親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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いざ、地獄の底へ

 

 

 

結界を抜けて村へと侵入した魔獣を狩るアーラム村防衛戦はハヤトの圧倒的な殲滅力とテンの助力、そしてラムの的確な指示によって五分とたたずに終了した。

 

さすがというべきか、当然というべきか。ロズワールに九割殺しにされ続けてきた二人にとってはこの程度の魔獣など大した壁にもならず、帰ってきたハヤトはやりきった顔で大剣を血振り、息を吐くテンは軽く首を回していた。

 

 

「お疲れ」

「お疲れってほど疲れてもねぇよ」

 

 

大剣を納刀するハヤトが肩を回して労いの言葉を拒否。テンとしては別にそういう意味ではないのだが、ハヤトとしてはまだまだ暴れられるらしく、楽しげに釣り上がる頬は下がる気配がない。

 

相変わらずの様子に、頼もしいのか恐ろしいのか分からなくなってくるテン。戦い大好き人間の彼としては今の状況は大好物だろうが、テンとしては早く帰りたいところ。

 

尤も、それはレムを連れ戻してから。やるべきことを全部終わらせてからだ。

 

 

「ハヤト様、テン様。本当にありがとうございました……! 結界の確認は私達村人の役目、怠った挙句にお二人を命の危険に晒すようなことをしてしまい、なんとお詫びすればいいか」

 

 

二人して戦果の余韻に浸っていたところ、ムラオサがそんなことを言いながら腰を深く折る。その背後にはこの場にいる村人達が同じように子どもたちも含めて頭を下げていた。子ども達は親の真似をしているだけのようにも見えるが。

 

これまで友好的に接してきた顔見知りの人たちからの謝罪に、事情を知らないテンは不思議そうな表情。隣のハヤトは珍しく困惑顔だった。

 

魔獣の登場に動揺しなかった彼がこんな場面で動揺するとは、村人恐るべし。などと下らないことを刹那だけ考えたテンだが彼はハヤトの肩を軽く叩くと、

 

 

「ハヤト。この人達のことはよろしくね」

「は?」

「俺はこーゆーの性に合わないから」

 

 

「よろしくね〜」と言った風に過ぎ去るテンの後ろ姿を眺めるハヤト。基本的にテンは彼と違ってこのような場面で話すのは苦手とする人間、それに今回村人を一番初めに助けたのは彼だ。

 

初めがハヤトならば終わりもハヤトが。付け加えるならば、どちらかと言えばハヤトの方が村人達からは好かれているとテンは知っている。自分よりも彼は人当たりがいいから。

 

だから今回は彼にお任せ。自分は髪に手を差し込んで、己の片目を塞いだ状態で瞑目しているラムの元へと歩いていく。

 

かなり集中している様子が見受けられるラム。外からの意識の一切を遮断するような彼女は、数秒後に目を開き、疲れたように息を吐くと、

 

 

「もう居ないわ。結界を踏み越えた魔獣は大方一掃できたようね」

 

「なら一安心だね。んで、ラムはどうしてそれが分かったの? 今の目を瞑ってるのと何か関係があるのかな」

 

 

戦闘中、後ろからスルッと出てきては奇襲の知らせをしてくれたラム。何かしらの手段を用いて相手の場所を特定できる彼女に警戒を解くテンは刀を納刀しながら問いかける。

 

正直な話、原作の知識があるテンは見当がついてないわけでもないが。彼女の口から言わせる事が大切なのだ、知っている方がおかしいのだから。相変わらずこういう時は面倒である。

 

問いかけに対して数秒、悩むように口元を震わせるラム。言うか言うまいか葛藤の気配を見せた彼女は、しかし「テンテンにならいいか」と呟き、

 

 

「ーー千里眼」

「せんりがん?」

「千里眼よ」

 

 

予想的中。原作の知識に助けられたテンはあたかも「今初めて聞いた」とばかりにおうむ返し、頷くラムは言葉を続け、

 

 

「ラムの千里眼は範囲内の、『ラムと波長の合う存在』の視界を共有する目。相手の見ている光景が見えるの」

 

「なるほど、視線を辿ったわけね。だから俺達のことを見てる魔獣の位置を特定できたと」

 

