王都遠足編、最終回。この回が終われば、またいつも通りの日常に戻ります。
片手に小箱を持ち、部屋から出る。やけに高鳴る鼓動の音は全て無視して足を進めだす。身体が思うように動かないが、それでも止まらない。
歩く。
使用人が利用する階の二階で使用人用の部屋はいくつも用意されているものの、事実上、この屋敷でその役割に該当するのはたったの四名であるため、ほとんどは空室となって遊ばされている空間である。
歩く。
同じ階のいずれの部屋も、そうした空室であることを知るテンは、それらの扉の前をなにもないかのように見向きもしないで通り過ぎる。
歩く。少し遅くなる。
向かう先にあるのは階段ホールで、上階を目指して進む。屋敷の三階を通路を真っ直ぐに抜け、その部屋へと向かう。使用人棟の三階、西側の階段から三つ目の部屋。
止まる。
目的地にたどり着いた事で回していた足が止まる。否、止まったのは足だけではない。体の動きそのものの時が止まったかのようにピタリと停止した。
息が詰まる。
なんて声をかけたら良いかも考えられず、しかしノックする人差し指だけは準備万端。なのだが、そこから先が続かない。二回、トントンと優しく叩けば済む話にも関わらず、その二回ができなかった。
正面の扉、飾りっ気のないそれを前に、その青年ーーテンは最後の一歩を踏み出せずにいた。
片手に持つ小箱の中身は腕輪、三人のうちの最後の一人である人物に贈る腕輪がある。
隠すまでもない。その人物とは今まさにテンが向き合っている扉を挟んだ向こうにいる少女ーーレム。彼女が待っている。待たせているのに。
動かない。
身体が動かない。扉をノックする、これ一つの動作すらも今の自分には困難なようで。やろうとすると鼓動が騒ぎ始め、治れと胸に手を当てるも得られるのは騒音の証拠のみ。
おかしい、ラムとエミリアには普通に渡せたのに。どうしてレムに渡すとなるとここまで過剰に緊張してしまうのか。精神的な問題なのは間違いないけれど、問題はどんな思いが原因でーー、
ーーそれはきっとお前はレムが
ーーダメだ。そんなの良くない。
不意に心の奥底に閉じ込めた自分からの声を誤魔化すテンは自問自答。自覚しそうになる感情を頭を振って振り払った。聞こえない聞こえない、お前の言葉なんて聞こえないと。
そうだ、きっと二人のときは日常の一場面的な感じだったから緊張しなかったんだと思う。今は少しだけ良くない雰囲気が出てしまっているから緊張するだけで。
きっとそうに違いない。それ以外にない。それしかないに決まっている。
ーー何を緊張する必要がある?
扉をノックして、部屋に入って、レムに腕輪を贈って、少し言葉を交わして帰る。ただそれだけの、普通のやりとりのどこにその必要があるのか意味が分からない。
浅く息を吸い、深く吐く。呼吸は良い、身体の中にある余計な感情、力、言葉。いずれも精神を乱す要因を一気に吐き出し、断ち切る事ができるのだから。
ーー日常。そう、これは日常。何の変哲もない夜の一場面。
正常稼働を始めた思考回路が熱を帯びて回転し、己の精神を落ち着かせる。何度も同じことを自分自身に伝え、理解させ、最後の一歩を踏み出す勢いを生み出す。
そうすれば、彼は勢いに身を委ねる。人差し指の第二関節が扉を優しく叩く音が廊下に小さく反響した。
「レム、テンだけど。夜遅くにごめんね、少しだけ時間ある?」
「はい! 大丈夫ですよ」
声をかけると、扉の向こう側からレムの声が聞こえてくるが、「はい」の部分だけ変に声が裏返っていた気がした。珍しい声色、しかしあまり触れないことにした。
許可を得たテンはドアノブを掴むとゆっくりと押し開ける。躊躇などいらない。ここで時間をかけてしまえば、それだけテンの心が勢いを失う機会を与えることになる。ーー悩み、惑う時間など必要ない。
部屋に踏み込み、視界が開ける。そこには簡素ではあるが慎ましやかに飾られた少女らしい部屋があった。いや、それ以前に扉を開いた直後に眼前に待機しているレムを見た。
水色のネグリジェ。胸元にピンク色の小さなリボンが飾られているそれを着用している寝巻き姿の彼女が、目の前にいた。
口を閉じていて良かったと心から思う。心臓に悪すぎて危うく変な声が出るところだ。代わりに舌を思いっきり噛んだせいで変に冷静になれた。
「こんばんは、レム。お仕事で疲れてるのに突然ごめんね」
