親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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休日の間に一気に更新。

さてさて。三話も続いたお話もこれでおしまい。最後は派手に行きましょうか。


誤字報告をしてくださった方、ありがとうございます。まだ機能を扱い切れてない部分があるので修正できたか怪しいですが、一応できたと思います。できてなかったらすみません。






一週間の過程:終

 

 

 

 六日目、朝

 

 

 

その場所ではいつも通り、使用人二人とメイド二人が昼食の支度を整えていた。例の如く、四人の間で下らない議論が行われるその空間。

 

だが、今回は違う。

 

今日の話題はハヤトがテンに流法の進捗について訪ねたことで彼に向き。フライパンのような調理器具で鶏肉の唐揚げを作るレムの隣、肉を細かく切るテンは「いい感じ」と言い、

 

 

「流法の継続時間は前よりも飛躍的に伸びてるし、スイッチの切り替えにも慣れた。毎日やってるだけあって慣れるのにも時間はかからないぜ」

 

「ベアトリス様に豪快に吹っ飛ばされてたけど、それはどうだったの?」

 

 

背中越しにグーサイン。嬉しそうに話すその背中にラムからの声がかかればテンは「もちろん」と即答し、

 

 

「多少、意識が乱れても流法は解けない。無駄に吹っ飛ばされただけじゃなかった」

 

「そう、ただ身体が頑丈になって帰ってきたわけじゃなかったのね」

 

「どちらかと言えば、受け身が上手くなって帰ってきたよ」

 

 

特攻すれば吹っ飛び、特攻すれば吹っ飛びを五十回も繰り返したのだ。受け慣れるのも必然的で、不本意ながらに受け身の技術が上達したテン。

 

ロズワールに稽古をしてもらう中でそういったこともあってか。やられっぱなしの結果、自身の受け身術がここに来て開花したことに彼は苦笑い。習得した理由が自分の無力さを物語っている。

 

 尤も、

 

 

「受け慣れておけばこの先、何かと役に立つだろうし。身につけておいて損はないと思う。それにあと少しで流法がちゃんとした形で身につけられそうなんだよね」

 

「今も使ってるのか?」

 

「もちろん」

 

 

当然。とでも言いたげに振り向くテンはハヤトに満足気な笑みを浮かべる。ここ数日間の彼の努力は周知のこと、それを知っているからこそ彼の喜ぶ理由もわかるハヤトは笑い返した。

 

本当に頑張ってると思う。慣れないことを毎日欠かさずに行い、ラムの仕事を引き受けてまで仕事に鍛錬を混ぜ、自分と共にロズワールに果敢に挑み、武術の心得を教えてもらい、ベアトリスに無茶な鍛錬をお願いをし。

 

数日間ながらに濃密すぎる生活を送るテンは誰が見ても頑張っていると思える。当の本人はやれることを精一杯やってるだけだろうが、それがどれだけ難しいことか、彼は知らない。

 

疲労して、クタクタになって、倒れてしまってもおかしくないはずだ。そんな彼をレムが常に気にかけているのをハヤトとラムは知っているし、自分達もなるべく気にはかけている。

 

しかし、彼が止まることはない。目の前のことに直向きに取り込む彼は心から楽しそうな様子だ。だから周りの人間も「やめろ」とは言えず、結局は倒れないように見守ることしかできない。

 

 

「魔法も使えるようにはなったよ、まだ少ししかできないけど流法と魔法の両立もできるようにはなってきた。あと一日で期限の一週間、この調子で駆け抜けるぜ」

 

「ラムにはそのまま止まれなくて派手に転ぶテンテンの姿が容易に想像できるわ。別に転ぶのは構わないけど、下手に怪我だけはしないでね」

 

「せめて布団の上に派手に転ぶとするよ」

「転ぶことは確定なんですね……」

 

 

ラムの倒れる予想に堂々と頷くテンが情けなくも倒れる発言。隣にいるレムも彼の発言には心配を通り越して呆れ始めてきた。

 

何度となく「無理しないで下さいね」と忠告しているから分かってはいるだろうが、それら全てを無視されるような雰囲気を出されると、この人は自分の話を真面目に聞いているのかと不安になる。

 

だから、いつ彼が倒れてもいいようにレムの心の準備は万端だ。流れるように彼の身体を部屋に運び、布団に寝かせる。それから彼のお洋服を着替えさせるためにーー、

 

 

「ーー!」

 

「ん? どした?」

 

 

突然、頭のてっぺんから蒸気を出したレムの顔が真っ赤に染まる。プシューとでも効果音が付きそうな彼女は「な、なんでもないですよ」と緩む頬を両手で持ち上げ、何度かこねくり回したのち、キリッとした表情に戻る。

 

その様子に「ならいいけど」と適当に返すテンは特に気にしていない。振り返り、まな板の肉と向き合う彼は仕事を再開させた。

 

が、後ろの二人は今のやりとりの中に明らかなテンの馬鹿野郎ポイントがあったことに大きくため息。レムの唐突なそれには疑問に思ったが刹那で理解したハヤトとラムだ。

 

レムが頬を赤くする原因など分かりきったもの、十中八九テンだろう。ここまできたら、そろそろ実力行使に出ても許されるのではないかと思い始めてきた。

 

 

「ま、レムがそれだと納得しないだろうがな」

 