「えぇ、そうよ。テンテンが森の中で豪快に木に激突してたのも視てたわ。声を聞けなかったのが残念だけど」

 

「要らん情報を言うな」

 

 

思い出すだけでも傷跡が痛むと左肩をさするテンにラムは嘲笑。誰にも見られてないと思って素通りしていたがラムには視られていた。

 

そう思うとテンの頭にある考えが浮かび上がってきた。ラムの千里眼は範囲内の波長の合う存在と視界を共有することができる。

 

 つまりは、

 

 

「俺とラムは波長が合うのか」

「言わないで。寒気がする」

「こんな時でもラムは普段通りだね」

 

 

相変わらずのラムクオリティ。否定しないところから察するに本当にそうらしい。テンとラムは波長が不思議と合い、その結果としてテンは激突した醜態を視られたと。

 

誰も得しない事実が発覚したことにテンは苦笑、ラムは嫌そうな表情で彼の顔を覗き込んでいた。

 が、

 

不意に顔を覗き込んだラムが言葉に対して肩を跳ねさせた直後、刹那だけ不安そうに瞳を揺らした。

 

それはまるで、堪えていたものがその拍子に溢れてしまったかのように。そして、無言ながらのそれをテンの瞳が素通りするわけもなく。

 

普段からラムの毒舌と鋭い目つき、挙げ句の果てには振るわれた暴挙をハヤト以上に受けているテンがその僅かな揺れを悟らないわけがない。赤の瞳に刹那だけ混じった歪み、見逃すわけがない。

 

 それに——、

 

 

「……分かった。早くレムを助けに行こう」

 

 

 ーーどうしてこうもラムはずるいのか

 

 

隠す気もない心の不安を一方的にぶつけられたテンはそう言ってラムから離れた。——苦しくなるまでに掴まれた、胸ぐらの皺を直しながら。エミリアの次はラムと、もうぐちゃぐちゃだ。

 

駆け足でハヤトに寄るテンは自分の無神経な失言に頬を軽く殴る。一撃では物足りないから三撃。流法を使っていたことを忘れていたお陰で軽く赤い痕が残ったが、これでいい。

 

 

「バカか俺は。バカだよお前は」

 

 

胸ぐらを掴みかかってきたラムは悟らせた感情を隠すように俯いていた。漏れる声を歯を食いしばって堪え、やりようのない不安を少しでも解消するために握りしめた拳に震えるほどの力を込めて。

 

本当に自分はバカで無神経だったとテンは己を強く咎める。少し考えれば分かること、レムから共感覚を通じてずっと感情を受け続ける彼女がいつも通りでいられるわけがないだろう。

 

今のラムはどうか。いつも通り、否、いつも通りすぎる。それが彼女がいつも通りでないことの何よりの証拠だ。それを分かってあげられなかった自分に心底腹が立つ。

 

しかし長々と自分を咎めている時間はない。後悔も反省も、全て終わってからいくらでもできる。そう思うのなら、彼女の不安を取り除きたいと思うのなら、今は行動する事が重要だ。

 

 

「ハヤト。そろそろ行くけど」

 

「おう。じゃあお前ら、俺達は森の中に入り込んだ極悪非道な輩をボッコボコにしてくるから、絶対に家の外に出るなよ? 俺達が帰ってくるまでは絶対にダメだ」

 

「分かりました。どうか、お気をつけて」

 

 

声自体は聞こえていたハヤトの語り。

 

「お前達は何も悪くねぇ」だとか「心配するな」だとか「俺を信じろ」のような主人公ばりの演説を軽く披露していたのは知っていたが、話をそう着地させるとは思わなかった。

 

無事を祈ってお辞儀する村人達にハヤトは軽く手を上げて背を向け、背後で声をかけたテンの横を通り過ぎる。見れば、自分にもお辞儀されていたため、テンは自分もお辞儀して背を向けた。

 

半ば投げやり感はあったものの上手いこと話をつけてくれたハヤトの横に並ぶテン。彼は「やっぱ、お前すごいね」と感心の息を溢し、

 

 

「ちゃんとあの人達が悪くないって説明してるし、変に不安させないように今回の騒動の理由も取り付けて。任せて正解だった」

 

「輩に関しては適当だが、あいつらが悪くねぇのは当たり前だろ? 不安に思うのも仕方ねぇし、不審に思うの当然。まずは安心させてやる必要があんだよ」

 

