長々とやるのもあれなので。三話で終わらせます。
「一週間だ」
「は?」
「一週間で最低限、流法を戦闘で扱えるようにしてやる。いつまでも頭抱えて悩み込んでるだけだと思うなよ」
「いや、誰もそんなこと言ってねぇし思ってもねぇよ。別に時間なんて決める必要はないと思うが、なんでまた一週間なんだ?」
「だって一週間だと分かりやすいじゃん」
「……なにが?」
「………。なにがだろう」
「それを俺が聞いてんだよ」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
一日目、夜。
そんなこんなで始まった、流法を最低限身につけるために勝手に期間を設けた鍛錬期間。その始まりはテンがハヤトに一週間で最低限扱えるようになると語ったことだった。
本当はじっくり鍛錬するつもりだったが、思いの外、流法の感覚を身につけるまでの時間が長く。更にハヤトが自分よりも何歩も先に進んでいる事実に若干の焦りを感じたのが主な理由。
他の理由は、挙げるならばとても幼稚なものなので他言はしない。ただ、敢えて心の内を明かすならば「ハヤトみたいにカッコよく動きたい」というもの。
「だってそうじゃん。俺だって、ハヤトみたいにカッコよく戦いたいんだもん。回し蹴りとか、踵落としとか、ちゃんと格闘術学びたいんだもん」
大木を背に腰掛けるテンは一人、そう呟くと目を瞑る。深く呼吸をして意識を集中、流法を行うための予備動作を始める。マナが全身に均等に、均一に分散するような、熱が常に体を巡り続けるような、そんな感覚。
数秒間もすればそれは得た、高揚感だ。あの時のようにとはいかずとも己の体が普段の何倍にも軽くなった爽快感、満たされたマナが少しずつ削られていく異様な怠さ。外側的な変わりはなくとも内側的には明らかな変化がある。
「よし。よしよし。できてるできてる」
感覚は確実に掴んだことを確信するテンが何度も頷く。仮に感覚を忘れていたらどうしようかと不安になっていたが今の安堵でそれも解消された。
ならば、もうその心配はない。流法は自分の中に一つの概念として完成された。あとは、
「それを磨くだけ」
胡座をかき、座禅の体制をとるテンは瞑目したまま深呼吸。流法を維持するだけに意識を向け、精神を研ぎ澄ませる彼は、外の世界の情報の一切が遮断された。
自分だけの世界に入るテンは瞼の裏側に魔法の鍛錬ーーその初めを思い出す。あの時は魔法に体を馴染ませることから始めた、なら流放も同じようにまずはこの高揚感を高揚感と捉えなくなるまで馴染ませる。
まずは感覚を馴染ませることが今夜の目標。数時間も継続していれば、体も自然と慣れてくるはず。最終的な目標は魔法と同じく流法を感覚をイメージしなくても発動させることだ。
「ーーーー」
静寂が空間に漂い始めた。本格的にテンが黙りこめば音を発するものは何一つとしてなく、微風が木々を揺らせば木の葉がざわめいているのがよく聞こえる。
しかし自分の世界に入るテンの耳には入らない。否、音どころか気配すら今の彼は察せない。故に微風に靡かれた青い前髪を綺麗に整えた真横に腰掛ける少女ーー、
「ーーーー」
「ーーーー」
レム。彼女の存在には一切気づかない。気遣いか、或いはわざとか。邪魔をしないように気配を消せば、テンは彼女の存在には全く気づかない。
基本的にいつもこんな感じだ。肩と肩が触れるか触れないか、そのギリギリを攻めた彼女の接近に気付かぬまま数時間が過ぎ。
彼が真横の存在に反応するのはいつも時間的には冥日の十一時を過ぎた辺り、エミリアが決まって顔を出す時間帯でーー、
「あ、まだやってる。早く寝なさい」
「来やがったなエミリぃ……」
「はい。勿論、レムもいますよ」
二人が腰掛けた大木の後ろから声と共にエミリアひょこっと顔を覗かせ、声に反応したテンが鍛錬を中断すれば目を開き、顔を向けて、真横のレムに気づく。存在がバレたレムは柔らかく笑って。
これが、テンの鍛錬の風景。邪魔はしてこないけど真横にずっと座っているレムと、寝かせようとしてくるエミリアの二人とのほんの一コマ。
