駄文です。次回のための繋ぎのお話なので頭の中を空っぽにして読んでください。
ーー現在、衛兵の詰所での一件を終えた竜車は今回の目的地である近衛騎士団詰所へと順調に進んでいる最中である。
盗賊がいなくなった客車内にいるのは今も扉の隙間から外を覗くハヤト。そして、屋根から引き摺り下ろされたテン。
彼とは違い、テンは貴族街というお洒落な街並みには特に興味なさげな様子だ。
「ふぁ……、眠い」
「おいおい、さっき寝てたろ。もう眠いのかよ」
テンの眠たげなあくびにハヤトが反応し、彼は扉を閉めてテンと向き合う形で座席に腰掛ける。初の貴族街に隠しきれない興奮が表情に浮き出る彼にテンはため息混じりに「あのなぁ」と繋げ、
「そも、俺は屋敷に残ってたかった人間なのよ。分かる? それをお前が「行きたい!」なんて言うから俺も巻き込まれたし」
「でも偶には良いだろ? こうやって外に出るのもよ。屋敷を除けば外に出て行くところなんてアーラム村しかないって。ガキどもと遊ぶのは楽しいが、流石にそれだけってのもよ」
「俺は満足してるよ。大体、そのせいでラムに寝てるとこ叩き起こされるわ、盗賊に襲われるわ、挙句の果てには腕の骨折るわで。改めて考えると今日の俺、散々すぎない?」
「そう思うよなぁ、笑えるよなぁ? ハヤトぉ」と語尾を伸ばしたテンの目は笑っていない。折れた右腕に左手を添える彼は真顔を貫きながら正面の男の瞳を一直線に射抜く。
その話を持ち出されたら、ハヤトは頭を下げること以外できない。本当に申し訳ないと心から反省しているが、テンは決して許してくれず。仲違いをせずに済んでいるのはテンの器の広さが故か。
「悪かったと思ってるよ。つか、お前はそれだけで済むんだな。俺はもう二度と口聞いてくれないとすら覚悟したのに」
「俺の話を聞けや。……まぁ、誰だってミスすることはあるでしょ。骨折だって不慮の事故だったということで水には流してやる。流すけど、許しはしない。話のネタにするって言ったの冗談じゃないからね」
「それで良いよ。俺とお前の関係に亀裂が入らなくて安心した。今、お前に「友達やめるわ」とか言われたら軽く病む気がする」
「え、ごめん。普通にキモい、ムリです」
「なんでそうなるんだよ」
ハヤトの病む発言。原因が自分だという事実にドン引きするテンが隣の座席へと位置替え。物理的に距離を置く彼はハヤトのことを気味悪がるように目を細めた。
そんな態度をとるテンを見ると、本当に怒ってないことが分かるハヤトだ。現に、こうしたいつも通りのやり取りを交わせていることが二人の関係に亀裂が入っていないことの証明だろう。
だからドン引きされてても彼は笑って返す。三年間の仲だが、十年以上の仲とも思える親友に彼は笑い続ける。ーー本当に良かったと思えるから。
心が広いと言うべきか、器が大きいと表すべきか。自分だったらキレているかもしれない場面で彼は彼のままだった。
彼は自分がハヤトの力を考えておくべきだったと彼自身にも非があると話し、不慮の事故として水に流してくれた。右腕の骨折、決して軽くない怪我を彼は話のネタにする方向で受け止めてくれた、優しすぎる人間なのが彼。
つまり、
「お前は仏だった?」
「ぶっとばすぞ、こら。なめてんのか、てめぇ」
▲▽▲▽▲▽▲
「うおお。改めて見るとデケェな……!」
「うん。何度見てもすごいと思うよね」
それは、正面に高く高く聳え立つ白の要塞。王都の門を通るときにも視界に捉えていたそれを目の前にしたテンとハヤトの感動の声だった。
無駄に縦に長い塔が何重にも連なっているそれは見上げれば見上げるほど高くなり、中でも一際目立つ中央の砦にも見える塔は、空をも穿つのではとさえ思えてくるーー王都ルグニカの王城だ。
