中盤戦、終盤戦と一気に駆け抜けます。内容も書きたい分だけ書いたので一万五千文字と長め、内容が濃いかどうかは皆さんの判断に任せます。
ゆっくり読んでくださいね。
「つぎ、次にいきましょう。一刻も早くテン君を連れ戻さなくては」
「ほいほい。じゃ、王様だーれだ」
テンとベアトリス。レムとラムと。ここまで四人の人間を敵に回したハヤトだが。そんなことがあってもなくてもゲームは進んでいくもの。
絶望の底から爆速で帰還したレムがゲームの進行を強く促すと、ハヤトが顔を引き攣らせながらクジを回収。手早く混ぜ合わせると次なる戦いへと参加者を誘った。
伸びる手が各々のクジを引くと、定型のように手元と睨めっこ。数秒して視線をそれから外す者が数人、つまりは王の権利を得られなかった愚民サイド。
その中で一人。そろそろ王様二周目の人間が出てきてもおかしくない中、名乗りを上げた者は、
「じゃあ、二番が今日の……今日と明日と明後日のラム様の仕事を全てやりなさい。ミスすることは許さない。完璧に、全て、やりなさい。漏れがあった場合ははっ倒すから」
「ちくしょう! 開催しておきながら自爆することなるとか。あぁ分かったよ! やればいいんだろ、やればぁ! テメェ、後で覚えてろよ」
今回初の王様であるラムが初っ端から横暴な女王様を発揮すると、清々しいまでのサボり宣言。
普段は何かと理由をつけて仕事をサボる彼女は、王様ゲームという王様絶対なルールを利用して正当な理由とでも言いたいのか。普段以上に堂々としている。
伸ばした足を組みながら命令を下す彼女の頭に、横暴な独裁者の立て看板を幻視したハヤト。彼はここから数日間の苦労に床に拳を打ち付ける。そうしたところで気持ちは晴れなかった。
と、
「ただいまぁ」
「かしら」
ハヤトが下した命令を終えた二人が元の場所へと帰還。テンはレムとエミリアの間へ、ベアトリスはエミリアの隣、パックをモフモフしながら座り込んだ。
自分達の知らぬ間にどんな話をしていたのか気になるところだが、それは二人しか知らないこと。互いに顔を見合わせる両者は今一度、ハヤトのことを睨むと「うん」と頷き合った。
背筋が凍る、とはこのことか。しかしゲームは進めなければならない。当たらなければいいだけの話、心の中で確率の女神様に土下座して頼み込んだハヤト。彼は「ほい」とクジを差し出すと、
「テンとベアトリスも戻ってきたところで、ゲーム再開だ。王様だーれだ」
「や、きた! きたかしら! ついにベティーの番が来たのよ!」
悪いことは良いことの前触れ。今のところ順当に一人一人に王の権利が回る中で、ベアトリスが女神様を振り向かせた。となると次はテンに振り向くかと考えるハヤトだ。
尤も、そう考えているのは彼のみの話。ようやく自分に回ってきた貴重な一回に、ベアトリスは体を左右に揺らして喜ぶ。今の今まで男二人の不幸しか愉悦できていない彼女は何を欲するのか。
そんな彼女を見つめるのはテンだ。ハヤトという共通の敵を持った二人はどちらかが王様になったら必ず彼を陥れようと話し合い、ならば彼女の標的は一人に絞られている。
はずなのだが。
どうにも様子がおかしいことにテンが小さく唸る。何を迷う必要があるのか、ハヤトとパックを交互に見る彼女は二つの間で葛藤の表情を浮かべる。それはまさに、私怨と私欲の板挟みだ。
先程にも話したが、王の確率は八分の一と決して高くない。ならば、一回一回を大切に使わなければならない。ならばならば、ベアトリスが取るべき『欲』は——、
「にーちゃが……えっと、一番がベティーのことを抱きしめるかしら。ベティーが許すまで!」
「おぃぃ! さっきの話はどこ行ったぁ!」
「俺だ。よし来い、ベアトリス」
「しかもハズれてるし! やるならせめてパックに当ててくれよ!」
転がるテンがベアトリスが選択した『欲』が私欲だと知って声を荒げ、続け様に彼女の思惑が大きく外れた事に床に拳を打ち付ける。自分と彼女の間に築かれた同盟が音を立てて崩れ去る感覚に、彼は嘆くしかすることがない。
かく故、ベアトリスも穏やかではない。パックに当てるはずが、まさかのハヤトに当たった事実に「や、やっぱり取り消すかしら!?」と命令の撤回を要求。遅い、既にハヤトは目の前だ。
私欲を選択した結果、私怨を送る相手にハグされるとは皮肉なことだ。ハヤトもハヤトでやる気満々な様子、両手を広げて「いつでも来い」の体制で待機している。
「こ、こんなこと。どうしてベティーが」
「お前が言ったことだろ。ほら、ゲームが進まねぇからとっとと来い」
屈辱的なのか、それとも飛び込めない理由でもあるのか。若干の頬の赤み以外は嫌々感満載のベアトリス、彼女は目の前の男に飛び込もうとする挙動は見せるものの行動には移さない。
「ほれ、はよ来い」と急かすハヤトと、「ま、待つかしら」と躊躇するベアトリス。二人のことを見る周囲の反応は十人十色。
