読んで字の如く。王都に到着です。
「別にね。倒せたから文句はないよ。お前の力はお前の次に俺が分かってるつもりだよ。だから、この怪我はお前の馬鹿力が俺の予想を遥かに超えた証拠だから、予測しきれなかった俺の責任だと言うことも可能だよ。うん、可能だけどさ」
ぶつぶつと呟くその言葉はテンの言葉であった。竜車に寄りかかる彼の目の前に広がるのは両手両足を凍らせて簡易的に動きを制限した十二人の盗賊達。
額から血を流す者から全身が焼け焦げた者、更には明らかに鼻の骨が折れ曲がっているような大柄な男もいる。
全員が等しく気を失っており、その光景一つで十二対二の戦いの軍配がどちらに上がったかなどは明白。現に、盗賊達の少し手前では膝を折りたたんだ綺麗な土下座のハヤトは掌の傷以外は無傷。
土汚れや若干の返り血はあるが、目立った外傷はそれ以外には見られないことや戦ったであろう大柄な男のやられ具合でハヤトが無事なのは簡単に判断できた。
それはハヤトに限ったことではない。今こうして呟いているテンも同じだ。戦闘中に受けた傷は背部の火球、それも『防護の加護』の恩恵を受けたのか被害はゼロに等しく。術式の防御力に感謝するばかり。
にも関わらず。現在、テンの右腕には布で作った簡易的なギブスがはめられていた。それはもう、一目見ただけ「折れてるね」と分かるくらいには。
これだけの事実ならばそれは男の勲章、戦いの悲惨さを物語っていると言い切れる。
が、面白いことに。ある事実を一つ付け足すだけで一気にギャグ路線へと怪我が進路変更するのだ。
つまり、その怪我。
「なんでお前が吹き飛ばしたあの男が俺に衝突すんだよ!? 右腕、そのお陰でポッキリとやっちまってんだよ!! この馬鹿力! 感情に流されすぎ男!」
「いや、マジでごめん! ほんっとにごめん!」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
突如として発生した盗賊団との遭遇戦は平原に傷跡を残しつつも無事に終わった。ハヤトとテンが手下の一部を蹴散らし、残った手下をテンが魔法を主軸に蹴散らし、大将となる大柄な男をハヤトが完膚なきまでに蹴散らしたことで。
二人としてはもう少し苦戦すると思っていたのだがどうやら鍛えられた環境が鬼すぎたせいか、強さの基準がバグっていたらしい。ロズワールを相手にし、日々サンドバッグにされる二人からすれば盗賊など大した障害にもならなかった。
それは二人が自分達の予想を遥かに超えて強かったかのが理由か。もしくは、鍛錬として戦ってきた相手が強すぎて自分の実力を下に思いすぎたせいか。或いは、身体が頑丈になった証か。
否、全部である。
なんにしても、本人達の予想以上に力を発揮した二人は割と無双気味に戦闘を終了させてレムとラムの下に帰ってきた。テンの場合は吹き飛んできたの方が正しいが。
そう。数時間前、ハヤトに叫んだテンは戦闘中ではなく戦闘後に受けた衝撃で右腕の骨が逝った。
それ以上の被害がなかったのは瞬時に動いたレムの功績。地面と並行に飛ぶテンの身体だけを見事に回収した彼女は彼を抱き抱えて跳躍、無事に着地した後、喉からカスカスの呻き声を漏らす彼に治癒魔法をかけてギブスに至る。
流石に骨折までは癒せなかったのか、とりあえず痛みだけでも鎮痛したレムがハヤトに対して結構な勢いで怒っていたのをテンは忘れない。
膝を折りたたんで丸まっていたハヤトの萎縮様も一生忘れない。ラムがそれを、貴族が平民を見下ろすような目つきで見下していたのも忘れない。
彼女からは珍しく、お褒めの言葉を頂いた二人。腕を組んで笑みを浮かべては「良くやったわね」と上司かと錯覚する様な褒め方には少し引っかかったが、これも彼女なりの褒め方だと素直に受け止めておいた。
そして現在。あれから数時間後。
「おー。あれが王都か。すげぇな!」