 

それで本当に安心させてしまうのがハヤトの恐ろしいところ。

 

毎度毎度思うが、彼は不思議と「コイツなら大丈夫」と思わせてくれる人徳があり。言葉も依存するのか、彼が「安心しろ」と一声かけるだけで心が理由もなく緩む。

 

事実、ハヤトの言葉を聞く前と聞いた後の村人達の表情が明らかに違う。裏表もなく、自信満々に、堂々と語る彼の言葉を心に受けた彼らは皆等しく頬の緊張を解いていた。

 

今、テンは共に走るハヤトの横顔を見て改めて彼の頼もしさを実感している。コイツがいればなんとかなると自分にすら思わせる彼の存在感に、解ける緊張の糸をキツく結び直した。

 

 

「んでだ。ラム、レムの居場所は?」

 

 

いつの間にか、走る二人に並んだラムにハヤトが森を見据えると今回の目標に意識を向け始める。魔獣から村を守ったことで本来の目的から逸れたが、一番は何かに襲われているレムを助けること。

 

改めて目的の再確認。そしてレムの居場所を聞く彼にラムは同じく森を見据えたまま、

 

 

「森の中に入ったらもう一度千里眼を使うから、まずは結界よりも内側に入るわよ」

 

「千里眼?」

「波長の合う存在と視界を共有できるんだと」

「なるほど、理解した」

 

 

初めて聞く単語に取り敢えず頷くハヤトが無理やり納得する様子に、隣のテンが呆れるようにため息。同じ原作知識者としてそれくらいは知っていて、覚えていてほしかった。

 

テンがそんなことを考えているとは知らないハヤト。彼は「そんなこともできるんだなぁ」とラムの有能さに感心すると同時に、それがあるからレムが森に居ると分かったのだとも思う。

 

千里眼でレムと視界を共有、見えた光景に木々や茂みしか映らなければ確定だろう。この時間帯に森に入るのは中々に視界不良で危険ではあるが、四の五の言ってる場合でもない。

 

尤も、千里眼で見つけたかどうかは完全にハヤトの憶測だが。

 

 

「アイツら、俺だけじゃなくてテンやラムにも、もちろんレムにもお礼を言いたがってたぜ。"自分達の安全を守るためにこんな夜に森の中に入ってくれてありがとう"ってな」

 

「だってさ。流石の美少女姉妹、レムラム親衛隊ができるだけあって好かれてるね」

「だってね。テンテンも脳筋もそれなりに存在価値があると思われてるのね」

 

「レムの位置にテンがいるのは違和感しかないんだが」

 

 

真面目に話すハヤトを茶化してきたテンとラムの息の合った連携。思わず転びそうになるハヤトの足が速度を遅めたが、また二人の背中に追いつくと、

 

 

「"ちゃんと四人で帰ってきてください"ってさ。ガキ共も俺達全員にお礼が言いたいんだとよ。こりゃマジで頑張らねぇとな」

 

「……そうね」

「ーーーー」

 

 

感情の読み取りが難しいとラムの声と別の方向に顔を背けるテンの二人。相変わらずこの二人は真正面からの本心に目を背けたがる。そんな二人にハヤトは覚悟を決めたような表情を見せた。

 

——闇の深い森の中に入る。

 

それがどれほど危険な行為かは村人達もよく理解している。森には魔獣が彷徨いているから絶対に入らないようにと子どもに強く言い聞かせている親も少なくない。

 

闇が深い夜なら尚更。満月の今ならば月明かりで幾分かはマシだろうが、それを加味しても自殺行為と変わりない。そんな森に極悪非道な輩を叩きに行くなど、もはや死に急ぎ野郎だ。

 

しかし、先走ったレムは森の中にいる何かを叩くために、後を追う三人はレムを助けるために、森の中に入っていく。自分達の安全のために。

 

女は心配するように、男は鼓舞するように、子どもは無邪気に、彼らは笑顔を浮かべて言ったのだ。

 

 

「"生きて帰ってきてください"って。どれだけ深刻に捉えられてんだろうな、俺たちの背中」

 

「武力を持たない一般人には魔獣一匹でさえ命を脅かす存在だもの。群れに突撃する獣二人と美少女一人を見て何も思わないと思うの?」

 

