親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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いわゆる、短編集的なもの。元々一話に全て収まっていたものを数回に分けたので、ここから数話は同じタイトルが続きます。

理由としては、一話にするとめちゃくちゃに長くなって分量がえげつないことになったからです。なぜか、短編にするはずが一話一話が長くなってしまいます。

さて、短編集の一話目はこの三人にご登場していただきましょうかね。





ロズワール邸は騒がしい その1

 

 

 

ここは、ロズワール・L・メイザースを領主とする土地。広大な大自然を人間の手によって開拓し、一つの屋敷と村を築いた地域。

 

都市とは一風変わったその場所は、人間の手が行き渡った建物が所狭しと聳え立つ王都とは違い、大自然に囲まれた空気が新鮮で非常に開放感がある。

 

屋敷近くの村では子どもたちのやんちゃな声が聞こえ、近くの森では狼のような動物が涎を垂らして元気に走り回り、誰一人として近づかないんだとか。

 

更に、この土地には『聖域』と呼ばれる神聖な場所などの謎に包まれた場所、中の人間ですら知らない場所が数多く点在している。つまりは、側からすればただのど田舎だが実は謎に包まれた土地。

 

そんな土地には自己主張の強い建物が一つある。 

 

 

 ——ロズワール邸だ。

 

 

無駄に広大な土地を利用した屋敷は、初見ならば口を開いて見上げてしまいそうな程に圧迫感があって。貴族の屋敷というものがひしひしと伝わってくる。

 

住まう人間たちはさぞ高貴なのだろう。

 

 

屋敷の主人は誰もが尊敬する人格者で。礼儀正しく貴族を思わせる風貌があって、

 

 

「あはぁ! ほぉらほら、早く立ち上がらないと死んじゃうかもしれなぁーいよぉぉお!」

 

「待って、ロズワール、まだ呼吸が……っ」

「このピエロやろっ。あ、がぁーーッ!!」

 

 

雇われたメイドは、それこそ主人と同等の礼儀正しさ、そして清楚な雰囲気を兼ね備えたメイドの中のメイドで、

 

 

「おはようございます、テンくんっ」

「うへぇ!? なんでお腹に乗ってるの?!」

 

「さっさと起きなさい! この脳筋!」

「おごぁ!?」

 

 

屋敷に住まう一人のお姫様のような存在。その少女は見る者を魅了してしまう美貌の持ち主、即ち麗しの美少女で。傍には毛並みの整った忠実な僕が居て、

 

 

「エミリア、寝癖。ちゃんと整えないと」

「だって別にテンに見られるくらいなら」

「その言い方だと意味深に聞こえるからやめて」

「テン。僕の娘になに吹き込んだの?」

「ほら。パックがすぐに反応するし」

 

 

書斎を管理する者は、勝手な想像だが、眼鏡をかけているのかもしれない。背が高く、寡黙で秀才な人なのかもしれない。

 

 

「ベアトリスぅ。暇だから本でドミノ倒ししにきた。何百冊か本を貸してくれ」

「どみの倒しの意味は分からないけど、お前が下らない話をしてるのは分かったかしら」

「そうか、なら貸してくれ。つか、またハヤトって呼んでくれてもーー」

「嫌かしら。二つの意味で、嫌かしら」

「唐突な五七五。さてはお前、俳人か?」

「相変わらずムカつくやつなのよ」

 

 

あとは。そう、騎士。屋敷の防犯設備として重要な役割を果たす人間はどのような人間なのだろうか。騎士なのだから常にキリッとした態度なのだろう。

 

 

「ゴーア! ゴーア! ゴーアゴーアゴーア!」

「うわわわわ! 闇雲に連発しないで。避けるのだって大変なんだから!」

 

 

想像すればするほど住まう人間達の人物像が一般的な暮らしをする者達には気になってきてしまう。自分もあんな暮らしができたらと妄想を膨らませてしまう。

 

そこで。今回はロズワール邸の日々をテンポ良く見ていこうと思う。

 

屋敷で過ごす人間達は日々をどのように送っているのか、そして彼らの人間関係はどうなっているのか。

 

