親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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初めて戦った時の描写と今回の描写を見比べると、二人の成長度合いがよく分かると思います。





アーラム村防衛戦

 

 

 

 

「叫び声ーーっ!」

 

 

甲高い悲鳴が塀の向こう側から聞こえてきたハヤトの行動は実に素直なものだった。ラムからの静止の声、それを聞き入れぬ彼は大きく跳躍して軽々しく村の塀を乗り越える。

 

遠目から見ても明るいと判断できる村は、やはり人が家に帰っている時間帯にしては明るすぎる。塀を跳び越えたハヤトの瞳に映ったのは松明を掲げた村人、顔見知りの人たちだ。

 

それだけではない。高く跳躍したおかげで悲鳴の根っこが視界に映った——、

 

 

「ーー! ドーナぁ!!」

 

 

村中にハヤトの詠唱が轟いた直後、宙に晒した彼の体の真後ろに地面から一本の柱が空を貫かんばかりに勢いよく生える。普段は攻撃に活用されるそれだが、今回は違う。

 

自由落下する身体を横に倒し、柱に足裏を合わせる。腹筋の力を総動員して膝を折り曲げ、バネの力を得たハヤトは視界に映る光景を睨んだ。目の先に捉えた悲劇の未来、それを覆すために。

 

拳を強く握りしめる。歯を食いしばる彼は心の中を真っ赤に燃やす。猛り、猛り、猛り。自分の守りたいという本能のままに。

 

息を詰めるハヤトが両脚に全霊の力を込める。折り曲げた両脚のバネを力に変えて思いっきり蹴り上げる。

 

 

「ーーらぁ!!」

 

 

蹴り上げた柱が真っ二つに折れる勢いでハヤトの肉体が射出される。テンとは違い、暴風での立体機動を不可能とするハヤトなりの立体機動。足場が無いなら自ら作り出せばいいだろうと。

 

ぶっつけ本番。しかし本能全開のハヤトを前にそんなもの大した障害にもならなかった。放たれた彼の肉体は引き絞られた一つの矢のように標的へと一直線に進む。

 

 そして、見つけてから僅か数秒。彼は悲劇の未来を覆した。

 

 

「その人に触れんなぁ!」

 

 

振り抜かれた拳。覆された悲劇。

 

ナックルを装備したハヤトの一撃が悲劇の根源——魔獣、ウルガルムの顔面を容赦なく砕く。飛びかかり最中の出来事、飛び散る血肉と骨が砕ける耳障りな音と共に獣の体が物理的な衝撃にぶっ飛んだ。

 

飛び出す前のハヤトの視界に映ったのは、この魔獣が村人の女性を襲っている場面。それも女性は子どもを背中にしていた。

 

それだけの情報、しかしハヤトが飛び出すには十分すぎる。

 

村に魔獣が侵入した理由も気になるが今は置いとくとして、まずは安否確認。血振りするように殴った拳を振るハヤトは魔獣の絶命を確認した後、村人の下へと駆け寄った。

 

見て分かった。その女性はペトラの母親であるルーナ。そして、後ろに庇われていたのはペトラだ。状況が飲み込めずに二人は呆然としているが。

 

 何にしても、

 

 

「無事かお前ら。怪我はないか」

 

「ハヤトー!」

「ありがとうございます。ハヤト様……!」

 

 

恐怖の硬直から解放された二人がハヤトに駆け寄る。腰にしがみついてきたのはペトラ、安心した気配を全身から発する彼女は抱きついたハヤトに一滴の涙をこぼした。

 

それもそうだろう。ハヤトは慣れたもの、もはや子犬にしか見えないそれは、一般人からすれば世にも恐ろしい魔獣。それに襲われたのだ、怯えてしまうのも無理はない。

 

妹をあやすような柔らかな手つきでペトラの頭をハヤト優しくは撫でる。ここの子ども達とはよく遊んでいる関係上、絆も深い。そんな子に泣きつかれては彼も自然と手が動いた。

 

 

「私とペトラを助けてくださって、本当にありがとうございます! なんとお礼を申し上げたら良いのか……」

 

「いやいや、気にすんなって。強き者が弱き者を守るのは当然。それがお前達なら尚更だ」

 

