親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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久々のほのぼの回。どこにいてもこの使用人四人が揃うと、その場所では必ずほのぼのが展開されます。





竜車内は騒がしい

 

 

 

 

わずかに傾斜のある街道に入ると、それでエミリアの姿は完全に見えなくなる。それを確認して、ハヤトとテンはやっと客室の座席に腰を落として一息。

 

そして、なんだかんだで初めての竜車の乗り心地を確かめるように身じろぎ。初めての竜車体験、乗り心地が悪かったらどうしようかと考えていたが。思っていたより、というか想像以上の乗り心地だ。

 

なんせ、人の手が全体に行き届いているわけでもない街道を走っているにも関わらず伝わってくる振動がほぼ皆無に等しい。加え、座席の材質が柔らかなもので。

 

そこまで広くない四人掛け、向き合う感じのこじんまりした車内の割にはよく眠れそうだとハヤトは思う。

 

実際に、テンは既に目を瞑って睡眠モード。日頃の疲れを癒すために彼はハヤトの隣で一人、腕を組み、壁に頭の側面をくっつけて穏やかな雰囲気を醸し出していた。

 

座席に深く腰掛けたラムも吐息、前髪を人差し指で丁寧に掻き分ける。小窓から差し込む朝日も相まって整った容姿が美しく照らされていた。

 

普段からそうしてくれれば彼女は美少女の他にないが。

 

 

「いやらしい」

「何も言ってねぇよ」

 

 

口を開けば毒舌。瞳を向ければ鋭い眼光。見つめていれば「いやらしい」の一言。完全な超絶毒舌キャラという、テンとはまた違ったベクトルで濃い人間。

 

尤も、そうやって言われてもハヤトは笑って返す。彼女にとってはこれが普通なのだから。普通に接しているだけ、それを知っているからハヤトも特に気にすることはない。

 

寧ろ、容赦なく毒舌してくれる方が気を使われてないと思えるから嬉しかったりする。逆に、礼儀正しく接せられる方がなんか悲しくなってくるのが不思議なところ。

 

 

「おぞましい」

「だから何も言ってねぇって」

 

「言わずとも脳筋の目から全て伝わってくるわ。野蛮な男二人の中にか弱い乙女が一人、少しでも怪しい動きをしてみなさい。最後に見るのはラムの手向けよ」

 

 

割と本気の目をしているラムがそう言って右手を振るえば、弱風がハヤトの頬を撫でる。動作にしてはやや大きめな風はおそらく魔法、風刃の基となる風の他にない。

 

背筋が凍る思いをしたハヤトは途端に背筋を伸ばし、両手を上に上げて「何もしません!」と早口に宣言。冗談抜きで粗相を起こそうとすればラムはやる気なことに彼は戦慄した。

 

隣で寝ているテンが羨ましいとさえ感じてきたハヤト。この調子で行けば王都に着く頃には自分は精神的に干からびることか。

 

 

「王都に着くまでは大体四時間。それまではそこで大人しくしてなさい」

 

「へいへい」

 

 

まさかラムも、本気で自分がそんなことをするとは思ってないだろう。そう勝手に信頼するハヤトは彼女に適当に返し、自分も深く腰掛ける。それからふと、竜車の中に視線を巡らせた。

 

座席の素材は長距離移動に備えてかなり上質で、数時間座っていても、尻が痛くなる不安はない。これならテンが寝てしまう理由も頷ける。確かに目を瞑れば寝てしまいそうで。

 

 

「……ふぁ」

 

 

そんなことを考えていると不意に喉を通ってきたあくびが口を大きくこじ開けながら口内から外へと出てきた。

 

屋敷を出たのが朝の八時頃、朝食を済ませてからすぐのことだったから休む暇もなく外出をしたようなもの。流石に鍛錬の疲れや早起きも重なってこの時間帯はいつも眠たくなってくる。

 

 

「ったく、なんでこんな朝早くから」

 

「仕方ないでしょう。王都からロズワール邸は離れてるんだもの。他とは違って早朝に出ないと帰りが遅くなる」

 

「そう聞くと俺達の住んでる場所がど田舎に聞こえてくるな」

 

 

