原作の流れを辿りすぎて「原作通りすぎてつまらない」という感想をいただく夢を見ました。予知夢、というやつでしょうかね。
この世界に来てテンが感じたこと。
それは、知らないふりをすることの難しさだ。原作の知識で大方理解はしていたとしても、向こう側からすればどうして知っているのか理解ができない知識がほとんどで。
仮に、自分しか知るはずのない秘密を突如として現れた身元不明の
そう思われたが最後、説明のつかない真実に頭を悩ませることになる。故に、その知識はテンとハヤトの二人しかいない空間以外では口から絶対に発してはならない禁忌として扱われる。
そして今、自分の置かれた状況を理解したテンは『何も知らない人間』の中に含まれる『世間知らずな人間』を完璧に貫き通してみせた。ロズワールが何者なのか、国の状況がどうなっているのか、最後にエミリアが王候補者であること。
それら全てを彼らの口から発させたことで『世間知らずな人間』のふりをする必要はなくなり、色々と思考を回す必要もまたなくなった。
ーーこれでやっと心が楽になる。
テンの心情である。「へぇ、そうなんだぁ」と表情筋に驚きの感情よりも満遍の笑みを全面的に押し出す彼は晴れ晴れとした様子だった。
「あれぇ? あんまり驚いていなかったりしちゃう? このわぁーたしの正体を当てただじゃなくて、エミリア様の正体も「実は分かってました」とか言っちゃったりするのかぁーな?」
「いぇ? まさか、今知りました。ロズワールさんの場合はほぼ当てずっぽうですし、流石にそこまで分かるわけないですよ」
はい、もちろん。と先ほどよりも自然体となったテンがロズワールに笑みを浮かべる。緊張の和らいだ頬がほわりと崩れたそれはロズワールが初めて見た安心したような表情。
何が彼を焦らせていたのか。その原因が解消されたなら結構。己の中でそう区切りをつけるロズワール。彼はふと、自分達とは別の会話を耳に入れる。ハヤトとエミリア、その二人の会話だ。
自らが王候補者である事を明かしたエミリアが何やら紋章のようなものを掌に乗せて、椅子から立ち上がったハヤトが背中からそれを覗き込んでいる。
「アレがなんだか分かるかい?」
「ん。アレとは?」
緩む気持ちをさっと締めるテンが気持ちを切り替える。安心、安堵。それに属する感情が心を満たしていたが、一旦切り捨てた彼はロズワールの視線を辿り、ハヤトが見ている紋章を目に入れた。
はっ、と一呼吸。それで完全に心に緊張感を張り直すと、
「アレはなんですか?」
「気持ちの切り替え早いねぇ、君。そういうの、私は嫌いじゃないよ」
そうですか。と軽口を挟んでくるロズワールを受け流すテンはエミリアの持つ徽章を遠目でまじまじと見つめる。気を利かせたのか、エミリアが人差し指と親指で摘んで見えやすくしてくれた。
中心に赤色の宝珠が嵌め込まれた三角形の紋章。表面に描かれた絵はどことなく竜の顔面を彷彿とさせるそれ。間違いなく、原作初めに彼女が盗まれたものだ。
テンの視線が徽章に移ったのを確認したロズワール。彼は数秒ほど時間をおいて話し出した。
「竜はルグニカの紋章を示しているんだ。『親竜王国ルグニカ』なぁんて、えらく大仰に呼ばれていてねぇ。言っちゃえばこの国のシンボルのようなもの。中でも、その徽章はとびきり大事だ」
「なぁにせ」と言葉を切り、一間置いたロズワール。それから目線でエミリアに続きを催促すると、促されるように彼女は見せつけた紋章を片手で包み、
「王選参加者の資格。ーーその者がルグニカ王国を背負うに足る器であるか、それを確かめる試金石なの」
言葉を継ぐようにエミリアが締める。手の平で窓から差し込む光を反射させて眩く光る紋章に何を思うのか、彼女は疲労感を思わせる吐息を一つ。