不本意にも休憩時間になりつつあるそれにテンは呆れるように。しかし、優しく頬を緩ませた。
▲▽▲▽▲▽▲
二日目、昼。
意外にも昨晩のうちに流法は体に馴染んだ。高まる身体能力に体が過剰に反応しなくなったのがその証拠、変な違和感は取り除けた。
第一の目標は達成。なら次、次は流法を維持しつつ動けるようになること。急激に身体能力が上昇した場合、元の体を動かす感覚との誤差が生じて転んでしまう可能性がある。
なら、なぜ無意識に発動していた時は何事もなく動けていたのかが疑問に思うが。考えても分からず、結局は地道に慣れていくことにした。
その結果として。
「ラム、次ぃ!」
「良いわ。よろしくね」
ラムから投げ渡されたひと抱えはありそうな樽を肩に担ぐテンが勢いよく飛び出し、二階から階段ダッシュ。螺旋階段を駆け降りる彼は一階に到達すると、一旦その辺に樽を置き、再び階段を駆け上がる。
彼の向かう先はラム。彼女の前にはテンが今しがた担いだ樽が一つ。既に七つを運び終わる彼は作業の如くそれを担いで廊下を駆け、階段を駆け降りていく。
荷物運びには最適な人材として働く彼の背中を見たラム。彼女は彼の奮闘に一言、
「しばらくラムの仕事はテンテンに任せられそうね」
その一言でこの仕事はラムの担当する仕事だと理解できる。しかし、今はテンが彼女の代わりに重たい荷物を運んでロズワール邸の廊下を走り、当の本人は腕を組んで仁王立ち。
そもそも、元を辿ればこの原因はテンが仕事中に流法を使用していたことの発覚だ。日常生活にそれを取り入れる事で軽くなった自分の体に慣れておきたいと。
ーーならちょうど良い……仕方ないわ。テンテンにラムの仕事を分けてあげる。二階の倉庫から八つ程度、樽を厨房まで運びなさい。流法も仕事も捗って良いこと尽くめよ。
ーーそれ、仕事を押し付けてるだけじゃ……。
ーー流法が掴めずに悩んでるテンテンへのラムからの気遣いだけど。なに? まさか、ラムの温情を蹴るつもり?
そこで声を上げたのがラム。明らかに自分の仕事を押し付けたとしか思えないやり方で彼女は自分の仕事をテンに引き受けさせ、結果としてテンは重たい樽を屋敷の二階から一階まで運ぶことに。
気遣いとはなんなのか。と、疑問に思わなくもないが。実際のところ、ちょうどいい鍛錬になっていたのも事実だ。
流法を維持した自分で運べる重さ、解いたら重量に押しつぶされそうなそれを、長い廊下を駆けて階段ダッシュを八往復。全て運び終わる頃には疲労感に押し潰されんばかりに床に手と膝をついていた。
「よ、よし。あとはこれを厨房に運んで終わり。やってやるよ……。舐めんなぁ、よ」
額から垂れる一滴の汗を拭うテンは執事服の上着を脱いで、シャツの裾をまくる。大きく息を吐く彼は気合を入れ直した。あとは八個もの樽を厨房に運ぶだけだ。
階段近くにある大広間から厨房までは走って三十秒程度だろう。決して長くない道のりだが、樽を肩に担ぐとなると難易度が一気に跳ね上がる。楽な道のりではない。
「休んでる暇などないわよ、テンテン」
「分かってるよ。今やろうとしてたとこ」
上からラムの声が降りてきたかと思えば、彼女は二段とばしで階段を飛び降り、テンの真横に着地。指示しか出さない彼女に、少しは手伝っても良いじゃないかと心の中で思いながらもテンは樽を担いだ。
なで肩ではないことに感謝する彼は、何度か担ぎやすい場所を探すように肩を動かす。一度でもバランスを崩せば蓋が開いて中身を盛大にぶちまけるから、丁寧に。
そうして良い感じに固定できたら、
「じゃ、行くね」
「えぇ、頑張りなさい。ラムのためにも」
「一言余計だよ」
呼吸を整え、床を強く踏み締めるテンは長い廊下へと駆け出していく。その速度は普段と比べれば格段に速くなったもので、身体能力強化を掛けた今の彼の身体は通常の何倍もの力を発揮していた。
だがしかし、油断はしない。強化されていようが元の身体は人並みだ。調子に乗って余計に走ったらバランスを崩してーー。の展開が引き起こされるに決まっている。
姿勢は前屈みにならないように。全身の筋肉に力を込めて、床を踏み締める脚に確かな重力と、僅かな床の滑りを足裏に感じてーー、
