タイトルが全てを物語ってるシリーズ第……n弾。
ひ、ひょ、ひょう、評価が少しずつ上がっていきますね。その度に相応しい物語を書けているか不安衝動に駆られますが、これからも書きたいことを書くスタンスは貫ぬく予定です。
数日後、朝。
普段通りならば仕事に勤しむはずの時間帯のはずだが、今日は少し違う。ロズワール邸の正門前に集まった面子の中で、ハヤトが一人、興奮気味にはしゃいでいた。
「おぉ、おおお! すげぇ、これが地竜ってやつか!」
歓喜に声を、表情を弾ませるハヤトの眼前、そこに悠然と構える威容の存在がある。
緑色の硬質の肌、見上げるほどの巨躯、黄色く鋭い双眸ーー幾度も見かけておきながら、こうして至近で触れ合う機会に恵まれなかったそれは強大なトカゲの姿をしていた。
そのすぐ隣。繋がれた革製の手綱の先にあるのはロズワール邸の正門にでんと存在を主張している一台の竜車である。
「おいテン! みてみろよ! 動物園で見るのとはぜんっぜん迫力が違う……つーか、こんなの触ったことねぇからテンション上がるんだが!?」
「朝からうるさい……」
感性豊かなハヤト。初めて見る"襲ってこない人間ではない生物"に彼は先ほどからこの調子だ。元々彼は動物好き、更に象やキリンなどの自分よりも遥かに巨大な生物が大好物。
故にその興奮が収まることはなく「わーわー!」と目をキラキラさせている。もちろん、鬱陶しげに目を細める地竜のことなど視野に入ってなどいない。完全に感情が突っ走っている。
が、彼の後ろ姿を見るテンは彼とは反対にテンション低め。普段から無気力系男子を匂わせる彼はいつにも増して雰囲気が沈んでいた。
事の始まりは今から数十分前のこと。
いつものように朝起きて、いつものように朝食の支度をして、いつものように食堂にて朝食の時間を過ごしていた時。ロズワールからある提案という名の命令があった。
とても簡単に説明すれば『王都に用があるから自分の代わりに行ってこい』というもの。詳細はロズワールの書いた論文を騎士の詰所ーー近衛騎士団の詰所に届けてこい、とのこと。
そこで手を挙げたのがハヤト。この世界に来てアーラム村しか外出をした事がなかった彼は「俺が行くぜ!」と右手を聳え立たせた。
その行動は察していたらしい。ロズワールもその予定だと語り。となれば、セットドリンクバーの如く付いてくるのがテンである。彼はあまり乗り気ではなかったが「来い」と言われたために、渋々従うことに。
屋敷から王都までは竜車を扱うとのこと。残念なことにテンとハヤトにそのスキルは皆無、つまりスキルのある者が同行することになり。今回の場合は者"達"であった。
そう、レムとラム。彼女達二人が二人に同行することに。レムは「テン君が行くなら」とラムは「ロズワール様が面倒を見ろと仰られたから」と各々の理由で付き添い人として名乗り出た。
そして、今に至る。
地竜の身体をペタペタと触るハヤトを正面に心底行きたくなさそうな表情を醸し出すテン。朝からずっとこのテンション感の彼はハヤトと違って地竜には対して上がらず、むしろ下がる一方。
「……行きたくない。つか、俺ら四人が外に出たら誰が屋敷のことをやるのさ。昼食だって、掃除だって、夜までには帰ってくるそうだけど。ねぇ? エミリア」
「私に振るのね。でも、そこら辺は昨日レムが張り切ってたわよ? 明日はテンと王都に行くから今日はいつも以上に頑張ります!って」
「既に道は塞がれてたか……。だから食卓にサンドイッチの入った籠が置いてあったのかよ。くそ、用意周到だなこら。てことは、この話は昨日の時点で上がってたのかよ」
横にいるレムをチラと見れば、自慢げに胸を張るレムと視線が合い。頬が少し紅くなった彼女に何とも言えない感情を抱くテンは取り敢えずぎこちなく微笑みかける。
それをどう受け取ったか。レムはぼっと頬を紅く染め上げてしまった。頬に手を当てて視線を外す彼女はそれから暫くテンに目を合わせようとはしてくれない。
そんな乙女なレムを横目にしていると、不意に頭の中にもう一つの突破口が飛来。「じゃあさ!」と声を大にしたテンは再びエミリアに視線を戻すと、
