親友とリゼロの世界に飛ばされたお話   作:ノラン

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刹那と瞬間の死戦

 

 

 

 

その死戦を一言で表すならば、『静寂』だった。他にも当てはまる言葉は沢山あるが、その言葉が一番当てはまっている。

 

 

赤色の華が止めどなく狂い咲き、月光によって煌めく雫が永遠に舞い散る。熾烈なはずの戦いは掛け声の一つも上がらない。同じくして展開されるドラゴンと人間の戦いとは、正に真反対のような静寂。

 

戦場にしては異様な空間だ。戦場というものは、人間の様々な思いが混濁し、時には罵詈雑言が飛び交う感情と感情の衝突が行われる空間。しかし、それら全てがそこには存在していなかった。

 

何も、何もないのだ。人間が発するであろう声が、一つも聞こえてこない。それでも尚、その死戦が熾烈だと判断できるのはそれ以外の事柄が常軌を逸しているからだ。

 

斬撃が連鎖し、肉体が飛び散り、血潮が弾け飛ぶ。

詠唱が重なり、マナが声を上げ、魔法が飛び出す。

 

鋼の一閃が、風の暗殺が、火の煉獄が、水の氷結が、四肢の暴力が、空間を支配する。

 

細かく生じる剣戟の音と、連続して起こる魔法の余波が、戦闘の熾烈さの度合いを物語った。

 

戦闘によって空間に齎される『声』以外の事柄が、死闘の中に死神を招き、その鎌が幾度となく命へと振りかぶられている。剣戟も、魔法も、そのどちらもが同時に展開する戦場。

 

 

 ——その中で。一つの影と、それを取り囲む複数の影が動く。

 

 

枝を蹴り上げ、地を踏み荒らし、闇の中で一つの影に複数の影が一度に殺到する。一瞬たりとも気の抜けない複数の影による蓮撃が、一つの影の命へと牙を剥いた。

 

複数の影達——魔女教徒が所狭しと動き回る一つの影へと追いすがり、手に携えた狂気で獲物を仕留めんと手を伸ばす。一人一人が『個』で動くのではなく『数』として立ち回る奴らは、やはり連携においては卓越していた。

 

対する一つの影——テンの行動は速い。()()のではなく()()。視野に入る情報と肌で感じる殺意を高速回転する思考回路が刹那で処理し、瞬間で肉体へと電気信号を走らせる。

 

その二つが一秒にも満たない間に完了するテンはこの場の誰よりも速く動き出し、思考回路によって導き出された行動の三択を瞬時に選び取る。

 

 あるいは迎撃。

 剣で。魔法で。暴力で。己の持ちうる全ての力という力を武器に、全方位から命を削り取る死神の鎌(短剣)を迎え討つ。

 

 あるいは回避。

 これまでの戦闘によって第六感が研ぎ澄まされ、魔女教徒のみが発する歪な気配、言葉に表現しようのない殺気を理解し。紙一重で凌いでいく。

 

 あるいは反撃。

 迎撃、回避によって相手に生じた瞬間の乱れを刹那で味方につけ、その命を削り取る。削られる前に、自分が命を絶つ。死神の鎌を扱えるのはお前たちだけではないと。

 

一度に複数の殺意が迫る戦場ではその三択の連続だ。迫る殺意の一つ一つに対して瞬時に選択された行動が肉体を動かして的確に対応し、次なる三択へと思考が回る。

 

 

 ーー来る

 

 

 前方の刺突、迎撃から反撃。

 

 左右の斬り下げ、回避。

 

 後方の斬り上げ、回避。

 

 後続の火球、迎撃。

 

 

 前方からの刺突を真上へと弾いて迎撃、直後に拳を顔面に捩じ込んで反撃。

 打ち出した肉体を正面にしながら視界の端っこに映る左右からの斬撃に身を捩って回避。

 掠めた短剣の熱を無視しながら、後方より懐に入り込む鋼につま先を蹴り上げて前方へと大きく跳躍して回避。

 刃が空間を切る音を背中に、着地点に降り注ぐ火球に焼かれた。

 