毎日賑やかな声が木霊する屋敷の中を覗き見しよう。

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

とある夜。世界の時間が子どもの時間から大人の時間へと足を踏み入れた時間帯。

 

 

庭園の一角——背の高い木々に囲まれた閉鎖的な空間で、一人の男が日々の鍛錬に勤しんでいた。

 

周囲に浮かぶのは四十個程度の火球。一つ一つの直径が三十センチのそれらは男を中心として人魂の様に無音で揺らめき、乱れることがないそれらは周囲の温度を一時的に上昇させていく。

 

触れれば火傷では済まされない魔法に囲まれた男からは時折、額から汗が垂れた。瞑目して座禅を組み、精神統一の姿勢で心を静めながら、己の内側と外側の両方から与えられる熱を感じ。

 

己の内側の熱、即ち流法。外側は魔法。毛色の違う二つを同時に使用する、本人でしか難易度を理解することができない鍛錬。

 

初めの頃と比べると、かなり熟練度が増してきた魔法。五個浮かべただけで息切れしていた頃が懐かしい。氷柱シュート事件と火球暴発事件とは、今となっては完全に笑い話。

 

屋敷に来てから一週間が経過した後、そこから毎日続けているのだ。慣れてきてもおかしくないだろう。現に、その努力の成果が目の前にある。

 

目を開き、満足げに頷いたその男、

 

 

「よし。いい感じ」

 

 

テンは今日も今日とて魔法の鍛錬中。仕事が終わってから寝るまでの間は自分が強くなるための時間、労働の疲労を肩に感じながら彼は真面目に取り組んでいた。

 

鍛錬を始めて既に二ヶ月半が経過した今となっては生活の習慣。週初を除けば余程のことがない限りは決まった時間から励んでいる。ここまでくるとやらない方がムズムズしてしまう。

 

鍛錬が生活の一環として含まれている事実。果たしてこれを普通と捉えるべきかどうなのか。ただの一般人の自分にはこの世界の普通は異常でしかない。

 

尤も、人間には環境適応能力。即ち『慣れ』というものが少なからず備わっているわけで。例え異常だとしても慣れてくればそれは普通になってしまう。

 

異常だったことが普通に。逆に普通だったことが異常に。どんなに異常なことだとしても、心が受け入れてしまえばそれは普通に変わる。

 

 ならば、

 

 

「これは、普通と捉えるべきか異常と捉えるべきか。誰か、教えてください」

 

 

 ならばとテンは思う。ここまで頭に考えさせて、彼は自分の思考回路に問いかける。

 

 レムの仕事が長引き、彼女が鍛錬に顔を出すことができなかった日に限って引き起こされるこの状況。

 

 

「なんでエミリアが俺の肩で寝てんだよ」

 

 

 一人の少女——エミリアによる行為は異常か普通か。そのどちらに属するのか、と。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

ここ最近。彼女は自分に対して接する時に限り、幼くなるような気がテンにはしていた。自分の要求を無理やり押し通したり、急かすような仕草も「はーやーくー!」と子どもっぽい。

 

なにより、わがまま。「テンならいいよね?」と謎のエミリア理論を持ち出しては、無理難題な要求を押し付けてくることが多く。わがままお姫様には手も足も出ない。

 

 

「マジで……、勘弁してよ」

 

 

その一つが冒頭のシーン。二週間ほど前からのことだ。

 

珍しくレム不在の中、いつも通りに鍛錬をしているところにエミリアが突入。そこからもいつも通りの絵面が続くと思ったのだが。その日は、問題は起こった。

 

エミリアの寝落ちである。

 

テンと違って規則正しい生活を送る彼女は未だに深夜コースに身体が馴染まず、ふとした瞬間から意識が遠くへと旅立ってしまい。スヤスヤと夢の世界へ。

 

疲れていたのか、肩に体重を預けた彼女はテンに体を揺すられても起きることはなかった。コテンと、無防備で無警戒な外見年齢十八歳の幼子が真横に。

 

割と本気で困るテンだった。肩に当たる命の重みに、王様ゲームを通してレムに鍛えに鍛えられた鋼の精神のおかげで感情の波は荒がなかったのは不幸中の幸いか。

 

