親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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気分がノッたので更新です。





約束事

 

 

 

 

「そんなこと聞いて、私が「行かない」なんて言うと思うの?」

 

「思わないよ。分かってる」

 

「テンから見た私は、そんなに薄情な女の子なの?」

 

「誤解だよ。エミリアはめちゃくちゃお節介で心の優しい女の子。それは知ってる」

 

「じゃあこのやりとりはお終い。早くレムを助けに、一緒に村に向かいましょう」

 

「ダメだ。絶対にーーーー」

 

 

 

 

「ーーー。ーー! ーー! ーーー! ーー?」

「………。ーーー。ーーー。ーーー」

 

 

 

 

「ーーそれはダメだ。絶対にダメだ」

 

「その言葉は何回目? テンが来てからずっと、ずっと同じことばかり言って。どうして私の言うことを分かってくれないの?」

 

「分かってくれないっていうか、それ以前に俺はお前を行かせたくないんだよ。今から行く場所は本当に危険だからパックがいないと」

 

「パックは関係ない。私も行きたいって私はずっとテンに話してるの。それだけなのにどうしてテンは私を置いて行こうとするの?」

 

「だから! 何回も! 何十回も! 言ってんだろ! 危険だからだよ!」

 

「それは何回も何十回も聞いた! 私も何回も何十回も言ってる! レムが危険な目に遭ってるのに黙って見ててって、そんなの私にはできないの!」

 

 

「エミリア。頼むから俺の話をーー」

「テンだって私の話をーー」

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

ハヤトが屋敷を発ってから数十分経った今、テンはエミリアの部屋にて扉の前に立ち塞がっていた。理由は簡単、エミリアを扉の先に行かせないようにしているからだ。

 

手を広げて「ここから先へは行かせません」とばかりに通行止め。その先へと行こうと彼の前にいるのは当然、テンがどうにかこうにか説得しようとしているエミリア。

 

正直な話、彼女に部屋に籠っていてほしい事を伝えるための経緯をどう説明するかテンは良い案が何も思いつかず。結果的に現状を述べた上で屋敷に残ってろと話した。他にもやり方はあったものを、今更後悔しても後の祭りだ。

 

予想通りと言うべきか。エミリアは頭を頷かせることはなかった。自分も行くと。そう言って頑なに意見を変えようとしないまま。

 

テンが行かせたくない理由を状況的に述べ、エミリアが行きたい理由を感情的に述べ。「ダメだ」「ダメよ」の言い合いが、かれこれ数十分間は経過している。

 

 

「どうしてテンは私に来てほしくないの? だってレムが危険なのに、それなのに放って置けるわけないじゃない」

 

「そうだけど……。でもダメなんだ。エミリアはここに残ってないと、状況の把握が曖昧な以上は何が起こってもおかしくない。そんな場所にお前を連れて行くなんて」

 

 

 そんなのできっこない。

 

言い繋げるテンの瞳には僅かながら焦燥の色が浮かび上がっている。彼とてレムの事が心配で仕方ない身、冷静に話しながらも今すぐに村に向かいたい気持ちで胸が溢れかえりそうだ。

 

けど、その気持ちに蓋をするテンはエミリアを優先する。彼女の安全を、平穏を、脅威から遠ざけることに意識を回す。反対にエミリアは自分から脅威へと飛び込もうと口を回す。

 

行きたいエミリアと行かせたくないテン。相反する二つの意見の衝突、短時間で何回も繰り返される聞き飽きたやりとり、その終わりはどちらかが折れるまで永遠と長引き。それはハヤト達との合流が長引くことに直結してしまう。

 

 

「だからエミリア。今はお前としては心苦しいだろうけど無理やりにでも納得してほしい。無理だって分かってるけど、お願い。じゃないと俺はレムを助けに行けないから」

 

「心苦しいって分かってるならどうして……!」

 

 

いつも以上に熱を宿す思考回路がテンを饒舌にさせる。まだ事が起きてから三十分も経ってない中で、彼は懸念に懸念を重ねても足りない様々な最悪を想像し、その先に『死』を連想させるせいでエミリアを行かせたくない意志に、より一層拍車をかけた。

