親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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ロズワール。つよぉいというお話です。





スキル習得イベント 難易度:鬼

 

 

 

説明不十分。その一言に尽きるテンの言葉に、庭園にて格闘訓練に勤しんでいたロズワールとハヤトは困惑の表情を浮かべていた。

 

テンはというと、彼は大興奮した様子で笑顔を破裂させていた。こんな彼を見たのは二人とも初めてだ。

 

普段から喜びの感情を素直に表現しない彼がこうなる理由。疑問感を抱く二人は鍛錬を一時中断、彼の話を聞くことに。

 

 

「それで? 突然魔獣の森に行くだなんて。何をどうしたらそうなるんだ?」

 

 

一息つくハヤト。どかっと座り込む彼は疲労気味に問いかける。その様子から察するに相当ハードな鍛錬をしていたのだろうが、頭の中で勝手に察したことを無視するテンは「あのな!」と声を大にして、

 

 

「俺はここのところ、流法を習得しようと頑張ってきたわけだけど。中々掴めなくて困り果ててたんだよね。正直、完全に行き詰まってた」

 

「ってた。ってことは何か解決策でも見つけたのかい?」

 

「ベアトリスに助言してもらってね」

 

 

「おお。アイツか」とはハヤトの言葉。「ほぅ、ベアトリスがかい」とはロズワールの言葉。両者が彼女に対して別々の思いを抱いた。

 

ハヤトは勿論、自分の言ったことをちゃんと果たしてくれたことに対する感謝。ロズワールは彼女が彼に助言するとは考えもしなかったと少しばかり驚愕。

 

不本意ながらに二人の中で彼女の株が上昇する中。テンは言葉を続けて、

 

 

「前に流法を使った時、俺は無意識に使ってた。意識的にじゃなく、無意識で。なら、無意識に流法を使えるような状況を作り出せば流法は発動! そして、使用したと分かった瞬間、意識を集中させて感覚を掴む!」

 

 

「どおだ!!」と二人を指差すテンが胸を張り、最適解でも見つけ出したかのように自信満々に言い切る。歯を見せて笑顔を浮かべる彼に迷いなどなかった。

 

彼の意見に顔を見合わせる二人。「どう思う?」 とでも言いたげに両者が首を傾げたのち、ロズワールは「ふぅーむ」と考えるように息をこぼし。ハヤトは「確かになぁ」と賛同の意を示していた。

 

 

「まっ、感覚ってもんは初めは意識して掴めるもんじゃない。やってるうちに自然とついてくるもんだからな。お前の言ってることにも一理ある。だが、本当にやれるのか?」

 

「やれるか、じゃなくて。やる、だよ。悪いけど、今はできなかった時の事は全く考えてない」

 

「適当だな。まぁ、良いんじゃねぇの。やれることも無いんだろ? なら、可能性に賭けてみるのも一つの手だ」

 

 

基本的にハヤトは、取り敢えずやってみるの精神。何でもかんでもやる前に断念していては結果は得られない。どんな形に終わったとしても結果を得られることを重要視する彼は、まず体を動かす。

 

テンの場合は頭から動くことが多い。なら、尚更体を動かす方がいいとハヤトは思う。偶には頭で覚えるより体で覚える方が良いだろうし、頭で考えても感覚は掴めない。

 

感覚を掴みたいなら身をもって掴む。体から動かすハヤトならば簡単に思いつく案、しかし頭から動かすテンは随分と遠回りして思いついていた。

 

しかし、ハヤトには一つの疑問があった。

 

 

「でも、何でまた魔獣の森に?」

 

 

拳を握りしめるハヤトが軽く首を傾げる。俺も連れて行け。とでも言いたげの彼は、興味ありげに問いかけた。

 

血気盛んなハヤト。ロズワールとの戦いの熱が冷めきってないのかいつにも増して圧迫感が増した彼にテンは「もう忘れちゃったの?」と言葉を繋げて、

 

 

