親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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ハヤトがロズワールと戦い、テンは流放を身につけるために悩む。基本、彼らの毎日はこれの繰り返しなので少しだけ時間を飛ばします。





焦らし、焦らされ。

 

 

 

「あ、またやってる。もぅ、少しは休まないの? 倒れちゃっても知らないんだから」

 

 

彼が鍛錬をしていると彼女は決まってやってくる。そう、決まった時間に決まった言葉で決まった仕草をしながら。楽しそうに笑顔を浮かべて彼女は彼の背後から顔を覗かせる。

 

理由は鍛錬に熱を入れすぎる彼のことが心配だから。彼の愛用する武器を取り上げてもその熱が冷めることはなく、むしろ最近になって昔のような過度な鍛錬が再発しつつあって。

 

そのことが気が気でない。無理をしていた時のことを彼女は知っているから。無視などできるはずがない。

 

 

「また来たな。ほんと、暇なの? お前も早く寝ないとなのに。いつもいつも来てさ」

 

 

真隣に座る彼女に彼は鬱陶しそうに目を細める。言葉もそれに当てはまるような内容だが、不思議なのはそこまで嫌がっているように見えないところだった。

 

仕草や言葉こそ、それに他ならない。が、彼を取り巻くやんわりとした雰囲気がそれを上回り、逆に彼女が来たことでホッとするような微笑みを浮かび上がらせる。

 

こうして顔を出してくるのは何度目だろうか。少なくとも二十回は超えているはず。なら、自然と慣れてくるものなのだろうか。

 

それに、隣に座ることを拒まない時点でーーそういうことになる。

 

 

「暇って言い方は違う気がする。だって私は鍛錬に熱を入れ過ぎて倒れないように見てないといけないから。そういう意味ではすごーく忙しいかも」

 

「それって俺のせいになるわけ?」

「うん。そうかもね!」

 

 

さも当然のように言い切る彼女に彼は呆れるようにため息。取ってつけたような理由だが、残念なことに彼女は大真面目。心の言葉を直球で伝えてくるために、彼の心が揺れる時も多々ある。

 

つまり。彼が倒れないように彼女は隣で見ていなければならない、だからここに来た。彼女の言い分はそういう意味だ。本当にそうなのか怪しいところではあるが。

 

しかし、彼も彼でそんな彼女に助けられている部分はあった。なんの表裏のない、真っ白で純粋な心を灯した彼女と話していると、自分まで浄化されるような不思議な安心感を得ることができる。

 

ひとりの夜は長い。鍛錬に集中して、試行錯誤を繰り返して、出口のない迷路をひたすらに彷徨うような感覚に陥ることが最近は多く。

 

中間試験から一週間ほど経った今でも新しい力のきっかけは掴めてなくて。正直、泣きそうなところはある。魔法ですら一週間もあれば感覚の糸口は掴めていたのに。

 

そんな中に一人でいれば、彼の心から必ずと言っていいほど弱い自分が顔を覗かせる。「できないどうせ無理」そう言い続けて心を黒く染めてこようとする。

 でも、

 

 

「ねぇ。偶には早く終わりにして寝ましょう? 無理のしすぎは良くないってパックも言ってたし、私もね、すごーく心配だから」

 

 

そうやって心配してくれる人が隣にいると、何故か染められそうになった心が浄化されていく。彼女にそう言われると不思議と温かく包まれるような安心感がする。

 

話している。ただそれだけなのに気がラクになるような、肩が軽くなるような。言葉にできない感情が心の隙間から溢れ出して。

 

 

「平気だよ、これぐらい。今に始まったことじゃないしさ。何度も言うけどお前さんの方こそ早く寝ないとパックに怒られるかもよ?」

 

「たぶん、怒られるのは私じゃないと思う。鍛錬が終われば私も寝ようって思えるし。このままだと、パックに怒られちゃうかもね」

 