前へ後ろへと体が動く彼女の縦ロールがビヨンビヨンと跳ねる様に笑いを堪えるロズワール。早くしろよ、とでも言いたげにしているラム。特に理由もなく笑みを浮かべるエミリアとパック。その近くでテンが気持ちの切り替えを済ませ、レムがテンの番号を覗き見した。
一度に様々な反応を受け取る二人だが、彼らが動き出すことは一切ない。このままだと、手を広げるハヤトと躊躇するベアトリスの絵面が永遠と続く事になるが、
「あぁもう。早く先に進めんぞ」
「あ……」
言い、広げていたはずの片手がベアトリスの体に伸び小柄な肉体が大柄な肉体の中に引き寄せられる。子どもを膝に乗せる感覚でハヤトは胸の中に彼女を抱き寄せた。
瞬間に小さく動揺の声をベアトリスが上げるも、小さすぎるそれはハヤトの耳にすら届かず。有無も言わさぬうちに彼女はハヤトの温かさに全身を包まれる。
途端、彼女の動きがピタリと止まる。頭の中が真っ白になって、思考と行動が停滞して、けれども心の中だけは感じる温もりに安らいで。
なにか、こうされた時から感じたこともないような感情が心の中に芽生えるような気がした。優しい温度が伝わる度に、命の鼓動が布を介して響く度に。
それはベアトリスのことを甘く溶かす——、
「も、もう十分かしら! とっとと離れるのよ!」
「お、そうか」
わけではなく。
寸前で踏み留まった彼女は身を捩ってハヤトの抱擁から抜け出す。胸を突き放す両手が両者との間に間隔を空け、彼女のいなくなった胸元が少しだけ寂しく感じたハヤト。
そんな彼を見つめるベアトリスの頬は先程よりも紅潮している。心なしか呼吸が熱っぽく、荒い。反応から察するに照れているらしい。
こんな時、テンならば「熱でもあるの?」と鈍感を発揮するだろうが。生憎と彼女の目の前にいる男は気づく事には気づく人間。彼のような鈍感系と一緒にされると困るのだ。
つまりどういうことか。
「珍しく照れるベアトリス。なるほど、これはこれで良いかもしれんな。またやってほしかったらいつでも言えよな」
「照れてなんてないかしら! 絶対に、確実に、明らかに! だ、誰がお前に抱きしめられたくらいで照れるのよ! ベティーはそんなガキじゃないかしら!」
「はいはい。可愛い可愛い」
「真面目に聞くのよーー!」
がなるベアトリスにハヤトは適当に笑って立ち上がる。この状況でその反抗をすると、全てが照れていることの裏返しになることに彼女は気づいているだろうか。
否、絶対に気づいていない。だって今の彼女は魔力の防壁で彼の身体をぶっ飛ばすことすら忘れ、突きつけた指をブンブン振っているのだから。
「ん? ベアトリス、熱でもあるの?」
「お前はとりあえず感情を学べ」
一人でわちゃわちゃする声を背にテンの真横を通り過ぎた時、テンの口から予想通りの鈍感系定番の台詞が飛び出した。相変わらず呑気な面を晒す彼はベアトリスのことを何も分かっていない。
ベアトリスを越え、テンを越え、彼の鈍感さにため息をつくレムを越え。ハヤトは元の場所へと戻る。息を吐きながらどかっと座り込めば、少しだけ落ち着きを取り戻したベアトリスに睨まれる。
それすらも今は可愛い。頬の紅潮は肌の内側に引っ込んだようだが、その代わりに態度が外側に出てきた。照れたり叫んだり怒ったり、感情の緩急が忙しいもの。
ニヤニヤが止まらないハヤト。前々から照れると幼女である事に拍車をかけるとは思っていたが、ここまでくるとワザとやっているのではと感じてくる。勿論、素の反応だろう。
「つぎ! 次のげぇむにいくかしら! ほら、王様だーれだなのよ! だーれだ、な の よ!」
机に身を乗り出してクジを奪い去り、訪れた感情を勢いで誤魔化すベアトリスがそう言うと、両手いっぱいに抱えたクジを机に叩きつける。乗っていたティーカップが振動に音を立てて揺れるが、果たして揺れたのはそれだけだろうか。
ともかく。彼女的にはそれで気持ちを誤魔化せたらしい、彼女のキャラが崩壊してる気がしなくもないが、「ほら、さっさと引くかしら!」と八回戦の開始を大々的に告げた。
照れ隠しを通り越した台パン。落ちたティースプーンをテンが静かに拾うなどの動作を横目に、促される面々がクジへと手を伸ばす。
「よし。これで俺も王様になれる」
ふと、最後に手を伸ばしたテンの呟きに全員が頭の上に疑問符を浮かべて彼を見る。何を根拠にした発言なのかと思うが、やけに自信満々な彼はクジを引きながら、
「だって、今のところ順当に王様の権利が渡ってきてるわけでしょ? てことは自然の摂理に従って女神様は俺に満面の笑みをーー」
「ざんねんっ、王様は私でした。ちゃんちゃん」
「鈍感な男には振り向かねぇってよ。ざまぁ」
「確率の女神ぃぃーーっ! ここ! ここに一人いますよ! 一人飛ばしてますよ! 今のところ被害者にしかなってない可哀想な人がここに!」
「やってられっかーーい!」と引いたクジを後方へ放り投げるテンが後ろへと倒れ込み、ばんざーいの体制のままに割とフカフカなカーペットの感触と触れ合った。投擲されたクジを見るレムの目が光った事には気づかない。
どうやら確率の女神様は鈍感系男子はお気に召さなかったらしい。満面どころか笑みの気配すら見られず、それ以前に振り向く予感すらない。仮に振り向こうものなら唾でも吐き捨てられそうだ。
