親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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お、お気に入りが、ががが、ひゃ、ひゃくにん?

どうも。前回は前置きからも後書きからも姿を消していた存在感空気こと、ノランです。前回はどうでしたか? 心情描写はやっぱり難しいものです。

余談ですが。前回のお話の誤字脱字チェックを終わらせるのに軽く1時間かかりました。なるべくミスしたくなかったので何回も読み直したんですよね。それでも生まれるミスは生まれてしまうものですが。





筋肉痛? 男の勲章ですがなにか?

 

 

 

「おぁぁぁああ! いだだだだだ!!」

 

「しぬ! しんじゃう! レムやばい!」

 

 

朝、それはまず太陽の光が窓から差し込むことで始まり。次に小鳥の囀りが窓の外から朝の知らせを運んでくることで、世界に住む住民はそれを朝だと認識。目を覚ます事になる。

 

目を覚ました人間がすることはそれぞれだ。仕事がある人はそれに打ち込むために睡魔を振り払い、怠惰な人はまだ朝かと布団にくるまり、昼過ぎまで安眠。

 

しかし、その睡魔を堪えて外の空気を感じに外出するのはどうだろうか。

 

朝はいい。少しひんやりとした澄み渡るそよ風が頬を優しく撫で、深呼吸をすれば新鮮な空気が肺の中を満たし、人間的な生活音が一つも聞こえてこない静かな雰囲気。

 

静かな時間を過ごしたいならば完璧だと言える。

 

 

「レム、痛い! そこは痛い! 違う! 思ってたのと全然違う!」

 

「ラム! おま、ぜってぇワザとやってるだろ! そんな力入れる必要ないって、あだだだだだ!」

 

 

ロズワール邸に、別々の部屋から轟く男達の断末魔さえなければ。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

命懸けの中間試験、その翌日の朝のことだった。

 

 

いつも通りレムに寝顔を見つめられているところで目覚めたテンと、ラムに叩き起こされたハヤト。二人は普段のように仕事に励もうと体を動かそうとしたら。

 

ピキーン、と筋肉が硬直するような音が体の内側から外側にかけて振動として響き、その振動はやがて激痛として襲い掛かった。

 

予想の遥か彼方のそれに二人は抵抗はおろか、拒むことすら叶わず身を引き千切られるような痛みに悶絶する羽目に。

 

それを見かねたレムラム姉妹。

 

 

「だから、風呂上がりは柔軟を欠かさないようにと言ったというのに。ラムの話を聞いてないことが意外なところで知れたわね」

 

「何それ!? 初めて聞いあたたたたた!!」

 

 

「いた、あばばばば! レム、少し力を抜いてくれるとたすかるぅぅぅーーっ!」

 

「すみません。でも、今のうちからでも解しておかないと筋肉が固まってしまうんです。ご容赦ください」

 

 

ラムはハヤトに対して、レムはテンに対してそれぞれが独断でマッサージを行っていた。寝台の上に寝ろと言われた時は肩揉みや背中ふみふみなどの柔らかいものを期待していたが。

 

実際に受けてみれはどうだったか。阿鼻叫喚、この世の地獄を収束させたかのような激痛を味わうこととなった。

 

聞けば、全身の筋肉を酷使したため、少しでも早く解さないと取り返しのつかないことになるのだとか。絶対に適当である。

 

基本、マッサージなどの身体ほぐしは風呂上がりなどにやるのがベターのはず。しかし、レムラム姉妹の独断で真反対の体が一番硬い時間にやることに。

 

二階の西側。その二つの部屋から同時に聞こえてくる絶叫の声は数十分間途絶えることはなく、事情の知らない人が聞けば拷問でも行っているのかと疑うレベルだ。

 

一つ一つ語ると長くなるので、部分的にダイジェストで。

 

 

そのいち! ちょうざたいぜんくつ!

 

 

「ギブ! ギブアップ! これ以上はしぬ!」

 

「気張りなさい、脳筋。でないとラムの…脳筋の仕事に支障が出るわよ」

 

「お前、俺に押し付けること前提にぃぃぃい!」

 

 

「ま、ままま待とうか! せめて前! 前から手を引っ張る感じでお願いします! 背中から乗っかられるのは(精神的に)きびしい!」

 

「ーー? でも、テンくんは随分と柔らかそうですし。もう少し負荷をかけても良さそうですね!」

 

「んのぁぁあああ!」

 

 

 

そのに! おにのかたもみ!