「俺かよ。そうね、そうでしたね。パックは自分の娘贔屓がとてつもないですからね。俺のせいで寝れなかったとでも言えば一発アウトか」

 

「ふふっ。ちょっと見てみたいかも」

「やめてよね。凍らされるの俺なんだから」

 

 

いたずらっ子のような笑みを浮かべる彼女に彼が困るように苦笑い。流石にパックが絡むと厄介なことになりかねないと懸念した彼は、その場から立ち上がった。

 

パックのことを持ち出されてしまったら彼も仕方なく従うしかない。それに、最近は寝るのも遅かったから偶にはいいだろうと彼はその場から歩き出した。

 

後を追うのは彼女だ。歩幅を合わせるように横に並び、ゆっくりとしたペースで屋敷へと帰っていく。その光景。彼からすればなんでもないことだが、彼女からすれば大きな変化だった。

 

前はどんなに休めと言っても聞かなかった彼が、今はこうして休む時はちゃんと休んでくれるようになっている。夜更かしして鍛錬する時もある時はあるけど、本当に休まなくちゃいけない時は。

 

心境の変化だろうか。今の彼は前のように、どこか怯えていて追い詰められるようには見えない。ちゃんと自分の言葉を聞いてくれている。向けられた心配にちゃんと向き合ってくれている。

 

それが、彼女には何よりも嬉しかった。

 

 

「なぁ。俺が鍛錬してるといつも顔出すけど。やめようとは思わないの?」

 

「うん、思わない。だって私が近くにいないとすぐ無理するんだもん。そんなの、見過ごせないわよ」

 

「自分の体調管理ができないほど俺は子どもじゃないけど」

 

「一ヶ月前の話をしてもそう言い切れるの?」

「それは言わないお約束ですぅ」

 

 

つーん、と口を尖らせてそっぽ向く彼は、言い返す言葉が見つからないのかそれ以上言葉を言う気配はない。

 

そんな彼に彼女は、楽しそうに微笑むばかり。彼と話すと楽しことが尽きない彼女は頬が緩みっぱなしで。

 

隣り合って歩く彼と彼女。歩幅は合わせたわけでもないのに自然と同じで、次第に足音も重なり。互いの距離は少しずつ、少しずつ、縮まっていく。

 

 

 

 

 これは、お月様に照らされた一人の青年と一人の少女のなんでもない一幕。

 いずれ騎士となり、姫となる関係の軌跡。その始まりに過ぎないお話。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「最近さ、鍛錬してるとエミリアがそこに遊びにくることが多くてね」

 

「お? 脈ありか?」

「ぶっ飛ばすぞ。どんな曲解したらそうなるんだ」

 

 

そんな会話から始まった昼食の支度。いつものように展開されるテンとハヤトのなんでもない会話が使用人二人とメイド二人の空間で広がっていく。

 

話題の始まりは基本的にテンからだ。頭の中を空にしたテンが下らない話題を一つ、それに対してハヤトが反応、テンが返してハヤトが返すやりとりを永遠と続けていく。そこにレムとラムが口を挟んでくる形。

 

これが毎日のように、朝昼晩と始まるのだから、これがないと厨房が寂しく感じる四人。そういうこともあっていつもテンが何かしらの話題を投げかけるが。

 

どうやら、今回は頭の中を空にしてないらしい。くだらないとも言い切れない話題が彼の口から出てきた。普段は別に聞いてなくても対して問題ない内容だが、今回はエミリア関係と。

 

因みに昨日の話題は、風呂に入る時に頭と体のどちらを先に洗うかである。

 

 

「ハヤトのトコには遊びに行ってたりしない?」

 

「一回もねぇな。通りかかった時に軽く話すくらいはするが。長居はしてこねぇよ」

 

「ふーん。そーなの」

 

 

ハヤトの言葉を受けたテンが軽く頷いた。なんとなく察していた事だが、やっぱりハヤトの所には遊びに行ってなかったらしい。それはそうだ、自分の方に毎晩遊びに来るのだから。

 