手元に戻ってきた『6』のクジを握るテンが身体を起こす。隣に腰掛けるレムが、やけに嬉しそうな雰囲気を纏い出したのを視界の端っこにすると、
「くそ……なんで俺だけ。だかしかし、まだゲームは八回目。まだまだこっからよ」
「いい心意気だ。では、君のその気概を買って、真っ向からへし折らせてもらおうかぁーな。覚悟はいいかい」
「へっ。番号も分からないくせに俺のことを的確に当てる? 流石にそれはないでしょう。やれるものならどうぞご自由に」
切り替えの速さには定評のあるテンが気持ちを切り替えると胡座をかく。まさか、本当に当てるわけでもないだろうと思う彼は挑戦的な笑みをロズワールに浮かべていた。
対するロズワール。王様ゲームの醍醐味を完璧に理解した彼がしているのは、もはや王様ゲームではなく標的の番号を当てるゲームだ。
目の前の男にどんな恥をかかせてやろうかと不気味な笑みを浮かべている彼は、テンがその手に持ったクジを注視。「むむむむーー」と顎に手を当てて喉の奥で低い声を鳴らす。
そんなことをしても無駄なことを理解しているテンは、二回戦での悲劇を乗り越えた精神力。特に動揺することもなく時が過ぎるのを静かに待っている。
と、
「ーーーー。ーー。ーーーー」
不意にロズワールはある事に気づく。
テンの隣、そこに座るレム。彼女の口が先程から無音で言葉を刻んでいる。主人のことを真剣に見つめるメイドは、己の意志をこれでもかと送っていた。
それが何を意味するのか、分からないロズワールではない。ならば、自分は彼女の希望に応えてあげようではないか。普段から彼に気づいてもらうために努力しているのだから、偶にはご褒美と。
それに、彼の反応も気になる。ハヤトと違い、異性経験が極めて乏しい彼が初めて女性をーーすると決まった時。それはロズワールの愉悦となるのだ。
考える仕草から考えるフリに移るロズワール。完全なルール違反を無視する彼はテンのことを一直線に見つめながら、バレないように彼女の口の動きから数字を読み取り、
「では、王様命令。重なる部分はあるが、今度は別の二人に頑張ってもらおう。六番が七番のことを強く抱きしめてなさい。あ、このわぁーたしが「良し」と言うまでねぇ」
「レムです! 七番はレムですよ! 六番は誰ですか? 誰なんですか? 早く名乗ってください! でないとげぇむが進みませんからね!」
瞬間、テンの時が一時的に停止した。
クジを握りしめた体制で時の固着が行われた。呼吸すら停止した彼は言葉そのままの意味で停止、まるで静止画。世界が時を刻む中、彼だけが置いていかれる。
その横には溌剌とした様子で『7』の数字が刻まれたクジを振り回すレム。命令が下されたと同時に声を上げた彼女は、まるで予測していたかのような反応の良さ。
その様子に、子犬が尻尾を激しく振る姿を重ねてしまったのはきっとロズワールだけではない。
しかし、隣にそれ以上の反応を見せた男がいるせいで自ずと視線が彼の方に誘導される。腹を抱えて笑い転げるハヤトと清々しい表情のラムを含めた、七人の視線を受けたテン。
彼はゆっくりと震える手を上げ、
「ロズワール……。あんた、透視能力でも持ち合わせてんのかよ……」
「そうかもしれなぁーいしぃ? そうじゃなぁーいかもしれないしぃ? まっ、この私にかかれば表情を見ただけで全て丸裸ってわぁーけ」
嘘である。
この男、王様ゲームで最も重罪とされる『番号の覗き見』をレムがしたにも関わらず、それを咎める気配は皆無。あまつさえ悪ノリ、愉悦するために手段を選ばない重罪人。
しかしその事実が本人に伝わるわけもなく、結局は「テンくんなんですねっ! 分かりました、では両手を広げてくださいっ!」と語尾が跳ねたレムに表情筋が固まったテンをニヤニヤと見ているだけに終わった。
「ま、ままま、待とうか。うん、待とう! そうしよう! 保留! とりあえず保留で! この命令は次の王様ゲームにご期待くださいってやつで、今は放っておこう! うん、そうしよう!」
「何を言いますか。王様の命令は絶対なんですよ。例えそれが私欲、私怨、それに似た何かだとしても、甘んじて受け入れなければならないものなんです。さぁ、テンくん。レムのことを抱きしめてください。ぎゅーー!っと」
立ち上がり、後ろへとテンが下がると。追いかけるレムがその分だけ詰め寄る。先程はハヤトのせいでできなかったことが今はできるーーそう思うと心が躍るレムだ。
「でもさ、ほら、あの、その。こーゆーのって本当にしたい人とする方がいいと俺は思うんだよね。ゲームだとしても女性が男性に抱かれることは基本的に禁忌、タブーだから。悪ノリで済ませていい限度を超えてるんだよね」
「それでしたら問題はありませんよ。レムの心の準備はもうとっくにできていますから。あとはテンくんのご準備が整えば、二人揃ってはじめの一歩を踏み出すんです」
「何を言ってるのかサッパリ分からないのは俺の理解力が乏しいせいじゃないはずだよね?!」
