜を叩いたのはテンの拗ねるような声だった。思考から意識を切り離すハヤトが声の方に視線を向ければ、口を尖らせたテンがいて。

 

湯船に顔を半分沈める彼は「ぶくぶく」と不満アピール全開な様子。しかし、ハヤトは「んなこたねぇだろ」と笑みを浮かべた。

 

 

「お前だってちゃんと戦えてただろ。刀も扱えてたしよ。魔法だってあたり一面を吹き飛ばすなんて俺にはできねぇよ。自信持っていいと思うぜ?」

 

 

思い出すのは魔獣に囲まれた時に、視界不良を避けたテンが取った行動。初解禁するフーラ系統の最上位魔法を円状に解き放ち、あたり一面を陽光が照りつける空間にしたこと。

 

あんなの自分が真似できるものではないとハヤトは思う。属性云々で言われればそうだが、それ以前にそれを放つまでに至る想像が頭の中で完成する自信がない。

 

ごちゃごちゃ考えるよりも、その手に携えた武器で戦う方が性に合ってるとハヤトは思っているし。そういう意味合いではテンの方が上手だと言える。

 

 つまるところ、

 

 

「適材適所ってやつ。俺は武器で、お前は魔法で蹴散らす的な」

 

「それでも俊敏に動ける方がいいじゃん。前にも言ったけど、俺も刀をカッコよく剣を振り回したいのさ。騎士と言ったら剣でしょう」

 

「これも前に言ったが。子どもか。それにお前の場合は刀だから、騎士よりも侍な気もする」

 

 

割と的を射た言葉だと思っていたが、テンの子どもみたいな言い分でそれらが破壊される。不満感が増したことでより一層テンがぶくぶくし出した。

 

こういう時になるといつも子どもみたいなことを言ってくるテンを見ていると、そういうところは男の子だったかとハヤトは謎の安心感を抱く。

 

そこは男の子、剣やらダイナミックな動きには憧れるらしい。魔法も中々にロマン溢れると思うが今の彼はご不満な様子だった。

 

そんな彼の様子を見ながら、ふとハヤトは脳裏に過る光景があった。

 

 

「つかよ。お前、なんで俺みたいに身体能力強化してないのに。最後思いっきり走ったとき同じ速度で走れたんだ?」

 

 

それは、あと少しで森から脱出できるとなった時のこと。

 

あの時のテンはアクラを詠唱した自分と同じ速度で疾走していた覚えがある。その後にも、木の上で待ち構えていた魔獣に対して、一度の跳躍で距離を詰めていた。

 

あの時は無我夢中だったから気にすることもできなかったが。今、冷静になって考えると明らかに生身の動きではないことが分かる。

 

首を傾げるハヤト。テンも彼の言葉に考えさせられているのか、途端にぶくぶくしていた様子から真面目な様子に変わった。

 

 

「……なんでだろう。言われてみればそうかも。なんもない俺がお前の隣を走れるわけない。でも走れてた」

 

「なんかしてたのか? 俺と同じように身体的な強化とか」

 

「それがあったらとっくにやってるよ。んでも、あの時はいつもより体が軽くなったような気はしてた。火事場の馬鹿力的な感じだと思ってたけど」

 

 

その時のことを振り返るテンが今度は別の意味で喉を鳴らす。ハヤトに言われて、その時の自分の身に何があったのかと原因を探り始めた。

 

思い返せば大群から逃げているとき。魔法に意識を集中させるハヤトを守るために必死な場面で、一匹のウルガルムを蹴飛ばした時にそれが異常な力で吹き飛んだ事があった。

 

火事場の馬鹿力が出たかと素通りしたが。ハヤトの言葉も加味すると、

 

 

「…もしかして、俺にもハヤトみたいに身体能力を強化する力が備わってるとか」

 

「あり得なくもない話だな。それなら、あの動きにも説明がつく」

 

 

顔を見合わせ、あり得なくもない仮説が立ったことにテンが表情を明るくさせた。ハヤトだけにした無いと思っていた権利が自分にも与えられているかもしれない。

 