 

ラムにしか聞こえないような声で呟くハヤト。彼の声が鼓膜に伝わればラムは「ハッ」と彼の意見を笑い飛ばし、

 

 

「困ったものね。いい加減察してほしいのだけど」

 

「それができたら世話ないわな」

 

 

チラチラとテンに視線を送っているレムを見ながらラムは言い。ハヤトは、肉が切れずに「おま、早く切れろよ」と肉に愚痴をこぼしているテンに苦笑した。

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 六日目、夜

 

 

 

「お前あれな、殴りとかは結構やれるのに蹴り技となるとポンコツになるのな」

 

「そのために練習してるんでしょう、がっ!」

 

 

声と共に薙ぎ払われた後ろ蹴りを受け止めるハヤト。強化された肉体から繰り出されたそれは想像以上の威力を発揮し、踏ん張っていなければ力の方向に流されていた。

 

初日を含めると教え始めてから三回目の夜だが。ハヤトの予想通り、基本が出来上がれば上達が早い彼の成長ぶりは目覚ましいものがあった。

 

回し蹴りや踵落としなどはまだ不格好さが目立つものの、形としては成っている。加え、普通の蹴り技は短期間にしては上出来。元から殴ることに関しては訳あって慣れていたこともあり、蹴り技だけに集中した結果だろうか。

 

その結果として殴り技は本能感覚の喧嘩スタイル、蹴り技は空手の型を基にした武術スタイルとハイブリットな彼の体術が形になりつつあるのが今。

 

 

「らぁーーッ!」

「っと」

 

 

地を蹴り上げたテンが右脚を振り上げ、顔面を狙った爪先が顔を逸らすハヤトの額を掠める。回避されたことを無視する足が地面を強く叩きつけ、反動を得た体が飛び上がった。

 

ハヤトに迫るのは軸足として使われた左足。膝を折り曲げた状態から伸びる動き、最小限の動作で腹部を晒す彼へとテンは身を回して足の甲を叩きこむ。

 

一度目の攻撃はこれに繋げるための大袈裟な予備動作。二段構えのそれにハヤトは、

 

 

「あ、まい!」

「まーーっ!」

 

 

 瞬間。

 

ハヤトの身体が地面に下がる。逸らした身体のまま膝を折りたたんだ彼はイナバウアーのような体制で回避して見せた。無理な体制からそれが成立するのは彼の鍛えられた肉体のおかげだろう。

 

足を薙いだテンに応酬として打ち込まれるのは手加減抜きの右拳。腰を入れるために身を回した事が仇となって晒した脇に突き刺さり、苦鳴を溢して地面へと尻餅をついた。

 

「いたぁい」と情けない声を発するテンが衝撃部を両手で押さえる。しかし、今もなお身体を巡る熱を感じるあたり、流法は解けてないと理解した彼は不意に安心。彼の手加減抜きのそれでも解けないなら大抵のものはなんとかなる。

 

そんな彼に手を差し伸べるハヤト。彼はニヤリと笑い、

 

 

「今のは焦った」

 

「ちゃんと避けておいてなに言ってんの」

 

「まぁな。そこはお前とは年季が違ぇからよ」

 

「カッコいい。俺もそんな言葉言いたい」

「子どもか」

 

 

言い、ハヤトの手を取るテンは彼に引っ張られて起き上がる。自分的には割と良い感じにキマッたと思ったのだがまだハヤトには届かないようで。

 

好戦的な笑みを浮かべる彼を見ると、そろそろハヤトが手を出してくる頃合いかとテンは思い始めてきた。そうなれば勝ち目はない。

 

「実際のところ、今のは普通に良かった。危うく当たるところだったわ。いやぁ、お前は教えた分だけ強くなるから教え甲斐がって楽しいよ」

 

「そう? それは良かった」

 

 

服についた草を払うテンにハヤトがそう言い、彼は腕を組んで誇らしげな表情。テンの成長を心から喜ぶ彼は、それとは別に赤色の炎を瞳に燃えたぎらせるが、テンは気付かないフリ。

 

身体を伸ばすテンは彼から向けられる好戦的な熱意を右から左へと受け流し、軽く息を吐いて脱力。額から垂れる汗を拭うと呼吸を整えた。

 

 

「やるか?」

 

「ちょっと休憩」

 

 

それを再開の合図と受け取ったハヤトを横にテンは芝生に胡座をかいて座る。ハヤトの残念そうな声をシャットアウトする彼は「ふぅ」と脱力とは別の意味で息を吐くと、

 

 

「ヒューマ」

 

 

詠唱に呼応するマナとマナが結びつき、大気にひび割れるような音が連鎖した直後。彼の背後に腕程度の氷柱が四十個現出した。それは彼が体術よりも得意とする魔法だ。

 

話には聞いていた、流法と魔法の両立を見せたテン。まつ毛をピクリと反応させる彼は「どう?」とでも言いたげなドヤ顔だ。子どものような反応を見せるテンにハヤトは「ふっ」と笑い、

 

 

「数日前が嘘のようだな。流石だぜ」

 

「ありがとう」

 

 

差し出された拳に自分の拳を当てるテン。彼は頬を釣り上げる。怒涛の六日間だったが、その成果が形として表れるのはこうも嬉しいものなのかと。

 