「テンくんの理解力が乏しいからですよ? 何も間違っていません」
言い合う二人の声が遠くから反響してくる。淡々と語りながらもどこか興奮気味のレムと、表情筋に力が宿った結果として引き攣った笑みを浮かべながら必死な抵抗を見せるテン。
いつの間にか部屋の端っこまで移動した二人の姿は、だいぶ小さなものになってしまっていた。
光景がテンの心情を物語っているとでも言おうか。なんとしてでも場をくぐり抜けたい彼は抵抗という抵抗を声に出すが、レムは止まらない。
優しく胸元を解放する彼女は、マジで飛び込む五秒前な危うさを纏っている。それでも尚、テンは抵抗を見せるのだから、彼の往生際の悪さもいつも以上に目立つ。
「おい、テンーー!」
不意に、それを見かねたハヤトの声がその口を閉じさせる。そろそろレムが爆発しそうな予感に、彼はレムの意識もろともテンの意識を自分へと向けさせると、
「王様の言うことはーー?」
「ーーーー」
「王様の言うことはーー?」
「ーーーー」
「王様の! 言うことはーー!」
「……ぜったい」
「よし言ったな。なら早く抱きしめてやれ。男の子は女の子のことを待たせちゃいけねぇんだ」
その言葉で何かしらの踏み切りがついたのだろう。表情が物言いたげに何度か動くも、ハヤトより受信した言葉一つで無理やり全てを飲み込む。自分もつい先ほどベアトリスに言った言葉だ。
王の命令には絶対に従うのが『王様ゲーム』の面白いところ。それを否定してしまえば、このゲームは何の面白味もなくなる。故に王様の言うことは絶対なのだ。
例えそれが人生初の体験だとしても。その相手が目の前で頬を紅く染めている、とてつもなく可愛い少女だとしても。命令は全うするのがルール。
「……ちょっと待ってね、レム」
「はい。どんなに長くても待ちますよ。嘘です、早くしてください」
端っこから元の場所へと戻ってきた後、全員の視線を浴びならもテンは彼女に背を向ける。レムの、表の声と裏の声を交互に浴びた後ろ姿は何度か深呼吸。
それまでに感じていた感情を吐く息で己の中から解放し、吸う息で新鮮な酸素を取り込む。吐く息と違って余計な感情のない酸素を肺の中に取り込むと、血の巡りが良くなる気がした。
ーー心頭滅却、明鏡止水。それ即ち虚無。
それを五回繰り返したところでテンは無の世界へと心を旅立たせる。一つの事柄によって心が抱く感情を全て遮断する今の彼は「空気、おいしい」程度のことしか頭にない。
「い…い、よ」
「片言……。テンが虚無になりやがった」
「表情から生気を感じられないのは私だけ?」
「ハッ。相変わらずね」
半開きになった口の隙間から「ほぇーー」とでも聞こえてきそうなテンが振り返った時、彼の表情から心が抜け落ちていた。否、魂すら宿っているのか不安になる『無』だ。
身体はレムの方に向いているが、それ以外は全てが明後日の方向に向き。視線は斜め上を、きっとお空を見ている。広げた両腕は彼女のことを抱きしめるというよりも、迎え入れるだけに終わる予感。
しかし、そんな彼だとしてもレムは嬉しそうに体を震わせながら「では、失礼しますね」と言い、開かれた天国へと全身ダイブ。飛び込むと同時に脇に手を通し、小柄な体がすっぽりと埋まった。
そのままレムは言葉の通りにぎゅーー!っと抱きしめる。自分と彼、二人の体に隙間を許さない彼女は「ぅん」と艶っぽい声を溢しながら、想いを寄せる人の温もりを心ゆくまで堪能。
ーーこれは、マズいですね
理性と本能が一致した瞬間だった。
多分、いや絶対。自分はあと数分間この体制を保ってしまったら、今夜は感情という感情が抑えられなくなる。それが行き着く先は何か。それは彼女しか知らないこと。
至福。とは、今の自分の心を表すために存在しているのだろうと思う。この快感を知った以上は、背中から抱きつくだけでは満足できなくなってしまった。
一瞬だけ脳裏によからぬ単語が浮かんできたが、流石にそれは自制。夜這いなどと妖艶なことをするのはまだ早い。彼に嫌われてしまう。
と、
「ほらほら、テン君も抱きしめてあげなぁーいと。レムからだけじゃ私は満足しないよぉ? いつまでも固まってないで無の世界へから現世へと戻ってきなさい」
「わ、かた」
「まだ片言……。コイツ、そろそろ殴っていいか」
「そういう意味だと。ハヤトは大丈夫なのね」
「何がだ?」
「テンみたいに女の子を抱きしめても動揺しないのねってこと」
「俺とアイツを一緒にすんな。つか、ベアトリスは子どもだから論外」
「どういうことかしら!」
近くでエミリアとハヤト、そしてベアトリスが短い言葉を何度か交わし合っている間にも、声に反応したテンの両腕がぎこちなく動く。
錆びれた機械のアームが無理やり動くような。電池切れ寸前のおもちゃのような。幻聴としてギチギチと音が聞こえるのは全員共通のことだろう。
程なくして聞こえてくるのはレムの色っぽく、熱っぽい甘い声色。「ふぁ」っと思わず漏れてしまった小さな快楽の声は彼女の体を瞬間だけ跳ねさせるも、受け入れるように身を委ね始める。