 

 

「肩凝ってるぅぅう! いが、ラムてめぇ! せめて指でやれ指で! 肘を使うんじゃねぇ!」

 

「脳筋の肩を解すんだもの、か弱いラムはこれくらいしないと」

 

「目覚ましにドロップキックかますやつのどこがか弱いのか説明しやがれ!?」

 

 

「ツボ! そこ肩の痛いところだからもう少し優しくしてくれると嬉しいかなーーっ!」

 

「これでも、優しくしてるつもりですよ」

 

「俺の体どれだけバッキバキなんだよ!?」

 

 

そのさん! えびぞり!

 

 

「うがぁぁ!? 背骨! 今、確実に背骨の何本かが曲がっちゃいけない方向に曲がってるぞぉぉ!」

 

「無駄に良いガタイが裏目に出たわね。これじゃラムの身体一つで解し切れるかどうか怪しくなってきたわ。脳筋、瞬間的に縮みなさい」

 

「それ、本当にえび反りするつもりか?!」

 

 

「んんーーっ! レム待って! そのやり方は二人に負担がかかる! なんでレムが俺の体にピッタリくっついてえび反りをするの!?」

 

「こうした方が、レムがえび反りになれば自然とテンくんの固まった身体もついてくると思いまして。さぁ、もっといきますよ!」

 

「ちょとまーーーー」 

 

 

 以上。

 

 

ネタにしても二人の阿鼻叫喚の程度は理解できることだろう。

 

美少女からの身体解しを受けれる事に喜びとか感じるの?と聞かれれば二人は揃って「NO」と言おう。その感情など激痛が掻き消すせいで余韻にも浸れなかった。

 

今ピックアップしたものはほんの一握りに過ぎない。これ以外にもハヤトは関節をキメられたり、テンは必要以上に密着されたりと多方面から攻められた二人。激痛と一緒に精神的に削ってくる彼女達に手も足も出なかった。

 

それを聞いていた屋敷の住民は扉の先で何が行われているのか。知っていながらも恐ろしいとばかりに顔を引き攣らせ、ドアノブに手をかける者は一人としていなかった。

 

 

  そして、現在。

 

 

 

「お疲れ様でした。これにて終了です」

 

「あ、ありがとうございました」

 

 

「ラムが貴重な時間を削ってまでやってあげたんだから。それなりの対価を期待しておくわ」

 

「独断で行ったやつが何を言うか。ま、礼は言うぜ。ありがとよ、ラム」

 

 

合わせたのか、はたまた偶然か。同じ時間帯にそれが終了していた。寝台に力尽きているテンとハヤトと、それを見ているレムとラム。部屋は別々なのに奇しくも同じ光景が広がっている。

 

視点を行ったり来たりするのは面倒だから視点をハヤトの部屋に当てるとしよう。

 

 

 

マッサージを終えたハヤト。彼は大の字になって天井を見上げていた。あの激痛を味わった直後、脱力感が彼の身体に訪れていたが故に今の状態がある。

 

ラムがマッサージをすると言い出した時は何かと思ったが。正直な話、断っておいた方が良かったと振り返る。まさか、魔獣と戦ってた時よりも地獄だと感じるとは思わなかった。

 

尤も、

 

 

「なんか、体が軽くなった。心なしか痛みも少しはマシになったような気がする」

 

「当たり前じゃない。ラムが、ただ闇雲に解しているとでも思っていたの? 浅い考えね」

 

 

二の腕を軽く揉むハヤトが一人でにうんうんと頷き、当然だとでも言いたげにラムは胸を張った。

 

実際のところ、彼女にマッサージを受ける前と比べると飛躍的に体の状態が回復している。目覚めた直後は動くことすら困難だったが、今はそんなに痛むことはなく、普通に生活できる程度。

 

痛いだけで終わったらどうしようかと思っていたハヤトだったが。その面に関しては彼女のマッサージを受けて良かったと思う。

 

欲を言うなら、もう少しやり方を考えてほしかったところはある。手加減無しの力一杯で肩を肘ぐりぐりされた時は死を彷彿とさせる痛みが突きつけられた。

 

アレを受ければ、適当にしていたと思っても仕方ない。

 

 

「浅い考え方をさせるくらい、乱暴だったって事だよ」

 

「ラムの中では適した力加減はしたつもりだけど。それに、アレぐらい済んだのだからマシな方だと思いなさい」

 

「へいへい」

 

 

力加減の基準が疑われるラムに苦笑するしかないハヤト。彼はもう何を言っても無駄だと適当に受け流した。ラムの中では適した力加減になっているのだから、そうなのだ。

 

例え、未だに肩のツボ辺りに違和感が残っていたとしてもアレは適した力加減だったのだ。

 

