親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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前回、後書きに書いた通りです。






数 VS 個

 

 

 

 

「遅ぇぞ。テン」

 

「まだ三十秒も経ってないじゃない」

 

 

レムとラムの二人と分かれたテン。彼は後ろに下がっていく二人を横目に、ハヤトの隣に立ち並ぶ。変わらず彼の瞳には明らかな感情の昂りが宿され、いつになく憎悪の気配が漂っていた。

 

ハヤトのことを知る人間からすれば何が彼をここまで駆り立てるのかと疑問に思うが。しかしハヤトのことをよく知る人間からすれば割と簡単にわかる。

 

勿論、テンはよく知る人間の分類に入り。ハヤトが怒る理由。それは、

 

 

「強姦した話でピキッときたの?」

 

「当たり前だろ、ぜってぇに許さねぇ。そんなクソ野郎共は俺が手当たり次第に潰す」

 

 

正義感の強いハヤトのことだからそんなことだと思ったテンだが、彼の予想は強ち間違えでもなかったようで。ハヤトは怒り心頭、乱心していた。

 

最近はその辺の女は飽きてきたしよ。と大柄の男が言った時点で彼の表情が明らかに曇っていたことは知っていた。ちょっと考えればそれが彼の心に触れたことだと分かることだ。

 

分かる。分かるが、テンには解らない。それが身内や親しい存在ならば話はわかるが、顔も名前も知らない女性の強姦話をされてそこまで怒ることだろうかと。

 

尤も、それがハヤトの美徳。悲惨な話を聞いて親身になって寄り添える、助けれる、動ける彼は被害者には等しく優しい。しかし加害者には一切の容赦などしない、徹底的に潰しにかかる。

 

 

「マジで潰す」

「こわっ」

 

 

ドスの効いた声、とは今のハヤトのような声のことを言うのだろう。鼓膜から伝り、心に流れ込んでくるような声は本能的に彼のことを脅威だとテンに判断させていた。

 

が、それはハヤトに限ったことではない。本人は気づいてないだろうが、テンもまたそれを発している人間。口には出さずともハヤトは類似する脅威を心に刻み込まれていた。

 

 

「おいおい、コイツらマジでやる気かよ」

「状況わかってねぇんじゃねぇの?」

「雑魚はさっさと片付けて後ろの女だ」

「今夜は久しぶりのお楽しみだぜーー!」

 

 

二人の野生的な威圧に押されながらも人数的有利を思い出したのか、仲間がいることを確認するように隣を見渡す盗賊達。口を開けば出てくるのは邪智暴虐の数々。

 

口にするセリフが小物のそれにしか聞こえないが、残念なことに相手はそこそこのやり手。身体も鍛えられた筋肉質と簡単には倒れてくれなさそうな感じだ。

 

やばい。そう悟るテンは心に緊張感を持たせられる。しかしその緊張感は相手に対してではない、真横にいる男に対してのもの。

 

雑魚と言われて怒りゲージが破裂しそうになり、レムとラムの話が堪忍袋の尾を切った。完全にブチギレ状態となったハヤトがテンの真横にいる。

 

煽り耐性ゼロなハヤト。彼は再度「アクラ」を詠唱。発する衝撃波が飛躍的に上がった身体能力の程度を語り、己の体の限界まで力を高めた彼は「上等だ」と格闘の構え。

 

 

「状況分かってねぇのはテメェらだろ。高々その人数で俺とテンが膝を折るかよ。俺達を倒したけりゃ魔獣の群れでも連れて来やがれ」

 

「前例があるから流石にそれは勘弁…。でも後ろの二人に手を出させるわけにもいかないからさ。面白いことに、俺らよりも強いからその心配はないけど。それにーー」

 

 

そこまで言ってテンは言葉を切る。直後に「ウル・ゴーア」と小さく呟けば詠唱にマナが呼応。途端、彼の背後に現出されたのは二十もの火球。熱波を伴って現れたそれは一つ一つが大人の顔程度の大きさのもの。

 

それを見た盗賊の中の一人、背後に握り拳一つ分の火球を五個浮かべた男の顔色が悪くなる。魔法に精通する者ならば目の前の現象一つで実力の差も理解できるのだろうか。

 

その男に限った話ではない。迫力のある魔法というのは良かれ悪かれ相手側にインパクトを与える。現に、物怖じするように困惑の声を溢していた。

 

口振りからしてそれなりの場数を踏んだ骨のある盗賊団と思っていたテンだったが、その様子に目を細める。たったこれだけの魔法、あの変態魔導師に比べれば別に怖気付くものでもないと。

 

 

 ーーまぁいいや

 

 

一旦思考を放棄、わざわざ規模のある魔法を使ったのには意味がある。だから、あと一言添えればいい。

 

 

「状況が分かってないのって、本当に俺たち?」

 

 

あー、恥ずかしい! と、心の中で顔を赤くするテンが自分を抑える。実力を過信するわけでも慢心するわけでもないのにこんな言葉、言えるわけがない。

 

しかし、ロズワールに言われた。時には虚勢を張ることも戦いでは肝心だと。その後に「今の実力だぁーったら。虚勢を張るまでもないけどねぇ」と意味の分からないことを言っていたが無視。

 

ともかく。いつも自信のカケラもないテンは、戦いの時に虚勢を張ることが大事だと指導されたから自分の心に念じる。

 

 

 ーー強い、俺は強い。マジ強い

 

 

