感情のままに手に携えた狂気を振り回す。大気を押し進めながら弧を描いて薙ぎ払われるそれは、直撃すれば並大抵の生物では身体が容易く崩壊する殺意の塊。余波に襲われれば致命傷は避けれない必殺の一撃。
使用者の意思が宿った鉄の塊がうなりを上げて縦横無尽に暴れ回り、避ける存在の生存を決して許さぬそれは繋がれた鎖を第二の刃として足元を絡みとる。
巻きつけ、引き寄せ、貫き、投げ捨てる。
薙ぎ払われた殺意の途上にあるのは複数の影、鎖に繋がれた狂気の魔の手から逃れるように影が跳ね飛べば、追尾する小柄な影が弾丸の如く射出される。
空中という自由に身動きすることが不可能な世界で三つの影が交差する。
直後、
骨が物理的な圧力に押し潰される音が空間に響き渡り、三つのうちの一つの影の頭部らしき部位が潰れ、中身が激しく弾け飛んだ。空に散らばる赤色と汁と脳味噌、グロテスクな光景が一つの影から生み出される。
まだ終わらない。射出された小柄な影が二つ目に手を伸ばす。細く可憐な腕を振るって身を回し、振るわれた狂気を紙一重で回避した刹那、爪が皮膚にねじ込む程の力で握られた拳によって狂気を振るった大柄な影が地面に叩き落とされる。
轟音を伴ったそれは怪人にでも打ち付けられたようにすら見え。事実、落下地点にひび割れを起こさせた肉体が痙攣しながら絶命、圧倒的な蹂躙を前に成す術もない。
仲間の死体を真横にしながら、しかし残る影達の動きには感情がない。たった今、命を絶たれた二つと同様に、宙に身を晒している無防備な小柄な影へと見計らったかのように火球を放った。
一つではない。視界を覆い尽くす量の灼熱が小柄な影の正面から迫っている。重力に従って自由落下するだけの身体で回避することは不可能だ。
——小柄な影が、不敵に笑う。
瞬間、
握る狂気の持ち手を強く引っ張る小柄な影が鎖の伸びる方向に飛ぶ。ありえない機動力を生んだその先には、地面に深々と埋まる鎖に繋がれた鉄の塊。重力よりも先に張力に従って肉体が火球を横切り、地に足をつけた。
止まることを知らない小柄な影が地を爆ぜさせながら取り囲む複数の影の中へと飛び込む。
振られる鉄の塊が、絡みつく鉄の鎖が、突き抜ける暴力の一つ一つが。それら全てが一つの小柄な影から破壊として生み出され、血飛沫が連鎖し、一瞬にして世界が赤く染まり、殺到する影を蹂躙していく。
身体中に裂傷を刻まれ命の雫を流し続けても尚、小柄な影の暴走は止まらない。それは世界に映る影を溢れる殺意を以って睨み、咆哮する。
青の鬼、少女は叫んだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ごらァァ!!」
「あぁもう! 道導を打ち込む暇もない! 完全に迷子になっちゃってるよ!」
「言ってる場合か!」
言い、坂道を駆け上がる二人は追随する魔獣を退けながら前へと走り続ける。かれこれ十分間は魔獣との追いかけっこを継続しているがレムを発見したとの報告の気配はない。
しつこく追いかけてくるウルガルムの足音を耳にした二人は焦る暇もなく、戦うことに意識を注いでいる。徐々に額から疲労の汗を垂らし始めるも、まだ平気そうな表情だった。
戦っているうちに夜目が鍛えられたか、闇に潜む魔獣の輪郭がハッキリと見えてきた彼らは奇襲にも対応、数でゴリ押しするならば力でゴリ押し。ラムが千里眼でレムを見つけるためにどこまでも深く森に入り込む。
その中でテンが致命的なミスを犯した。それは、先程も彼が後悔の声を叫んだ道標の消失だ。
数を増やす魔獣、不規則な地形の変化、背負うラムへの気遣い。激化する一方の戦闘にマナの消費を抑えることにした彼は道標に回すマナを戦闘に回すことに。
結果として完全に迷子状態。途中までは印してあるものの、途中からは完全に方向感覚が狂い始める中途半端な道標となった。
「なんでもっとこう、平坦な道じゃないかな。走るのだって疲れるんだよ」
