親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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森の主に挑戦する者

 

 

 

 

ハヤトとドラゴン。二つの大咆哮が喉を震わせながら発せられ、森中を震撼させる。

 

空気を直接振動させるそれらは肉体が衝突する前にも関わらず幾度となく轟き、まずは威圧で相手をねじ伏せようとする意思を見せていた。

 

しかし、均衡を破ったのはハヤトだ。右腕に携えた大剣を肩に担ぎながら猛進、豪風を生み出しながら黄金の覇気を纏う彼が己を奮い立たせる咆哮を放ちながらドラゴンへと一気に駆ける。

 

対するドラゴン。こちらも負けじと猛進を選択。どうやらこの魔獣、目の前の男と同様にとりあえず前に突っ込む性格らしい。鉤爪で岩肌を抉り、足跡を残し、地響きを立てながら二本足で迫る。

 

この大きさの魔獣に前から特攻されると、そこそこに恐ろしいものがあった。ハヤトの知るドラゴンとは四足歩行で、背についた二つの翼を主体とした動きをするのだが、この相手は完全に地上型。

 

空を飛ぶための翼は、やはり飛行用ではなく防御用に捉えられ。故に飛ばれることはないと予想できるが、それはそれで厄介だ。

 

 

「あァァーーッ!!」

 

 

駆け出してから数秒と経たずにハヤトの肉体とドラゴンの肉体が接する。初動は力比べ程度に担いだ大剣を振り下ろしたハヤトの刃に、対抗するドラゴンの丸太のように太い右腕が振りかぶられた。

 

鋭く細い一撃と、鈍く太い一撃が重なる。力強い踏み込みと共に縦に下ろした刃に迎え撃つ鉤爪が触れた途端、耳をつんざくような金属音が衝撃波として空間に波紋した。

 

今までならば聞こえてこなかったそれが聞こえた事。それはつまり、ハヤトの携える武器が相手に届かなかったことを意味し、同時に大きく弾かれた事実を意味する。

 

瞬間、ハヤトの体が真横に吹っ飛ぶ。縦に対して横に弾かれた大剣に釣られる彼の肉体が軽々しく振り払われた。地面を叩いて一回転、後ろに転がる彼は衝撃を殺しながら立ち上がる。

 

 

 ーーマジかよ

 

 

驚愕に目を見開くハヤトが両腕の痺れを感じながらその場から飛び退く。考えるよりも先に動いたのは、既にドラゴンの追撃が目と鼻の先まで迫っていたからだ。

 

飛び上がり、その巨大な体格をふんだんに利用した両手の叩きつけ。ただ飛び上がって両手を叩きつける動作一つだけで頑健な岩肌が爆発し、辺りに大岩が飛び散った。

 

勢い余ったか。深々と埋まる手を引き抜く挙動を見せるドラゴンの背後でハヤトは戦慄し、距離を取る彼は痺れの治まった両腕をみやる。特に外傷はない、無事だ。

 

しかし、無事である事実よりも彼の頭の中を駆け回るもう一つの事実があった。

 

 

「火力がエグすぎだろ……」

 

 

踏み込みは浅くない。腕に力も込めていた。自分にとって最高の一撃が発揮できた。

 

にも関わらず弾かれ、鋼を通じて伝播する反動が両腕を数秒間だけ痺れさせた事実。

 

たった一撃、されど一撃。ハヤトは今の衝突で相手の硬さがよく分かった。分かって、己の刃が絶対に通らないことを理解してしまった。刃でこのザマだ、拳を振るおうものならナックルもろとも砕ける。

 

加えて、大剣ごと自分の肉体をぶっ飛ばす火力。一撃でもまともに受ければ冗談抜きで確実に死ぬ。腕であの火力なら突進でもされたらひとたまりもない。

 

 

「冗談じゃねぇな。おいおい……!」

 

 

明らかに格が違う。自分の長所において勝られていることを理解したハヤトの頬が戦慄に震える。額から顎にかけて冷たい汗が滴り、手元に垂れた焦燥の冷たさに彼は軽く息を吐いた。

 

しかしハヤトの戦意が鎮まることはない。本能が理解し、理性が理解しても尚、彼は楽しげに口角を釣り上げている。

 