「私は『強く抱きしめる』と命令したんだぁーけどねぇ。付け加えると、この私が「良し」と言うまではずぅぅっとそのままだよん」
「ぁぅ」
「あう? にゃにその言葉?」
「やべ。テンの目に光が宿りつつある」
一応、聴覚機能は生きているのか、王様からの命令に体が動いた結果としてレムの頬が真っ赤に染まる。しかし、今のテンには目の前の事情など頭の中に一切入らない——はずなのだが。
外野が先程からうるさすぎることに違和感を抱き始めたテンが、最悪な事に無の世界から帰りつつある。現にハヤトは彼の瞳に光が宿りつつあるのを見た。
一番の原因は、真横で紅茶を優雅に飲むロズワール。この中で一番愉悦している彼は、横暴な命令に苦しみながらも従う平民を貴族のように眺め、横槍をチクチク刺し続けている。
それが真横から聞こえるのだ。流石のテンも旅立たせた心が無理やり引っ張り戻される感覚に、現実へと意識を向けざる負えない。
空の心に魂が宿り、宿った魂が脳に感情を送り、受け取る脳が五感に働きかけ。数十秒の時を得て彼が現実へと帰還を果たした。
その、瞬間だった。
「幸せ……」
ふと、そんな声が胸元から聞こえたのだ。意図せずに溢れてしまった感情の一欠片、レムが心の中で感じ取っている幸福と快感が混ざり合った至福の声。
本当に、幸せそうな声だった。
胸元で額を押し付けて子犬のように擦り寄る少女は。目を瞑って、深呼吸を繰り返して、回した両腕で体をゼロ距離にくっつけて。今にも溶けてしまいそうな声を漏らしている。
小柄な体にしては少々育ちすぎた部位が自身の体にくっついて形を変えている。添えられた肌から伝わる温度が心に振動を与えている。なにより。不意に見上げるレムが熱を帯びた頬を露わにして、上目遣いでこちらを見上げ、
ニコッと、笑った。
ーーこれは、マズいな
▲▽▲▽▲▽▲
ロズワールからの「良し」を受けた二人が定位置に戻る。両者ともに頑張った結果として、レムは今まで感じたこともないような幸福の余韻に心を包まれながらご満悦。
大好きな人に抱きしめられたことが嬉しすぎる彼女は王様ゲームを開催したハヤトに感謝。同時に、次なる命令に思考を働かせる。
テンは頭の上から蒸気をゆらゆらと発しながら顔を俯かせ、「俺なんか、スバルじゃないと……」と他人に聞こえない声でぼそぼそ言い、両手で顔を覆っている。
照れ隠しにも見える行為。しかし、今現在テンは心の中の自分と絶賛大乱闘中。理性と本能が拳を握りしめて殴り合っていた。どちらが勝ったか、勝敗の判断はこの後の彼の行動に出るだろう。
何事もなく顔を上げれば理性の勝利。レムに対して何かしらの反応を見せれば本能の勝利。今のところ決まって理性が勝利するが。
「……うん。さて、ゲームの続きをやろうか。まだハヤトに地獄を浴びせられてない」
勝者、理性。
本能はフルボッコにされ、心の奥底にある檻の中に再び投げ捨てられた。何度でも脱獄し、表に出ようとするが、その度に悉く返り討ちにされる可哀想な本能だった。
かくゆえ、理性もボロボロ。額から血を流す理性は本能によって確実に追い込まれつつある。果たして、何度目の脱獄で本能が理性に勝利するのか。
自分という自分を殺し、テンは気持ちを切り替える。ただ一つ、頭の上から発せられる蒸気だけは残っているが無視した。無視すれば気にも止まらない。
そうして、なんやかんやあったテンとレムの初体験(ハグ)は二人が気持ちを静めることでひと段落。ゲームは先に進むことになる。
しかしまだ八回戦目。参加者を基準とすると一人を除いて王様の権利が一周し、これまでの流れから王様ゲームの遊び方を全員が正しく理解した頃合い。
つまり本当の戦いはこれからだ。一人一人の思惑が机の中心に向けられた視線となって交差し、八人の瞳が見つめる先には、王様の権利の隠れた八本の棒。
定型のように手を伸ばし、その度に王様が産声を上げ、喜怒哀楽が八人の中で混ざり合い。定型のようにまた手を伸ばす。王様が生まれ、喜怒哀楽。
ルールを把握してからというものの、この三段階の回る速度が増し、それと比例して熾烈さも増し。
一つ一つを語ると長くなるので終盤の終盤までダイジェストで語ると、
「それじゃあ、えーと……。そうね、四番は一週間の鍛錬の禁止。破ったらもう一週間追加で」
「おいエミリア! お前、的確に俺のこと狙ってんだろ!? いいのか、お前が言わないでって言ったことをここで暴露してもーー」
「やっぱり二週間で。テンにはこれくらいがちょうどいいわ」
「ごめんなさい」
「ボクだ。ではでは、ここで一つ爆弾投下といこうかにゃ。三番と七番の服装を交換。今から次の次の次の王様が決まるまで、その格好でげぇむに参加でよろしくね」
「はっ! ざまぁ! ハヤト君メイド服お疲れ様ですぅ! てかサイズ感大丈夫ですかぁ? ラムの服着ることってできますかぁ? 絵面的に大丈夫ですかぁ? 男としてコンプラってませんかぁぁ?」
「死になさい」
「へぶっ!?」
「キタ、キタコレ! いくぞテメェらぁ!