 

それが引き出したのはエミリアの苛立ちだ。何も自分の意見を聞き入れてくれようとしない、その姿勢すら見せないテンを見る紫紺の双眼は徐々に鋭く、饒舌になる口を聞く度に心は尖り、彼に向ける言葉が熱を帯びていく。

 

当たり前だ。彼女からすれば、身内の危険という事実に加えて、危険な場所に彼らが身を投じることを黙って見てろと言われたのだから。

 

反発しない方がおかしい。エミリアのような心優しい性格の彼女なら尚更。

 

 

「なんで分かってくれないんだよ……!」

 

 

縋るような目をエミリアに向けて、テンは広げた拳を強く握りしめる。訳も分からず心臓の鼓動が脈を刻むリズムを増して、意味も分からない乱暴な口調が抑え込まないと出てきてしまう。

 

予想はしていたけど、彼女がここまで頑なだとは思わなかった。魔獣の森に放り投げられた時みたくなんだかんだで許してくれると、そう思っていたのに。

 

 

「お願いだから、今日だけでいい。俺達がお前のところに帰ってくるまででいいから部屋に籠ってろ。ただ、それだけでいいんだ」

 

 

 ーーただ、それだけでいいんだ。

 ーーそれだけでいいんだ。

 

 

 ーーそれだけで。

 

 

軽々しく口から溢れた発言、頭の中を何度も駆け廻る感情の着火剤。エミリアの尖り始めた心を直接刺激するそれは——、

 

 

「テンの分からずやーーーッ!!」

 

 

不意に感情が爆発する。

 

穏やかで、理性的で、これまでも怒ったりすることがなかったわけではなかったけれど、それでも感情的になって枷が外れることは一度もなかったはずなのに。

 

数十分間に至る言い合いの末に、プツンと糸が切れて、その枷が外れて、溢れる感情をそのまま口にするエミリアは、

 

 

()()()()のことが私にとってどれだけ辛いことなのか、テンは何も分かってないーーっ!」

 

 

一歩。身体二つ分の距離を一気に詰める彼女はテンの胸ぐらを両手で掴む。自分を置いて行かせない、そう言うように。

 

すぐ目の前、熱っぽい吐息すら届く位置にエミリアは立っている。震える両手には服に皺がハッキリと残る力が宿り、彼女の激情をなによりも語って。紫紺の瞳が真っ直ぐにテンを見上げている。

 

感情の波に揺れる、その紫紺の瞳を初めて見た。

激情に震えそうになる唇を噛みしめる、強張った顔を初めて見た。

 

 

「テンは知ってるの!? 頑張りすぎて倒れちゃうテンのことを私がどれだけ心配してるか!!」

 

「ーーーっ」

 

「知らない! 絶対に知らない!! 魔獣の森の時だって、ロズワールに傷つけられてる時だって、悪党に襲われて骨が折れた時だって。テンはいつも「大丈夫だよ」ってへっちゃらな風なのに、その時は本当に辛そうにして……っ」

 

「ーーーー」

 

「テンの背中を遠くから見てる私が何を感じてるかなんて、テンは絶対に分からない。いっぱいいっぱい怪我して、血を流して、いつもいつも倒れる寸前までロズワールにやられて。本当に倒れちゃった時だってあった」

 

 

掴みかかった胸ぐらを小さく揺らすエミリアは必死な表情で感情のままに言葉を吐き散らしている。エミリア自身、何を言っているのか分からなくなる激情。しかし紛れもない彼女の本心だ。

 

三ヶ月間という人間関係を構築するにしては少しばかり長すぎる時の中、それも同じ屋根の下で過ごしてきた期間。家族ではないけれど家族と近しい関係として接してきた時間。

 

その中でエミリアにとってソラノ・テンという存在の捉え方が明らかに変化し、心の中にその存在が居座りつつある今現在。

 

彼女はとある悩みを心に孕んでいる。

 

騎士になると言ってくれた嬉しさや、日々努力する懸命さに口を挟まないようにしているが。それでも思わず口を挟んでしまい、彼の身を案じてしまうそれ。ハヤトと比べた時、テンに劣等感を抱かせてしまうそれ。