「確かにそうかもな。……ん? 獣?」

 

「大丈夫と分かってても何も言わずに見送るのは無理でしょうね。テンテンじゃあるまいし」

 

「そこから俺に飛び火してくることってある?」

 

 

特に話す事がないテンが二人の会話を黙って聞いていればこの有様。名を呼んだラムに「あるわね」と背中を軽く叩かれるという謎の暴力に彼は思わず咳き込む。

 

そんなやりとりを横目に、もしかしてラムはこうして不安な気持ちを発散してるのかとハヤトは考える。もし仮にそうならばテンにはご愁傷様、心の中で両手を合わせておいた。

 

そんな会話をしているうちに三人は村の周囲を囲う背の高い柵を越えて森の中へ。木々の隙間を縫いながら、枝やぬかるむ地面に気をつけて奥へ。

 

 

「暗いな」

「あん時と同等か。まぁ、直ぐに慣れる」

「立ち止まってる時間はないわよ」

「「分かってる」」

 

 

言いながらも駆ける足を三人は止めない。明るい場所と同じ速度で闇の中を走る。

 

月明かりの遮られた森の中は予想通り真っ暗だ。前後左右上下、どこを見ても暗闇がすぐそこにいる。加えて数えきれない本数生えた木々、気を抜けば突然現れた一本の木に顔面から激突する漆黒の空間。

 

テンとハヤトがそうならないのは恐らく、いつ死んでもおかしくなかった命懸けの中間試験、その経験が経験値として確実に生きているからだ。

 

お陰で真っ暗な闇を駆けるのは慣れっこ、ひょっとしたら夜目の利く目になってきたのかもしれない。

 

ラムの方はよく分からないが。彼女も夜目が利くのか足取りは軽やかで迷いがない、二人と同様に木々の間を縫い進むように走っている。

 

 そして、三人は見た。

 

 

「結界……。確かに切れてんな」

 

 

急停止する三人の中で、ハヤトが村人から聞いた話の意味を理解した。

 

眼前、ハヤトが指摘したのは大樹に埋め込まれた結晶だ。前回は光り輝いていたが、話に聞いた通り今は光が朧げで弱々しい。意味するのは効力の低下、或いは停止ということだろう。

 

一刻も早く張り直さなければまた村に魔獣が侵入するやもしれないと懸念されるが、

 

 

「でもおかしくない? 村人が確認するよりも先にレムが森に入ったなら、結界が切れてることにも先に気づくはず。なのにどうして村人は今さっき気が付いたーー。みたいに話したのさ」

 

 

結界よりも更に奥へ。気を引き締め直して駆け出した三人の中で次に声を上げたのはテン。ふと思い立った風な彼にラムは軽く拳を握ると、

 

 

「それだけレムが無我夢中になる何かが目の前にあった、ということでしょうね。でなければ真っ先に報告するはずだもの」

 

「つまりは、その何かがレムの心を揺さぶる危険ってことか。上等だ。やってやるよ」

 

 

応答したラムにハヤトが抜刀した大剣を一振り、横に突き進んだ刃は感覚的に頭を下げたテンの頭上を無音で通過。

 

彼が避けてなければ危うく親友をぶった斬るところだった場面で、ハヤトは気合十分と言った具合で猛る。反対にテンは考えるように喉を鳴らしている。

 

そんな二人を、ラムはどこか不安げに見ていた。実力に不満はない、むしろ二人が居てくれて心強い。

 

しかしそれとは別の理由があるのだ。今回の騒動、その原因が何なのか、妹の心を激しく揺さぶる根源にラムは理解がある。理解するのも苦しいことだがそれ以外に考えられない。

 

その考えが正しければ二人にとっては酷な戦いになるとラムは思う。今回の原因、それはこの世界にとって最悪の存在で、本当の殺戮集団かもしれないと。

 

ラムの不安はそこにある。

 

もしそうならば、村人達が言った"ちゃんと四人で帰ってきてください"を守れるかどうか本当に怪しくて。テンが、ハヤトが、自分が、レムが、四人揃って帰る未来が上手く描けなかった。

 

心に訪れた不安感に瞳を僅かに揺らすラムのことなど知る由もない二人。面と向かって話しているなら気づける変化も、隣を走っている場合は気付けない。

 