現に、この程度の魔法なら流法と両立させる事ができるようになり。戦闘でも十分に扱えるはず。

 

 

「じゃあ、あれか。お前としてはもうこの一週間の目標は達成したことになるのか? 最低限、戦いで使えるようになるってやつ」

 

 

首を傾けるハヤト、彼は少し思い出す。

 

テンの目標はこの一週間で最低限、流法を扱えるようになること。なら、ハヤトから見れば今のテンは目標を十分満たしていると言えるが。

 

テンは「ううん」と首を横に振る。元の課題も浮いた課題もクリアした彼だが、まだ納得のいかない様子だった。彼は人差し指をピンと立て、

 

 

「まだ、あと一つだけ壁が残ってる」

 

「壁? なんだそりゃ」

 

 

思い当たる節が特に見つからないハヤトが顔を顰めるが、テンはニヤリと好戦的な笑みを浮かべて言った。

 

一つだけ。しかし、とてつもなく高く分厚い壁。いずれは一人で乗り越えなければならない、避けては通れない道。

 

 それはーー、

 

 

 

「ロズワールに借りを返しにいくよ」

 

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 最終日、昼

 

 

 

「……ふむ」

 

 

正面に立つ二人の男達を見据えるロズワールはその明らかな変化に目を細める。その姿はいつになく威圧感の増したものとなったその二人。

 

一人はその身に黄金色のヴェールを纏いしハヤト。

 

真っ白な服装に黒の帯という簡易的な色合いにそれが足されると、明らかな変化として捉えられる。しかしそれだけではない、何か、熊型の魔獣を前にした時のような圧迫感が今の彼にはある。

 

その隣に立つ男、テンもまたそれとは毛色の違う圧迫感を放っていた。

 

隣の男のような派手な演出はないにしても、ロズワールは彼の劇的な変化を肌で感じている。鋭く眼光を光らせる彼は狼。そう言い表すのが適している。

 

人間的な威圧感ではなく野生的なもの。それは、騎士の道を真っ当に歩んでこなかった結果が生んだ偶然の産物とも言える二人特有のものだった。

 

 

「数日前の借りを返しにきました」

 

「今のコイツをあまり舐めない方がいい。前とは比較にならんくらい強くなってるぜ」

 

「そのようだねーぇ」

 

 

互いの射程圏外ギリギリで言葉を交わし会う二人と一人。睨み合う三人は恐らくそこから一歩でも踏み出せば衝突が始まるだろう。嵐の前の静けさ、今まさにその状態にある。

 

例の如く上着を脱ぎ捨てるテンと黒帯をキツく結び直すハヤト。芝生に布がひらりと落ち、布と布が擦れるような音がロズワールの鼓膜を振動させたとき、二人の準備は整った。

 

二人がするのは数日前のリベンジマッチ。二人がかりで挑んでも勝てなかった相手に拳を届かせるために。一人では届かないけど、二人ならば。

 

 

「今日こそはお前の顔面に一撃、重たいのを入れてやるからな。本当ならサシでやりてぇけど、お前とサシでやりあって勝てるなんてまだ思えないしよ」

 

「一人だとロズワールには勝てないから、今回はハヤトと一緒に挑ませてもらいます。異論はないですよね?」

 

「もちろんだぁーとも。数の有利を取るのは戦術的にも効果的だしぃ? 尤も、高々その程度の有利で勝てると思われても困るけどねぇ」

 

 

緩々とした態度で語るロズワール。血気盛んなハヤトと密かに燃えるテンに睨まれても彼の態度に変わりはない。普段通りの憎たらしい、張り付いたニヤけ面を浮かべている。

 

それを挑発と受け取ったハヤトが「上等だ」と音を立てて拳を合わせ、隣のテンの殺意に近い眼光が鋭く光った。戦う前にしてやる気十分の両者はここぞとばかりに同じ反応だ。

 

焚き付けはこれで十分。感覚的に察したロズワールが身体をほぐすように軽く跳ねる、軽めの準備運動を終えた彼が一度息を吐き、一言。

 

 

「ーー来なさい」

 

 

 途端。

 

彼を取り巻く雰囲気が一変した。威圧、殺気、それに限りなく等しい何か。息を吐いて一言発しただけにも関わらず、それまでの呑気な様子がスイッチのように切り替わった。

 

肌が弱電流でも流されているかのようにピリつく感覚、敢えて言葉にするならば焦燥感。彼の変化を察する事ができたのは自分達が相手の実力を判断できる程に力がついた証か。

 

それが仇となって背後に阿修羅を彷彿とさせる圧迫感を察した二人。彼らは心が絞めつけられる不快感に心臓の鼓動が一度だけ跳ね上がった。気を抜けば呑み込まれる。

 

しかし、そこで止まるのはずっと前の二人だ。今の二人にはそんなもの足を止める理由にも、言い訳にもならない。

 

 

「準備は良いか?」

 

「もちろん。恐ろしくて震えそうな勢いだよ」

 

 

受けの姿勢を取るロズワールに好戦的に笑うハヤトに、同じく笑うテンが軽口。この状況でも普段通りを貫けるならきっと彼は大丈夫だろう。それに言葉の割には楽しそうな表情をしている。

 