「あ、そこ。さっき脳筋が水をぶちまけたところだから。くれぐれも、転んで中身をぶちまけないようにね」
「もっと早く言えやーー!」
踏み締めた脚が前方へと滑ったテンがサマーソルトばりの蹴りを繰り出して肉体が一回転。手の支えを失った樽が宙を舞った。
▲▽▲▽▲▽▲
二日目、夜。
「あー、疲れた。ラムやつ、適当に理由つけて仕事押し付けてきやがって。いつか必ず倍にして返してやる」
午前中、午後と自分の分も含めてラムの仕事を全てこなしたテンが自身の熱を感じながら彼女への愚痴をぼやく。言ったところで本人に声が届くことはないが、言うことで気持ちが晴れることもあるのだ。
「……ごめん、全く晴れない」
一体自分は誰と話しているのか。一人でいると独り言が途端に増えるテンは心の中の自分との会話に苦笑して返す。愚痴をこぼしたところで心のモヤモヤも肉体の重怠さも晴れるわけがない。
今日の一日中、流法をして分かったこと。それは流法を維持すると身体が重くなるような倦怠感を代償として得ること。当然だ、そもそも流法を維持することは微小ながらもマナを消費し続けるのだから。
加え、身体能力が強化されるだけで肉体そのものの力ーー筋肉が増量するわけでもないから肉体的な疲労はそのまま蓄積するわけで。
「なぁハヤト。お前はいつもアクラを使ってるけどさ。使うと肉体的な疲労感ってあるの?」
流法の知識を深めるために胡座をかくテンは自分の正面。「はっ! ふっ!」と短く気合の声を上げながらシャドーボクシングをするハヤトへと問いかける。
今日の鍛錬はハヤトも一緒、というよりもテンがハヤトの場所に遊びに来た形だ。理由としては単に、身体能力強化に関して先輩の彼に教えてもらうため。
横から聞こえてきた声にハヤトは動きを一旦止めると「そうだな…」と顎に手を当てて考える人の体制。整ったかのように顔を上げ、
「勿論、使い過ぎたらある。形としては身体能力強化だが、俺のアクラは力を上乗せするだけのものだし」
「つまり、お前の力にアクラで得られた力をプラスする感じなのか。んで、上乗せする力はマナを流し込んだ分だけ増加する、みたいな」
「付け加えると俺の肉体が追いつけない分を上乗せすると、アクラを解いた時にその分が疲労として跳ね返ってくる。プラスされた力が無くなるわけだからな、それまで動いてた体も動かなくなるわけだよ」
「なるほど。俺の流法と似たようなものか……」
彼のアクラに関しては前々から聞かされていたし、考えていたから大方予想はついていたが。正にその通りだったことにテンは納得するように頷く。彼のアクラと自分の流法、形や種類は違えど無理をした分だけ疲労感として返ってくるのは同じらしい。
なら、深く考える必要はない。無理をしたらその分だけ返ってくる、つまり無理をしなければ小さな反動で抑えられると。それだけを意識すれば今のところは大丈夫。
「てかお前、今も使ってるのか?」
「まぁね。今日から日々の生活の中にも取り入れるから、常時強化状態を維持する感じで」
ハヤトがテンの前にどかっと座り込めば、筋を伸ばす彼にテンは手を握り締める。アクラと違って外見だけで判断がつかないそれだが、今も真面目に流法を使っている最中。
そうなると頭の中に疑問が浮かんだハヤト。彼はテンの体を上から下まで眺めると、
「日常生活にって。つまり、ずっと流法を使ってるってことか? 四六時中ずっと」
「んー、本当はそうしたいけど。一時間が今のところの限界。重たい荷物を運んだり、走ったりすると余計に短くなるのが今の課題かなぁ」
「じゃあ、普通に生活する分には一時間も維持できるってことかよ。なんか、意識とかしてるか?」
「意識はしてるよ。けど、全部の意識を回してはない。"あー、なんか体があったかいなぁ"くらいの感覚が無くならないようにしてる」
「意味分からんわ」と笑うハヤトに釣られるテンも笑う。実際のところ、流法の感覚は自分にしか理解できないとテンは思っているし、逆にアクラの感覚はハヤトにしか理解できない。