何かあった時。それと類似する出来事で、それよりもレベルの高いものを思い出すと心が落ち着いてくる理論はどんな場合でも有効的だ。

 

ともかく、寝落ちるとは予想外。

 

起こそうとしても起きず、このままでは彼女が風邪をひいてしまう。その先にあるのは彼女の父親による『絶対零度にゃん(狂気)』だ。

 

そこで。テンは打開策を練った。

 

テンが打開策として実行したこと。それは彼女を彼女の部屋まで連れて行くことだった。あのままあの場所にいるわけにはいかないと判断したテンが出した苦渋の決断。

 

次に彼女の運び方だが。引きずるのは絶対拒否。ならばどうするか。

 

抱き抱えるのは表面積の接着面(彼女の胸が当たる面)が増えるため引きずる以上の絶対拒否。そもそも、抱える時に起こしてしまう危険性がある。

 

背負うのはそもそも彼女が目を覚ましていることが前提条件のため、寝ている今、それが通用することなどなかった。

 

故に、最後に残った選択肢。身体と身体が触れ合いにくく、彼女が起きず、起きていなくてもすることのできる唯一の方法が——、

 

 

「お姫様抱っことは」

 

 

自分で自分の正気を疑うテンが苦笑。それを複数回繰り返している自分に「お前は自分のしてることを理解してるのかね?」と問いかける。

 

「ふっ」と息を溢す彼は、右肩にエミリアのコテンと傾いた頭が当たる感覚を必死に外へと追い出す。彼女から香る優しい香りには絶対に意識を向けない。

 

自分の中に眠る感情が呼び起こされないように彼は全力を尽くすが。そんなことなど夢の世界に旅立ったエミリアは知らない。依然として彼女は穏やかな寝息を立てている。

 

もしここで彼女が目を覚ましたら——。そんなこと考えたくないと首を横に振るテンは、気を逸らすために別の話題を頭のど真ん中に置いた。

 

 

「いつも思うけど。なんでこの子、こんなに軽いんだ? 身体の大きさに対して質量が合ってない気がする」

 

 

エミリアを抱え上げた時に感じたこと。それは、彼女の身体が天使の羽のように軽かったことだ。抱え上げる前は自分の筋力なんかでと懸念していたが。それも不必要だった。

 

軽い、軽すぎる。ちゃんと毎日食べてるのかと不安になるレベルで軽い。しかし、それでいて身体つきは女性としてしっかりとしているのだから不思議なところ。

 

どのような食生活を続ければこうなれるのか。細すぎず太すぎず抜群の身体つき、対してこの体重。真面目に彼女の食生活が不安視されるが、

 

 

「……そか。俺も同じもの食べてるから食生活も同じなのか」

 

 

エミリアが食べるものは自分が食べているものと同じことに気づく。朝食も昼食も夕食も、自分達使用人が作ったものを食べているのだから、食生活も同じ。

 

なら、より一層不思議になった。同じものを食べてるのに、どうして彼女はここまで軽いのか。彼女は胃の中に、ピンクの悪魔でも飼い慣らしているのだろうか。

 

 

「なんてことを考えていたら、到着」

 

 

頭の中で考えていた下らないことをシャットアウトするテンが眼前に迫ったエミリアの部屋。その扉を開けた。

 

彼女の部屋は至ってシンプル。窓際に沿わせるようにして配置されたテンがいつも使う机よりも一回り大きな机が一つ。所務担当の人が使用してそうな感じだ。

 

その上には分厚い本が何冊も積み重なり、自分がやるわけでもないのに見ていて嫌になってくるのは、きっと中学時代を思い出したせいか。

 

後は服を収納しているタンスや、化粧をすると思われる家具など。特に目立ったのは彼女が普段から寝ているであろうベット。

 

王城に住むお姫様が使ってそうなそれ。無駄に広い部屋の大部分を占めているベットはシーツも整えられ、寝る準備は万端か。

 

 

「起こさないように。そぉっと、そぉーっと」

 

 