「流法を無意識に使ってたのっていつだったか。覚えてるよね?」

 

「……あぁ、なるほど。だから魔獣の森に」

 

 

聞き返される疑問で点と点が繋がったハヤトは理解するように手を叩いた。理解するのには少し足りない情報量かもしれないが彼には今の一言で合点がいったようで。

 

思い出されるのは中間試験、その最後。あと少しで森から出れるーーという時のことだ。言われてみればあの時のテンは動きに磨きがかかりすぎていた気がしなくもない。

 

それ以前に、アクラを詠唱した自分と同等の動きを可能とする時点で流法の発動は確実。あの時、あの瞬間、テンは無意識下で流法を使っていたといえる。

 

つまり。テンの言うことを超簡単に要約すると、

 

 

「死にかけの状態で魔獣の森に放り込め。そしたら流法を無意識に使う! ってことだな?」

 

「んー、意図としては正しいけど。言い方が」

 

 

自分なりの要約をしたハヤトにテンは苦笑いする。彼の様子に「なはは!」と笑うハヤトは握りしめた拳を突き出してガッツポーズ。

 

 

「嫌いじゃねぇなそういうの。自分を追い込んで追い込んで追い込んで、力をつける。みたいな。極限まで追い詰めて限界を超える! それは正にリミットブレイク!」

 

「なに言ってんだお前……」

 

 

胡座をかいて座っていたハヤトがそう言いながら勢いよく立ち上がると、両腕をブンブンと振り回しはじめる。聞かされた案に心が昂ってゆくような感覚に、彼もまた昂っていく。

 

この展開は大好物である。アニメでよくある覚醒イベント的な、成長を遂げる上で重要な一場面。大切なものを守るために、或いは高みへと手を伸ばすために己の限界を超える。

 

それを、今まさに目の前の親友がやろうとしていると思うだけで自分自身が高ぶるハヤトだった。ならば、親友の覚醒を一番近くで見ていたいと思うのが親友の考えで、

 

 

「ロズワール! ちょうど良いぜ! 俺もテンと一緒に魔獣の森に連れてけ! そこでお前との鍛錬の成果を発揮してーー」

 

 

やるぜ! そう言葉を紡ぐはずだった彼の口は途端に止まる。気合十分、闘志全開、戦闘意欲の塊であるハヤトの口はそこから言葉を発さなくなり、代わりに困惑気味にロズワールのことを見つめていた。

 

隣を見ればテンも同様だ。嬉しそうに話していた彼はロズワールの取った行動に声を止め、意図を探るように沈黙。一瞬にして黙らされたテンとハヤト。

 

途端、三人の間に静寂が訪れる。

 

困惑に目を細める二人の視線の先。そこには、片腕を前に出して静止を呼びかけるロズワールの姿があって。たったそれだけ、腕を前に出しただけの動作で二人は押し黙らされていた。

 

 

「確かにテン君の意見には一理ある。しかし、それだぁーけで魔獣の森に連れて行くわけにはいかないよ。流石に、またあんな形で帰って来られるのは勘弁だからねーぇ」

 

 

場を整えたとばかりに口を開くロズワールが発した言葉にテンは少し顔を顰める。言葉の代わりに表情で応えた彼は言葉を口にする事はできない。

 

指摘されてその通りだと思った。前回のように満身創痍で屋敷に帰ってくると、きっとまたメイド二人と未来のご主人様に怒られる。否、怒られるで済めば御の字だろう。

 

少し考えれば気づけたこと。アドバイスを基に見つけ出した突破口に興奮していた頭が冷えていく感覚にテンは、ならどうすればいいかと思考を回し始めた。折角つかみかけた突破口、逃すわけにはいかないのだ。

 

 

「そりゃねぇだろ、ロズワール」

 

 

そんな中、声を上げたのはハヤト。テンの覚醒イベント(仮)を妨げるようなことを許さない彼は一歩踏み出て抗議の声を上げた。

 