心強いものだとハヤトは心底思う。たった一人、しかし彼が隣に立つだけでどんな強敵にも勝てそうな気がしてくる。逆もまた然りなのか、構えるテンの姿に乱れはない。

 

 

「じゃあ、行こうか」

「おう!」

 

 

なら、あとは目の前のことに集中するだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 戦闘が始まる。

 

 

 

二人が息を詰めた途端、全く同じ動作で地を蹴り上げる。蹴り上げた地点が軽く抉れる程の力で射出された彼らが目指すは一直線、ロズワールの肉体。

 

二人と一人の距離は十メーメルにも満たず、二人が距離を詰めるのにもそう時間はかからなかった。蹴り上げわずか数秒、瞬間的にロズワールの懐に入り込んだ。

 

力の方向に身体を委ねる二人が放つのは拳。体に染み込んだ動作で、目の前の男への初動として手加減抜きの一撃を叩き込む。それがまともに入るだなんて思ってはいない。

 

現に受け止められた。右手と左手の平、ただ腕を伸ばしただけのそれに威力を吸収されている。

 

手を抜いたつもりはないが、それでも完全に止められたことに「チッ」とハヤトが舌打ち。テンは既に動いていた。

 

止められた手が拘束されることを嫌がるテンが突き出した左腕を引き下げ、遠心力を得た身体が半回転。回避と追撃を同時に行う動作から右足を軸に左脚が薙ぎ払われる。

 

顔面に一直線。ほぼゼロ距離で接近するそれに喉の奥で感心の声を溢すロズワールだが、彼の選択に迷いはない。空いた手の甲で受け止めた。ハヤトのよりは軽いが、十分重い一撃の分類に入る蹴りには驚いたがまだ甘い。

 

 

「体術でも練習したのかい?」

「そりゃ、ね!」

 

 

視線が交差するのは一瞬。足を止めた手の甲が翻った途端、テンは脛に猛烈な怪力による激痛を感じ取り、歯を食いし張った時にはぶん投げられていた。左腕の力一つで大人の体を投げる、明らかに異常だ。

 

投げ飛ばされるテンを見限るとロズワールは咄嗟に一歩、屈むように身を下げる。眼前を通過するのは風を切るように薙いだハヤトの裏拳だった。テンの成長に意識を向けすぎたか、危うく掠るところだった。

 

 

「お、らァ!!」

 

 

安堵する暇はない、既に次なる刺客がロズワールの視界の端っこから迫っている。握りしめられた拳、もはや一つの刃と表現しても過言ではない打撃。裏拳の流れに乗じて身を回すハヤトの武器。

 

当たれば間違えなく骨の一本や二本、最悪粉砕まであり得そうな怪力にロズワールは迎撃を選択した。折り曲げられた右腕、その肘の可動領域の限界まで振り上げられた手の甲が迎え撃つ。

 

鈍い音を伴って肉体と肉体の衝突する。衝撃部から軽い衝撃波が発したのは互いの力が均衡しているからだろう。力に押し流されなかったのもその影響だ。

 

 

「はァーーッ!」

 

 

防がれた事実を置き去りにしてハヤトは次々と攻撃を繰り出す。足、肘、腰、胴、頭、全身を狙う暴力の嵐。視えていても被害無しに全て防ぐのは至難の業、受け慣れたロズワールでなければ数発は捩じ込まれているはず。

 

最小限の動きで体が回り、踵で抉るような回し蹴りが薙ぎ払われる。対してロズワールが選択した行動は回避。地を蹴り上げた足が体を後退させた。

 

しかし、避けられることなど織り込み済みのハヤト。薙いだ足を叩きつけた彼の体が宙を舞い、全体重を乗せた踵落としが叩き落とされる。

 

回避に次ぐ追撃。相手の隙を的確に貫く暴力にロズワールが腕を交差させるように受ければ、火力の重量に身体が沈むような錯覚を得た。

 

 

「やるようになったねぇ、ハヤト君」

「まだまだ、俺達の本領はこっからよ!」

 

 

俺達。ニヤリと笑うハヤトの発言に引っ掛かかり、左後方で芝生を踏むような微かな音が鼓膜に届いた。それが意味するのはもう一人の男が戦いの場に帰ってきたということ。

 

咄嗟に受け止めた足を掴み、音の方向へ振り返るロズワールがハヤトの体を小枝のように振り回す。彼の身体を避けるテンの姿が視界に捉えられた。

 

ちょうどいい、力をつけた彼と一対一をしてみたかったところだ。

 

 

「しばらく帰ってこぉーないでねん」

 

「おわぁーーっ!」

 

 

ロズワールの本気。言葉のままに手加減抜きの力を加えられたハヤトがなす術なく遠心力によってぶん回され、ハンマー投げのような動きで地面と並行に投げ飛ばされる。

 

人間がしていい動きではない軌道で遥か彼方へと飛んでいくハヤト。無駄に広大な土地を彼の身体は突き進んでいった。

 

 

「さて。やるとしようかぁーー」

 

 

準備は整えたとばかりにテンに向き直るロズワールだったが、彼が言葉を言い終わるよりもテンが蹴りを繰り出す方が速い。ハヤトに学んだであろう体術をふんだんに活用するテンは容赦なく打ち込んだ。が、止められる。

 