 

深々とルーナにお辞儀をされる程でもないとハヤトは彼女の体を無理やり上げさせるも、ハヤトとという人間の立場上そういうわけにもいかず。

 

オロオロしているうちに騒ぎを聞きつけた村人達がハヤトの下へと集まってきた。

 

その中には今しがたハヤトから離れていったペトラの父親、ルーナの旦那さんの姿もある。それ以外にもムラオサに、マキジを含めた青年団とよく知る顔ぶれが多数。中には子どもの姿もちらほら。

 

 

「ハヤト様、娘と妻を助けられておきながらこんな事を言うのもアレですけど。夜分にどうかされたんですか?」

 

「まぁな。ちょっとした野暮用を片付けに村に顔を出したって感じだ。んで、お前たちはどうしたんだ? 夜にしては村が明るいは、魔獣が襲ってるは、何があった?」

 

 

村人達の声色から察するにまだ怪我人は出ていないと判断したハヤトが、自分を囲む顔ぶれの顔色を一人一人確認するように視線をぐるりと回す。分かったことと言えば全員が不安一色に顔色を染めているということくらい。

 

そんな顔を見るのも珍しい。もしや、レムの一件と関係があるのかと勝手に推測するハヤトは再度「何があった」と首を傾げて言葉を重ねた。視線を向けたのは青年団のまとめ役、マキジ。

 

視線で説明を促すハヤトに彼は「それが…」と言いにくそうに言葉を繋ぎ、

 

 

「実は、森の中の結界ーーそれが切れていたんです。結界の維持の確認は私達の役目なのですが、青年団の一人が確認しに行った時は既に結界が切れた後で。どうすることもできず、ひとまず村の見回りをしていたところに」

 

「今の状況が重なったってわけか」

 

 

ぎこちなく頷くマキジにハヤトは舌打ち。嫌なことというのは決まって連続して訪れる世界の理不尽さに彼は拳を握りしめる。レムに続いて村の結界の決壊とは。

 

 

 ーー言ってる場合か、バカ。

 

 

基本、アーラム村に隣接する魔獣の森には村に侵入させないための結界。ある種の境界線を踏み込ませないための施しがされており、それを確認するのは村人の役目なのだが。

 

しかし起こってしまったことを嘆いても仕方ない。ハヤトが考えることは、これからのことだ。

 

結界が切れた場合、今のように境界線を越えた魔獣が村に侵入する可能性がある。否、既に一匹、村人を襲っているのだ。あの群れて動く犬のことだからもう数匹、数十匹は警戒しておいた方がいいかもしれない。

 

一匹見つけたら百匹いると思えとは、どこかの偉い人の言葉。まさかこんなところで役立つことになるとは流石のハヤトも思わなかった。

 

 

「それと、先程森の中に向かわれたレム様から伝言を預かっています」

 

「森の中に向かわれた、それも先程だとっ?! なんでそれをもっと早く言わねぇ! 教えろ!」

 

 

魔獣の侵入について少しばかり考えていたハヤトの思考を全て破壊する言葉。一気に食いつく彼は感情に流されて、思わずマキジが怯える勢いで怒号を飛ばしてしまう。

 

その様子に自分の失態に気づく彼は「悪ぃ」と咎めるように首を前に倒して謝った。彼女からの伝言、状況確認が必須な今は最も重要な情報だろう。聞く前に自分が焦ってはどうしようもない。

 

落ち着く彼は軽く息を吐くと、

 

 

「んで、レムはなんてーー」

「ーー脳筋!! 上!」

 

 

落ち着いて話を聞こうと思えばすぐこれだ。

 

ラムの危険を教える声が真後ろから飛んできた直後、咄嗟に上を見上げるハヤトの目に飛び込んできたのは三匹のウルガルム。やはり残党は村の中にいたらしい。

 

 

 ーーちょうどいい、探す手間が省けた。

 

 

顔が青ざめる村人たちが戦慄の声を上げてわななくのを他所に、彼は背中に背負う大剣の柄を握りしめて勢いよく跳躍。好戦的に笑うハヤトは三匹を睨みつける。

 