同時、一つの流れをバッサリと遮断する言葉に別の意味でテンが息をつき。ハヤトが「エミリアは王様になるかもなのか。すげぇな」とテンには一瞬でバレる演技。
三人の反応が瞬時に起こり、それを終わりにテンの怒涛の質問タイムは自然と一区切りつき、
「他に何かあるかい?」
「いえ、特には。ありがとうございました」
その会話を最後に質問タイムは完全に終了する。質問権をテン自身がロズワールに返したことで数分間にわたる地獄のような時間は静かに幕を閉じた。
国の状況、エミリアの正体、ロズワールの正体。聞きたいことは聞けた。これで、知らないふりを装わなくても良い。あとはここからどう展開していくか、だが。
そんな事を考えていた時だ。
「テン君。先程から君ばかり私に質問していては割に合わない。私からも君に質問したいことがあるのだが、勿論。答えてくれるよねーぇ?」
「……答えられる範囲でなら。なにせ、何も知らないので。そのままの意味で」
品定めするようなねっとりとした視線を向けられて背筋を伸ばすテンに、ロズワールは不適な笑みを浮かべた。
気が緩めば圧に飲み込まれそうになるが、抵抗するテンは少し身体を前に倒す。形だけでも後ろに流されないように。しかし、心は後ろへ後ろへと全力疾走である。
彼が自分に対して聞いてくることなんて、見当などつくはずもない。自分が想像もしていないようなことを聞いてくるに決まっている。
こちらが質問したことも。知ったところで生きる術を見つけることに繋がらなかった。装う必要がなくなったことは良かったが。結果としては無意味な質問をいくつもしてしまった。
対して、ロズワール。たった一つの質問だけで命を陥れる可能性も捨てきれない危険性が彼にはある。サラッと流された身元について聞かれた場合はそれこそ終わり。「はい、サヨウナラ〜」だ。
そんな彼が、テンに聞いたこと。
それは、
「テン君。実はね、君とハヤト君が森の中で竜と戦っているのを私は上から見ていたんだよ」
「ーーは?」
予想外な言葉に口から一文字だけの言葉が出た。何を聞かれるかも分からない状況で、彼の口から出た言葉は質問ではなく衝撃の事実。困惑よりも先にテンは唖然とした。
が。ロズワールは言葉を繋げて、
「君が注意を惹きつけてハヤト君が怪我を負った部位への攻撃。武力を持たない君達が戦う姿は実に見事だった」
「ホントなのよ? 二人を追いかけた竜はこの地域じゃ生息するはずのないすごーくおっかない魔獣で。遭遇したら死んじゃうって有名なんだから」
賞賛する二人の声にテンはついて行けない。絶望を呼び込む質問に構えていたせいで告げられる言葉を受け止め切れるスペースが心にないのだ。
何が起きてるの? 表情と態度でそれを雄弁に語るテンだが。その代わりにハヤトが立ち上がる。テンにだけ任せるわけにはいかないと自分も話し合いの場に参加した。
「それなら、俺よりテンを褒めてくれ。あの中で一人で竜に突撃してったんだからよ。俺はアイツが作り出した道を歩いただけだ。決め手までの道を作ったのは他でもねぇ。テンだ」
言い切るハヤトが、テンを指さす。依然として「は?」の口のまま呆然としているが、彼はそれを無視してテンを上にあげる。賞賛されれば彼はそんなことないと自分を下げるはずだから。
その前に、彼の株を少しでも上に上に。どうせ自分の手でどん底まで下げるのだから今だけは。
「もぉーちろんだとも。あの時の彼の行動は人間性がある。ただの特攻ではないことも分かっている。あの状況下で冷静な判断を咄嗟に選択する彼の持ち味が生かされたと言ったところかなぁ?」