 

「絶対に違う」

 

「それで、動けそうなの?」

 

「あぁ、一応な。仕事をできるかどうかは分からんが。なんとかなんだろ」

 

 

「そう、ならいいわ」とハヤトに背を向けるラムは扉へと足を進めていく。やることは終わったから彼女も仕事に戻るのだろう。

 

そもそも、仕事の時間を割いてマッサージをしてくれたのだから。本来ならばこの時間は厨房で朝食の準備をしているはずだ。

 

わざわざ大変な時に自分のためを思ってくれたと思うと、あんなことをされたハヤトも心が温かくなってくるもので。ゆっくりと立ち上がるハヤトは笑みを浮かべると温かさのままに言葉を発し、

 

 

「忙しい時間にありがとうな、ラム」

 

「えぇ。その代わり、今日のラムの仕事は脳筋が引き受けてちょうだい」

 

 

 

温かくなった心が一瞬にして冷めた。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「テンくん。今日のお仕事はどうしますか?」

 

 

軽い柔軟をして解された体を更に解すテンの隣、寝台に腰掛けるレムがそんなことを彼に尋ねた。

 

ふくらはぎを伸ばすテンは「んー」と悩むような声を喉の奥で発していたが「そうねー」と決まり文句のように言葉を繋げ、

 

 

「いつも通りにやろうかな。レムのお陰で大分楽になったし、仕事くらいはできるよ」

 

「無理をしなくてもいいんですよ。その分はレムが頑張りますから!」

 

「女の子に頑張られせて男が休むのは、自分が許さないんですよね。レムが頑張る必要はないよ、これぐらいなんてことない」

 

 

やる気満々のレムが笑みを浮かべ、両手を軽く握りしめて可愛らしくガッツポーズ。しかし、彼女の優しさを横に避けるテンは首を横に振った。

 

レムはそれを嬉しそうな雰囲気を纏いながら言うものだから、もしここで「じゃあ、頼もうかな」なんて冗談で言ったとしても「分かりました!」と快く引き受けてくれるはず。

 

そんなことすればハヤトやラムからの冷たい視線が心を貫くだろう。ただでさえ仕事の多いレムに自分の分までやらせて、自分自身は部屋でゴロゴロしてるなど社会的に殺されそうな勢いだ。

 

 

「…でも、本当に無理することはないんですよ? 辛かったらそう言ってくれれば」

 

「大丈夫だってば。流石の俺もそこまでひ弱じゃないよ。これでも十八だぜ? この若々しい体をあまり舐めるんじゃない」

 

 

柔軟を終えたテンが戸棚の中から制服を取り出すのを立ち上がったレムが止めた。そこまで心配されるとやはり、感謝よりも先に申し訳なさが出てくるテンだが。

 

彼は安心させるように肩を回す。動ける、そう表すようにぐるぐると回す様は起きた時と比べたらその差は一目瞭然、完全とまではいかずとも回復していた。

 

その姿を見れば、自分のしたことは間違ってなかったとほっとするようにレムは息を吐く。目覚めた瞬間は何があったのかと流石に焦ったが、その心配をする必要もなくなった。

 

 

「ほら、体だって動かせるし。ノー問題」

 

「のー?」

 

「大丈夫ですの意。もしくは、いいえ。とか、違う。とかの否定的な意でもある」

 

 

そういえばこの世界に英語はなかったかと思うテンに、レムは「なるほど」と頷くと、

 

 

「つまり、問題はないということですか?」

 

「そうそう。なんの問題もないよ」

 

 

腕を組み、うんうんと頷くテンと。言葉ではそう言っていてもやはり心配してしまうレム。彼の様子からして平気そうだけれど、どうしてもテンのことが気になって仕方ない。

 

それは好きだからか。それとも、あの傷の付けられ方を見たからか。それとも、単にテンが貧弱そうに見えるからか。きっと全部だ。

 

表情が晴れないレム。自分が何を言おうとも彼女の顔から曇りが消えることがないことに若干の焦りをテンは感じてきた。何がここまで気にかけさせているのかは分からないが、このままでは部屋に閉じ込められそうな気配。

 

 

「…分かった、じゃあこうしよう!」

 

 

人差し指をピンと立てて声を大にするテンは、不思議そうに首を傾けているレムに歯を見せて笑うと、

 

 

「取り敢えずいつも通りにお仕事をして。キツそうだったらレムに手伝ってもらう。そうすれば、レムも安心でしょ?」

 

 