ロズワール以外の格上——絶対に勝てる見込みのない格上が目の前にいる。もちろん、恐ろしくて震え上がりそうな思いだ。負ければ死ぬ、その事実が思考の手前にあるせいで焦燥感が駆け巡る。

 

だが、それ以上に昂る。自分より強い相手と戦うことによって得られる高揚感、圧倒的な絶望に立ち向かうことへの緊張感、それを討ち倒すことで獲得できる達成感。

 

それら全てが目の前の相手によって齎されることだと思うと、胸の鼓動が高鳴るばかり。勝利した暁には、その背中に立って拳を突き上げてやろうとすら考えられる。

 

油断してるのではない。心に余裕があるのだ。

 

一体自分が何度、あの変態魔導師(ロズワール)に殺されかけたと思っている。打ち込まれた打撃の数は数千を軽く超え、三途の川を渡りかけた回数は鍛錬の数だけ重なった。それによって鍛えられた精神力を舐められては困る。

 

 それに、

 

 

「アイツらだって命燃やしてんだ! 俺がこんなところで怯んでちゃ、情けねェよなァーー!」

 

 

埋まる手を引き抜き、背を向けていたドラゴンが振り返った時、ハヤトは既に目と鼻の先まで迫っていた。先程のお返しとばかりに跳躍し、肉体を踊りかからせる彼が再度、大剣を振り下ろす。

 

腕がダメなら顔面。全身が硬い皮膚に覆われてるとは言えど、必ず柔らかい部位がどこかに存在するはずだと目星をつけた彼は躊躇もなく相手の領域へと踏み込んだ。

 

が、またしても刃は通らない。刺々しい顔面に叩きつけられた大剣は弾かれなかったものの、鋼の鱗に受け止められる。顔面もダメ、ならば次はどこか。

 

反動が波のように腕から全身へと伝わる中、ハヤトの燃えたぎる瞳とドラゴンの殺意に満ちた赤の瞳が至近距離で交差する。眼前に迫った人間の威圧にドラゴンは怯まず、逆もまた然り。

 

 

「ーー!」

「ちぃーーッ!」

 

 

触れたこと自体に憤慨した様子のドラゴンが咆哮。先程と同じ動作でハヤトの横っ腹を掻っ捌くべく鉤爪を薙ぐが、顔面を蹴り上げたハヤトの肉体が大きく飛び退いて後退、寸前で回避した。

 

その後の両者の動作に間隔はない。初動の結果を受けた双方が今後の戦闘展開を頭の中で思い描き、実現させるために頭と体を働かせた。

 

 ——故に、ここから先はハヤトとドラゴンの熾烈な戦いが本当の意味で幕を開ける。

 

 

「おォォォーーッ!!」

 

 

着地と同時に踵で地を蹴り上げるハヤトが前方へと三度目の突進。全く変わり映えのない方法で距離を詰めにかかる。明らかな不利条件の中でも彼は迷いなく突っ込んだ。

 

対するドラゴンも単調だ。同じく突っ込む。否、こっちの場合は自分の攻撃が一撃でもまともに入れば勝利できる。更には相手の攻撃は全く通らない、有利すぎる立場にあるため動きは単調になる。

 

寧ろ、この有利状況の中で余裕綽々なドラゴンが難しい動きをする方が異常。元より、ドラゴンというのはそのような性格が多いのだから。ハヤトがそれを悟れば、怒り浸透ものだ。

 

数秒と経たずに開いた距離が縮まる。愚策とも思えるハヤトの肉体が、振り上げたドラゴンの左腕から伸びた三本の鉤爪に皮膚を根こそぎ抉られる——。

 

 

「らっ!」

 

 

 寸前、

 

前へと進むだけだったハヤトの挙動に変化が訪れた。地面に引きずるようにして垂れ下げていた大剣を振り上げる両腕が全身を大きく逸らし、前に進む力に逆らう踵が肉体を脅威の射程圏内、その寸前で止めていた。

 

真正面から馬鹿正直に向かってくる相手に対して、咄嗟に選択する行動は魔獣も一緒だったらしい。同じく正面から迎え撃つ。ハヤトのような男がすればより単調に思えるから尚のこと。

 

ベアトリスと初めて会った時に実行した作戦だ。作戦というほど立派なものではないが、ハヤトがこれをやると殆どが引っかかる。唯一引っ掛からなかったのはテンだけだ。

 