そう思うと、何が要因となっているのかが気になるところだが。

 

 

「でも、どうやってそうなったのか。全くわからない」

 

 

今のところは全く検討がつかないテンだった。必死だったせいで、ただ魔法と刀を振り回していたことしか覚えておらず。それ以外にしていたことはあまり思えていない。

 

戦っていた時の記憶は曖昧だ。断片的に思い出せることはあるが有力なものではなく。それを思い出さないとせっかくの仮説が空振りになってしまう。

 

それはなんとしてでも避けたいとテンは頭をフル回転。その時の記憶を鮮明に思い出せるように記憶の引き出しを乱雑に開けまくる。しかし、必死だったが故に、記憶は奥深くに沈み込んでいく。

 

 

「思い出せない。どうやって、やったんだっけ。なんとかして思い出さないと…」

 

「俺も考えてみるわ。それができれば、今よりももっと強くなれるだろうしな」

 

 

お湯の中に顔を沈めるテンを横目にハヤトも自分も力になれないかと頭を捻る。アクラをやれるようになったのはテンのおかげだから、その恩返しのつもりだった。

 

が、湯の中から勢いよく顔を上げるテンはのぼせたようにぼーっとすると、

 

 

「とりあえずのぼせてきたから俺は出るね。部屋に帰ってからじっくり考えるとするわ」

 

「あ、なら俺も出る。のぼせてきたし」

 

 

目眩を振り払うように頭を軽く振るテンが浴槽から体を出し、ハヤトも後を追うように湯船から上がる。少し話し過ぎたか、ふらふらと足取りがおぼつかない二人。

 

のぼせたか。感覚的にそんなことを思う二人は、あらかじめ溜めておいた冷水の入った桶を両手で抱えると確認するように顔を見合わせ、

 

 

「「せーのっ!」」

 

 

声を合わせて頭から冷水を被る。風呂上がりにフラつかないようにするための対策として大胆な粗治療を実行した。

 

その後に、被った冷水が冷た過ぎて二人が飛び上がったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

浴室から出た二人。脱衣所にて彼らは用意されていた寝巻きに袖を通していた。普段は自分で部屋から持ってくるのが使用人の基本のはずだが。

 

今回は疲れた二人のことを察したのか、レムかラムが気を利かせてくれたのだろう。丁寧に畳まれて置いてあった。

 

 

「あー、疲れた。今夜は夕飯食べたら絶対横になる。久しぶりに中庭で夜空でも眺めようかな」

 

「なんだそのロマンチスト。だが、今日ばかりは疲れた。俺は飯食ったら寝るぜ。明日は筋肉痛にならないか不安しかねぇな」

 

 

口を半開きにして長椅子に寝転ぶテンの呟きに。椅子に座り、だるそうな雰囲気を纏ったハヤトが頷く。「燃え尽きたよ…」と声が聞こえてきそうな雰囲気を醸し出した彼らは二人揃って大きく息を吐いた。

 

この一日の疲れが湯船に浸かったことで心身共に色濃く浮き上がり、体が少し重い。特に五時間ぶっ通しで走り続けた脚が悲鳴を上げている。

 

最悪なことに。全身に刻まれたであろう傷跡は今は治癒されたものの、内側にはダメージを与えているようで、体を動かす度に痛覚を刺激してくる痛みが地味に響いてくる。

 

全身が筋肉痛の痛みに苛まれてるのに加えて、高熱を出した時のような重怠さがある二人。命懸けの代償として身体がちゃんとぶっ壊れていた。

 

 

「今、何時ぐらいだと思うか?」

 

「まだ六時回ってないでしょ。夕飯までは後一時間程度あるから、少しはのんびりできるはず」

 

「そうか。なら俺は、部屋でのんびりしてるわ」

 

 

そう言って、重い体をゆっくりと持ち上げたハヤトが扉を開けっぱにして浴室から出ていった。怠そうにしているが、さすがは頑丈なだけある。動けない程度ではないらしい。

 

