なぜか、書きたいことを書こうとするとその前に必ず間話を挟んでしまう。3000文字程度で終わらせるはずの場面を8000文字、一話丸々使うってどういうことですか。
まとめる力が乏しい、ということでしょうかね。
時間は少し進んで夕食時。
ロズワール邸の食堂には屋敷で過ごす人間が集まっていた。ロズワールの背後には控えているレムとラム。それ以外のメンバーは席に着いている。
既に夕食の準備は整えられ、あとはロズワールの号令待ちの状態。
因みに、以前まではテンとハヤトもレムやラムと同じようにロズワールの背後に控えていたのだが、「メイドと使用人を一緒にするな」とハヤトが抗議の声を上げ、結果として今に至る。
座席については特に指定されていない。が、基本的に固まっていることが暗黙の了解的な扱いのため、自然とロズワールの座る端っこの方に固まった。
一応説明すると、エミリアと椅子を一個挟んだ隣にテンが。長机を挟んでテンの正面にハヤトが座り、その隣にベアトリスが座っている。彼女がハヤトの隣に座るとは、珍しいもの。
「では、夕食にしよう。ーー木よ、風よ、星よ、母なる大地よ」
手を組み、目をつむってロズワールは呟き始め、それにならう面々。ベアトリスは目を瞑るだけの雑なやり方だが、それを察したハヤトが無理やり手を合わせさせた。
数秒もしないうちに祈りは捧げ終わり、いつものように食事が開始される。今日の夕食のメインはシチュー、数日前から今日のためにと仕込みを始めていたレムのお陰で大分楽に支度ができた三人は、彼女に感謝しかない。
食事自体はスムーズに進んでいく。基本的に食べるときは無言のテンと、そんなの関係無しにガツガツ話しかけるハヤト。そして、それを聞いている面々と。
食事の準備をしている時のような二人のやりとりが食事の開始から数十秒後には開始されるため、ロズワール邸の食堂は毎日賑やかなものだった。
そして、今日も。
「……テン? おい、寝るな」
「起きてるよぉ、寝てにゃいから」
「分かりやすく眠そうにするな」
無言が故か、食事中にも関わらず船を漕ぎ始めたテンの頭が上に下にと揺れる。銀食器を握る左手の力が抜けかかったのをエミリアが支えるなどの動作を見たハヤトが思わず声をかけた。
対するテンの反応と言えばそれ。滑舌までも壊滅的になったか、「寝てない」が「寝てにゃい」に変形する様子にハヤトは笑いを含めた息を溢す。
現在の時刻は冥日の七時を半分過ぎた頃。普段から夜中まで鍛錬に勤しむ彼がこの時間帯から眠くなるなんて珍しい。不思議がったロズワールが「珍しぃことだねぇ」と顎に指を当て、
「普段から屋敷の誰よりも遅く寝るテン君が、あわや夢うつつになりかけるだぁなんてぇーね。今日は大変だったのかい?」
問いかけに「んぇーー?」と語尾を伸ばしたテンの眠たげな声がエミリアの耳に届けば、「食事中はちゃんと起きなさい」と軽く注意を受けた彼の背中に絶対零度の氷塊が投げ込まれ、目をかっ開いて背筋をピーンと伸ばした。
半分寝ている人間には刺激の強すぎる起こさせ方に、しかしエミリアは悪気の気配は無く。寧ろ、行儀良くしろとでも言いそうな表情をしている。
「冷てーな、何すんだよ!」
「お食事の時はお行儀良くしないとでしょ?」
「そうだとしても他にマシな起こし方あったよね」
事実、目を覚まさせられたテンと目を覚まさせたエミリアの間でそんなやりとりが瞬時に交わされた。
椅子ひとつ分開けた間隔をいつの間にか詰めた真横に座る彼女に彼は目を細めるが、楽しそうに笑う彼女に軽く受け流される。