ひとまずの妥協案を彼女に出した。話し合いは平行線になるはず、ならお互いに納得のいく案を一つ提示すればきっとレムも許してくれる。

 

根本的な問題は解決してない気がしなくもないが、一人でするのがキツかったら助けを求められる状態にしておくことが大事だ。

 

 

「やれることは自分でやって。それでもダメだったら、申し訳ないけどレムの力を貸してほしい」

 

 

結果的に彼女の仕事を増やしてしまう事になるかもしれないけど、全てを任せるよりはマシになるはずだとテンは思いたい。

 

自分の言ったことを簡単に曲げるのはどうかと思うところはある。しかし、こうでもしないと彼女は良い顔をしてくれない。

 

「どおかな?」と聞いたテン。レムは少しの間葛藤するように視線を右往左往させていたが「分かりました」と頷いた。

 

 

「辛かったらすぐに声をかけてくださいね。レムはどこにだって駆けつけますから」

 

 

一歩、レムが体一つ分の距離感だったものを半分に詰め、テンの胸に手を添えながら言った。真摯に向けられた瞳にはいつになくやる気が宿っている。

 

先程から距離の詰め方がいつもの何倍にも増して激しいレムに、思わず変な声が出そうになるテンはそれをゴクンと飲み込むと、

 

 

「わ、分かった。ありがとう。なら、着替えたいから部屋から出てくれるかな?」

 

 

二歩、レムから距離を取るテンが扉を指差した。あまりこの状態のまま二人っきりが続くと邪念が出てきそうな予感。少しでも早く彼女から離れたかった。

 

レムもテンが着替えるならと、頷きと一つ返事で 踵を返して部屋から出ていく。が、扉を閉める寸前に彼女は顔だけ覗かせると、

 

 

「そういえば、テンくんって十八歳だったんですね。レムは今年で十七歳になるので、歳が近くてとても嬉しいです」

 

 

そう、言葉を残して扉を閉めた。

 

置き土産にしては大分破壊力のあるものを置いていったレム。

 

加えて、あんな満遍な笑みと一緒に置いていったものだから。そこに残ったテンが、頬の熱を自覚しないわけがなかった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

時間は進み、朝食の時間。

 

マッサージを終えたテンはエミリア達と食事をとっていた。普通はロズワールの後ろでレムやラムのように立っているのが普通なのだが、この先に食べる時間が取れそうにないから今回は特別。

 

ロズワールも許してくれたからエミリアの隣で彼は食事中だ。尤も、エミリアの隣に座ったのには理由があって。

 

 

「なー、エミリアぁ。俺の刀返してよぉ」

 

「返してあげません。だって、返したらまた無理してでも鍛錬するでしょ」

 

「しない。しないと言う」

「言っても返しませーん」

 

 

これである。

 

体がちゃんと治るまで刀は没収。昨日、そう言い渡されたテンはエミリアになんとかして刀を返してもらえるよう頼み込んでいた。

 

基本的にエミリアはお茶の時間と食事の時間以外は部屋に勉強をするために篭りっぱなし。故に、彼女に刀を返してもらえるように説得するのはこの時しかない。

 

 

「お願いっ! お願いします! 使わないことを固く心に決めるから。……決めるから」

 

「なんで二回言ったのかは分からないけど、何を言われても返す気はないんだからね。無理しないって言ってもテンはぜーったいに無理するもん」

 

「くっそ。事例があるから反抗できない!」

 

 

きっぱりと断るエミリアにテンは言い返すことが出来ず、苦い表情を浮かべる。

 

これまで、無理しない無理しないとか言ってきた挙句、無理をしてきた事例があるから何を言おうとも彼女の信頼を得ることは不可能。もはやその時点で交渉は決裂したようなものだと理解した。

 

エミリアの様子を見る限り、その意志は強く。譲る気は一切感じられない。一生返してくれないのではとさえ思えてくる態度だった。

 

もしこの場にハヤトがいれば。と、テンは思うが生憎と彼はベアトリスに朝食を届けにいったっきり帰ってきていない。何があったかは分からないが、悪いことではないはずだ。

 

ならばと、テンは助けを求めるように周りの顔ぶれを見渡す。が、

 

 

「わーぁたしがどうこう言っても解決できる問題ではないからねーぇ」

 

 

一人はにやけ面のまま傍観を表明し、

 

 

「身の程を弁えることも一使用人としてなければならない能力よ、テンテン。少しは周りの言葉を聞き入れなさい」

 

 

一人は珍しくまともなことを言い、

 

 

「レムはエミリア様と同じ意見です。テン君は少し頑張り過ぎているところがありますから、時には休むことも大切ですよ。それに、身体だってまだ完全に回復してるわけでもないですし」

