親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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この物語の終盤も近くなってきました。ですが原作を基準とすると、まだ始まってすらないと。これは、先が長そうですね。





人生初の贈り物記念日

 

 

 

 

メイド二人と使用人二人を乗せた竜車がロズワール邸に到着したのはその日の夕方。日が落ちて、夜の気配が漂い始めてきた頃だった。

 

到着した竜車を迎えたのは玄関前で待っていた一人の少女、エミリアだ。御者台に座る二人は、まさかこの時間まで待機していたのかと一瞬だけ考えたが、そんなわけないだろう。さしずめパックが四人の気配を察したところか。

 

 

「「ただいま戻りました、エミリア様」」

 

「うん、お帰りなさい。お仕事お疲れさま」

 

 

御者台から降りるレムとラムが揃った動きと声で腰を折ると、エミリアが微笑みながら頷く。その労うような笑みを向けた彼女は残りの二人、テンとハヤトを探すように竜車を見た。

 

彼女の意図を察したか。クルリと周り右するレムが客車まで足を進め、

 

 

「起きろハヤト。着いたよ」

「んぉ? おぉ、そうか」

 

 

気の抜けた声が扉を開けたレムの耳に入ってきた。彼女が見たのは腕を組んで爆睡していたハヤトをテンが起こす光景。毎朝にも似たような光景がハヤトの部屋で見られるが、これを見ると自分一人で起きれないものかと思う。

 

尤も、テンは今のままでいい。今の、自分が起こしに行くまで寝ているテンのままでいてほしいとレムは内心思っていたり。

 

そのテンもついさっき目覚めたのか、荷物を抱えた彼はフードを被ったまま寝たせいで髪がぺちゃんこになっている中々に面白い髪型になっていた。

 

 

「屋敷に到着しましたよ、テン君。ハヤト君。竜車を車庫に入れたいので降りて下さい」

 

「へい」

「ほい」

 

 

促されるようにのそのそと扉をくぐる二人。自分の持ち物は忘れないところ、寝ぼけているわけではないとレムは一安心。

 

ハヤトはともかく、それで足を踏み外せば、咄嗟に手が出てテンの悲鳴が木霊することになるが、寝ぼけてないならその心配もない。

 

もしそうだとしても悲鳴が上がることに変わりはない。悲鳴を上げる人数が二人から一人に減るだけだ。

 

 

「テンーー!? そのケガ、何があったの!?」

 

「これね。まぁ、とりあえず大丈夫だから追々話すよ」

 

 

ハヤトに続いて扉をくぐったテンを見た途端、それまでは穏やかだったエミリアの表情が一変、口元を押さえて青ざめる彼女は悲痛な声を上げながら彼に駆け寄る。

 

心底驚いた様子のエミリア。それもそうだ、王都に行って帰ってくる間に腕の骨が折れるなど一体誰が予想できようか。数時間前に発った人間が数時間後にはギプス姿という、事情を知らない人からすれば軽くショッキングな出来事。

 

心配するエミリアにテンは笑っていた。とてつもなく呑気な表情をしている。表情を見たエミリアが「あのねぇ!」と半ギレ状態になるレベルに。

 

骨折による痛みはレムが鎮痛してくれたし、何気に人生初の骨折だが頭は落ち着いている。彼的には何の問題もない。

 

 彼的には。の話だが。

 

 

「大丈夫って…。全然大丈夫に見えないわよ!? だってその腕、絶対に折れちゃってるでしょ!? もぅ、だからハヤトにテンが迷子にならないようにってお願いしたのに。ーーハヤト!」

 

「ちょちょちょ待て待て。俺が怒られるのは間違って……はいないが。そこで俺に振るのは絶対におかしいぞ?」

 

「その前に俺が迷子になった前提で話を進めている件について。更に、迷子=骨折が確定している件について、弁明の機会を求めようかな」

 

 

余裕そうに語るテンにピキッときたのか、倍以上の言葉の圧力で返したエミリア。一瞬、テンの骨折に痛ましげに彼女は目を落としたが。次に目を上げた時、その目つきは鋭く、ハヤトのことを軽く睨んでいた。