「はい、はい! 私! 五番はわたしっ!」
「二番はレムですね」
「女同士でやってどうすんだよーー!」
「そぉだねぇ、確か今ちょうど薪を切らしていたはずだ。四番が森に入って何十本か木を切り倒し、薪を作ってきなさい。なぁに、ちょこっと森の一帯を更地に変えるだけでいいからねーぇ」
「ちょこっと森を更地に変えるって、お前の中のちょこっとの基準おかしいよな? 別に構わんが、薪は何個作ってくりゃいいんだ?」
「ざっと五千個」
「持って帰ってこれるか!」
「やっときたわ。仕事は脳筋に押し付けたから…………分かった。一番にラム様の部屋を掃除する権利をあげる。死力を尽くして働くことね」
「脳筋に押し付けたって、まるで自分が意図的に何かを使って番号を見たとでも語りたそうな雰囲気だな、こら!」
「因果応報。服のお返しよ、イカれ男」
「使ってることに関しては否定してほしかった。つか、せめてテンテンって呼べや!」
「お聞きします。テン君は一番ですか?」
「違います」
「二番ですか?」
「違います」
「三番ですか?」
「こらこら。王様ゲームで心理戦を持ちかけるんじゃない。ゲームの趣旨が変わってきちゃうよ」
「分かりました。では、二番がレムのことをたくさん可愛がってください!」
「なんで分かったし!? 可愛がるってなに、俺のこと殺したいの?」
「ベティーなのよ! 今度こそ……。にーちゃ、ベティーと目を合わせるかしら」
「うん? いいけど。これでいいのかい?」
「ーーーー。分かったかしら! 王様が六番の膝の上に座るのよ。にーちゃ、少しだけ大きくなってベティーがその上に」
「ここ、空いてるぜ。ベアトリス」
「またお前かしら!?」
「二周目の最後! ってことは俺がようやく王様の権利を得る時がーー」
「ベティーかしら」
「確率の女神ぃぃ!!」
「あ、またまたボクだ。それじゃあ………六番が一番に思いっきり平手打ち!」
「はい、はーい! 私が六番よ!」
「おやおや、こぉーれはこれは。げぇむとは言え、エミリア様が後ろ盾であるこのわぁーたしに暴力を振るうことになるなんてーぇね。大精霊様も考えることが地味に嫌らしい。これでは私がーー」
「ていや!」
「あ、紅葉型の痕が残った」
「あれがお前の未来だぞ、テン」
「なんで?」
と、部分的な流れをダイジェスト風に流しても喜怒哀楽の暴れ度合いがよく分かる。
それが、かれこれ二十二回。あと二回ほど進めば王様ゲームも三周目を終える。
キリがいいことと、各々が精神的や身体的に満足.疲労してきたことから。ロズワールが王様ゲームは三周したら終了と言い、残り二ゲームとなった今。
カーペットの上に陣取る面々は、それぞれが王様ゲームの影響で疲労していた。
「ふぅーむ。残りは二回、この二回で誰が地獄を見ることになるのかぁーな。けど、もう平手打ちは勘弁してほしいものだぁーよね」
まずはロズワール。彼は愉悦という愉悦を心ゆくまで味わったのか、笑い疲れた頬は疲労感を思わせている。中でもベアトリスがテンと睨めっこの絵面は思い出し笑い検定一位。二位はテンがレムのことを抱きしめた時の彼の反応。
しかし、頬にあるのはそれだけではない。エミリアによって与えられた紅葉型の熱が存在を強く主張。二度と経験したくないと小さくこぼした。
「仕事全般は押し付けたから……。あとは男二人に何をやらせようかしら。……ふぅ、流石に疲れたわね」
次にラム。彼女は今日を含めた三日間の仕事をハヤトに押し付け、自身の部屋掃除をテンに押し付け。
更には、二人を的確に狙った罰ゲーム並みの命令を下してご満悦。少し倦怠感を外から見ている人間に感じさせるのはなぜなのか。
「もう「またお前かしら」は十分なのよ。今度こそ、今度の今度こそにーちゃを当ててやるかしら」
次にベアトリス。下した命令は悉くハヤトの下へ行き、この数十分間の間で何度となく頬を赤く染めた。
後半になるにつれて「またお前かしら」が口癖に。テンと睨めっこをしたことに関しては記憶から抹消。損しかない絵面は記憶の奥底に葬った。
「んーー! ボクはもう満足したかな。リアがロズワールに平手打ちしたのは少しだけ予想外だったけど、これも王様げぇむの醍醐味ってやつ?」
次にパック。彼は基本的に、全員に平等な命令を下した。結果として様々な人間が被害者となったわけだが。それを彼はクスクスと笑って見ていた。
例えば、頭の撫で合いを命じた事でテンとラムが被害者に。撫で終わった直後にテンが風で吹っ飛んだ。あとは、悪戯半分で平手打ちなんて言った時は悲惨だった。エミリアがロズワールに思いっきり平手打ち——未だに紅葉が頬に残っている。
「ーーーー」