そうすれば虚勢も張れる。そして、自分の虚勢には必ずハヤトも続いてくれる。尤も、ハヤトの場合は虚勢ではなく事実だが。

 

 

「いつになく気合い入ってんな。だが、それでこそ俺の相棒よ。思い知らせてやろうぜ、本当に状況が分かってねぇのはテメェらだってな」

 

 

テンのそれが虚勢だとは疑わないハヤト。彼は続くように凶悪に歯を見せて笑い、拳を手の平に合わせる。白の戦闘服も相まってその姿は盗賊の目には完璧な格闘家に見えた。あと鉢巻があれば波動拳でも撃ってきそうな勢いが彼にはある。

 

黄金色の覇気を燃え滾らせるハヤト。密かに流法を使用し身体能力の強化をするテン。いずれはエミリア陣営の刃となる両者が姿勢を低く構える。

 

その動作ーー突撃の予備動作。

 

 

「テン。俺はあの大柄をやる。お前は周りの奴らをなんとかしてくれ」

 

「え……。全部?」

 

「向かう間に何人か沈めるからよ」

 

「んー、分かった。大将はよろしくね」

 

 

「ったりめーよ」と小さく笑ったハヤトにテンが顎を引いて反応。ハヤトの無茶振りにテンは真剣な表情で応えた。

 

格闘を主軸とするハヤトは無双できるほど力のない今、対複数よりも対一の方が立ち回りやすく。魔法や剣術を主軸とするテンは対一よりも対複数の方が周りに気を使わなくても戦える。

 

合理的。とは言い難いが取り敢えずの作戦は決定し、だいぶ長引いてしまった前置きだが、これでやることは整った。後は突撃するのみ。

 

 と、

 

「あ」

「どうした」

 

 

ふと、何かを思い出したようにテンが口を開けば次に出て来た言葉は、

 

 

「竜車に刀忘れた」

「男なら拳でなんとかしろ」

「はい。分かりました」

 

 

取りに行ってる暇はないぞ、ということだろう。辛辣な言葉にテンは従うしかない。一応、テンもロズワールやハヤトに体術を一から教え込まれている身。蹴り方、殴り方、体捌き、足捌き、その他諸々をまだ途中ではあるが心得ている。

 

だからそのくらいなんとかしてみせると彼は拳を握る。それに魔法もある。今まで鍛錬してきたのだからきっと大丈夫。

 

 

「行くぞ、テン」

「うん。頑張る」

 

 

言ったハヤトに続いて、テンも地を蹴り上げる。身体能力を強化したハヤトに引けを取らない彼はハヤトの隣に並ぶように戦いへと突き進み。

 

長々と続いた前置きが終わり、二人によって戦いの火蓋は切られた。

 

 

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

 

「雑魚が抜け抜けと来やがった。テメェら、少し遊んでやれ!」

 

 

盗賊団のリーダーと思われる大柄な男が、正面から無謀にも特攻してくる二人の男を前に手下へと軽く指示。

 

その指示すらも慣れているのか、いつも通りと言わんばかりに自分は手斧を担いで御者台の上で高みの現物である。

 

手下達の中に反対する者はいない。「へい!」と舎弟のように返して短剣を光らせる。正面から来るのなら同じく正面から、数の有利があるのだからゴリ押しで片付けられると踏んだ手下達は無策に突撃していく。

 

 が、

 

 

「おぼげぁ!?」

「ごべっ!?」

 

 

いつも通りなら数の有利でゴリ押し。それで方がつくと思っていた盗賊達への応酬は仲間の内の二人の悲鳴、くぐもった声と共に音の発信源は地面へと沈む。

 

何が起きたか。あまりにも一瞬の出来事すぎて思考の停滞を許した手下達。しかし思考の停滞は行動の停滞に直結し、数の不利を押し付けられる二人がその隙を逃すわけがなかった。

 

聞こえてくるのは物理的な質量に肉体が打ちつけられる鈍い音と、硬い地面を通じて足裏へと響いてくる地鳴りのような音。途端、もう二つの影が地に落ち、この一瞬で四人が地面へと沈んだ。

 

その状況を作り出したのは当然、テンとハヤト。一度の跳躍で二人は集団の懐へと入り込み、各々が一人を撃破。瞬間の停滞を味方につける両者が次の獲物へと手を伸ばして二人。合計して四人が地に平伏した。

 

これに関しては本人も驚愕。自分がどの程度成長できてるのかなど、案外自分では分からないもので。ロズワールから「その腕前なら外に出ても恥ずかしくはないんじゃないかなぁ」と微妙な言葉を頂いたが、今この瞬間その実感を得た。

 

 

 ーー戦える

 

 

初動の結果に互いが同じことを考える。仮に残念な結果に終わったとしたら少しばかり策を考え直そうかと思っていたが、その必要もない。

 

 

「行け! ハヤト!」

「任せろ!」

 

 

四人が地に沈んだことで集団の包囲網に穴ができた途端、テンがハヤトに向かって叫び。託された彼は行手を阻む数人を蹴散らして一点突破。意識は狩り取れてないがダメージを与えて彼は大柄な男へと一直線に特攻していった。

 

流石ハヤトというべきか、武道の心得を持ち合わせているだけはある。顔面に一撃、それだけで意識を狩り取り、彼に殴られた相手は額から血を流して沈み、蹴散らされた面々は軽くぶっ飛んだりと、軽く無双気味だった。

 

残念なことにテンはそこまでではない。初めの二人は不意打ちで顔面に一撃入れられたから気絶させられたものの、こちらの動きを警戒している相手に通用するかどうか怪しい。

 