 

子どもっぽくて。けど、誰かを思いやる時に何よりも優先される一つの感情——、

 

 

「レムのことは本当に心配。だけど、それと同じくらいに私はテンが心配なの! ハヤトと違ってテンはすぐに倒れちゃうから。また危険な場所に行って、また傷付いて、もし、もしもそれで帰って来なかったらーーーー。やだ……、考えたくない!」

 

 

止めどなく押し寄せる感情の波が雫となって、その紫紺の双眸を満たしてる。瞬きをすると、数滴もの雫が頬を滴り落ちた。一粒一粒が大粒の涙は、確かな音と共にテンの心へと落下し、伝わる感情を波紋させている。

 

震えて、涙を流し、一つの感情に心を揺らされる彼女はそれを目の前の胸板にぶつける。泣きじゃくる子どものような、駄々をこねる少女のような、額を打ち付けた胸板に涙を全て流し込む。

 

 

「これまでだってたくさん言って、怒って、カタナまで取り上げたことだってあったのに。どうして気付いてくれないの……?」

 

 

数え切れない回数怒った、心配だからだ。

倒れた時に看病だってした、心配だからだ。

傷つく姿を見たくないと思った、心配だからだ。

 

 

「そんな人の背中を、また見送れってテンは言うの? 何が起こるか分からない、もしかしたら大怪我だってするかもしれないのに……! もしかしたら、帰って……これない……っ」

 

 

遠のく彼の背中を見たくないと思った。

行かせたくないと思った。

 

ひょっとしたら帰ってこないかもしれない、これで最後かもしれない。そう思っただけで、刹那でも心がそう抱いただけで、エミリアは悲しくなって、名前の知らない感情が心の中で暴れ回る。

 

理由の分からない損失感と意味の分からない孤独感が掴んだ彼の体を決して離さない。

 

 

「そんなの……っ、ひどい、ひどい!」

 

 

それもこれも全部、

 

 

「テンはいつも自分のことばっかりで、私のことなんて何も考えてくれない! 鍛錬だって無理するし! もう傷つかないって言っても傷つくし! 今だってずっと自分の言いたいことだけ言ってるし! 少しは、少しはーー」

 

 

エミリアを激情させる一つの感情が、全てだ。

 

 

「少しは私の気持ちも分かってよ! テンのバカ! すごーく分からずやーーッ!!」

 

 

悲鳴が、ロズワール邸に高く木霊する。

 

肩を大きく上下させる金切り声が、テンの心を滅多刺しにする。感情に任せて思いの丈を叫ぶ彼女の声が、その一音一音が鼓膜に強く刻まれる。

 

一人の少女の切なる思いが今この瞬間、全て明かされて、テンの頭の中を真っ白にさせた。熱を帯びて回っていた思考回路が嘘のように停止して、麻痺したようにピクリとも動かない。

 

考えたこともなかった。自分の姿を見る彼女が何を思っていたかなんて。自分を見送る笑顔の裏側、そこに秘める感情なんて。否、考えようとすら思わなかった。

 

 

 ーーまた、あんな風になったら。怒ります

よ…?

 

 

ふと、聞こえてきた声があった。

 

空間に響くようなものではない、鼓膜の内側から心を震わせるように伝わってきた音は、たぶん心の奥底から。

 

レムの声だった。自分のことを気にかけてくれている彼女の不安そうに揺れる言葉だった。麻痺した自分の脳を揺れ動かすそれは、胸に額を打ち付けて嗚咽を溢している目の前の少女の姿と重なって。

 

脳からの伝達がチグハグなはずの体が動き、広げた右腕が折り畳まれる。左腕が力無く垂れて、反対に右腕が動き出す。小刻みに震える右手が少しずつ少しずつ上に伸びて。

 

 そして、

 

 

「ーーーっ」

 

 

その手が彼女の頭に優しく重なった。

 

壊れ物に触れるように、そっと手を添える。レムにもしたように、エミリアにも。

 

どうしてそうしたのだろうか。そうした方がいいと思ったのだ。

 