テンはというと、彼とは違ってヒョロヒョロだからこうして長椅子に寝そべっているわけで。真面目な話、ここから起き上がれる気がしない。

 

疲労感に促されがまま寝転がってしまったが最後、起き上がる気力や歩く気持ちなど諸々が全部吹き飛んでいってしまった。

 

 

「そこに関しては流石ハヤト。俺と違って空手で鍛えただけはある。さて、…ここから動けるかな」

 

 

割と危機的状況にある。ここから動けなければ部屋に戻ることもできず。この寝心地の悪い長椅子で誰かに見つけてもらうまで放置されることに。

 

無理やり動こうとすれば、動けるだろうが。そこまで無理して動きたくないのがリアルな気持ち。なら、開き直ってこのままでいるのが楽か。

 

 

「テン? そこで何してるの?」

 

 

そんなことを考えていた矢先、エミリアの声が扉の方から聞こえてきた。顔を向ければ開けっ放しになった扉の向こうから、こちらのことを心配そうな表情で見つめているエミリアが見えて。

 

ハヤトが出て行ってから扉が全開になっていたから、偶々前を通りかかった彼女に見つけてもらえた形か。

 

扉の前から自分のことを覗くエミリアにテンは「なんでもないよ」と一声かけると、

 

 

「少し休んでたとこ。今になって疲労感とか出てきちゃってさ。動きたくなくなったんだよね」

 

「そうなの!? も、もしかして傷が全部治りきっていなかったとか!?」

 

 

テンの言葉を聞いた途端、焦ったように声を荒げるエミリアがなんの躊躇もなく脱衣所へと足を踏み入れる。そのまま彼女は長椅子の余ったスペースに腰掛け、テンの身体に異常がないか確認しようとして。その両手をあわあわさせた。

 

無理やり服を脱がすわけにもいかないし、かと言ってテンの体に傷があるのならそれを治す必要がある。けど、やはり服を脱がすわけにもいかないし。

 

テンの身体を気遣って脱衣所に入ってきたはいいものの。二つの反する感情にその後の行動に迷いが出たエミリアだが、ここで少し問題なのがそこにテンの意志が組み込まれてないこと。

 

自分の中で勝手に判断してそれが原因で焦っている。だから、テンは「ふっ」と笑みをこぼしながら言った。

 

 

「そんなに焦らなくても大丈夫。傷ならエミリアとレムに治してもらった。風呂場で見たけど傷一つなかった、それどころか傷跡すらない。元通りになってたよ」

 

 

安心させるような口調で語りかける。優しさが故に心配し過ぎてしまう彼女にテンは文字通り落ち着いた声で。

 

不思議と、その声一つでそれまで自分の頭の中を掻き乱していた感情が消え去っていくような爽快感をエミリアは得る。心配していたことが、そうではないと思えて。両手を彷徨わせていた彼女は途端に静かになった。

 

 

「少しは落ち着けたかな」

 

「…うん、ごめんなさい。ちょっとびっくりしたから。もしかしたらって心配になっちゃって」

 

「謝ることはないよ。俺のことを心配してくれたんだもん。逆に心配かけてごめんな」

 

 

顔を覗き込んでくるエミリアに頬を緩ませるテンがそう言って彼女から顔を背けた。照れ隠しにも捉えられるそれにエミリアは不思議な表情を浮かべたが。

 

今のテンの心は穏やかではない。なんせエミリアの座った場所が悪く、頭の上に彼女の膝があるのだから。自然とその距離も縮まって、ほぼゼロ距離に彼女の身体がある。

 

このままでは自分とエミリアの位置的に、擬似膝まくらのような光景が完成。動きたくても動けないテンは視線を逸らすしかなかった。

 

 

「どうして顔を逸らすの?」

 

 

そんなことなど知らないエミリア。何も理解してない彼女はそんな、男の子の葛藤を他所に更に顔を覗き込む。すぐ真上、それこそ顔と顔が触れ合いそうな近くにエミリアの顔がある。

 