 

「まぁ、それでもやるけどね」

 

 

自分の至らなさを理解しつつ、テンは自分を取り囲む包囲網の中で敵を捉える。全方位、三百六十度、残る七人が短剣の刃先をむけていた。そのうちの一人は若干下がり気味の魔法使い。この人数を相手に戦えるか少々不安が残るが。

 

ロズワールから頂いた評価は「ちゃんと当たれば意識は落とせる」というもの。適した場所に適した力で攻撃をねじ込めれば体術は通用する。火力に関してはハヤトよりは低いが決して弱いわけではない、と。

 

喜んでいいのか怪しい評価である。常人の域を軽く飛び越えたロズワールに火力はあると言われたのだから自信を持つべきか、それともやたらめったらに攻撃を打ち込んでも勝てないと悲観するべきか。

 

否、自信を持つべきである。あのロズワールに火力はあると言われたのだから。半殺しにされてまで習得した力を使えば身体能力は十分以上に高まると言われたのだから。

 

 なら、やることは一つ。

 

 

「後ろで見てる人達がいるんだ、情けないところは見せれない。ーーかかってこいよ」

 

 

強気に出る。いつもの弱々しい自分は要らない。今この瞬間を生き延びるためにはハヤトのような自分になる。彼のように、彼みたいに、彼の後ろ姿になれるように。

 

数の有利を取られていても決して折れない魂を。自分の力で乗り越えると固く誓う決意を。それら全てを糧として力に変えて。恐怖はない、身体はリラックスしている、自然体そのもの。

 

ロズワールと鍛錬するような心構えでテンは拳を握りしめる。取り囲む人間達からすれば格好の的だ。

 

 

「そぉらよっ!」

 

 

正面、包囲網の中から一人の男が肉体を踊りかからせ、短剣を突き出す。ロズワールや魔獣に比べれば数倍は遅く見える大して洗練されていない素人的な動き。刀を振り始めたばかりの自分を見ているような気がテンにはした。

 

特に小細工を仕掛けているとも思えない攻撃、ならテンの行動は決まった。短剣に触れると斬られるから突き出された腕ごと片腕で滑らせるように後方へと受け流す。

 

身体がガラ空きになった男に次ぐのは顔面への灼熱。もう片方の腕が顔へと伸び、手の握力に拘束されれば「ゴーア」と声が届くと同時に手の平で小規模な爆発が起きた。

 

容赦なし。打撃が危ういなら魔法、過去に自分がやられたことを男に対して仕掛けた。不細工に白目をむいて倒れるそれを見限ると後方からの声に片足を軸に足を滑らせて反転。

 

振り返れば二人。凶悪そうに笑いながら特攻してきている男達が視界に捉えられる。

 

 

「エル・フーラ!」

 

 

振り返る勢いで既に腕は薙ぎ払われた。詠唱をすれば腕の軌跡をなぞるように不可視の刃ーー風刃が鋭い軌道を描きながら放たれる。狙ったのは相手の体ではなく携えた短剣。

 

手加減して倒せるとは思わないが。殺すわけにもいかない。だからまずは凶器から奪い取る。結果として短剣は弾き落とせたが、その延長線上にある腕までも切り裂いて風刃は消える。

 

男たちの呻き声と一緒に、飛び散る赤色の血液。それが魔獣ではなく人間の血だと理解した途端、人間相手に自分が命を奪う魔法を駆使したと頭が理解。心が戦慄に震えた。自分はあのまま人を殺していたかもしれない、と。

 

怯んでいる暇はない。耐えろ、堪えろ、受け入れろ。

 

思い出せ。自分が誰のためにこの道を進むのか、誰に騎士になると約束したのか、あの時の彼女、エミリアの幸せに満ちた笑顔を脳裏から決して絶やすな。それが、

 

 

 ーーそれが、お前の戦う理由だ

 

 

「んらぁッ!!」

 

 

心の震えを捨て去る一撃。痛みで仰け反る男の土手っ腹に右腕を突き刺す。相手の体を貫通させるつもりで振り抜かれた腕は流法によって底上げされた身体能力の程度を語り、決して柔らかくないガタイのいい男の体がくの字に折れ曲がる。

 

まだ意識は狩り取れてないと悟ったテンは口を開いて「ヒューマ」と短く詠唱。空間にひび割れるような音が連鎖すれば追撃として男の真上から質量にものを言わせた氷塊が落下、打撃に続いて魔法の打撃が脳天を捉えた。

 

地面に落下するそれは、落下時に軽く地鳴りをさせる程の重量。脳天に直撃した男は白目を剥いて沈黙。僅か数秒間の出来事の次にはテンは身を回していた。

 

一瞬、刹那たりとも隙はない。倒してようがいまいが彼は体を動かし続ける。自分がこうしている間にも他の仲間達が攻撃を仕掛けてきているのだから。

 

繰り出されたのは回し蹴り。狙ったのは二人のうちの片割れ。表情を歪めて血の流れる傷痕を押さえる男の顔面に素早く身を回して足を薙ぎ払う。

 

が、あくまで付け焼き刃のそれは虚しく空振り。反撃として背部に熱の衝撃が撃ち込まれた。

 

 

「調子乗ってんじゃねぇぞ、この野郎!!」

「殺せぇ!」

「八つ裂きにしてやらぁ!」

「コイツ殺して、後ろの女だぁ!」

 

 