まともに自分の言葉を受け止めてもらえてない感が否めないテン。レムに次いでエミリアにすら口で勝てなくなってきた気配に彼は物言いたげな口元を自制。代わりにため息として言葉を吐き出し、気持ちを切り替えた。
切り替えた彼が意識を向けたのはロズワールの問いかけ。エミリアとの会話を挟んでしまったが、元はそれから始まった会話。一度、咳払いする彼は「あのですね」とロズワールに視線を飛ばし、
「色々とあったんですよ。ほんと、今日の一日だけで疲労困憊になるほどに」
「ほーぅ。具体的には何があったんだい?」
「それはーー」
「行きの時に盗賊に襲われたんだよ。竜車を走らせてたら急に揺れるからそん時は何事かと思ったがな」
テンの言葉を遮るハヤト。やけに楽しそうに話す彼の言葉に初耳の者達が分かりやすく反応を示した。中でも一番反応が良かったのはエミリア、彼女は「えっ?!」と驚くような声を上げ、テンの右腕を見る。
追々伝えるとは話されていたが、まさか彼の骨折は今ハヤトが話した盗賊のせいなのではと考えが脳裏に過り、
「十二人だった。んで、その中の大将を俺が、ほかの雑魚共をテンが蹴散らしたってわけ。お前に鍛えられた成果が発揮されたおかげで簡単に倒せた」
「そぉーれはそれは、災難だったねぇ。まぁ? この私に鍛えられているだから、その辺の小石に躓かれても困るけーぇどね」
言葉を重ねたハヤトにエミリアは確信を得る。間違えなく、テンの骨折は盗賊に襲われたことが原因だと。つまり、自分は全くの見当違いをしていたと。
迷子ではなかったことに気づいたおかげで、ハヤトに怒ったりテンに怒鳴ったりした事が申し訳なくなってきたエミリア。彼女はテンの顔色を窺うように顔を覗き込むが、何も理解してないテンは頭の上に疑問符を浮かべ、取り敢えず笑った。
ーーもしかして、怒ってない?
ーーなにこの子。目で合図してきたんだけど。
二人の間で数秒間、無言の見つめ合いが発生。彼の反応を見るとあまり気にしてない風に見えて自分が考えすぎなのかと思うエミリアと。彼女の表情を見て意味不明そうなテン。
ーーねぇ。怒ってない? 怒ってないよね?
ーーこの子の目って、ほんと紫だよなぁ。
無言のやりとり。しかし、流石に目を合わせただけで心が通じ合うわけでもない二人のそれは、エミリアの一方通行な言葉が送られるだけの意思疎通のカケラもないものとなった。
「それで、俺が言ってやったんだよ"俺達を倒したけりゃ魔獣の群れでも連れて来い"ってな。あんな奴ら俺ら二人にかかれば余裕だぜ」
「威勢の張り方の一つでも覚えたらいいかしら。お前、その言い方だと向こう側を煽ってるだけなのよ」
「当たり前だろ? 煽ってんだから」
「重症なのよ。自分の力をどんだけ過信してるかしら。そのうち死ぬのよ」
無言の世界に入ったテンとエミリア。しかし二人を置いてハヤトが盗賊戦の事を武勇伝の如く語る。
声色、表情、態度。どれをとっても気分が良い人間に当てはまる彼は隠す事もない自分達の無双話が止まらず、隣でベアトリスが「コイツ、もうだめかしら」と小さく呆れるが、気づかない。
「俺は武術で大将を圧倒! 手も足も出させずにボッコボコにしてやった。テンはあれだな、魔法中心にド派手な攻撃で敵を一網打尽!って感じで。今の俺たちには敵なしだな!」
「世界は広いよ、ハヤト君。調子づくのは構わないけど、あまり行き過ぎないようにね。前にも話したが、それは時に、君の美点であり弱点なんだから」
「へーきへーき。余裕だって」
拳を前に突き出てワンツーパンチ。まだ見ぬ敵に宣戦布告する彼は余裕そうな態度でロズワールの言葉すらも跳ね返す。負けることなど一切考えない彼らしい反応だった。