肩を跳ねさせるエミリアが弾かれるように顔を上げ、涙が弾け飛ぶ。突然の寄り添いに息が詰まる彼女の瞳が見たのは、これまでとは表情を一変させたテンの顔だった。

 

 

「エミリア……。俺さ、今の聞いて何も考えられなくなっちゃった。頭の中、真っ白になってさ。どうしてくれるんだよ」

 

「だってテンがーー」

 

「だから、今から話すことは全部俺の本心だから。ちゃんと聞いてほしい」

 

 

熱っぽかった口調を鎮めたテンが低い声で穏やかに語る。感情に揺れる紫紺の瞳に、縋るように握られた胸ぐらに、肌から発せられる温度が直接肌に触れる距離の彼女に。

 

途端、尖っていた心が丸くなっていく不思議な感覚がエミリアに訪れる。ただ頭に手を添えられた、それだけなのに。安心感が、心の中に生まれて、膨れ上がる。

 

 

「やっぱり、エミリアはここに残っててほしい。今から行く場所は、本当に、本当に危険かもしれないところで。そんな場所にお前を連れて行くことなんて俺にはできない」

 

「ーーーー」

 

 

叩きつけるように叫んだエミリアの心の叫びを聞いて、テンは頭の一切が回らなくなった。だから、ここから先の言葉は全て、テンの本心だ。頭の代わりに心が彼の口を動かしている。

 

その彼が発してきた言葉は同じだった。にも関わらずあまり不快に感じないのは、何故なのか。

 

テンの瞳がエミリアの瞳を一直線に貫く。彼女の思いと真摯に向き合う彼は添えた手の平を頭を優しく撫でるように僅かに動かしながら、

 

 

「エミリアの言うことも分かったよ。そんなに叫ばれたら俺でもなんとなく分かる。でも、だとしても、お前に残っててほしいと思ってる」

 

「……どうして」

 

「一つ。『約束』をしよう」

 

 

髪を撫で下ろように右手が離れ、代わりに彼女の前に小指が差し出される。

 

 

「レムを連れて帰る。ラムもハヤトも無事に帰ってくる。勿論、俺もまたこうしてエミリアの下に生きて帰ってくる。それを約束しよう」

 

「……約束」

 

「そう、約束。それならエミリアも安心して俺のことを送り出せる……といいな。とか淡い希望を抱いてるけど。どうかな?」

 

 

彼女にとっての『約束』事がどれほど力があるかは何となく理解しているつもりだ。なによりも守らなくてはならない絶対的なもの、破れば信頼関係に傷がついてしまうもの。

 

それを理解しているからこそ、テンは彼女に提案した。今ここで、三ヶ月間で築いた自分と彼女の絆を確かめるために。

 

酷いやり方だとは思う、だってこれは彼女の弱みに漬け込む方法なのだから。

 

言い合い、叫び、己の気持ちを全て吐き出しても意見を変えないテン。その人がエミリアに対して約束を取り付け、重なる言葉が数秒後には口から発せられる。

 

それは、絆の深まった関係でしか成立しない言葉。ある種の、一つの誓い。

 

 

「エミリアは、俺のことを信じてくれる?」

 

「ーーーっ!」

 

 

途端、エミリアの瞳が大きく見開かれた。はっとしたような彼女は言葉を失い、息を詰まらせる。決定的な一言を突きつけたことで彼女の時が止まった。

 

 沈黙が、その場を包む。

 

呼吸音すらも聞こえなくなった二人の空間。時が経つにつれて静まる鼓動音がやけにうるさく感じる。

 

俯くエミリアが額をテンの胸板に当てて沈黙している。それを黙ってみているテンもまた沈黙している。否、彼女の中で整理をつけさせるために答えを待っているとも言える。

 

考える時間も必要。今彼女の中で様々な思いが交錯して、葛藤が生まれているはずだから。

 

不意に身体を震わせながらエミリアが深呼吸、堪えていた感情を全て吐息として吐き出す。心を整理する時に誰しもが自然とする行動を、当てた胸板で涙を拭き取る彼女は選択し、

 

 

「ずるい、ずるい……っ」

「分かってる」

 

「そんなこと言われたら。テンのバカ」

「うん。自分でもサイテーだと思ってる」

 