「大丈夫です。ささ、中に入ってください」
言い、手を掴んだレムに優しい力でテンは引っ張られる。テンとしては入り口でパパッと済ませるはずが予定とは大きく外れた展開。しかし彼女を見てしまっては否定もできない。
結果として寝台に身を置いたレムの隣にテンもまた身を置いたーーその瞬間だった。
本能と理性の両方がここに長居してはいけないことを理解、早く事を済ませて部屋から出なければならないと即座に心の中で決定した。
表現としては気色悪いが、これは俗に言う"いい匂いがする!"というやつ。女性特有とでも飾ろうか、良くない香りが嗅覚をこれでもかと刺激してくるせいでテンは思わず呼吸を止め、心臓に手を添える。治れ、治れと。
不意に扉の閉まる音に、いつの間にか木製の床板であみだくじをしていた目線を上げると、開けっぱなしの扉を閉めたレムが、次にカーテンを閉める動作に移っている。とんとん拍子で事が進んでいくのをテンは見ることしかできない。
扉が閉まり、空間には二人以外の存在が息をしておらず。窓の幕が閉じ、月すらも二人の様子を覗くことができず。二人だけの空間が完成。
極め付けは、やることはやったと満足気なレムが真横、みじろぎ一つで肩が触れそうな距離感にちょこんと座り。ふわっとした雰囲気の彼女は。
「お待たせしました。テンくんっ」
ーーこれは、
解けた表情が極限まで解け切った笑み。ふにゃふにゃになった表情と一緒に名を呼ばれたテンは、鍛えられた女性耐性を粉砕する威力に口を固く閉じる。
これまで幾度となくレムには心拍数を上げられてきたし? 触れられてきたし? 軽く寿命縮まされてきたし? まぁ何が来ても余裕じゃね? とか一ミリでも考えていた自分が馬鹿馬鹿しい。余裕どころか舌の痛みが無ければ気絶していた。
「それで、今日はどうしたんですか?」
「…うん。実は、レムに渡したい物があってさ」
問いかけながらも目線が自分の持つ小箱に向くレム。彼女の青の瞳に困惑色が混ざるが、眼中にないテンは「これは日常、これは日常。何の意味もない普通の光景」と心の中で復唱、精神を凪にして目的を果たすべく小箱を彼女に差し出した。
「テンくん……? これは?」
青色の小箱。彼女のために用意されたとも捉えられるそれを受け取るレムは、戸惑いを全面的に押し出すような困惑。どこぞの毒舌とは大違いの反応にクスッと笑ってしまったのは内緒の話。
視線を向けられれば、小箱を開けるよう促すようにチラと視線を小箱に送る。無言の返答にレムは息を呑み、蓋に手をかけて、覗き呑むように取り外した。
手に取ったそれは厚さ一センチにも満たない腕輪。円周に沿うようにして青色と白色の透き通った宝石が交互に嵌め込まれた品のある装飾品だ。
白、赤、青と。それぞれのイメージカラーを軸とした腕輪は君だけの物というテンからのバレバレの隠されたメッセージ。しかし、今のレムには気づく余裕もない。
腕輪を手の平に乗っけるレム。困惑色が瞳から消えた代わりに予想外とばかりに目を見開く彼女はテンを見つめる。この状態で見つめられると座高的に上目遣いが炸裂、照れ隠しとして目線を逸らすテンは横顔で微笑み、
「今日、ラムと王都を回った時に偶々装飾品を売ってるお店が目に止まってさ。折角なら日ごろからの感謝の気持ちを込めて、贈り物でもどうかなって思ったんだよね」
ありがちだけどさ。と言葉を紡ぐテンはレムの様子を横目で伺う、まだ彼女は目を見開いたまま視線をテンと腕輪の二つを行ったり来たり。
その心の中で今なにを思ってるのか読み取りづらい彼女にテンは浅く息を吐いて顔を向けると、
「レムには朝起こしてもらったり、倒れないように気にかけてもらったり、休みの日には紅茶淹れてもらったり。色々と助けられてるから。偶には良いかなって」
思えば、この世界に来てから一番深く接してきたのはレムだった。初めの一週間はただの仕事仲間としての接し方だったけど、そこから少しずつ彼女の方から歩み寄ってくれる事が増えて。
どれだけ助けられただろう、彼女の優しさに。
どれだけ救われただろう、彼女の言葉に。
どれだけ感謝の言葉を重ねても足りない。だからテンは腕輪を用意して。その言葉と共に自分の気持ちをやれる限りで表現する。
「だから。……ありがとう、レム。いつも、いつも、本当にいつも、俺のことを気遣ってくれて。こんな言葉しか言えないけど。感謝してるよ」
