親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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作者ワールド全開でいきます。





王様だーれだ!

 

 

 

「王様だーれだ!」

 

 

 

王様ゲームを開始するハヤトの声が小机を囲む七人の耳に聞こえ。それが、この時をもって色々とはじまったことを意味する。

 

それは、人によって捉え方の変わる言葉だった。

 

ある人が聞けば『愉悦の開始』に捉えられ。

ある人が聞けば『幸福の開始』に捉えられ。

ある人が聞けば『欲望の開始』に捉えられ。

ある人が聞けば『日常の開始』に捉えられ。

ある人が聞けば『地獄の開始』に捉えられ。

 

言葉一つでここまで捉え方に差が生じるのも珍しい。

 

口角を三日月のように釣り上げるのはロズワール。

 

彼が考えることは一つ、「面白い展開」だけである。自身が王様になった時のことしか頭にない彼は、下した命令で被害者が悶える様を、それを見て愉悦する自分を脳裏に思い浮かべる。

 

楽しげに頬を緩ませるのはベアトリスとレム。

 

この二人が考えることは一つ、「自身の幸福」だけである。自分が王様になった時に標的となる人物にどんな命令を下すかを一心に想い、幸福を得ることしか頭にない。

 

不穏な笑みを浮かべるのはハヤトとラム。

 

この二人が考えることは一つ、「欲を満たす」だけである。己の欲望を命令として思い浮かべる二人は、それによって心を満たすこと以外考えていない。

 

周りの反応を見ながらワクワクするのはエミリアとパック。

 

この二人が考えることは一つ、「ゲームを楽しむ」だけである。誰にどんな命を下そうなどの野蛮な考えは一切なく、その時に応じて臨機応変に命ずる二人は穏やかなひとときの訪れを感じる。

 

覚悟を決めたように息を潜めるのはテン。

 

彼が考えることは一つ、「どうやって生き延びるか」だけである。身に降りかかる厄災を潜り抜け、生還する。このデスゲームを乗り切る方法を加速する思考回路で思考する。

 

様々な思惑が机を囲む八人の中で交差し、しかし時間だけが無感情に過ぎ去る。

 

つまりは、伸ばされた八本の腕が己の運命を決める棒を引き抜いた。

 

 

「ちぇっ。ハズレかよ」

 

 

途端に聞こえるのは悔恨の念が込められたハヤトの声。クジを確認する彼の瞳に王冠が映し出されることはなかったようだ。自分だったら軽くジャブ程度の命令を下そうと思ったのに。

 

では誰が? そう思い反射的に顔を上げるハヤトは自分以外にも顔色を窺う複数の顔を見た。その様子から察するに彼らの下にも王様の権利はなかったらしい。

 

しかし、その中で一人。ニヤニヤとしながら手の中にある王様の権利を高らかに掲げる人物が一人。

 それは、

 

 

「おやぁ? こぉれはこれは。どうやら、私は引きがいいようだねーぇ」

 

「マジか!? お前が初っ端かよ!」

 

 

なんの冗談か。一発目から一番王様になってはいけない人間に王様の権利が渡ってしまった事実。

 

顔を青くし、「独裁政治が始まるぞーー!」とテンが悲痛に叫ぶのを横目に仰天するハヤトは、手の中にある『7』のクジが見られないように握りしめて戦慄。割と洒落にならない。

 

これでは、始めは軽くジャブ程度にーーとか考えていたことが簡単にひっくり返る。ロズワールの頭に王冠がつけば、ジャブどころかストレートが顔面に直撃しかねない。

 

 

「では、僭越ながら。このわぁーたしが第一回ロズワール邸王様げぇむ、最初の被害者を出すとしよう。さて、この中でだぁーれが"面白いこと"になるんだろうねーぇ。ーーテンくん」

 

「いやぁぁ! 帰る! おうちかえる!」

「帰るってどこに? テンのお家はここよ?」

「そーゆー問題じゃねぇよ!」

 

 

まつ毛をピクピクさせるロズワールに見つめられたテンは背筋を凍らせて顔を引き攣らせる。まるで、自分の番号を見抜いていると錯覚させるオッドアイが恐ろしい。

 

既に王様が「被害者を出す」と言った以上、命令が愉悦を目的としたものであることは確定。

 