「バカバカ。もう、すごーくバカ。すごーーくバカ」

 

 

その言葉は、エミリアという一人の純粋な少女の心を揺れ動かすには十分すぎるものだった。

 

信じているか、そう問われたら答えなんて一つに決まっているだろう。卑怯だ、テンは卑怯だ。分かってるのに、敢えて問いかけてきて。

 

精霊術師、そして彼女にとって『約束』がどれほど重みのあるものか。それを理解していながらも胸に突きつけてきたテンを、エミリアは罵倒することしかできなかった。

 

 罵倒、することしか。

 

 

「……破ったりしたら今度こそ許さないからね。テンと私の三つ目の『約束』。二つの『約束』もちゃんと果たしてくれてないのに」

 

「大丈夫。それもこれもちゃんと果たすから」

 

「生きて、私の下に帰ってきて。私の知らないところで勝手に居なくなったりしたら、許さないんだからね」

 

「それは無い。だって俺はエミリアの騎士になる人間だぜ? それまでは死なねぇよ」

「騎士になってからも死んじゃダメ!」

「はい分かりました訂正します死にません絶対に生きます」

 

 

顔を上げるエミリアが微笑むテンに力強い目つきで生還を念押しする。数十分間の言い合いの末に心の声を叫び散らしても意見を変えず、最後には約束事を取り付けた彼の無事を祈って。

 

テンの言葉に迷いは感じられなかった。どんな危険な場所に飛び込むことになろうとも彼は生きて帰ってくると彼女に約束したのだ。仮に、亡骸となって帰ろうものならあの世で祖母にしばかれかねない。

 

尤も、二次元のあの世と三次元のあの世が共通してるかは知らないが。

 

 

「これ。テンに渡しておくわ」

 

 

頑なだったエミリアが意志を折ると、彼女はそう言って自身の左手首に付けていた腕輪——テンが贈ってくれた絆の形を贈り主の左手首に付けた。

 

流れるような一連の動作。成り行きを黙って見ていたテンにエミリアは「いい?」と彼の胸に手を当てる。皺と涙のせいで大分悲惨になったが、これぐらいがちょうどいいと彼女は彼の瞳だけを覗くと、

 

 

「帰ってきたら、私に返して。私にとって最初の贈り物なんだから。返してくれなかったら無理矢理にでも取り返しに行くから」

 

「……分かった。必ず返しに来るよ」

 

 

キュッと握られた胸ぐらから生温かい水分が滲み出る。いかに彼女の心が揺れ揺れであったかを雄弁に語るそれは、テンの『生きて帰る覚悟』を断固としたものにした。

 

彼女も中々に卑怯なやり方をする。自分が死んで放置されるようなことがあれば彼女自身がその場所に足を運ぶ。それが嫌だったら帰ってこいと。

 

落ち着いた結果に対しての、せめてもの抵抗だ。

 

自分だってレムを助けに行きたい。やっと仲良くなれたのに失うだなんて、許せるわけがない。皆んなが頑張ってる中で自分一人だけ安全な場所で待ってるだなんて、納得できるわけがない。

 

けど、彼女はそれら全てを飲み込む。目の前の男に全てを託し、信じることで。

 

不安な気持ちが解消されたわけじゃない。寧ろ、時間が増すごとに膨張する一方だ。けどテンは信じてくれるかと言った、ならエミリアができることは信じること。

 

彼を、彼の覚悟を。彼自身を丸ごと信じる。

 

 

 ——だってテンなのだから。

 

 

「テンのこと。信じてる」

 

「ん。ゆびきった」

 

 

握りしめた胸ぐらを離すエミリアがテンとゆびきり。小指と小指が絡み合って、築かれた絆が架け橋となり、『約束』は二人の間で締結される。

 

 

「みんなと一緒に生きて帰ってきて、また笑い合いましょう。それだけでいいから」

 

「うん。約束は絶対に守るよ」

 

 

絡み合った小指が離れた時、エミリアは微笑む。泣いた後の笑顔。まさに、雨上がりの晴れた空模様のような笑みを彼女は向けた。不覚にもドキッとしてしまったのは内緒の話。

 