慢心の塊。言葉にするならその言葉が一番しっくりくる今の状態に、困ったようにロズワールは顔を顰める。流石にまだ青い、なんてことを呑気に考えるが、割と危険な状態だ。
前々からもそうだったが、ハヤトは自信がありすぎる節がある。程度を弁えているなら問題はないが、彼の場合はそうではなく。そのせいで、自信が慢心に繋がってしまっている。
何事も、ある一定の線を越えたら自身を滅ぼしかねない事態の引き金になりうるため、それだけは気を付けなければならなかったのだが。
盗賊を撃破したことが自信に拍車をかけたか、時すでに遅し。
「今の俺達なら、なんだって倒せるな!」
結果として今に至ると。
曇りの一つもない笑み、好戦的な笑み、様々な慢心要素を含む笑みを向けられ、若干呆れるロズワール。彼からすれば今のハヤトはイキってるだけの若造にしか見えなかった。
高々二ヶ月ちょっと鍛錬した程度で最強にでもなったつもりか。慢心に口の回りが加速し始めた彼にお灸を添えるべきかと考えるが。その中、ハヤトは視線をテンに向けると、
「なっ? テン。今の俺たちなら何が来ても余裕だよな!」
「ーーーー」
「あれ?」
同調の声を期待していたが、問いかけに対する声は聞こえなかった。それどころか自分の話など耳に届いていないかのようにテンはエミリアと見つめ合っている。
予想外の反応に思わず困惑の声を上げるハヤト。しかしテンは依然としてエミリアと瞳と瞳を合わせている。
真顔のまま、無言で、ジーッと。時折、顔を顰めたり目を細めたりと表情で会話するような様子もあるが、言葉だけは一切無い。
途端、ハヤトの視線をなぞるように周囲の視線が二人に集められた。しかし、尚も両者は無言の世界から帰ってくる気配はない。
声を上げていた存在が静まり、食堂が静まる中。その時、不意に一人の存在が澄まし顔のままに動き出した。
両手で持つのは紅茶の入ったポット。背筋を伸ばしたその存在がトコトコと歩き。向かう先は当然テンとエミリアーーその間。
「テン君。紅茶のおかわりはいかがですか?」
二人の視線、その間に割り込むようにして身体を乗り出したのはレム。無言の世界に入っていた二人からすれば唐突な乱入、互いが驚いたように背筋を伸ばした。
が、ここでテンは横から割って入ってきたレムの目が笑っていないことに気づく。目以外の顔の部分は普通通りの澄まし顔のそれだが、一番肝心な目だけが全く笑っていない。
何か悪いことをしてしまったかと不意に不安衝動に駆られるテンだが、対するレムは先の言葉を再度繰り返すだけで。
「…はい。いただきます」
言うと、短い声で「はい」と返される。数秒して聞こえてくるのはティーカップに液体が注がれる音とポットがカップに当たった音。無言、無音の空間にやけに響いて聞こえたのは何故なのか。
注ぎ終えたレムが体を引っ込めると一礼。テンの不安を他所に彼女は元の場所へと帰って行った。
その後も彼女の視線が自分から離れていかない事にはテンは絶対に触れない。触れたら冗談抜きで殺されるーー気がする。
「おいテン。さっきの話、聞いてんのか?」
「えっと……。犬派か猫派かって話だよね。俺は時と場合によってコロコロ変わるから、俺の意見としてはどっちも可愛いからどっちも派で!」
「うん! 聞いてないね!」
いっそ清々しいまでの白状の仕方に、慢心の笑みが一瞬にして崩壊したハヤトが盛大に椅子から転げ落ちる。ドタドタと音を立てて立ち上がる彼は平常運転すぎるテンに怒る通り越して感心した。
座り直す彼は「お前ってやつは……」などと首を軽く横に振っていたが。息を溢し「いいか?」と調子を取り戻すように腕を組みながら、
