前回はハヤトとレムのお話だったので。今回はもう一組のお話しを。
喫茶店にてハヤトとレムが恋愛相談に花を咲かせている頃、とある繁華街では一人の少女が一人の青年を至る所に連れ回していた。
一つの場所が終わればまた次の場所へ、そこで優雅に時間を過ごせば次の場所へと、止まることなく少女は青年の所持金を削っていく。
目に止まる店があれば手当たり次第に突入、「あれが食べたい、これが食べたい」と青年に奢りを要求する少女には一切の遠慮がない。否、遠慮などするまでもないと考えている。
恐ろしいことにその殆どが甘いもの系統、二次元の女性は甘いものが無限に食べれると話には聞いていたが実際に前にすると中々に戦慄させられるものがあった。
隠すことなく少女はラム、連れ回される青年はテン。その二人は貴族の嗜みである繁華街を食べ歩きするように歩き回っていた。否、それはラムに限った話。テンは連れ回されるもとい、振り回されていた。
回った店は驚愕の八店舗。ケークやらパーフェイやらと聞き覚えのあるスイーツは名前の通り、故郷で言うところのケーキとパフェ。他にも定番と言えるそれらを、食べ比べてもしてるのかと聞きたくなる程に彼女は堪能していた。
対照的に甘いものは人並みでしか食べれないテンはどちらかと言うと金額の方に戦慄するばかり。
二人のやり取りをダイジェストして振り返ると、
「流石は貴族の嗜みね。ロズワール様に献上してもいいくらいだわ」
「銀貨六枚、三千円……。それに一口サイズ? コスパなめてんの?」
「分かってないわね。ケークはこの大きさがちょうどいいの。食べないならラムが食べるけど」
「だめだ。三千円は俺が食べる」
「銀貨十枚ってことは、五千円だから金貨が一枚分で……。パフェが五千円? 貴族の方々って金銭感覚トチ狂ってんの? つか、小さいな」
「思考が平民のあなたには理解できないでしょうね。ラムのような貴族の嗜みは。食べないならラムが食べるけど」
「まだいける。五千円は渡さない」
「なんで高々ケーキ一つで金貨二枚、一万もかかるんだよ。頭おかしいって、数秒なんだよ? 口の中に入れて数秒で溶けるんだよ?」
「金銭的な話はやめてちょうだい。ケークが不味くなる。まぁ、代金を支払うのはテンテンだからラムには関係ないけど」
「お前、容赦ないな。分かりました、分かりましたよ。ほら、俺のもあげるからこれで勘弁して」
などと、丁寧にスイーツを堪能するラムの前で金額に戦慄し続けるテンが最終的に投げやりになる過程がよく理解できる。彼を悩ませたのは金額だけではない、スイーツの大きさに関してもだ。
恐ろしいことにパーフェイはテンが見慣れたものの半分よりも小さく、ケークに至ってはたったの一口サイズという。金額に対して量が割に合ってないものだった。
そのため、何個でも食べれるラムは八店舗という驚愕の数字を叩き出したのだ。徐々に軽くなっていく通貨の入った革袋を感じて、テンが呆れたのは言うまでもない。
けど、得られた事もある。
ラムの新しい一面、甘い物が割と好みだという事が分かった。張り付いたような毒舌も甘い物の前では緩和され、いつもより優しくなった彼女が僅かに頬を緩ませていたのは側で見ていたテンしか知らないこと。
そんなこんながあって約一時間が過ぎた。
「ベアトリスが好きそうな茶菓子…。あいつの好みとか知らねー、ハヤトに聞くべきだったな」
「精霊だとしても味覚は人並みよ、世間一般の味覚を頼りに選ぶ方が安全ね」
ずらりと並ぶ箱詰めになった茶菓子と睨めっこするテンとラム。横一列に並ぶそれらは甘いものからそうでないものと多種多様。それ以外にも、辺りはお土産らしい特産品が並べてある。