その事実に顔が沸騰しそうになったテンは、出そうになる裏声を口を固めて封じ、余計な感情を振り払うように顔を横に振ると。「よし」と頷き、覚悟を決めた。

 

 

「な、なな。なんでもないよ」

 

「絶対なんでもなくないでしょ。いつもと様子がおかしいもん」

 

「本当に大丈夫だから。とりあえず離れて」

 

 

向き合った彼女になんとか平常心を保つテン。彼ははとりあえず彼女に覗き込んだ体制から離れてもらうように促し、エミリアもそんな彼の様子に不信感を抱きつつも「ふぅーん」と意味深に言葉を残して顔を離した。

 

一難は去った。内心ため息をつくテンに、しかしエミリアは彼の名前を呼ぶと、

 

 

「本当に、本当になんでもないの? 変なところがあったら言って…ううん、言わなきゃダメ。痛いところがあったら言わないと怒るからね。そうやって無理したら、今度こそ見逃さないから」

 

 

再び顔を覗き込み、今度は背けられないように両手でテンの顔を固定して、彼女は真摯な瞳を彼に向ける。そこには、ただ真っ直ぐすぎる優しさと純粋すぎる心配の二つの感情が宿されていた。

 

声も自然と低く、けれども優しいものに変わり。それは聞いているだけで癒されるような、そんな声になっていた。

 

本気で心配している。たったそれだけで彼女の感情がテンの心に流れ込む。それを向けられてしまえば、彼はどう返せばいいか分からずに声が喉につっかえてしまう。

 

けど、その中でふとに出てきた言葉。それは、

 

 

「エミリアは、優しいな」

「えーーーっ」

 

 

思わず溢れた言葉にエミリアが肩を跳ねさせ、紫紺色の瞳が見開かれる。彼女はそのまま動きを止めた。言われたことを理解しようと頭の中で処理しているようにも見える。

 

その処理が完了した時、彼女は心を包まれるような温かさを得た。

 

 

「本当に優しいよ。俺みたいな面倒な奴、気にかけてくれる人なんて中々いない」

 

 

立て続けにかけられる言葉に、意図せずに感情が頬に浮き出る。白い頬にほのかな紅みが加えられ、それは耳にまでも現れて。

 

突然の事に心を乱される彼女が今度は顔を背けた。どうしてか、そうしたくなったからそうしただけだ。

 

それを見たテンは口元を綻ばせ、

 

 

「心配かけちゃってごめんな。でも、本当に、本当に大丈夫だから。今は疲れが身体にのしかかってきてるだけ。明日には少しはラクになってるはずだよ」

 

 

不思議と言葉がつっかえないテンはそう言うと、ゆっくりと身体を起こし始めた。動かす度に筋肉痛程度の痛みが走るから、その動作一つにも時間がかかる。

 

が、そこにエミリアの力が加わればすんなり行われる事になる。

 

 

「無理しちゃダメ。今言ったばかりなのに、もう忘れちゃったの?」

 

 

心の整理をつけたエミリアがそう言って、テンの背中に手を添えてゆっくりと体制を起こさせた。数秒前は怒ったり頬が紅くなったりと、忙しそうな彼女だったが今は直ったらしい。

 

彼女にそんな言葉をかけられれば、今のテンは何も言い返せず「はい」としか言えない。優しい彼女は性格上、今の状態の自分を放っておくわけもなく。現に、こうして介護されている。

 

立ち上がり、歩き出そうとするも彼女に手を取られて身体を支えられる。そこまで優しくされると、もはや優しいの領域を飛び出しているような気がしなくもないが。

 

 

「あの。一人でも歩けるよ? 部屋に戻るだけだしさ」

 

「無理しちゃダメ。絶対にダメ。いい?」

 

 

彼女に支えてもらいながら歩くテンのせめてもの抵抗。しかし、そうと決めたエミリアに揺るぎはない。いつもいつも無理をしてしまう彼のことを放っておかない彼女は、彼の身体から離れるようなことは絶対に無いと言い切った。

 

 