 

「テンがやっと掴みかけた流法の糸口なんだぜ? それを無駄にするような真似は俺が許さねぇよ。それに、お前だってコイツが悩みまくってんのは知ってるはずだ。それを知ってて言ってんのか?」

 

 

ロズワールが伸ばした手を下げる動作を横目に早口で続ける。ここ最近、テンが流法に関して頭を抱えているのは何となく屋敷の人達は知っているし、どうにかしてやりたいとも密かに思っていた。

 

それがあっての今。悩みから解放される糸口を閉ざすような発言をみすみす逃してやるほどハヤトは情に無関心ではない。寧ろ、関心しかない。

 

なんて美しい友情だろうか。ハヤトの睨むような視線を軽く受け流すロズワールはそんなことを場違いに思う。親友のためならば声を上げ、庇うことも厭わない彼の人間性が浮き出ていた。

 

もちろん、ロズワールだってテンの流法に関しては何とかしてやりないとは思っている人間だ。

 

 

「何もダメだとは言っていない。ただ、もっと他に良い方法があるよねって話さ」

 

 

威圧するような雰囲気を纏うハヤトの肩を何度か叩くロズワール。彼は誤解を解くように戯けた声色で言葉を紡いた。

 

更に困惑するテンとハヤトの二人が分かりやすく「あ?」と二人揃って首を傾げた。テンの案には賛成だが、魔獣の森に行かずともそれを引き出すことのできる方法が他にあるのかと。

 

そんな二人を前にロズワールはニヤリと笑い、

 

 

 

「その役目、この私が引き受けてあげちゃう」

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 ーー何でこうなった。

 

 

 

それは本日二度目の心の言葉だった。今回の場合は事態の把握が頭の中でちゃんとできているだけあって尚更、そう思う。先程は物事の起承転結が迷子だったが今回は違う。

 

正面にはロズワールの姿。ゆったりした姿勢で構える彼はこちらを見つめては、ニヤリと不気味な笑みを浮かべていた。

 

普段から何を考えてるか理解のいかない彼にその眼差しを向けられると、背中に冷たい汗が流れる感覚がする。

 

自然と頬に緊張感を持たせ、呼吸を落ち着かせる男ーーテン。彼はこうなったことの経緯を少し振り返った。

 

 

 ーーわざわざ魔獣の森になど行かなくても、私が君の中に眠る力を引き出してみせよう。

 

 

そう語り、軽く拳を握りしめたロズワールはテンに手っ取り早い方法として自分が極限まで追い込むと言った。魔獣は手加減をできないが人間ならば程度は弁えれると。

 

確かにそうだと思った。殺す気しかない本能で動く魔獣と違ってロズワールは人間。生死に関わる攻撃は仕掛けて来ないーーはず。

 

ならその手でいくのが最良だと判断したテンはハヤトの言葉もあって頭を頷かせた。

 

 

 ーーハヤト君。君はテン君の分の仕事を含めて自分の分を終わらせるよぉーにね。

 

 

仕事を投げ出してきてしまったせいで自分の分の仕事が終わらない事態が発生したが、そこはロズワールがハヤトに押し付けた。ハヤトも前科があるため渋々従うことに。

 

前はテンが自分の分をやってくれたなら、今度はその恩返しとして自分がやる番。テンの覚醒イベントを間近で見ていたかったが仕方なし。そうしてその場を去ろうとした時、ハヤトに耳打ちでロズワールが少し気になる発言。

 

 

 ーーレムを見かけたら彼女にこのことを仄めかしておいてねぇ。流法の鍵は恐らく彼女だぁーから。

 

 

レムが流放の鍵。含みのある発言の意味を読み取る事はハヤトにはできなかった。何をどう解釈すればそうなるのか。が、言われたことはやると「おう」とだけ返して彼は屋敷に帰った。

 

 

 ーー着替えてきなさい、テン君。その方が身のためだぁーからね。

 

 