場所は王都ルグニカで最も高い所。所謂、上層区の上層に鎮座、それは天辺に位置している。王座のようにも錯覚する配置の仕方には貴族の下層区の人間を見下ろす風習が漂っていた。
正しく王城、と表現するのが最も適しているだろう。この広い王都のどこにいても空を見上げれば目に止まるそれは、明らかに規模が頭一つ抜けている。
因みに、上層区というのは。貴族や賢人会の議員、近衛騎士の名誉を与えられた騎士などの家名に恵まれた人間たちの住む貴族街などの地域を指し。
下層区というのは、商い通りなどの商業区や庶民の暮らす平民街。そして貧民街などを含めた王都外周部の連なりをまとめてそう呼ぶらしい。
「気品のある連中が上から下を見下ろすのはどこでも共通らしい。ここからだと貧民街との差がよく見えるよ」
「金と家柄だけに恵まれた腐った人間のすることだな。自分より下の人間を見下ろして何が楽しいってんだ」
軽く跳躍、胸程度の高さの落下防止の柵に座るテンが視界に広がる光景に目を細め、この国の中での優劣がハッキリと理解する。柵に手をかけるハヤトも彼と同じ光景に口を悪くし、テンが口にした貧民街を見た。
至る所に飾られた装飾品に、広大な土地を利用した豪邸が点在する貴族街。煌びやかに照らされたそれらの上に鎮座するのは王城。上級国民の住まう街。
その下にあるのが一般的な庶民が住宅を構える平民街に、商店を営む商業街、そして繁華街。ごく普通の人間の住まう街。
その下にあるのが貧しい人間の行き着く先。服も買う財産もないボロ布を衣服とする人達が住まい。路地裏に入ればチンピラに絡まれる一人で歩くのは少し危険な街。
それら三つが階段のような形で区分けされているのだから、上から見ている貴族達はさぞかし愉悦感に浸れるだろう。自分達は酒を片手に衣食住すらまともに得られない人間を見下ろすのだから。
下から見ればこの場所は、見上げた先ーー視界に捉えているはずなのに決して届かない夢の世界のようにも見えるはずだ。
「ひょっとしたら、俺たちもあそこに居たかもしれないね」
「何でだ?」
ふと、テンがそんなことを呟けばハヤトは頭に疑問符を浮かべる。首を傾げる彼にテンはどこか遠い目をすると、
「だって俺たち、何もない中でこの世界に連れて来られたんだよ? お金も、力も、知識もない。無い無い尽くしの俺たちがもしロズワールに拾われなければ、どうなってたと思う?」
「確かに……」
「そもそも、森じゃなくて王都に召喚されたとしたら。それこそ本当にお終い、何もできずに飢え死ぬ未来しか想像できねぇ。何もない中でどうやって衣食住を安定させていくんだっての。したら、取り敢えず貧民街に行くしかないっしょ」
手すりから垂れ下げた足をぶらぶらさせるテンは「確実に死ぬよ」と自分の言葉を締めると、数回、首を横に振る。考えていて恐ろしくなったのか、彼は感情の入ってない笑い声を適当に口から溢していた。
そんな彼を横目に、柵にかけた手に顎を乗せるハヤトも彼の意見には小さく頷いた。
全くもって彼の言うとうりだと思う。事実、何もない自分達が森でロズワールに拾われなければ死んでいたことは確実。それ以前に森ではなく王都に召喚されたとしても根本的な問題は解決していないため、死ぬことに変わりはない。
それでも足掻くならば自分達の行き着く先は貧民街。そこでなんとか生きていく算段を立てながらひもじい生活を送っていたはず。劇的な出会いがあるわけでもない限り、そのままだったはずだ。
「そう思うと俺達って相当運が良かった気がしてくるな。ロズワールに拾われたことが俺達にとっての幸運、それがなかったら……。考えたくもねぇ」
「俺もそう思うよ。ちゃんと寝る場所があって、ちゃんと食べる物があって、ちゃんと着る洋服があって。"ただいま"って言ったら"お帰りなさい"って返してくれる人がいる。それがどれだけ幸せなことなのか。ーー幸せなんだよ、俺達って」