くぐもった苦痛の声が鈍く鳴り、それすらも火球は焼き尽くす。衝撃に肉体が地表に叩きつけられ、両手に収まり切らない数の火球は尚も殺到した。

 

三択を瞬時に選択できているにも関わらずテンが被弾を抑えられないのは、許容しきれない攻撃が複数の中に紛れているからだ。魔法の展開、寸前で眼前に迫った火球が全身に拳のような勢いで叩きつけられる。

 

 

 ーーやられた。跳躍の着地点を予測された

 

 

その程度のことなど容易い連中を前に大きく跳ぶなど自殺行為だった。三択に思考が働きすぎて予測されることを予測していなかったミスだ。

 

苦笑。時間がない。次が来る。すぐ間近、吹き飛ぶ肉体に追撃の火球が迫る。真後ろから枝の折れる音がする。血溜まりを踏む音がする。相手が接近したことを意味している。立て、すぐ立て。体制を整えろ。

 

 

「ウル・ヒューマ」

 

 

 詠唱。

 

酸素を削りに削った、本人の耳にすら届かぬか細いそれが内側のマナへと呼びかけ、水のマナへと変化したそれが展開した氷の大盾がテンの前方を瞬く間に白く染めた。

 

二本足で立つ彼の体を完全に隠すそれと火球が衝突する。質よりも量の攻撃と、量より質の攻撃が使用者の意志に従って役目を成すべく無言で鎬を削り合いを始めた。

 

目の前で魔法の攻防が行われる最中、その内側では既に鋼と鋼の攻防が始まっていた。後方から飛びかかった魔女教徒に対し、脇を通すようにして刺突された刀がテンの懐から槍のように伸び。自身を利用した見えない場所からの斬撃が襲撃者の心臓を貫く。

 

前を向くテンはその事実を知らない。牽制程度に突き出した刃など当たっているだけでも御の字。刀の柄から手を離す肉体が反転し、薙ぎ払われた右腕が振りかぶられた短剣を携えた腕を打ち払うと、再び柄を握る拳が首元へと振られる。

 

心臓を裂き、肋骨を貫通し、肺を抉り、裂傷をその身に刻ませた刃が首元へと到達。圧倒的な切れ味を誇る刃が臓器の中を押しに押し進み、最後には喉笛を切断し、首の中から出た。

 

相手の返り血を浴びるテンは、しかし感情を表に出さない。開始のような昂りは消え、凍てつく瞳が自身に降りかかる脅威を理解し、狼のような鋭い動きで獲物の首元へと噛み付く。

 

 ——不意に、閃光が煌めく。闇を照らす光源が息をする者達へと光を齎した。

 

それは、豪炎と氷結の結末が引き起こした瞬間の光だった。攻め続けた火球と守り続けた大盾の戦いが終結し、弾けに弾けた火を材料として砕けた大盾、氷の破片が宝石のように強く煌めいている。

 

否、煌めいたのは氷だけではないとテンは全方位を見る。見えた、闇の中で生じた閃光を反射させながらこちらへと伸びる白い鋼、魔女教徒が握る短剣が、ゆっくりとこちらへ向かっている。

 

 

 ーー不思議な感覚だ

 

 

時間感覚が曖昧になることはこれまでにも何度かあった。極限の集中が一時的に体感時間を引き伸ばし、視界に映る光景の全てが遅くなる中で、自分だけが——自分の魂だけが加速する。

 

実際に世界が遅くなったわけでも、自分が速くなったわけでもない。遅くなった世界で自分一人が速く動けるなんてことはありえない。時間はいつも通り、相変わらず無感情に時を刻んでいる。

 

しかし、迫る煌めきを見るテンの瞳は依然として時間の概念から乖離された世界を映し出していた。何もかもが緩慢になる中で一つ、テンという存在の魂だけが加速している。

 

初めてこの世界を見たのは流法を習得する時、レムを助ける時だ。あの時は何がなんだか分からずに素通りしていたが、アレは間違えなく今の状況の始まり。

 