「森ってよりかは山って感じだよな」
二人をイラつかせるのは坂道を登り終えた直後、目の前にあった下り坂。駆け降りるには少々斜度がありすぎる気がしなくもないが何の躊躇もなく彼らは直進を選択した。
こうした道なき道を走るのは今に限ったは中ではない。少し前には崖上まで突起を足場にしながら駆け上がり、その少し前には深い谷底の上を思いっきり飛び越えた。やってることが森の住民と変わりない。
そして今も。体制を崩さぬまま下り坂を滑り降りる二人は後ろをチラと振り返る。予想通りというべきか、皮肉にも魔獣はちゃんとついてきている。恐らく、先のとは別の群れ。
何百、何千と魔獣が息を潜めている魔獣の森——騒ぎを聞きつけた獣が逃げ回る獲物三人を簡単に逃してくれるわけもない。執拗に、執念深く、牙を剥き続けている。
「マジでレムのやつ。どこに居やがる……! このまま走り回ったってそのうち俺らが削り切られるだけだぞ」
「祈る。願う。信じる。以上」
「テンが思考を放棄しただとっ!?」
先回りした五匹の壁を押し通る大剣と風の刃が斬撃の嵐を瞬時に繰り出し、縦横関係なしに滅多切りにされるそれらが血肉を撒き散らした。残骸の壁を潜り抜ける二人が口の中に入った肉を吐き出す。
最悪な気分だとハヤトが呻き声を上げ、尚も口の中に残る吐き気を呼び起こさせる味に苦しげにテンが唾を吐く。しかし先回りした奴らは始末した、あと少しで坂道も滑り終わる。
この後の動作に不安が残る正面の暗闇に二人の体が勢いのままに突っ込む。木々で視界が塞がれたそれを抜けた先には一体何が待ち受けているのか、少なくとも対応できないものではない——、
「「ーーあ」」
二人の声が重なり、両者の視界が大きく開ける。闇を抜けた途端に両足が地面から離れる感覚、不意に訪れるのは意味不明な浮遊感。
綺麗なお月様見えた。
雲ひとつない、星空があった。
単純な話。二人は崖下へと豪快に飛び込んでしまっていた。視界が開けたかと思えばそれまで足下に跳ね返っていた固い感触が消失し、目の前には闇を抜けた二人を迎え入れる輝き。
その輝きが、二人には悪魔の笑みに見えた。
「うおあああ! やばいやばいやばいーー!!」
危機的状況にハヤトが叫ぶ。彼は崖から飛び降りるのは村に向かう途中に一度していたはずだが、それはあくまで飛び降りていい高さの崖だからであって、これは明らかに自殺を対象とした高さ。
飛び降り経験済みの彼も流石に全身が総毛立ち、焦りを表に出した。
確実に近づく死へのカウントダウン。判断を仰ぐように隣のテンを見れば、彼は落下中にも関わらず静かだ。否、静かに焦っている。彼は応えるようにハヤトに鬼気迫る顔を向け、
「俺に掴まれ!」
「任せたぞ!」
片腕一本で背負うラムの体制を支える彼はなんの説明もなく指示、素直に聞き入れたハヤトが深く頷くと彼の肩を掴んだ。何をどうするのかの説明をすっ飛ばした彼の即断に疑いはない。
疑う必要などない。ここぞという場面でのテンの即断にハヤトは何度も命を救われてきた、一々疑う必要など不必要だ。それにハヤトはテンを信じている。
その無責任な信頼と掴まれた肩の
「ウル・フーラ!」
叫びと同時に主に呼応する暴風が手の平から放出。球状に放出されたそれが向かう先は二人の肉体が潰れる予定地、着弾と同時に音を上げて破裂すると無差別に風を撒き散らし、本来の結末を吹き飛ばす。
真下からの風圧は落下途中にあった二人の体を真上に押し上げ、落下速度を完全に殺し切った。
フワリと身体が浮かぶ感覚にハヤトが手を離して着地。続くテンが少し離れたところで膝をクッションにして着地、ラムへの被害はないと安堵するように胸を押さえて吐息した。
間一髪。危うくレムを見つけ出すまでに死ぬところだった二人が安堵していると。上から、まるで尾を踏まれたかのような悲鳴を上げて数匹の魔獣が二人の真後ろに落下してきた。