頷くロズワールにハヤトも便乗した。彼の言うとうり、あの何がなんだが意味不明の状況下で竜に追われたとしても咄嗟に行動できる行動力、そして冷静に思考する判断力。更に、絶望を前にしても立ち向かうことのできる勇気。
それらが命となって今に繋がれているとハヤトは声高らかに主張する。しかし、テンだけではないとロズワールはハヤトを見た。
「ハヤト君。君も十分だと思うけどねぇーね」
「俺がか。なんで」
「その辺に落ちてた棒切れで負荷を負ったとは言えども竜の鱗を力ずくで貫いたのだから。加えて君は武道の心得でもあるのかぁーな。身体運びに迷いがなかったと見受けられる」
上から全部見ていたロズワールは、テンが知らないハヤトの奮闘もしっかり見ている。緊迫した中でも的確に弱点を貫く冷静さ、気合一つで恐怖を堪える我慢強さ、回し蹴りを放った時の迷いのない身体運び。
武力においてテンよりも遥かに勝るハヤトが危機的状況に発揮した黒帯の片鱗、とでも言おうか。火事場の馬鹿力があの瞬間にそれと一緒に発揮されたお陰で二人の命は守られた。
「いやー。まぁ、俺の型は空手だからよ。体術には他人よりも自信があるんだ。竜を相手にするとなると、話は別だがよ」
照れるように笑みを浮かべるハヤトが拳をガシッと合わせる。その雰囲気から、額に鉢巻を幻視してしまったのはきっとロズワールだけではないはずだ。
ハヤトの自信満々な態度に、満足げに頷くロズワール。先程の話でもあったがハヤトのこういう部分は他人を惹きつける不思議な力がある。自然とこの人なら頷ける、と思わせてくれるのだ。
と、
「お客様、お客様。大変お疲れのご様子ですが、紅茶のおかわりはいかがですか」
その傍らで未だ状況の整理整頓がつかないまま、「は?」の口で停止したテンにティーカップを片手に持ったレムが意識を呼び戻しにかかった。
呆然とするテンだが、耳は機能しているらしい。「あ、はい」と手を差し出す彼はレムからの紅茶を受け取った。どうですか? と目で訴えるレムに促されるまま一飲み。
「…美味しい。心が安らぐ。俺なんかに気遣って下さってありがとうございます」
「いえ。落ち着かれたのなら幸いです」
ほっ、と息を小さく吐くテンが混乱していた頭の中を一旦クリアに。紅茶の甘味で心の中が温まるような気分になった。
一礼して元の場所ーーラムの隣まで戻って行くレム。振り返る瞬間に微笑んでいるように見えたのは気のせいか。お陰様で落ち着けたテンである。
「落ち着いたかな、テン君」
頭をクリアにしたテンの耳に入ってきたのはロズワールの声。耳は生きていたため、話の内容は聞いていたから置いていかれることはない。紅茶のおかげで冷静になったテンは一息つくと、
「はい。お見苦しいところをお見せしました、申し訳ございません」
「構わないよ。その方が君のような人間は好感が持てるものだからねーぇ」
意味の分からない言葉を右から左へと受け流し、テンは姿勢を正す。ハヤトが立っているのがイマイチ理解できないが、まぁいいかと無視。
心に余裕を持たせるテンはそうしてロズワールと再び向き合った。
「それで、俺に何を聞きたいんですか」
「聞きたい。というより提案だ」
質問ではなく提案であったことに頭の上に疑問符を複数個浮かべるテンだが。ロズワールは言葉を間髪入れずに続けて、
「今の君達は出身不明の不審者。君達ですら曖昧な素性の知れない輩。何もなければこのまま返すわけにはいかない。だが、君達は竜という脅威的な魔獣から武力の持たない中で生き抜くだけの力を秘めている」
「それがなんですか」
「本来、王候補者には従者となるお付きの騎士がいるのが普通なんだけどねぇ。残念なことにエミリア様にはそれが居ない。……ここまで言えば君なら分かるだろう?」
「俺とハヤトに騎士になれと?」