決まった時間に決まった仕草で。もはや、日課として定着してないか不安になってくるテンだ。そんな彼にハヤトは「つーかよ」と言葉を繋げて、

 

 

「お前、いつの間にエミリアと仲良くなったんだ? 毎晩のように遊びに来るって中々だぞ」

 

「んーー。仲良くというか、彼女が鍛錬の超過を懸念して俺のことを見張ってるって感じだから。俺のことを気にかけてくれてるだけだと思うけど」

 

「それを仲良くなったというと俺は思う。つか、絶対にそれが理由じゃないって。もっと他にあるはずだろ」

 

「そーなのか?」

「そーなんだ」

 

 

言い切るハヤトにイマイチ納得がいかないのかテンは「んー」と声を唸らせた。エミリアが遊びに来る理由は、鍛錬のしすぎを心配してるからだと本気で思っているからだ。

 

現に彼女からそう聞かされているし。それで間違えはないと思っている。

 

尤も、ハヤトからすればそういう事には必ず裏があるというもの。勿論、心優しきエミリアのことだ、彼が心配なのもあると思うが、きっとそれだけではない。

 

毎晩遊びに来る。心配しているという理由一つでそこまでやるだろうか? 無いとは言い切れないけど、もっと他にある。

 

 

「だって考えてみろよ。俺が鍛錬のしすぎでぶっ倒れるか心配だったとして、お前は毎晩のように鍛錬の場所に顔出すか?」

 

「出さないわね。勝手にのたれ死んでなさい」

 

「横槍どうもね! お前の意見はストレートで分かりやすいよ、傷つくけど!」

 

「冗談よ。死にそうになったらラムが無理やり止めてあげるわ。その代わり、意識を失うことになるけど」

 

「余計に悪化するわ! 鍛錬で倒れないようにした結果ぶっ倒れてたら本末転倒じゃねぇか!? つか、どんな荒治療をするつもりだよ!?」

 

 

テンに問いかけた質問への応答がまさかの真横に座るラム。ハヤトと同じく芋の皮剥き担当の彼女は自分の気持ちを隠すつもりもないのか、彼女らしいド直球な返し方をしてきた。

 

辛辣すぎる答えに精神的に衝撃を受けたハヤトは「ぐはっ!」と胸を押さえる。彼女らしいと言えばそうだが、もう少しオブラートに包んでほしい。

 

しかし、止めてくれるところを見るとやはり彼女は優しいことが分かるハヤトだ。辛辣な言葉を毎回かけてくるけど、なんだかんだ言って彼女は優しい。その方向性がちょっと歪なだけだ。

 

そのラムはと言えば、彼女は皮剥きをしている最中。なんの悪びれもない態度で彼の反応を右から左へと流した。否、聞いてすらない。

 

 

「んで、テンはどうなんだ」

 

 

出鼻をくじかれたハヤトが一度咳払い。脱線した空気を戻す彼は背を向けて作業中のテンに再び問いかけ直す。

 

テンはいつものように「んーー」と喉を唸らせて「そうね」ともはや定型文となった文を口にしたのち、

 

 

「お前なら多少は無理しても大丈夫そうな感じだから、毎晩とまでいかなくても少しくらいは顔は出すと思うよ」

 

「だろ? エミリアみたいに毎晩ってわけじゃない」

 

「じゃあなんでエミリアは毎晩のように俺んトコに遊びに来んの?」

 

 

トントン拍子で返された言葉。ハヤトに指摘されて異質さに気づくテンが純粋に思ったことを彼に投げかける。

 

当然、と言うのは少し変かもしれないが。エミリアが遊びに来る理由が心配の二文字だと思っていたテンからすれば無視できないことだ。逆にそれ以外に何かあるのか、と。

 

純粋かつ無自覚な疑問。異性に対してそこまで詰め寄られておきながら、そういう可能性に対して無頓着なテンのそれにハヤトは頭を悩ませるしかない。

 