加速した思考回路が仇となり、独裁政治の始まりを理解したテンは咄嗟に身を回して脱出を図るも、エミリアに袖を掴まれ、カーペットに滑って転倒。

 

そんなテンを見るハヤトは余裕の表情だ。流石の真反対、彼と違って反応が真逆の彼は冷静沈着。初めこそ驚いたものの、落ち着けばなんてことはない。確率としても七分の一、低い確率。

 

開始早々、はちゃめちゃ展開な王様ゲーム。

 

ロズワールが王様になっただけーーまだ命令すら下していない入り口で立ち往生。しかし、ロズワールは「ふっ」と愉悦の笑みを浮かべると、

 

 言った。

 

 

「じゃ、始めはかるぅく。七番が王様に愛の言葉を一言。いってみよっか」

 

「はぁ!? おま、どこが、かるぅくだよ!? 男が男に愛の告白とか、誰得じゃ!」

 

 

確率とは。神様は振り向かなかった。

 

自分には来ないと思っていたハヤトが目を見開いて飛び起きる。握りしめたクジを突きつけた先には『7』の数字がこれ見よがしに存在を主張しており、彼の番号を語っていた。

 

テンではなかったことにロズワールが「あれぇ? ハヤト君かぁ。まぁ、いいとも」と、残念がるように言いながら楽しげに指名した番号の主を見る。

 

心臓が止まるかと思ったハヤト。真横に座ったことが不快感を促進させ、開催者ながらに開催するべきではなかったかと心底思う。

 

机を挟んだ正面では「はっ! ざまぁ!」と勝ち誇った表情のテンがいて、「ぬぐぐ」と歯を食いしばるしかない。

 

他にもロズワールの後ろから鬼の形相で睨んでくるラムと、爆笑するベアトリス。エミリアに至ってはドン引きされる始末。開始一発目から厄災が訪れた王様ゲームの洗礼をハヤトは今、受けている。

 

 

「はーい、皆さん静粛に。それでは、ハヤトの愛の言葉まで。さーん、にー、いーち」

 

 

手を叩くテンが隠すつもりもない愉悦の笑みを浮かべながらカウントダウン。自分が被害者でないと分かった瞬間、清々しいまでの手のひら返し。

 

この手のゲームでよく見る構図だ。そのため、そのうち彼にも厄災が降りかかるだろう。その時は思いっきり笑ってやる。

 

この借りは必ず返すと心に誓うハヤト。決まったものはしょうがない。ルールに則って自分は目の前でニヤニヤしているロズワールに愛の言葉を言う。嫌悪感が尋常でない。

 

そんな彼を他所にテンは立てた三本指を全て折ると、

 

 

「きゅー!」

 

 

それが合図なのだろう。沈黙した団欒の場が自分の言葉を待っている。だからハヤトは息を吸い、立ち上がると、少しの沈黙の末、

 

 

「ロズワール。俺はお前が好きだ。ずっと前からお前しか見ることができねぇよ」

 

 

 言った。

 

体を向け、目を見て、心を向けて。愛の言葉を掛けた。異性にかけるはずの言葉を、ゲームという場でありながらも同性の相手に。黒歴史か、黒歴史だ、黒歴史の他にない。

 

なんの罰ゲームだろうか。言った瞬間からその場が凍りついたように声が消える。シンとする食堂にハヤトの「好きだ」が木霊し、ハヤトの心を抉り取る。

 

そして。瞑目し、言葉を飲み込んだロズワールが瞼を開いて言った言葉。それを聞いたハヤトは思った。

 

 

「ごめんね、ハヤト君。流石にこの私も君に対して鬱屈感を抱かざるおえない。面白い展開を期待したが、やはりテン君に当てるべきだったね」

 

「テメェ、ぶっ飛ばすぞ!」

 

 

もう二度とやってたまるかと。

 

二人の声が凍りついた場を一気に溶かしたことで、我慢していたベアトリスがついに笑い転げる。転がり回る彼女は、王様ゲームとはこれほどに楽しいのかと内心思っていたり。

 

腹を抱えて大爆笑する彼女を見るのも珍しい。しかし、それ以外の面子はドン引きしたような様子だ。「ざまぁ!」と笑っていたテンもハヤトから距離を取って顔を引き攣らせている。