現在、ラムの欲を満たしたテンは道ゆく人に聞き回った結果。茶菓子の購入は特産品などが購入できるお土産店が良いとの情報を得てそのお店へと足を運んでいた。
一応、一通り店内を歩き回ったが。お土産店だけあってアクセサリーや御守りなど、中には宝石まで置いてあった。茶菓子が置いてあるのその店の一角。吊り看板に「茶菓子」と書かれた場所にずらりと並んでいる。
値段に関してはもう気にしない。自分のお給金が無くなろうとも別に死ぬわけではないから、無視すればいいのだ。
「お給金もまだ残ってるし。良かったね、俺が全部持ち歩いてて。お陰で根こそぎ持っていかれそうな勢いだよ」
お給金。屋敷で使用人として働き始めてから頂いた二ヶ月分のお給料。騎士として鍛錬する分も上乗せされたそれには、それなりの金額が入っていて、軽くテンとハヤトは戦慄させられたものだ。
預金積立のシステムがない異世界では数字での確認はできないが、実はこっそり小金持ちになっているのが現状の二人。ただし、本人達には知らされていない形ではあるが。
尤も、仮の数字として通貨を表現するテンはその金額にも気づいている。軽く十万は超えるお給金の異様さに。軽く、そう軽く十万を超えるのが二ヶ月。
たった二ヶ月で貴族街でお買い物ができるお給金とは、バイトをしていた時代が随分と遠いものに感じた。
「茶菓子…。なんかもう、適当な詰め合わせを大量に買えばいいか。そうすれば好き嫌いがあっても文句は言われないでしょ」
「あら、お金使いの荒いこと。ラムは構わないけど、それだとテンテンの膨れてた革袋が平べったくなっちゃうわよ」
「誰かさんのせいで既に平べったいよ」
言いながら、買い物カゴにビスケット等の茶菓子が詰め合わせになった箱を三つほどテンは入れる。それぞれが別のものだから仮に嫌いなものがあったとしても取り替えができる安全な道を彼は選んだ。
しかし、このままだとラムの言う通り、テンの革袋の中身がかなり寂しいことに。小金持ちだったはずの彼はお小遣い程度の貯蓄に成り下がってしまう。
懸念するラムに、しかしテンは「別に良いさ」と言いながら会計の人がいる場所に足を進めた。横に並んで歩いてくる彼女に彼は「ふっ」と息を吐いて笑うと、
「使う事も、物も、人も居ないんだから。それにお給金に関してはあんまり重要だとは思ってないし、無くなったって構わないよ」
「自分のために使おうとは思わないの?」
「例えば?」
「衣服、装飾品、なんでもいいわ。物欲を満たすために使えば良いじゃない。下っ端とは言えど、働いた分は相応の見返りを求めてもいいとラムは思うけど」
繁華街に来た時と比べて大分寂しくなったテンの革袋を見たせいか、ほんの少しだけ、一握り程度の罪悪感が心に生まれたラム。彼女は今更すぎる発言をテンに投げかける。
二人の前に並ぶのは一人。今なら、列から外れてもっと別のことに自分のお金を使った方がいい。そんなことを思うラムがテンの左手をちょんちょんと引っ張り、「外に出ましょう」の意思表示。
しかし遅い、既にテンは前に進んでいる。革袋から残った分の所持金の全てをギプスをはめた右手の平に乗っけている。
ガン無視されたラム。途端に表情を曇らせる彼女だが、そんな彼女にテンはのほほんとした様子で言った。
「ベアトリスが喜んでくれたら、それで満足」
▲▽▲▽▲▽▲
結局、ベアトリスとの約束を果たすための茶菓子を購入したのはハヤト達と分かれてから約一時間半を過ぎた頃だった。
茶菓子に使った時間が数分に対して、ラムに使った時間が数時間。元々の目的よりもラムの欲を満たすために動いた方が使った時間が長いという、何のためにここに来たのかと改めて自問自答したいテン。