王都に行くので四時間。他とは違って、ちょっと行ってくるーーの感覚で遊びに行けないことが残念に思わなくもないハヤト。それに、そのせいでこんなに朝早くから出ても到着するのが大体正午。

 

付け加えるなら今回の目的は近衛騎士の詰所にロズワールの書いた論文を届けるだけという、移動時間の割に合わない仕事量。それだけなら適当に手紙でも出せばいいのではと思うが。

 

尤も、それができないからこうして使者として自分達を使ったのだろう。完全に使いっ走りにされてる臭いがハヤトの嗅覚には漂ってくる。使用人としては仕方ないことではあるけども。

 

 

「……にしても。コイツ、寝るの早すぎだろ」

 

 

パシリにされてることは置いとくハヤト。彼が聞こえていた小さな呼吸音に目を向ければ、隣にはフードを目の下あたりまで被った顔半分が隠れたテンが睡眠中。

 

若干の口が開いてるのを見る限り、爆睡の中の爆睡。恐ろしいことに竜車が走り出してから五分も経ってない中で既に彼は眠っていた。毎晩、遅くまで鍛錬して、朝の五時起きは流石の彼も厳しいものがあるのだろうか。

 

食後の数時間はどうしても眠たくなるものがあるようで、このままいけば王都まで寝て過ごしてしまいそうな勢いがあった。

 

そんな彼の前に座るラム。座席は二つと二つが対面するような形になっているため、自然と彼女の視線はテンの方へと向くことになり。彼のことをどう思ったのか「チッ」と舌打ちすると、

 

 

「起きなさい」

「いっ!?」

 

 

鈍い音が竜車内でなった途端、その音はラムの靴がテンの脛を蹴り上げた音だと理解したハヤト。何をどうしたらそうなるのかと驚くが、彼の感傷を置いて事は進む。

 

寝ていたテンからすれば突然の衝撃。寝てる時にビクッとなる現象も重なった彼は、反射的に勢いよく立ち上がった結果、決して高くない天井にかなりの勢いで頭をぶつけた。

 

下は突き刺すような痛み、上は鈍器で殴られたような痛みの二連コンボに撃沈。起きて早々に散々な目に遭ったテンは座席に座りながらも、悶えるように声を我慢しながら衝撃部に手を当てた。

 

 

「なに……。なんだよラム。俺なんかした?」

「ラムより先に寝た」

「理不尽!」

 

 

涙袋に涙を溜めて抗議の声を上げるテンにラムは、さも当然かのような振る舞い。伸ばした足を畳んで綺麗に揃える彼女は悶え続けるテンを嘲笑するように鼻で笑った。

 

自分より先に寝たから起こす。たったのそれだけの言い分でテンは寝起きドッキリをされる羽目に。テンも「そこ気にするか!?」と珍しく声を荒げていた。

 

 

「じゃあなに。テンテンは先輩であるラムより先に休憩、更には睡眠まで取っていいとでも? 基本、後輩は先輩の後に続くものなの。これ、常識よ」

 

「典型的な面倒な先輩であるお前だけはその言葉を言うな。後輩に仕事を押し付けてくる先輩がいてたまるか。少しならまだしも全部だよ?」

 

「当たり前でしょう? だってラムはテンテンの先輩なんだもの」

 

「どうしよう。もっとカッコいい先輩が言うはずの言葉なのにコイツが言うとやけに様になってる。すごいイライラする。すごいやばい」

 

 

起きて早々にこれである。

 

前もそうであったが、この二人が一対一で会話すると高確率でテンが投げやりになって、終いには「すごいやばい」と語彙力のカケラもなくなる始末。

 

ラムはラムで自分の中で正しいと思ったことは基本的に曲げない。だから、理不尽な理由を彼女は無理やり押し通し。

 

最終的には、テンが折れるという形で着地する。この二人はいつもこんな感じだ。ラムの毒舌にテンが返し、ラムが自我を貫いてテンが折れる。

 

毎度のように手を引くのは決まってテンだという事に、若干の情けなさを見ていて感じるハヤト。しかし、これも一つの関係値なのだろうかとも彼は思っていた。

 

軽口に軽口で返し、それを永遠と続けると。お互いキャラの濃い人間同士、

 

 

「類は友を呼ぶとはこのことか」

 