「俺達四人が居ない時に誰がが入ってきたらどうするの? エミリアに危険が及ぶかもしれない。そしたら俺が身体を張って戦うーー」
「ボクがいる限りそれはありえないと思うけど」
「お前かっ! パック!」
折角見つけ出した突破口を刹那でシャットアウトしてくるパック。エミリアの後髪から顔を覗かせる彼は謎のファイティングポーズでワンツーパンチを繰り出した。
エミリアの前に立ちはだかる猫は手の平サイズの体型とは真反対に随分と貫禄のあるもので、実際に前にすると、この猫がいると騎士の存在意義が危ぶまれるとテンは思う。
何にしても、
「行くしかないかぁ。王都、嫌だなぁ」
「何でそこまで嫌がるのさ?」
「面倒だからだよ」
「子どもじゃないんだから。そんな理由で駄々を捏ねないの」
項垂れ、諦めるように空を仰ぐテンの肩を何度か優しく叩くエミリア。彼女はその姿に唇をゆるめて共感するように吐息。自分が行くわけではないが、彼女自身にも何となく気持ちが分かるのだろうか。
「頑張ってね」と王都へと向かうテンを元気付けていた。今のところ、絵面が完全に駄々を捏ねる弟を宥めるお姉ちゃんである。そんなやりとりが見れることも、パックからすれば嬉しいことであったりなかったり。
背後でそんなやりとりが交わされているとも知らず、ハヤトは未だにガツガツしている。地竜に対してぺたぺた手を伸ばしては歓声を上げ、
「やべぇ、すげぇ、ハンパねぇ! おいテン! いつまでも駄々こねてないでお前もコイツのこと触ってみろよ! 俺達が戦った竜とはまた違った鱗だぜ! この鋼鉄の鎧のような……」
ハヤトの美点。それは何に対しても遠慮なしにガツガツ行けるところだ。コミュ力の塊のような彼は相手に心を許されていない状態だとしても、僅か数分の会話で許されてしまう。
が、それが今回は裏目に出たらしい。人間には有効なそれだが、地竜というプライドの高い生物がそれを受ければどうなるか。
こうなる。
「うげぁ!?」
意識外で回るトカゲの尾がしなり、ハヤトの側面、左半身に叩きつけられる。屋敷の住民が頑丈と断言した彼の肉体は、しかし無防備な状態では竜の一撃に対抗できずにぶっ飛ぶ。
横倒しになりながら吹っ飛ぶハヤト。ロズワールとの鍛錬の成果が無意識に出たか、彼は宙で軽く身を回して上手いこと受け身を取って着地。
何が起こったか分からず、血の気が引くような感覚に暫しの沈黙。その後背筋をピンと伸ばし、理由もなく「ふんっ!」と胸を張ると、
「なぜだ?」
「ハヤト君。地竜はとても賢い生き物で、言葉は通じなくても大体の意思は通じます。今のように気分を害することがあれば噛みつかれるーーなんて事例もあるんですよ」
「噛みつかれるなんてレベルじゃねぇぞ!? 尻尾薙ぎ払うってなんだそりゃ? 俺じゃなかったら死んでるね!」
被害部位である左半身をさするハヤトが笑いながら正門前に戻ってくる。流石にハヤトであったとしても痛みは生じるようで、咄嗟に受け身を取らなければ今頃どうなっていたことか。
これも一つの愛情表現ーーとはいかず、先程よりも離れた位置から地竜を見るハヤトは「悪かったよ」と手を揃えてごめんなさいの構え。
「二度とすんじゃねぇぞゴラ」とでも言いたげに鼻を鳴らすことで地竜は反応を示し、ハヤトと地竜のまともなファーストコンタクトは最悪な形として終わった。
騒いでいた興奮を物理的に静められ、頭にのぼっていた熱が引いていく感覚に、彼は溜まった熱を外に放出するために息を吐く。そんな彼の背中にテンは彼とは別の意味で息を吐くと、
「お前は誰かれ構わずガツガツ行くからそうなるんだよ。これを機に少しは自重することを覚えろ」
「いやいや。これは、まだファーストコンタクト。コイツもいずれは俺に慣れてくれるさ。お前の方こそ少しはガツガツ行く方がいいと思う。じゃなきゃできるモンもできねぇぞ?」
「そうですよ」
「そうですよ(?)」
日頃から思っていたことを指摘したテンに対する答えは予想外の方向から。
ハヤトに同調するレムが食い気味に詰め寄ってきた。頬の紅みは引っ込んだらしい彼女は自分の言葉を復唱したテンに少しムッとしたような表情をしている。