その笑顔を終わりに、長引きすぎた話し合いは終わった。エミリアがテンを信じ、テンがエミリアに信じさせることで。

 

なら、テンのやることは決まっている。彼女に背中を見せる彼は扉を押し開き、

 

 

「じゃあ、行ってくるね!」

 

「うん。いってらっしゃい!」

 

 

向けた背中が彼女に強く押され、その勢いのままにテンは駆け出す。走り出したら、絶対に振り返らない。

 

自分のやることは彼女の信頼に応えるために持てる全てを注いで生きて帰る。レムを助けて、ハヤトとラムと無事に帰る。何があろうとも。

 

ふと思い、服の下から首飾りを引っ張り出す。ハート型の宝石のついたそれはレムからの贈り物。今もなお脅威に晒されながらも一人ぼっちでいる彼女を脳裏に思い浮かべた。

 

 

「……レム」

 

 

表情を痛ましげに歪めるテンがギュッと宝石を握りしめ、訪れた感情と一緒に首飾りを服の下にしまう。

 

腰のベルトに差した刀の鞘を力強く握りしめて、言い聞かせるように強く言った。

 

 

 

「必ず、みんなで帰ってくるよ」

 

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

「ーーラム!!」

 

「脳筋。早かったわね」

 

「ベアトリスの奴、割と物分かりが良かった」

 

 

時間は少しだけ遡り、テンとエミリアが言い合いをしている真っ最中。

 

ベアトリスを説得したハヤトは一刻も早く向かわねばとアーラム村へと猪のような勢いで全力疾走しているところだった。

 

その途中、正面にラムの後ろ姿を捉えて横に並んで合流を果たした。テンの姿が見えないところ、彼はエミリアの説得に四苦八苦しているだろうかと思うが。

 

 

「テンは?」

 

「エミリア様を説得するんだもの、ベアトリス様のように簡単に頷くとは思えないわね」

 

「だよな。まぁ、アイツならなんとかするだろ」

 

「そうね。気にするだけ無駄だわ」

 

 

テンの苦難など知らぬ二人は無責任な信頼を一方的に押し付ける。しかし、それこそが二人が見てきたテンという人間の評価だ。無責任な信頼を向けるに相応しいと。

 

きっとなんとかしてくれるはず。そう信じるハヤトとラムは後ろを振り返らない。彼はここぞという時は必ずやってくれる土壇場での判断力、行動力に長けた人間、何も心配はいらない。

 

自分達は自分達のやれることを、テンはテンのやれることを、今は全力でやるだけだ。

 

意識を前へ前へと向ける二人は駆ける脚にムチを叩きつける。全速力を常に保つ二人の速度は、世界に満ち始めてきた闇に溶け込む影のように鋭く、例え後ろから何者かが迫っていたとしても追随を許さないだろう。

 

見慣れた道。途中、何度かの右折左折を繰り返すアーラム村へと続く街道、左右が森に挟まれた自然と自然を真っ二つに割って作られたようにも見えるその道。

 

今が昼なら大自然を感じれたであろう場面は、しかし夕暮れを過ぎてきたせいで闇に覆われ、月明かりに照らされた街道以外は薄暗く、不気味なものとなった。

 

空を見上げる、今日は雲ひとつない満月だった。お陰で光が遮られていない街道は視界良好。そのせいで左右の闇がより一層際立たされてしまっているが。

 

 

「……遅い! ラム、ちょっと我慢しろよ」

「えっーー」

 

 

逸る気を抑えられないハヤトがもどかしげにラムを見ると舌打ち、彼女に腕を伸ばす彼は鍛え上げられた膂力を持って小柄な体を小脇に抱え、

 

 

「アクラぁ!!」

 

 

詠唱を世界が聞き取った直後、彼の身体に金色の覇気がゆらゆらと揺らめき、次第に帯となって纏われ始める。

 

体の輪郭をなぞるように迸るそれは彼の力の根源、超人的な力を引き出す可能性を秘めた未来のある魔法。それ即ちアクラ。

 

 

「おおぉおーーーっ!!」

 

 

走るというより飛んでいるに近い感覚にラムの目が見開かれる。身体が担がれた状態で風を押し退けながら進むラムが体感したハヤトの本気は、自分が予想していた何倍も速い。

 