「この男と一緒にしないでちょうだい」

「ついにイカれたか。ハヤト」

「同意見ね。元からおかしかったのにそれ以上になるだなんて。もう手の施しようが……」

「頭、叩いたら治るかな」

「試してみる価値はあるわね」

 

 

コイツらほんと仲良いな。とは口が裂けても言えないハヤトは心の中で思う。ついさっきまで言い争っていたのはどこへやら、一瞬にして横並びでハヤトのことを袋叩き状態になった。

 

この辺の切り替えの速さは近しいものを感じる。切り替え、と言うよりも切り捨ての方が表現としては正しいかもしれない。それまでの感傷を刹那で切り捨てるーーみたいな風に。

 

自分のことを残念な人を見る目で見てくるテンと軽く拳を握りしめたラム。両者に視線を向けられればハヤトも背筋に冷たいものが流れた。

 

 

「ちょ、お前らマジで落ち着け。なんでお前達二人の会話だったのに、矛先が俺に向くことになるんだよ。待て、それ以上近づくな!? ラム、その握りしめた拳はなに? って! 待て待て! テン。おま、なんで刀に手をかけた!?」

 

「頭を正常にするために」

「右に同じく」

 

「どっちかってーと、おかしいのはお前達だぞ?!」

 

「少数派の意見って通らないものでしょ?」

「右に同じく」

 

「それ、自分達がおかしいって言ってるのと大して変わらないからな! てか、テンは「右に同じく」しか言えねぇのか!?」

 

 

このままではまずいと察したハヤト。彼は危機迫った風に両手で二人の進軍を押さえつつ口早に静止を呼びかけるが、ラムは相変わらずの自我を貫くスタイルで止まらず、テンは投げやり感ある態度で右に同じく人間となった。

 

グイグイと力任せに前進する二人を必死の様相で抑えるハヤト。しかし、その甲斐なく不意に起こった竜車の縦揺れで力の均衡が崩れる。

 

 

 ハヤトの声が窓の外へと轟き、客車が縦揺れ以上の揺れを伴って跳ね飛んだーー、

 

 

 

 

 ーーわけではなく。

 

 

結末として。叫んだのはハヤトだけでテンは「冗談だよ」と笑って座席に座り直し、ラムは「冗談にしておいてあげるわ」と不敵に笑い、座席に座り直した。

 

ハヤトからすれば全く笑えない冗談である。悪ノリがすぎるというものだ。

 

 

 

 竜車が走り出してからまだ数分。王都までの旅路はまだ長い。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

テンとラムの悪ノリからどれくらい経ったか、体感としては一時間程度。客車に乗車している三人は軽く談笑したり、外の景色を適当に眺めたりしていたが。

 

ふと、テンが思い立ったように扉を軽く手の甲でノックし、二人の視線を自分へ向けさせると、

 

 

「今ってさ、外に出たらどうなるの?」

 

「自殺願望なら他所でやってちょうだい」

 

 

遠回しだがラムの言いたいことは分かるテン。恐らく「死ぬわよ」とでも言いたいのだろう。不思議そうな表情で首を傾ける彼女に、しかしテンは「ううん」と真面目な顔で首を横に振る。

 

本気で言ってるのかと思わせる彼の返し方にラムは顰めっ面になるが。テンの隣に座るハヤトは指をパチンと鳴らし、

 

 

「ラム。そういう面に関してはコイツを舐めない方がいい。だってこいつ、屋敷の最上階の窓に座ってんだぞ。それも外側に足出して。命知らずもいいとこだぜ」

 

「つまり、本気で言ってるというわけね。そう、テンテンは無自覚自殺願望者と。覚えておくわ」

 

「その受け取り方は絶対に違う気がする」

 

 

ハヤトのせいでラムの中の自分が無自覚自殺願望者に変わる予感にテンは苦笑。元凶であるハヤトは高校の時の彼を脳裏に回想、腕を組む彼は懐かしむように「そんなこともあったよなぁ」と声を溢していた。

 

不本意にもテンが冗談を言ってるわけではないと証明できたのか。ラムは竜車の壁に手をつけると、

 

 

「加護に守られているから、竜車に接触していれば風の影響は受けない。扉を開けて外に出たとしても落ちなければ死ぬことはないわよ。落ちなければの話だけど」

 