 

「つかテン。お前、さっきから何やってんだ?」

 

 

そんな中、テンの行動を不思議がったハヤトがその理由を見送りながら疑問符を頭の上に浮かべる。

 

その行動、先ほどからテンは沢山ある木々に等間隔に氷柱をぶっ刺していた。ただ刺すだけではない、貫通させるそれはどこから見ても異様だと一瞬で分かる。

 

問いかけられた今も意味不明な行動をやめないテンは今しがた氷柱を横切った木に差し込むと、

 

 

「道標だよ、帰り道に迷わないように。どこまで印せるかは微妙だけどやらないよりはマシかなって思ってさ」

 

「おぉ。気が効くな」

 

「帰るまでが戦いだからね。レムを見つけて終わりじゃないから」

 

 

二人のやりとりを聞いたラムが頭を軽く左右に振る。何を振り払ったのか曖昧な彼女はそのまま首だけ振り返れば、自分達の通った道に月明かりを反射させている光を見た。

 

言葉通りの光景。等間隔で見える氷柱が帰り道をはっきりと示している。闇の中で光を反射させて輝くそれは、捉え方を変えれば魔獣の瞳の輝きにも見えなくもない。

 

しかし彼も無茶なことをすると内心ラムは思う。その行為はマナを消費し続けることを意味し、流法を常に使用する彼には重い枷を背負うことに直結。彼は平気そうにしてるが、後々響いてくるはずだ。

 

勿論、彼がそれを理解していないはずがない。ロズワールとの鍛錬中にマナの枯渇で意識を失ったことだってあるのだから。学んでないはずがないだろう。

 

けれどそれをしたということ。それが何を意味するのか、考えるまでもなかった。

 

 

「二人とも、少し待って。千里眼を使うわ」

 

 

テンの密かな無理に密かに応えるラムが二人のことを手で制し、呟きを口にした彼女が目を瞑って集中モード。

 

千里眼を使うときは決まって目を瞑るが、この時に襲われたらどうするのかと彼女を見るテンは少し考える。これは信頼の裏返しと捉えるべきか否か。

 

ラムだって千里眼のリスクは誰よりも理解してるだろうし、無防備になってもいい場所以外では迂闊に使用しないはず。つまりは自分達を信用しているからこその千里眼か。そうじゃないかもしれないが。

 

 

「……見つかるといいな」

「そうだな。そんなに離れてねぇと思いたい」

 

 

無防備なラムを挟むようにして位置取る二人が背中越しに不安を語る。

 

森に入って初めて使う千里眼。果たしてその効果範囲がどれくらいなのかは知らないが、少なくとも森の全てを一度に見ることは不可能だ。

 

仮に村でレムが森の中に入っていることを千里眼で見つけて判断したならば、おそらくこの一回で事足りる。

 

しかし、そうでないのならば、見当をつけた理由が千里眼でないのならば。それができないのは効果範囲が小さいからか、あるいは——、

 

 

「そんなわけない。レムは生きてる」

「当たり前だ。死なれたら困るんだよ」

 

 

二人とも同じ考えに至ったのか、自分の頭を小突く彼らは、浮かんできた最悪の展開を葬り去る。

 

レムが村人に忠告を呼びかけてからどの程度時間が経過したかは聞いてないが、少なくとも事の発覚が今から三十分前。

 

あまり森の深部に入り込んでないことを祈るばかり。無駄に広い森だ、仮にそうなれば捜索は難航してしまう。

 

できれば早くラムの目が届く範囲に入り、パッとレムを回収してパパッと森から出たいところ。

 

 

「ーー二人とも、何かがこっちを見てるわ」

「十中八九」

「ウルガルムだな」

 

 

改めて今回の難易度に覚悟を決める二人の背後、千里眼で直近の視界を失っているラムが叫んだ。

 

なにかがこちらを見ている、という彼女の警告にテンとハヤトが刃を携える。効果範囲さておき、他者の視界を共有できる彼女がそう言ったということはそうなのだろう。

 

そしてそれが、何百も見てきたお馴染みの魔獣であることを把握している二人は特に焦る様子はない。

 

 

「すぐそこ、刃が届く距離ーー!」

 

 