二度目に見たのは数分前、ラムを助ける時。彼女の倒れる姿を見た瞬間から、世界が色褪せ、音が消失し、時間経過が曖昧になる。

 

意図的に見ることはできない。何度か試したものの、たったの一度も見ることは出来なかった。ロズワールに三途の川にぶち込まれた時も、見ることはなかった。

 

ならば、どんな因果関係で自分がこの世界を見ているのか。もし、彼女達がスイッチになっているのならばこの状況にも納得がいく。今まさに、自分はそのために戦っているのだから。

 

しかし、そうでないとしたら。

 

コレはなんなのだろうか。極限状態に追い込まれた時のみに生じる、『時間の概念から乖離した世界』を見る現象は何を起点に起こりうるのか。仮説などいくらでも立ちすぎて分からない。

 

 ただ、

 

 

 ーー今は、いつも以上によく見える

 

 

きっと今の自分は()()()()のだとテンは自分のことを客観視する。主観的に自分のことを見るのではなく、外から自分のことを見たとき、それは外の人間の目となって自身の今を理解させた。

 

ここまで幾度となく心を奮い立たせ、大切な人達からの励ましを受け、精神が整い。多くの魔獣をねじ伏せ、魔女教徒を斬り倒し、鬼の力に真正面から挑み、肉体が整った。

 

今日ほどの激闘を経験したことが今までであっただろうか。否、今のところ死人すら出ていないものの、原作並みの地獄を軽く味わったことで極まってるのだと思う。

 

この現象、敢えて言葉にするなら『ゾーン』というやつだろうか。そこまで自分が鍛えられた自信はないが、だとしてもこの状態はそれと類似するものがある。

 

刹那が無限に引き伸ばされ、視界から敵以外の全てが除外され、一時的に限界を超えたその先へと足を踏み入れさせる現象。本家に敵わないとしても擬似的なそれに今、自分は入っている。

 

お陰でよく見える。光を乱反射させた鋼が全方位から突貫する悲劇的な光景が。既に飛び掛かられている。首を刎ねた直後、数秒にも満たない間に。

 

途端、視界を埋め尽くす煌めきが身体中を串刺しにする未来が脳裏に過る。何もしなければその未来は確定し、自分は死ぬ。

 

 

 ーーそんなこと誰が認めるか

 

 

直撃間近。魔女教徒による殺戮が形になる未来が確実となる寸前。包囲網の中心で浅く息を吐いた音が刃を携える者達の鼓膜を刺激した瞬間、一陣の風が囲いの中から突き出る。

 

次の瞬間にはテンは包囲網から脱していた。全方位から来るならば一点突破。真正面より刺突された短剣を掠めるように突撃し、使用者の腹部から刀を貫通させた。痛みを感情に含めぬ反撃を本能が悟った時には決着はついている。

 

斬り上げ一直線。腹部から貫通した刃が反転し、真上へと振り上げられた刀が人体を真っ二つに切り捌いた。魔女教徒とは言えど元は人間、顔面を真っ二つに割られれば息絶える。

 

死した肉体から刃が血を纏いながら飛び出すのを眼前にテンの鼓膜は後方、土を突き刺すような鈍い音を捕らえた。恐らく自分の影が残る地点で包囲網による突き刺しが行われたのだろう。

 

突き刺し、血が弾け、テンの絶叫が木霊し、尚も動く剣先がテンの肉体を蹂躙——それが魔女教徒が描いた未来。

 

しかし覆された未来は、テンが包囲網の中から強引に抜けた直後に仲間の一人を始末するというもの。様々な未来が分岐する中で速さで勝るテンが死の分岐から逃れた。

 

 

 ーーならば、どうするか

 

 

短剣を地面に突き刺した直後の魔女教徒を背後にした今、自分が取るべき三択はどれか。迎撃か、回避か、反撃か。地面から刃を引き抜くまでの僅かな隙をどう活かすか。

 

敵の数は不明。対して自分は一人。

 