良い動きだとは思う。けど、ロズワールには届かないそれは、またしても体の前にある力を込めた腕に阻まれる。今度は手の平で受け止められ、簡単に足を掴まれた。

 

 

「そんなに投げられたいのかい?」

 

 

退屈そうに呟くロズワールが落胆するように顔を顰める。先と全く同じ動きのそれは何も考えていない人間に等しく、頭が先に動く彼にしては無策な攻撃に拍子抜けした。

 

が、彼のそんな思いは良い意味で裏切られる。

 

不意に地につけた軸足を蹴り上げるテンが自らの体を宙に晒す。その意味不明な行動に瞳を警戒気味に細めた直後、捕まれた足を折り曲げたことでテンの肉体がグンと近づいた。

 

ロズワールに力負けした状態だからできる動き。蹴りを止められてからほぼノータイムで行えば、力を込めたロズワールの腕に己の肉体を支えさせることも可能。止められることを前提とした二段構えの攻撃。

 

無言ながらに気合の声でも聞こえてきそうな勢いのあるテンが近づく肉体に膝を突き出す。片手は使わせた、仮にこれを受け止められてもまだ両手が残ってる。せめて、掠るくらいは。

 

 そんなテンの微かな希望はーー、

 

 

「面白い。けど、まだ緩い」

 

「ごぼぁ!?」

 

 

腹部に突き刺さる腕。残った左腕がテンの腹筋に捩じ込まれる。気づき、身を固めるも既に遅し、天と地が逆さまになったと理解した時、テンの肉体はひっくり返っていた。

 

簡単なこと。防御に使っていない足でテンの足を掬い取るように蹴り上げ、同時に掴んだ足を力の方向に回せばあら不思議、簡単にひっくり返る。

 

確かに今のは力任せと技で挑むハヤトとは違って面白い展開だが、それ以上でもそれ以下でもない。容赦なく肩を入れるように拳を打ち込み、拘束を解けば彼の身体は逆立ちの体制で打ち出された。

 

流法で硬めても貫通する打撃に表情を歪ませつつ、しかしテンの動きに迷いはない。

 

吹き飛ばされることなど慣れたもの。地面に手をつくと同時に体を折り曲げ、体でくの字を描きながら地に足を合わせる。

 

そのまま二度、三度。転がって衝撃を散らした彼は受ける被害を最小限に抑えて狼のように疾走。姿勢を低く構える彼は目の前の敵へと一直線に駆ける。

 

 

「るぁぁぁ!」

 

「ほいっと」

 

 

分かりやすい突進から右腕がロズワールの体を貫かんばかりに突き出される。速さ、威力は上々、しかし動きだけは初心者なそれをわざわざ受ける程ロズワールは甘くない。

 

進行方向に払うように体ごと軽く受け流す。それはまさに剣を剣で受け流すような風に、反撃に背を向けてよろけるうなじに手刀を薙いだ。

 

ロズワールの長い腕が伸び、当たれば確実に気を失わせることのできるそれが当たるーー、

 

 瞬間。

 

捉えるはずのうなじが眼下へと下がる。髪の数本を撫でるそれは見事なまでに空ぶられた。

 

下がるうなじを追うように目線を下に下げたロズワールの瞳に映ったのは、芝生に足を滑らせるテンが深く伸脚、右足をこれでもかと伸ばしている光景。

 

 

「んんーー!!」

 

 

元から柔軟性だけはある自分にしかできない回避方法。不規則な動きを咄嗟の判断で選択した彼は、声にならない声を上げながら伸ばした脚を滑らせて足払い。

 

折り曲げた左足一つで全体重のバランスを支える彼は芝生の上を滑らせるように脚を振り切った。しかしテンの脚に直撃した感覚はない、軽い跳躍で回避された。

 

それどころか踵落としがーー落ちてくる。

 

無理な体制で薙いだ攻撃が回避されてから数秒もたたぬうちに迫るそれに、テンは地面を両手で叩き真横に跳ね飛んで回避。

 

軽い地面の揺れを足裏に感じた。震源地は先ほどまで自分のいたところ、踵が突き刺さっていた。直撃すれば確実に意識を狩り取られていたはず。

 

 

 ーー好機。

 

 

踵落としはモーションの大きい技だけあってその隙も大きい。それは人外であるロズワールにも適応されること。故に、テンの行動は決まった。

 

 

「ふっーー!」

 

 

呼吸を止め、踏みしめる足に全霊の力を込めて蹴り上げる。異常に熱を帯びたテンの肉体はほぼノータイムでロズワールの側面へと接近。ロズワール視点から見れば一歩で距離を詰めたとさえ錯覚する速度のそれ。

 

素早く身を回すテンが繰り出したのは回し蹴り。数日間でハヤトに教え込まれた蹴り技の中でも上位に入る威力の蹴りが、地面に足が突き刺さる相手に放たれた。踵落としを繰り出した直後に迫るそれには回避という選択肢がない。

 

 が、相手はロズワール。理不尽にもたったこれだけの事実でそれら全ては覆される。

 

 

「惜しいっ」

 

 

舐めた声色と一緒にロズワールの身体が勢いよくバク転。背に迫る脅威を飛び越えるようにして彼は視界に捉えずに回避して見せた。化け物か。否、化け物の中の化け物である。

 