吹き飛ぶ体で受け身をとれば、自分に複数の影が覆い被さる。太陽の光を隠すそれは間違えなく飛び掛かってきた他の仲間、背中に感じた熱は後ろの方で火球を浮かべる男のものだろう。

 

咄嗟の受け身で地面に膝がついた今。顔を上げれば残った五人のうちの四人が飛び掛かっている。その包囲網の先にいるのはゲラゲラと笑う魔法使いの姿。男は再度、火球を浮かべて攻撃準備を整えていた。

 

何もしなければ短剣に串刺し。立て続けに滅多刺しにされて踠き苦しむ未来が次の瞬間には訪れる現状。尤も、テンとて魔法使い。彼にだって対策はある。

 

初めに、牽制程度に浮かべた二十の火球が。

 

 

「くべっ!」

 

 

発する爆風、爆発音と共に頭上で引き起こされる赤色の閃光が突如として飛来した火球の直撃を語り、覆い被さった影が全て吹き飛んだことでテンは迷いなく魔法使いの男へと疾走した。

 

追撃として吹き飛んだ四人に手を振るえば、残った火球が待ったなしに降り注がれる。相手の意識だけでなく、命までも狩り取るとさえ思えるそれは外から見れば爆撃。灼熱の炎が無慈悲に身体を飲み込んでいく。

 

盗賊達の恐怖に目を見開く姿が見えて少しだけ清々したことは心に閉じ込めたテン。後方で鳴り響く爆撃の轟音には目もくれず彼は駆ける足を止めない。

 

 

「ちぃ、ナメてんじゃねぇよ!!」

 

 

狼のように鋭く疾走してくるテンに対する男の対応は「アル・ゴーア!」と喉が張り裂けんばかりの詠唱。口を大きく開き、唾を飛ばして呼びかけた声に世界が反応した。

 

使用者の前に現れるのは巨大な火球、お陰で相手と自分の視界が分断された。一芸縛りでもしているのかと思えるそれだが、曲がりなりにも鍛えられた魔法。炎炎と燃え盛る、当たればただでは済まされない火球。

 

低い姿勢で駆けるテンに乱れはない。警戒するように目を細める彼は、しかしその先にいる男の姿を睨む。男も、自分が獲物を見定める狼に睨まれたかのような殺気を感じ取り背筋を凍らせた。

 

が、関係ない。睨まれようが火球は大砲のように真正面へと放たれた。地面と並行に撃たれたそれが通った跡は黒く焼け焦げるように、直撃すればテンも焼け焦げるだろう。

 

大型のトラックが高速で突撃しているような圧迫感のあるそれだが、しかしテンの行動はとても単純なものだった。膝を曲げてグッと力を込め、

 

 

「ほっ!」

 

「なにーーッ?!」

 

 

力強く地面を蹴り上げて跳躍。持っている人間にしか成しえられない機動力で彼は火球の上を軽く飛び越えて見せた。

 

ただ直進してくるだけの魔法は、飛び越えるだけ。例え火力があっても当たらなければどうということはない。避けても避けても追尾してくる鬼の火球を受け続けたせいか、彼の行動は冷静だ。

 

いつもの感覚で追尾を警戒したテンだったが、その様子はない。火球はそのまま直進、あろうことかテンが火球を降り注がせた爆心地に突撃、大爆発を伴って爆ぜた。

 

中の四人は大丈夫だろうか? と敵であるテンは思うが刹那で切り捨てる。別のことに意識を削いで勝てる相手ではない。容赦なく徹底的に倒すつもりで潰しにかかる。

 

 

「それじゃ、お返し!」

 

 

飛び越えた先。空中で見下ろすテンに表情を驚愕一色に染める男だが、相手の都合など知ったことかとテンは「アル・ゴーア!」と気合の入った詠唱を世界に呼びかける。

 

呼びかけに呼応したのは、こちらも一芸縛りでもしてるのかと思わせる火球。しかし、男の火球より一回りも二回りも小さなそれは手の平に乗っかる程度。

 

これまでの印象的に大規模なものを予想し、身を固めていた男が目先に映る魔法に下品に笑った。高々そのちっぽけな火球、まさか当たるわけがないと。

 

 

「へへっ。マナ切れでも起こしたか?」

「そうだといいね」

 

 

淡々と話すテンが声の終わりと同時に火球を放つ。衝撃波を伴って放たれたそれは使用者本人にも影響を及ぼし、反動で身体が後へと一回転。どうにかバランスを立て直す彼は地面に着地した。

 

彼が視線を向けるのは放った魔法。やけにゆっくりと進むそれは油断しなければ余裕で回避することのできる、これまでと比較して緩いものだった。現に、男は「当たらねーっての」と余裕綽々な様子で真横への回避を選択し、

 

 

「ごぁーーッ!?」

 

 

直進だけのはずだったそれが突如として進路変更。真横へと加速した火球が横っ腹に入り込んだ途端、膨張するように膨れ上がったそれに全身を飲み込まれた。

 

規模を抑えた小規模で地味な爆発、それがテンのアル・ゴーア。しかし、地味だからこそ密度がある。

 

これは、巨大すぎると魔法の密度が低くなりがちなテンが考えた解決法。例え小さくとも「アル」の力を宿す火球を舐めてはいけないのだ。

 

 

「地味な攻撃が一番痛いよね」

 

 

そう言葉を付け足したテンが見るのは膝から崩れ落ちる男の姿。身体の節々から白い煙が上がっているところ、少しやり過ぎた感が否めないが。手加減をして勝てるとは思ってない。