同時にテンも着替えを促されて使用人の制服から戦闘用の服へとジョブチェンジ。加護の恩恵を得た衣服を身に纏った。因みに、刀に関しては数日前にようやく返してもらったテンである。

 

手渡しで返してもらうときに、刀を持ったエミリアがなかなか離してくれないという可愛らしい行動は目に焼き付けておいたのは内緒。しかし、今回は無手の状態での戦闘だ。

 

着替えたら再び中庭に向かい、現在に至る。

 

これまでの回想を終え、今この瞬間にテンは意識を向け始めた。正面には変わらず緩々とした態度のロズワールが立っている。

 

 

「それで、具体的にはどうするんですか?」

 

 

身体をほぐすテンがそう言って軽めの準備運動。どうなるにしても、これから自分は半殺しにされる未来しか脳裏に描けない彼は、強張る声と身体をなるべく平常に稼働させた。

 

流法を無意識に発動したとき、自分は満身創痍と表す以外になかった。皮膚は抉られ、体は返り血で染まり、呼吸は乱れ、手足は震える。

 

そんな状況を自ら作り出そうと働きかけたことに今更ビビるが、そうやってても何も始まらない。

 

元より、楽して力を得ようなんて考えはとっくに捨てている。異世界召喚されたから上方補正が入ってるとか、そんな甘い考えも捨てた。

 

やれることを精一杯やる。それだけだ。

 

 

「具体的にって言われてもねぇ。流法を無意識に使うようになるまで君を追い込む、それだぁーけ。難しいことはなぁーにもしないさ」

 

「それだけって……。中々に恐ろしいことを軽々しく言いますね」

 

 

ロズワールも状況に関しては理解がいっているらしく、テンのことを本気で追い込む宣言。口調や構えこそ普段の彼だが、向けられ続ける眼差しから良くないものをテンは感じ取る。

 

多分、ロズワールは本気で自分のことを極限状態にまで追い込もうとしている。ますます自分の半殺しが確定しそうになってきた気配に、より一層の警戒と緊張感を頬に持たせた。

 

そんな彼に目を細めて「ふっ」と息をこぼすロズワール。ただ吐いただけなのか、含みを持たせたのか、感情の読み取りが不可能な吐息をした彼は指をパチンと鳴らし、

 

 

「これから私は君へと攻撃を仕掛け続ける。君がどうなろうとも容赦はしない。手加減はするが、手は抜かない。ーーちゃんと防がないと死んじゃうかもしれないねーぇ」

 

「ーーーっ」

 

 

途端、一度だけテンの心臓が跳ねた。本能的に姿勢を低く構え、いつでも動けるような体制で息を呑む。なぜか、視線の方向からとてつもない量の殺気が飛んできているからだ。魔獣とは違う、明確な殺害の意思を持った殺気。

 

焦燥感に駆られる。そこに立っていてはいけないと根拠のない事実が心を掻き乱し、必死に抑えようとするも、しかし収まる事はない。額から垂れる汗が異様に冷たく感じた。

 

圧迫、威圧、それに似た何か。言いようは探せば探すだけ出てくるそれを向けられ、頭の中に容易く『死』の一文字が刻まれて一生離れない。

 

 

「……やめるかい?」

 

 

目つきの鋭くなったテンの心情を察したのか、或いは焚き付けるためか。一言、挑発的な言葉をかけるロズワール。しかし、テンの行動を見た瞬間にその問いかけは愚問だと理解した。

 

着ていた上着を脱ぎ捨て、ハヤトほどではないが以前と比べて大分鍛え上げられた二の腕を晒すテンが深く吐息。数秒間の瞑目を得て音もなく瞳を開き、

 

 

「ふざけんな」

 

 

覚悟は十分。殺気を向けられたくらいで怯まないテンは抗うことを断言。自らを極限状態に追い込もうと言う相手に挑みにかかる。

 