もしも、を脳裏に描き。その先にある自分達の姿を見たのかハヤトは表情を曇らせ。なぜか、語り口調のようになったテンが自分の幸せを噛み締めるように、或いは嘆くように語る。
どこか声色の変化を察したハヤトが横を向くと、テンは空を仰いでいた。顔から感情の消えた今の彼の心は読み取りづらい、その瞳に映る光景に何を思ってるのか。
ボーッとしているようにも見える彼は「ふぅー」と分かりやすく息を吐き、
「この二ヶ月、使用人として働いたりさ。騎士になるために魔法の鍛錬したり、魔獣の森にぶち込まれたり、ロズワールに半殺しにされたりと中々に非日常じみた激動の日々を送ってるけど。時々ふと、偶に我に帰るんだよ」
言葉を切るテンにハヤトは彼の言葉を黙って待つ人間になった。こういう時のテンは結構センチメンタルな雰囲気を纏っていることが多く、聞き手に回るハヤトはテンの横顔を見つめる。
何がきっかけで彼のスイッチが入ったかは微妙だが、こういう時だからこそ聞ける胸の内というものもある。
「今まで自分がどれだけ恵まれてたのか。一緒にいて安心できる家族が傍に居る、ただそれだけのことがどれだけ幸せなことなのか。もう二度と家族に会えないと思うと尚更、そう思える」
聞きながら頷くハヤトも同じだ。この世界に召喚されて早二ヶ月、色々とありすぎて偶に忘れることもあるが自分達は元々普通の人間。普通の生活を送ってきた一般人にはこの世界のルールは厳しすぎる。
そんな中で生きてくものだから必死なっていたが。ハヤトもある、部屋で横になって目を瞑っている時にふと思うのだ。ーー家族に会いたいと。
初めはアニメの世界に召喚されたことに感動したり、登場人物との交流が楽しすぎてそんな感情はなかったのに。仕事や鍛錬が落ち着いてきた今、ふとそんな感情がどうしようもなく湧いてくる夜がある。
友がいる。それだけで満足するべきなのにそう願いながら眠りにつく夜がある。あの世界に帰りたい、そう思ってしまう夜がある。良くないことなのかは分からないけど、家族を恋しく思うのは悪いことではないはず。
「お母さんの声が聞きたい。お父さんの顔が見たい。姉ちゃんと話がしたい。アニメの世界に召喚されたのは確かに嬉しいよ。だけど…、それは夢の話のままでも良かったかもね」
ロズワールに拾われ、レムやラム、エミリアにベアトリスといった物語において主要人物と関係を築けた。大豪邸に住まわせてもらって衣食住を安定して確保できている。自分に秘めれた力を磨く環境が整っている。
これらだけでも相当恵まれている人間のはずなのに、思ってしまう。それら全ての恵まれた要素を簡単に上回ってしまう願い一つのせいで、二人は今の状況に微かな不満を抱いてしまう。
「……叶うなら、帰りたいな。自分の家に」
言い、言葉を締めるテンは深く息を吐いた。溜め込んでいた感情を全て吐き出すようなそれは、いつにも増してゆっくり、深々としたものだった。何も無かった顔に表情が灯れば、彼は諦めるように切なく笑う。
いるはずもない家族を見るように空を仰ぎ、返されるわけもないのに口々に家族を呼んでいる。寂しそうに、悲しそうに、瞳から雫が垂れてしまいそうな雰囲気をテンは纏い始めた。
完全に自分の世界に入っているテン。彼を横にハヤトは何も言わない。ふとした瞬間を境に彼はこうなることが偶にあることを知っているハヤトは無言のまま、ただ頷くだけだ。
そうすれば、彼はそのうち戻ってくる。
「……なんか。ちょっとしんみりしちゃったね。感情に浸りすぎたかも。ぐちゃぐちゃな感情を適当に言っただけになっちゃってた。ごめん」
「構わん。お前の素直な気持ちが聞けて良かった。俺も偶にそう思うことはあるしな」
頬をパチンと叩くテンがそう言って頭を左右にぶんぶん振る。それまでの感情を振り落とす動作のそれにハヤトは真面目な表情。