吐息と一緒に言葉を発するテンが半ば自己暗示。腕の筋肉に全霊の力を込めて彼女を起こさないようにゆっくり、ゆっくりとベットに寝かせる。

 

枕の位置に頭がくるのも忘れずに、と心の中で復唱するテンはそうしてやり遂げる。

 

それができたら後は布団をかける。これも起こさないように、そっと。全ての動作一つ一つに静寂を意識するテンは呼吸すらも躊躇していた。

 

かけ終えたら最後に両端をピンと伸ばして完了。かれこれ三回以上は彼女を部屋に運んでいる彼の動きに迷いはない。

 

 

「……よし。こんなもんかな」

 

 

約数分にも及ぶ格闘に終わりを告げるテンが忍び足で足早に扉へと一直線。少しエミリアの寝顔を眺めてみたい欲望がないわけではないが、起きた時の対処法が皆無。

 

起こしたら今までの苦労が全部水の泡となることを心配した彼はそそくさと扉を開け。

 

ただ、部屋を出る前に。

 

 

「今日もお疲れ様。おやすみ、エミリア」

 

 

一言。本人には聞こえるはずもない言葉を残して部屋の扉をゆっくり締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おやすみなさい。テン」

 

 

 

本人には聞こえるはずも————?

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

「テンくん、テンくん。少しよろしいでしょうか?」

 

「どしたの?」

 

 

そんな会話から始まった二人だけの夜。否、テンの鍛錬中にレムがお邪魔して始まる彼女にとっての至福の夜。一人静かに集中する彼と、真横に無言で腰掛ける彼女との時間。

 

普段はテンの邪魔をしないように口を閉じているレムだが、今夜は違ったらしい。肩をつつかれ、意識の半分を隣に向ける彼はそれと一緒に顔を向ける。もはや、彼女が隣にいることに関しては触れない。

 

これもまた、異常だったことが普通になった結果だ。「慣れって恐ろしい」とは、様々な人間が口にするが。実際に体験すると本当にそう思う。

 

目の前の男がそんなことを考えているとも知らないレム。彼女は「あのですね」と少し食い気味に詰め寄ると、

 

 

「昨夜、廊下を歩いていたらエミリア様をお姫様抱っこするテンくんを見かけたのですが。説明をレムは要求します。詳しく、細かく、詳細に教えてください」

 

 

詳しく細かくと書いて『詳細』と読む。と、間接的に語るレムの瞳がギロリと光る。なにか、彼女の禁忌とされる部分に触れたのか月光を反射させた青の瞳が間近で細められていた。

 

あまりにも唐突な問いかけにテンは一瞬だけ喉に言葉が詰まる。見られていたとは思わず、問いかけの心構えができていない。

 

が、ここで返答を遅めれば変な誤解を招きかねないことを知っているテンは口を開く。濁しても悪い方に進むから返答は迅速に、簡潔に、正直に。

 

 

「偶にさ、レムの仕事が長引いて顔を出さない時があるでしょ? そん時に限って顔を出したエミリアが寝落ちるんだよ。俺の肩を枕に使ってさ。そのまま寝られても困るから部屋まで運んでるの」

 

「そうですか……。分かりました」

「分かりました(?)」

 

 

何をどう理解したのか。ジト目でテンのことを見ていたレムは己の中で何かしらの結論に至ったのか、小さく頷いていつの間にか前屈みになっていた体を戻す。

 

自分は悪いことなど何一つとしてしてないはずだが、彼女の反応を見てしまうと謎に罪悪感が生まれるテン。エミリアが絡むと必要以上に接近してくる彼女にも、手も足も出ない。

 

エミリアにもレムにも、おそらくラムにも。少しばかりこの屋敷の女性は色々と強すぎるとテンは思う。今の自分は男の子としての威厳のカケラもない。完全に押さえつけられている。

 

今からでも遅くないか。否、時すでに遅し。

 

レムとの関係は自分が鍛練の超過で怒られた時から始まったようなもの。エミリアとの関係は夜にお邪魔することが日常となった時から始まったようなもの。ラムの場合は出会った瞬間からだ。