ーーおかしいな。
軽い気持ちのはずだったのに、彼女に対してだけは感情の篭った贈り物になってしまっていることにテンは気づく。ラムの時も、エミリアの時も、普通に渡せたのに。
頬の熱が冷めてくれない。寧ろ、内側からじわじわ熱せられるように増している。レムには変に見られてないだろうかと余計な心配が心に過った。
そんな感謝の気持ちを直球、それも贈り物という頭の中が真っ白になってしまう条件付きで向けられたレムの反応はーー、
「ダメですよ……。テンくんにこんなことされてしまったら。レムは……、レムは」
「ーー! な、ないっ。なんでレムが泣い、てぇ。え、あ、あの、もしかして、そんなに嫌だったとか……?」
エミリアに次いでレムまでも泣かれた。潤んだ瞳から堪えきれずに一雫、感情が頬を伝り。それを見たテンは寝台のスプリングが跳ねる勢いで一度大きく肩を跳ねさせると、しどろもどろな様子で大慌て。
まともな反応はラムしかしてくれなかった事実に、自分は一体どうすればいいのかと緊張していた心が吹っ飛んだテン。
しかし、彼の動揺を止めたのは動揺を与えたレムの行動だった。顔に波紋するような笑みを浮かべながら指で涙を拭い、空となった小箱をそっと置く彼女は腕輪を大切そうに両手で持ち、胸元で包み込む。
「違いますよ、テンくん。これは嬉し涙です。レムは今、とても嬉しいんです」
心に訪れた幸福感が溢れ、笑みとしてテンに向けられる。それは、頬が緩み切って意図せずに溢れた純愛の笑みだった。
「今まで、こんなに嬉しい贈り物をレムは頂いた事がありませんでしたから。テンくんが……テンくんがレムのためにくれた贈りもの。レムの一生の贈り物です」
「一生は流石に重いかな?」
「いいえ、一生なんです。一生にします。一生にしかできません。だって、テンくんの贈り物なんですから」
食い気味に『一生』にこだわるレム。感謝の気持ちを伝えるだけの贈り物にしては重すぎる評価にテンは困るように苦笑い。けれど、レムが嬉しそうならそれで満足した。
好きな人からの初めての贈り物だ。否、これのせいで大好きになってしまった人からの贈り物だ。嬉しくないわけがなかった。多分、これを見るたびに恋のため息が出てしまいそうな気がレムにはしている。
それからしばらくの間、恍惚とした様子で腕輪を眺めていたレムだが、不意に「テンくん」と彼の名を呼ぶと、身体の向きを変えて彼と向き合う。
自然とテンも彼女と同じように向き合い、手渡された腕輪と一緒に左手首が差し出された。
「レムに付けてくれませんか?」
「喜んで」
細い手に手を伸ばし、テンは乱れのない動作で腕輪を丁寧につける。指の一つ一つに意識を向けて、彼女が傷付かないように。
相変わらずユルくもなくキツくもないサイズ感にラムには感謝しかないテンである。万が一サイズが合わない事があれば微妙な雰囲気になるのは火を見るより明らか。
数秒と経たずに付け終わると、レムの目つきが柔らかなものになった。腕輪の存在を確かめるように、馴染ませるように眼前に近づければ「テンくんがくれた……」と呟いている。
多分、喜んでくれている。彼女の反応をそう捉えたテンは「うん」と満足そうに頷き、
「よく似合ってるよ。正解だったね」
「……似合ってるだけですか?」
「えっーー」
頷き、顔を持ち上げた表情で固定されたテンはレムの問いかけに言葉が詰まる。胸元に左手首を添えている彼女は彼のことをじーっと見つめ、
「似合っている。それだけなんですか?」
やや不服そうな態度で彼女の目が細められる。身を動かし、詰め寄る彼女は「ひぇっ」と小さく声を溢すテンを他所に、ただでさえ近かった距離感をゼロに詰めた。
青の瞳が、テンの瞳を一直線に射抜く。言われた評価に対して不満そうな彼女はその後も、テンの瞳をじーーっと見つめる。彼は背筋を伸ばして口を閉じたままだ。
途端、無言の攻防戦が開始された。物言いたげに口元が揺れるレムと、頭に浮かんだ言葉を言うべきか否かが分からず息が止まるテン。思っていることは同じでも口にするかどうかの違いによるすれちがい。
レムとて乙女であり少女。大好きな人からその一言くらい言われたい。四文字、たった四文字でいいから心に留めておきたかった。
数秒の沈黙。最後の方にはレムの「むぅ」が可愛らしく炸裂、テンの心を激しく動揺させ。