「やっとか……。なんか、道のりがすごく長く感じた気がする」
正面、少し遠くに見えてきた十メートルは超える城壁。その並び見えてきた入り口となる巨大な城門。その先に顔を覗かせる広大な土地に建てられた大木を含めた洋風な街並み。さらに、その奥に高く聳え立つ王城。
王都ルグニカ。その雄大にして壮大な光景に興奮を覚えるハヤトはワクワク顔で体を左右に揺らしていた。新しいことについては関心しかない彼はこれからの冒険に思いを馳せる。
その隣で反対にテンは疲労気味、テンションが低めな彼は深く息をついた。纏う雰囲気も、どこかげっそりとした彼は相変わらずの真反対。相変わらずハヤトとは真逆の反応。
「おいごらぁ! ここから出しやがれ!」
「つか、この氷。溶かしやがれよ!」
その理由の一つがこれ。
気絶させた盗賊団の意識が覚め、うるさくなり始めたからである。両手両足をテンの魔法で凍らされて拘束されながらも彼らはうるさく抵抗、ドタドタと暴れ回っている。
元気なものだ。怪我の一つも治ってないというのに変わらずロズワールの所有する竜車の中でこれでもかと叫び、野蛮な様子を隠す気もない。気絶させた処理がこれでは得策とも言えなかった。
戦いの後処理をする上で困ったのは気絶した男達をどう王都まで運ぶかだが。残念なことに盗賊が使っていた竜車は全て破壊されていたため使用は不可能な状態。
元は三台あったはずが、一つは御者台がハヤトによって崩壊。もう二つはテンの爆撃によって木っ端微塵に。ラムが「吊るしておけばいいでしょ」と言ったが、王都に着く前に数人が消えてそうな予感がしたから仕方なく客車の中へとぶち込んだ。
そのため割と袋詰め状態になってしまったためにテンとハヤトは客車の屋根に座り、レムとラムは御者台へと身を置いた。不満しかないラムだが、テンに何か奢らせる事を条件に許してくれた。
そのまま静かに終わってくれたら良かったのだが。残念なことに相手は野蛮な盗賊団、たった二人にボコボコにされても意識が覚めれば暴れ回るのだ。
これでは中の椅子やら装飾品やら壁やらが傷ついてしまうことが懸念されるが。
そうなれば、
「少し黙ってて下さい」
音もなく青髪の少女が扉を開いて客車の中へと。途端、爆発音に近しい音と共にテンとハヤトの座る客車が数回、縦に大きく揺れる。
一体真下で何が行われているのか。分かるのは、「ぎゃー!」やら「うごぁ…」などの男の断末魔が聞こえてくるくらい。
数秒後には一仕事終えた彼女が扉を開けて御者台へと戻ってくる。先程までうるさかった男達の声は聞こえず、テンが「お疲れ様」と言えば「ありがとうございます」と振り返るレムが満面の笑みを浮かべた。
恐ろしい戦闘力である。テンとハヤトが数分かけて倒した人たちが僅か数秒で沈黙する、と。
「……なんか。レムに全部任せりゃそれでよかったんじゃね?」
「戦う前から俺はそう思ってたよ。そのせいでこの有様だし。お前これ、いくら付き合いの長い親友だとしても一生根に持つからな。話のネタにしてやるからな」
「恨みの方向性がかわいいな。私怨とかじゃなくて話のネタにするのね」
骨折した腕に手を添えるテンがそう言うと「ふん」と鼻を鳴らす。流石の彼も今回ばかりは許す気もないのか、軽くハヤトのことを睨んでいる。尤も、ハヤト自身も本気で申し訳ないと心から思っているし、許してくれるとは微塵も考えてない。
ひょっとしたら二度と口を聞いてくれなくなるかもと不安になったが、それも要らない心配。笑い話にしてくれると言って許して(?)くれた。
「あー、レムがいなかったら痛みで悶絶してた。お前、マジで許さないからな。屋敷に帰ったらお前の醜態をベアトリスに話してやる」
「別に構わんぞ? ベアトリスに言われても対して被害はないし。つか、許さなくていいからネタにするのはやめてくれ。その度に罪悪感が湧いてくる」