 

だから、死んでないことを祈って無視した。

 

辺りが静かになったことを理解したテンが振り返れば、そこには戦いの跡が色濃く刻まれている。降り注がせた火球による爆撃の跡、一度だけ行使した氷塊の残骸、何より気絶した七人の男たち。

 

数分前まではそよ風靡く穏やかな平原だったはずが、焼け焦げた臭いの漂う戦場地帯のように様変わりしてしまった。

 

しかし、ハヤトに言われたことは果たしたとばかりにテンは肩を回すと彼が戦っているであろう方向へと視線を飛ばす。

 

恐ろしいことに、既に戦闘は終了していた。

 

 それも、

 

 

「え。まっーー」

 

 

 

 

大柄な男が自分の方向へと一直線に吹っ飛んできたことを終わりに。

 

 

 ーーバキ。

 

 

 

嫌な音が右腕の内側で響いた。

 

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

「行け! ハヤト!」

「任せろ!」

 

 

 時間は少し遡って。ハヤトが盗賊団の包囲網を強引に突破した頃。視点はテンとは別に、大将を単独で撃破しに飛びかかったハヤトに移る。

 

彼は頼りなる相棒の声に従って行手を阻もうとした数人の顔面に裏拳をぶち込んで強引に突破。そのまま高みの見物へと洒落込んでいる大柄な男へと地を蹴り上げて跳躍。

 

蹴り上げた地点が爆ぜる程の力で前方へとかっ飛んだハヤトが大柄な男との間合いを詰めるのに時間はかからなかった。ゴツい身体の割に俊敏に動く彼は一度の跳躍で大柄な男のいる竜車ーー御者台へと肉体を踊りかからせる。

 

 

「なっ、テメーー」

 

「うらァ!!」

 

 

普段通りなら自分が手を出すまでもないのか、ハヤトの接近に対して驚くように立ち上がる大柄な男が驚嘆の声を上げ、目を大きく見開き、だいぶ間抜けな顔を晒していた。

 

が、そんなの知ったことかとハヤトは引き絞られた右腕を矢の如く解き放ち。これまで幾度となくロズワールに打ち込んできた鍛え上げられた暴力が大柄な男の土手っ腹に捩じ込まれる。

 

途端、骨が軋むような耳障りな音がハヤトの鼓膜を刺激。発信源は捩じ込んだ拳の内側、明らかに大柄な男の内部から響くものだ。しかし本気のハヤトが振るった暴力はそれだけでは満足しない。

 

バキバキ、と。異様な音が連鎖している。大柄な男に掛けられた力の方向に耐えきれなかったのか、木製の御者台にヒビの入る音が連鎖し始めた。頑丈なそれでさえハヤトの暴力は破壊しにかかる。

 

たった一撃、されど一撃、ナックルをつけた殺傷能力のある拳だ。まともに受ければただでは済まされない。否、済まさない。

 

 

「お、らァ! 吹っ飛べ!!」

 

「ごぁーーッ!」

 

 

頑丈な御者台にヒビが入る威力を土手っ腹に打ち込まれた大柄な男が穴という穴をかっ開いて激痛の声を上げるが、今のハヤトの耳には届かない。素早く身を回して回し蹴り。皮膚を踵で抉るようなそれを瞬時に叩き込んだ。

 

手すりを突き破りながら御者台から吹っ飛んでいく大柄な男。人間の出す力とはとても思えない物理的な力によって男の身体が軽々しく宙を舞い、数秒後には地を転がり回った。

 

たった二回の打撃とは思えない被害と激痛になす術がない大柄な男。いつまで経っても打撃部から消えない痛みを無視する彼は、それでも体制を立て直して起き上がり。

 

反撃に頭を回し前を向けば。既に拳がーー、

 

 

「ふん!!」

 

「ぐーーっ!」

 

 

反射的に手斧の腹で突き出された拳を受け止めるが、衝撃までは受け止めきれなかったらしい。振動としてそれが伝われば手元の力が弱まり、手斧の腹とナックルが衝突する金属音が鳴り響くと同時に力に押し負けて後退。

 

呻き声を喉の奥で鳴らし、踏みとどまる大柄な男に威風堂々とした立ち姿でハヤトが鼻を鳴らす。それは、最初の衝突の軍配はハヤトに上がったことを大胆に表し。形としてはハヤトが力押しした形だ。

 

鋭い眼光が大柄な男を一直線に射抜く。普段と比べれば何倍も鋭くなった瞳の奥には明らかな緋い炎が燃えたぎり、刹那たりとも逸らすことなどない。今の彼には獲物を狩る熊のように、飛びかかりそうな雰囲気があった。

 

 

「な、なんだテメェ…!」

 

 

予想とは大きく外れたハヤトの実力に大柄な男が声に緊張感を持たせる。彼が自分の手斧を見れば、ハヤトの打撃を受け止めた手斧に僅かだがひび割れが生じ、鋼の手斧に鋼のナックルによる破壊の予兆があった。

 

その事実に更に戦慄。目の前の男をただの男だと判断した自分を悔いると同時に、しかし大柄な男はハヤトを睨み返す。ハヤトからすれば子犬が吠えているようにしか見えないそれ。

 

体格も、肉体も、恐らくは年齢も。何もかも大柄な男の方が明らかに上。しかしそれら全てを簡単ひっくり返す要素においてはハヤトの方が上だ。

 