そう言った直後から彼を取り巻く空気が別物に変化し、ハヤトとはまた違ったそれにロズワールは楽しそうに口角を吊り上げる。

 

普段から無気力な雰囲気を纏う彼だが、覚悟を決めた時はこうも差があるものなのかと。

 

 

「ならいい。始めようか」

 

 

テンが上着を脱ぎ捨てた時点で一方的な戦闘は確定したようなもの。言葉の交わし合いは無用だと判断したロズワールは、彼の挑戦を真っ向から受け止めるべく構えた。

 

対するテン。彼も、これから始まるのは地獄で済めば御の字の鍛錬だと覚悟を決めて精神状態を凪に保つ。姿勢は低く全身の力は抜いて。無抵抗でやられるつもりもない。

 

ずっと流法のことしか考えてこなかったため、魔法を使うのは久々だが。何とかなることを祈りつつテンは己の中のマナを高め始める。

 

流法を会得する上で勝手に身についた技術が、まさかこんなところで活かされるとは思わなかった。偶然の産物である。

 

身体の奥底から熱が湧き上がってくる感覚に準備は整ったと理解したテン。彼は、ふと浮かんできた疑問を投げかけ、

 

 

「殺さないでくださいね」

 

「四分の三殺しで」

 

 

半殺し以上が確定。その言葉をきっかけにテンは動き出した。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

仕掛けたのは半ば反射的だった。仕掛けなければ一方的な戦闘を展開され、防戦一方のまま半殺しにされるはず。しかし、残念なことにテンは小細工なしの真っ向勝負のできる人間ではない。

 

身体能力を強化してるわけでも武道の心得があるわけでもなく、全くの素人。故に彼が選択したのは武術でも剣術でもない。魔法だった。

 

 

「エル・ゴーー」

 

 

ア。そう言うーー言うはずだった詠唱は紡がれることはなく。代わりに、開始と同時に眼前に迫る長身に驚愕した結果として、テンの思考回路は瞬間的に麻痺し、回る滑舌もまた止まる。

 

詠唱すら、先制攻撃すら許さぬロズワールの尋常ではない高速移動。そのままの意味で消えたと思わせる速度にテンの動体視力が追いつくことはなく、秒も経たぬうちに蓮撃がくる。

 

 

「ぐふぅーーーッ!」

 

 

なにか、骨の軋む音が内側から鼓膜を振動させた瞬間、敵の接近を悟るも時すでに遅し。痛覚が外部の衝撃によって刺激され、その感覚は腹部に捩じ込まれた膝だと理解した。

 

感じた事もない激痛にテンは表情を歪める。魔獣のような存在が与える裂傷や切傷ではなく、打撃による被害。たった一撃で意識が左右に揺れるような倦怠感を得た。

 

耐え切れず身体がくの字に折れ曲がれば、追撃として蹴り上げられた脚の暴力が再度、傷を抉るように腹部に突き刺さる。

 

人間が発揮するとは想像し難い威力にテンは自分の体が宙に浮くような錯覚した。否、浮いている。

 

魔法でもなく投げ飛ばされたわけでもない。物理的な衝撃に打ち上げられている。地面から六十センチ程度、ロズワールによって機動力を奪われた。

 

 ーーやばい。

 

三秒にも満たない内に叩き込まれた二連撃に実力の差を実感したテンが状況の打開に思考回路を回す。が、重なる激痛が思考にノイズを生じさせて妨害、打開策を練ることはおろか、考える事すらできない。

 

 

「いがっ!?」

 

 

脳天に振り下ろされる手刀に地面に叩きつけられる。途端、頭の中で爆発でも起こったと錯覚するような振動が響き渡り、考えていたこと全てが消し飛んだ。尚も体が浮くような感覚が残るのは地面にバウンドしたからだろう。

 

思考の停滞は行動の停滞に直結する。基本的に頭から先に動かす性格が仇となり、ロズワールから攻撃の主導権をテンは奪えなかった。彼が頭よりも先に体が動く時、それは本当にマズいと思った時だけだ。