 

 ーーならば、どうするか

 

 

数の有利、多勢に無勢は万事において無勢側に不利を押し付ける。

 

 

 ーーならば、どうするか

 

 

『数』を『個』で相手にするとき、一度でも守りに入れば死ぬとテンは知っている。それはもう、沢山経験してきた。

 

 ならば、

 

 

 ーー反撃あるのみ

 

 

「エル・フーラ」

 

 

 瞬間。

 

暴風が煌めきを殴り、光が乱舞した。

 

宙を舞う氷結の煌めきが生じた暴風によって吹き荒れ、射出されたテンの影が凄まじい初速を得て包囲網の中へと自らを飛び込ませた。一度は抜けた死へと、今度は自分が死を齎すために。一瞬の隙を刹那で掴み取るために。

 

戦いの中で生じた僅かな隙。物を引っこ抜くだけの動作、日常の舞台ならば然程気にならない瞬間の時間は。しかし戦闘という、瞬間を味方につけることが生死を分ける舞台では勝利の要素において重要視される一つだ。

 

地面に刺さる短剣を引き抜くために膝を折り曲げた複数へと反転する体が飛び込み、右腕と連動して薙ぎ払われる刃が半円を描きながら宙を走った。鋭く、速く、逃れようのない死が魔女教徒の首を捕らえる。

 

 

 ーー迎撃、不可能だ

 

 

仮に抜いた短剣が刀を相手に行手を阻もうがもろとも叩っ斬る。

 

 

 ーー回避、やれるものならやってみろ

 

 

飛び退くことは可能だが。折り曲げた膝を伸ばす動作と自分の剣速、どちらが速いか望むところ。

 

手前の首を刎ねた直後、速度の落ちることのない刀が二人目、三人目へと突き進む。背中にのしかかるはずの倦怠感と重力、腕に重なるはずの質量を感じさせない機動力が接近を悟らせぬ間に首を飛ばした。

 

数が多いことが魔女教徒の仇となった。人一人分の空間に複数が固まれば一人一人の距離感もゼロに等しく、小枝のように振られる刀が瞬間的に三人を殺すのにも時間は掛からない。一度、距離を詰めただけで刃の領域に複数の首が入ってくる。

 

大気が血に濡れ、急所を確実に捕らえられた三つの首が激しく回転しながら闇に飲まれていく。その光景こそが、戦場が常軌を逸していることを表し、尚も血の光景は大気を汚していった。

 

刀を振るテンの視界に映るのは四人。三人を確実に仕留められたそれらの動きに感情はない。

 

一人は飛び退く挙動を見せ。一人は眼前に迫る刀に体を逸らす動きを見せ。二人は無防備な横っ腹へと剣先を突き刺す動きを見せ——否、既に剣先が皮膚に触れている。

 

流石に三人までが限界だった。四人目に届くはずだった刃は寸前で避けられ、空間を縦に斬り裂く刀が地面に叩きつけられようとしている。反撃として左右から残った二人が迫った。

 

 鋼の感触が、皮膚の先に届く。

 このままじゃ、死ぬ。

 

体の内側に侵入しようとしている熱源に対し、頭の中に浮かび上がったのは回避。

 問題はその方法————。

 

 テンの肉体が、跳ね上がる。

 

振り下ろす刀に渾身の力を込めた瞬間、地面と接着する刃が深々と埋まる。自ら武器を失う危険のある行為を行ったテンが取った行動は跳躍、刀を支点に体全体で弧を描くように。高く跳ぶと撃ち落とされるから低く、前に。

 

 魔女教徒の短剣が、空間を突き刺す。

 

短剣が皮膚を抉る寸前、コンマ数秒の戦いに敗北した二つが皮膚より先へと鋼を通すことはなく。しかし、刺された状態で無理やり抜け出されたのだ。当然、剣先の当たる部位から横に一筋、細い裂傷が刻まれる。

 

 テンの肉体が、跳ね上がった。

 魔女教徒の短剣が、空間を突き刺した。

 

 ほぼ同時だった。

 

思考が導き出した選択肢を咄嗟に行動に移したテンがぐるりと一回転。天と地が瞬間だけ逆転し、体勢を支える柄を握る腕に全体重がのしかかり、次の瞬間には埋まった刀が前に進む力に引き抜かれ、足裏が地面に合わさる。

 

それは正に、いつかのテンが苦労していた動き。幾度となく背中を芝生に打ち付けた動作、ハンドスプリングとほぼ同じ動きだった。あの時はできなかった動きが今、土壇場で発揮された。

 

 

 ーー今、どうやってやった?