奇襲でもしたつもりだろうか、さわざわざ身動きの効かない空中から来てくれるなら倒すのも容易。たとえ数が多かろうともアクラを使用する彼の前では大した脅威にもならない。

 

 

「エル・ゴーア!」

 

 

上昇する身体よりも高く現出した一つの火球。狙いは一点、寸分の狂いもなく落下してくるだけの一匹の腹に命中。灼熱が身を焦がす感覚に獣らしい絶叫を上げて、数秒後には力無く落下し始める。

 

その時、既にハヤトは鞘から大剣を解き放っていた。自らも空中という身動きの効きづらい空間で身体を巧みに操る彼はすれ違いざまに一閃、首を刎ねる。

 

飛び散るドス黒い液体を見限るハヤトが睨んだのは最後の一匹。勢い余って高く跳び過ぎたせいで、重力に従って自由落下するそれと自分の体がどんどん離れていく。このままでは下の村人達に被害が及びかねない危険な状況だった。

 

 

「ーーいける」

 

 

だが、ハヤトはもうこの大剣とは親友だ。初めこそは大剣の重さに自分が振り回されていたが、今は自分が振り回す側。幾度も振り回され、振り回し、共に成長したテンとは別の意味での相棒。

 

毎日欠かさなかった素振り、ロズワールによる塵の大群を捌き続ける鍛錬、その他諸々で今は手足のように扱える拳に次ぐ第二の刃となった。

 

ならばいける。自分の意志にこの大剣は必ず応えてくれる。無機物に何を言ってるのかと思われるかもしれない。が、ハヤトにはその確証があった。

 

 

「落ち着け……」

 

 

左手を柄から離し、大剣を携える右腕を振り上げるように右半身を逸らすその体制——槍投げの構え。大剣を投げたことなど一度もないが。

 

自分と、この大剣ならやれる。

 

 絶対にーー!

 

 

「うらァァ!」

 

 

強靭な右肩の筋力によって大剣が槍のように真下へと投擲される、こちらも狂いはない。鋭い軌道を描くそれは地面に落下するウルガルムへと獲物を狩る鷹の如く迫り、数秒もせぬうちに背部に突き刺さった。

 

それだけに留まらず腹を貫通、硬い地表に突き刺さるとウルガルムを地面に縫い付けた。流石に絶命には至らなかったのか、ジタバタと前足と後ろ足を暴れさせている。

 

偶然の産物だが、好機とばかりに落下するハヤトが着地と同時に渾身の力を込めて踵落とし。上半身が大きく沈み込む勢いのそれが頭蓋骨もろとも頭を粉砕、最後の一匹は成す術なく絶命した。

 

 

 

「……すごい」

 

 

誰がそう発したか。恐怖にわなないていた村人達の表情には着地したハヤトを前にして、明らかな驚嘆が浮かび上がっている。

 

奇襲の報告を受け、動き、仕留める。この三つの動作を通して僅か十五秒にも満たない戦闘。何一つとして迷いのない流れるような動き、戦う力を持たない彼らにはハヤトの後ろ姿が超人に見えていた。

 

普段、村で見かけるハヤトとはまるで違う。気さくで接しやすく、常に笑顔を振りまく、老若男女に大人気な彼が。

 

振り返った彼は。今は、

 

 

「なんともねぇか?」

「ハヤトかっこいいー!」

「ハヤト? ハヤトだー!」

「おぉわ!? 急に飛びついてくんじゃねぇよ。危ねぇだろうが」

 

 

前言撤回、ハヤトはハヤトだった。

 

それまで纏っていた圧迫感を瞬時に散らした彼は、目をキラキラさせた村の子ども達に集られている。いつも通りの光景だった。周りの光景と血生臭さは異質だが。

 

 と、

 

 

「随分と懐かれたものね。こんな時になにやってるんだか」

 

 

空中から聞こえた声が軽やかにハヤトの目の前に着地。スカートの裾を押さえて無音の飛来を見せたのは一人の少女、ラム。奇襲の知らせをしてくれたのは彼女、その内くると思っていたハヤトが驚く様子は特にない。

 

周囲からの視線を一身に浴びる彼女は子ども達に集られているハヤトを引っ張り出すと、

 