「それが狙いじゃ。少しはお前も自重することを覚えろ。あと、自分の力が自分の予想以上だということを自覚しろ。更には、周りの被害のことも考えろ。なんだのあの竜車、御者台がボロボロだったよ」
「ならお前だって。なんだよ爆撃したみたいな跡は。言わせてもらうが三台のうち二台はお前が破壊したんだからな。お前だって自分の力を自覚しろ、ついでに鈍さもだ」
「あれは仕方なかったんだ。数 対 個だぞ、数の有利を取られてる以上は一気に攻めないとリンチにされる。つか。俺の何が鈍いってんだよ」
「それが鈍いって言ってんだ。鈍さを自覚してないこと自体が鈍いんだよ、この鈍感野郎。早くしないとそろそろシメられるぞ」
「誰に?」
「
「身内に!?」
竜車、正確には客車の屋根に座ってそんな話を永遠と続ける二人。二人の関係値の高さか、盗賊団の襲撃を受けてからかれこれ数時間が経つがずっと話しっぱなし。気の合う二人は取り止めのない会話がどんどん出てくる。
そうしていれば時間なんて早いもの。遠かった王都はもう目の前、あっという間に王都へと続く街道に竜車は乗った。
その証拠に、広がる光景が平原のような大自然から人工的な建造物が目立つ光景へと様変わり。竜車の速度もゆったりとしていた。
加えて他の竜車も行き交っている。荷物を乗せた竜車に、人を沢山乗せている竜車、自分達が搭乗しているような美しく飾られた竜車もある。恐らく貴族か行商人のものだろう。
「…なんか。夢の国に来た気分」
「ちょっと分かる。お城とか飾られた感じとか」
行き交う竜車を見渡した二人は同じ感想を抱いたのか、脳裏に「ハハっ」と愉快に笑うネズミさんがいる夢の国を過ぎらせる。初めての王都、初めての交通風景、初めての人間じゃない種族。
「おい見ろよ、テン。ネコミミだぞ。ネコミミ! 完全に人間じゃねぇ種族だ!」
「ルグニカの王都だし。そりゃ居るでしょ」
「騎士だ! 騎士っぽい人もいるぜ! あれが本場の近衛騎士ってやつか。貫禄あるな」
「うおー。すごい、画面の中の人だ」
「すげぇ、すげぇよ! 王都に来てリゼロの世界に召喚された実感が再び湧いてくるこのなんとも言い難いこの興奮だなぁ!」
「すごいね」
見ること感じることが初めての二人は、正しく夢の国に初めて訪れた子どもの様に首を左右にキョロキョロさせていた。
ハヤトといえば日常になり過ぎて久しく忘れていたリゼロの世界観に「うお、ありゃなんだ!?」と指差してはしゃぐ始末。
決して広くない屋根の上で暴れられると困るテンだが、感性豊かなのもハヤトの魅力。はしゃぐ彼を親のような目で見ていた。が、一度だけ彼の肩を叩き、
「ハヤト。ここが外だって忘れないでね」
「ん? なんでだ?」
「声がデケェんだよ。普通にうるさい」
「……あぁ、そりゃすまん。久々に興奮した」
数時間前に指摘されたことを再度、指摘されたハヤトは誤魔化し笑いを溢し、自分よりも落ち着いているテンを見て落ち着いたのか、彼は前のめりになっていた身体から力を抜いて後ろに手をついた。
興奮した気持ちを静めるハヤトは「ふぅ」と吐息。目に付いたもの対して手当たり次第に反応したのか、彼は熱を帯びていた頭がゆっくりと冷えていく感覚に声を静めた。
胡座をかいて座るテンは自分ほど興奮はしていない。というか、屋敷を出た時からこのテンションを一貫している。唯一興奮した時といえば屋根に登りたいと言い出した時か。
「なんでお前、そんなに落ち着いてんだ?」
「いや、興奮はしてるよ。けどそれを表現する元気がないのよ。俺はお前ほど元気の貯蔵があるわけでもないし、戦いで疲れてるの」
元気の貯蔵とはなにかと疑問に思わなくもないハヤトだが。割と本気で疲れている雰囲気を醸し出しているテンを見ると、彼は労わるように背中に手を添えた。