二人のように何らかの手段で着地の衝撃を和らげられるなら生存の見込みはあったが。しかし、生憎と噛み付く事と引っ掻くことしかできない魔獣に生存の見込みはない。
テンとハヤトが止まらなかったように魔獣達も止まらなかったらしい、その後も不快な音を立てながら十匹程度の魔獣の雨が降り注いだ。
べちゃりと音を立てる肉体からは相変わらずグロテスクな光景が溢れるばかり。重力によって岩肌に叩きつけられるそれらは、成す術なく絶命していく。
今でこそ慣れているものの、これが初見ならばきっと二人は口元を手で押さえているはずだ。ひどい場合は口から出てくるかもれない。
量産される死体。それらを前に二人は笑い、
「「ざまぁ」」
これまで好き放題行手を阻んでくれた魔獣どもが爽快に弾け飛ぶ様は実に滑稽。甲高い悲鳴を上げながら落下してくるのを身守るのがここまで愉快だとは思わなかったと二人は鼻を鳴らす。
ともあれ。一応、形としては一難去った。
警戒の糸を微弱ながらに緩める二人は後続はないかと上を見上げる。崖上、追ってきていた魔獣たちは道を迂回し、生還した二人を追跡する別のルートを模索し始めたようだ。
できることならもう二度と来ないでほしいと願う。願うだけ無駄だろうが。
「……さて。こっからどうする?」
「ちょっとだけ休ませろ。流石に疲れた」
「じゃあラムの報告待ちと称した休憩で」
「さんきゅー」
逃げてもどうせ追ってくる。
ならここは次なる戦闘に備えて少しでも体力を回復しておくべきだと判断したハヤトが大剣を地面に手放し、背中にかけていた鞘を音を立てながら落とす。続くように彼は座り込んだ。
テンも一休憩。背負うラムがずり落ちないように背負い直し、マナの回復を促す彼は流法を解く。正直なところテンも頑張れる境界線を越えそうで疲れていた。
二人して大きく息を吐く。隠すこともできない疲労感がお互いに伝わった二人は目を合わせ、情けない面をした相棒を互いに鼻で笑う。この程度で疲れるとは、まだまだ未熟者だと。
「まだラムは……、探してるか」
互い実力不足を鼻で笑い合ったところで、テンは彼から意識を外すと背負うラムに向ける。
首だけ振り返れば彼女が目を瞑って集中しているのが分かった。額から汗を垂らし、極限まで高めた意識を外へと放っている。千里眼がどれ程の疲労を心身ともに齎すのかは分からないが、今の様子から察するに相当なものらしい。
そこまでやっても尚、見つからないレム。そうなると彼女がどこまで深く入り込んでいるかが本気で心配になってくるテンだ。今ですらどこから帰れば良いのやら不明なのに、更に深く潜れば遭難は目に見えている。
「なぁテン。ここって森と比べたら戦いやすい場所だと思わないか?」
先行き不安な現状に顔を少しだけ顰めるテンの背中にハヤトの声がかかる。言葉の意味を理解できないテンはとりあえず周囲を確認するように辺りを見渡した。
見渡して気づいた。
確かに戦うならこの場所が適している。崖と隣接するこの場所は、森が開けたような地形。
月の光を直で浴びることのできる闇の侵入を一切許さない広々とした平地は、闇に支配された森で戦うよりは幾分かはラクそうに思える。というか広い、ここだけ異常に広い。
しかし、
「それがどうしたの?」
「あいや。単にそう思っただけだ」
「なんだよ」
苦笑うハヤトにテンは呆れるようなため息。まさか、ここで魔獣を迎え撃とうとでも言い出すのかと思ったテンだったが、自分の深読みだったと色々な意味で呆れる。
一つのことについて必要以上に考えてしまうのは悪い癖だ。そのせいで要らない事まで視野に入れ、結果として行動を鈍らせる。偶には何も考えずに飛び出すのも必要だろうか。
その点においてはハヤトの方が上手だと言える。彼は頭よりも先に体が動く人間、理屈よりも己の感情を第一にする彼は、例えそれが危険な橋になろうとも何の躊躇もなく動くのだ。
ーー自分にも、それができるだろうか?