しかし、攻勢はまだテンにある。起き上がる身体へと踏み込み一つで構えを整える彼は、右腕を矢のように引き絞る。呼吸を止め、照準は一瞬、狙いは一点、筋肉に力を込めて穿つ。

 

ドスン! と内側で何かが弾けるような音が鼓膜を刺激した時、それは自分の拳がロズワールに弾かれたとテンに理解させた。大きく仰け反る身体、追撃に迫るは当たれば激痛必須の剛腕。

 

 それを、

 

 

「ん、らぁぁ!!」

 

「凌ぐか……」

 

 

前に進む力に対して真下から蹴り上げる左足が迎え撃つ。明らかに無理な体制の中でも寸前で彼は凌いだ。だが、身体を支える右足に足払がくればテンは呆気なく地面に背をつく。

 

完全に倒れたテンの瞳に映るのは指を束ねた手刀。刺突するそれは喉元へと這い寄る蛇のように迫る。回避、迎撃、防御、いずれも今のテンには与えられていない選択肢だ。

 

 

 ーーやばい。

 

 

目を見開くテンはどうにかして被害を最小限に抑えるための行動を考えーー、

 

 

「おいテメ、ロズワールゥ!!」

 

 

その声を聞いた途端、そんなの必要ないと考えていたことを全て放棄。真横からロズワールに突っ込んできたハヤトを見て不意に口角が釣り上がる。

 

ハヤトだ、彼がようやく帰ってきた。どこまで投げ飛ばされたのかは不明だが、白い服が土に汚れているところを見ると、下手したら花壇に突っ込んだのではと思う。

 

そんな彼の思考を置いてハヤトはタックルのままに戦闘を展開した。離れる肉体、追いかけるハヤトの拳がロズワールの拳に打ち落とされ、もう片方の拳がハヤトに迫り、やり返すように打ち落とす。

 

二撃、瞬間的に捩じ込んだが決定打にはならず。尚も貪欲に迫るハヤトは細かい足捌きで跳躍するとと、これが本家と言わんばかりの前蹴り。

 

流れるような動作にロズワールが目を細める。彼が加わるとなると手加減をしていては自分自身が危うい。なら、

 

 

「少々、本気を出させてもらうとするよ」

「上等!」

 

 

半歩、距離を取って前蹴りを回避するロズワールが今度は仕掛ける。これまでは受けに徹していた彼がハヤトの肉体へと躍り出た。それはハヤトの射程圏内に自ら踏み込むことを意味するが、さほど関係はない。

 

最小限の動作から胸を狙う掌底がハヤトを捉え、伸びる腕を払うことは不可能と本能的に判断したハヤトが半身を引けば、胸のスレスレをそれが通過、その時点で彼は身を回して蹴りを繰り出している。

 

回避と反撃を同時に行った顔面を狙うそれにロズワールは大袈裟に顔を逸らす。鼻頭をつま先が掠めたが、許容範囲ーーだからもう一撃。

 

 

「ーー!」

 

 

無言の奇襲。背後から飛び掛かるテンが何度目かになる右脚を薙ぎ払う攻撃を仕掛ける。足の甲、最も自由の効く部位で彼は逸らす顔面を追撃する。が、ロズワールはこれも避ける。

 

逸らす通り越してブリッジのような動きで彼は地面に手をつき、付いてくる両足で接近するハヤトの顎を蹴り上げる。伝わる確かな感触によろけるハヤトの唸り声が重った。

 

地面に足がつく過程でテンのことも狙ったが彼は身を引いている。反撃は予想済みなのか深追いはしてこない様子だった。

 

 

「ふぅ」

 

 

一息つくロズワールに一匹の熊の暴力と狼の爪が同時に迫り、その首元へ噛み付かんと牙を剥き続けている。どちらも油断すれば危うく一撃もらいかねない気の抜けない相手だ。

 

前と後ろ。挟み込むように立ち回る二人ーー否、テンが厄介。両者を同時に視界に入れようとロズワールが後退するも、テンは必ず背後に回ってくる。彼を阻止しようとすればハヤトの暴力への対応が遅れてしまう。

 

狡猾な動き。自分一人で獲物を仕留めず確実に二人で仕留め切ろうとする動きは相手からすれば厄介すぎるものだった。

 

 

「おぉぉぉーーーッ!!」

 

「……いいねぇ」

 

 

咆哮しながら熾烈なまでの蓮撃をハヤトは打ち込む。時折、反撃が体に打ち込まれるも、気合一つで堪える彼は今までとは本気度が明らかに違う。それを心から楽しむようにロズワールは笑った。

 

突き出された右拳を払い、即座に迫る左拳をロズワールは受け流す。瞬間的に二蓮撃を仕掛けたハヤトだが、逆に伸び切った手を掴まれて背負い投げられた。

 

追撃をーー、と身体を動かそうとした途端。ロズワールの視界に飛び込んできたのは背後をとっていたテン。飛ぶハヤトを飛び越えた彼は勢いのままに踵落とし。

 

しかし所詮は付け焼き刃、軽く避けられる。地に足つけたテンが隙は与えないとばかりに体重を乗せた蹴りを突き出すも、迎撃する右腕に相殺された。

 

 

「いい動きだねーぇ。ハヤト君仕込みかなぁ?」

 

「もち、ろん!」

 

 