分かりやすい態度にハヤトは「おっ?」と楽しむように声を溢し、成り行きを見守るが。肝心のテンは「ん?」と理解できていない様子。レムの熱を帯びた視線を間近に受けてもポカンとした面を晒していた。
呆れるしかないハヤト。「ハヤト君……」とでも声が聞こえてきそうな視線をレムに送られた彼は「お前さぁ」とその鈍さに物申そうとした、その時だった。
ふいに屋敷の玄関の扉が開く。そこから出てくるのは、ロズワールとラムの二人。二人の手に抱えられている物を見ながらハヤトとテンは首を傾げ、
「なんでまた大剣と刀を?」
「それにその洋服って俺とテンの戦闘服だよな」
先程までの感傷を一旦置いておく二人。レムだけはテンの気を引くように彼の服をツンツンと弱い力でつつき続けるなどの可愛い動作を続行。
好きな人にかまってほしいことを小さげに語る彼女は年相応の愛らしい少女。そんな、妹の初々しい光景を見るラムはテンのことを睨むと「ハッ」と鼻で笑い、
「その服装だと王都では違和感の塊だわ。野蛮な男は野蛮らしい服装に着替えなさい。ラムとレムの気品が疑われてしまうわ」
「流石に執事服のまま王都を出歩くのは目立つかぁーらね。君達としてもコッチの方が何かあった時のために動きやすいだろうしぃ?」
言葉を繋げるロズワールがそう言いながら各々の武器を手渡し、ベルト等を一纏めにした衣服の束を二つほどラムが投擲。
ハヤトは胸の中にぶん投げられたそれを受け止めるが。テンに至っては「とってこーい!」と言わんばかりに彼方へと吹っ飛んでいったため、全速力で駆け出して行った。
「……ひどくね?」
「当然の話よ」
駆け出すテンをトコトコとレムが追いかけるなどの動作を横目にそう呟くハヤト。思いのほか近場にいたラムの耳にそれは届き、腕を組む彼女はスカッとした様子だった。
最近、ラムのテンの扱いが雑になってきている気がする。もちろん、悪意は含まれてないだろうが。流石のお姉ちゃんも妹が絡むと感情的になるらしい。レムの気持ちに疎いテンに、本人に代わって制裁を与えていた。
常に流法を纏うテンが五メートルほどの跳躍を見せて投擲された衣服を確保し、落下する直前で体制を崩してすっ転ぶ面白シーンを視界に収めつつ。ハヤトはふと疑問に思い、視線を竜車へと。
見えた。犬のように尻尾をブンブン振ってロズワールに擦り寄っている地竜と、その頭を優しく撫でている飼い主ことロズワールの戯れが。
先程の自分とは態度の変わりようが天と地の差。仕方ないとは思う、思うが。流石にぶっ飛ばされるとは心外だ。
これでも故郷では動物には好かれていた身。テンを含めた六人で動物園に行った時、ゴリラに求愛行動をされたことはトラウマとして一生刻まれている。
「やっぱ懐いてるなぁ。当然と言えば当然か」
「当たり前でしょう。ロズワール様の飼い竜なんだから。ガツガツ行く脳筋とロズワール様を同等の扱いをすることはラムが許さない」
「んなこと誰も言ってねぇよ」
赤色の瞳ーーその奥をギロリと光らせるラムがハヤトを睨み、彼女のロズワール贔屓は今に始まった事ではないハヤトはその眼光を右から左へと受け流した。
一日に一回はラムに睨まれている彼は今更それを気にすることもなく、彼女もほんの少しの談笑程度としか捉えておらず。そうして自然と二人の会話は途切れる。
そうこうしている間に、レムとテンが離れから帰還。プンスカと怒るテンを右から左へ受け流すラムは「はいはい」と適当にあしらい。テンも大事にはならなかったため、感情をため息一つに吐き出し、気持ちを切り替えた。
騒ぎの二人が気持ちを切り替えると談笑の時間も一区切りつけて、そろそろ出発しようという空気。居残りするエミリア達にそれぞれが声をかける中、ふとハヤトは大気を通じて肌を優しく撫でた温もりを感じ取る。
ベアトリスの感覚。正確には彼女の領域である禁書庫から発せられる感覚。毎度の如く自分を導くそれが今、彼の心の中へとたどり着いた。
ふっと流れてきた温もりの道を視線で辿る。本来ならば突撃してやりたいが、今はそれも叶わない。だからせめて恐らくその先でこちらをこっそりと見ている幼女と目を合わせよう。
ーー見えた。