 

名前を呼ぶと共に彼に詰め寄るエミリアは「私、怒ってるんだから!」とでも言いたげに顔を顰める。彼女的にはテンのことはハヤトに任せたつもりだったのか、「何で見てなかったの!」と実際に怒った。

 

全くの見当違いである。テンは迷子にもなってないし、ハヤトはテンの保護者でも兄貴でもない。が、怒られること自体は間違ってないため、ハヤトは手を何度も横に振って苦笑いするしかない。

 

 

「もぅ、目を離すとすぐにコレなんだから」

 

 

ハヤトを問いただしていてもどうにもならない。起きてしまったことは仕方ないと受け入れるエミリアが一度、落ち着くように息を吐く。それからテンの方へと勢いよく振り返った。

 

あまりの勢いに彼女の腰まで伸びた後ろ髪が鞭のようにしなり、ハヤトの横顔をしばき「ふべっ」と変な声が聞こえたが、エミリアは眼中になどない。

 

悪いことなんて一つもしてないが、なぜか今から怒られそうな気配にテンは「あはは」と誤魔化すように笑い。

 

それをどう受け取ったか、エミリアは彼の両肩を掴んでまわれ右。玄関方向へと体を向かせると、その背中を両手で押し進めていった。

 

 

「とにかく、テン。治癒魔法かけてあげるから屋敷の中に入って。ほら、ほら、ほらほらほら」

 

「押すな押すな。ーーだからって引っ張るなら許されるわけじゃないからね」

 

「だってすぐケガするし、すぐ倒れるし、すぐ無茶するし。……やだ、なんだかテンが世話の焼ける弟みたいに思えてきちゃった」

 

「薄々感じてたけど、やっぱそう思ってたのかよ。エミリアお姉ちゃん! とか勘弁してよね」

 

「ーーーー。今の、もう一回言って」

「絶対に言わない。俺のプライドにかけて」

 

 

背中を押すのでダメなら前から手を引っ張るなら良いよね! という考えに至ったエミリアがテンの荷物を強奪、片手に抱えて空いた左腕を掴んでグイグイ引っ張っていく。

 

あまりの勢いにテンは今日の疲れも相まってされるがままだ。彼女に手を引っ張られて連れていかれる、前にも似たような経験をしたような気がした。

 

その最中、エミリアがテンのことを弟扱いしてる疑惑が確信へと変わった事でテンは完全に沈む。まさか、本当にそう思われてるだなんて。自分の精神年齢が幼いとでも言いたいのだろうか。

 

 

「エミリア、俺は本当に大丈夫だから。ねぇ、聞いてる? 俺の話、聞こえてる?」

「聞こえてないかもしれない」

「聞こえてるじゃん」

「聞こえてないもん」

「あー、話が通じないよ。この子」

 

 

腕を引っ張るエミリアの足は止まらない。屋敷の入り口へと一直線に突き進んで行き、テンの話は一切聞き入れない。頭を悩ませる自分の反応に、心なしか楽しんでいるように見えるのはテンの気のせいだろうか。

 

真っ直ぐすぎる過保護、優しすぎる心配、あとほんの少しの悪戯心。これらを兼ね備える彼女にテンは成す術が無い。盗賊を相手にしていた時と同一人物かと疑う程に情けない後ろ姿だった。

 

そんなこんながあってエミリアは玄関の扉を開き、テンは中に引き摺り込まれ、

 

 

「ハヤト! ベアトリスの茶菓子! お前に任せるーー」

 

 

その言葉を最後に、扉の奥に姿を消した。パタンと扉が閉められ、しかしその向こう側からテンの抗議の声が薄く聞こえてくる。

 

二人のやりとりに完全に置いてかれた三人。その中でハヤトは仲良さげに話す二人を見て随分と仲良くなったものだと思っていた。

 

自分よりも関わる時間が長そうだから関係値が高いのは何となく分かっていたが、まさか弟と思われてるとは。

 