それ即ちーー経験。

 

世界有数の才能溢れる人間に手解きされているのに加え、腹を空かせた魔獣の彷徨う森を数時間かけて走り抜けたのだ。弱者ばかり狙う盗賊とは潜ってきた修羅場の密度が違いすぎる。

 

 

 ーーそうだ。このような盗賊というのは、自分よりも弱者を狙って悪事を働く人間のクズ。

 

 

物語に関わる盗賊関連はそうでないパターンもあるが、今回の場合は前者だ。そのことがハヤトはどうしようもなく許せない。

 

 

「聞かせろ。テメェは今まで何人の女性に暴力を振るってきたんだ? その女性の顔は覚えてんのか?」

 

「っはは! んなもん、決まってんだろ」

 

 

拳を握りしめるハヤトがそう言えば、大柄な男は威勢を張るように笑う。中々に板についた下劣な笑い方だなと感想を抱くハヤトだが、手斧を正しく構える大柄な男は「そうだな」と繋げ、

 

 

「数えんのも面倒なくれぇだな。つか、抱いてきた女の顔なんざ一々覚えてるわけねぇだろ。まっ「妊娠だけは」って泣き叫んでた女の顔は一生忘れねぇなぁ。ーー殺しちまったけどよ」

 

 

ニタニタと粘り気のある気色悪い表情を浮かべてそう言った。それからも大柄な男が何かを愉しそうに語っていたような気がするが、ハヤトの耳には一切も入ってこない。

 

何か、プツンと限界まで張り詰めていた糸が切れるような音がした。

 

いや、その音はついさっき聞いた。ならこの音の正体は一体何なのか。分からない。けど分かるのは、その音がした途端から黒い感情が心を満たしていくこと。

 

今までに感じたこともない感情だった。心の中が真っ黒に染まり、次第に思考までも黒く染め上げていく。黒の侵食はどんどん、どんどん進み。最後には瞳に宿る炎までもがドス黒く染まった。

 

途端、目の前の男が視界に入るだけで言い表しようのない感情が噴火し、話に出てきた顔も名も知らない女性のことを思うと感情の噴火はより激しさを増して。

 

 ハヤトが動き出す理由は、それだけで十分すぎた。

 

 

「ブッ潰すーーッ!!」

 

 

咆哮しながら地を蹴り上げるハヤトが前方へと駆け出す。その時、既に彼は大柄な男の懐に潜り込んでいた。一歩、たった一歩で空いた間合いを詰めるハヤト。相手からすれば瞬きした次には彼の白い衣服が眼前に迫ったように見える。

 

二人の距離は五メートルにも満たず、上限の限界まで身体能力を底上げしたハヤトにとって、相手に反応されずにその距離を詰めるなど今となっては造作もない。容赦なく鳩尾に肘を捩じ込む。

 

今回は怯まなかったらしい。大柄な男は呻き声を堪えながら両腕を大きく振り上げて手斧を振り下ろす予備動作、間合いを詰める事は自身の攻撃を打ち込むことを可能とさせるが逆もまた然りだ。

 

 

「拳しか脳のない雑魚が、死ねやぁ!!」

 

 

頭上がガラ空きとなったハヤトに振り下ろされる手斧。斧部分はいくら身体能力を強化されたハヤトの肉体だとしても当たれば致命傷は避けれない回避必須の一撃。

 

 

 ーー殺した。

 

 

確信する大柄な男がニヤリと笑う。

 

 

ーーこの一撃を入れて、痛みに悶絶しているところを、嬲って殺す。ただでは殺さない、引き裂くように殺してやる。

 

 

余裕の現れか、頭の中でリンチ計画を考え始めた大柄な男。彼の頭の中には想像を絶する痛みに泣き叫ぶハヤトの姿しか描かれておらず。

 

しかし、ハヤトに焦りはない。日々ロズワールと闘っている彼からすればこの程度の隙など隙のうちに入らず、逆に大ぶりな動作は自分に対して甘えているとしか思えなかった。

 

故に、彼は口を開き。言った。

 

 

「ドーナぁ!」

 

 

それはハヤトに適性のある地属性の魔法。地面の隆起に干渉する、地に足つけた肉弾戦を好む彼にはお似合いの魔法だ。

 

短いながらも感情の込められた詠唱に呼応するのは彼の足元から伸びた岩の柱、地属性の王道的な攻撃方法と言ってもいいそれ。

 

王道だからこそ扱いやすく、変に頭を使う必要がないため本能に任せた戦闘を好むハヤトが比較的好んで戦闘に取り入れる攻撃手段。また、地面からの不意打ちとして相手の意表をつきやすいことから均衡を崩す手段としても活用される。

 

今回、その柱が役目を担ったのは迫る手斧の進軍を止めること。振り下ろす力に対して突き上げる力で相殺を図る。が、意外にも勢いがあったのか相殺どころか手斧を弾き返した。

 

仰け反る大柄な男。本日何度目かの瞳を見開いて驚嘆色に染めている。ちょうどいい、拳しか脳のない雑魚と言われて腹が立っていたところだ。

 

 

「誰が、拳しか脳のない雑魚だって?」

 

 

肘を入れた体制のまま肘のバネを使って九十度上げれば裏拳が顎に叩き込まれる。格闘戦において顎は急所の一つだが、まだ意識は狩り取れてない。目は開いている。

 