あの男だけはなぜか引っ掛からない。読まれることを読んで、読まれた攻撃を次の攻撃に繋げるための予備動作とする冷静人間。

 

しかし、今自分が相手にしているのはアイツ(テン)ではなくドラゴン。見事に引っかかった。問題はこの後にどう展開するかだが。

 

 

 ーー柔いところを探す。それだけだ

 

 

心の中から聞こえてきた大雑把すぎる作戦。しかしハヤトにとってはそれぐらいがちょうどいい。いちいち細かいと面倒、それはテンがやるようなことで、自分はコッチの方が合っている。

 

 そうと決まれば、体は動いた。

 

 

「ーーしっ!」

 

 

一度は勢いを弱めた踵が今度は前に進む力を爆発的に発揮すると、腕を振り切って隙を晒した脇腹へと肉体を潜り込ませる。相手が自分の倍はありそうな体格であることを利用し、そのまま隙だらけの腹部に侵入した。

 

大剣を振り上げた時点で次なる攻撃の予備動作は済んでいる。回避と同時に攻撃の予備動作、行動の隙を極力減らすために彼が練習していることがドラゴンという強大な相手に発揮される。

 

突き進んだのは斜め上からの刺突。叩きつけるように突き刺す大剣の剣先が、無防備な腹部へと一直線に突き進む。火力では劣るが機動力で勝るハヤトが繰り出した一撃だ。

 

原木を容易く断ち、頑健な岩肌さえも深々と斬り込むハヤトの刺突。元の肉体の数値に加えてアクラによる上方修正、並の物質ならばまともに受けたくはない斬撃————。

 

 

「クソが、これもダメか……ッ!」

 

 

が、これも通らない。相変わらず硬すぎる鱗に行手を阻まれるせいで皮膚に刃が届かない。突き刺さるはずの剣先は鱗の上を滑るようにして前へと流される。

 

しかし無駄ではなかったことを腕に伝わる反動の弱さでハヤトは感覚的に知った。腹部は腕と頭に比べたら随分と柔らかい。

 

 

 ーー予想的中、やっぱりか

 

 

肉体を動かすために伸縮することのある腹部は、皮膚を覆う鱗が硬すぎると動きに支障が出る。つまり、鱗の硬化度は必然的に低くなる。つまり、柔らかい。

 

なんとも簡単な考え方だが。あながち間違ってもなかった。なら、もっと試す価値のある部位は沢山ある。

 

これからの戦闘展開に僅かな光明。しかし、それでも刃が通らなかった事実にハヤトは舌打ちしながら勢いそのままに駆け抜け、懐から一時離脱。横っ腹を抜け、真横を駆け抜けるハヤトがドラゴンの背後をとった。

 

鉤爪が薙ぎ払われてから数秒の出来事、さしものドラゴンも『特攻だけの男』である人間に僅かながらに驚愕したのか、苛立ちの呻き声を上げながらも追いかける瞳が振り向いた。

 

既にハヤトはいない。振り向くことを前提とした肉体が更に回り込み、荒っぽい声を上げながら全身をしならせた斬撃が少しの暇も与えずに襲い掛かった。

 

狙ったのは背部。ガラ空きとなった部位に渾身の力を込めて振り下ろし、またしても弾かれる。今度は腹部よりも硬く、斬撃の威力がそのまま反動として跳ね返ってきた。

 

 

「どこまで硬ェんだよッ!!」

 

 

苛立ちを含ませた怒号の応酬は真横からの右翼。羽ばたかないにしても十分稼働するそれが、大気を押し進めながらハヤトの右半身に打撃として直撃した。

 

苦鳴を喉の奥で鳴らすハヤトがドラゴンという化け物の怪力に弾丸のように吹っ飛び、背中から崖に衝突。血が体内で沸騰する感覚に、肺に取り込んだ酸素が血液と共に口から吐き出た。

 

翼が鞭のようにしなるとは考えなかった。頭の中で防御用だとか固定概念化していた自分を咎めつつ、直撃したのが翼で良かったなどと刹那だけ安堵し、重力に従って地に足を付け——、

 

 

 見た。突進してきている。その巨体を。

 

 

「ーーーッ!!」

 

 