屋敷の二階。西棟廊下、その窓からこちらを見下ろしているベアトリス。隠れているつもりか、物陰に身を潜めているようだが、縦ロールがバッチリはみ出てているせいでバレバレである。
頭隠して尻隠さずとは正にこのこと。離れていながらもハヤトの目と目があった彼女は一瞬、驚くようにビクッとしながらも、しかし己の中で割り切ったのか彼女は「何か用かしら」とでも語るように堂々と姿を現した。
それができるなら始めから正門前に来てくれたらいいものを。来ないのがベアトリスらしいが、一言二言かけてほしかったところはある。今も何も言わずに見ているだけだ。
「後でちゃんと行くからな。安心して待ってろ」
そんな意地っ張りな少女にハヤトは苦笑し、手を振る。一応、見ているあたり気にはしてくれていると思った彼は土産の一つや二つ、買って帰ろうと決めた。
それに対して彼女は顔をプイッと背けて窓から消える。「ふんっ」とでも聞こえてきそうな彼女は廊下の奥に消えていった。
「さて、行くなら行こうか」
「おう。楽しみだな」
ベアトリスとの無言の意思疎通。否、一方的な交信を終えたハヤトの肩を叩いたのはテン。彼は首を竜車の方へと傾けて合図。ハヤトも彼女との挨拶も終わったと、早々に竜車の客車に乗り込んでいく。
彼の後に続くのはテン。数秒間エミリアと見つめ合った末に頷かれたから頷き返し、彼は竜車の中へと姿を消していく。何の意思疎通かは両者にも不明だった。が、彼は中から顔だけ出して彼女の肩に座る毛繕いする猫に視線を向けると、
「屋敷のこと。よろしくね」
「それボクに言うんだ」
返された言葉には返答せず、適当に頷いて竜車の中へと消えていった。が、再び彼はその中から顔を出す。その表情には若干の焦りが含まれていて、「あのー、出発手前で悪いんだけど」と周囲の視線を集めると、
「着替えてきてもいい? ほら、執事服だとアレだって言うから。今、着替えておかないと。出てからじゃ遅くない?」
「あ。言われてみればそうだったな」
片手に自分の戦闘服を持つテンが言いながら竜車から飛び降り、続くようにハヤトが飛び降りる。言われて気づいたとばかりに周囲の人間は、はっとしたような表情になる中、一つのため息が聞こえる。
音の発信源はラム。彼女は「そうね」と二度目のため息を吐くと屋敷の玄関ーーではなくその辺の茂みを指差し、
「五分で支度してきなさい」
「せめて屋敷を指差そうか!?」
「俺たちのこと動物か何かだと思ってます!?」
▲▽▲▽▲▽▲
「ひぇー、ラムも恐ぇな」
「恐いというより辛辣の方が近い」
「でもそれも一つの」
「愛情表現。って、んなわけあるかい」
などのやりとりをしつつ二人は執事服から戦闘服へと着替えを済ませていく。初めの頃は執事服を着たり脱いだりするのにも手間取ったが、今となっては慣れたもの。
五分以内に済ませてこいと言われた二人は淡々と着替える。感覚としては学校の制服から体育着に着替える感覚に近い。そんなんだから、たわいもない会話を二人は重ね続けた。
「流法の進捗はどうだ? いい感じか?」
インナーを着用するハヤトが軽く肩を回して尋ねる。地獄のような一週間を終えてからかれこれ数日経ったが、それからは何も聞いていない。ロズワールとの一対一を見る限りは結構いい感じに鍛えられているようだが。
「どうなんだ?」と食い気味に問いただすハヤトにテンは「うん」とズボンに足を通し、
「いい感じ。お陰様で使いこなせてきたよ。あとは日々の鍛錬で極めていくだけ」
「おぉ! そうか。そりゃ良かった!」
テンの応えに興奮した様子のハヤト。手詰まりだったことが解決されてなんだか自分も嬉しくなってきた彼は謎のガッツポーズ。冷静に話すテンとは対照的に感情を豊かに表現した。
しかし、今回に限ってはテンも自慢したいのか右手を上げてVサイン、歯を見せて笑う。あまり他人には見せない表情だ。それだけ本人にとっては嬉しいことだと分かる。
現に、ずっと悩んできたのだから。解決した時の安堵感や爽快感たるや、言葉にできないものだろう。彼が感情を表に出すのも頷けた。
お互いの感情を共有、理由もなく嬉しくなった二人の間で笑みが弾けたが。ドアから聞こえてきたラムの「あと三分!」の声で我に返り、着替えを再開ーーと言ってもほとんど終わったようなもの。