追撃とばかりに伸ばした手で胸ぐらを掴み、力一杯引き寄せて顔面ーー鼻頭に膝蹴りを捻じ込む。引力の次は暴力と容赦のない二段構えに決して軽くない大柄が軽く宙を舞った。

 

肘に裏拳に膝と数秒間で三連撃、無防備な体に打ち込んだハヤトだが。しかし彼の怒りはその程度では鎮まらない。

 

 

「テメェに暴行を受けた被害者の苦しみは、こんなもんじゃねぇよなァーーーッッ!!」

 

 

因果応報。痛みを与えたものには等しく同じ痛みが返ってくる。が、ハヤトが同じ痛みで済ますわけがない。倍以上にして自分がやり返すと黒く燃える彼は吠え猛った。

 

飛び上がるハヤトが追うのは先程、宙を舞った大柄な男。力の方向に流されっぱなしの男は鼻血を出して悶絶しているがハヤトからすれば格好の的でしかない。

 

頭上を取った仰向けの肉体に対して身を回す。全身をムチのようにしならせ引き締まった脚を天高く振り上げた瞬間、その一撃は胸部、正確には肋骨に叩き込まれることになる。

 

 

「しゃらァーーッ!!」

 

「おごぁ……っ!」

 

 

痛みで意識が帰ってきたか。大柄な男の目に光が宿った途端に襲来したのは天高くより振り下ろされる踵落とし。

 

ありえない激痛、正しく熊型の魔獣に突進されたかのようなそれに目が一気に覚めた。衝撃が肋骨を貫通して肺へと届き、吐き出された酸素は血の色をしている。

 

そのまま気絶しなかったのは悪魔の悪戯か、或いは天使の制裁か。地面へと背部から落下した男は意識を保っていたが、それが原因となって空から降り注ぐ人間の襲来に気付いた。

 

 

「く、そがぁ!!」

 

「くたばれェ!!」

 

 

ブチ込む鉄拳と薙ぎ払われた手斧が衝突。自由落下に従って地面へと着地する寸前にハヤトは追撃を仕掛けようとしたが、大柄な男にもなけなしの根性はあったのか辛うじて防いでいた。

 

が、ハヤトのナックルはそう簡単に砕けない。代わりに砕けたのは手斧だ。キーンと、耳障りな音を立てながら軽快にひび割れが広がる手斧は鋼を撒き散らしながら爆ぜる。

 

あのロズワールに呻き声を上げさせる男の本領。否、怒りによって限界を少し超えた男の怪力が形となって現れた。今のハヤトには迫る鋼など大した障害でもない。

 

しかし被害はある。刃を受けきれなかったナックルが皮膚への刃の侵入を許し、右拳に切傷が刻み込まれている。サクッと指を持っていかれないだけでもマシと思うべきだろう。

 

一旦距離を取る大柄な男。たった数十秒で健全だった身体はどこへやら。鼻血を流し、頬に明らかな打撃の痣ができ、息を吸えば肋骨が激痛に疼くボロボロの状態となっていた。

 

対してハヤトはどうだろうか。今のところ目立った傷は拳の出血のみ。大した被害でもない健全な身体がそこには在った。人間、その状態を理解すれば相手と自分の実力の差は簡単に実感できる。

 

 

「どうした。まさか、もう終わりじゃねェよな」

 

「ーーーっ!」

 

 

威風堂々。立ち姿に一切の乱れがないハヤトがそう言えば、大柄な男は彼の背後に獣の気配を錯覚した。相対していた時からずっと感じていたこと、熊のような圧迫感がある。

 

一歩近づけば、一歩下がる。ハヤトが近づく度に大柄な男は冷たい汗を額に感じながら後ろへと逃げるように下がっていく。

 

本気で自分のことを潰しに来ている人間の目だと、逃走本能を逆撫でする眼光の鋭さのあるハヤトに睨まれた大柄な男は「あのよぉ」と繋げ、

 

 

「わ、悪かったよ。お前達を襲ったのは謝る。攻撃を仕掛けたことも全部謝るよ。金はいらない、女もだ。だからーー」

 

 

見逃してくれないか? そう言い繋げたかった大柄な男だったが、その先の言葉が紡がれることはなかった。その前にハヤトの正拳突きが男の鳩尾に突き刺さったからだ。

 

今度は衝撃を止めるような一撃に、後ろに飛ぶ事はなかったが男は代わりに地面に膝をついて倒れる。衝撃部に手を当てて顔を上げれば、ひどく凍てついた目をしているハヤトが自分のことを見下ろしているのが見えた。

 

 

「お前に対してかけられた言葉をお前自身が言うとはな。面白れェもんだ、本当に全部テメェに返ってきてやがる」

 

「何を、言って……やがる」

 

「テメェが暴力を振るった女性も、同じ言葉を言っていたはずだ。許してだ、やめてだ。謝罪の言葉をテメェにこれでもかと言っていたはずだ」

 

「だから、なんだってんだ……!」

 

 

口振りからして目の前に平伏す男が何人もの女性を強姦してきた事は明白。それも、なんの悪びれもない態度で「顔すら覚えてない」とは、これ以上のクソ野郎は存在するのかと真底思った。

 

その時点でハヤトが徹底的に男を潰しにかかるのは必然。次いでの今、今度は許しを請うようなふざけた真似をされたとなれば、ハヤトが怒りに身を任せても不思議ではない。

 

辛かったはずだ。苦しかったはずだ。被害者の方々のことを思うだけで、どうしようもなくハヤトは心を締め付けられる。そうなった今、もはや男の言葉など神経を逆撫でする発火剤でしかない。