 

「大雑把だけど、レムは森の中。多分、いえ絶対に。あの子は森の中にいる。早く行くわよ」

 

「マジか!? ってかラム、マキジがレムからの伝言を預かってるってーー」

「教えなさい」

 

 

結界の切れた森の中を指差すラムが足速にハヤトを引っ張って森へと向かうかと思えば、言葉に食い気味に食いついたラムがハヤトの体を放り投げて回れ右。「おわぁあ!?」とハヤトの声が宙を舞う。

 

扱いが雑なハヤトが積まれた薪に頭から落下して突き刺さるのを横目に、ラムはマキジの下に迅速の勢いで詰め寄った。鋭さを増した彼女の視線に気圧されるマキジだが、彼は「それが」と言葉を紡ぎ、

 

 

「森の中は危険だから入らないように、と。もし立ち入る者がいれば必ず止めるようにと。レム様はそう伝言を残して森の中に」

 

「……そう。分かったわ、ありがとう」

 

 

伝言を受け止めたラムが刹那だけ表情に影を作るも、瞬時に振り払って一礼。聞きたいことは聞いたと背を向ける彼女は、子ども達に救出されたハヤトの下に向かう。

 

流石ハヤトと言ったところか。ラムが脳筋と称しているだけあって、豪快に顔面ダイブしても傷ひとつない。彼はやはり頑丈だった。

 

 

「話は聞いた。さっさと立ちなさい脳筋、ラムに投げられたくらいで倒れないで。まだ役目は残ってるの」

 

「言葉から罪悪感の一つも感じられねぇんだが!? ゴミ同然に捨てられた俺の気持ちを少しは理解しろや!?」

 

「はいはい。悪かったわ」

「適当かっ!」

 

 

立ち上がり、服についた土埃を払うハヤトがいつものテンション感でラムに叫び散らすも、反対にラムは緊張感を頬に集めさせいる。謝罪の言葉には感情の一つも込められていない。

 

いつも通りなのか、そうでないのか曖昧なラム。しかしそれ以上言葉をぶつけないハヤトはため息一つ。それ一つで気持ちを切り替える。

 

もしかして、ひょっとしたら。ラムはレムから伝わってくる感情による不安を悟られぬように自分にいつも通りに振る舞っているのかと思うと、仕方なく許してしまう彼だった。

 

 ともあれ、村に徘徊する魔獣は片付けて、ついでに状況の把握もできた。ならあとは——、

 

 

「ーー!」

 

 

 その時、

 

村の四方八方から狼の遠吠えのような咆哮が高く響き渡った。十中八九ウルガルム、奴ら以外の可能性などない。

 

しかし、厄介なことに全方位から聞こえる威嚇。どこに視線を向ければよいのか戸惑うハヤトは全方位に視線を巡らせるが、見たところで姿を確認することはできない。

 

 

「まだ居やがんのか。かったりぃな」

「足止めされるのも面倒ね」

 

 

大剣を肩に担ぐハヤトが怠そうに、しかし楽しそうに話すが、ラムは本当に面倒そうな表情。彼女はハヤトの背中を軽く叩くと、

 

 

「ひと暴れしてもいいわよ」

「言われなくてもそうするつもりだ」

 

 

ひと暴れしてもいい。まさか、そんな発言が自分に飛んでくるとは思ってもみなかったハヤトは頬を釣り上げて頼もしい返し。自分の実力をラムが信用してくれている証拠に、彼は一気にやる気が最高潮にまで昂る。

 

しかし「だが」と言葉を紡ぐ彼は、自分とラムの周りに一塊になっている村人達を見る。全員不安そうな顔をしている。暴れるのはいいが、果たしてそれで彼らを守り切ることができるかどうか。

 

 

 ーー否、守る。守ってみせる。

 

 

「そのために強くなったんだ、ここにいる人達は俺が全員守る。ラムはそこで見ときな。レムを連れ戻す時のために休んどけ」

 

「そう。じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 

ラムの姿勢から戦闘の意志が抜けたのを察したハヤトが大剣を正面に構える。何度か深呼吸、精神を研ぎ澄ませる彼は己の心に強く呼びかけた。

 

 

 ーーお前は、何のために強くなった?