やはり、テンは弟体質なのだろうか。故郷でも姉がいたと言っていたし、かく故ハヤトもテンのことを弟分のように扱いそうになった事がないわけでもない。本人からすれば迷惑だろうが。

 

 

「テン君はエミリア様と本当に仲がよろしいんですね……」

 

 

隣から切なそうな声が聞こえて目を向ければ、レムが大事そうに抱えた紙袋をぎゅっと抱きしめているのがハヤトとラムの目に映った。目を細め、むすっと口元を尖らせた彼女は確実に妬いてるし、しょんぼりしている。

 

たった一言、されど一言。事情を知っている二人からすれば心の揺れ動きが容易く理解できる反応。このままでは誤解を招きかねないと判断したのか、二人はレムの肩に手を添え、

 

 

「安心しろ、レム。お前が思ってることにはならないと思うぜ。あの二人はそういう関係には進まねぇよ」

 

「ラムの可愛いレムの気持ちを流すなんてラムが許さない。大丈夫よ、レム。あなたは周りなんて気にせずに、自分のやりたいようにやりなさい」

 

「姉様…、ハヤト君。はい、頑張ります。レムはめげたりなんてしません!」

 

 

二人の言葉によって、しょんぼりした様子のレムの瞳に光が宿る。頑張ると決めたものの、あんなに楽しそうにやり取りされると自分との差を感じてしまう彼女だったが、なんとか立て直せた。

 

手のかかる二人だと思う。早く二人の心が通じ合ってくれる日が来て欲しいと願うばかり。皮肉にも、テンが変わらないとそれは永遠と訪れることがないかもしれないが。

 

気持ちを立て直したレム。彼女は小さな声で「よし」と呟くと、

 

 

「では、レムは竜車と地竜を置いてきますね。お二人は夕食のご準備を先にお願いします。レムも片付けたらすぐに向かいますので」

 

 

言い、御者台に飛び乗る彼女は手綱を握る。合図と同時に竜車がゆっくりと動き出し、二人の下から徐々に離れて行った。

 

その場に残されたのはベアトリスの茶菓子が入った紙袋を抱えたラムと、髪飾りの小箱が入った紙袋を持つハヤトの二人。

 

テンとエミリア、そしてレムがその場から去り。二人以外の誰もいなくなった空間で彼らは解放されるようにため息を溢し、

 

 

「お前、レムからテンのこと聞かされたんだってな」

 

「そうね。そのおかげでレムがあの男のことを慕っていることが確定してしまったけど」

 

「それは、前々から確定してたようなもんだろ。今さらどうとも思わん」

 

「心中複雑なのよ。察しなさい」

 

 

屋敷の扉へと向かうべく足を進める中、『テンとレムを見守る会』の二人である彼らは悩みの種である存在たちの話に花を咲かせる。

 

基本、この二人だけの時は情報交換、感想共有をすることが多く。互いに世話の焼ける存在が隣にいる二人はそういう意味では話が合うのかもしれない。

 

 

「で? 俺らはこれからどうすんだ。少し離れたところから見守る姿勢は変えないで行くか、前よりももっと突っ込んでいくか」

 

「今まで通りでいいでしょう。今の形を変えてしまったらレムの邪魔になってしまうわ。……邪魔したい気持ちがないわけでないけど」

 

「その言い方だとお前があいつのこと好きーー」

「死になさい」

 

 

後頭部に手刀が走り、容赦のない打撃が振り切られる。予備動作、予兆。どれも皆無に等しいそれにハヤトの上半身がくの字に折れ曲がりながら深く沈み込んだ。

 

照れ隠しーー、なんて言おうものなら沈み込む体に追撃が蓮撃の如く捩じ込まれるだろう。口を固く閉じるハヤトは痛みに喉の奥で呻き声を鳴らした。

 

 

「いってぇな。何すんだよ」

 

「言ったでしょ。察しなさいと」

 

 

衝撃部を軽く押さえるハヤト。じんわりと残る痛みに苛まれつつ彼はラムを軽くに睨むが、返された返答は相変わらず理不尽なもの。冷たい態度で受け流された。

 

差し詰め、姉として複雑な気持ちということだとハヤトは思う。

 