「じゃあ、屋根に登ることも可能なわけだ」

 

 

「へぇ」と楽しそうにテンは扉を眺めながらポツリと呟いた一言。とても冗談を言ってるようには聞こえないそれにハヤトとラムが彼の思考回路を疑ったのは言うまでもない。

 

テンが竜車に乗ったのはこれが初めて。初めての搭乗でその考えは流石に無いだろうと偶然にも同じことを考えた二人。ラムはハヤトに視線を向けると、

 

 

「本当に頭を叩くべき人間はコッチだったかしら」

「間違いねぇよ。俺じゃねぇ、アイツだ」

 

 

前々からスリリングなことが大好物な性格だとは知っていたハヤトだが。ロズワールにコテンパンにされて恐怖耐性が上がったか、自分の予想を遥かに超える勢いで彼は良くない方向に成長を遂げていた。

 

心底変人を見るような目でテンのことを見るラムと、テンのコレに関しては自分も手が出せずに笑うしかないハヤト。短いやりとりの中でお互いに感情の共有を交換した二人は小さく頷く。

 

本当に頭のネジを絞めるべきはテン、あの男だ。

 と、

 

二人がそんなことをしている間にもテンは自分の中で覚悟ができたのか。プレゼントボックスを開けるときの子どものように無邪気な笑みを浮かべながら扉の取手に手をかけ、

 

 

「よし」

「待て待て待て待て!! よし、じゃない!」

 

 

大慌てでその手を掴むハヤト。本当に行く気配しかしない彼をさも、自殺者を止めるような様子でハヤトは止めにかかった。不思議そうにしている彼を差し置いて、そのまま座席に座らせる。

 

 

「どうしたの、ハヤト?」

 

「どうしたの? じゃねぇーよ!? お前ならやると思ってたが本当にやるかよ普通!?」

 

「やると思ってたんだ。うん、間違ってないね」

「間違っててほしかったわ!」

 

 

冷静なテンと騒がしいハヤト。こちらの二人もいつも通りだなと思うラムは、耳をキンキンさせるようなハヤトの声にウザそうに耳を塞いだ。塞いでも貫通して聞こえる声にはうんざりである。

 

テンの肩を掴んでぐわんぐわん揺するハヤト。「あうあうあう」と口が閉じたり開いたりするテンはその後も何度と肩ぐわんを受け続け、終いには目を回し始めた。

 

 

「……あ。やりすぎた」

 

 

やりすぎたとハヤトが気づいた時、テンは頭上に星を浮かべている。ぴよぴよと効果音が聴こえてきそうな彼の目は明後日の方向を見ていた。

 

肩から手を離すと、テンの身体は後ろに倒れて壁に後頭部がゴツンと当たる。不本意にも、これで頭のネジが絞められればいいなぁと思うハヤトだが。テンは一度、頭をブンと振ると、

 

 

「じゃあ、行ってくる」

「話、聞いてた!?」

 

 

立ち上がり、再び扉の取手へと手をかけるテンに声を大にするハヤト。そんな彼にうるさそうに顔を顰めるテンは扉に寄りかかり、

 

 

「うるせぇな。ここは外じゃねぇんだ、少しは声を抑えろ。お前の声はうるさいんだから」

 

「そうね。次、騒がしくしたら放り投げるから」

 

「あ、悪ぃ。ってなんで俺が怒られた?」

 

 

常日頃から思っていた事をテンに重ねてラムにも言われたハヤト。後頭部に手を当てる彼は申し訳なさそうに誤魔化し笑い。この流れで自分が怒られるとは予想外だった。

 

しかし、心配なものは心配なハヤト。それでもしバランスを崩して竜車から落っこちでもすれば確実に命はない。スリルを求めて命を落とすなど情けないにも程度があるだろう。

 

その気持ちを察したか。観念したようにテンは息を溢すと、

 

 

「ラム、一回竜車を止めることってできる?」

 

「不可能ではないけど。一度止まると、走り出すまでに時間がかかるわよ」

 

 

ラムの言葉にテンが「なんで?」と不思議そうに首を傾げるとラムは人差し指をピンと立て、

 

 