「ってことは。お前も俺みたいな動きができるようになったってことだよな。なら、ここらで俺と戦ってみるか?」
「また早いでしょ。お前とはやってきた期間が違いすぎる。同じ身体能力強化の分野ではお前には勝てないよ。もう少し待って」
羽織の袖に手を通すテンが大剣の鞘を背中に背負うハヤトの進軍を片手で押さえながらそう言う。大剣を背負いながら言われると、そのまま斬りかかられそうな勢いがある。そんなハヤトを落ち着かせると、彼は口早に理由を語った。
言った通り。ハヤトの場合は魔法の延長線上に身体能力強化があるが。テンの場合は魔法ではなく流法という魔法とはまた違ったマナでの身体能力強化。
いくら最低限使えるようになったとて、まだハヤトに届かせるには足りない。今戦ったところでハヤトには負けるに決まっている。そうでなくてもハヤトに勝てる自信など一ミリもないと。
取ってつけたような理由にハヤトは「んーー」と喉を唸らせ、
「確かにそうだが……。なら、いつならいいんだ?」
「せめて二週間ほしい」
「長ぇな。どんだけ極めるつもりだよ」
「これでも短い方なんだよ?」
心配性のテン。ハヤトとしては「明日にでもやろう!」くらい威勢は見せてほしかったところだ。テンが自分の力に自信が持てないのはハヤトも知っているが、流石に二週間は長すぎる気がする。
しかし、無理に戦おうとするのは彼としてもあまり好ましくないだろうと自分の中で無理やり納得させたハヤト。彼は「分かった!」と声高らかに、
「なら、今から一ヶ月後、来月だ! 来月の始まりに対決しようぜ。それまでに俺ももっと強くなっておくからよ!」
拳を突き出してニカッと笑みを見せる。今までに何度も、そしてこれから先も何度も見るであろうハヤトの太陽のような輝かしい笑み、それはテンにはあまりにも眩しいものだった。
いつだってそう。ハヤトは前向きで、恐怖なんてカケラもなくて。自分のことを鼓舞してくれる。分かってるとも、時間を設けたのだって自分に自信がないことの裏返しだって。
ハヤトはそのことを理解していても、待っててくれる。彼に戦いを挑まれるのは今回が初めてじゃないのに、何度と先延ばしにしてるのに。彼は自分の都合に合わせてくれている。
ーーでも、それはもうやめよう。
やっと自分もハヤトと同じ舞台に立ったのだから。ハヤトの挑戦を先延ばしにするのは、これが最後。
「おう! 一ヶ月後。俺と勝負だ!」
いつもよりも力強く拳を合わせたテン。少々予想外だった重みにハヤトは驚くように目を見開くが、彼がまともに自分の挑戦を受けたことへの歓喜がそれを上回った。
どことなく、自分の姿が重なるテンにハヤトは「よっしゃ!」と拳を離して手を叩くと今度は血気盛ん気味に眼光ををギラつかせる。その瞳は、ロズワールと鍛錬している時のものと遜色ない。
「言ったからな、テン。男に二言は?」
指差し、取り付けた決戦の約束を確実なものにするハヤトはそう言って言葉を切る。その先はお前が言えと、彼はそう語るように好戦的な表情を無邪気に浮かべ。
そんなことを言われればテンも彼に続かないわけにはいかない。軽く息を吸うと「ふっ」と笑みをこぼして、言った。
「ーーなしだ」
▲▽▲▽▲▽▲
「お待たせしましたっ」
「遅い。五秒の遅刻、ラムを待たせるなんていい度胸ね」
「誤差の範囲内だろ」とラムの言葉を受け流すテンとハヤトの二人。対決の約束を取り付けてから直後の話。そろそろ五分が経つと思った二人は玄関から屋敷の外へ。執事服に関しては玄関付近の椅子に置いておいた。
軽く身体を伸ばしながら並んで歩く二人。当然、二人を待っていたのだから周りの視線も彼らの元へと集まるのだが。
ふと、エミリアの肩から浮いてきたパックが二人の周りをぐるぐると旋回。猫ヒゲを弄りながらまじまじとその姿を見つめると、
「にゃんか、二人ともそれらしくにゃってきた感じがするね。屋敷に来た頃と比べたらずっと良く見えるよ」
「そうか? まぁ、それなりに鍛錬もしてるから様になってきてる感はあると思う。な、テン」
「そう? まだまだでしょ」