今までずっと一緒だった妹に好きな人ができた、どんな相手かと思えば自己評価ど底辺男。もっとマシな相手がよかった。

 

こんなところか。相手がもっと普通の男ならばレムの気持ちにもとっくに気付いて反応を見せているはず、もしそうだったらレムが頭を悩ませることも、自分達がため息をつくこともない。

 

尤も、そんなテンだからこそレムは惹かれた説がハヤトの中で密かに生まれてきている。普通とはちょっとだけ違う、特徴的な彼だから。

 

 と、

 

 

「脳筋、これ」

 

「あ……? あぁ、ベアトリスのか」

 

 

考えているうちに屋敷の扉が目の前に迫り、手渡された紙袋を反射的に受け取るハヤトは「なんだこれ?」と刹那だけ疑問に思うが、ベアトリスの茶菓子だと思い出す。

 

確か、消える直前にテンが自分に「お前に任せる」みたいなことを言っていた気がする。ちょうどいい、髪飾りと一緒に渡せるとハヤトは「おう」と頷いた。

 

 

「そういうことだから、ベアトリス様にはよろしくね。ラムは先に夕飯の支度をしてるから」

 

「おう」

 

「早く来ることね。脳筋の分際でラム一人に働かせてるなんて、大罪に匹敵するわよ」

 

「わーってるよ」

 

 

念押ししてくるラムが屋敷の扉を開き、中へと足を踏み入れる。続くハヤトも足を踏み入れ、そこで二人は一時解散。ラムは厨房へ、ハヤトは禁書庫を探すべく屋敷を徘徊。

 

お土産に髪飾りを買ったから付けてくれ、なんて言ったら彼女はどんな顔をするだろうか。直ぐには付けてもえないと思うけど、少しは喜んでくれたら嬉しい。

 

そんなことを思うと、禁書庫を探す足がどんどん早くなって。誕生日プレゼントを渡す前のように心が弾んで、

 

 

 ーー待ってろよ、ベアトリス

 

 

「おっしゃ。早く見つけてやろ」

 

 

 ーー今から、お前に会いにいくからな

 

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

静寂に満たされた部屋に一人の少女と青年がいた。一人分にしてはやや大きな寝台に腰掛け、空間に溶け込むように静寂を保っていた。

 

少女は集中した様子で青年の右腕に青色の優しい光を宿した手を当て、その温度で癒すように撫でている。青年はその様子に瞑目、腕の違和感が消失していく感覚に心地良さを感じた。

 

二人の呼吸音、たったそれだけが一定の間隔で互いの鼓膜を刺激してしまう程に部屋は静かだった。なぜか、そのような空間にいると意図せずに呼吸音を立てないように息を潜めてしまう。

 

 

 場所は、ロズワール邸最上階。西棟の最奥、エミリアの部屋。

 

 

治癒魔法をかける少女の名は部屋の主であるエミリア。瞑目する青年の名は連れて来られたテン。

 

寝台に腰掛ける二人に言葉は無い。否、エミリアの集中を削がないようにテンが黙り込んでいる。肌を通じて伝わってくる、世界一優しい魔法の効力に、ぼんやりとして身を委ねるように。

 

 

 ーーこの感覚は、好きだな

 

 

本人の前では絶対に言えない言葉を心の中でテンは呟く。こうして治癒魔法をかけられるのは初めてではないのに、毎回のように心地良さと、それと同等の優しさに身を包まれ、心が安らぐ。

 

レムのとは少し違う気がした。何がどう違うのかは分からない、けど、心情的な要素が治癒魔法に絡むのだとしたら彼女とエミリアの心持ちが治癒魔法のズレを生んでいるのかもしれない。

 

ズレとはなんなのか。そもそも、ズレではなく熟練度の問題なのかもしれない。傷の程度にもよるかもしれないし、マナを注ぐ量かもしれない。それっぽい仮定など挙げれば挙げた分だけ当てはまる。

 

でも。確実に一つ言えることはーー、

 

 

「こうするの、なんか好きだなぁ」

 