自分の世界に入るテンは放っておけば勝手に戻ってくることをハヤトは知っているから過剰に反応するわけでもなく、彼は普通に言葉を返した。
同情も慰めもない。ただ、普通に返す。テンがそれらを求めればハヤトは応えるが、何も要求しなければそれ以上はない。それが二人のやり方なのだから。
「さてっ、暗い話はここまでにして。レムとラムの二人、遅いね。かれこれ十五分は経ってるけど」
柵から飛び降りるテンが地に足をつける。切り替えの早さには定評のある彼が視線を向ける先、そこに存在しているのは二人が論文を届けに入っていった近衛騎士団詰所。
そもそも今二人がどこにいるのかというと。二人は王城の手前にある広場、噴水や銅像などが飾られた観賞用のスペースとも言えるその場所にいた。
なぜ、そこにいるかというと。近衛騎士団詰所は王城の隣に独立しており、その中に入っていったレムとラムを待っているからだ。その間に王城鑑賞や景色を楽しんでいたわけだが。
「わけだが、流石に遅くね?」
「さぁな。なんか手続きとかあんじゃねぇの」
テンも言った通り、二人を待ち続けてかれこれ十五分が経つ。ロズワールの論文を届けるだけのはずだが、衛兵の詰所を通る時のような手続きとかがあるのだろうか。扉から二人が出てくる気配はない。
その辺の知識は皆無の二人。前の世界を当てにするなら書類の申請は早くて五分、遅くても十分には終わるはず。なら、この待ち時間はなんなのか。
「ーーーー」
「ーーーー」
特にやることが無くなったテンが降りた柵に再び腰掛け、ハヤトも柵に背中をもたれた。それからそよ風が頬を下から上に撫で、空へと向かう風を追うように揃った動きで空を見上げる。
こうして無言になると聞こえてくるのは噴水から流れる水の音や、過ぎ去る高貴そうな貴族達の話し声。平和そのもののような風景が広がり、のどかな雰囲気に身を委ねる二人は意識を空の海に漂わせた。
これは嫌いではない。何も考えずにぼーっとしていると不思議とリラックスできる。が、それが続くのはテンだけで、空の海から漂わせていた意識を戻したハヤトはテンを見る。
相変わらず何考えてるのか分からない表情である。否、考えているのかすらも分からない彼に「ふっ」とハヤトは小さく鼻を鳴らした。
それから、ふと詰所を見ると「なぁ」とテンの意識の半分を自分に向けさせる。
「本当にあの中にラインハルトとユリウスがいるのか?」
「非番じゃなけりゃ居るんじゃない?」
「だとしたら会ってみてぇな」
公式公認のチート、ラインハルト。そして近衛騎士団の中で五本の指に入る実力者のユリウス。アニメにおいて主要人物であるその二人があの扉の向こう側にいると思うと今直ぐにでも会ってみたいハヤト。
感動するだろう。それこそ、初めてロズワール邸の住民と遭遇した時と同じくらいに。少なくとも、あの時よりかは心構えができているからはっちゃけることはないだろうが、それでも目を奪われてしまいそうな予感がした。
そう思うと、
「あぁ……、フェルトに会いてぇな。彼女も王都のどっかにいるはずだし。なんなら今直ぐにでも貧民街に突撃してもいいくらいだ」
クルリと身を回すハヤトが切実な思いを語り、振り返る。柵に手を乗せる彼はそこから見える貧民街を見下ろした。
陽の当たるこの場所とは違い、雰囲気が全体的に陰っているその場所を見つめる瞳にはいつになく淡い赤色の炎がゆらめいている。
そんな珍しい様子にテンは、不意に思い出した。否、再認識した。隠すことなくハヤトはフェルト推しであると。
子ども好きである彼に彼女の容姿はドストライクだったようで、その存在と同じ空の下にいる思うだけで彼は興奮している。果たして彼の「推し」が「好き」であることに繋がるかどうかはテンには分からないが。
「……会いにいく?」
「マジか!?」
「冗談だよ。目的が終わったら帰るだろ」