 

これでまだ一発目。

 

幸先不安すぎる王様ゲームの開始に、一人目の被害者であるハヤトは「あぁ、もぅ。うるせぇなぁ!」とやけ気味にクジを奪い去り、手の中でごちゃ混ぜにすると、

 

 

「つぎ! つぎぃ! さっさと次行くぞ!」

 

「いいかしら。次もお前がロズワールに愛の言葉をぶちまけるがいいのよ! ぷーくすくす!」

 

「分かりやすく笑いを言葉にするか普通!? お前、自分が被害者側になったときに覚えてやがれよ!」

 

「やれるもんならやってみるがいいかしら」

 

 

なんだかんだで一番初めに拒否していたベアトリスが気を良くしたように声を跳ねさせると、クジに手を伸ばす。

 

ノリノリの彼女が「早くしろ」と周囲に目配せすると、応じた面々が手を伸ばし、

 

 

「王様だーれだ! だれだ! 誰になった!?」

 

「あ、私だ」

「エミリアか。ならいい、安全だ」

 

 

第二回戦の王様はエミリア。王冠のマークが刻まれたクジを周囲に見せる彼女は、何を命令しようかと考えるように喉を鳴らした。

 

隣でホッと胸を撫で下ろすのはテン。ロズワールの独裁政治っぷりには肝を冷やしたものの、彼女が王様ならばその心配もない。なぜなら、彼女の思考回路は平和そのものなのだから。

 

下す命令も同じように平和的なもののはず。いわば、彼女は王様ゲームの天使だ。彼女がいなければ『残酷』と『平和』の二つの調和が取れない。シーソーが成り立たないのだ。

 

心配は要らない。そう思うテンは手元にある数字が書かれたクジを見て、できれば当たらないことを願い、

 

 

「じゃあ、五番と一番の人が次の王様が決まるまで一緒に手を繋いで」

 

「ふむ。この私と手を繋ぐのは誰なんだい?」

「平和的思考回路が裏目に出たーー!」

 

 

願いが儚く散る音に項垂れる。

 

手元からポロリとこぼれ落ちたクジには『5』の数字が色濃く浮かび上がっていた。揺るぎはない、誤魔化しようのない堂々とした文字で。

 

先程、洗礼を受けたハヤトからすれば嬉しい展開。「因果応報ぉ! ざまぁ!」と盛大に煽り散らす彼は思いっきりテンのことを指差して大声で笑う。

 

『残酷』と『平和』の調和とはなんだったのか。シーソーの傾きが残酷に全振りされた結果、傾く勢いのままに『平和』がカタパルト(投石機)の要領で地平線の彼方まで飛んで行った。

 

全ての元凶は目の前にいるロズワール。彼以外ならばまだよかったものを、確率の女神様が自分に振り向く気配は今のところない。

 

 

「脳筋といい、テンテンといい。どうして野蛮な男二人がロズワール様に当たってしまうの……。どうせならラムが……、現実は残酷だわ」

 

「そうだね。残酷だよ、ちくしょう!」

 

 

言いながらテンは立ち上がるとロズワールの隣に歩いていく。ハヤトが横に移動すると、「ここに座れ」と言わんばかりの手招き。ロズワールも誘うように瞬きしている。

 

 

 ーーはきそう。

 

 

食べたばかりの朝食が胃の中から逆流してきそうな気配。だがしかし、やるとなったらテンは覚悟を決めてロズワールの隣に座る。参加している以上はルールに則らなければならない。

 

これはゲームで、今は楽しむ時間なのだから。たとえ、エミリアが全力で「ごめん!」と謝ってこようとも、レムが羨ましそうにロズワールのことを見ていても、ゲームなのだから。

 

 

 ーーゲーム。ゲーム。これはゲーム。

 

 

言い聞かせた心が脳に信号を送り、電気信号として変換された感情が体を動かす。右側に座る、手を差し出している男の手に自分の手を近づけーー、

 

 

「ぅ」

 

「あはぁ。テンくんの手って意外と柔らかいんだねーぇ。でもでも、しっかりしてるところはしっかりしてて、それはもう貧弱と頑丈のちょうど中間にいるような普通の手で触り心地がーー」