確かに。戦いの過酷さでいえば、個を相手にしたハヤトよりも数を相手にしたテンの方が疲労が蓄積していると言え、流法の熟練度が最低限戦える程度のことも加味すれば弱無双の裏側に明らかな無茶振りをしていたことが簡単に分かる。
疲れるのも無理はないか。少し考えれば、表に明らかに出してないだけでテンは疲れていることがハヤトには理解できた。
「テン君、ハヤト君。王都に入りますよ」
「脳筋。その子どもみたいなはしゃぎ方はしまいなさい。レムとラムの気品が疑われてしまうわ」
「屋根に乗ってる時点で気品も何もないだろ」
「じゃあ降りる?」
「勘弁して下さい」
そんな会話をしているうちに竜車は門をくぐって王都の内側へと。折角だからもっと感傷に浸りながら入りたかったハヤトだが、いつも通りの会話をしていたせいで何の感動もないものとなった。
テンも「おー、これが王都かぁ」レベルでしか捉えていなく、これでは興奮していた自分がおかしいのかと不思議にも錯覚しそうになったハヤト。しかし彼は初めての王都に心の中で密かに興奮。
テーマパークに来ているような感覚。何度も訪れているうちにこの感動も無くなってしまうのかと思うと、少し残念に思わなくもない。
「今ここって大通りとか、そんな感じなのか?」
「そうだと思うよ。まぁ車が走るための道路だと考えればわかりやすい。それにほら」
そう言って流れる街並みの左サイドを指差すテンにハヤトは視線を向けると、そこには大通りではないが舗装された道が何本も通っていた。
竜車が通るには狭すぎる道のそれは恐らく住宅街的な扱い。人間が歩くために大通りから分かれた道だ。そのうちの一本には露天のお店がズラリと並び。所謂、商店街的な扱いだろう。
通り過ぎた商店街を見るためにハヤトが後ろを振り向くなどの動作を横目に、テンは向けた人差し指で空中にグルグルと円を描き、
「あんな感じのがここには何百って通ってるんだと思う。大通りから枝分かれするようにね。勿論、住宅街とか繁華街とかもそのうちのどっかにはあると思うよ。多分」
「そうなのか」と返すハヤトに軽く頷くテン。彼も流れる景色を眺めているのか首を扇風機のようにゆっくりと右へ左へと横振り。時折、「おー」と感動するような声を棒読みで流していた。
圧巻の光景だとハヤトも思う。重ねるが、今現在ハヤト達を乗せた竜車は門を通過してから直進。竜車の行き交う大通りを走っている。
六台。ただでさえ巨大な竜車が六台並んでも余裕のある大通りは他の道とは存在感が違いすぎる。故に走る竜車の数も尋常ではなく、仮に屋根から落下すれば轢き殺されても文句は言えないか。
「ね、レム。俺らの今回の目的ってロズワールが書いた論文?を、近衛騎士団の詰所に届けることだよね? ついでにこの盗賊団も」
「はい、そうですよ。現在はその騎士様の詰所に向かっているところです」
「ロズワール様からのお役目。失敗は首切りを意味すると肝に銘じておきなさい」
「ん、分かった。ありがとう」
御者台に座るレムに確認を取れば、隣に座るラムからも言葉を返してもらったテン。何を考えているのか、彼は「ふぅーん」と意味ありげに声を溢して空を仰いだ。
興味を示したハヤトが「それがどうしたんだ?」と首を傾げればテンは指をパチンと鳴らし、
「『最優』の騎士ユリウスと『剣聖』ラインハルトも近衛騎士団の団員だよねって話」
「それってつまり。居るってことか……!」
言われて気づく。確かにその二人も近衛騎士団の団員であり、そもそも詰所というのはその人達が働く場所。つまり、この世界に来てから一度は見てみたいと思っていた存在がいるーーかも。
引っ込んだはずの熱が再び加熱される感覚にハヤトは楽しそうに頬を釣り上げる。当たり前だ。隠すまでもなくハヤトもリゼロファン、画面の中の存在と会えることに興奮しないわけがない。
そう思うと、今自分はリゼロの主要人物と会える立場にあると自覚したハヤト。彼の脳裏に描かれるのは口から八重歯を覗かせた金髪の少女の姿、自分が一番会いたい、話したい推しの人物。