「そうやって無理したら、今度こそ見逃さない。これも今さっき言ったことよ。テンって、もしかしてすごーく忘れん坊さんだったりするの?」

 

 

真横、エミリアに微笑みを向けられたテンが微妙な表情を浮かべる。言い返す言葉が何も見つからなくて、なんと言えばいいかまたしても分からなくなった。

 

こうして純粋な感情を向けられた時、テンはそれに対する反応に毎度の如く困る。そんな事が生きてきた中で無さすぎたからそれにどう返せばいいか全く分からない。

 

だから、深く息を吐くことでそれを返しとした。その次に出てきた言葉は、もはや染みついた一言だった。

 

 

「……ごめん。俺なんかのために。それに気まで使わせちゃって。今更感あるけど」

 

 

歩いていた足が止まり、不意にテンの顔に影が差す。エミリアの視線から逃げるように逸らされた顔には言葉にできない様々な感情が渦巻き、彼を取り囲んでいた空気が沈むような雰囲気をエミリアは感じた。

 

何が彼をそうさせたのか。それは分からない。けど、言えることはある。自分の中で思っている言葉なら、迷いなく言える。

 

 

「こっちを向いて、テン」

 

 

頬に手を添えて優しく、でも強制的に彼の顔を自分の方に向けさせるエミリアは彼に笑みを浮かべると、

 

 

「ごめんって何度も言われるより、ありがとうって一回言ってくれたほうが、相手は満足するの。謝って欲しいんじゃなくて、してあげたくてしたことなんだから」

 

「ーーーー」

 

「だから、テンが言わなくちゃいけない言葉はごめんなんかじゃない」

 

 

ひどく、胸を打たれる。

 

聞き覚えのある言葉に、見覚えのある微笑みに、感じたこともない優しさに。それら全てに口から弱音が溢れそうになるテンは口を固く閉じた。

 

予想だにしないことだった。その言葉を今ここでかけられるなんて、分かっていた事なのに実際に言われるとここまで響くものなのかと。

 

 

「そっか……、そうだよね。自分のことを気遣ってくれた人に対して謝るのは失礼だよ、ね」

 

「失礼かどうかは分からないけど。私はありがとうって言われた方が嬉しいかな」

 

 

ゆっくりと歩き出すテンに寄り添うエミリアは歩幅を合わせる。時折、崩れそうになる体を起き上がらせながら、一歩ずつ歩んでいく。

 

エミリアがそれを嫌がる様子はない。寧ろ、自分がやると言って断らせようとしない。心の底からテンのことを心配して彼女は彼の体に寄り添っている。

 

真っ直ぐすぎる優しさと、純粋すぎる心配。

 

それを立て続けに向けられれば、テンもその二つの感情に真正面から向き合うべきだと思って。

 

 

「ありがとう、エミリア。俺のことを心配してくれて。ほんと、ありがとうな」

 

「うん。どういたしまして」

 

 

満足げに頷くエミリアと、彼女に釣られ笑いを溢すテンの二人が廊下を歩く。女子が男子を支えながら歩くという、普段なら逆の立場のはずの関係は、しかしどこかしっくりくるものがあって。

 

支えるはずのテン(騎士)と支えられるはずのエミリア(お姫様)の構図は、真逆なのに。テンの場合だとその方が型にはまっているようにも見えて。

 

そのまま二人は、穏やかな歩幅でテンの部屋へと足を進めていった。

 

 

 

「あ、そういえば。テンが使ってた武器は鞘と一緒に私が持ってるから」

 

「え?」

 

「体の痛みが取れるまでは、絶対に返さないから。そのつもりでね」

 

「はい?」

 

 

そんな、たわいもないやりとりをしながら。

 

 

 







テンは基本、ハヤトと違って誰かに支えてもらわなきゃ立ち上がれない弱い人なんですよね。態度ブレブレ男ですが、これだけは常に一貫しています。

誤字脱字報告をくださった方、ありがとうございます。初めてだったので修正できたか微妙ですが、一応修正しました。

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