「加護というのも万能じゃないの。地竜の場合、こうして一度『風の加護』の効力を発揮したとなると、再度の加護の展開には少しの時間を食うのよ。なら、早めの昼食にでもする?」

 

 

ラムの説明と提案。テンは「なるほどね」と納得の頷きをしてから「いいや」と拒否の首振りを入れ、

 

 

「いいよ。なら、このまま行ってくる」

「結局行くんだな……。気をつけろよ?」

 

 

ポンと肩を叩いたハヤトに「分かってるよ」とだけ返して回れ右。

 

いよいよ自分が体験したこともないようなスリリングな事が体験できると思うと久々に興奮してくる彼は何度目になるか、扉の取っ手に手をかけると不意にラムの呼び声が背中にかかって振り返る。

 

振り返ったテンの視界に映ったのは室内の壁から淡々となにかを引っ張り出しているラム。そして、「これ」と引っ張ってきたそれをテンに手渡し、

 

 

「こんな場所で死なれても困るから、命綱だけでも握っておきなさい」

 

「命綱、ね」

 

「竜車が横転するようなことだってあるかもだから、こういうベルトが備えつけられてるの。長めにとってあるから命綱代わりに持っていきなさい。屋根について外してくれれば回収はしてあげる」

 

「ん、ありがと」

 

「竜車から離れた場所に体を出さないようにすることね、加護が外れるわよ。それで仮に足を踏み外したら全力で命乞いなさい。ラムが良しと判断したら脳筋に回収させるから」

 

「俺かよ。おう、任せとけ!」

 

 

ラムの気遣い(?)とハヤトの言葉をありがたく受け取り、渡されたベルトを腰に巻きつける。

 

命綱を取りつける作業をしながら、これなら最初から屋根にいるべきだったよなぁと判断の遅さを今さら後悔。しても意味はない後悔は捨てた。

 

 

「……よし」

 

 

二人に送り出されテンは客室の扉を開けると外へと身を乗り出していく。相変わらず、竜車は高速で移動中。仮に足を踏み外せば骨という骨が砕けてスプラッターな光景が広がることか。

 

こうして速度が乗っているのが目で確認できるにも関わらず、風の抵抗を一切感じない状況は、さすが異世界と言ったところか。

 

加護の力恐るべし。割と何でも可能とさせる便利な力をその身に感じながら、テンは車体に手を伸ばし、取っ掛かりを掴むと慎重に屋根の方へ登っていく。

 

風の影響が欠片もないため、移動自体は非常にスムーズなものだ。テンに感じられるのは足場の悪い中の登山という、その程度のわずらわしさでしかない。

 

 

「やべぇ。すげぇ。生きてるって感じする!」

 

 

世界の不思議現象をその身で味わいながら、テンは過去一番に興奮している。時速百キロ前後の世界、高速移動する乗り物から身を乗り出して移動中。これ以上のスリリングは今までに経験したことなどあるはずもない。

 

窓から足を投げ出すなんて目じゃない。これは、中々に癖になりそうな予感がしてきた。一歩間違えれば死ぬ。その事実が真横にいることが一番に恐ろしく楽しい。

 

そのまま慎重に慎重を重ねてテンは屋根へと身体を伸ばしていく。一気に登ることができないわけでもないが、もしものことを考えて慎重に。落ちるようなことがあればいい笑い者になりかねない。

 

そうすれば、数十秒後には屋根に到達していた。竜車の天井は大人三人分なら横になれる程度の広さ。テン一人が乗るには十分なスペースがあると言える。

 

 

「つい、たぁぁあ!!」

 

 

歓喜の声を思わず上げるテン。その勢いで立ち上がりそうになったが、加護が外れる話を思い出した彼は気持ちを飲み込んで自制。匍匐前進で中心辺りまで移動し、身体の向きを変えて仰向けになった。

 

恐る恐る体を起こせば。加護は外れなかったらしい、流れる光景に反して空気抵抗はゼロである。となればテンがするのは辺りを見渡すこと。

 

中々に見れない光景に「おぉ」と歓喜の声を尚も上げ続けるテンは視界一杯に広がる平原を見た。森林地帯を抜けたのか開けた街道を走る竜車は、ゲームやアニメで見たことのある光景そのもの。

 