そんなこんなで、彼の所持金は。
「残ったのは聖金貨二枚。これが俺の全財産ですわ。いやぁ、使ったねー。まさか一日でほぼ削られるとは思わなかった。楽しかった楽しかった」
「これが貴族の日常よ。感想は?」
「もう二度とこんな場所来てたまるか」
革袋を羽織のポケットに捩じ込んだテンが代わりに取り出したのは、鳳凰のような生き物が描かれた聖金貨二枚。我ながら相当な豪遊をしてしまったと彼は思う。
その大半は隣のラム。購入した茶菓子の詰め合わせが三箱入った袋を両手で抱える彼女は「せめて荷物は持ってあげる。今日のお礼よ」と言って荷物持ちをしてくれた。
割に合わなさすぎると思う。豪遊した、否、豪遊させられたのも彼女が原因だし、そもそも奢らされる事自体が理不尽な理由でしかない。悪いのは全てあの盗賊たちだ、あの連中さえいなければ何事もなく進んでいたはずだっただろう。
ーーまぁ、でも。
「ラム」
「なに?」
「楽しかった?」
「それなりには」
「そう。なら良かった」
とんとん拍子で交わされるやりとりに、テンは嬉しそうに頬を緩める。全財産がほぼ失われた人間にしては随分と余裕そうな表情な彼は残った二枚の感触を確かめるように握りしめた。
確かにお金は無くなった。けど、ラムが楽しんでくれたならそれでテンは十分。どうせ使う事も、物も、人もいない。なら自分のやりたいように、或いは誰かのやりたいように使うのも一つの選択肢だ。
それに、溜め込んでいても仕方ない。使える時に一気に使うのがテンのやり方。そのせいで一日に数十万の富が溶けていったわけだが。
「それで、これからどうするの?」
「どうするって聞かれてもね。時間まで暇だよ」
店から出た二人は特にする事もなく繁華街をぶらついている。やりたいことを終えたテンと、甘い物を食べたいだけ食べ終えたラム。どちらも目的としていたことを達したことで暇しているのだ。
流れる街並みを見ながら、宛もなくぶらぶらと歩く二人。ふと、隣を見たテンは真横を歩くラムの姿が目に映る。
随分と満足そうな表情をしていた。
こんな表情を見たのは初めてだ。いつもなら張り付いたような嘲笑した笑みと一緒に「ハッ」が飛んでくるが今回は一度も無い。流石甘い物パワー、恐るべし。
ーーやっぱり、双子なんだ。
彼女の横顔を見ていたテンの脳裏に不意にレムの横顔が過る。どうしてだろうか、今のラムの表情とレムの表情はどこか重なってしまう部分があって。
もちろん、双子だからというのもある。けど、それ以外にも今のラムの纏う雰囲気がいつものレム似ているというかなんというか。言葉に言い表せない和らいだ雰囲気がある。
「そんなにジロジロ見ないで。食べたものが上がってきそうになる」
「遠回しに気持ち悪いって言ってない?」
ーー前言撤回、やっぱりラムはラムだった。
テンの視線に気づいたラムは相変わらず口が悪く、態度も辛辣なもの。纏っていた和らいだ雰囲気が風と共に消失する気配にテンは苦笑するしかない。
と、
「ーー?」
苦笑するテンの視線が目についたそれに止まれば、準ずるように足も立ち止まる。振り向いたラムが異変に気付いて彼の視線を辿れば、目の前にはガラスケースの中に装飾品が展示されていた。
装飾品店。詳しい名前は知らないが安直な名前をつけるならそれが当てはまるお店だった。まさか、テンが装飾品に興味があるのかとラムは彼のことを凝視。そも、物欲のカケラも無い彼が装飾品を買うのだろうかと。
横からの疑いの眼差しに気づかないテンは握りしめた聖金貨二枚を見る。残り少ない全財産、普通ならば大事に扱おうと思うところだが。
「この際だから、全部使っちゃおっか」