 

 

最後の一人に至ってはエミリアと同意見という、味方なしの敵しかいない空間にひとりぼっちなことが発覚する始末。レムならばと淡い期待を抱いていたのは、無駄だったと思い知らされた。

 

がっくり。とテンは机に額を打ち付けた。「やっぱ、ダメか」と小声で呟く彼は何となくこの事態も想定していたらしい。落ち込んでいるものの、そこからの回復は早かった。

 

 

「なら、魔法の鍛錬をーー」

 

 

しようかな。頭を上げたテンがそう言いかけて感じたのは刺すような鋭い視線だった。左側、エミリア達がいる方向から二つのそれが一直線に向けられている。

 

左側には向かない方がいい。心の中の自分からの忠告を受け取ったテンは、音もなく視線を右側に逸らした。目を合わせたとして、何を言われるか分かったものじゃない。

 

不意に訪れる静寂が、空間を満たした。うるさかった元凶が黙り込んだことで空間全体から波が引いていくように、騒音もまた引いていく。

 

無言の圧力を向けられて黙らされた元凶であるテン。彼は二人の視線に萎縮するように肩を窄めると、諦めるようにゆっくりと首を回して左方向へと視線を向け。

 

 

「…分かりました。何もしません」

 

 

目の前にいるエミリア。更に、彼女の後方にいるレム。鋭い視線の発生源は二人だと理解した途端、全てを悟ったのか彼は両手を上げて降参の構え。

 

これ以上反抗すると猛反発される気配しか漂ってこなかったから、彼は諦めて再び机に額を打ち付けるのだった。

 

 

「レム、そしてエミリア様に睨まれるだけで萎縮するテンテン。ハッ、立ち位置が知れたわね」

 

「やかましいわ」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

「朝は相当うるさかったかしら。寝てたと思えばお前とあの男の叫び声、様子を見てみれば姉妹の姉と妹の姿。どんな風になればあんな絵面が出来上がるのかベティーには不思議でしかないのよ」

 

「そりゃ、俺が聞きてぇよ。朝起きて地獄のような痛みに襲われたと思ったらラムが「体を解すから寝なさい」とか言って、任せてみたらあの始末。お陰で体は軽くなったけど」

 

 

場所は変わって禁書庫へ。

 

そこで朝食として用意されたサンドイッチを口に運びながら適度に話すハヤトとベアトリスの二人だ。

 

 

「つか、魔獣の森。ありゃなんだよ、あんなに沢山いるなら初めから説明しろっての。ロズワールの性格の悪さがよく分かった」

 

「あの若造の性格は底が知れないのよ。いってみれば、お前とよくいるあの男のからも同じものを感じたことがあるかしら」

 

「テンのことか? んー、そりゃ勘違いだと思うけど。確かに、周りとは少し……かなり違うが、常識的な面で言えば普通の男だと思うよ」

 

「ベティーはお前の感性を疑うかしら。無表情のまま一点を見つめてる男のどこが普通だと言えるのよ。あんな人間、今まで一度も見たことないかしら」

 

「俺だって見たことねぇよ。最初で最後にしてほしいな。あんな奴はテン一人で十分だ」

 

 

色々と不思議に感じられる光景だと思うが、こうして穏やかな日常会話をしているハヤトが一番驚いていた。

 

なにせベアトリスと朝食をとっているのだから。今までは届けるまでがテンプレだったが、今回はその先へと彼は足を踏み入れることに成功したようで。

 

半ば、ダメ元だった。

 

食事を届けるまでは同じ。その後に、食堂に戻るのも面倒だから一緒に食べても良いかと彼は尋ね。「いやなのよ」と言われると思っていたがまさかの「…座るかしら」の返事で許可を得た。

 

これも、些細な変化か。初めは会う度に嫌そうな顔をしていた彼女も、今は彼が部屋に訪れることが日常としてきたせいで慣れ始め、彼が来ることに抵抗を感じなくなった。とか思ってるのだろうか。

 

吹き飛ばされてないのがその最たる例。ハヤトが踏み込んでないのも一つの理由だろうが、本気で嫌がっていたら彼はとっくに追い出されている。

 

机を挟んで朝食をとるハヤトとベアトリス。約一ヶ月半かけて培った関係は確実に彼女の心を開かせつつあった。

 

 

「いやぁ、流石にアレはキツかった。痛みの限度を遥かに越してやがる。それを乗り越えた先に今の状態があるから、なんとも言えないが」

 