「えっーー?」

「ーーーあ」

 

 

不意に口から出た声に思わず反応したエミリアが息を詰まらせてテンのことを見る。テンは瞑目したまま、言ってしまったと、その先の言葉が口から出てこない。

 

口に出すつもりはなかった。エミリアのせいだ、エミリアの治癒魔法のせいで心がゆるゆるになったせいだ。心の緩みは口元の緩み、しまっておくはずの言葉まで簡単に溢れる。

 

瞼に注がれるエミリアの視線に、テンは目を閉じて無言を貫いたままだ。もし瞼を開けば紫紺色の瞳と目が合いーー、

 

 

「今の、どういうこと?」

「ーーーー」

 

 

説明する必要が出てくるから、とか思っていた自分をテンは殴りたくなった。目を開かなくても無視することはできないらしい、胸をトントンと優しく叩かれ、疑問符を含んだ声に問いかけられる。

 

なんて答えようかとテンは悩む。直球で伝えようものならとんだ変態になってしまうし、かと言って伝えないという選択肢は無い。

 

 ならば、

 

 

「温かい布団の中に入って眠るのって、心と体がぽかぽかして、気持ちいいと思わない?」

 

「寒い日はそう思うわ。朝起きるのがちょっとだけ大変だけど」

 

「だよね。ーーつまり、そういうことだよ」

 

「ーーーー。え? どういうこと?」

 

 

相手の解釈に全てを任せたテンの濁らせ発言に、頭の中で上手いこと解釈ができないエミリアがポカンとした表情で首を傾げる。

 

寒い日に布団の中でーーのノリは理解できたが、それと先ほどの発言が結び付かず疑問符を頭の上に浮かべたまま。

 

彼女の追求に対してテンは「だから、そういうことだよ」の一点張り。それ以上語ることは決してなく、追求の眼差しから逃げるように閉じた目を開けることはない。

 

閉じた口を開かせようと「どういうことよーー」と語尾を伸ばしてだる絡みするようにテンの体を何度か揺するも、テンは適当に笑うだけで語りはしなかったが、

 

 

「自分で考えてみなよ。多分、エミリアなら分かると思うよ」

 

 

至極当然といったように真面目な声で返されれば彼女は真面目に考え始める。こうすることが好きな理由と布団の中で眠るのがどうして一つの線で結ばれるのか。

 

確かに、寒い日とかに布団の中で眠るのは心が休まって安心できる。体が自分よりも暖かい温度に包まれるとどうしてか、言い表しようのない感覚に気が緩みそうになる。

 

その状況はパックに頭を撫でてもらっている時の感覚と類似するものがある。自分の家族に、小さいのに不思議と大人の手で優しく髪を撫でられるような感覚になって、心が休まる。

 

安心、気の緩み、家族、心。今の状況はエミリアが感じたことのあるそれらに当てはまり、現在進行形でテンもそれを感じている。治癒魔法をかけられている時が、それらと一致する。

 

 

 ーーそうか。つまりテンは、

 

 

「……分かった!」

「そうか。良かったね」

「つまり、テンは世話の焼ける弟ってことね!」

「ちょっと待とうか」

 

 

驚いた様子のテンは思わず吹き出して閉じていた目を開く。全く見当違いな答えを導き出したエミリアが自慢げに胸を張りながら笑顔を浮かばせていた。

 

一体どこをどう曲解したらそうなるのか、絶妙に間違っている答えにテンは困惑するように苦笑い。そもそも、自分がエミリアの弟として成立してる件について小一時間追求したいところ。

 

だが、今は曲解に至るまでの経緯が気になったテンは「なんでそうなった?」と簡潔に聞けば、

 

 

「だって私もパックに頭を撫でてもらうと、すごーく安心するし、温かくなってくるの。テンもそれと一緒。弟はお姉ちゃんに頭を撫でられると安心するって。私、本で読んだもの!」

 

 

食い気味に話すエミリアの目がキラキラと輝いている。そんな目をされると思うように否定できずにテンは口籠り、言葉が喉につっかえた。

 