 

「やめろぉ! 感想を耳元で囁くんじゃねぇー!! 離せ! やっぱはなせぇぇ!」

 

 

隣でハヤトが笑いすぎて呼吸困難になる中。耳元で囁かれたテンが、心の中で張り詰めさせていた糸がプツンと切れたように叫び散らす。

 

逃げるように拘束された手を引っこ抜こうと努力するも、それは悪あがき。ガッチリ掴まれ、重ねられた手に肌という肌を揉みしだかれた。その状態で耳元で囁かれたテンの心情は察するまでもない。

 

息が、息が、生暖かい魂の宿る吐息が鼓膜をねっとりと舐める感覚。逃走本能を尖らせるロズワールには戦慄しかない。ただ、唯一の救いは声の良さ。中の人が中の人だけあってイケボが聞こえる。

 

離せと叫ぶも、ロズワールは足掻く様子を心の底から愉しむように笑うだけで。口を開けば否定の言葉が出てくる。

 

 

「いやだよん。だってぇ? わぁーたしの大切な従者との肌と肌のふれあい。この機会、見逃すわけがないだろぉん? そうだろぉぉん?」

 

「いやぁ! いつも以上に変な口調で語りかけてくるこの人ぉぉ!!」

 

 

あろうことか、握った手を引き寄せるロズワールにテンの肉体が簡単に引き寄せられる。羨ましそうに睨むラムの正面、長身の腹部にすっぽりと埋まるテンがいた。

 

本格的に吐き気を催してきたテン。咄嗟に取った選択肢は、拘束されていない手で額に押し付けられた無駄に筋肉質な胸板を押し飛ばすこと。逃げれはしないものの、体の中からは脱出できた。

 

決めた脆い覚悟が砕かれる音が身体の内側から響き、少しでも早く状況を脱せねばならないと判断した彼は「はや、はやく!」と全員に視線を飛ばすと、

 

 

「つぎ! 次の王様を決めよう! エミリアの命令は『次の王様が決まるまで』だから! とっとと王様だーれだやろうよ!」

 

「レム。紅茶を注いでほしいんだが」

「珍しく同感かしら。姉妹の妹、ベティーにも注ぐかしら。できる限りゆっくりやるのよ」

「見てて面白いからボクもお願い」

 

「お前らマジで! マジで!」

 

 

いよいよ爆発しそうになってきたテンへの対応は散々なもの。次に次にと進める彼とは反対に、口の中で笑い声を乱反射させるハヤトとベアトリスとパックが仲良く紅茶タイム。

 

一体誰がこの絵面を想像したか。長いこと関係値を築いてきた二人の連携とパックの追加攻撃が今ここでテンにブッ刺さることになると。否、想像すらしなかった。

 

先程のお返しとばかりにやり返してくるハヤトに、割と本気で殺意を抱くテンだ。尤も、彼の殺意はレムラム姉妹による「次に参りましょう」の一声で静まる。

 

意外な援護射撃ーー手を握ることをよく思わない二人が三人を静かにさせると、ハヤトがクジを回収。手の中で擦り合わせて混ぜる。混ぜる、混ぜる、混ぜる、混ぜる、混ぜる、混ぜーー、

 

 

「長いわ! 時間伸ばしてんじゃないよ!」

「あ、バレちった」

 

 

最後の最後まで抵抗を見せたハヤトが何食わぬ顔でクジを混ぜ混ぜ。一瞬で済むはずのそれを延長した結果、テンに一喝される。

 

そうなってしまったら終わり。

 

 

「はい。じゃあ、王様だーれだ」

 

「はい、終わり! 終わり終わり終わり!」

 

「うーん、残念。でも中々に甘美なものだったよ。またよろしくね、テン君」

「断る!」

 

 

ばっちい! とばかりに握られた手をブンブン振るテンが迅速の勢いで元の場所へ帰還。

 

初めから濃すぎる内容の王様ゲーム。今のところは男二人が犠牲となったお陰で厄災が降りかからずに済んでいるものの、これがもし自分だったら? と考えたくない思考を捨てた者が数人。

 

「待ってました!」と嬉しそうにレムの頬が緩み、「本当にごめんなさい」と申し訳なさそうに頬を緩ませる二人の間にテンは身を置き、「恐ろしい経験をした」と語る。

 