瞳が捉えた情報に対して脊髄反射で崖を蹴り上げるハヤトが斜め上へと高く跳ぶ。その真下を過ぎ去るのはたった今、彼が蹴り上げた地点に突撃した鋼の鎧だ。

 

突撃された崖は頑健さをまるで感じさせないように容易く崩壊。あっさりとドラゴンの鎧によって砕かれ、伝播する崩壊が崖の一部に大穴を開ける。それでも尚、突き進むドラゴンは穴を拡大し続けた。

 

直撃は死を意味すると分かってはいたが、それを見たハヤトは改めて気を引き締める。

 

轟音と共に成されたありえない光景。例え、ハヤトがアクラを全開で使用した状態で拳を振るったとしても穴の開くことがない崖が、たった一度の突進のみで大穴を作り、内部の侵入を許した。

 

広がる光景と飛び散る崖の残骸が鎧の硬さを雄弁に物語っている。崖でこの有様だ、自分がタックルを受けようものなら死ぬ。間違えなく。

 

大剣を振って体を反転させるハヤトは正面に大穴を捉える。刹那でも背中を向けたら殺されると感覚で理解している彼が相手に見せる背中はない。

 

 しかし、それが皮肉にも仇となった事をハヤトは数秒後に知る。

 

 

「ーーん?」

 

 

地面に着地するまでの数秒間、ハヤトは不意に鼓膜を刺激した新たな音に目を細める。何か、息を大きく吸うような呼吸音がドラゴンが開けた大穴から響いてきた。

 

何の音か。少なくとも自然に発せられる音ではないことに警戒心を高める。足裏が地上から離れ、宙に身を晒した状態ではやれることも限られてくるため、攻撃があった時の対処法を頭の中でいくつか作り上げ、

 

 

「はぁーーーッ!?」

 

 

それら全てが一気に破壊される光景に思わず驚愕の声を上げ、目が大きく見開かれた。大口を開けて表情をそれ一色に染める彼は動揺を隠せない。

 

用意していた作戦が一瞬で壊される感覚。浮かべていた対処法が破壊されたのは、瞳の先にある光景がそれら全てに当てはまらなかったからだ。

 

なんせ、ハヤトは相手が接近してきた時のことしか頭になく。その時の事以外は思考から除外していたため、自ずと攻撃の対処法も偏る。

 

 つまり、

 

 

「おまっ、口から火ィ吐けんのかよぉッ!?」

 

 

大穴から顔を出したドラゴンはハヤト以上に大口を開け、肺があるであろう腹部を風船のように膨らませていた。なるほど、やはり腹部は伸縮することが多いから鎧の硬化度も低いらしい。

 

 

 ーー言ってる場合か!

 

 

自分の見立てが間違っていなかったことが確実になったところでハヤトに意味はない。ドラゴンは既に攻撃準備を整えている。当たれば確実に命が燃え尽きる殺意が、瞬間に迫る。

 

大口を開けたドラゴンの口内は真っ赤に染まっていた。否、赤色の光源が閃光を伴って眩く煌めいており、それは酸素を糧としてどこまでも激しく乱舞する。生じた熱量に大気の温度が急激に上昇し、肌がチリチリと痛むのは気のせいではない。

 

 

 ーーブレスが、くる

 

 

ドラゴンが火を吹くことを可能とするなどテンプレ。どうして視野に入れていなかったのかと咎めるが、それは後だ。まずは炎の咆哮を回避することに思考を切り替えた。

 

しかし、空中に身を晒した今の自分に遠距離攻撃を仕掛けてくるとは。この魔獣、ただの魔獣ではないらしい。頭で考え、最適解を選択し、相手を確実に仕留めにきている。

 

どうやって凌ぐ? 格上相手に相殺するのは無理だ。

 

ならそれ以外で自分がやれる方法は——、

 

 

「エル・ドーナ!」

「ーーー!」

 

 

 岩の柱が、ハヤトの足裏に伸びる。

 ドラゴンが、ブレスを放つ。

 

 二つは同時だ。

 

アーラム村で見せた『動けないなら足場を作ればよかろうて』とでも言いたげな柱が彼の足裏を押し上げ、その真下をブレスというよりも光線に等しい炎の太線が突き抜けた。

 

ブレスの概念が軽く塗り替えられそうな破壊が夜空を切り裂くように一直線に走り、衝突する物体のない天空では弾けることもなくただ前へと進む。それは次第に遠くなり、遠くなり、最後には空の闇に吸い込まれて消える。