「今日の話。お前と俺は盗賊相手にも余裕で勝てたし、今なら何が来ても負けねぇよなってこと。お前もそう思うだろ?」
「思わないけど」
「あれー?」
真面目に話を聞いていてもハヤトが困惑する未来は変わらなかったらしい、即答された。二度目の予想外に自信満々な心にヒビが入る音が聞こえたハヤトは首を傾げて困った表情になった。
ハヤト的にはここで「そうだね。余裕だよ」と言葉をもらってから二人で拳を合わせる予定だったが。現実は甘くない、テンの見事なスルーに彼の拳は空振りに終わる。
ハヤトの様子から何となく察した。差し詰めまだイキり足りないのであろうと思ったテンは彼に大きくため息を溢し、
「当たり前でしょ。俺は結構キツかったんだから。それにお前だって力加減ミスって二次被害出してるし、加えて余計な力まで使って余計に派手に相手のことをぶっ飛ばして。少しは力加減でも覚えたらどうなの?」
「おいおい。そりゃ論点がズレてーー」
「それにそーゆー発言はロズワールに一人で勝ってから言いなよ。鍛錬始めて二ヶ月の俺達みたいな人間が言っても、ただイキってるだけの小物にしか見てないよ」
「いや、だがーー」
「じゃあ、あの盗賊団に数分も掛かった俺達だけど。仮にあの場にいたのがロズワールだったら、何秒で片付けると思う? 秒もかからないよね。レムやラムが代わりに出てたら何十秒で片付くと思う? 秒で片付くよねってお話」
「けどよーー」
「まだ言うの? これだけ言ってもまだ取れないのか。じゃあ言うけど、俺達よりも早く、安全に、被害なしに盗賊を片付けられる人がこの世界には沢山いるのに、何でその人達よりも劣ってる俺らがそんな発言できるの?」
「ーーーー」
「誰にも負けないってのは、言い過ぎだと俺は思うよ。盗賊倒して自信がついたのは良いと思うけど、お前はもう少し自分の力を低く見積もるべきだよ。じゃないと無鉄砲に突っ込んで死んじゃうよ? 現に、『最優』の騎士に喧嘩ふっかけようとしてたしさ」
「 」
「自分の実力と相手の実力が慢心のせいで判断できなくなるハヤトなんて、俺は見たくないなぁ。だから、少し頭冷やそうぜ?」
淡々と、落ち着いた様子で話すテン。一つの脚色もない事実を述べただけの言葉の羅列、しかし彼に言われるからこそハヤトの中で響くものがあった。
上からのしかかるようにかけられる言葉の重みに精神的にハヤトは圧迫され、途中から抗議の声を沈め、言葉すら口から発せられずに黙り込む。一のことに対して百で返してくるテンには言葉では勝てない。
こうした話し合いの時、テンは相手から一切目を逸らさない。相手のことを一直線に射抜き、それと真面目に向き合う。それもまたハヤトが押し黙る理由の一つだった。
「……思った以上に言われた」
頭でも冷えたか、落ち着きを取り戻したハヤトの第一声はそれだった。態度、声色、いずれも先程、ロズワールが懸念していたことを全て解消してくれる様子。
口早に話したせいで喉が乾いたテン。彼はつい先ほどレムに淹れてもらった紅茶で潤し、「ほぅ」と一息ついた。
「お前を黙らせるにはこれぐらいがちょうど良いんだよ。前しか見ないんだから、偶には後ろの声にも耳を貸してね」
「おう、気をつけるわ。やっぱすげぇな、俺ですら止められない俺の心を言葉だけで強制的に止めるとは。流石制御係」
「おい十八歳。何なら今年で十九歳。子どもじゃないんだから自分のことくらいは自分でなんとかしろ」
いつも通りのハヤトが返ってきた気配にテンが疲れたような表情。周りの人間を置いて交わされたやりとりはハヤトが慢心の心を取り除かれたことで着地した。