 

冷え切った詠唱の後。跳ね返る体の真下から中規模な爆発が引き起こされ、サンドバック状態のテンには成す術がない。無抵抗のまま爆風と灼熱に吹き飛ばされる。地面を転がり、体勢を立て直そうとすれば耳の違和感に意識を削がれた。

 

鼓膜がやられたか。キーンと歪な音と共に聴覚情報が曖昧になり、爆風による煙で視覚情報すら曖昧になった。

 

視界すら定まらない世界の中。しかしこの時、テンの中で不本意にも理解のいったことが一つだけあった。服を着替えさせた理由についてだ。

 

こんなにボコボコにするのだから。防護の加護、その恩恵を受けた衣類を着用した方がいい。彼の言っていた「身のためだぁーからね」の意味がよく分かった。

 

 

「エル・ゴーア」

 

 

ロズワールが軽く詠唱し、背後に五十を余裕で越える量の火球を現出させる。一つ一つに威力はないが質より量の攻撃準備。

 

しかし、威力はないといえども宮廷筆頭魔道士が浮かべた魔法。相手にするならば直撃は必死で避けたいところだが。

 

生憎と鼓膜にダメージを負ったテンに詠唱の声は届かず、煙で視界が遮られたため自身に迫る脅威に反応することは不可能だった。否、それ以前に身体を起こす前にそれらは全て飛来していた。

 

 

「ほらほら、ほぉーんとに死んじゃうよ?」

 

 

右腕を振る度に背後の火球が次々に煙の中へと突貫する一方的な攻撃。その主であるロズワールが楽しむように腕を振り続ける。

 

威力は抑えてあるから本当に死ぬことはないだろうが、死に等しい地獄を浴びせる事は容易。否、死んだ方がマシだと思える地獄が刹那で展開される。

 

あまりにも一方的な戦闘展開はロズワールを中心に別世界を生み出し、その中で抗い続ける存在もまたその世界に飲み込まれていく。激痛の絶叫は聞こえるか。叫んでいたとしても爆発による轟音に掻き消されている。

 

中庭に轟音と爆風、重ねるように小規模な爆発が連続して起こり続ける異様な光景。屋敷から見ている人間からすれば、快晴と穏やかな気温に満たされた平和な世界からその光景だけが切り離されたように見えた。

 

 

「ーーーー」

 

 

これで何個目になるか。数えるのも面倒になる個数の火球が煙の中から身体に打ち込まれる。吹き飛ぶ身体を押さえつけるように岩の壁が地面から伸び、背後への脱出を不可能にさせてくるせいで無慈悲に打ち込まれ続けた。

 

痛みなど消えた。加護の恩恵を受けたか、或いは感覚がイカれたか。感じるのは鼓膜が機能を果たさなくなっていく歪な感覚だけ。

 

音が、世界の音が徐々に遠くなっていく。それでも意識が途切れないのは相手の温情か、それとも意志の強さか。

 

開始早々にこの体たらく。自分が弱いせいか、相手が強すぎるせいか。どちらの理由も当てはまる状況は、ロズワールがいかに人外であるかを自分の体に刻み続けている。

 

なんにしても、なんとかしなければならない。このままでは意識が途切れるのは時間の問題。依然として火球は打ち込まれ続け、被害の程度を増している。

 

違う、これじゃなんの意味もない。追い込まれるのはこういう形ではない。自分の全てを出し尽くして漸くあの時と同じになれると言える。これではただのサンドバッグだ。

 

 

 ーーこのまま諦めるか?

 

 

否、断じて否である。諦めるよりも抗う方がずっといい。強くなるためならばこんな地獄など乗り越えてみせる。

 

なら打開策を練ろ。余計なことなど一切考えるな。考えるのは切り抜ける方法、やることはあの時と同じだ。頭を回せ、思考を止めるな、掻き乱されるな、落ち着け、冷静になれ。

 

思い出せ。ハヤトと駆け抜けた絶望の中で生き残るために戦った戦意を、親友を守るために命を賭けた覚悟を。何のために強くなるのか。

 そして、

 

誰のために強くなるのか、そのルーツをーー!