 

 

守るためだ。自分が守りたい人を守り通すために、地獄のような鍛錬を死に物狂いで乗り越えてきた。死にかけた回数は数えきれず、刻まれた見えない打撃の痣は色濃く残り、心身共に成長を遂げた。

 

しかし、ここでみんなを守れなければ自分の努力は意味を成さない。実質、全て無駄になる。

 

 

 ーーなら弱音は吐くな。

 

 

分かっているとも。弱音を吐いている暇があれば戦うことに意識を回す方がずっといい。自分はその方がどんなことにだって挑戦できる気がするから。

 

 

 ーー守れ、守れ、守れ!

 

 

全てを。手の届く範囲だけでなく、視界に映る光景だけでなく、全てを。守りたいと刹那でも考えた人たちの全てを。掴んで、決して離さない。

 

心は決まった。あとは彼らを安心させようとハヤトは振り返り。最高に漢らしい表情のまま、口を開き——、

 

 

「安心しな。お前達は俺が絶対に守ってやる」

 

「マジ? なら、俺は休んでてもいい? 森の中を無理やり横断して走ったから疲れちゃって」

 

 

 その男を、ハヤトは見た。

 

不安そうに瞳を揺らす村人達の中に、一人の男を見た。場違いにも呑気な声で悠々と話す、腰のベルトに刀を差す違和感のある男を見た。

 

ハヤトの表情が固まる。振り返り、大剣を携えた体制で村人達へと漢らしい言葉を語る彼が、残念なことに白けさせられたことによる微妙な空気感のせいで。

 

村人達も驚いていた。人間が意図せずに発する存在感、それを感じさせない男のあまりにも唐突な登場に。しかし物事を真正面から素直に受け入れる子ども達は我先にとその男に集っている。

 

その名前を口々に呼ぶ。「テンだ!」と。

 

 

「……お前、ほんとシリアスブレイカーだよな」

「え、何が? だって疲れたんだもん」

「そういうところだよ。つか、その皺だらけの胸ぐらはどうした」

「エミリアに掴まれて泣かれた」

「お前何したんだよ……」

 

 

先程までの緊迫した雰囲気はどこへやら。ここぞとばかりに、漢らしさを遺憾なく発揮していた自分がおかしいのかと思える雰囲気を一瞬にして作り出したテンにハヤトは肩を落とす。

 

折角ならカッコよく登場してほしかった。例えば、戦っている最中に「待たせたな!」とか言って魔獣を斬り倒しながら現れたり。ハヤトの妄想はあくまで物語だけのものだったらしい。

 

 と、

 

 

「フーラ」

 

 

呑気な空気を纏っていたテンのまつ毛が何かに反応するようにピクリと動くと低く冷たい声で詠唱。右腕を軽く振った先に存在していた二匹のウルガルムの顔面を真っ二つに割った。

 

壊れた雰囲気を無理やり作り直す魔獣の再来に、しかしテンは落ち着いている。

 

子ども達の中から抜けてきたテンがハヤトとは反対側、自分とハヤトの二人で村人達を板挟みするように位置取る。腰の刀は抜かず、しかし右手の指を手刀のように揃える彼は軽く息を吐き、

 

 

「次。来るよ」

「お、おぉよ!」

 

 

背中で語るテンに流れを持っていかれそうになるハヤトが自身を叱咤するように声を一つ上げ、緩みかかった心と構えを整える。まさかの登場に一時は張り詰めた空気が一気に崩れたものの、当人によって強制的に作り直された。

 

背を向けるテンとハヤトが互いを振り返ることはない。否、振り返る必要がない。コイツなら大丈夫という確信のある両者は多くは語らず、背中で全てを語る。

 

 

「ハヤト、お前は暴れてきていいよ。俺がこの人達を守るから。好きなようにやって」

 

「やっぱお前、最高だわ!」

 

 

頼もしい言葉にハヤトの声が重なった直後、黄金色の覇気を纏う彼の肉体が視界に捉えた魔獣へと突撃。

 

風圧を生む蹴り上げの勢いをそのまま乗せた大剣の振り下ろしに一匹が一刀両断され、巻き込まれた数匹が致命傷を負うと、その隙を逃さない大剣が待ったなしに振り切られた。

 