 

 

気にしてる時間はない。次の波が襲いくる。

 

そんな感情など今は捨て置け。できたならできた、それで完結させろ。一秒前の感情なんて刹那で頭の片隅に追いやれ。

 

姿勢を整えたテンが真正面から突撃した鋼に鋼を打ち合わせ、真横に薙ぎ払われた刀の力に負けた短剣が持ち手ごと激しく横に流れた。連動する肉体がコマのように大きく回る。

 

なるほど、やはりこの程度なら力でゴリ押しできる。流れるようにテンは追撃を加えるべく一歩、右足を相手の懐へと深く踏み込ませ、

 

 

 ーー違う

 

 

その違和感に瞳が細められる。

 

確かに、相手の攻撃を力で無理やり弾くことはこれまでにも成立させていた。が、相手の肉体までも力の方向に弾くことができていただろうか。

 

そんなわけがない。一度もない。これは明らかに流されることを前提とした旋回だ。与えられた力を回転の力に変換して次の攻撃に繋げるための予備動作。

 

釣れられた。そう理解した時には苦鳴が喉を振動させ、右半分の視界が赤く染め上げられる。深く踏み込んだことが仇となった。恐らく、それすらも釣られたことに含まれる。

 

思考が動く前に脊髄反射で無理やり体を逸らすも、眼球僅か数ミリ。動体視力が辛うじて追える速度の斬撃が途上の大気を斬り殺し、遠心力とテンの力を乗せた剣先が標的の右目、涙袋を掠る。

 

掠っただけ。しかし流法や防護の加護の恩恵をほぼ受けない極小な部位にとっては致命的だ。弾け飛ぶ液体が右目を血で満たし、視界不良のテンは続く蓮撃への対応が鈍る。

 

半ば強引に逸らした上半身。下半身の力のみで姿勢を保つテンの視界が高く聳え立つ木々を捉え、彼は悲劇的な光景に目を見開いた。驚愕したのか、恐怖したのか、自分でもよく分からない。

 

相変わらず世界は遅く、時間経過は曖昧だ。それ故に、身に降り注ぐ光景が心をじわじわと焦らせてくる。瞬間に訪れるはずの未来が、何十秒先に感じられる。

 

 見えたのは鋼の剣先だった。

 

瞳の先、すぐ目の前、拳三つ分の距離。油断などなかった、目の前の相手で精一杯ではなかった、常に周囲に神経を尖らせていた。はずなのに。

 

 見えたのは夥しい量の火球だった。

 

剣先を抜けた先。右半分が濁った世界が揺らめく火球によって無音で焼かれている。枝の上から見下ろす灼熱が、雨のように降り注がれようとしている。

 

きっと、攻撃自体は自分が正面の一人を相手にしている間に開始していたのだとテンは思う。顔を上げた時には既に目の鼻の先に迫っているのだから、予兆の一つもない。

 

 当たる。眼球に突き刺さる。

 当たる。灼熱が降り注ぐ。

 当たる。尚も旋回する前方の刃で首を裂かれる。

 

 ——終わる。

 

容易く未来が脳裏に描かれた。一人で戦い始めてから何度と幻視し、覆していた『死の未来』が。相手の殺意に宿る死神の鎌が、自分の全身をめった切りにし、魂が持っていかれる。

 

回避、無理だ。跳ぶためには時間が短すぎる。

 

迎撃、無理だ。刀は既に振り切り、戻すまでの時間がない。詠唱を刻む間に眼球が抉られる。

 