ツッコミどころ満載すぎるエミリア論だった。第一にテンは彼女の弟ではない。第二に彼女に頭ナデナデをしてほしいわけでもない。百歩譲って安心感は納得できるが、方向性が少し違う。

 

そして最後、第三に日頃から彼女はどんな本を読んでいるのか。本の知識を自慢げに披露する様子から察するに本心で語っているのだろう、けれどその知識は確実に間違っている。

 

姉にヨシヨシされる弟がどこにいるか。稀に仲良すぎてのケースもあるが、その場合は兄貴が妹にするのが鉄則(それも違う)だ。どんな本を読めばそんな知識が身につくのか、逆に気になった。

 

 

「大丈夫よ。テンの言いたいことは、ちゃんと分かったから。あと少しで治癒魔法が終わるから、終わったら撫でてあげるわ」

 

「違う違う違う。なにも分かってない。俺の言いたいことはそんなんじゃなくて。……とにかく、ほんとにやめて。絶対に、やめて」

 

「そう……? 恥ずかしがらなくてもいいのに」

「恥ずかしがってるように見える?」

 

 

彼女の優しさを回避するテンが慌てた表情で必死に頭ナデナデを否定。本気でやりかねない彼女に彼は本気で焦る。そんな彼にエミリアは楽しそうに笑うばかりで。

 

この子には羞恥心が無いのか。そうか、無いんだった。などと呑気にテンは考える。そんな楽しそうに微笑まれると無性に照れ臭くなってやりづらさを感じた。

 

 

「……はぁ、やりずらいなぁ。いいかエミリア、あんまりそういう発言したらだめだからな?」

 

「なんで?」

 

「なんでも。悪い人はお前みたいに優しい子につけ込もうとするんだから。いいな?」

 

「はーい」

 

 

絶対に分かってない風に返事したエミリア。口を適当に開き、叱られた子どもが親に適当に返事するように見える彼女は、外見にしては不思議と違和感がなかった。それどころか、歳相当、という意味不明な言葉すら浮かんでくる。

 

これではどっちが上なのか分からなくなってくる場面にテンは大きくため息を溢す。

 

そもそも、姉弟関係ですらないが。今のエミリアは放っておくと、その辺の男に連れて行かれそうな危うさがあるから変に心配してしまう。

 

尤も、仮にそうなれば彼女の父親兼精霊である灰色の猫が「絶対零度にゃん(狂気)」になるだろうから余計なお世話だろうけども。

 

 

「そう思うと。恐ろしいな」

 

「はい、おしまいっ。どう? 痛く、ない?」

 

 

エミリアが連れて行かれそうな場面でパックが現界する絵面を想像。身震いしていたテンの耳にエミリアの溌剌とした声が届くと、右腕に当たっていた優しい温度が消失、同時に彼女の両手が離れていった。

 

心配そうな瞳に促されるように右腕を動かしてみる。ちゃんと曲がる、ちゃんと動く、軽く叩いてみたけど痛くない。見事に完治していた。

 

 

「大丈夫、ちゃんと治ってるよ。ありがとうね」

 

「いいの。気にしないで」

 

 

ほっとした様子で息をつくエミリア。帰ってきた直後は何事かと焦ったけれど、こうして癒すことができたなら良かった。同じくテンも違和感が無くなって一安心した様子。

 

治癒魔法とは凄まじいものだ。故郷でなら数週間は格闘するはずの骨折ですら、ものの十分程度で治してしまうのだから。治癒魔法様様、否、エミリア様様である。

 

 

「でも、本当に何があったの?」

 

「それは夕食の時にでも話すよ。でも、穏やかなことじゃないとだけ言っておく」

 

「そんなことくらい分かるわよ」

 

 

笑いながら話すテンを軽く睨むエミリア。そこまで察しが悪いと思われてたとは心外だとばかりに彼女は鋭い視線を彼に送るが、右から左に軽く受け流される。

 

 と、テンの瞳が何かを思い出したかのようにピクリと反応した。

 

 

「ーーそういえば、忘れるところだった」

 

 