レムの時もそうであったが。いや、現在進行形でそうだが。この男は自分に向けられる好意的な感情に気付かなさすぎる。エミリア然りレム然り。

 

エミリアの場合は恋愛ではなく信頼の証を見せているだけかもだが、レムの場合はバッチリ恋愛である。側から見てもレムはテンのことが好きだと断言できる。

 

が、テンはそれらに一切気付かない。気付こうともしないため、俗に言う「あ、コイツもしかして俺のこと〜〜」が絶対に彼の中では起こらない。

 

ありえない、と自分の中で完結しているからか。無理だ、と気付きかけても無視しているからか。理由は挙げれば挙げた分だけ当てはまるだろう。

 

そんな、彼女いない歴=年齢の十八歳にハヤトが掛ける言葉。それは、

 

 

「そりゃ、お前と話してると楽しいからじゃないか? それか一緒に過ごして嫌に感じないから来るんだろ」

 

 

結構遠回しにそれについて伝えたハヤト。嘘は言っていないから問題はないだろう。話しててつまらない相手とは長話はしないはずだし、そもそも嫌な人に自分から近づくだろうか。

 

ハヤト自身、テンと話すのは嫌いではない。その時間が何よりも楽しい。年の同じ相手で親友の彼と話す時間は自分にとって心休まる瞬間。遠慮なしに笑えるひと時。

 

親友と和んでいる映像を脳裏で再生し、一人でに笑みをこぼすハヤトだが。どうやら、テンに彼の言葉は届いてないらしい。「うん?」と困惑気味に振り向いては、

 

 

「俺と話してると…楽しい? こんな俺と? お前と真反対な俺と? お前と話すのが楽しいって話なら分かるけど。俺と話して何が楽しいの?」

 

 

「だって俺だよ?」と情けなさにも程がある自己嫌悪の言葉を手当たり次第に口から吐き出すテンが、そう言って手を広げておどけた。声色から察するに彼の言葉に嘘偽りは感じられない。

 

 

 ーー本当にこの男は。どこまでもどこまでも歪んでいる。

 

 

今すぐにでも、彼のひん曲がった小根を叩き直したいハヤト。前々から感じていたがそこが彼の悪い所。自分の良い所を彼は知らなさすぎる。寧ろ、悪い所しか知らない。

 

それが原因で彼の隣にいる、エミリアが遊びにくることを話し出したあたりから動きの停止したレムとの関係もゆっくりと進んでいるし。

 

持った得ないというか、なんというか。彼は自分の良いところを自分自身で無駄にしてしまっている。

 

 

「俺はお前と話してて楽しいぞ。お前は俺の予想の遥か上を行く言葉を返してくるからな、話題も尽きないし。何も考えずに腹抱えて笑える」

 

「楽しいか楽しくないかは知らないけど。ちょうど良い暇つぶしくらいにはなるんじゃないかしらね。それ以上でもそれ以下でもないけど」

 

「………。よく分かんね」

 

 

ハヤトとラムの言葉を正面から受け取ったテンはそう言いながらクルリと身をまわして回れ右。自分の作業に戻る。鼻から大きく息を吐く彼は突然に向けられた感情にむず痒くなった。

 

自分と話してて楽しい。そんなこと正面から言われたことなんてなかったし、ラムに言われたことが少しだけ心に響いた。

 

 

「…どうだ、アレがテンという男だ。面倒な性格してるだろ」

 

「えぇ。面倒な性格してるわね。全く、レムがかわいそうだわ」

 

「そうだよなぁ。性格がなんとかなれば結構トントン拍子で進むと思うんだが」

 

「それができないから脳筋の脳筋っぷりがその内テンテンの顔面をぶち抜くんでしょ?」

「ひでぇ言いようだな。間違ってないがよ」

 

 

たった今自分達の感情から逃げたテンの後方で、そんなやりとりが短く交わされる。『テンとレムのことを見守る会』のメンバーであるハヤトとラムの内緒話であった。

 