その人物は王都ーー貧民街を拠点にしていたはず。どこにあるのかは分からないが、探せば必ず見つかる地域。そしてそこに居るのはーー、
「フェルトぉぉーーっ!!」
「うぎゃぁ!? 鼓膜、こまくがぁぁ!」
「脳筋、今すぐその口を塞ぎなさい!」
「テン君、気をしっかり!」
▲▽▲▽▲▽▲
ハヤトの声が王都中に轟き、右腕の次は鼓膜が逝ってしまったテンの悲劇から数分後。四人を乗せた竜車はとある地帯の手前に停車していた。
貴族街ーーその呼び名の示す通りならば、上流階級の人間が住まうだろう地だ。当然のように景観は洗練され、端的にいえば金のかかり方が違う。
建物はもちろん、それ以外にも大げさに飾られている。観葉植物、背の高いそれが等間隔で並べられるそれは平民の世界ではない。
そんな中。一歩先が別世界になっている手前、その貴族の世界への入口を封鎖するかのように、その強大な建物は居を構えている。
それは、まさしく四人の現在地。
様変わりした景色の中でも一際背の高い建物だ。ロズワール邸ほどではないが、この王都の中では三番目に規模のある建物だと思われるそれ。
背面を外壁の一部に隣接しており、上部に設置されたテラスからは都市の絶景がよく見えることだろう。
その場所。衛兵の詰所だ。近衛騎士団詰所ではなく、衛兵の詰所だ。
「近衛騎士団詰所と、ここって何が違うの?」
「簡単に説明すれば、衛兵の詰所は近衛騎士よりも階級の低い衛兵、兵士の職場。と言ったところかしらね。近衛騎士は家柄に恵まれた者にしかなれないものだから」
「そーなのか」
故郷でいうところの警察署的な扱いなのだろうかと勝手に解釈するテン。そして、その会話を聞いていたハヤト。屋根に座る二人は眼下のラムからの言葉に目の前の圧迫感を見上げる。
気軽に落し物や迷子などの要件で、門戸を叩けるような雰囲気でないことは確かだ。これならば町の交番の方がはるかにマシ。
「…デカイな」
「うん。大きいね」
さすが異世界というべきか、一々規模の大きい建物に二人は口を半開きにしていた。ロズワール邸とまではいかなくとも明らかにこの場所だけ世界が違う。
ならこの先の光景はトンネルを抜けた先の景色。どこぞの神隠しされた映画みたいな感じに別世界が広がっているのだろう。否、広がっている。一歩先が御伽噺の世界だ。
「ここって、主に何をする場所なんだ?」
「そうね…。野蛮な輩が侵入しないようにするための見張り。或いは貴族街に出入りする人たちの身分の確認かしら。テンテンと脳筋二人だけならまず入れないでしょうね」
「一言余計だな」
言いながら視線を前へと向けるテン。ハヤトがラムと睨み合っている中、彼は詰所の門へと視線を固定、その先にいるであろうレムが扉を開くのをなんとなく待っていた。
現在、詰所の前に停車した竜車にいるのはレムを除く三人。肝心のレムは詰所の中で貴族街への立ち入り許可をとりに行っていた。理由は単純、目指すべき近衛騎士団詰所は貴族街を超えた先、王城の隣に鎮座しているからだ。
ここを抜けなければ詰所には行けず、立ち往生。そもそも、貴族街は一使用人が入れる地帯ではないが。しかしロズワールからの使者となれば別。宮廷筆頭魔導師の使者ともなればその事実と証明二つで通行許可証になり得る。
「で、ラムはなんで行かなかったの?」
「ラムが行けば竜車は誰が見張ってるというの? 万が一持ち逃げされれば二人の首が飛ぶことになるわよ」
「自分とレムは許されること前提なのね」
面倒なことはレムに丸投げのラム。眼下にいる彼女に苦笑いするテンは共感を求めるように視線をハヤトへと。考えていることは同じらしい、「そりゃねぇよ」と苦笑していた。
尤も、自分達の存在があれば盗まれることはないと彼らは内心思う。屋根の上に腰掛ける男二人。一人は背中に身の丈程の大剣を担いだゴツい男。一人は腰に刀を差した飄々とした男。盗もうとすれば二人が飛び掛かるだろう。