そこは乗ってほしかったハヤトである。さっきは男らしくなっていたはずが、今はいつもの彼に逆戻り。自分のことをまだまだだとパックの言葉を軽く否定していた。
その後、尚も旋回するパックを視線で追いかけた二人が目を回すなどの一悶着の末、彼は二人の眼前で前で急ブレーキ。満足げに頷き、
「うんうん。その調子でこれからも精進してくれたまえ。特にテン、君はリアにあんなことまで言ったんだから。ちゃんとしてくれなきゃーー。凍らすからね?」
「……精進します! 頑張りましゅ!」
「噛んだな」
「「噛みましたね」」
「噛んだねーぇ」
かの大精霊様兼エミリアのお父さんにそう言われればテンも身震いする思いだ。噛んだのは寒気がしたからだと自分に言い聞かせるも、周囲からの言葉は氷のように冷たい。
ハヤトにレムラム姉妹、更にはロズワールと一瞬にして自分以外の人間が敵になった予感に恥ずかしくなったのか「う、うるさい!」と言うしか抗えなかった。それとは反対に彼を中心に温かい空気が周りを包み、暫く微笑が連鎖。
完全にいじられキャラとしてテンが成り立ちつつある中、ふと。テンは自分のことを見つめる紫紺色の瞳ーーエミリアと目が合った。
何を考えているのだろうか。胸に握り拳を当てる彼女はテンのことをぼーっとした様子で見つめているだけで。不思議そうに首をかしげるテンは彼女の名を呼び、
「おーい。ぼーっとして、どうしたの?」
「えっ? あ、ううん。なんでもないの。気にしないで」
テンの接近に少し遅めに気付いたエミリアは彼から一歩、二歩、三歩。少し多めに距離を取りながら両手を顔の前でブンブンと振っていた。明らかになんでもなくない動作である。
その距離の取られ方は流石に傷つく。あからさまに離れられると自分が彼女を不快にさせてしまったのではと不安衝動に駆られる。
が、彼女もそれを察したのか、「あっ」と声をこぼした途端に一歩二歩三歩と瞬時に距離を詰め、
「今のは特に深い意味はなくてただちょっとびっくりしたと言うかなんていうかそのほら私も初めの頃のテンとハヤトのことを思い出してたから近寄られたことに気付かなくて」
「分かった分かった。分かったから。ちょっと落ち着け」
句読点すら無い早口で言葉を並べるエミリアにテンは苦笑い。おどおどする彼女を落ち着かせる彼は、
「テン、そろそろ行くぞ。ラムがキレる」
「おー。分かった」
振り返ると、竜車の客室から身を乗り出すハヤトがこちらを見下ろしていた。気付かぬうちに乗り込み始まっていたらしく、すでに彼は搭乗を済ませている。
急がなければ。と足を回す前にテンはエミリアの肩をポンと優しく叩き、
「気にしてないから。エミリアも気にすんな」
「分かった。気にしないから、気にしないで」
一言、笑い合って。彼女から言葉を受け取ってから今度こそ彼は竜車の中へと姿を消していった。
「「では、行ってまいります」」
「うん。二人のこと、よろしくね」
最後に残った姉妹が整った動作でエミリアとロズワールに一礼。二人に対して頷くエミリアと手を振るロズワール。
それだけで思いは交換された。ラムが客車へと入るとレムが綱を引き、地竜がそれに従って足を踏み出す。
車体が軋み、動き始めるのを感じてハヤトは窓の方へ。そこから頭だけを外に出して、こちらを見上げているエミリアに顔を向けると、
「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ!」
「いってらっしゃい! テンが迷子にならないようにちゃんと見ててね!」
「俺はそんなに子どもじゃねぇよ!」
彼女の言葉に思わず顔を出したテンとの締まらないそんな言葉の応酬が、この朝の別れの挨拶となった。竜車の加速が乗り、急速にスピードが上がり始める。
途端に屋敷との距離が広がり、正門の側に立つエミリア達の姿もどんどん小さくなっていった。
使用人四人がいく、王都遠足編。さて、ここから先に一体なにが待ち受けてるんでしょうね。
原作開始前に五十話を超えるリゼロの二次創作があると聞きました。はい、私のことですね。自分で書いてて長いと思いますが、割と中盤まできてたりします。