改めてテンの厄介さに呆れるラムと、苦笑いを顔に浮かべるハヤトの二人。彼らの視線の先には当然テンとレムの後ろ姿がある。その関係の変化に気付きつつも、まだ見守る二人はいつだってその後ろ姿を側で見ているが。

 

そろそろ、それも厳しい予感。レムが恋心を自覚してしまった以上は彼女は止まらないし止められない。となれば、相手であるテンにもそれを自覚してもらう必要がある。

 

勿論、その役目はハヤト。唯一無二の親友である彼のお仕事で。

 

 

「どんな形になっても良いけど、窓を突き破るのだけはやめてちょうだい。ラムが掃除した部屋を汚すのはラムへの挑戦と捉えるから」

 

「お前は俺の何を想像してんだよ…。流石にそこまでアツくはならないようにするさ」

 

 

「どうだか」と首を横に振るラム。仕事に戻る彼女はそこで話を区切り、ハヤトも自分の仕事に意識を集中させ、それを境としてテンから始まった話題は完全に途切れた。

 

正直なところ。テンにその気持ちを自覚させるのは難しいことではないとハヤトは考える。彼も根っこにあるのは単純で男の子らしいものなのだから。

 

ただ、少しばかり歪んでいるだけで。それを治せればきっと彼は変われる。ちゃんと向き合って考えれば、彼も分かってくれるはず。

 

そんな。願いに近い思いが彼にはあった。

 

 

「……俺と話すのが楽しい。ね」

 

 

背後で密かに自分のことが話題に出されていることなどつゆ知らず、テンが独り言を呟いた。それは己の心の中に歪みとして居残り、不意にエミリアとの記憶を呼び覚まさせる。

 

 

 ーーあ、まだいた。もぅ、こんな遅くまで鍛錬してるなんて。身体に悪いんだから。

 

 ーーふふっ。ちょっと見てみたいかも。

 

 ーーそれなら、毎晩遠慮なく遊びに行くから。その言葉を忘れないでね。

 

 ーー遠慮をするなって言ったのはテンだよ?

 

 

呼び覚まされる記憶。映るのは終始楽しそうに笑っているエミリア。無邪気で、無防備で、無警戒な、裏表のない純粋なそれをずっとずっと浮かべている。

 

そんなことを思い出せば、彼の心はハヤトの理解できない言葉を肯定しそうになった。自分と話していて楽しい、どこが楽しいのかなんて分からない。こんな、こんな自分のどこがーー。

 

 

「…本当に、そうなのかな」

 

 

テンが自分にしか聞こえない声量で声の雫を一滴溢した。それは考えていたことの一欠片がポロリと唇から漏れるように。それを自覚したテンは胸の奥から込み上げる温かい感情、それを溢さぬように口を固く閉じた。

 

誰かに悟られたくない、その一心で。が、その落下地点から波紋するように言葉は響き渡り、隣にいた存在の耳に届けられて。

 

不意に服の裾をクイッと引っ張られる感覚を感じたテン。彼がその方向に顔を向けると、眼前に迫るレムの青い瞳と目が合った。

 

なんの悪戯か。身長差的に上目遣いのレムに驚くテンは喉から出かかった声を飲み込み、レムはというと。

 

 

「テン君はエミリア様と大変仲がよろしいんですね」

 

一言、

 

「エミリア様とテン君は毎晩お話をしているんですね。二人だけで」

 

もう一言、

 

「レムは気を遣ってお邪魔にならないようにと、お休みの日だけにしてるのに。エミリア様はいいんですね」

 

さらに一言、

 

「でしたら、レムもお邪魔してもよろしいですよね? お話しするのが大丈夫なら、隣に居るだけならもっと大丈夫ですよね? そうですよね? そうに違いありませんよね? ね? ね?」

 

トドメの一言。

 

怒涛の疑問符ラッシュで熱心に詰め寄るレムと彼女の圧に顔を引き攣らせるテン。何が彼女の心に触れたか、必要以上に迫るレムにテンは物理的にも精神的にも何も言えない。

 