 

恐ろしさしかない。先程から戦慄と驚嘆の緩急が激しすぎる。相手の実力、その上限が計り知れない以上は、恐らくこれからもその二つの連続なのだろう。

 

 

「ーーー!」

 

 

貫くはずだった獲物が息をしている事を瞳に捉えたドラゴンが鬱陶しげに咆哮。先程ので消し飛ばすつもりだったが、目の前の人間はしぶとく凌いでいた。この人間、割とやれる。

 

そのまま第二波目を放つには至らなかったらしい。一度のブレスを撃つのが限界なのか、息を切らすようなドラゴンの挙動をハヤトは見た。所謂、今のは相手の必殺技ということだろう。

 

連発してこないことに安堵。しかし、依然として劣勢は変わりないことにハヤトは低く唸る。あまり長い時間をかけてもいられない、仕留めるなら一気にいきたいところ。

 

だが、それができないのが現状。ドラゴンの鎧に刃が通らない以上は、通る場所を探ることから始める必要がある。仕留めにかかるのはそれから。

 

 

「かったりィな」

 

 

地に足裏を合わせるハヤトが着地点を瞬間で蹴り上げて真横に跳ねる。着地を狙った突進に対して素直な挙動を見せ、追随する巨体が後退するハヤトの肉体へと獅子のように尚も迫った。

 

今度は両手両足が地についた四足歩行型。流石の向こうもハヤトがチョロチョロ動き回ると理解したのか、二本足で迎え撃つことはしない。こっちの方が速く、俊敏に動ける。

 

鋭い軌道を描きながらドラゴンの咆哮がハヤトを跳ね飛ばすべく体を前へ前へと押し出すが、しかし標的に接することはない。右へ、左へ、前へ、後ろへ、四方八方へと駆け回る彼が機動力で追随する巨体を上回った。

 

いくら速くてもその巨体だ。小回りが効くハヤトの方が俊敏に動く事を可能とし、体捌きと足捌きにおいて卓越した彼は、さながら闘牛のような動作で猛進を紙一重で回避。

 

次々とウルガルムの死体が踏み荒らされていく。ハヤトが仕留めた魔獣の大群、その亡骸が血を撒き散らしながら踏み潰され、あちらこちらに血溜まりが生じる。もはや光の空間に岩肌の影はなく、地表は真っ赤に塗りつぶされた。

 

それに足を滑らせて死亡——割とあり得そうな死因だ。全くもってかったるい。

 

ドラゴンの余波によって舞台が不規則に陥没し、足下不注意で躓いて死亡——冗談抜きであり得る。本当にかったるい。

 

 だが、

 

 

「だからこそ燃える!」

 

 

考えれば考えた分だけ自分が不利であることに理解がいく中、しかしハヤトの闘士が弱まることは絶対にない。むしろ燃える、圧倒的格上な相手に挑むなど望むところである。

 

下克上上等。強いからなんだってんだ。それは、諦める理由にも戦わない理由にもならない。命がかかっているのだから、何が何でも勝つ。

 

 

「ーーー!」

 

「さっきから、うるっせェよーーッ!!」

 

 

暴走列車と化した突進を完全に見切ったハヤトが真横へと駆け抜け、すれ違いざまに脇へと大剣を薙ぐ。予想が正しければこの部位は柔らかいはずだ、でなければ腕を触れる理由に説明がつかない。

 

魔獣相手に人間を参考にするべきかは怪しいが、ハヤトの予想が正しければこの部位は柔らかい。仮にガチガチに固められていた場合、人間同様にまともに動くことなど不可能。

 

戦国武将好きのハヤト。彼は昔、本で読んだことがある。人体の構造上、鎧で覆えない部分が必ず存在する事を。弱点は必ず生じることを。

 

 それはつまり、

 

 

「全身が鎧で覆われてるわけねェよなァ!」

 

 

回避と同時に攻撃は開始され、それは手元に跳ね返ってきた反動を始まりとしてハヤトに一つの結果を齎した。生じた反動は今までのとはまるで違う、皮膚を無理やり削ぐような、肌を切る感覚。

 

 

 ーー捕えたッ!