反動を得る身体を立て直すテンに突き進むのは今さっき自分の蹴りを相殺した腕。咄嗟に身を屈めて回避ーー予測していたように蹴り上げがくる。

 

無防備では受けない、せめて両腕で防ぐ彼の身体が長身よりも高く宙に浮いた。受け止めても尚、威力だけは貫通する暴力には恐怖しかない。

 

身動きの取れないテンに追撃は来ない。その前にハヤトが仕掛けている。

 

 

「流石に君たち二人を相手にするのはやりずらいものだねぇ。どちらか一人だけならまだしも」

 

「ふん!!」

「らぁ!!」

 

 

呟くロズワールだが。その声は飛び掛かるハヤトと、宙に浮いたことを逆手に取るテンの耳には入らない。今この瞬間に全身全霊を注ぐ両者の頭には一つのこと以外は考えられない。

 

一瞬、ハヤトに意識を削いだのが仇となったか。ロズワールは数秒後の光景を脳裏に描いて防御に身を固める。

 

顔を守るように両手を顔の側面に構えれば、左右に何度と受けた蹴りが叩き込まれた。身体能力を高めたそれは、明らかに常人が発揮して良い威力ではない。本気で受け止めなければ押し切られる。

 

と、ロズワールはテンが次なる行動に体を動かしていることを察した。確実に残る脚を顔面に捩じ込もうと身体を捻っている。

 

迎撃、不可能だ。

 

両手を封じられ、仮に屈めば踵落としがくる。

 

回避、不可能だ。

 

押さえつけるようなそれに、確実に拘束されている。

 

防御、不可能だ。

 

既に両手は防御に使用している。両足も使えない。

 

 

 ーーこれは、当たる。

 

 

今まで一撃も入らなかったそれが確実に決まると敵ながらにロズワールは理解した。それは、ハヤトが生み出したチャンスをテンが自分のモノにした、いわば二人の一撃。

 

二人の成長を実感した時、思わず受け止める手に力が篭り、頭に熱が昇るロズワールはつい気が入る。

 

 その結果、

 

 

「アル・ドーナ」

 

 

不意にロズワールの熱のこもった思考回路が口へと信号を送り、受け取った口が詠唱を刻む。

 

これまでは一切使用してこなかった魔法が。体術の鍛錬ということもあって暗黙の了解的な風に禁止とされていた魔法が今、テンとハヤトの真下から天を穿つかの如く伸びている。

 

詠唱者に呼び出されたのは岩の柱。城壁にもなりうる強度を誇るそれが詠唱という名の予兆を起点に地面から生え、入るはずだった一撃を無理やり捻じ曲げ。二人の意識を根こそぎ狩り取るーー、

 

 

「エル・フーラ」

 

 

 寸前。

 

後方、ハヤトの「うわっ!?」と驚くような声がロズワールの鼓膜に聞こえてきたと同時に身体が前に押し出されるほどの暴風が発生。

 

切れ味の無いそれが声を上げたハヤトの身体を真横に突き飛ばし、柱によって穿たれる悲劇の未来から彼のことを救い上げる。

 

なにが起こったかなど考えるまでもない。見れば全て理解できる。それはロズワールの目の前にいるのだから。

 

つくづく思う。自分にとって大切な人のこととなると彼の行動は誰よりも、そして何よりも速いと。その結果として自分の身にどんな厄災が降り掛かかろうが、躊躇なくその選択肢に手を伸ばす。

 

 ロズワール。彼の視線の先。

 

そこには腹部に直撃した丸太のような大きさの柱に打ち上げられたテンの姿があって。跳ねる肉体と共に、肺を圧迫された口から赤色の酸素が少量吐き出される。

 

詠唱をしたのはテンで。ハヤトを助けたのもテン。自分も助けることができたはずの彼は、しかし咄嗟の判断でハヤトだけを助けることに意識を注いだ結果、今がある。

 

人間の本質は危機的状況に晒された時、真に現れると言うが。それが正しいならば今まさに彼の本質が曝け出された。自分を捨て、友を救う、なんて自己犠牲なことか。

 

それはテンの美点であり、弱点。彼の本質が今回は悪い意味で因果をもたらした。

 

尤も、犠牲の大前提にあるのが。今ーーそう今。今こうして考えているロズワールの顔面に捩じ込まれんとする男の拳である。

 

 

「ロズワールゥゥ!」

 

 

理解した。自分が誰に救われて、そのせいで誰が意識を失ったのか。

 

理解した途端、心の奥底から湧き上がる黒い感情が彼の本能を駆り立て、応えるゲートが火を噴いてマナを放出させる。

 

憤慨した様子のハヤトが鬼気迫る表情でロズワールへと正面特攻。瞬間的に爆発した黄金色の覇気が彼の心の荒れようを、なによりも雄弁に物語っていた。

 

友に救われ、結果として友は力無く宙に投げ出された後、背部から地面に落下。そこからピクリとも動かなくなった。死んでない、否、死んでるかどうかなど関係ない。

 

殴る。殴らなければ気が済まないものがある。

 

 が。

 

ハヤトは気づかない。自分の頭に血がのぼったせいで、冷静な判断ができなくなっていることに。過去に言われた、自分の美点であり弱点である部分が露出していることに。

 