「ベティーとしてはそのまま倒れててもらった方がうるさくなくて好都合だったのよ。毎日のように入ってきてはつまらない事を話して、気分次第で適当に帰っていく。少しはベティーの気持ちも考えたらどうかしら」

 

 

どこか、斜め上を眺めるハヤトがその時のことを思い出して遠い目で語る。思い出すだけでも肩のツボ辺りが疼くような気がするのは、きっと気がするだけではない。

 

そんな彼の正面でサンドイッチを小さい口でちょっとずつ食べるベアトリスが顎を突き出して不満そうな表情を浮かべた。しかしハヤトは「おう」と軽く頷き、

 

 

「考えてるぜ? だからこうして、毎日お前の所に顔出してるんだよ」

 

 

なんの躊躇いもなく、ベアトリスの心を揺さぶるようなことを、さも当然かのように言い放った。

 

当たり前だ。当然なのだから。

 

ハヤトはベアトリスのことを考えているから毎日のように顔を出し続けているし、帰り際に必ず「また来るぜ」と言っている。ただ言ってるだけと思ってるのならば、それはベアトリスの大きな間違えだ。

 

予想外の返答に肩を跳ねさせて驚くベアトリス。彼女はサンドイッチを食べる手を止め、ハヤトのことを凝視するように見つめていた。それは何かいつもとは少し違う雰囲気を纏っていて。

 

ハヤトことを見つめるその瞳の奥に、彼ではない誰かのことを見ているような風に見えるベアトリス。まるで、ずっと待っていた人にようやく出会えたかのような。切なる願いが叶ったかのような。

 

何が彼女の琴線に触れたか。突然態度を変えたベアトリスにハヤトはニシシと歯を見せて笑うと、

 

 

「毎日一人ってのも寂しいよな。うんうん、分かるぜ。俺もお前みたいな生活送ってたら精神が病んでるかもしれねぇしよ」

 

「…知ったような口を。お前にベティーの何が分かるかしら」

 

 

口元を震わせるベアトリスが押し殺すような声で小さく吐いた言葉。準ずるように手に力が入り、握っていたサンドイッチが歪な形になって潰れる。彼女の感情をなによりも雄弁に語っていた。

 

それは、一つの賭けだった。その問いかけの返答次第ではハヤトという人間が自分の思い描く人間なのかもしれないと。忘れかけていた希望を彼女は僅かに心に抱き。

 

 

「そうだな…」

 

 

空気が変わった。というべきか、明らかな態度の違いを見せたベアトリスに対してハヤトは悩むように口元に手を当て、彼女のことを見つめた。

 

見つめたら、見つめ返してきて。表情豊かな彼女が新しく見せた一面は、とても寂しげで、悲しげで、何もかも諦めたかのような儚さがある。

 

お前に何が分かる。そんなことを言われてしまえばハヤトが言えることはひとつだ。

 

 

「何も分からねぇよ」

「ーーーっ」

 

 

途端、自分の心から僅かに宿っていた希望の光が消えていくのをベアトリスは感じた。心が、寒くなっていくような寂しさを実感した。裏切られたような絶望感が飛来した。

 

自分の何が分かると聞いて、その返答次第では永遠の地獄が終わるかもと思っていたことに。

 

分かっていた。分かってはいた。けど、この男は周りとはどこか違くて。もしかしたらと、どこかで期待していたのに。

 

それもたった今、打ち砕かれた。瞳の奥にいた誰かはハヤトではなかった。

 

 

「おい。そんな悲しい面すんなよ。俺まで悲しくなってくるだろうが」

 

「えっーー」

 

 

ふと、頭に優しい温かさが添えられてベアトリスの意識は舞い戻る。そうして世界を認識した時、ハヤトが自分の隣に座り込んでいた。

 

ただ座り込んでいるだけではない、その右手が頭にポンと添えられて。左右に揺すられる。

 

頭を、撫でられる。

 

 

「あのよ、ベアトリス。確かに俺はお前のことを何一つとして分かっちゃいないよ。まだ会ってから二ヶ月も経ってねぇのに、分かるわけがあるか」

 

 

言葉に詰まるベアトリス。思考の停滞は行動の停滞を意味し、完全に硬直した彼女にハヤトは「だがよ」と間髪入れずに言葉をかけた。

 

 

「分からないから、こうやって手を伸ばし合うんだろ。知らないから、こうやって話すんだろ。分からないからってそこまで落ち込むことはねぇ」

 

「ーーーー」

 

「例え今は分からなくても、いつか分かる時が来る。って言えたらカッコいいけどよ。生憎とお前は自分のことを話そうとしないから。多分、分かるのは随分と先の話になると思う」