 

 

僅かながらに刃が肌へと侵入し、大剣と接した部位から赤色の液体が滴った。傷跡は浅く、刻まれた斬撃も命には遠く及ばない。ドラゴンからすれば擦り傷にも満たない。

 

しかし、今この瞬間。間合いの開く両者に明らかな変化が見られた。溢れる赤色に何を思ったのか、暴走列車状態が静まり、刻まれた熱を凝視するように見つめる魔獣と。大剣から滴る命の雫に挑戦的な笑みを浮かべるハヤト。

 

やはり柔らかい部位は確実に存在している。脇でこの柔らかさならば、自分が目星をつけた部位はもっと柔らかいのだろう。

 

ようやく与えた一撃に、してやったり顔のハヤトが「へへっ」と笑声を溢して大剣を血振り。まずは一撃、次は確実に皮膚を掻っ捌くと昂る彼は照準を定めるように剣先を相手へと突き向けた。

 

絶望的な状況だと感じさせないハヤトの態度。しかし、ドラゴンの心は穏やかではない。僅かに生まれた熱の痛みを感じ、裂かれた部位から流れる液体を見ると大咆哮——風圧にしては激しすぎるバインドボイスがハヤトに叩きつけられる。

 

斬られたことが癇に障ったのだろう。プライドの高い生物は傷付けられることを最大の侮辱とし、斬撃を刻んだ相手を決して許さない。

 

血走った双眸が鋭さを増し、高まった殺意がハヤトの首筋に死神の鎌として向けられた。

 

 

「だからなんだ? 死神だろうがなんだろうが、ンなもん俺には関係ねェな」

 

 

思考を放棄したと思わせる巨体が自分の方へと一直線に猛進している。突撃まで五秒もない僅かな時間、しかしハヤトは未だに剣先を向けて迎撃の姿勢を崩さない。

 

どうしてだろう。自分の方が明らかに不利状況にあるというのに、全く負ける気がしない。勝てる見込みなどゼロに等しいのに、勝てる未来しか想像できない。

 

目の前から襲いくる、大型トラックのような圧迫感ある光景を前にしてもそれは揺るがなかった。

 

この世界から見ても最上位に君臨する魔獣であるドラゴンが牙を剥いている、それを理解しても尚、勝てる気しかしない。根拠のない自信が心の底から温泉のように湧き上がってくる。

 

どうしてだろう。それはきっと——、

 

 

「今の俺は今までで一番強ェぞ! そりゃ、アイツから託されてんだからなァ!」

 

 

衝突間近。当たればハヤトの肉体であったとしても軽々と跳ね飛ばすそれを前に彼の体が真上へと跳ね上がる。何が起こったか、彼の足元から伸びた柱が肉体を押し上げ、紙一重で脅威を凌いで見せた。

 

追尾する瞳が真上へと向いた時、ハヤトは既に攻撃の予備動作を始めていた。

 

身を翻し、天と地が逆さまになった彼の片手が大剣を手放し、真下へと伸ばした拳に収束する熱量が爆発的に燃え上がると熱波となって降り注ぐ。

 

——火属性魔法の予備動作。刹那で照準を合わせる拳が眼下の獲物へと向けられる。

 

 

「よく覚えとけ! この野郎!」

 

 

上昇する視界の中、ハヤトは意味もなく言葉を放つ。それが相手に理解されているかも分からないけれど、彼はドラゴンという脅威的な存在に対して挑発をやめない。

 

 その時、

 

眼下。自分が選択した攻撃に対してドラゴンが左右の翼で自身の体を覆い隠す動作が見られた。数秒後には直撃する高火力に対して完全防御形態、身体を丸め込む。

 

自分の想像は間違っていなかった。やはり飛行用ではなく防御用。となると、翼は最も硬い部分だろうと予想できる。でなければ鋼の刃をも通さない鋼の鱗に身を包んだ上から翼で覆うこともないはずだ。

 

ならばこの魔法は無駄打ちになる。が、ダメージが入らないこともないだろう。灼熱に焼かれれば流石に焦げる部位は出てくるはず。寧ろ、防御を固めるならば上から剥がす。

 

マナを収束させるハヤトが拳の先に浮かべた熱量に更に熱を加え、轟々と燃え盛らせていく。向こうが受けに回ったと知った彼は、ならばと火力でゴリ押しの意志を魔法に宿す。

 