知らせをした直後、テンが守護する方向から枝を跳び渡り、三人へと鋭い動きで迫る獣。考えるまでもなくウルガルム。

 

ハヤトではなく自分の方に来たらしい。できればハヤトの方に突撃してほしかった、などと考えるテンは刀を携える右腕を引き絞る——刺突の構え。

 

迎え撃つ体制のテンに、魔獣は真っ赤に光る鋭い殺意を空間に細い線として残しながら、彼を錯乱するかのように木々を跳び渡る。武力を持たない人間ならば闇より徐々に迫る瞳に震え上がるところだろうが。

 

生憎とテンは無表情のまま、枝を蹴って飛びかかった魔獣の腹を貫いた。投げられたフルーツをレイピアの先端で突き刺す、そんな簡単な様子で。

 

飛び散る液体を顔面に浴びながら、テンは突き出した腕を下げることはない。恐ろしいことに魔獣の重量を片腕の筋力のみで浮かべている。更に恐ろしいのは魔獣がまだ息をしていること、前足で顔面をズタズタにしようともがいている。

 

なんて滑稽な姿。ハヤトの小脇に抱えられた幼女を彷彿とさせる魔獣に、無表情だったテンの頬が嘲笑うように緩むと、

 

 

「ハヤト。パス」

「うぉぇえ!?」

 

 

ゴミを放り投げるのと遜色ない動きで刀が後方へと振られ、刃の拘束から抜けた魔獣が血を撒き散らしながら宙を舞う。放物線を描く物体はテンの頭を超え、ラムの頭を超え、ハヤトの目の前へと綺麗に落下。

 

軽々と魔獣を放り投げられるまでに達した流法の熟練度にハヤトは驚くが、驚愕を刹那で頭の隅に追いやる彼は咄嗟に大剣を振るう。慌てて振ったせいか腹で地面に叩きつけ、結局は踏み潰した。

 

串刺しにされ、投げられ、叩きつけられ、頭を潰されて絶命。散々な目に遭った魔獣が動きを停止するのを横目に目を開けたラムは疲労を隠すように胸を張ると、

 

 

「この範囲には居なかった。もう少し深くまで潜ってみましょう。行くわよ」

「おっけー」

 

「状況に追いつけてないのは俺だけじゃないよな? あ、ちょっと待てって」

 

 

あくまでマイペースを崩さないテンとラムが相方だと、ハヤトもついていくのに四苦八苦。片やレム捜索に意識を注ぎ、片や適当に魔獣を放り投げるという。ハヤトの胸中を他所に二人は更に森の奥へ、ハヤトも慌てて追いかけた。

 

再び並ぶ三人が森の中を駆ける。どれだけ深く潜れば千里眼の範囲にレムが入るのか分からない以上、今はとにかく前に進むしかない。

 

今こうしている間にもレムは何かと戦っているのだから。叫んで、苦しんで、憎んで、悲しんで、怖がって。助けも求められない暗闇の中でたった一人。

 

 レムは。ラムの妹は——、

 

 

「ーーレムッ!」

 

 

突然、ラムがレムの名を悲痛に叫ぶと地を強く蹴り上げて疾走。何かに突き動かされた彼女の身体は後ろから追いかける二人の身体からどんどん離れていく。「え?!」と声の重なる二人が慌てて追いかけた。

 

彼女を突き動かしたのは他でもない、共感覚を通じてレムから送られ続ける感情だ。殺意や憎悪といった憎しみを抱くものに加えて、たった今ラムの心を強く揺らした『不安』と、彼女の心を揺さぶるには十分すぎるものだった。

 

暴走し続ける感情の上から新たに生まれた感情、妹から受け取ったその絶叫。受け取る度にラムの心すらも絶叫を上げ、焦燥感に駆られるがままに我を見失った彼女は走り——、

 

 

「っーーー!」

 

 

不意に生えていた木の根に足元を掬われる。目が慣れてきたと言えどもこの暗闇の中で速く走れば自ずと足元が疎かになるもの、息が詰まった彼女の身体が前に跳ぶ。

 

倒れる身体、近づく地面、あわや衝突——する寸前のことだった。姿勢を低くしたテンが素早く彼女と地面の間に入り込み、おぶる形でその身体を受け止めた。

 