受け流したままに視線が向いた先、机の上に置いてある紙袋にテンの目が止まる。彼女と話していて危うく忘れるはずだった絶対に忘れちゃいけない贈り物だ。

 

エミリアも紙袋に関しては疑問に思っていた。成り行きで強奪してしまったが、それは彼の持ち物で、後で中身を聞こうとは思っていたところ。

 

二人の視線が紙袋に固定される中、動いたのはテン。彼はゆっくりと立ち上がると、覗き込んだ紙袋の中に手を入れる。

 

中から取り出したのは白色の小箱。溢れる笑みを隠すように頬を固くした彼は再度、彼女の隣に座り直した。

 

片手に収まる大きさのそれには何が入ってるのだろう。不思議に思うエミリアが顔を覗き込んで来ると、それを横目に彼は「ふっ」と小さく笑って箱を開ける。

 

その中には、円周に沿うようにして紫紺色と白色の透き通った宝石が交互に嵌め込まれた腕輪が一つ。厚さにして一センチも満たない腕輪だが、確かな輝きと品がそこにはあった。

 

 

「すごーく綺麗な腕輪……! こんなの初めてみたかもしれない」

 

 

「わぁ…」と感動の声を溢したエミリアが腕輪を見入り、視線が固定される。あまり経験がないのだろうか、初めて見る腕輪に目を輝かせていた。そんな反応をされると自分まで嬉しくなってしまうテンである。

 

 

「テンが使うの?」

 

 

珍しいとエミリアは思う。装飾品などに興味が無さそうに見えてテンは意外とお洒落だったらしい。

 

ワクワクするような様子の彼女はテンに詰め寄るが。当の本人は「違うよ」と優しく微笑みながら言った。

 

 

「エミリアに渡すの」

 

 

 ーー。

 ーーーー。

 ーーーーーーーー。

 

 

 ーーえみりあにわたすの

 

 

「ーーーー」

 

 

さも当然かのように返された返答に、エミリアは息が詰まって硬直。予期するはずもない言葉の処理するために数十秒間の停滞を彼女は許した。

 

彼の言葉を頭の中で反復、鼓膜に理解しろと反響させるも。しかし疑問と、過る過去の記憶が思考を塗りつぶすせいで整理がつかない。

 

 ーーーー。

 

自分に渡す? どうして? 宝石が嵌め込まれ、見ただけでも高級そうな腕輪だと分かるそれをどうして自分なんかに? てっきりテンが自分で使うものだとばかり思ったのに。

 

 ーーーー。

 

だって、自分は周りから嫌われてて、今までだって贈り物の一つなんてあるはずもなくて。そんな嬉しいことしてくれる相手なんて世界に一人もいなくて。現れるわけもなくて。現れるわけがーー。

 

 ーーーー。

 

ダメだ。そんな淡い期待、抱いちゃいけない。自分は周りから嫌われてて、自分の近くにいるとみんな不幸になってしまう。今までもそう、周りの人はみんな自分を遠ざけて。自分も遠ざけて。

 

 ーーーー。

 

抱いちゃいけない。抱いちゃいけない、のに。

 

 

「うん、よく似合ってる。色合いも完璧。ラムに感謝しなくちゃ」

 

「ーーーー」

 

 

ふとした瞬間から、過去の記憶と共に感情の波に揉まれるエミリア。彼女は左手首に当たるひんやりとした金属の感触とテンの声に意識を引き戻されれば、

 

 

「ぁ」

 

 

違和感の元には腕輪が付けられていた。キツくもなくユルくもない、ちょうどいい大きさのそれが、自分の左手首で輝いている。

 

 

「ぁ」

 

 

初めての、生まれて初めての贈り物が、贈り主の手によって綺麗に付けられて。馴染ませるように手を動かすと、その腕輪は光を反射して再び輝いた。

 

たった一つの贈り物なのに、どうしてこうも輝いて見えるのか。手首を顔に近づけて、もっとよく見れば、もっと輝いて見えて。

 

 

「これは、日頃からお世話になってるエミリアへの感謝の印。エミリアには何かと世話になってるしさ」

 

 