ニヤリと笑い、残る財産を握りしめ、普通から少し外れたテンはそう言って店の扉を開けた。
▲▽▲▽▲▽▲
「本当に良かったの?」
「いいのいいの。俺の使いたいように使うの」
それは装飾品店に入ってから数十分、買い物を終え、店中から出てきた二人の会話であった。王都に来てから一番満足そうな表情をしているテンと。対照的に少し不満そう、と言うより不思議そうな表情のラム。
その理由はテンが左腕で抱えた紙袋。大事そうに握りしめていたはずの全財産は手の中から離れ、代わりにそれが財産よりも大事そうに抱えられている。
彼は全てを使ってでも紙袋の中身を購入した。ただ購入しただけならラムも何も思わないが、彼女を不思議な気持ちにさせるのは中身の内容だ。
扉につけられたベルの音が鼓膜の中で静かに反響する中、顔を覗き込んでくるラムにテンは頬の力が緩むように「ふっ」と笑み、
「だから言ってるでしょ。使う事も、物も、人もいないんだから使える時に一気に使う。俺は満足してるしさ」
言い、約束の時間が迫ってきたため近衛騎士団詰所へと足を進め出したテンの背中をラムは追う。心なしかその後ろ姿が先程よりも活気づいているように見えるのは、きっとラムの気のせい。
しかし、ラムは本当に不思議だった。だって紙袋の中にあるのは三つのブレスレット、それもラムとレムとエミリアのために購入したものなのだから。
店内に入った時に自分の手首の長さを聞かれたのは少し驚いたが、教えるやいなやテンは合いそうなものを「あれでもない、これでもない」と探し回り、結局は「三人に腕輪を買おうと思うだけど、どれが良い?」と楽しそうに聞いてきた。
三人の中にテンの名前は無かった。否、あの様子は考えてすらいないのだろうラムは思う。彼の行動には自分がいない。必ず自分以外の誰かが中心にいる。
ベアトリスの時も彼女が喜んでくれたら満足と彼は語っていたし。自分よりも周りの人を優先し、それが自分にとっての一番だとでも彼は言いたいのか。
ラムの助言もあって三人の腕輪を購入したテンは見事に財産を使い果たした。こうなってしまうと自分の行動に罪悪感が生まれてしまうラムだが、自分に対して珍しく罪悪感が生まれている彼女のことなどテンは知らない。
彼は「じゃあ、はい」と紙袋の中から小箱を一個取り出すーーはずが、右手が骨折しているため取り出せずにおたおた。そんな様子を見ているとラムは罪悪感が消えていくような感じがした。
何故だろう。楽しそうなテンを見たせいだ。
「贈り物の一つも自分の手で渡せないのね、男以前に人としてどうなの」
「これは俺のせいじゃない、ハヤトが悪い」
いつもの毒舌と共に紙袋の中に細い腕が伸びてくる。白、青、桃と分かりやすく色分けされた小箱はどれが誰のものなのかなど一目瞭然。探るように手首を動かすラムはその中の一つ、桃色の小箱を指で掴んで引き上げた。
茶菓子の入った紙袋を腕にかけるラム。彼女は「早く付けてよ」とでも言ってきそうなテンの視線を流すと、無言で箱を開ける。
中には、円周に米粒程度の桃色と白色の透き通った宝石が交互に嵌め込まれた腕輪が一つ。太陽の光で輝くそれは貴族が飾る物の他にない。
「シンプル・イズ・ベスト。単純な作りこそが最高だと。俺とは違って選ぶ物のセンスが違ぇや」
「当然よ。ラムの目に狂いはないわ」
得意げに鼻を鳴らし、テンとは格が違うことを見せつけたラム。ラムへの贈り物を当人に選ばせるのはどうかと思うが、腕輪に免じて許すことに。サイズもちょうどいい。付けていて問題ない。
左手首に付け、自慢するように見せつけるとテンは「うん、似合ってる」と素直に褒めてくれた。当たり前だとも、ラムが自分で選んだのだから。