三人の反応が順番に起こる中、彼らを置いてゲームは進む。それはつまり、次の王様が名乗りを挙げた。

 

 

「今度はボクが王様だね」

 

 

三回戦の王様はパック。呑気な声で自分と同等の大きさのクジを抱く彼は「何を命令しよっかにゃーー」と視線をぐるりと巡らせる。

 

その途中。黒の瞳がからかうようにテンとハヤトに止まるも、二人から動揺は引き出せなかった。

 

当たり前だ。ハヤトはロズワールに愛の言葉を放ち、テンは手を握られた挙句に体に沈められたのだから。

 

なんでもこい。それが今の二人。あれ以上はないと態度で語る両者にパックは「それじゃあ」と頭の中に浮かんだ命令を口にする。

 

 

「開始早々にトンデモないのがきちゃったから、三回目は箸休め。一番が七番の頭を五回撫でようか」

 

 

訪れし平和に手首を起こして小さくガッツポーズ。テンが「こういうのでいいんだよ」と小さく呟いた声にエミリアが苦笑。反応から察するに、二人は当たらなかったようで。

 

となれば、王様と二人以外の誰かが誰かの頭を撫でることになるが。既に明らかになっている、手を上げたのはラムとハヤトだ。『1』の数字のクジを見せたラムと『7』を見せたハヤト。

 

 つまり、この場合だと。

 

 

「ちっ」

「何の舌打ちだコラ」

 

「やっぱりこのげぇむは残酷だわ。ルールの範囲内とはいえ、脳筋のどこに頭を撫でる意味があるというの」

 

「意味とかの問題か?」

 

「意味以前の問題ね。価値すらない」

 

「ハヤトがボロクソに言われてやがる。ざまぁ」

「テンテンも同類よ」

「え?」

 

 

話しながら移動するラムは心底嫌そうな表情だ。ロズワールに愛の言葉を掛けるにしても、手を繋ぐにしても、自分に当たってくれたら良かったものを。初めが目の前に座る男の頭を撫でるという。

 

これもまた王様ゲームの楽しみ方の一つかーーとは考えなくもない。しかし、このままでは今のところ被害者を出しただけの苦い思い出として、この場面が記憶に刻まれることになってしまう。

 

ラムは思う。だから思う。そうさせないためにこの男を撫でるという要望をとっとと済ませ、次なる希望に繋げると。

 

 だからこうなった。

 

 

「いだ、いだだだだだ!」

 

 

白く細い右手がハヤトの頭に添えられた瞬間、接した髪を鷲掴みにする五本の指がくしゃりと握りしめられる。

 

ハヤトが抵抗する暇もなくその手を五往復。撫でるというより揺らすに近い頭ナデナデが終わり、突き飛ばす腕が痛みに悶える彼の身体を倒した。

 

撫での基準が捻じ曲げられそうなそれをしたラムは「やることはやったわ、次よ」と立ち上がり、撫でた手に息を吹きかけて不純物を吹き飛ばす。背に受けるハヤトの声は無視。

 

切り替えの速さには驚愕しかないテン。照れの一つもない彼女は、さっと済ませてさっと元の位置に座った。

 

手早くクジを回収する彼女は、労わるように頭に手を置くハヤトの真似。手の中でクジを混ぜ合わせると、

 

 

「はい。王様だーれだ」

 

 

激痛を軽く流されたハヤト。彼は不毛に思いつつも進むゲームに置いて行かれぬようにクジへと手を伸ばす。しかし、未だに撫でられた(引っ張られた)髪が痛むせいで心が切り替えきれてない。

 

頭皮ごと抉り取られるのではと一瞬だけ思った。ラムのことだからまともに撫でるとは一ミリたりとも考えなかったが、予想を遥かに超えてきた。

 

痛い。すごく痛い。テンとレムに色々とさせるつもりが逆に自分に被害がきている今、できればこのターンで確率の女神様が振り向いてくれると良いなと思い、

 

 

「おぉっしゃぁぁあ!!」

 

 

女神様は自分に微笑んだ。美しい笑顔を自分に浮かべて「さぁ、お行きなさい」と背中を優しく押している。

 