言葉に説明できない熱、それを全身で感じている時がその状態。としか説明できないのが今の状況だった。理解が浅いせいもあるだろうが。
ともかく、
「良いじゃねぇか、順調なようで安心したよ。このまま毎日精進するようにな。そうすりゃあ、お前も俺みたいに動けるさ」
「そうなると良いけどね」
簡単なストレッチを終えたハヤトが「ゴーア」と短く詠唱。掌サイズの火球を複数個、二人の間に浮かべる。その行動、即ち魔法の鍛錬を開始する合図だ。
素振りを終え、シャドーボクシングを終え、なら次は魔法。いつも通りのメニューで鍛錬を進める彼は浮かべた火球の数を次々と増やしていく。
目の前に赤い光が次々と灯る光景をテンはボーっと眺めていた。彼の性格を象徴するようなそれは止まることを知らず、十、二十と数を増やし三十を超えたあたりで不意に止まる。
「取り敢えず、今の限界はこんなもんだ。質より量の攻撃はこれで決まりだな」
「やるやん。魔法の方も順調だね」
「おうさ!」とハヤトが元気に応えるが、意識が乱れたか、一つの炎が消えかかり、気付いたハヤトが慌てて意識を集中させた。慣れてきたとは言えど、制御する数が増えたとなれば話している余裕はないらしい。
そんな彼を横目にした時、ふとテンの脳裏によぎったことがある。それは流法を使いながら魔法を使えるのか、ということだ。流法と魔法は別々の技術、つまり二つのことを同時に行うことを意味し。使った分だけマナの消費も多くなる。
なら、今魔法を使ったらーー、
「ゴーーっ!」
「お、大丈夫か?」
詠唱をしようとした途端にテンの体が横に揺らめき、真横に力なく倒れる。本当に突然のこと。フッと息を吹きかけられて熱が冷めていく感覚に抗うことが出来なかった。
表情から察するに深刻なものではないと理解したハヤトが焦ることはなく声をかけるが。テンは「なるほどね」と低く笑い、
「今の俺には流法か魔法か、どっちかだけで精一杯らしい。二つを同時に使うのはまだ早いか」
「始めて二日目だろ? 焦らずいこうぜ」
慣れないことを立て続けにするのだ、始めはできなくて当然。体制を起こすテンはハヤトに肩を叩かれて深く頷いた。
まだ二日目、これから夜に加えて朝も昼も流法を使うのだから。慣れるのにも恐らく時間はかからないと良いな。とはテンの願望だ。
まだ先は長い、課題は山積みだと改めて自覚するテン。彼は拳を握りしめてガッツポーズ、己の心に気合を入れる。「毎日、朝昼晩、ずっと流法、これ超大事」と言葉を刻んだ。
「明後日ぐらいには魔法と両立させたい。ハヤト、俺、頑張るよ。今は一時間しか出来なくても四六時中できるようになってみせる」
「よし。なら俺も四六時中、アクラを使うことにしようか。なんか面白そうだし」
「四六時中、金色のオーラを纏う人間がどこにいるんだよ。気になってしょうがないからやめて」
光景を脳裏に描いたのか思わず息を噴き出すテンに笑いかけるハヤト。厨房にいるメイド二人と使用人二人、その中の一人から常時金色のオーラが溢れ続ける職場、明らかに異常。
身体能力強化状態が形として現れないテンのならまだしも、ハヤトのは流石にまずいだろう。そのうち金髪になったりしないよね。とテンは思いながら、その日は鍛錬を終えたのだった。
その前に。
いつもの場所にテンがいないことを不審に思ったレムがテンの場所をハヤトに尋ねようと彼の元を訪れたところ、テンを発見。
ハヤトに断りを入れ、満面の笑みでいつもの場所に連行して行ったが。それはまた別のお話。
▲▽▲▽▲▽▲
三日目、夕方。
「時間ですよ。テンくん、起きてください」
「ん……」
一定のリズムで身体が揺れる感覚と、透き通った声に意識を引き上げられるテンは、そうして目を覚ます。身体を起こせば自分の真横、寝台近くにある椅子に腰掛けたレムが視界に映った。
寝ぼけているのか、眠そうに欠伸をするテンにふわりと微笑むレムはひんやりとした手を彼の頬に当てると、
「お仕事ですよ、テンくん。起きてください」
「起きてます起きてます。冷たいって」
頬に伝わるひんやりとした冷感に、テンは嫌がるように顔を振って手を振り払う。それから大きく背伸び、深く息を吐いた。