その結果、
「……か、わいい。と、思うょ」
言った。
「ーー! あ、ありがとうございます!」
言われた。
言ったテンの声の調子が悪く、言われたレムの頬が一気に紅潮。かわいいと言って自爆したテンと、かわいいと言わせて自爆したレム。
双方が精神的なダメージを負うことで無言の攻防戦は終結し、結果として両者の間で程なくして気まずい沈黙が流れた。先程と殆ど同じ絵面である。
尤も、レムの場合は沈黙の解決策として、今すぐにでも目の前の存在に飛びかかってやりたい気分だったが、その心を何とか抑えて自制。
テンを押し倒すのはまたの機会したレムはこの沈黙を破壊するべく「そうでした!」と手を合わせて、
「実はレムからもテンくんに贈り物があるんですよ」
「俺に? 王都で買った物とか?」
「そうですね。テンくんと同じです」
立ち上がるレム。机に向かった彼女の背が振り返った時、その手にはテンが持ってきたものと同じサイズの小箱があった。どうやら、彼女も同じことを考えていたらしい。
微笑みながらテンの目の前に座り直し、その箱を彼に渡した。
「開けても?」
「どうぞ」
了解を得て箱を開けた途端、目に飛び込んできたのは青色だった。レムを象徴する色のそれが存在感を強調するように、ど真ん中に陣取っている。それだけなら良かった。
それだけ、なら。
緩衝材を取り外し、次に中の装飾品を取り出すとその全貌が明らかになる。
「これは。首飾り」
「はい! レムからの気持ちです」
手の平に乗っけたそれは首飾りだった。上品な人が付けてそうな、オシャレする人が常に身に付けてそうな、テンのような人間とは無縁の品のあるもの。
首飾りと睨めっこのテン。彼は首飾りのある部分を注視、そこから目が離れなくなった。
首飾りとは基本、チェーンに宝石などを繋いで輪にした装飾品。つまり、メインとなる宝石などがそれにもあるのだが。今回はそのメインにテンの視線を固定させる問題があって。
「ーーーー」
一旦手元から目を離し、レムと目を合わせる。眼前の彼女は「どうですか?」とでも言いたげにニコニコしながら自分のことを見ていた。言葉が出てこないから取り敢えず笑って返す。
また視線を手元に戻す。視界に入るのは彼女の色を象徴とする青色の宝石、人差し指と親指の二本で摘める大きさ、光を反射するそれはとても透き通っていた。ここまでならまだ良い。全然いい。問題は宝石の形。
その宝石ーーハート型の宝石。
ーーどうしよう。
まさかそうくるとは思わなかった。結晶型とか四角形とか円型とか、他にも沢山種類がある中で、選び抜いたのがハート型。どう受け取るべきなのか審議が入る。
レムからの気持ち。
彼女はそう言っていた、ならばハート型が彼女の気持ちを表しているのか、それとも首飾り自体が気持ちを表しているのか。
おそらく後者だ。前者はあり得ない。あり得るわけがないあり得ちゃいけない。彼女の運命は決して揺らぐことなどないのだから。
ーーなら、深く考える必要はないか。
首飾り自体に意味があると判断した途端、色々と回っていた思考が停止。審議の末にただの贈り物だと結論付けた脳内は、快くそれを受け取ることにした。それに女性からの初めての贈り物、素直に嬉しい。
「あの、テンくん? もしかして、お気に召しませんでしたか……?」
「いやいや、そんなことないよ。まさか贈り物に贈り物で返されるとは思わなくてさ。少しだけ驚いてた」
考えていたために沈黙したテンの様子を良くない方向で受け取ったレムが彼と同じリアクションを見せるが、即答する彼は彼女の言葉を塗り替える。明るくなった彼女は笑みを弾けさせてくれた。
笑いかけ、否定し、笑い合う。先程から表情筋が忙しい二人。精神的にもそろそろキツくなってきたテンは「じゃあ」と言葉を紡ぎ、
「付けてみるね」
「あ、待ってください。レムのはテンくんが付けてくれたので、テンくんのはレムが付けます」
「自分で付けれるけど」
「レムが付けます。レムが、付けます」
自分で付けようとした矢先、伸びたレムの手が動きを強制的に中断。手首を掴まれたテンはぐいぐいと詰め寄る彼女の勢いに先程とは別の意味で「じゃあ」と苦笑しながら首飾りを渡した。
言葉は不思議だと思う。同じ言葉でも、抑揚の付け方と声色二つで全く別の意味として捉えさせる事ができるのだから。