そのまま一時停止とはならず。刀を納刀する彼は彼女を正しくおぶり、ハヤトに視線を送ると、

 

 

「速度を上げる。木に当たらないようにね」

 

「おおよ!」

 

 

直後、ラムは風のように走るテンの速度をその身で感じた。生身の人間が出していい速度ではない、何かしら持っている人間の機動力。視界に映る木々の流れ方が異常だった。

 

全てを力でねじ伏せるハヤトとは違い、速さで駆け回るテンは機動力に長けているとは知っていたものの、こうして体感してみると驚愕するものがある。

 

ラムを驚かせたのはそれだけではない。それだけのことをしておきながら彼は自分を気遣うように優しくおぶっている。これだけの速度で走っておきながら、伝わってくる衝撃が無いに等しい。

 

畳み掛けるような氷柱の打ち込み。やることが多い彼は咄嗟に自分の失敗を補いつつ、道標を印し続けた。

 

 

 ーーやってしまった。

 

 

心の中で己を咎めるラムは、下唇を噛み締める。いくら妹からの感情に心を揺さぶられたからといって単独で動くなど愚行、自分だけでなく彼らにも危険が及びかねない行為。

 

自分らしくもない失敗にラムは言葉が浮かんでこず。そんな彼女に掛けられたテンの言葉は、

 

 

「いいよ。ラムは焦ってて」

 

 

それは普段のテンを知るラムからすれば驚くほどに優しく、包み込むような声だった。レムの気持ちに気付けない鈍感さを持った男が言った、心に寄り添う言葉だった。

 

ラムに話しかけたテンは彼女の方に顔を向けることはなく。しかし、声と心は彼女に寄り添う。

 

 

「隠す必要とか、我慢する必要とか、堪える必要とかない。妹が危ないところに一人でいるんだもん。ハヤトも言ってたけど、不安になって当然だよ」

 

「ーーーー」

 

「ラムが焦ってる間は俺が落ち着いてる。だから大丈夫、安心して焦っていいよ」

 

「……生意気ね」

「そうですよーだ」

 

 

どうやらソラノ・テンという人物は女の子が絡むと人が変わるらしい。普段から漂わせる呑気な空気を纏いつつも、その内側に確かな頼もしさを彼は纏っていた。

 

 

 ーーこういう時に限ってこの男は。

 

 

常日頃から感じている女々しい様子から一変、少しだけ男らしいと思ってしまったテンのうなじにラムは頭突き。迷いのない言葉を畳み掛けてくる彼に色んな意味で腹が立った。

 

きっと村であんなことをしたせいだろうと自分の失態を後悔するラム。しかし、それがあったからテンのスイッチが入ったと思えば見逃してやる事にした。

 

屈辱ではある。屈辱ではあるが。

 

彼の言葉の温かみを背中の温度で感じているラムは、不思議と安心してしまう自分が心の隅にいることに気づく。ただ背負われて、言葉をかけられただけ。たったそれだけのことなのに。

 

ハヤトのような、弱る心を前に前にと力強く鼓舞してくれる温かさではない。隣で寄り添って、優しく肩に手を添えるような。そんな温かさ。

 

 

 ーーバカね。

 

 

惚けている場合か。今の自分は、周りに動揺を簡単に悟らせる精神状態。向けられた優しさに少しだけ過敏に反応してしまっているだけだとラムは無理やり決めつけた。

 

 

「高くつくわよ」

「ちなみにおいくらですか?」

「顔面十発の刑」

「体で支払えと申すか!?」

 

 

いつもと同じことをして、いつも通りの精神状態を保とうとするのは誰しもが同じこと。

 

日常会話のような軽口をラムは叩き、続くテンが乱れのない応答。自分の驚く声色に背中のラムが、少しだけ笑ってくれたような気配がテンにはした。

 

そんな二人の会話に入ってきたのは、いつの間にか金色の覇気を纏ったハヤト。暗い居場所だと存在感を一層引き立てる彼は二人の横に並ぶと、

 

 

「言うようになったじゃねぇか。それでこそ俺の相棒だぜ」

 

 

緊迫した状況になると偶に顔を出すテンの男気の片鱗。久しぶり、今まさにそれが垣間見えたと彼の目を見たハヤトは嬉しそうに笑っている。

 