拳を突き上げるハヤト。グッと握りしめられたそれには王冠の印が描かれたクジ。彼に王様の権利が渡ったことを証明している。確率としては八分の一と高くないが、運が味方した。

 

 

「性的な命令。また、それと類似する命令は断固拒否です」

 

「俺が王だ。俺がルールだ。聞け愚民が」

 

「絶対王政、断固反対!」

 

 

ロズワールの次に王様になってはならない人物が王様になった事実に、テンが顔を引き攣らせながら抗議するもハヤトには届かない。独裁政治の始まりを堂々と宣言。

 

まずいことになったとテンが感情のない笑声を口からこぼす。

 

王様ゲームの真骨頂を知る彼に権利が渡った以上、一時的にこのゲームが始めに言った通りのデスゲームに変化。エンペラーモードとなった彼の唯我独尊っぷりが遺憾なく炸裂するはず。

 

品定めするようにニヤニヤ。テンとレムのことを交互に見るハヤト。不意にも標的が周知された瞬間、

 

 

「四番と五番が次の。いや、次の次の王様が決まるまで離れたところでずっと見つめ合ってろ。一瞬たりとも視線を逸らすことは許さん。ゲームからもその間は除外だ」

 

「「はぁ!? ……え?」」

 

 

ずっと、とすることも可能だが。それをするとゲームが成り立たなくなるので、暗黙の了解的な風に禁止事項。ただし、二ターンの間だけゲームから除外されることにした。

 

鬼畜の所業である彼の命令が下された直後に上がった二つの声。それはベアトリスとテンのものだった。「はぁ!?」で声が重なり「え?」で自分ではない声の方向に顔を向け、相手が誰であるかを知る。

 

硬直した二人。しかし、己の中で割り切ったのか同タイミングで息をこぼすと、次には王様に対して鋭い目つきを向けた。否、向けたのは二人だけではない。密かにレムが向けている。

 

三人から向けられた視線の先ーーハヤトは申し訳なさ半分、面白さ半分の笑み。結果として微妙な笑みを浮かべる彼は「わ、悪ぃ」とレムに意味もなく謝った。

 

それでどうにかなるのならレムの心は穏やかだった。ゲームからも除外されるということは、その間に王の権利を得たとて意味などない。テンがいてこそ、レムの王様ゲームは成立するのだ。

 

しかし、現実は変わらない。しょんぼりしているレムを置いてテンは離れていく。

 

向かう先はエミリアの隣に座るベアトリスの隣。彼女の肩を指で突く彼は「行くよ」と一声かけ、

 

 

「ルールはルール、従おう。端っこの方で二回休み。それまでの辛抱だから。それに少し、お前とハヤトの制裁について考えたい」

 

「制裁……、分かったかしら。付き合うのよ」

 

 

などと、ハヤトからすれば不穏な言葉を交わし合いながらカーペットを踏み越えて団欒の場から一時離脱。少し離れたところで見つめ合いと称して、この事態を招いた元凶を叩き潰す作戦会議を始めた。

 

床に胡座をかいて座るテンと、彼の正面にちょこんと座るベアトリス。誰得だよとツッコミたくなるような絵面を見る面々。いずれにしても彼らは微妙な表情を浮かべている。

 

 

「これはまた面白い絵面だねーぇ。あのベアトリスが誰かと見つめ合ってるだぁーなんて、それもハヤト君じゃなくてテン君と。王様げぇむとは、中々に面白いものだ」

 

「被害者になってからその発言が出るかどうか。この野郎、愛の言葉の仕返しは必ずするからな」

 

「そぉれはそれは。楽しみにしてるよん」

 

 

ただ、ロズワールだけは面白いと失笑。呑気に異質な絵面を眺める彼は、乾いた喉を潤すために紅茶を流し込む。見たら見た分だけ面白くなってくる彼は尚も笑声を時折こぼした。

 

被害者になってないから軽率な発言が出るのだ。一度でも横暴な独裁政治の火の粉を浴びた者ならば少しは顔が引き攣るはず。

 

ならば少しでも早くこの男を被害者の仲間に入れてやろうではないか。ハヤトは抜けた二人分を抜いてクジを回収、ドン! とクジを握りしめた拳を音を立てながら机に打ち付けると、

 

 