次にエミリア。彼女は今、少しだけ目を瞑っている。はしゃぎすぎてお疲れのところ、隣の男の肩を使って休憩中。許可なんてものは取っていない。当たり前だ。だってテンなのだから(エミリア論)。
ゲームからも外れてテンに寄りかかる彼女は、目だけを瞑って音でゲームを楽しんでいた。下した命令が全て平和的なものだったことは語るまでもない。
「テン君。もう少し強くしてくれますか? もっと強くレムの手を握ってください。大精霊様は『相手が満足するまで』と仰られたんですよ?」
次にレム。彼女は王様になった回数だけテンに肉体的な接触をこれでもかも求め、恐ろしいことにその全てが当人に当たった。
頭を撫でさせ、額を当てさせ。今日だけで何度自制を忘れたことか。因みに、今現在の彼女はパックによる命令でテンと手を繋いでいる。その命令とは『相手が満足するまで手を握ること』だ。
「二回……にかい……ニカイ……NIKAI」
次にテン。放心状態の彼はロズワールが発した言葉をボソボソと呟くだけの処理落ち人間となった。
繋がれた手は指を絡ませられ、肩に当たる命の重みが近く、処理しきれない情報量に頭がついにパンク。またしてもお空を見た。因みに、彼は未だに一度も王様になっていない。
「この絵面は流石に予想してなかった。俺としてはテンの女性耐性を高めるのも目的の一つだったんだがな。処理落ちするかよ、普通」
最後にハヤト。彼はテンとレムを狙った命令を何度となく下すも、結果としては一度も狙い通りにはならず、彼による被害者が続出するばかり。
一番ひどかったのはロズワールがベアトリスにお姫様抱っこをしたことだろう。彼女が本気と書いてマジで怒っていた。尤も、ロズワールは爆笑していたが。
と、これが今の全員である。
程度はさておき疲労していることは共通で、開催者であるハヤトも残り二回となったゲームの終わりに名残惜しさは感じていない。
「それじゃあ、残りわずかな王様ゲーム。できればこれ以上の被害者が出ないことを祈って……。王様だーれだ」
開始と比べてだいぶテンションの下がったハヤトの声が二十三回戦の開始を告げると、呼応する複数の腕がクジを引く。
エミリアの分を含めた自分の分をテンが引くと、彼は片方のクジと睨めっこ。女神様はもういない、王様の権利など自分には訪れなかった。
となると、誰が王様になったか疑問に思うのが自然な流れだが。不思議なことに誰一人として名乗る者はいない。顔を見合わせる面々は自身が王でないことを仕草で語っている。
「ならエミリアか。エミリア、起きて。お前が王様だ」
「ふぇ? わたしぃ?」
「そう。わたしぃ。グダってきたからとっとと終わらせよう」
左肩から処理落ちの原因の一つが離れたことで処理を完了させたテンが意識を回復。自分を含めた全員が疲れてきたことを察した彼は、命令を促した。
序盤戦の方で飛ばしすぎたせいか、中盤戦を乗り越えた終盤戦と。徐々に声の質が下がってきている。このまま続けてもグダグダになって終わるだけ、ならパパッと終わらせたい。
そんな彼の意図を察したのか、エミリアは一度だけ大きく背筋を伸ばすと「じゃあね……」と繋げて、
「王様が「よし」って言うまで一番の肩に寄りかかるの。絶対に動いちゃダメ」
「お前、見たろ。チラッと見たよな?」
「見てませーん」
「絶対に見て……って、人の話を聞いてよ」
「はーい。聞いてまーす」
言い、一度は離れた彼女の頭部が左肩に乗っかり眠たげに瞼が閉じられる。その様が、遊び疲れた子どものように見えるのは真横で見ているテンだけなのか、どうなのか。
ふと、右手がぎゅっと握られる。顔だけ向けるとレムがムッとした表情でテンのことを見ていた。右手は彼女が満足するまで握られるため、ずっとこのまま。
普段ならば動揺待ったなしの場面に、しかしテンは「ふふ」と乾いた笑いをこぼすだけ。もはや、処理を終えたテンは、色々とさせられてきたせいで何も感じなくなってきた。
そんな、ある意味ではハヤトの見たかった絵面が完成したところで。彼は「おいおい……」二人の間に挟まれたテンを見ると、
「テン、我が親友よ。俺ぁハーレムは好まないんだがな。いくら目が奪われたからってそれはいかんぞ。純愛を通せよ? 二人は許さん」
「もうね……いいの、疲れたの。一々反応してたら心が持たないの。半分くらい虚無だよ。心の半分が機能してないのね。レムとエミリア? 知らねぇよ、もう俺のことなんて煮るなり焼くなり好きにしろよ。この小悪魔ども」
投げやり感のあるテンがそう語る。様子から察するに、視界に映る青色と銀色の頭には意識を止めてないようだ。レムを抱きしめた時とは大きく反応の異なる彼にハヤトは軽く笑うと、