 

つまりは数ヶ月前から自分の上に美少女三人組は陣取っているようなもの。自分が彼女たちに対して甘すぎるのも一つの原因として挙げられるが、男は基本そんなものだろう。

 

可愛い女の子には勝てない、それが男の子なのだ。テンとてそれは例外ではなく、現にこうして甘いのだから。

 

 

「ーーーー」

「ーーーー」

 

 

それから二人の間に会話はなかった。魔法の熟練度を上げるべく自分の世界に没頭するテンと、彼の隣でゆったりしているレム。普段の光景が自然と戻る。

 

最近のレムは気配を消すことがなくなった気がテンにはしていた。前は自分の邪魔をしないようにと息を殺していたそうだが、今はその必要もなくなったそうで。

 

理由は分からない。が、外から二人のことを見て一つ確かなのは、気配を消さなくなった彼女は時折そっとテンに身を寄せている事。

 

彼が自分の世界に入る中、バレるかバレないかのギリギリを攻めた寄り添い。だから彼女が一方的に近づくだけで、向けられた本人は瞑目しているために、全く気づかない。

 

彼は極限まで集中すると周りの音が聞こえなくなり、外部からの衝撃が無い限りは近くの存在に気づかない。事実、流法を身につける時は頭の中で考えすぎてレムがずっと真横にいたのを完全に無視していたことがある。

 

つまり何が言いたいか。

 

テンはレムの接近に全く気づかない。だから今、彼女が目を瞑って肩に頭を預けていることにも気づかない。眠るように深い呼吸を繰り返す彼女の重みを察せない。

 

ゆっくりと、衝撃を与えないように、彼の意識に止まらないように。そうしてエミリアのような体制をレムがとったことなど彼は知らない。

 

彼が気付くとしたら、察するとしたら、知るとしたら。彼女以外に外部から衝撃を与える存在の突入。レムがその体制をとってから数時間後に、不意に肩を叩いてくるもう一人の存在が訪れたときで——、

 

 

「わぁ!」

「ーーーっ!?」

 

 

不意に聞こえてきた脅かし声と右肩に伝わった強めの衝撃に自分の世界がぶち壊され、強制的にテンは外の世界へと連れ戻された。

 

あまりにも予想外な出来事に声すら上げれず、しかし心臓は跳ねたテンは閉じていた目をかっ開く。心臓に釣られて肉体が跳ねなかったのは成長か。否、慣れである。

 

声の方向は右側。衝撃の方向も右側。つまり音の正体は右側にいる。反射的に顔を向けると、瞳に映るのは見慣れた小悪魔顔、エミリアだ。

 

ニコニコと笑いながら隣に腰掛ける彼女は、脅かした反応にご満悦。悪気など一切ない態度で嬉々とした感情を笑声として小さく音にしている。精神年齢が幼く感じる彼女はイタズラが成功した時の子どものようで。

 

 

 ーーこれだから女子はずるい

 

 

そんな彼女を見てしまえばテンは怒るに怒れない。心の底からの表情を浮かべるものだから、つい彼女の気持ちを優先して甘くしてしまう。

 

これでいて、彼女は無自覚なのが恐ろしい。意図的に微笑んでいるのならばそれこそ本物の小悪魔だ。しかし無自覚、本人は無意識にテンに甘くさせている。

 

仮に脅かしたのがハヤトならば、今頃彼の顔面に拳がぶち込まれているはずだ。「なんだお前、子どもかよ」と鼻で笑われていたはずだ。そうでなくとも男ならばぞんざいに扱われてる。

 

しかし。エミリアのような女の子がすればどうなるか。

 

 

「ほんとにテンっていい反応してくれるよね。脅かし甲斐があってすごーく面白い。次はどうやって脅かされたい?」

 

「それ以前に脅かさないでください。ったく、次やったらマジで怒るかんな」

 

「それ、もう十回は聞いてるけど」

「次は怒るんだ」

「それも十回は聞いてる」

「うるさい」

「それもーー」

「うるさいうるさいうるさい」

 

 

こんな感じに遊ばれる。

 