「はい、つぎ! 王様だーれだ!」

 

「レムでした………」

 

「ごめん! いや、マジでごめん!」

 

 

自分の大失態に気づき、全力で頭を下げる。胡座をかく彼はカーペットに額を打ちつけ、誠心誠意謝罪の意思表示。しかし、王冠の印が刻まれたクジを眺めるレムの瞳に光は宿らない。

 

ハヤトがこのゲームを始めた理由の一つが、テンとレムの二人に何かしらやらせることだが。自分のせいでそれも二ターンの間、叶わなくなった挙句、レム自身がテンを当てる可能性すらも消した。

 

なんてことか。ラムがものすごい勢いで睨んでくるのを真横に、ハヤトは下げた頭を上げることができない。

 

 

「王様になっても……意味なんて……ないですよ……。テン君のいない王様げぇむなんて……何の意味も、価値もありません。ハヤト君のせいです。ハヤト君が全部悪いんです」

 

「ごめん! 本当にごめんな!」

 

 

弱々しくに握られたクジが手元からこぼれ落ち、ポト、という音と共に落下。おそらく、落下したのはクジだけではなくレムの心もだろう。事実、彼女の瞳から青の光が落ち、表情から感情が抜けた。

 

この場にテンがいたら、今頃自分は興奮していた。興奮して、彼の番号を言い当てるために様々な策を行使していたはずだ。そして、自分を彼に抱きしめさせていたはずだ。

 

それがどうだろうか。自分を応援してくれるはずの人間のせいで、確率の女神様が振り向いた時に彼は不在。次はいつ振り向いてくれるか、女神様は気分屋だから、もう二度と振り向かないかもしれない。

 

そう思うと更に心が落ちる。が、せめてゲームの進行は止めてはならないと彼女は虚な目で口を小さく動かし、

 

 

「では……、一番が王様のことを強く抱きしめてください……」

 

 

明らかに声色が沈んだレムだが。一応、彼女の中の欲望は消えてないのか、口から出てきた命令は抱擁。それも今の彼女には対して意味を成さないといえる。

 

誰に抱擁されようとも、彼女の心を満たすことは不可能ーー、

 

 

「レム。きなさい」

 

 

聞こえた姉の声。鼓膜を振動させた優しい声に色の落ちた瞳に光が戻り、世界の光景をレムは認識した。落ちたクジを拾う、『1』の数字が書かれたクジを持ったラムを見た。

 

目の前に腰掛けて両手を広げる姉を見たレム。彼女は頭よりも先に体が動き、

 

 

「姉様……っ!」

 

 

ポスンと柔らかな胸に小柄で柔らかな体が飛び込む。受け止める両腕が背中に回り、後頭部を何度も撫で下ろした。

 

絶望に落ちた心がそれ一つで立ち直る気がするのは、きっと気のせいではない。姉の抱擁は妹にとって何よりの活力なのだ。撫でられる度に気力が返ってくる。

 

 

「大丈夫よ、レム。まだげぇむは何も終わってない。いえ、始まってすらないわ。なにも落ち込むことはない。テンテンが帰ってきたらラムも力を貸してあげるから、やらせたいことをやらせなさい」

 

「姉様……! はい、レムは挫けません」

 

「それと、脳筋にはこの世の地獄を収束させた地獄という地獄を与えることにしましょう」

 

「はい。姉様」

 

 

擦り寄るレムを慰めるラムから不穏な発言が飛び出すも、二人が気にする様子はない。当然のようにハヤトの死刑が確定した状況でも、彼女らは王様ゲームの理不尽さをひしひしと感じている。

 

美しい姉妹愛を見せられて微笑む者がほとんどの中、ハヤトだけはその発言のせいで心穏やかではない。少し離れたところで自分への実刑が練られている中、ここでも。

 

頭を上げるハヤト。彼は、今のところ四人の人間から地獄を浴びせられる予感に後頭部を掻き、

 

 

 

「俺、王様ゲーム中に死んだりしねぇよな?」

 

 

 

 

と、今後のゲームに不安を募らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、ベアトリス」

「何かしら」

「俺たちの絵面。誰が得すんだ?」

「得どころか損しかないのよ」

 

 

 

 






なんでもありの王様ゲーム。次回はどうなることやら。

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