前と同じく瞳の色が違う、物理的なものではなく精神的に。彼の瞳に宿る感情がいつにも増して赤くなっている。彷彿とさせるのは真っ赤に燃える炎しかないそれ。

 

彼はやはり女の子が絡むと男になるらしい。中間試験の時もエミリアとレムに不安そうにされて簡単にスイッチが入っていた覚えがある。それが今回はラムと。

 

相変わらず男として超単純で、それでいて緊迫した場面では誰よりも頼りになる男である。

 

 と、

 

 

「ーー! テン、魔獣だ!」

 

 

獣の声が三人の耳に飛び込んできた瞬間、場の空気を無理やり切り替えるハヤトが叫ぶ。数秒して複数匹の影が四方で揺れ動くのが見えた。ウルガルムだ。

 

何匹きても同じ。大剣を構え直すハヤトは迎え撃つべく走る速度を落とし、

 

 

「ハヤト、強引に押し通るよ! 一々構ってたらレムを見つけ出すのが遅れる!」

 

「分かった!」

 

 

言い渡された指示に大きく地を蹴り上げて跳躍、前方から闇を纏いながら飛びかかった二匹を斬り落とした。唐突な指示だが、脊髄反射で動く彼の動きに乱れはない。

 

結果として正面を切り開いたハヤトの後に続くテン。彼はハヤトの隣に並ぶと背中にいるラムに意識を回し、

 

 

「ラム! お前が無防備の間は俺が守るから千里眼でレムの場所を探し続けて! 途中休憩入れてもいいからね!」

 

「この非常時にそんなこと言ってられないでしょう」

 

 

自分を支える両腕に力が入ったところでラムは目を瞑って千里眼発動の準備。何度か深呼吸を繰り返し、精神を安定させていく。

 

首と腰から回した手足に力を込める彼女は発動手前、テンの肩に顎を乗せて、耳元で息を吐くように囁いた。

 

 

「ーー離したら殺すから」

 

 

言い、ラムは自身の視界を放棄する。身体を預けた男とその相棒を信じて、彼女は妹の感情を辿るように全力で探し始める。

 

一体これで何度目か。短時間にこうも心を揺らされる言葉をかけられたテンは、場違いにも緩む頬をどうにかして引き締める。

 

今のはあまりにも、彼女に向けられてきた「ずるいなぁ」の中でも格別で、卑怯すぎた。

 

いつでもどんな時でも、傲岸不遜な態度を崩さないラム。だが、たった一人の家族である妹の危機となった時、彼女はこんなにも脆い少女としての顔を取り戻す。その姿に、テンがどれだけ『命を張る覚悟』を固めさせられたことか。

 

迫り上がる感情を唾と一緒に飲み込んだテン。彼は聞こえるかも分からない声で一言、

 

 

「大丈夫。お前を離す時は俺が死ぬ時だから」

 

「ヒューー! かっこいい! お前誰だよ!? ほんとに俺が知るソラノ・テンなのか!? 人格変わってんじゃねぇの!?」

 

「ついでにハヤトも道連れにする」

 

「その前に俺がお前を助けてやるから安心しな!」

 

 

呟きを聞いていたハヤトに茶化されたテンが照れ隠しを通り越した蹴りを薙ぐ。横から飛びついてきた魔獣に一撃、ストレス発散に使われたそれは勢いよく放たれて木に衝突した。

 

ここぞとばかりに男気の片鱗を見せるテンの言葉を聞き逃すわけがない親友センサー。耳を澄ませたハヤトは、お陰で真上からの奇襲に反応することができた。難なく斬り払う。

 

 

「気合い入れるよ」

「気合いなんざとっくに入ってるぜ」

 

 

中間試験を思い出す展開にハヤトは炎炎と燃え、テンは淡々とし。真反対な二人は、しかし瞳に宿る色だけは全く同じ赤色で。駆ける足を止めない彼らは道なき道を確実に前へと進んでいく。

 

いずれくるであろうラムからの報告を待ちながら、追い縋る獣たちの足音を聞き、地獄からの手招きを受け取って。今はただ、ひたすらに前へ。

 

 

深く、深く、地獄の底へと。暗闇で一人、泣き叫ぶ少女のところへ行くために。

 

 

 

 

 

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