その時間ーーテンの仮眠の時間だ。例のように鍛錬に疲労した彼が空いた時間に休憩をとる時間。
寝ている時は流法は解かれてしまうからそれもやめようと思ったが、レムに疲労を見抜かれたテンは結局仮眠を取ることに。
だが、布団に寝転んでから一分と経たずに意識が落ちるところ、内側はちゃんと疲れているらしい。中々起きれなくて今回もレムに容赦なく起こされた。
仮眠を取れと言うのはレム。しかし、彼女は仮眠以上の睡眠は取らせてくれず、決まった時間、正確には夕食の支度前に必ず起こしに来るのだ。意識を底から引き上げて、目を覚まさせにくるのだ。
「うし、行くか」
「はい」
多少の乱れを直し、上着を羽織るテンは部屋の扉を開く。後ろからついていくレムはテンと歩幅を合わせるように隣になって歩いた。普段から歩くのが少し早いテンも、この時に限ってはレムのことを気遣ってなのか少し遅い。
その事実にレムは嬉しくなる。自分のことを少しでも意識してくれてると思えるから、隣になって歩くだけで心が弾むばかり。
「ーー?」
と、レムは不意にテンの雰囲気に若干の変化が現れたことを感覚的に理解した。それは普段から彼のことを見てきた経験値の賜物か、或いは本能的なものか。
言葉に表現しにくいそれ。何か、彼の纏う雰囲気に針があるような、尖るような。そんな横顔を見たレム。彼女は「ぁ」と思い出すように声を溢した。
それがなんなのか、レムは知っている。
「あまり無理をしないでくださいね?」
「分かるの?」
「テンくんの雰囲気が少し尖るような気がして。当たりですか?」
歩く足は止めないままレムが向けた顔を傾ける。その顔の影に確かな心配の色が浮かぶ彼女は、半ば当たってほしくないと思いつつも感じたことを話すが、どうやら正解なようで。
「すごいね」と感心するように笑みを溢すテンはポケットに手を突っ込んで窓から流れる中庭の景色を眺めながら、
「こうして活動してる時間は使っとこうと思ってさ。少しでも慣れたいし。夜の分だけじゃ一週間で最低限、身につくとも思えないしさ」
「だから、こうして使ってるの」と語るテンだが外から見れば彼の変化は何一つとして見られない。普段通り、平々凡々なーー雰囲気に尖りのあるテンがそこにはいる。
尤も、その尖りこそが流法の証拠だろうとレムは密かにその雰囲気を心に覚えさせる。この感覚がする時はテンは流法を使った状態、つまり微小ながらもマナを消費し続けている状態で。
「テンくんは大丈夫なんですか? 流法のことはレムはよく分かりませんが、マナを消費し続けることだけは分かります。それって、疲れることなんじゃないですか?」
「そうね……。少しは疲れるけど、日常生活に支障はないよ。それにさ、こうなってからまだ二日目だけど、昨日よりも長く継続できたんだ」
「えっと……」
「流法はね、努力すればするほど身につく技術、やった分だけ自分に返ってくるものなんだよ。現に今日は二時間も継続できた、記録更新だぜ」
一日の大半を休憩を挟みつつも流法を纏いながら過ごすテン。その地味にキツい鍛錬の成果か、始めて二日で既に身についてきた気配が漂ったことに彼は嬉しそうにグーサイン。
初めにも説明があったが、努力の量だけが物を言うのが流法。ならば、常にその状態を維持すればその熟練度もどんどん上がっていくばかりで。
それがこうして形になるとモチベーションアップにも繋がるテンは多少の疲労は無視して常に流法をしているのだ。
「この調子なら割と早く身につけられそう。今よりももっと頑張らないと」
「本当に無理は禁物ですよ、テンくん。また倒れてしまったら前よりももっともっと怒りますからね」
「分かってるよ」
ジト目で見つめられればテンは適当に頷く。事例があるから気をつけようと彼は心に留めるが、それも対した意味は成さない。
故に、達成感が疲労感に勝る彼はレムのジト目の裏側に心配そうな様子が隠れていることなど、気付くわけもない。
そろそろ書き溜めも尽きそうな気配。それが無くなれば、のんびり更新のタグが息をしてきそうです。