「……やめよう。今は休む時間」
精神を研ぎ澄ませるテンが目を瞑って静寂。また要らないことを考え始めた自分の頭を軽く咎める彼はそれらを深呼吸と一緒に吐き出す。今は少しでも心と体を休ませ、次の戦闘に備えるべきだと。
そうして周囲の音に耳を傾けたとき、テンは周りの音があまりにも静かすぎる事に気がついた。生物はおろか、世界そのものが息をしていないかのように静まり返っている。
魔獣が潜んでいる森にしては異様だ。以前ならどれだけ倒しても倒しても温泉のように沸き、静寂とは無縁の時間が永遠と続いていたのだが。
——嵐の前の静けさ。
そう表すべきか。或いは、
「テンテンーー! レムがいたわ!」
不意に背中でラムが歓喜の声を上げて、彼女の視界が回帰する。それから彼女は喜びの表情を作ったあとで、意味不明な場所に連れられた事実に眉を寄せて、
「しばらく見ない間に、随分と走ったものね」
「大変だったんだぜ。谷を跳び越えるわ崖から飛び降りるわーー」
「そんな事はどうだっていいよ。それよりもレムは?」
休憩終了の合図に立ち上がったハヤトが鞘と大剣を背負い直す。テンの下まで歩く彼は数十分間にわたる疾走を武勇伝の如く語るが、張りのあるテンの声がそれを掻き消した。
目を開いて言葉を詰まらせるハヤトと、やけに焦り気味のテンには言及せず。ラムは小さく頷くと、
「ここからそう遠くない位置で、レムの影を別の視界が捉えたわ。タイミングが悪くてレム自身の視界は掴めなかったけど。あれはレムの姿だった」
「なんで分かった?」
「群れと一緒にどこかへ移動している最中のウルガルムに視界を奪われて、その視界の端っこに戦うレムが映ったの」
「なるほどな。理解した」
運が良かったと思うべきか。どこかへと向かうウルガルムの群れ、その中の一匹がラムの視界を奪い、その端っこにレムの姿が偶然にも映った。
この広い森の中で見つけられたのは走り続けた二人への褒美か、それともラムの祈りが通じたか、単に偶然か。
ともあれ、レムの無事が確認できたことは幸いだ。こちらの予想通り、彼女は何者かと交戦している。なら早く助けに行かなければならない。
「うし、なら行くとするか。早いとこレムを助けて村に帰るぞ」
「えぇ、そうしましょう。テンテン、そろそろ降ろしなさい。あと、後で顔面十発の刑」
「マジかよ」
疲労回復。やる気も殺る気も十分なハヤトの拳合わせにテンの背中から降りながらラムは顎を引いて応答、ちゃんと顔面十発の刑が実刑される事実にテンが肩を落とす。
どさくさに紛れて忘れられてないかな、とか少しでも考えた自分が馬鹿だった。彼女はレムのことを気にかけつつも頭の片隅に記憶していたらしい。
「じゃあラム。レムの居場所をーー」
ほんの戯れ合い程度の軽口を刹那で思考から切り捨てるテンが、彼女の千里眼に従って行動の主導権をラムに譲ろうとした。が、それはある言葉が不意に頭に過ったことで遮られる。
他でもないラムの言葉。千里眼でレムの居場所を見つけたと報告した時に放った発言、その一部分に引っかかるものがあった。
ーー群れと一緒にどこかへ移動している最中
数えきれない量のウルガルムを狩ってきた経験から、奴らが群れることは知っている。問題なのは『どこかへ移動している最中』の部分。
何の理由もなく群れで移動するわけがない。何か一つの目的がなければ、奴らは基本的に闇で獲物を密かに狙う隠密行動を選択するはずだ。しかしそれらが闇から飛び出して向かう先には何があるのか。