「では。少し背筋を伸ばしてください」
「こんな感じで?」
背筋を伸ばしたテン。正座していた足を崩して胡座をかくと、満足そうにレムが頷いた。
しかし、その数秒後。
とんでもない出来事が自身の身に訪れることなどテン知らない。久しく全ての情報を遮断した虚無感モードに無意識的に突入するなんて、知るはずもない。
「バッチリです。ではでは、失礼しますね」
そして、数秒後。
過去一番にレムが接近した時からテンは記憶が曖昧になった。思い出そうとするも、レムが近づいてきたところと離れていく場面しか思い出せず、肝心なその間が不明で。
ただ、胡座をかく両足に確かな重みを感じた瞬間。全身にフワリとした優しさが添えられ、首に細い手が回されていたことはなんとなく覚えていて。
「やはり、レムの目に狂いはありませんでした。とても良く似合っていますよ!」
意識が定まり、視界が開けた時。既に首飾りが自分の首に付けられていた。レムは離れて、満足そうに、ニコニコとしていた。
「……うん」
何が起こったのかは理解しないでおくテンは呆然とした様子で適当な返事。なんとか意識の復旧を済ませた彼は、首に飾られたハート型の宝石を人差し指で撫でる。
似合うかどうかは置いといて、レムの気持ちだ。雑に扱うことなんてできないから丁寧に弄り回し、何度か光を反射させた宝石を見て言った。
「すごく綺麗。ありがとうね、レム。大切にするよ」
「レムもテンくんから頂いた腕輪。一生大切にしますね!」
「だから一生は……。まぁ、喜んでくれたならそれでいいや」
相変わらず贈り物に対しての反応が重すぎるレムに苦笑するテン。そんな彼にレムは幸せそうに笑顔を見せるばかりで、頬の赤みは隠すつもりもないのか、ほのかに赤く染まっている。
彼女を見ていたらテンも自然と笑顔が弾けていた。理由は分からない。けど、悪い気分ではないことは確かだ。騒がしかった鼓動はいつの間にか静まり、心から落ち着けている。
気の緩みか。心が落ち着いたことでテンの口から不意にあくびが出る。魔刻結晶を見れば、黄色が満ちようとしていた。日付が変わる頃だ。
「長居しすぎちゃったね。レムに贈り物も渡せたし、俺はそろそろ寝ようかな」
「そうでしたね。今日は盗賊の相手をして大変でしたもんね。すみません、そんな時にレムのために夜遅くに来ていただいて」
「いーのいーの。レムが喜んでくれたなら、俺はそれで満足だから」
立ち上がり、眠そうな雰囲気を纏うテンは大きく背伸びをしてから部屋の扉へと歩き出す。
その隣を歩くのは当然、レムだ。視線を一秒たりとも彼から外さないレムはテンが帰るその瞬間まで近くにいたい気持ちでいっぱいだった。
扉を開け、外へ出る。最後に何か言葉をかけようと振り返ると、少し名残惜しそうな表情のレムが視界に映った。
部屋の外と中、扉という境界線を挟んだ二人が今日最後の見つめ合い。最後になんて言葉をかけようかと悩んだテンは「ふっ」と笑い、
「じゃあ、おやすみ、レム。また明日、起こしに来てくれるの待ってるからね」
「ーー! はい、おやすみなさい」
肩を跳ねさせたレムの頬が今日一番に赤く染まったのを終わりに、扉がパタンと閉められる。それを見送ったテンは深く息を吐くと自室へと足を進め始めた。
我ながらに気色悪い発言をしたと思う。どうせならハヤトかラムにボッコボコにされたい気分。
けれど、レムの表情が明るくなったから気色悪い自分は自分自身の頬をぶん殴ることでお仕置きした。流法を使っているのを忘れていたために、かなり痛かったが。
「んーー! 疲れた」
しかし濃密な一日だったと窓から見える月を背景にテンは振り返る。
盗賊に襲われ、王国兵士の副兵士長に名前を覚えられ、ラムに甘い物を奢り、全財産を消費した結果、美少女三人組の笑顔が見れた。
短く振り返っただけでもこの字面。魔獣の森に放り込まれた出来事を越すことはないが、それでも記憶に焼き付いた一日。
ーーまぁ、でも
「早く寝よ」
ーー偶には、こんな日があっても?
なんて、ハヤトみたいなことを考えたテンは頭をブンブン振って一人でに苦笑。とっとと自室へと帰っていくのだった。
長かった……。書き溜めがあるからスムーズに進んだものの、リアルの時間で王都遠足編を書き終わるのに軽く一ヶ月は費やしてるという事実。過去の私に感謝ですね。