感情に流されるーーそれがハヤトの美点であり弱点。

 

憤慨した彼が勢いに任せて振り抜いた右腕は、これまでで最も避けやすい大ぶり。故に、彼の側面にロズワールは入り込む。

 

そこからハヤトの顔面にロズワールの情け容赦なしの拳が放たれるのに時間は掛からなかった。

 

避けると同時に予備動作を行う彼は、流れるように打ち込みーー、

 

 

 

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今日はここまでのようだねぇ」

 

 

言い、ロズワールは体の力を抜く。「ほぅ」と一息つき、纏っていた達人の気配を消失させた彼は痛み始めた両腕を両手で揉み解す。

 

幾度となく打撃を受け止めた二つは、戦闘が終わると思い出すように痛みを主張し始めるが。今回に限っては戦っている最中も激しく主張していた。

 

アクラを纏うハヤト。流法を纏うテン。

 

この二人によって甚大な被害を受けた両腕に手を当てるロズワールは不意に気づく。触れた箇所が小刻みに、本当に小刻みに震えている。ハヤト一人の時は生じなかった震えが、ある。

 

 

「……恐ろしいものだ」

 

 

体術、流法、その他諸々を僅か一週間で最低限身につけるテンが加わっただけで与えられる傷の度合いが目に見えて変化した。

 

これも努力の賜物か。この一週間、本当に彼はよく頑張ったと思うし、その結果が発揮されたのはロズワールとしてもとても喜ばしいことだ。

 

同時に、とても恐ろしくも感じる。強くなることに躊躇がない彼はやれることならなんでもやる。日常の動作に魔法の鍛錬を組み込むなど、考えもしなかった。

 

才能に溢れてないからこそ、彼はそれを努力という形で補う。強くないからこそ、今よりも頑張らなくてはと地道に積み重ねた。

 

その結果がロズワールの体に刻み込まれている。ハヤトと共に挑んだ彼は確実に成長し、十分に戦える程にまで鍛えられた。

 

それでもテンはまだ未熟者だと言えてしまうのが悲しい現実だ。否、ハヤトも然り。二人はまだ未熟者だと言える。

 

現に、光景として根拠が広がっている。

 

疲労気味に肩を回すロズワール。彼の視線の先には仰向けになって目を閉じたテンと、横倒しにされて目を閉じたハヤト。彼らが力無く芝生の上で伸びている。

 

 

 テンとハヤト。ロズワールへと果敢に挑んだ二人の男達が地に沈む。

 

 

あれだけやっても、二人はロズワールの体に一撃すら打ち込むことができなかった。魔法という反則技を使われ、使い返しても伸ばした手が彼の顔面を捉えることはなく。互いの弱点が原因で負けるとは、なんの皮肉か。

 

理不尽。とは、このことを言うのだろう。地道にコツコツと努力したことが真っ向からへし折られる感覚。勿論、人外相手に勝てるとは考えない二人だったが、たったの一撃も入らずに終わる。

 

ロズワールが強すぎるのか、二人が弱すぎるのか。否、ロズワールが強すぎるのだ。

 

 

「まぁ。この私に魔法を使わせたんだから。十分、外の世界でも自信を持っても良いと思うがね。君たちの成長速度には震える思いだよ」

 

 

少しばかり強くなるテンポが早すぎるとロズワールは思う。それも、毎日鍛錬していることを考えれば妥当だと考えるべきか。

 

質が良く容量の高いゲートを宿していることも一つの理由だろうが。一番は、やはり鍛錬の量。

 

最近は落ち着いてきたが、始めたての頃は死に物狂いで取り組んできた二人。過去に培った地獄のような鍛錬の経験値が徐々に光り始めてきた。それがあれば、どんな鍛錬だって乗り越えられる。

 

それでもまだロズワールには届かせられないが。

 

そうだとしても。強くなる点において、二人は順調だと断言できる。外に出してもなにも恥ずかしくない。

 

 

「さて。ハヤト君が起きると二回戦が開始されかねない。ここは一つ、強制的に終わらせるとしよう」

 

 

言いながらロズワールは二人に背を向ける。気絶した二人が目を覚ませば、特にハヤトが怒りながら殴りかかってくるかもしれない。そうなる前にとっとと退散。

 

評価は後でつけるとして。今はこの場から逃げるように去る。

 

 と、

 

 

「ーー?」

 

 

不意にロズワールは頬に鋭い熱が走っていることに気づく。歩く足は止めず、なんとなくその部分を人差し指で撫でると、僅かながらに痛覚を刺激する。

 

 

 ーーまさか

 

 

そう思う彼は頬に当てた人差し指を瞳に映し出す。黄色と青色の瞳が映したのは、肌の色ではなく赤色だった。

 

その瞬間。明らかとなった事実に遅れて気づく頬の熱が、ロズワールの顔に一筋の軌跡を生み出しーー、

 

 

「ーー恐ろしいものだ。まったく」

 

 

頬から垂れた、一滴の赤い雫。

 

二人がかりでようやく与えた渾身のかすり傷に指を当て、彼は笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 







文章が長いと誤字脱字チェックにも一苦労…。まぁ、読んでくれる方が一人でもいる限りは頑張りますけど。それでも誤字脱字が出てしまうのが辛い。

次回から少しだけ長編。長い長い一日が始まります。


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