 

今の一言もそうだ。目の前の男は一心不乱に己の欲望を満たすためだけに性を弄び。自分に向けられる謝罪の言葉があったとしてもそれにーー、

 

 

「それにテメェは耳を貸したのか?」

 

「ーーーっ」

 

「別に俺は説教を垂れるわけじゃねェし、できるほど偉くもねェ。ただ、テメェがしてきた事と同じことを、もっと別の形でするだけだぜ。ーー勿論、文句はねェだろ?」

 

 

その言葉で全てを察した大柄な男が勢いよく立ち上がる。その途中で攻撃を仕掛けるもハヤトには容易く回避された。睨み合う形となった両者は、しかし動揺具合に差がありすぎた。

 

変わらずのハヤトと、呼吸の荒い大柄な男。どちらが追い詰められているのかなど、考える必要もない。

 

そんな時。数分前までの威勢が消え去った大柄な男はふと、思い出したかのようにどこかを指差して笑う。指差したのはハヤトの後方、そこで行われている戦闘だ。

 

 

「へっ。テメェが俺を見逃してくれねぇのは分かった。けどよ、忘れてねぇか? 俺には手下どもが腐るほどいんだよ。そいつらがお仲間を殺して来ればテメェなんざリンチだ」

 

「そうなるといいな」

 

 

かけられた言葉に動揺の"ど"の字。否、文字すらないハヤトは毅然とした態度で言い放つ。指差した方向を心配して確認していれば不意打ちが飛んできた場面で彼は振り返る様子はない。

 

動揺を誘うつもりが逆に動揺することになった大柄な男。あまりにも予想外な返しに男はそれを悟らせまいと尚も笑い、

 

 

「俺の手下をテメェの仲間が倒すとでも思ってんのか? 俺をボコボコにして良い気になるなよ。あれでも七人。男一人が捌ける人数じゃねぇ。膝をつかせるのも時間の問題だぜ」

 

「そうなるといいな」

 

 

必死に動揺を隠す様を鼻で笑うハヤト。彼の瞳には大柄な男の姿は「きゃんきゃん!」と可愛らしく威嚇する子犬にしか見えていなかった。恐怖など微塵もなく、負ける気など更々無い。

 

故に彼は吠える子犬を嘲笑う。油断しているわけではない。嘲笑った状態でも勝てる自信があるのだ。だって自分はそれだけの力をつけてきたし。地獄も乗り越えた。

 

 それに、

 

 

「なーーーっ!?」

 

 

 ーーアイツが負けるわけがない

 

 

ハヤトが心の中でそう思っていた時、応えるように後方で爆撃のような音が連鎖。遠くにいる二人にも伝わってくる熱波は明らかにテンによる魔法の余波だ。

 

驚愕する大柄な男から察するに、向こうの魔法でもないらしい。テンの魔法で確定である。相変わらずの大規模な魔法に「ふっ」と初めて笑みを溢すハヤト。彼は「だから言ったろ」と繋げ、

 

 

「俺達を倒したけりゃ魔獣の群れでも連れて来やがれってな」

 

「ふ、ふざけんじゃねぇーーッ!!」

 

 

分かりやすい煽り文句に大柄な男が釣られて声を上げながら無謀にも正面からハヤトに突っ込む。

 

手を振り上げながらの特攻ーー実に正直な動き。あれでは自分の攻撃を相手に悟らさせているようなもの。稀に、意図的に悟らせて揺動のパターンもあるがこの男の場合は前者だろう。

 

故に振り抜かれた拳を避けることなどハヤトからすれば造作もない。ロズワールに比べたら止まって見えるそれは簡単に受け流せた。

 

手斧以外の扱いは素人なのか、己の肉体一つまともに操れない大柄な男が受け流された方向によろければ、その隙に腰を低く構えたハヤトは足を滑らせ、半身を逸らすように右腕を引き絞る。

 

照準を合わせるように左腕を突き出せば、それはもう弓に矢を番える体制そのもの。

 

拳に宿すは心に宿された黒い感情。心に灯すは報われなかった被害者への思い。この一撃にそれら全てを込めて。

 

深く息を吐き、今この瞬間だけアクラを限界以上に高め。

 

 覇気を解放して一気に解き放つーー!

 

 

「はぁッるァーーッ!」

 

「ーー!」

 

 

それは矢というより弾丸に近い一撃だった。打ち出されたのか撃ち出されたのか曖昧になる拳は、腰の入った良い一撃。逸らした右半身ごとぶち込んだ鉄拳は狙い一点、相手の土手っ腹を確実に捉える。

 

腕を振り抜き、一点に集中した力は前方へと一気に解放。大柄な男の肉体が高速で打ち出されていく。軽い衝撃波を伴うそれはハヤトが限界以上に身体能力を高めた結果だ。

 

悲痛な声は聞こえなかった。しかし、拳が捩じ込まれた時に白目を剥いて悶絶したような顔は記憶に刻み込んでおいたハヤト。彼は打ち出した男の後を追うように視線を向けて、

 

 

「ーーーあ」

 

 

 

 

その先には、自分の相棒がいた。

 

 

 

 

 

 






やっぱり戦闘描写はいいですね。テンションの上がる曲を聴きながらだと頭の中でテンとハヤトが勝手に戦ってくれます。あとはそれを文字に起こすだけですね。

ただ、「〜〜れば」という表現を多用しすぎている気が私的にはしています。読んでてウザかったら申し訳ないです。


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