「答えになってないが。取り敢えずお前が、左右の二人を見てないことは分かった。だが、ハーレムだけは俺は見過ごさんからな?」
「俺がハーレムを築けると思う? お前、俺の高校時代知ってんだろ。彼女ゼロの女友達ゼロ。思うけど、なんで異世界系の主人公ってそーゆー人が多いのに異世界に行った途端、モテ出すの? 主人公補正ってやつ?」
「それは永遠の謎だな。初っ端から好感度マックスとかもあるし。ある程度は補正も入ってんじゃね。知らんがな」
「エミリアなんて俺のこと『ちょうどいい枕』としか思ってないから。見てこの子、もう寝息立ててる。最近ね、この子の俺の扱いが雑なの。わがままというか、なんというか」
「女の子って……恐い」と、結論付けたテンが薄く笑うと、これまでの経験を得て悟りを開き始めた。レムに色々とされたせいで彼の精神が壊れに壊れ。結果として今に至ると。
なるほど。テンの場合は女の子二人に詰め寄られるとデレるのではなく、全てを感じなくなるらしい。
レムに手を握られ、エミリアに寄りかかられた彼は魂の抜けた面で語っていた。声にも感情がなく、心を守るために『半分虚無になる』という新戦法まで生み出して。
「あれ? リア、もしかして寝ちゃった?」
「寝たよ。完全に寝た。はしゃぎすぎて疲れるとか、小学生かって」
「ボクとしてはその方が嬉しいかも。この子は毎日毎日頑張ってるから、偶には息抜きも大切なものさ」
「その息抜きの中に俺という犠牲があることを忘れないでね」
ベアトリスの手の中から飛び立ったパック。彼はエミリアの眠る音に耳を澄ませると、満足そうに頷いた。
遊び疲れて寝てしまう我が子も愛らしい、とは親バカな彼の心情である。
「エミリア様が誰かの肩に寄りかかってお眠りになるのも珍しい。……テンテン、もしかして媚薬にでも手を出した?」
「一回でいいから、お前の緩んだネジを右回しで締めてもいい?」
予想外な方向から毒舌を刺してきたのはラム。からかっているだけなのか、本心なのか微妙な彼女の瞳は少しだけ鋭い。が、やはり倦怠感が勝るのか瞬間で力が抜けたように和らぐ。
もう全員ヘトヘトだ。ロズワールも先のような愉悦顔を引っ込めているし、ベアトリスも疲れたような吐息。しかし、レムだけは元気そうだった。
エミリアが寝たことで一気に終了のお知らせが漂ってきた今、完全に王様ゲームがグダったと感覚的に理解したテン。彼は「よし」と声色を高くし、
「最後の一回やって、そろそろお開きにしよっか。この後の予定とかもみんなあるだろうし」
「ラムは別に無いけど」
「お前の場合は無いんじゃなくて、押しつけたんだよ」
言いながら、テンはハヤトがクジを回収するのを眺める。見慣れた光景の数秒後には本日最後の王様コールが彼の口から発せられた。
「ほい、王様だーれだ」
眠ってしまったエミリアを除いた七人が声に合わせて手を伸ばすとクジを引く。第一回ロズワール邸王様ゲームの最後を担う王様は——、
「あ、俺だ」
ここに来て初めて確率の女神様を振り向かせたテンだった。
振り向いた女神は微笑むというか、どちらかと言えば憐れむように見ているような気がしなくもないが。手の中には王冠の印が刻まれたクジが確かにある。
最後の最後に来られても困る話である。疲労した空気の中でトンデモない命令を下すことなど、一切考えられず。適当に終わらせてもいいんじゃね? とかテンは考えた。
が、周りからは不思議と期待の眼差し。他と少しだけ思考回路が歪んでいる彼は一体どんな命令を下すのかと視線を向けている。
更に困ったテン。この状況で突飛なものがパッと浮かんでくるはずもなく。横にいるレムが小さな声で「六番、六番、六番」と呪文のように声をかけているが、聞こえないフリ。
「そうねー」と悩むテンは「ならー」と語尾を伸ばして考える時間を作ると、
「王様を含めた全員でーー」
途端、眠るエミリアを除く全員の肩が小さく跳ねる。予想だにしない人数指定『全員』と。それも、王様を含めたこの場の全員を標的にして彼は命令を音にしようとしている。
何が来るのか。緩んだ空気が不意に張り詰めた気配にテンは「ふっ」と楽しげに笑うと、
「——また、一緒に遊ぼうね」
と、そう言って今回のゲームを締め括ったのだった。
最後の方、グダったのはゲームだけではない気がしますが、そこは触れないでくれると嬉しいです。物語の締め方も無理やりな気が……自分にもっと文才があったら良かったのですが。
エミリアがロズワールに平手打ちをする描写は詳しく書こうか迷ったんですけど、敢えてダイジェストでしか書きませんでした。
まぁ、あれですよ。秘技『ご想像にお任せします』です。