魔法の恩恵だけとは思えない。素の肉体が磨かれているからこその今の身体能力、ロズワールの鬼のような鍛錬は決して無駄ではなかった。正直なところ、絶句している。

 

その一方で、やはり連れてきて正解だったとラムは自分の判断が間違えではなかったと確信もする。

 

今もなお共感覚を通じて伝わる感情の紛糾、一分一秒が冗談抜きで未来を動かす状況において、のんびり走ってる時間などありはしないのだ。

 

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

「ーーっし! 見えてきたぞ!」

 

「そのまま行きなさい。やっと乗り心地の悪い感覚に慣れてきたの」

 

「一言余計だわ!?」

 

 

片道三十分を僅か五分で走り切ったハヤトは疲労色の一つも顔に浮かべていなかった。否、汗のひとつも垂らしていない彼は本当に疲れていない。

 

小柄とはいえ四十キロ程度だが、ラムの体重を片腕で支えながらの全力疾走は彼にとっては余裕だったようで。ラムの軽口に反応する余裕すらある彼はそのままの勢いで村へと一直線に走る。

 

村との距離は五百メートルもない、村の輪郭が徐々に見え始めてきた。

 

ふと、ハヤトは村に視線をやった時。少しばかりの違和感を抱く。夜にしては村の明かりが多い気がした。それが何を意味するのかは分からないが。違和感なことに変わりはない。

 

 

「ラム。レムからの感覚は」

「まだ伝わってきてるわ。どんどん増してる」

「なら急ぐか」

 

 

隠しきれない焦燥感が未だに溢れるラムからの答えを受け取ったハヤトは目の前の崖からヒョイと飛び降りる。一々迂回している時間などないと躊躇なく飛んだ。

 

強化された肉体、その足裏が地面に着地した瞬間に地表が軽くひび割れを起こしたが視野に入らないハヤトはそのまま飛び跳ねる。暗がりの中、木々の間を抜け、茂みを押し退ける。

 

相変わらずの豪快さに、ここまでくると感心してくるラム。流石に崖から飛び降りるとは予想外だが、結果的に迂回せずに済んだ。

 

不意に視界が開けた時、村を囲う堀が二人の目の前に迫る。距離にして一メートルにも満たない目と鼻の先に硬い木材の塀が——、

 

 

「お先」

「てめーーっ!?」

 

 

身を捩るラムは咄嗟にハヤトの腕から離れて地面に転がり込む。衝撃を殺すために華麗に一回転、顔を上げて立ち上がり、服についた土を払った。

 

前に進み続けるハヤトの体を止めに行こうとした時には既に遅し、彼は堀に豪快に激突して「ごぁぁ……」と呻き声を漏らしながら地面に大の字に倒れ伏している。

 

 

「良くやったわ、脳筋。早く立ち上がりなさい」

 

「切り替えの速さが恐ろしく早い上に、感謝のカケラも感じられない感謝をどうもな」

 

 

見下ろすラムが指先で手招きしているのがボヤけた視界に映るハヤトは、同時にスカートの中が見えそうで胸が高鳴ったが悟られると顔を踏み潰されかねないので勢いよく立ち上がる。

 

軽く頭を振って目眩を振り払い、衝撃に痛む顔面を労わるように摩った。そうして軽く息を吐き、彼は気持ちを切り替え、

 

 

「よし! 行くーー」

 

「ーーー!」

 

 

村の中から上がった断末魔に近い叫び声、喉が張り裂けるような女性の悲鳴を聞いた。

 

 

 

 

 






ここからは戦闘描写祭りですので、私も気合を入れて書きます。

読み手への配慮を一切無視した長すぎる文字の羅列が続きますので、読む人を大きく選んでしまいそうな予感がしますが……。

初心の心、大事。小説は読み手がいることで成立する。読んでいただいている方々に感謝。とは、『無自覚の温もり』の前書きにあった過去の自分の言葉。

それを忘れずに、なるべく読みやすいものを書く努力はします。あくまで書きたいことを書くスタイルは一貫するので、どうなるかは分かりませんが。



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