 

 

ベアトリスがハヤトのことを拒むような素振りは見せなかった。頭を撫でられているというのに、彼女は顔を俯かせているままで。

 

んー、どうしよう。なんてことをハヤトは頭の中で考えていた。

 

雰囲気をぶち壊して申し訳ない気もするが。原作の知識があるハヤトは彼女の境遇もある程度は理解している。だから「ベティーの何が分かるかしら」と言われたら「大凡は分かる」と答えることも可能だ。

 

しかしそれは良くない。彼女について知っているのは彼女と、あともう一人。それ以外の人間は知らないことが当然で。

 

もしそう言えばベアトリスとの関係に溝ができかねない。加えて、知っている理由に誤魔化しがつかない。

 

こういう場面。本当にやりづらいとハヤトは思う。それは少し前にテンがロズワールに対して思っていたことで。テンはロズワールに、ハヤトはベアトリスにそう思うとはなんの因果関係か。

 

だから自分の言うべき言葉。それは、

 

 

「まぁなんだ。いつか、いつになってもいいからお前のことを話してくれや。その時になったら、今お前が抱いてる感情を俺に教えてくれ」

 

 

「俺は、いつでもお前の所に行くからよ」と言葉を閉めたハヤトは、最後に二回ほど頭をポンと優しく叩いて頭を撫でるのを終わらせた。

 

これ以上踏み込んだことを言うのも彼女に対して良くないと判断した彼は、ここから先に進むのは数ヶ月後に後回しに。話してくれないなら、話してくれるのを待つだけ。

 

そこまで心を開くのに何ヶ月掛かるのか。果てしなく長い気もするが、それもまたそれ。過程を重んじるハヤトにとっては苦ではない。

 

 

「……お前は」

 

「ん?」

 

 

俯いたままのベアトリスが呟いた言葉に首を傾げるハヤト。今にも消えてしまいそうな弱々しい彼女の口から発せられた言葉は、

 

 

「お前は………」

 

「お前は?」

 

 

 言葉はーー、

 

 

 

「なん…、でもない。かしら」

 

 

ハヤトに届く事はなかった。

 

喉の寸前にまで出かかっていた言葉は、頭を左右に軽く振るベアトリスがゴクンと飲み込んだ。

 

何かと思って追求しようとするハヤトだが、それも彼女のことを見れば良くないことだと本能的に理解して止めた。

 

今の彼女はどこか様子がおかしい。嬉しそうで、でも寂しそうで、縋るように自分のことを見て、何かを堪えるように拳を握りしめて。きっかけ一つで泣き出してしまいそうな。

 

お前はーー。その言葉の先の検討がつかない程ハヤトは鈍くない。どこぞの鈍感野郎とは一緒にしないでほしい。

 

気付かなきゃならないこと、分からなきゃならないこと。ハヤトにはそれを理解する力がある。

 

だから、彼女が言わんとしていることもなんとなく分かる。しかし、言わなかったという事はまだその時ではないと彼女が判断したことに他ならない。

 

だから、今日はここまでだ。

 

 

「……ほら、ベアトリス。レムとラムがせっかく作ってくれたサンドイッチがぐちゃぐちゃになってるぞ。俺のをやるから、ちゃんと食べろ」

 

 

その場の雰囲気を強制的に変えるハヤトが場違いな笑みを浮かべながらそう言った。彼女が拒んだのだから、この話はおしまい。そうと決まればハヤトの切り替えは早い。切り替えれてない感もあるが声で誤魔化す。

 

彼女の手の中で握りつぶされたサンドイッチを取り上げたハヤト。それを見れば、心の動揺具合がよく理解できた。それでもこの空気は変えようと彼は立ち上がると、

 

 

「っつーことで、俺は行こうかな。俺の分はお前にあげたので最後だし。食べ終わったらいつも通りに外に出しておいてくれ」

 

「分かっ、た。のよ」

 

 

妙に言葉の歯切れが悪いベアトリスがぎこちなく頷くのを見て、今は彼女を一人にするのは良くないかと考えるハヤト。しかし、一人で考える時間も大切だと無理やり割り切る彼は彼女に背中を向けて歩き出した。

 

 

 ーー俺はどうするべきなのか。

 

 

そんなことをハヤトは心に問いかける。普段から心の赴くがままに行動するのに、今は、その心も迷いに迷っている。一歩踏み出そうとして、踏みとどまった彼女に対して心がどうするかと聞き返してきた。

 