それから彼は先ほどの言葉の続きを口から楽しげに吐き散らし、

 

 

「男ってのはな。誰かからーー相棒から全てを託されたとき」

 

 

その言葉が終わった瞬間、魔法の準備は整った。上昇する力が絶え、重力に任せて自由落下する中、彼は照準を合わせた拳を力強く握り締め、

 

 

「限界を超えて強くなるんだよーーッ!」

 

 

 ——放つ。

 

 

「アル・ゴーア!!」

 

 

高密度に圧縮された火球が弾丸と遜色ない速度で一直線に落ち、赤よりも赤いそれが衝撃波を伴って突貫し、硬い鱗を溶かすべく灼熱をドラゴンに齎そうとしている。

 

ハヤトの心を映し出した火球は、それこそ主人と同等の火力を宿し、圧縮に圧縮を重ねたマナが膨張するのを堪えるように内側から外側へと振動して。

 

 一瞬の静寂。火球と鎧が接する間に訪れた異様な静けさを両者の耳が感じ——、

 

 その、直後。

 

 

「ーーー!」

 

 

嵐の前の静けさに終焉を呼び寄せた破壊が刹那の轟音と共に大規模な爆発を引き起こした。守りを固めたドラゴンを空間もろとも飲み飲み、荒ぶる豪炎が頑丈な守りを溶かしていく。

 

そしてそれは続く余波を第二波目として、更に鎧を溶かし、焦がしに襲いかかる。高温は過ぎ去ったが、高温によって生み出された熱波がありえない熱量を鎧に叩きつける。

 

気合を入れすぎた結果だ。流石のハヤトも予想を大幅に越した余波に驚愕し、咄嗟に地面から伸ばした岩の柱にしがみつく。まだ着地していない状態での余波は容易く彼の肉体を吹き飛ばし、危うく自滅するところだった。

 

 

「……どうだ?」

 

 

半ば、答えの分かりきった疑問をハヤトが口からこぼす。余波の収まった世界で彼は柱の上に足裏を合わせ、真上から見下ろした。眼下は黒煙で視界不良と、何も見えない。

 

流石に倒せてはないだろう。が、少しは傷を負ってしてほしいところ。自分としても最大火力を超えて発揮した超火力。これで無傷だったら軽く戦慄する思い。

 

黒煙は、まだ晴れない。中にいるであろう魔獣の影すら飲み込む煙は依然として空間に漂い、ハヤトの心を苛立たせる。早く、早く魔法の結果が知りたい。でないと次なる行動に移れない。

 

 ーーならば。ここは一つ、自然の摂理(フラグ建築)に力を貸してもらうことにしようか。

 

 

「やったか?」

「ーーー!」

 

 

分かりやすい反応にハヤトが目を細める。生じた暴風が黒煙を薙ぎ払い、視界不良だったはずの光の舞台が真反対の視界良好に一瞬にして変化。中央に存在する魔獣が健在だとよく分かった。

 

やはり、いついかなる時も自然の摂理というものは効果を発揮するようだ。覆い隠した翼を無茶苦茶に薙ぐドラゴンがイライラ感満載で暴れ回っている。お陰で黒煙は晴れ、双方の殺意が交差した。

 

一つは見下ろすハヤト。一つは見上げるドラゴン。

 

立場が逆転した両者の視線が空間で、まるでヂリヂリと火花を散らしているかのように衝突。それはつまり、第二ラウンド開始の合図だ。

 

 

 ーーだよな。こんなもんで倒れるわけがねぇよな

 

 

言葉を生まない代わりに大咆哮を上げるドラゴンにハヤトが笑う。割と本気で放った魔法が無傷に終わる事実に彼は戦慄。しかし、それを遥かに上回る感情が心をどこまでも燃え上がらせる。

 

彼の心をアツくさせる感情。それは、

 

 

「もっと、もっと戦おうぜーー!」

 

 

戦闘大好き人間、死闘大好物人間のハヤトが両手で大剣の柄を握り締め、柱を蹴り上げた彼の体が天空より放たれる。

 

どう考えても愚策としか思えない特攻。しかしハヤトは迷いなくそれを選択し、対抗するドラゴンの殺意に挑戦状を叩きつけた。

 

 

 

 ハヤト対ドラゴン。森の主を決める戦いは、まだ始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

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