間違えなく獲物だ。腹を空かせ、猛獣と化した魔獣は、見つけた獲物へと貪欲に食らいつき、骨の髄まで食い尽くすまで止まることはない飢餓の塊。
ならば。奴らが狙う獲物とは——、
「ハヤト、戦う準備して!」
「は? 何が」
「いいから! 多分、群れが突っ込んでくる!」
言った直後。
喉が張り裂けんばかりに叫んだ彼の声が一瞬にしてかき消され、代わりに魔獣の咆哮が三人の鼓膜を強く刺激した。テンが指摘した直後に襲撃の予兆、タイミングが良いのか悪いのか微妙なところ。
刀を抜刀するテンを横に、何がどうなって今の発言に行き着いたのかイマイチ分からないハヤトだが、重要なのはそこではないと彼は大剣を抜き放つ。ラムも忌々しげに舌打ちして臨戦体制。
背中は崖、それ以外は開けた平地を囲うように森がある、中には当然魔獣がいるだろう。月明かりで照らされた光の空間では三人の姿も鮮明に映っているから逃げることも不可。
つまりは、背水の陣。引くことを許されない展開に三人は戦意を最大まで高める。
森と平地——闇と光の境界線を踏み越える輩がいればテンの風刃が真っ先に飛翔し、無理やり押し通ろうとすればハヤトの暴力が牙を剥く。完全に殺る気満々な二人は直近まで迫った大群戦に精神を尖らせた。
「こんなの相手にしてる時間なんてないのに……!!」
いつでも飛び出せる二人を左右にラムは一人、殺意を宿した瞳で闇を見据える。声に含ませた焦燥感は明らかに事の始まりよりも増し、行手を阻み続ける魔獣達を目の敵の如く睨んでいた。
やっと見つけた妹の姿。どれだけ探しても痕跡ひとつ無かった愛しい家族にようやく会える——と思っていたのに。現実とは残酷なもの、今の状況ではたった一人の妹すら助けられない。
このままではレムのことを見失ってしまうかもしれない。ひょっとしたら手遅れになってしまうかもしれない。もし今この瞬間、共感覚から伝わる感情の線がプツンと切れたりしたら、
「そこを退きなさいーーッ!」
茂みを抜けてきた大群、二十匹は余裕で越すウルガルムに感情が爆発したラム。彼女が怒りに任せて放った風刃が群れへと一直線に突貫、風の暗殺者が我を失ったかのように姿を曝け出して正面から突撃する。
その結果は数匹の身体がズタズタに切り刻まれたことで現れた。鋼の刃と遜色ない切れ味を宿す刃が魔獣の肉体を過ぎ去り、斬られた事実に遅れて気づいた肉体が血飛沫を上げる。
数匹が体制を崩して地に伏せる。しかし伏せたのはそれだけではない。ラムの攻撃に乗じた火球と岩の棘が更に数匹の命を狩り取った。
途端、仲間の死体を前にしたウルガルムの動きが変化する。前方から現れた集団が円を描くようにして展開、三人を全方位から囲む魔獣の包囲網が一瞬にして張られた。
「コイツら、めんどくせぇ真似しやがって」
「ウルガルムって意外と頭良いよね」
「無駄口を叩く暇があったら少しでも早く片付けることに頭を回しなさい! こんなのさっさと蹴散らしてレムのところに行くわよ」
背中合わせで睨みを効かせる三人が包囲網の中心で軽く言葉を交わす。狡猾な動きをする魔獣に舌打ちするハヤトと呑気に話すテン、そんな二人に叱咤するラム。
警戒しているのだろうか、初動の豪快な攻撃に魔獣たちの動きは鈍い。三人の出方をうかがうように身を低くしている。威嚇の視線が光るものの行動にはでない。
それ以前に、二人には今のラムがこれまでで一番焦っているように見える。否、焦っている。ようやく見つけた妹の姿を前にした彼女は早く行かなければと冷静さを欠く勢いだった。