「今すぐにではない。来る王選開始までに騎士になってくれれば十分だとも。勿論、そうすれば君達には衣食住の保証をしよう。見たところ、行く宛もないようだしぃ?」
「警戒している人がいるかも知れないのに?」
「レムやラム、エミリア様の反応を見てれば私とて分かることだぁーよね。人間的な警戒心はあれど、王選関係では皆無に等しいだろう。その証拠に今君たちは生かされている。どうだ、悪い話ではないはずだ」
「素性の知れない俺とハヤトを、受け入れてくれるの?」
「確かに君の言う通りそれが最もな意見だとも。しかし、それを覆すほどの実力があれば大した壁でもないとは思わないかい? 必要なのは君達が我々の陣営に危害を及ぼす危険性があるかどうか。それだけなのだから」
言い、ロズワールが手を差し出す。
テンの疑問の悉くを瞬時に打ち消すロズワールの怒涛の言葉攻め。立ち上がる彼に精神的に立ち上がらせられたテンは今までで一番に気圧される。
言葉が喉に詰まり、変な汗が首筋を伝う。やけにその軌跡が冷たく感じるのは自分の錯覚なのか。呼吸すらも止まるような息苦しさを覚えるテンは差し出された手から目が離せられなかった。
要約すれば、「強くなれば自分達の怪しさは見逃す。代わりにエミリアの騎士になれ」という事だ。強くなりさえすれば衣食住が保証される。今の二人からすれば願ってもない話。
この世界で生きる上で自分の身を守る力は必須。それを身につけることができる環境。加えて帰る場所も、行く場所もない一文無しの二人にはこの屋敷に置かせてくれるなんて願ってもない話だ。
「さぁ、決めるといい。テン君。この手を取るか取らないか。君の自由だ」
「ーーーー」
何も言わずに差し出された手だけをジッと見つめるテンにロズワールが語りかける。天使のお告げにも、悪魔の囁きにも聞こえるそれにテンの心に大きな躊躇が生じた。
この手を取れば、屋敷に住まわせてくれる反面で騎士になれるくらいに強くならなければならない運命を背負う。騎士になって、剣に身を捧げる異世界生活がスタートする。
この手を払えば、屋敷からは追い出されて路頭に迷った挙句何もできずに飢え死ぬ。そうならなくともここに関与してしまった以上、この屋敷から無事に出してくれるわけもない。
選択肢など二つに一つ。決まっているようなもの。自由だなんて無責任な言葉すぎる。
でも、そんなに強くなれるのか? ハヤトはともかく自分なんか強くなれるのか? エミリアを守れるぐらいに強くなれるのか?
自信がないテンは震える右手をロズワールの手を掴む寸前まで持っていく。小刻みに震えるその手はテンの心を映し出しているようで、
「それ、乗ったぜ!」
不意に、その手がハヤトの声と共に重ねられた右手と一緒にロズワールの手を握る。掴んだ、掴んでしまった。それも自分の意思でなく。まだ、何も決まってないのに。
驚くように右方向、ハヤトの声がした方向に顔を向けるとそこには当然のようにハヤトが。彼がテンの手の上から自分の手を重ねてロズワールから差し出された手を握っていた。
つまりそれは、提案されたことの受諾を意味し。突然の行動に焦りを表に出すテンは声を大にして言葉を荒げる。
「はぁ!? お前、何勝手にやってんだよ!? まだ何も決めてーー」
「テン!」
直後、声を荒げるテン以上に声を荒げたハヤトが握ったロズワールの手を離し、代わりに真横にいるテンの胸ぐらを掴みかかった。
その態度の変わりように動く気配がある者がいる中、ハヤトはテンのことを睨みつける。掴んだ胸ぐらは皺が残るであろう程の力で握られ、テンの意識を強制的に自分の方へと向けさせた。
そうして、なかなか決断のできなかったテンへとハヤトは喝をねじ込む。