「これならレムとエミリアのも大丈夫そうだね。日頃の感謝を込めて、俺からのささやかなお礼の品でございますって」
「下心が丸見えね。投げ捨てようかしら」
「なんでそうなるのさ。ほんと、これでも感謝してるんだよ? ラムにもレムにもエミリアにも」
「なら、贈り物くらい自分の目で選びなさい。贈る相手に選ばせて、贈り物になんの意味があるというの。感動のひとつもないわ」
甘い物パワーが薄れてきたか、毒舌の切れ味が戻ってきたラムのめった斬りに、テンは痛いところを突かれたとばかりに胸を押さえる。ぐうの音も出ない彼は小さく息を吐いた。相変わらずの手厳しさに何も言えない。
「まぁでも」
続けるようにラムが一言。
立ち止まる彼女に振り向くーーテンはそこに一輪の可憐な桃色の花を見た。
風に撫でられた前髪が、花びらの舞いを思わせて。不意に浮かんだ笑みが、美しく咲き誇る花を幻視させて。
姿勢を正した彼女の唇が柔らかく解け、ふわりと優しく微笑み、赤色の瞳が一直線にテンの瞳を射抜いて。
「ありがとう。感謝の気持ち、確かに受け取ったわ」
ーーずるいなぁ
そんな感想を抱き、テンもまた「どういたしまして」と短く返したのだった。
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長かったか、短かったか。どちらかと言えばものすごく短く感じた二時間を有意義に過ごした二人と二人。
レムはテンの事をハヤトから事細かく聞き出し、ハヤトはそんなレムの楽しそうな笑みを見ながら楽しそうだったり。
ラムは甘い物を堪能、更には装飾品まで手に入れて満足、テンは振り回された挙句全財産が全て溶けた。
明らかに一人、変なのが混じっているが、その変なのも満足したような様子。結果として全員が満足する二時間となった。普段からお屋敷の仕事ばかり、たまにはこのような機会があってもいいだろう。
そして現在。二人と二人は合流していた。
合流して一番初めに思ったことは互いに同じだった。別れた時と比べるとどちらも手荷物を持っていること。ハヤトは片手からぶら下げ、レムは大事そうに抱えられた紙袋があった。
どうやら向こうは向こうで買い物をしていたらしい。
「やる事は同じだったか。それはなに?」
「これか? ベアトリスへの土産だ」
そう言って取り出した小箱の中には薔薇の形をした髪飾りが入っていた。色合いも彼女に似せたのか、紅色と一体感のあるもの。付ける姿を見れるかどうかは置いといて似合いそうだった。
流石ハヤト、テンと違って女性経験があるだけはある。贈り物も自分だけの力で選んでいた。
「で、お前は?」
小箱が傷付かないように紙袋の中へと入れるハヤトがテンに問い返すと、彼はテンとラムの二人を見た。テンだけではなく彼女も買い物をしたのかと思うと、気になるところ。
そんな疑問を解消するようにテンはレムと話しているラムを親指で指差し、
「ラムは俺の荷物持ち。あん中には茶菓子が入ってる」
「ラムが荷物持ちって、そんなことあるのか?」
「甘い物食べた女性は緩くもなるよねってお話」
と、ポケットの中に手を突っ込むテンが取り出したのは革袋。ポイと投げられ、空いた手で受け取った瞬間、質量が感じないことにハヤトの表情が戦慄に固まる。
王都に来る前は「全部持ってこー」とか呑気に話していたのを鮮明に覚えている。全部、そう全部。二ヶ月間のお給金を全部が手に乗っている革袋の中に入っているーーはずだった。
不意にテンがラムに何かを奢る話が脳裏に過ると
ハヤトは全てを察した。いっそ清々しいまでの笑みを浮かべるテンはこの二時間でーー、
「……全部、持ってかれた?」