 

 

 

「ーーアル・フーラぁ!!」

 

 

防戦一方の道を辿るはずだった未来を蹴散らす咆哮。ロズワールからすれば意識を狩り取ったはずの男、その男が魂の詠唱を世界に呼びかけた。

 

機能しなくなった鼓膜にすら届くそれをテンが上げた途端、呼び声に呼応する一陣の暴風が発生、それまで取り囲んでいた全てを攫った。彼を中心に発動した魔法は尚も降り掛かる火球の悉くを打ち消していく。

 

発生したのは衝撃波に近い風だった。風刃ではなくただの風。しかし、押し出す力はロズワールですら立ってるのでやっとの威力を誇り、周囲の木々をミシミシと軋ませる。

 

 直後、

 

自らの魔法を強引に押し出した形で、状況の打破を図ったテンの策が成功したと言える光景が世界に広がる。打ち消された火球は天空で花火のように弾け飛ぶ壮観なものに、空が一瞬にして真っ赤に染まった。

 

 

「……やるねぇ」

 

 

今しがたこれらの事実を成した存在に賞賛の声を送るロズワールが目を細める。このまま終わる気配しかなかった中で、彼は立ち上がってみせた。それもただ立ち上がったわけじゃなく、自分の魔法を打ち消して。

 

手加減してるとは言え、それなりに力を込めていたから少しばかり予想外だった。それに、あの状況から立ち上がる彼の精神力にも驚愕。誰がどう見ても「死んだ」と思える悲劇的な光景の中で彼は立ち上がった。

 

地を踏みしめる彼は二本の脚で立ち、焼け焦げた痕の残る頬を拭い、こちらを睨んでいる。鋭さを増した双眼は一瞬たりともロズワールから離れない。ただ、ジッと睨み続けている。

 

 

「準備運動は終わったってところかなぁ?」

 

 

よろける身体に鞭を打つテンが呼吸を整えるのを正面にし、それらしい目になってくれたとばかりにロズワールは笑う。

 

纏う空気、取り巻く雰囲気、それらが自分に向けられる殺意だと理解した彼は楽しそうな雰囲気だった。

 

問いかけに対するテンの応えは彼の背後に現出された四十の火球。一つ一つの直径が使用者の身の丈程度のそれは先程とは明らかに本気度が違う、明確に自分のことを殺しに来ている。

 

彼が言葉を返す事はない。しかしロズワールに向けられる全てがそれらを語り、メラメラと燃え激る火球は心情の昂りをそのまま体現していた。

 

ボコボコにされてスイッチが入ったか。定まった覚悟が二度と折れることのない頑固としたものに固まった様子にロズワールは「いいねぇ」と教え子の変化に口角を釣り上げる。

 

そうこなくてはつまらない。彼もまたエミリア陣営の騎士となる人物、この程度で怯んでもらっては困るというもの。

 

それに、彼の力を見てみたくなった。全身全霊、ハヤトとは違う強さを持つ彼の本領を。

 

それを受け止め、その上からねじ伏せる。自分との格の違いを見せつけられてこそ、彼の力は真に発揮されるのだから。

 

常に逆境に立たされ続ける男の本領はそこからが始まり、それを引き出すのも先生としての務めだ。

 

 

「ーーきなさい」

 

 

言葉の返しはない。

 

無駄に騒がず、無言の特攻を仕掛けたテンが浮かべた火球を一気に解き放ち。迎え撃つロズワールが両手を天空へと掲げ、白銀の光を煌めかせ、

 

 

 

 刹那の閃光が二人の間に生じ、真紅の輝きと白銀の煌めきが中庭を支配した。

 

 

 






次回はテンの公開処刑です。

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