毎回毎回同じことをやられてもテンはなんだかんだで許してしまう、甘い男。怒る怒るとは言うものの、例によって怒れない。エミリアもテンが甘いことを知っているからどんどん攻める。

 

だってテンなのだから。テンはテンなのだから。何をしても許される——わけではないが、ある程度は許容してくれると信じている。わがままをしてもいいのだ。

 

だってテンなのだから(n回目)。

 

 と、

 

 

「……レム?」

 

 

テンで遊んでいると不意にエミリアはその名前の少女の違和感に気づく。普段なら言葉を交わす自分とテンの間に割って入ってくる彼女が、今は静寂を保っている。

 

それどころか、彼女は自分とは逆側。テンの左肩に頭を預けて目を瞑っているではないか。珍しい、とてもとても珍しい。普段から完璧メイドとして努める彼女が寝ているなんて。

 

レム。と名を呼び、驚いた様子でテンの横から彼女を覗き込むエミリア。視線に誘導されるテンも顔を向けると。色々と気づき、察し、知った。

 

 

「こいつ、いつから……」

 

 

顔を向けて彼女の体勢に気付き、意識を向けて寝ていると察し、全てを理解すると肩にかけられた重みを知る。

 

この三段階が一瞬にして完了したテンは表情を凍り付かせる。前にも似たようなことはあったが、その時は身体に触れていなかったから気づけなかった。が、触れていても気づけなかったと。

 

気づかせぬように動く彼女が凄いのか。全く気づけない自分が鈍いのか。どっちもどっちだ。

 

 ともかく。

 

 

「レム。おい、おーーい。起き……いてっ」

 

 

寝られても困る。エミリアと次はレムと、流石にご遠慮したいテンは彼女のことを起こそうとするが、彼の意志はエミリアに頭を小突かれたことで叶わなかった。

 

物理的な衝撃に軽く頭を沈ませるテンがエミリアの方に顔を向ければ。彼女は目を細め、

 

 

「どうしてそういうことするの。レムだって疲れてるんだから、寝かせてあげなさい。それに、私の時だって起こさないでくれるでしょう?」

 

「それは……。成り行きだよ。てか、寝てる自覚あるなら寝ないようにしてくれ」

 

 

ヒソヒソ声で話す両者。レムを起こさないように意識的に声の音量を下げた二人は軽く言葉を交わし合う。

 

エミリアはレムを起こすことに反対なのかテンの行動を咎め。テンは拳の当たった頭部に手を当てて呆れ顔。起こさないのではなく、起こせないことに彼女は気づいているだろうか。

 

考えてみてほしい。真横で無警戒で無防備、加えて安心するように眠る美少女がいて、起こせると思うか。答えはノー、起こすことを躊躇させられる。

 

 

「……どうしよう。起こすわけにもいかないし、かと言ってもずっとこのままってわけにはいかないよね。寝るなら部屋で寝かせないと」

 

 

寝てしまったものは仕方ないと広い心で受け入れるテンが今後について頭を回す。外で寝れば風邪を引いてしまう。その場合はラムに「死になさい」と言われて風刃の餌食になる。

 

エミリアの場合はパックで、レムの場合はラム。どちらも自分にとって脅威的な存在が裏で控えていることに、テンは苦笑することもできない。

 

そんな、静かに窮地に立たされ続けるテンにエミリアは「簡単じゃない」と前置きすると、

 

 

「レムにもお姫様抱っこして、部屋まで運んであげたらいいじゃないの。きっと喜ぶと思うわ」

 

 

果たしてそれが最善なのかどうなのか怪しいところではあるが、解決策の一つとして提示。本人には最善だと思えるのかやけに自信満々だ。

 

両手を合わせて名案だ! とでも言いたげなエミリアにテンは疲労気味な吐息。レムにもお姫様抱っこをして、とは随分と他人事な発言が口から飛びとしたものだと思う。

 

レムにもお姫様抱っこをして。

 

レムに も お姫様抱っこ をして。

 

 

「……おい待て」

 

「どうかしたの?」

 

 