見下ろせば爆速で地面が動いている。否、竜車の速度が異常なまでに速い。高速道路を走る車の窓から顔を出したらこうなるのだろうか、などとテンは感想を抱く。

 

 

「あ、そうだった」

 

 

新体験に忘れかけていた命綱。手首から解放したそれを窓から投げ入れた。その際に彼は窓を覗き込み、

 

 

「ここ、いいね! ハヤトも来る?」

「行かんわ。そこでジッとしてろよ」

「ちぇ、ノリ悪いやつ」

 

 

割とテンションの上がったテンがハヤトに笑いかける。スリリングな体験をしてご満悦な彼だが、ハヤトの返答は冷たいものだった。足を組むハヤトは絶対に行きたくないのか何度も首を横に振っている。

 

なら仕方ない。諦めてテンは屋根へと戻ってく。

 

窓から覗いていた影が消えるのを見届けたハヤトは呆れるようにため息。それなりに命知らずな奴だとは思っていたが、まさかここまでだとは考えなかった。

 

そのおかげで、土壇場での思い切りが良いのかと思うと。それもまた彼を強くする要因なのかとハヤトは考えたが。

 

 尤も、

 

 

「この調子でいけば、長生きしないわね」

 

「長生きどころか明日にゃ死んでるかもな」

 

 

冗談かどうか分かりづらいラムの軽口に天井を見ながら薄笑いしたハヤト。今も尚、その上にいるであろう彼のスリリング中毒がこのまま成長すれば、そのうち「屋敷の屋根に登ってみたい!」とか言い出しそうだ。

 

そうなったが最後。屋敷から飛び降りるなんて絵面が今の彼を見た二人には簡単に想像できてしまう。彼なら冗談抜きでやりかねない。

 

できればやめてほしい。テンが心配なのもあるがそれ以上に見ている側が精神的にキツい。正直な話、本人の心配よりもそっちの方が割合を占めている。高いところに登る我が子をヒヤヒヤしながら見守る親の気持ちとはこのことか。

 

 

「……なんとかしてその癖は治してもらわねぇとな。できれば今すぐにでも」

 

「テンテンの死体処理をするのは遠慮するわ。もしそうなりそうだったら、首輪をつけてでも止めておいてあげる」

 

「もはや、テンの存在が犬並みになってる……」

 

 

絵面が別の方向でヤバくなりそうな予感。屋根に登るテンの首にリード付きの首輪をつけて強引に引き摺り下ろすラム。周りから見たら、完全に「見てはいけません!」の光景に当てはまる。

 

別の意味でも癖を治さなければと思ってきたハヤト。できることなら親友のそんな姿は見たくない。見たら見たで面白そうだが、どうせならクリスマスパーティーにでもと。

 

ラムも絵面を想像したか。「ふっ」と愉悦感に浸るように微笑をこぼしたが、左右に軽く頭を振る彼女は「せめて、釘は刺しておこうかしら」と御者台に繋がる小窓を叩く。

 

掌に乗る荷物を受け渡しができる程度の小窓だ。小窓が向こうから開かれ、「はい、いかがされましたか?」とレムの声だけがこちらに届く。

 

 

「レム。屋根にテンテンが登ってるからなんとかして降ろしておいて。暴れないように隣にでも座らせておきなさい」

 

「テン君が? ……はい、分かりました!」

 

 

ありがとうございます! と声だけでも彼女が満遍の笑みを浮かべているのが分かるハヤト。彼が隣に座ることがそんなにも嬉しいのかと考えると、自分まで嬉しくなってしまう。

 

なにか、兄貴分のような感覚。テンという一人の弟分に彼女のような存在ができてくれたことが嬉しい。それに、ラムの発言の中に彼女の気遣いが含まれてきたことに彼は気付いていた。

 

隣にでも座らせておきなさいと、彼女はそう言った。別に客車に戻らせてもいい場面だが彼女はわざわざ、レムの隣に座らせておけと。

 

普段からレムの事もなるとテンの扱いが雑になるラムだが、レムの手助けはするらしい。ちゃんと二人だけの空間を作り出していた。レムがお礼を言ったのもきっとその意図を察したのだろう。

 

やはりラムは優しい人だ。口は悪いし態度は適当だけど、心の中ではその人のことを考えてくれていて。だから彼女は憎めない。

 