絶命したそれを見限ると、彼の鼓膜が後からの土を滑るような音によって弱く振動させられる。

 

音の正体は背後から続けざまに飛び掛かる一匹。前足から伸びた鋭い爪を伸ばすそれが、ハヤトの背中を抉ろうと飛びかかった。

 

鍛え上げられた肉体だろうが加護の恩恵を授かった衣服だろうが全てを無視する爪は、直撃すれば間違えなく皮膚を軽々と突き破る純粋な狂気。

 

しかしその程度の攻撃は見飽きたし、当たり飽きた。一体自分が何匹のウルガルムを狩ってきたと思っているのか。そして、普段から誰を相手に鍛錬していると思っているのか。舐めてもらっては困るとハヤトは身を回す。

 

振り返る動作で大剣が薙ぎ払われ、伸びた腕もろとも肉体を刃でぶった斬った。

 

やはり犬タイプの魔獣は相手をしやすい、向こうから自分の射程圏内に入って来てくれるからリーチの長い武器で立ち回れば背後を取られても容易に殺せる。

 

 

「そんなもんかよーーッ!」

 

 

瞬間的に複数の命を絶ったハヤトが猛々しく吠えると、彼は次なる獲物を探すように世界をギロリと睨んで首をあちらこちらに回す。まだ暴れたりない、始まったばかりだと血気盛んな空気を纏い始めた彼はここからギアを上げていった。

 

不意に肌に突き刺さる獣特有の殺意を感じ取ったハヤトがその方向を睨めば、鋭い赤の瞳と視線が交差した。途端、ウルガルムが向けられた視線に怯むように身を屈める。

 

ハヤトのことを驚異的な存在と判断したか。或いは向けられた瞳に宿された熊のような威圧感と圧迫感に気圧されたか。何にしても、その停滞は死に直結する愚かな行為だった。

 

 

「おらァァーーッ!」

 

 

蹴り上げ一つ。たったそれだけで数メートルの距離をゼロに詰めたハヤトが土手っ腹に蹴りをねじ込んだ。サッカーボールを蹴る感覚で彼は魔獣の体を蹴り上げる。

 

決して小さくない、寧ろ大型犬並みの重量が真上へと豪快にぶっ飛び、地上に叩きつけられる前に地から伸びた柱によって串刺しにされる。

 

その時既にハヤトは結果を見ずに次なる獲物へと体を動かしていた。柱を伸ばした時点で死は決まった。仮に生きていてもテンが何とかするはずだと彼は狭い空間を所狭しと駆け回り、手当たり次第に始末していく。

 

そうしてあぶれたのがハヤトの暴力を抜けて村人達へと牙を剥けば、

 

 

「フーラ」

 

 

手刀を軽く薙ぐテンが短く詠唱、呼び声に応えたマナが風刃と成りて世界に現出する。薙いだ手刀の軌跡をなぞるそれは無音で放たれた不可視の刃、刀と同等かそれ以上の切れ味を誇る風の暗殺者。

 

首に深々と斬り込みを入れられた魔獣が体制を崩して横転。悶えるように暴れていたものの、数秒後には両手足が力無く垂れて自らが作り出した血の海に絶命した。

 

尚も懐に忍び寄る魔獣に対してテンは淡々とした様子で詠唱する口を回し続ける。鋭く細めた瞳を全方位にめぐらせる彼は、特に猛らない。ただ、氷のように冷たい視線を向けていた。

 

テンとラムを含めた村人達を守るハヤトと、ハヤトの脅威を掻い潜って来た魔獣を仕留めるテンの二人。

 

中心の獲物に飛びかかろうとすれば熊の暴力に絶命し、辛うじて抜けても狙いを済ませた狼に喉元を食い散らかされる。仮にハヤトが抜けられても、テンが確実に仕留め切る二段構えに魔獣は手も足も出ない。

 

が、その中でも数匹。遮蔽物を利用するの狡猾なのがいた。暴力領域、更には風の暗殺者の手が及ばない建物の上から跳躍して一気に村人達へと飛びかかる——、

 

 