「だよなぁ……。くそぉーー!」
冗談混じりに言っただけでこの食いつき様。飼い主の「散歩行く?」に食いつく犬のような彼はまさか、ライクではなくラブの方で推しなのではと勘違いしてしまうテンだった。
「うぉー!」とか「うがぁー!」などと悔しさの擬音を空へと放つハヤト。口から発せられるそれらは彼の程度をよく表している。音もなくテンは彼から距離を取った。隣でそれをされると周りの視線が痛い。
そうして一通り発散したハヤトは「てかよ」と話題の転換。離れた分だけ近づく彼はテンに食い気味に詰め寄り、
「今って原作ではどの辺りなんだ?」
「今更かよ……」
フェルトから連想したのだろうか。藪から棒な現状確認に呆れ半分のため息をつくテンは漂わせていた意識を空から戻すと、
「まだ原作開始前に決まってるでしょ。そうでなきゃもっと忙しいはずだし、なによりスバルがまだ来てないじゃない」
「確かに…。んじゃ、スバルが来るのはいつなんだ?」
「知らね」
「急に頭悪くなったな」
澄まし顔で知らないことを言い切るテンにハヤトは苦笑して前に転ける。そのずっこけるような動作をした彼に「だって知らないものは知らないんだもーん」と適当にテンは返した。
実際のところ、今のテンには現時点が原作開始前ということしか分からない。スバルがいつこの世界に召喚されるのかなんて検討もつかず、唯一分かるのは王選が始まる約一ヶ月前にスバルが来たことくらいだ。
となると、
「逆算すれば分かるかな?」
王選開始日が分かればそこから逆算。その約一ヶ月前が原作開始日付近という事になることにテンは気づく。真面目に考えれば簡単に分かることだった。
「なんか分かったんか?」
ふと、ハヤトに胸をノックて少しだけ考えていたことに気づくテン。彼ははっとしたような表情を浮かべる。顔まで俯いていたらしい、持ち上げると不思議そうに首を傾けているハヤトと目が合う。
側から見ても彼が考えていたことが分かるのか、ハヤトの問いかけに「うん」とテンは軽く頷き、
「原作開始日は分からないけど。王選開始日の約一ヶ月前くらいにスバルが屋敷に来てたなぁって思ってさ。なら、その日から逆算すれば多少の検討はつくのではと」
「つまり…、王選の開始日から一ヶ月前がその日ってことか?」
「そゆこと。多分ね」
「なるほどな」
短時間で導き出したテンの考えに納得の声を漏らすハヤト。言われてみれば、そんな気がしなくもない。正直な話、時間軸に関してハヤトの知識は皆無に等しく、この先その辺りはテンに頼りっきりになってしまいそうな感じだった。
尤も、それ以外では頑張るつもりだ。知識面では貢献できなくても彼の知識を基に迫る敵を薙ぎ倒すことはできる。
「にしても。原作開始…、原作開始かぁ……!」
原作開始。その言葉を聞いてハヤトが胸の高鳴りを抑えられるわけがない。原作が開始することはアニメの主人公が現れることを意味し、同時に原作の物語が時を刻み始めることを意味する。
画面の中だけだった物語が目の前に。それだけではない、その物語に自分も加わることができる。そう思うだけで感動のあまりに涙が出てきそうだ。
腸狩りエルザ、呪い持ちの魔獣、ペテルギウス、白鯨、魔女教徒。挙げれば挙げるほど出てくる死闘の数々。まさか、自分もその相手達と戦える日が来るとは夢にも思わなかった。
「原作開始ね……。はぁ」
原作開始。その言葉を聞いてテンが速る胸の鼓動を抑えられるわけがない。原作が開始することはつまり、自分達の本当の戦いーー生き残りを懸けた戦いが始まることを意味し。
騎士である自分達はその最前線で戦わなければならないはずだ。イカれ女に、呪術、魔女教徒、大罪司教に白鯨。ぶっ壊れた連中と剣を交えることが必ずあるはずだ。
それだけではない。本家では死に戻ることを前提とした鬱展開が用意されており。まさか、自分もそれに巻き込まれるとは夢にも思わなかった。画面の中だけでお腹いっぱいである。