お灸を添えるまでもなかった。
彼の慢心度合いは流石に目に余るものがあったために口を挟もうかと考えていたロズワールだが、その必要も無かったと心を落ち着かせる。普段から何かとハヤトの制御係になる彼は今回もその役割を全うしてくれた。
真反対だからこそポンポンと出てくる言葉で彼の慢心を相殺。それだけにとどまらず勢いすら完全に止めるとは、心配するまでもない。
前に向かって全速前進のハヤト、後ろに向かって全速前進のテン。一癖も二癖もある二人だが、二人揃うと相殺するどころか、どちらかがどちらかを自分の方向に無理やり引っ張るという、
「いい親友を持ったね、ハヤト君。大事にするんだよ」
「もちろんだぜ。テンは俺にとって唯一無二の親友にして相棒。コイツがいれば俺が何やらかしても基本的に対処してくれるから安心して慢心できる」
テンのことをハヤトの制御係として捉えているロズワール、テンのことを自分の制御係として確立させているハヤト。満足げに頷く二人は揃ってテンに尊奉の眼差しを送る。
他にもベアトリスやラムからは自分の苦労の度合いを鼻で笑われ、エミリアやレムからは労うような言葉が優しくかけられ。
「安心して慢心とは……」
ため息一つ。様々な感情を一度に受け取ったテンは机に頭を打ち付けたのだった。
▲▽▲▽▲▽▲
一悶着あった夕食の場が片付くと、自然と各々が自分の時間になだれ込んでいくのが常であると思う。が、
「つか、今更だけどさ」
全員が席から立ち上がり、各々が寝る前の予定を済ませようとする中、不意にテンが声を上げる。視線の先はベアトリス。不思議そうに首を傾ける彼はハヤトのことを指差しながら、
「ベアトリスって基本的に書庫でご飯は済ますよね? 最近は週に何度か一緒に食べることも増えてきたけど」
「何が言いたいのかしら」
「珍しいなーって。それにハヤトの隣に座ったのも。いつもはハヤトが隣に座って嫌そうな顔するのが鉄板なのに」
色々とありすぎて素通りしていたが、今日の席にはベアトリスがいたこと。更にはハヤトに懐きつつある(仮)彼女がハヤトの隣に自分から座ったこと。この二つが不思議で仕方ない。
ハヤトが食事を運ぶようになってからは、パックがいる時しか彼女は顔を出さないことが殆どで。加え、側から見てもわかるくらいに隣に座るハヤトに嫌そうな顔を向ける彼女が。
贈り物効果だろうか、などとと心の中で考えるテン。しかし、ふと自分の隣にいるハヤトを見たベアトリスは「あっ……」と気付くように息を吐き。次に、はっとしたような表情になってーー、
「おわぁーー!」
途端、手の平がハヤトに向けられたかと思えば、見えない空気の塊に思い切りブン殴られて、決して軽くない彼の身体が軽々と宙を舞う。
上下左右が曖昧になる感覚にどうにか体制を立て直すも、壁に激突。壁掛けの絵や調度品が揺れるのを、素早く駆けつけたメイド二人が見事に押さえる。
気づき、吹き飛ばす。この一連の動作を見届けたテン達は、しかし見慣れた光景だと焦る様子もない。が、主犯は「ふんっ」と鼻を鳴らしてスカッとした表情。
「なんで?」
「別に理由はないかしら。ただ何となくぶっ飛ばしたくなっただけなのよ」
理由をテンが問えば理不尽すぎる理由を述べ、清々したと転がるハヤトを鼻で笑うベアトリスは満足そうな様子。彼女はつかつかと食堂の扉へと向かい、それを押し開ける。
その先は廊下ーー否、禁書庫に繋がっていた。『扉渡り』による効果だろう。本だらけの世界へと足を踏み入れる彼女は、こちらへと振り返り。
「茶菓子の件、褒めてやるかしら。これで貸し借りなしにしてやるのよ」