「いつまでもウジウジしてんじゃねぇよ! 情けねぇ奴だな。いい加減に覚悟を決めろ! お前、死ぬ覚悟は決められるくせに強くなる覚悟一つ決められねぇのか!」
このまま殴りかかるのではと思わせるハヤトの怒号にテンの目が目開かれる。そのまま彼は言葉を叩き込んだ。
「テメェはいつまでもいつまでもそうやって自分はダメだ自分はダメだって考えやがって。さっき言ったばかりだろうが! やってもねぇことをやる前から諦めてんじゃねぇよ!」
繰り返される怒号。しかし、テンはそれに押されるがままの人間ではない。彼なりにちゃんと考えていたのだ。それを真っ向から否定された彼は怒り心頭だろう。
胸ぐらを掴むハヤトの手を掴み返すテンの右手に血管が浮かび上がる。自分の手にある握力の全てを使ってハヤトの手を握った。
睨みつける。呑気な態度を基本とする本人としては無意識だろうが、鋭さを増したテンの眼光はハヤトの心を瞬間だけ震え上がらせている。
「さっきから言いたい放題…! 俺はお前みたいに自信の持てる人間じゃねーっつってんだろ! 俺なんかが強くなれると思うのか!? 俺はお前とは違うんだよ!」
「思うさ! お前ならできるって俺は信じてる! それにさっき自分で言ったよな。自分達にはもうこれしか残ってないって。道は残されてないって。お前なら理解してんだろ! 俺達には、強くなるしか生きる道はねぇんだよ!」
響き合う二人の怒号。しかし、それは相手が親友だからこそのもの。親友同士だからこそ、言いたい事を隠す事なくぶちまける。
その辺に関してハヤトはテンよりも容赦がない。彼は情けない親友を元気づけるために。お前ならできると喝を入れるために。声を荒げるのだ。
さっきからずっとそうだった。あれこれ考えて勝手に諦める。それだけはハヤトが許さない。絶対に許さない。精神的にダメなら物理的にでもその癖は直してみせる。
皮肉にもその心はテンにはまだ届かない。苦鳴を喉の奥で鳴らす彼は激情を噛み殺すように歯を食いしばり、それでも消えぬ感情が口から叫び散らされる。
「だから俺はそんな人間じゃない、お前の基準で物事を考えるなよ! 俺なんか、俺なんか、お前の劣化でしかない俺が騎士になれるなんて、今の俺には思えねぇよ」
「なら変われよ、変わる努力をしろ、今の情けない自分から変わろうとしろ! それなら命捨てて逃げる覚悟なんざいらねぇ。強くなって自分の価値を証明する覚悟を今ここで決めろ」
テンが、自分とは正反対の性格をした人間だなんて事分かっている。劣化というのは分からないが、それを考えれば彼が自分に自信が持てないことも理解はできる。ただ、理解することと放っておくことはイコールではない。
だって人は変われるのだから。テンはやればできる人なのだから。彼は自分なんかと諦めて、勝手に自己完結して終わっているだけなのだから。
「大丈夫だ、お前なら絶対にできる! お前には理想に近づくために必死に努力する力がある事を俺は知ってる!」
「ーーーっ」
「それに、竜に単身で突撃したお前が強くなれないわけがねぇんだよ。ロズワールの言った通りお前には力がある。それを自覚しろ。そして自信を持て! お前は自信を持って良いんだ。もっと自分を大きく思って良いんだ! 自分なんかとかふざけた事は考えるな、分かったか!」
一度、掴んだ手を大きく揺するハヤトがそう言ってテンのことを解放し。ハヤトの掴んだ手を離したテンの身体が彼から離れていく。二人の間に挟まれていた椅子がその衝撃で音を立てて倒れた。
肩を大きく上下させながら、息を荒げるハヤト。自分の言いたいことはこの瞬間で全て言い切ったと彼は腕を組む。その瞳はテンのことを睨みつけたまま。