「楽しそうだな!」
「楽しそうだなぁ……」
目をキラキラ光らせるハヤトと、どこか遠い目をするテンが同じ言葉を同時に吐く。言葉としては同じ意味合いのそれだが、片方は期待に思いを馳せる風に、もう片方は悟るような風に聞こえるのはなぜなのか。
期待しかないハヤトと不安しかないテン。捉え方が真逆の二人は目を合わせると、力強く頷き合う。
「もっと強くなろうな、テン!」
「そうね。最低限、エルザと戦える程度に」
「おうさ! ぶっ飛ばしてやるよ!」
「頼んだよ。俺は端っこの方で応援してる」
前しか見ないハヤトの頼もしい発言。不思議と彼ならエルザを倒してしまうのではないかと思わされるテンは謎の安心感に頬をふわりと緩ませる。
ハヤトがいるなら大丈夫。そんな言葉がストンと心に降りてくるのは、きっと気のせいではない。それ程までに、彼の発言には言い表せられない力があって。
「お前も戦うんだよ」と笑いながら小突くハヤトを見ていると、心から頼もしく思えたテン。彼は「分かってる」と笑い返した。
「二人で、だもんね」
「おう。二人で、だぜ」
二人で強くなろう、切磋琢磨しよう。
初めにハヤトがテンに告げたことだ。自分一人で何とかするのではなく二人で頑張る。そうやって頑張ろうと決めたのだから。何があっても二人の力を合わせて乗り越えてみせる。そう固く決意した。
きっと、原作は二人が想像している以上に過酷になるのだろう。そんなことなど全く気にしないハヤトも、気にするテンも。傷付き、膝を折ってしまう瞬間がきてしまうかもしれない。
でも、二人なら乗り越えられると。根拠のない自信が二人の中にはあった。否、根拠なんてものは不必要だ。乗り越えられる、それだけの自信があればそれでよかった。
と、
「あ、出てきたぞ」
「そうね……。なんか、呼んでる?」
二人して原作へと思いを馳せていたところで不意に詰所の扉が開き、エプロンドレスの青色と赤色ーーレムとラム。彼女達がその中から出てきた。
それだけではなく。目を細めるテンが彼女達を注視すると、ラムが手招きをしている動作が窺える。どんな了見だろうかとテンは「ん?」と喉を鳴らすが、ハヤトは「行くぞ」と歩き出す。
深く考える人とそうでない人の行動の違いが分かりやすく表れる一場面だが。決まってハヤトについていくテンは腰掛けていた柵から飛び降り、彼の後を追った。
数十秒とかからずに二人の元へと到着した二人。対するラムの第一声は、
「……ちゃんといた。てっきりその辺でも歩き回ってるのかと思ってた」
「ハヤトじゃあるまいし」
「その話、詳しく聞こうか」
ラムの軽口に冗談混じりにテンが返し、真に受けたハヤトがテンに詰め寄る。それを片手で制するテンは「それで」と繋げて、
「だいぶ遅かったね。何かあったの?」
「はい。それなんですが、単刀直入に申しますと」
問いかけの返答はラムの隣にいるレム。「何もありませんよ?」と言わないところ、何かしらの問題が発生したと分かるテンは彼女の言葉を待ち。
それを察したのか、レムは口を開いて言った。
「レム達は今から二時間程度、貴族街から出ることを禁止されました」
王都遠足編も真ん中あたりまで来ました。これを乗り越えたらこの物語も終盤に差し掛かるか、という感じです。
あ、そうそう。短編のお話を書くために皆さんからご要望を募ることにしました。私一人の妄想だとパターンが統一化されてしまうので、味気ないものに……。
しれっと活動報告にてスペースを設けましたので、「こんなお話が見てみたい!」みたいなのがありましたら書き残してくれるとありがたいです。条件としては日常系でお願いします。
要望が一件もこない未来が作者には薄く視えてますが、これも一つの挑戦としてやってみようと思います。