「ベアトリスのとコレで二割。残りの八割はラムに奢ったために溶けてった」
「おわぁ」
口から変な効果音が出てきたハヤト、彼は思わず投げ渡された革袋を落とした。地面に落ちるも、金属的な音はしない、本当にすっからかんになっている。
まさかとは思ったが。冗談抜きで財布を空にするとは、驚き通り越して恐ろしい。ならつまり、ラムが荷物持ちをしてる理由というのは。
「奢ったお返しに荷物持ちを?」
「そうっぽい。優しいよね、ラム」
「お前、頭おかしくなってんぞ!?」
「彼女が楽しそうだったし。俺は満足」
「全部だぞ!? お金、全部使ったんだよ!?」
「別に使わないし」
「そっか。コイツ元からおかしかったんだ!」
ハヤトがテンのイカれ度合いを再認識していた時、その側でレムとラムもまた二時間の報告をしていた。話の中心はもちろん、テンの事である。
「レム。テンテンについて聞きたい事は聞けた?」
「はい、姉様。ハヤト君に隅から隅まで、事細かく聞きました」
満足そうに頷くレム。詰所でこの事を相談されたときはどうしたものかと思ったラムだが、レムの満足そうな表情が見れたなら間違った選択ではなかったと思えた。
それに、テンの事も少し理解できた。
今日知ることのできた新しいテンの一面。彼は損得無しに、費用対効果関係無しに、自分のしたことで誰かが喜んでくれるなら迷いなくそれを選択する人間。自分のことは蚊帳の外、けれど誰かのことがいつも中心で。
人が良すぎる、そう言えなくもない。けれど彼はそれとは違う、人が良いのではない。自分のことがどうでもいいのだ。興味の一つもない。
前々から「俺なんてーー」と言う場面は多々あったから薄々勘づいてはいた。けど、今回ので確定した。彼は自分のことを雑に扱いすぎている。その代わりとして他の誰かを大切に扱うと。
誰かのためにーー。それが彼の行動理念だ。
「……ラムの勘違いだったら嬉しいんだけどね」
ハヤトと親しげに話すテンを見ると、それまで考えていたことが全て自分の勘違い、深読みであってほしいとラムは思う。あの笑顔の裏側にそんな一面が隠れているだなんて。そんなのーー、
「姉様、どうかされました?」
「……いえ、なんでもない」
不意の呼びかけに思考を遮断、感傷を切り捨てるラムは頭を軽く振る。レムに悟られるわけにはいかないと「それよりも」とラムは口早に繋げて、
「その紙袋の中には何が入ってるの? 大事そうに抱えているけど」
視線を向けたのはレムが抱えた小さな紙袋。大きな物が入っているわけではないと思えるそれにラムは首を傾げる。
途端、頬をほのかに赤くするレムがテンの事を見た。ーーそれ一つでラムは察した。レムという妹を持つ姉のラムには、妹の買い物が誰のためのものなのか、一瞬で分かった。
同じことをしていた、テンもレムも。テンは三人にだがやってることは同じ。両方が両方に贈り物を買ったと。偶然か、或いは必然か。いや、偶然だろう。
ラムからすれば嬉しい変化だった。今まで何かに取り憑かれたように、何かに逃げるように仕事だけに打ち込んできたレムが、誰かに贈り物を渡す日が来るとは思わなかった。
唯一嬉しくないのは、その相手がテンである前に鈍感であることだが。取り敢えず今は置いておくとして。「そう、分かったわ」と全てを理解したラムはレムに微笑むと、
「レム。今日の夜は部屋で待ってなさい」
「え?」
「道はラムが作るから。その後は、頑張って」
数秒間、ポカンとしていたが。意図を察したレムが笑顔を弾けさせる。意気込むように可愛らしくガッツポーズ。
そんなレムの新しい一面を見られたラムもまた、優しく口元を緩ませた。
次回はタイトルが全てを物語ってるシリーズです。