が、そう考えているうちに扉は目の前まできていた。歩く距離は同じにも関わらず、随分と扉までの到達時間が短く感じたのは気のせいなのだろうか。

 

ドアノブに手をかける。何も言わずに出て行っていいのか。いつもみたいに「また来るぜ」の一言だけでいいのか、他になにか言うべきじゃないのか。それだけで終わらせて本当にいいのか。

 

言うべきこと。否、言いたいことならある。

 

 

「なぁ、ベアトリス!」

 

 

縋るように、悲しそうに、寂しそうに。そんな風に見つめられて言いたくなったことなら、ある。なんの関係もないかもしれないけど、心が叫んでいるのだから。

 

 心が赴くがままに、だ。

 

 

「俺は。お前がどうしてそんなに寂しそうなのかも分からねぇし、どんなことを悩んでるのかも分からねぇ! けど、言えることはあるぜ!」

 

 

振り返り、声を大にして叫ぶ。ベアトリスのことを視界に入れたとき、一冊の黒い本を両手で抱えている彼女が見えた。その本の正体など今はどうだっていい。

 

伝えなければならないことがある。伝えないと気が済まないことがある。拳を力強く握りしめて、彼女にそれを思いっきり向けて、言い放つ。

 

 

「俺はまたここに来る! お前が拒もうが拒まなかろうが絶対にここに来るからな! だからそんな悲しそうな顔しないで、沢山笑ってくれ! お前は笑ってる方がずっと似合ってるからよ!」

 

 

あってるのかとか、間違ってるのかとか。理屈などどうでも良かった。言いたいことを言うだけのハヤトはそう言って満遍の笑みをベアトリスに向けていた。

 

いつものハヤトだ。自信満々で、曇りなんてひとつもなくて、真昼に浮かぶ太陽のような笑みは暗くなっていた心を優しく、そして明るく照らしてくれる。

 

彼の言葉を聞いたベアトリスは心がこれまでにないぐらいに熱く、熱せられるような感覚を得た。感じたこともない感情がふつふつと湧き上がり、気がつけば彼に釣られて叫んでいた。

 

 

「別に、好きにするがいいのよーーッ!」

 

 

声を大にしたベアトリスの声が禁書庫に木霊し、永遠と響き渡る。力が緩みそうになる両手で本を抱え、歯を食いしばり、感情に飲まれないように自分を制御する彼女は。

 

しかし叫び続ける。魂の叫びだった。

 

 

「別に、お前が来るか来ないかなんて知ったこっちゃないかしら! けど、お前が来てくれて嬉しいなんて思って、ちょっとだけ思ったけど全く思ってないのよ! 勘違いしないでほしいかしら!」

 

「どっちだよ!?」

「どっちもかしら!!」

 

 

ハヤトとベアトリスの声が衝突し合う。その言い合いは意味が通っていない幼稚なものだった。

 

しかし初めて聞くことのできたベアトリスの本音。やっと言ってくれたとばかりにハヤトは口を大きく開けて豪快に笑うと、

 

 

「そうか、そうか! ほんっと、お前ってかわいいやつだな!」

 

「嬉しくないかしら! お前なんて、別に来てくれても嬉しくなんてこれっぽっちも思ってないかしら!」

 

「うんうん、分かった分かった。安心しろベアトリス、お前が待ってる限り俺は何度だってここに来てやるからな」

 

「ーーっ! な、もういいから出ていくのよ!」

 

 

自分の中で勝手に話を進められてあたふたするベアトリスが顔を真っ赤にして叫んでいるのを正面に、ハヤトは嬉々とした感情が溢れてくるのを堪えられない。

 

必死に「嬉しくない」と撤回する様子も。それを悟られて最終的に「出ていけ!」と照れ隠しなのか恥ずかしがってるのか、よくわからない風に追い出そうとしてくる無邪気さも。

 

ベアトリスの何もかもがハヤトの心をくすぐる。この勢いでは子ども好きに拍車がかかるのも時間の問題か。否、時すでに遅しである。

 

息を切らしながら扉を指差すベアトリス。ブンブンと勢いよくその腕を振る姿は年相応、ハヤトも「分かったよ」と彼女に手を振ると、

 

 

「またな、ベアトリス。また来るぜ。あでも、これからは『また来るぜ』よりも『またな』の方がなんかカッコいいーー」

 

「早く出ていくのよーーっ!!」

 

 

 

そうやって、結局は物理的に追い出されましたとさ。

 

 

 

 







前回はテンとレムのお話だったので。今回は少しだけハヤトとベアトリスのお話を。さて、この二人のお話を書くのは何ヶ月後になるか。



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