両手を軽く握りしめて、空いた距離を詰めるレムにはやはり距離感という文字が存在しない。瞳をキラキラと輝かせて期待の眼差しを彼に送る。

 

「ね?」の回数分だけ詰め寄り、「ね?」の顔のまま微笑んだレムはそのまま動きを停止。朝と同様、その裏側にまたしても恐ろしいものを場違いにテンは感じ取った。

 

突然の事で何が何だかテンはよく分からず、とりあえず助けが必要なことは分かった。だから助けになる人物たちへと視線を向け、

 

 

「ーーーー」

 

「ーーーー」

「ーーーー」

 

 

その瞬間、助けは無いと悟った。

 

無言で顔を向ければ二人は芋の皮むきに没頭、自分よりも芋の方が大事らしい。ラムは予想していたことだが、ハヤトにまで見捨てられた。

 

外した視線を戻せば先程と同じ体制のレムが可愛らしい笑みを固定させている。しかしそれだけの彼女がどれほど破壊力のあるものか。実際に前にすると思わず挙動不審になりそうだった。

 

その態度をどう受け取ったのか、レムは期待の眼差しから光を落とし、

 

 

「……だめ、ですか?」

 

 

シュン、と。

 

効果音が聴こえてきそうなレムがそう言って俯いた。声色も準ずるように寂しげなものになり、握られていた拳から力が抜けて力無く垂れ下がる。応答の停滞は彼女の心を負の方向に進ませていた。

 

ピンと立っていた耳が垂れていく。その子犬のような仕草に一度だけ鼓動が高鳴るテンだが、同時に真横から尋常でない量の殺意が彼の心臓を貫いた。思わず背筋が伸び、頬が強張る。

 

横目で確認すると、凍てつくような鋭い視線を向けているラム。握りしめられた包丁が彼女の殺意を宿している。そして、「いけ! いけ!」とでも言いたげにニヤニヤするハヤト。

 

何か。青春ドラマの一場面を追体験しているような気分なったテン。彼は困ったように吐息、それから落ち込むレムの肩を優しく叩こうと手を伸ばしーーその手を引っ込め、

 

 

「分かった。好きな時に来ていいよ」

 

 

ハヤトが「このヘタレが」などと意味の分からないことを言ったのを無視するテンはレムにそう伝えた。このまま引き下がればラムに何されるか見当もつかず、その前にレムのことを蹴るわけにもいかない。

 

柄にもないことを言ったと頭を左右に振って額に片手を当てるテン。彼に対するレムの反応といえば、

 

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 

その言葉が鼓膜を優しく撫で、頭の中でその意味を理解した時。彼女はそう言って花が咲いたような笑顔を顔いっぱいに浮かべていた。

 

 

 ーーこれで我慢しなくていい、窓の外から眺めるしかできない焦らしから解放された。

 

 

誰の心境かなど語るまでもない。

 

身をまわすレムはそこから自分の作業に戻った。言いたいこと、言わせたいこと。その二つを完了させた彼女は自分の役目を全うすることに意識を向けている。

 

頬がほのかに紅いように見えるのはきっとテンの気のせいだろう。気のせい、気のせいだ。

 

 

「手が止まってるわよ、テンテン」

「あ、うん。ごめん」

 

 

余韻に浸るテンを指摘したラム。肩を跳ねさせたテンだが、自分の中で整理を終えたのかレムのように元の作業に戻り。レムから始まった一幕は、こうして幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

深夜、彼は一人、苦しみ続ける。

 

 

 

集中。体の中に宿るゲートを通じてマナが引っ張り出される感覚。それを感じ取ったら次は熱が全身に循環するイメージ、滞りなく行き渡って時間と共に染み渡るような。

 

深呼吸。精神を静寂で満たし無駄なことは何も考えない。やるべきことだけに意識を集中させて、熱を感じるために精神を研ぎ澄ませる。不思議なことにこうしていると自身の中でマナが高まるような感覚を感じ取る。