しみじみしたり兄貴面したりするハヤトの感傷を置いて、ラムが小窓がぴしゃりと閉じ、テンから受け取った命綱を畳む動作。

 

 と、その数秒後に、

 

 

「テン君、よろしければレムの隣に座りませんか? ここからの景色も見応えがありますし、レムも話し相手になってあげられます!」

 

「んー? んー、別に良いかなぁ」

 

 

パチン! と糸が切れるような音がハヤトの耳に飛び込んできた。驚く彼は視線を向けると、その先には折り畳んでいた命綱を両手の力で引きちぎる鬼の形相を浮かべたラムの姿。

 

流石に頭にきたのか。今までテンの鈍さに我慢してきた分がちょうどこのタイミングで破裂寸前になった。

 

真顔なのに真顔に見えない。一点見つめになった彼女は両手がカタカタと震えている。なにより、目が笑ってない。ハイライトオフになっている。それを見ればハヤトも恐怖に戦慄、心の中で彼の名を叫んだ。

 

 

 ーーテン! 気付け! 真下! ましたぁぁ!

 

 

「で、でも。屋根に登るのは少し危険ですよ? 落ちてしまったら命だって危険ですから。御車台に座っていればその心配もありませんし。景色も良いですし……」

 

「でもほら、ここだと寝そべれて気持ちいいし。俺としてはここにいる方が色々と過ごしやすいから」

 

 

ミシミシ、と。何か、床板が軋むような音が次々と連鎖する異様な音がハヤトの耳にこれでもかと流れ込んでくる。音の方向に目を向ければ、音の正体はラムーーの足元。

 

床板を踏み締める彼女の足元に若干だが歪なヒビが入りつつある。力を込められる予兆とも捉えられるそれは彼女の怒り浸透度合いを雄弁に語っていた。

 

 

 ーーテン! 我が親友! 真下にお姉ちゃんいるから! 鬼のお姉ちゃんいるからぁぁ!!

 

 

「それでしたら、またレムに寄りかかってください! あの時みたいに身体の力を抜いてくれれば心地よく寝れますよ! ……イヤですか?」

 

「イヤじゃないけど……。んー、精神的に厳しいものがあるというかなんというか。つか、眠くはないんだよね」

 

 

バキッ! と今度は壁の一部が数センチほど陥没した音がハヤトの耳に飛び込んできた。既に視線は音の方に向いている。音の正体はラム、彼女が右手を壁に叩きつけた衝撃でそこが軽く凹んだ。

 

背後に彼女を連想させる桃色の覇気がこれでもかと燃え上がっていることにハヤトは身体の震えが止まらない。ゴゴゴゴゴ! と効果音を付けてやりたいそれは、あと少しでも爆発すればテンの身体が飛び散った壁の破片のようになることか。

 

 

 ーーブレーキ! ブレーキ踏め! それ以上は、それ以上はやめてくれぇぇ!!

 

 

「分かった。なら、降りるよ。空眺めてるだけってのもつまんないし。隣、お邪魔しても?」

 

「はい、いいですよ! 隣、空けてます!」

 

 

シュンか、それともスンか。効果音にしようのない音を幻聴として耳にしたハヤト。彼の視線の先にはシートベルト並の強度を誇る紐が引きちぎられて無造作に捨てられ、床板に歪なヒビが入り、壁の一部が数センチ陥没した光景が映って。

 

その中心にいるのは「ふぅ」と軽く息をつく鬼のお姉ちゃん改めラム。異様な光景を一瞬にして作り出した彼女は溢れんばかりの覇気を消失させ、小窓から青空を見ると、

 

 

「……難儀なものね」

 

「いや、俺の身にもなってくれよ!?」

 

 

急に冷静になられても困るハヤト。彼は様々な思いが凝縮された一言に大袈裟に返した。

 

 

 

 王都の姿は一向に見えない。王都までの旅路はもう少しだけ続く。

 

 

 

 

 






少しだけラムのキャラ崩壊があったかもです。私的には、ラムは妹のこととなると冷静さを欠いてしまう姉の鏡ですからね。


余談ですが。

かぐや様……始まりましたねぇ。それを知ったのは一話が放送された翌日でした。やらかしましたね。

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