「真上」

「ヒューマ」

 

 

 寸前。

 

いつの間にかテンの真横に来ていたラムが瞑目した目を開くと奇襲の知らせを呟き、聞き入れたテンが詠唱。ひび割れる音が空間に連鎖してクリスタル型の氷柱が魔獣の数だけ精製される。

 

魔獣の落下地点を大きくズラするように射出された氷柱。皮膚を貫くまでに至らなかったそれは奇襲を失敗に終わらせただけに留まり、そこから先は続かない。

 

そこで貫けば全て終わっていたものを。奇襲は阻止されたが暴力領域と風の暗殺者を抜けた数匹が起き上がると、唸り声を上げながら四本足を激しく回して詰め寄る。

 

村人まで僅か数メートル、爪の届く範囲まであと数歩というところまで来た。あと少し、あと少しで、数々の仲間の死体を乗り越えて漸くその喉元へと牙を剥くことができる。

 

 尤もそれは。第三の刺客がそれを見逃したら、の話だが。

 

 

「ーー!」

 

 

不意に跳ねる肉体。否、刃の侵入を許したことによって肉体が真っ二つに両断されていることにウルガルムの瞳が刹那だけ動揺の色を浮かべ、しかし正体を探る前に光を落とした。

 

立て続けに赤色の液体が飛び散り、残った数匹が容赦のない刃に滅多切りにされ、一瞬にしてその命を散らし、狡猾な動きを見せた数匹が完全に無力化される。

 

落ちる手足、弾け飛ぶ血潮、光を失い虚空を見つめる瞳に映ったのは風の暗殺者——その使い手である一振りの刃を携えたテンだった。

 

 

「そりゃ、真上で殺しちゃったらこの人達に返り血がかかっちゃうし」

 

 

最後の壁とばかりに立ち塞がるテンが感情の宿らぬ瞳で残骸を見下ろす。否、本当に何の感情も抱かない彼は何事もなかったかのように視線を外した。

 

 

「あの建物の裏、そこの物陰、後は正面から来てるので終わりよ。気張りなさい」

 

 

先程と同様に、ラムの指が三箇所を指差して魔獣の気配を簡単に知らせる。先程のもだが、何らかの手段で魔獣の位置を特定できる手段が彼女にはあるらしい。

 

なんとなく予想はつくが今は魔獣を仕留める事が最優先。彼はラムに軽く顎を引いて応ずると、

 

 

「ハヤト! 正面のを始末したら今から俺が氷柱浮かべる家の裏側に行って! そこに居る!」

 

「まっかせろ!」

 

 

背中を向けたハヤトが一言。テンが奇襲を相手している間も戦っていた彼は楽しげに大剣を血振り、振り回しながら指示通り正面から突貫する魔獣達へと突撃していく。

 

側から見ても彼の戦いは見ていて華がある。一振りするのもやっとな大剣を小枝のように振り回して斬る、ナックルを装備した二つの拳で砕く、踏み締める二本の脚で蹴る。巧みに体を操る彼は見事なまでに数の有利を個で圧倒している。

 

故に正面の始末には数十秒とかからず、視線を巡らせる彼はテンが浮かべた氷柱を目印に指定された家の裏側まで突起を蹴り上げて特攻していく。

 

 

「アイツ、本当に三ヶ月前から鍛え始めた人だよね? 人間やめてない?」

 

「テンテンが言えた口じゃないことは確かね。さすが、普段から死にかけてるだけはある。ラムも動かなくて済むからちょうどいい」

 

「そう思うと。俺とハヤトって、鍛錬と称してロズワールにボコボコにされてるだけだよね。あの人のせいで強さの基準がだいぶ歪んでる気がするよ」

 

 

「そう思わない?」と隣に立ち並ぶラムに首を傾げるテンが詠唱、浮かべた火球を指定された物陰へと放つ。声の呑気さとは反対に、放たれた火球には一切の手加減がない。

 

少しして聞こえて来たのは、炎に苦しめられる獣の声と圧倒的な重量に骨が押し潰される音。

 

聞いていて不安を煽る二つがその場の全員に聞き届けられ、それはアーラム村防衛戦の終わりを悲痛に告げた。

 

 

 

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