 

空だった器の中にお湯が注がれるような、或いは湧き出てくるような。徐々に器が満たされていく。言葉にしようのない高揚感が溢れてくる。

 

しかし、これではない。あの時に感じていた感覚はこんなものではない。満たされた器からお湯が溢れ続ける感覚。今よりももっと高揚感に満たされて、なんでもやれそうな予感がしてくる。

 

その感覚を探して、探して、探してーー。

 

 

「……ダメだ。できない」

 

 

プツン、と。己の中で張り詰めた糸が切れる音を幻聴として聴いた途端、器に満たされたお湯が一気に溢れていくような疲労感を感じて脱力。背にしている樹木に体重を掛けた。

 

慣れないことをするのは簡単ではない。流法という新たな概念を自分の中に生み出すことは、ゼロからイチを生み出すのと同等の難しさがある。

 

魔法とはまた違う。誰もやったことがないからアドバイスも聞けない。何をどうしたらいいのかも全く分からない。故に自分だけでなんとかしなければならないという。

 

 

「かれこれ一週間。そろそろコツくらいは掴めてもいいでしょ…」

 

 

中間試験から既に一週間が経過した今でもきっかけすら掴めない。魔法の時はコツくらいは掴めていたのに。全然、できない。掴めたとすればマナを高めていく方法くらい。

 

高めることはできても、高めたマナを全身に循環させることができないため。その技術の必要性も皆無と言える。

 

 

「あの時はできていたのに、なんで今はできないのか」

 

 

魔獣と戦っている時はちゃんとできていた。マナを高めるまでは同じ、そこから先の領域に自分は手を届かせていた。なのにどうして今はできないのか。

 

イメージは同じはずだ、マナを高めるのもできている。しかしできない。

 

意味が分からない。完全に手詰まり。一歩たりとも前に進めていない。ハヤトはロズワールとの鍛錬で確実に前へと進んでいるが、自分は同じ場所でずっと足踏み状態。

 

 

「どうすればいい……? やり方を変えるか、想像自体が的外れか、そもそも流法の才能が…いや努力次第だからそれはない、なら何が足りない? 何が俺に不足してる? 何が。なにが、なにが」

 

 

頭の中で考えすぎてだんだんイヤになってきた。この思考をするのは何百回目だろうか。鍛錬中はずっと同じことを考えているからずっと回り続ける。

 

不意に体が横に倒れかかった、残っていた体の力が抜けたらしい。精神状態が不安定だからか、単に疲れたからか。とても眠くて横になりたいからか。いや全部か。

 

意識が落ちかける予兆に、少し倒れるのも悪くないと思うテンはそのまま体を横に倒しかかった。目を瞑っていずれ来る芝生の硬さに身を固める。

 

こんな場所で眠れば風邪をひいてしまうだろうけど、流石に朝まで寝過ごすことはないだろう。それに長く寝るつもりはない、仮眠程度の軽い睡眠だ。

 

少し疲れたから、ちょっと休んで、また出口のない迷路を彷徨うように鍛錬をして、また疲れて、少し休んでーー、

 

 

「ーーー?」

 

 

とす、と。

 

芝生の感触とは思いづらい柔らかな感覚に受け止められた。数秒後には身体が優しい温度に包まれて、落ちかける意識が深く沈んでいく。

 

エミリアだろうか? 思考が鈍くなりつつあるテンは目を開いて確認しようとするも、睡魔が押し寄せるせいで瞼が開こうとしない。身体からどんどん力が抜けていく。

 

なら、せめて先程まで耐えていた睡魔を促進するような温かさの正体がなんなのか探ろうとして。

 

 

「ーー無理は、禁物ですよ」

 

 

 

そう、耳元で囁かれた気がした。

 

 

 

 

 

 





恋に一直線のレムさん。彼女はテンのこととなると躊躇という言葉を一時的に忘れます。

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