加え、竜車の上に座ること自体が珍しいのか。通り過ぎる人達からの視線が多いことも含めると、屋根に座ってるだけでも防犯になるか。
そんな防犯設備な二人を見上げるラム。彼女は目を細めて不意に「チッ」と舌打ちすると御者台へと垂れ下がる二人の片足を掴み、
「お、わっ!」
「へぶっ!」
掴まれたことを悟った時、二人の体は屋根から引き摺り下ろされていた。とても少女一人の力とは想像し難い怪力にハヤトは地面へと投げ出され、テンはずり落ちるように落下。
突然の奇行に、しかしハヤトの動きは安定している。地竜にかっ飛ばされた時のように危なげなく着地。が、テンはラムの隣、御者台にずり落ちる寸前に迎え撃つ彼女の弱裏拳が額に打たれた。
「いったぁ…」と額に手を当てて声をこぼすテンを見ながらハヤトが「何すんだよ」と笑いかける。対するラムの返しは、
「ラムを見下ろすなんて百年早い。いえ、見下ろすこと自体、許さないわ」
至極当然のように言い切るラムは腕を組む。隣に落ちたテンと地面に落ちたハヤトを見れば彼女は「ハッ」と嘲笑するように笑った。慣れっこと言われればそうだが、彼女の横暴さには二人も呆れるしかない二人である。
相変わらずラムはラムのルールの中で生きているが故に自分の理論を二人に押し付け、その度に二人は被害に遭うのだ。尤も、物理的な被害は今のところテンのみ。
「それだけで引き摺り下ろすか、普通」
「もうラム理論が無茶苦茶すぎるよ。俺、そのせいで脛に蹴りもらってんだけど。え? なに、今度は顔面ですか?」
全然怒っているように見えないテンがラムに怒るような目つき。基本的に何をされても本当の意味で怒ることのない彼は、ラムに朝の出来事をぶつけた。
竜車の中でのこと。自分より先に寝たテンに対して脛を蹴って叩き起こすという、ハヤトなら少しは怒ってもいい場面。その後には飛び上がった勢いで脳天を天井にぶつけるわで大変だった。
脛の次は頭、挙げ句の果てには顔面と。既に右腕をハヤトの馬鹿力の余波で折っているという、午前中だけでも散々な目に遭った彼に対するラムの発言は「そうね。次は胴体にでも…」と、全く笑えないものだった。
痛みが引いてきたテンは吐息。諦めるような意味合いを含めたそれをこぼした。
「ラムって、そんな暴力的な女性だったっけ?」
「安心なさい。テンテンにだけだから」
「どこをどう安心しろと?」
ラムの考えることは意味不明、自分にだけ暴力的な女性とはなんなのか。無茶苦茶な説得のさせ方にテンは今度は疲れたように吐息、早くレムが帰ってきてほしいと心の中で願った。
二人の間で淡々と返される返答と返答に、ハヤトは微笑むように鼻を鳴らす。黙って聞いていればすぐにこのやり取りだ。
それ見ていた彼はからすればラムがそうなる理由もなんとなくだが分かる。さしずめ、レム関連だろう。そのせいで、危うく竜車の壁を破壊しかけていたくらいだ。
「お姉ちゃんは大変だな、ラム」
「面倒な親友を持つと大変ね、脳筋」
『テンとレムを見守る会』の二人の間でしか分からないやり取り。腕を組む両者は軽口の交換の後、その意味が分からず疑問符を頭に浮かべて首を傾げているテンへと視線を向けた。
と、
「あ、レムが帰ってきた。……レムだけじゃないようだけど」
目を細めるテンがそんな言葉を呟き、釣られる二人は彼の目線の先に視線を向ける。そこには、彼の言った通り内側から扉が開かれた詰所の入り口。中からレムが出てきていて。
更に、彼女の背後。
「……兵士。衛兵さん?」
「お縄につく時が来たようね。脳筋」
「いや、絶対に違うだろ」
鎧に身を包んだ頑丈そうな人達が数人、こちらへと歩いてきていた。
盗賊を兵士に届けるお話なんてすっとばしてもいいはずなのに……。どうして書いたんでしょうね、過去の私は。