エミリアの言葉を頭の中で数回復唱し、テンは今の発言の中に彼女が確信犯であることを裏付ける事実が含まれていたことに気づく。

 

途端、真面目な表情になるテンの瞳がエミリアの瞳を一直線に射抜く。「待て」と言った直後から態度を一変させた彼に彼女は首を傾げるが、

 

 

「レムに"も"ってどういうこと?」

 

 

その発言を聞いて自分の失態に気づき、

 

 

「なんで俺が、お前が寝た時にお姫様抱っこしてるって知ってんだ? 俺、お姫様抱っこなんて一言も言ってないけど」

 

 

無意識に口からボロが出ていたと理解した。

 

頭が己の失敗を理解すると、それは行動となって表に出てくる。どう誤魔化そうかと回らない思考回路を回し始めた結果、見事にエミリアは硬直。首を傾げた体制で静止画となった。

 

皮肉なことに彼女がそうなった時点で答えは歴然としている。どんな誤魔化し方を選択したとしても目の前の人間にはバレバレである。

 

 ならば、

 

 

「……えっ? そんなこと言った?」

 

「清々しいまでの惚けっぷり。お前まさか、今までのは全部寝たふり? え、まじ?」

 

 

静寂の答えは、惚けるようなエミリアの声色。「そうだっけ?」と薄い笑みを顔に浮かべる彼女は誤魔化しが効かないなら白を切る強硬手段に出た。

 

勿論、その甲斐なく彼女の嘘は簡単に見破られてしまうのがオチ。しかし一度決めたことに対しては真っ直ぐなエミリア。彼女は逃げるように立ち上がると、

 

 

「知らなーい」

「知らなくないでしょ。正直に話してみ? 怒らないから。怒れないから」

「知らないったら知らないもん。おやすみ。レムのことはちゃんとお部屋に連れて行くのよ?」

 

 

とだけ言い残して背中を向ける。

 

一方的に別れの挨拶を終わらせた彼女は呼び止める声を無視。服についた芝生をパッパと払いながら歩き出す。

 

振り返ると余計な言葉をかけられそうだから、前に進む足と同じように前しか向かない。

 

 それに、

 

 

「——ふふっ」

 

 

こんな顔、彼には見られたくなかった。

 

 

 

 

 

「っしょ」

 

 

普段と比べたら随分と小柄に感じるレムの身体を抱えてテンは立ち上がる。抱え方など今更説明するまでもなく、彼がどのような状況下など深く考えずとも察せられる。

 

エミリアの姿が見えなくなるのはあっという間だった、木々に囲まれた閉鎖的な空間で鍛錬しているため、彼女の姿は木々に隠れてもう見えない。

 

そのため、取り残されたのはテンとレムの二人。しかしそのうちの一人はテンに抱えられて安眠中。初めて見るレムの寝顔に息が詰まったのはなぜなのか。

 

というか。まさかエミリアが起きているとは考えもしなかった。ありがちな展開だけど、いざ体験してみると画面の外で見てるより気づけないもので。

 

もし今の自分が画面の外にいる人間に見られているなら、きっと「何で気づかないの?」と怒られる気がする。

 

となると、今ここで寝ているレムも起きているのだろうかと思うのが自然な流れ。目線を下げるテンは眼下の少女へと視線を送り、

 

 

「……レムも寝たふりじゃないでしょうね」

 

「ーーーー」

 

 

見えた。ふにゃっと緩んだ頬が。この子も確信犯である。僅かな緩みなら見逃せるが、目に見えて緩まれると月明かりも相まってバレバレ。

 

エミリアに続いてレム。相変わらずこの二人には手も足も出ないテン。彼は「やれやれ」と口元を綻ばせると、

 

 

「この小悪魔どもが。これじゃ騎士っていうより子守じゃねぇか。この子、ほんとに十七歳だよね?」

 

 

そう言って、今日も鍛錬を終えたのだった。

 

 

 

 

 






今回はこの三人だったので、次回はあの二人でいきます。

短編集なのに一話しかないじゃん、どこが"集"なんだよ。と思う方、私もそう思いました。けど、この後に続く数話を含めて一話分ですので。一応、短編集となっています。


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