表情もこれまた珍しく、鬼気迫るもの。態度を急変させた今の彼女は、誰がどう見ても焦っていると分かる様子だ。
かくゆえ、テンとハヤトも同じ気持だ。もう暗闇の中を闇雲に走るのは勘弁、一度見つけた彼女の背中を掴んで離すのは論外。何が何でも助け出したいと頭を回している。
なら早いところこの集団を殲滅して向かうーー、
「ーーと、いきたいけど。実際のところ、コレかなりの数いるよね。魔獣の森ってだけあって追加されることも含めるとまともに相手するのは愚策な気がする」
「確かにな。お前の言うとうりだ」
膠着状態の中、周囲に視線を走らせるテンが落ち着いて状況を把握。危機的状況を脱せてないことに焦りを抱きつつある中、背中のハヤトが同調の意を示した。
これまでこの森で戦闘して分かったこと。ウルガルムは倒しても倒しても温泉の如く沸いてくるということ。文字で表すと単純かつ明快だが、それが当人達にとっては絶望の事実でしかない。
一時的な凌ぎはあっても数分後には咆哮を上げて襲撃の知らせを心に突きつけてくる、長期戦となると厄介な相手。レムを助け出すという、時間の迫られた三人からすれば不愉快極まりない。
ならばどうするか? 伝えられた現状に頭を回すハヤトが考える。理性ではなく本能によって答えを導き出す彼は考えて、考えて、考えて。
不意に「ふっ」と笑うと、
「テン。ここは俺に任せてラムと先に行け」
「は? なに言ってんの?」
考えもしなかった作戦を背中越しに受け取ったテンの肩が動揺に跳ね、思わず振り返りそうになるのを堪える。こんな時に何をふざけたことを、と言いたくなったがハヤトの声色は本気だ。
僅かにラムの首が声の方向へと傾く中、ハヤトは落ち着いた声で言葉を繋ぎ、
「ここでコイツらの相手をしてても時間の無駄だ。なら、誰か一人が相手をしてるうちに他の二人がレムを助けに行く。これが一番だと俺は思う」
「そんなの……。なら、俺が残る。お前はラムと二人でレムを助けにーー」
「テン。四の五の言ってられる場合じゃねぇからここは正直に話すぜ」
自分の意見を塗り替えようとしたテンの声がハヤトの通りのいい声に遮られる。そのまま淡々と話す彼は口早に、
「お前の戦い方を見てきて分かったが、お前は集団戦には向いてない。俺と違って力でゴリ押しできないお前が残ってどれだけ耐えれる? 一体一体を確実に仕留めるお前が、複数を一回で仕留める俺よりも有利に戦えるのか?」
珍しく事実を元に話を進めてきたハヤトの言葉の量に、言葉が喉につっかえたテンの口は音を発さない。それを他でもないテンが一番理解しているから、彼は反論することができなかった。
ハヤトはどっしり構える火力戦闘を得意とし、テンはひたすらに疾走する機動力戦闘を得意とする。集団戦において力のある方が有利というのは少し考えれば分かること。たった一人で挑むならなおさら。
いくら速くても数の有利に圧倒されれば空間を相手に支配され、動き回れる領域も狭まり最後には数に圧倒される——それがテンが残った場合の未来だ。
しかしハヤトならばその未来も避けれる。数で攻められようが、振り回す大剣と暴力の二つを駆使して全てねじ伏せることができる彼は数の有利を個の力で圧倒できる。
今まで何度も見てきた。アーラム村で戦った時も、塵の大群と戦った時も、中間試験の時も、彼は複数を相手にしようが関係なしに全てをねじ伏せる。