「もしかしてハヤトをぶっ飛ばしたのって、無意識に座ってたことに対する照れ隠しーー」
「それ以上先を言うなら、お前もあの男と同様の事をしてやるかしら! このイカれ男!」
扉が思い切り閉められ、興奮した様子の彼女が自分の領域に消える。思いついたことを適当に言っただけなのだが、反応から察するに本当に照れ隠しらしい。
照れ隠しで相手を吹き飛ばすとは、この世界の女性は怖いことをするものだと笑いながら呑気に思うテンだ。
というか、
「まだ俺のことイカれ男って呼んでんのかよ。そろそろやめてほしいんだけどなぁ」
「当然の評価だと思うけど。イカれ男」
「ほら。こうやって呼ぶ人が出てくるんだもん」
流法の鍛錬以来、呼ばれ始めた呼ばれ方に困るように呟くテンだが。横からスルッと出てきたラムに呟きを拾われて侮辱される。真顔で言われる「イカれ男」ほど辛いものはない。
初めて呼ばれた所を聞いた時は珍しく吹き出していたし、彼女的にも呼びやすいあだ名なのか。偶にそう呼ばれる事がテンの悩みの一つだったり。
「くっそぉ、ベアトリスのやつ。一方的にやりやがって。次会った時は覚悟してろよ」
「彼女がここまで感情を露わにするのも珍しい。ハヤト君はずぅーいぶんと好かれたものだねぇ。遠慮なしに接する君だからこそかな?」
いつの間にか返ってきたハヤト。彼は服についた埃を払いながら、
「さぁ? それは、アイツに聞いてみないと分からん。だが、前よりは話す機会も増えてきた感はあるな。それに最近は、俺の部屋が禁書庫に繋がってる事が多いんだよ」
「彼女が招き入れているとでも? じゃ、好かれているというより懐かれてるの方が表現としては正しいねぇ」
「そうだな」
「ーー聞こえてるのよ、お前ら」
閉じた扉が向こうから少しだけ開かれ、そこから顔だけを覗かせたベアトリスがこっちを見ている。
勝手に出て行ったと思えばすぐにこれだ。案外、かまってちゃんな部分もある彼女にハヤトの視線が向けば、彼のまつ毛がピクリと反応し、瞳がギランと輝いた。
「おぉ、豪快にぶっ飛ばしておいて出てくるたぁ、いい度胸してんなベアトリスぅ!」
声と同時に射出されるような勢いでハヤトの体がその場から弾け飛ぶ。向かう先は食堂の扉へと一着線にーーーー。
「相変わらず騒がしいな」
「扉が壊れなかったのはベアトリス様のせめてもの気遣いと捉えるべきなのかしら」
扉の奥に消えたハヤトと共に勢いよく食堂の扉が閉まる。扉に激突しなかったのはハヤトの速度が故か、或いはベアトリスの扉の閉め忘れか。
何にしてもうるさいのが二人退出した事で食堂は途端に静まり返った。その代わりとして禁書庫では今頃、ハヤトVSベアトリスの仁義なき戦いが勃発してるだろう。
「……じゃあ。俺は夕食の片付けをするので、他の人達は各々の場所に行ってね」
ちょっとした事ですぐ賑やかになるロズワール邸の食事時。いつも以上に長引いたそれを手を叩いて無理やり締めたテンがそう言うと、適当な返事と一緒に他の人たちが次々と扉を潜っていく。
切り替えの速さに定評のあるテンに釣られる形でロズワールやエミリアが出て行き、レムが別の仕事ために出て行き。部屋にはテンとラムの二人が残った。
「テンテン。出る前にひとつだけ伝えておくわ」
「ん?」
部屋から出る前、扉の直前で振り返ったラムは頭の上に疑問符を浮かべるテンを見ると、「そうね」と彼のことを指差し、
「冥日の十時以降、レムが部屋であなたのことを待ってるから。ーー意味、分かるでしょう?」
次回で王都遠足編は終わり、最後はあの二人で締めくくります。また一歩、前進です。