こうして思いの丈をぶつけ合うのは初めてだが、真反対の性格をしているからこそ伝わることも多い。だから、きっと大丈夫だと彼は思う。
自分の発言がテンの心にどう刺さったのかは分からない。けど、少なくとも言いたい事は伝わったはずだと。
対してテン。彼はハヤトに向けられた無責任な全幅の信頼に心が揺らぐ。「信じてる」「できる」、この二つがどれほどテンにプレッシャーを与えるのか、本人は知っているだろうか。
「テン、男にはな。人生で引くに引けない時が数回来るんだよ。ーーそれが今だ」
しかし。親友にここまで言われて首を横に振ることなんて、テンにはできなかった。彼みたいになりたいと思う自分が、首を縦に振っていた。
「……分かったよ。頑張ってみる」
「おう。それでこそ俺の親友だ」
ニカッと晴れやかな笑みを浮かべるハヤト。テンは笑みを見せてないながらも、何かを決めたような決意の色を瞳に宿していた。側から見てもそれはすぐに理解できる。
勿論、ハヤトにそれが伝わらないわけがない。
「大丈夫だ。俺にはお前が、お前には俺が。俺とお前が二人揃えば怖いモンなんざなんもねぇよ。だから。一緒に強くなろうな、テン」
「うん、分かった。変わる努力、してみるね」
突き出された拳。これに自分の拳を合わせればそれは一つの誓いとなる。二人で切磋琢磨し、努力して強くなる、強くなってみせるという。ある種の決意表明。
だから、それを決めたテンも拳に合わせようとしたが。拳を引っ込めるハヤトは「それじゃダメだ」と紡ぐと、
「そんな弱気でこれからやってけねぇよ? 自信の無い奴には何も成せねぇんだ。今くらい虚勢でもいいから啖呵切れ。それが、男としての覚悟の示し方だ」
〜〜したらいい。〜〜してみる。なんて弱々しい発言をハヤトは許さない。ここまで言わせたのだからちゃんと覚悟を示せとハヤトは言う。
〜〜する。〜〜になる。と強気に言わなくちゃここから先やっていけるわけがないのだから。弱気な自分から変わるための第一歩として、今ここで、全員の前で覚悟を言葉にするのだ。
「テン……」
「………っ」
不意に名前を呼ばれてテンが声の方に首を向ければ、紫紺の瞳に嬉しさ半分、切なさ半分の感情を宿すエミリアが。表情には瞳に映された二つの感情が渦巻いていた。
その表情を向けられた瞬間、テンの中でフワフワしていたものが心に定着するような快音がした。揺らぎに揺らいでいた覚悟と決意が、それ一つで固まった気がした。
安い男だと思う。でも、それだけでいい。こんな安い男には少女の不安な声一つで全てが決まるのだから。
息を吸い、肺に酸素を取り込む。取り込んだ酸素を感情に変え、喉から迫り上がらせるように口から声を発した。
「…なるよ、なってやるよ! 死ぬ気で努力して、ロズワールに認められるくらいに強くなってみせる! ここにいる全員が驚くくらい強くなって」
顔を上げ、再びロズワールから差し出された手を勢いよく握りしめるテンは。
言った。
「俺は、エミリアの騎士になる。彼女を守れるような立派な騎士なってやるよ!!」
繋いだ約束を握りしめ、テンは笑う。今度こそ覚悟を決めたテンの、未来への一歩を踏み出したことへの意志表明。決意を心に誓った彼はこの瞬間、ロズワールに、ハヤトに。ーーエミリアに。
ここにいる人達全員にそれを誓った。
「いいだろう。その覚悟、確と聞き届けた。時間は沢山あげよう。ーー精進するんだよ」
テンの啖呵を聞き届けたロズワールが、心から楽しそうな笑みを浮かべ、握られた手を握り返す。その次にハヤトの手が重なって。
提案の受諾はこの時を以て承認された。
ハヤトが男らしすぎてテンの存在が薄くなっていく気が……。
ここから少しの間、原作をアレンジした展開が続くかもです。そこを抜ければ、作者ワールドが展開します(願望)