それは、純粋かつ真摯な感情。たった二ヶ月、でも二ヶ月。鍛錬の時に顔を出してくれる彼女に密かに救われていた彼からの感謝の意。ただ、それだけで。

 

けれど、エミリアにとってはそれだけではなかった。テンからすればなんでもないことかもしれない。感謝の気持ち一つ、軽い気持ちで渡したものかもしれない。

 

けどこれは、エミリアにとって忘れられない出来事になる。今この瞬間、彼女がどれだけ嬉しい思いをしているか、きっと本人ですら計り知れないのだから。

 

生きてきた中で凄惨な経験をして、自分がどれだけ周りから疎まれてるか知った。自分がどれだけ周りから恐れられているか思い知らされた。自分なんて、永遠に周りから相手にされないと思った。してくれる人なんていないと割り切っていた。

 

本当の意味で自分(・・)を見てくれる人なんて、パックと自分以外にいるはずなんてないと、諦めていた。誰も、自分の話をしない。魔女だの半魔だの、みんなみんな、自分の知らないことばかり話す。

 

誰かに愛されることも、普通の人と同じ目で見られることも、ある日突然に誰かに贈り物をされることもない。自分は周りとは違うから。

 

贈り物ーー気持ちを込めた贈り物。ある日突然、それこそ絵本で見たような。人が人に花束を贈り物として渡す和やかな場面。

 

普通の人間ならばありふれたそれを、エミリアがどれだけ欲していたことか。普通とはかけ離れた存在を背負わされた、ごく普通の彼女が、どれほど願っていたことか。

 

諦めて、嘆いて、割り切っていた切なる願いの一つ。それが今この瞬間、なんでもない日常的な場面で叶えられて。

 

なんでもない時に、なんでもない人が、特別感も無しに、自分の願いを一つ輝かせた。こんな自分だとしても、何の壁もなく接してくれる彼が、普段通りに接してくれる彼が。

 

そう言って、笑みを浮かべてーー。

 

 

「いつもありがとう、エミリア。お前と一緒に毎日を過ごせて、俺は楽しいよ。本当にね。前にも言ったけど、女の子と話してて楽しいって思えたのはエミリアが初めてだから」

 

「ーーーー」

 

「俺は、お前と出会えて本当に良かった。お前のおかげで、俺は前よりも成長できた。ありがとう」

 

 

色々と溜め込んできた感情が、その言葉と気持ちで胸の奥底から溢れかえる。堰き止めていたはずなのに、簡単に雪崩れ込んで。瞳の裏側から熱が溢れる。

 

 

「……ぅ、ぇ」

 

「えぁ!? な、お、なな、泣かないで!?」

 

 

そんなことをされてしまったら、「泣くな」と言われる方がエミリアには無理な話だった。

 

感情のままに、彼の前で、子どものように。込み上げて、溢れて、堪えきれないものを全部ぶつける。気が済むまでずっと、曝け出すように。

 

 

その日は、エミリアにとって生まれて初めて記念日ができた日だった。『人生初の贈り物記念日』とでも安直に名付けようか。

 

そうすれば年に一度、この日が来る度に彼に「今日は何の日だ?」って問いかけられるのだから。

 

 

 ーーきっと、一生忘れられない日になる。

 

 

慌てふためくテンに嗚咽を漏らしながら涙を拭うエミリアは、心の中でそう思う。違う、きっと、ではなく絶対だ。

 

腕輪を見る度に今日のことを思い出してしまう、たくさん泣いた日のことを。少し恥ずかしくも感じる。

 

 

 ーーでも、今はたくさん泣こう。

 

 

だって今自分の隣にいる人は近い将来、自分の騎士になる人なのだから。自分のことを全部を受け止めてくれる人なのだから。少しくらいわがままになってもいいだろう。遠慮するな、他でもない彼自身に言われたのだから。

 

だから、エミリアはたくさん泣いた。テンのことなど気にしない彼女は、自分の弱いところを曝け出すように、ただただ泣いて。

 

 

けれども、嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 






お察しのいい方なら、次のお話は誰と誰がメインか。きっと分かると思います。


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