自分とハヤトの差。まさか、この場面でそれを痛感させられる羽目になったテンは自身の力不足に歯を食いしばる。分かっている、そんなこと言われなくても分かっている。
けど、
「何匹来るかも分からないんだよ? この場所にお前を残して俺とラムが行って、それでお前は全部倒し切れるの? だったらとっとと片付けて三人で行った方が確実だよ!」
事実を突きつけられながら、力不足を呪いながら、それでもテンは食い下がる。ハヤトを、この世界でたった一人の親友をこの場に一人残していくことなどできないと。
ーーお前一人残して自分達は先に行け言うのか。そんなことできるわけがない。
そんなテンの意志に覚悟を決めるハヤトは首を横に振り、息を大きく吸うと、
「ンなこと言ってたらレムが死んじまうぞ!」
「ーーーっ!」
声を大にしたハヤトの声が森中に轟く。普段から騒がしいと言われているハヤトが、今日一番の咆哮。耳を塞いでもハッキリと聞こえてくるであろう声は、鼓膜を通じて思考に影響を及ぼし、更には心の奥底に入り込んだ。
背中越しにでもテンが息を呑むのがハヤトには分かった。畳み掛けるハヤトは口早に言葉を紡ぎ、
「お前がそんなこと言ってる間にもレムはすぐそこで戦ってんだぞ! 誰にも助けを求められない場所で、たった一人でだ! こんな雑魚どもは俺一人で十分なんだよ!」
「でもッ!」
「お前が命を張る場所はこんな場所じゃねぇ、ここは俺が命を張る場所だ! 魔獣は俺が、レムはお前が! テメェはテメェのやれる事を全身全霊でやりやがれッ!!」
今まで一番の激昂。鼓舞するというより叱咤に近い突き放し方をするハヤトの目つきは、決して友に向けていいものではなく。切羽詰まった状況で敢えて『命』というワードを放ったのはハヤトなりの覚悟の証だ。
テンの気持ちは痛いほど分かる。彼は自分よりも周りを大切にする人間、一人で残る自分に反対しないわけがない。しかし今は、それ以上の存在が目の前にいるのだ。自分のことなど捨て置けと彼は揺らぐテンの心を叱咤する。
ハヤトはハヤトのやれることを、テンはテンのやれること。前々から言い続けてきたことだ。片方の足りない部分を片方が補う、何があろうともそれが揺らぐことは決してない。
「……だけど」
ハヤトの魂の咆哮。しかしまだ突っかかるテンは刀を握る手首が小刻みに震え出し、呼吸は浅く速く、葛藤の生まれた声はいつになく弱々しい。いざという場面では変に冷静な彼が、今は心の揺らぎが態度全てに現れている。
往生際の悪い相棒に、思わず舌打ちするハヤト。その時、彼は正面の魔獣が威嚇から攻撃へと移る予備動作を始めていることに気がついた。一匹にその予兆が生まれれば、波紋するように予兆は包囲網全域に広がっていく。
三人を取り囲む包囲網が一気に狭まり、魔獣との正面衝突が始まろうとしている。一度始まれば止まることのない悪夢が、目の前に。
均衡が崩れる。
もう時間はない。すぐにでも動かねばならない。向こう側が動いてからでは遅すぎる。しかしテンをなんとかしなければ状況は前には進まない。
揺らぐテンに何を言う? 何を問う? 何を突きつける? 一言で全てを丸め込ませれるような一言。彼に対して自分が今かけるべき言葉はなんだ?
ーー考えるまでもない。
「テン。ーー相棒」
それは、全部を託し、託されることのできる魔法の言葉。たった一言の絆を試す誓い。
振り向き、テンと目を合わせるハヤトは力強い表情を浮かべ。
言った。
「俺を信じろ!」