反撃、無理だ。回避と迎撃の先にある行動が選択できるわけがない。

 

完全に選択肢を奪い去られたテンの呼吸が止まる。脊髄反射すらも麻痺した結果として瞬間の停滞を彼の肉体に及ぼし、戦場においてその停滞は文字通り『死』を意味する。

 

 

 ーー死ぬ

 

 

理解した二文字を心が呟く。受け入れられない二文字が、心臓の鼓動を速めた。

 

何か打開策はないかと凄まじい速度で回転する思考回路を他所に、心は完全に停滞している。理性が「諦めるな」と必死に呼びかけるが、本能が「無理」だと言った。

 

生半可な覚悟で挑んだつもりなどない。必ず生きて帰ると約束して残ったつもりだ。決して揺らがないと、絶対に折れないと心に強く刻んだはずだ。

 

しかし、用意された三択のどれにも当てはまらない脅威を目の前にした時、テンの心は動揺せざる負えない。『死ぬ』の二文字を思わずにはいられない。

 

その根源である鋼が瞳を貫く————。

 

 

 ——寸前。視界の端っこに映る、青色を見た。否。青色の腕輪を見た。レムの姿を視た。

 

 

刀を持つ右腕を薙いだことで膝が折れ曲がり、接近する手首に付けられた絆の形が、鈍い光を纏って瞳に収まった。

 

どうしてだろう、それを見た途端から目が離せなくなった。瞳が小さく動き、身に迫る脅威よりも優先し、理性が彼女の存在を強く主張させている。

 

 

 ーーレムとの約束をもう忘れたのか!

 

 

理性が本能に暴言を叩きつける。本来ならば逆の立場が、今は逆転して。

 

 

 ーーいやだ。まだ、死ねない!!

 

 

その声に本能が叫び声を上げた。受け入れられるわけもない『死』を否定する声が、心の奥底から鼓膜に轟いた。

 

 

 ーー探せ! 見つけろ!

 

 

選択肢がないなら新たに見つればいい。見つけられないなら生み出せばいい。ゼロからイチを生み出すことなど今までにもやってきたことだ。今さらどうということはない。

 

迎撃でも、回避でも、反撃でもない。三択に縛られることのない四択目の選択肢。死の未来を覆すことのできる方法。

 

 

 ーー被弾

 

 

その時、高速回転していた思考回路が一つの選択肢を導き出した。考えに考えた結果として、最後の選択肢を作り出した。

 

どう足掻いても避けれない。なら、せめて致命傷だけでも避ける。死なない程度の攻撃で済ませる。死ぬこと以外を擦り傷とし、許容できぬ一撃は無理やり受ける、と。

 

悩んでる時間。皆無。もう行動に移している。何十秒にも引き伸ばされた時間が刹那へと戻り、魂が世界と同じ時を刻んでいく中、体は動いた。

 

深く踏み込んだ右足に全ての活力が宿る。

 

不意に剣先が捉えていた部位が斜め上へと十センチ程度のズレを生んだ。瞳を抉るはずの鋼は目標を見失い、身代わりに飛び込んだ右肩に深々と突き刺さる。

 

何が起こったか。単純だ、前方へと深く踏み込んだことで曲がった右脚の膝を、最大まで伸ばしただけのこと。曲がった部位が元に戻ろうとすれば、肉体もまた押し上げられる。

 

単純、単純ではあるが。その代償は大きい。お陰で右肩に違和感が突き刺さっている。出血の量は無視できない。だがまだ使える、まだイカれてない。

 

多分、痛いのだと思う。脇腹に加えて右肩の二つが全身に齎し続ける激痛は、並のものではないのだと思う。

 

感覚——そんなものは消えた。

 

レムに抱きつかれた時点で消えた。あの尻餅をついた瞬間から、痺れるような痛みを感じた数秒後から。痛覚がオンからオフになったように途端に感じなくなった。

 

昔、漫画で読んだことがある。今の自分のような人間が動けている理由は、エンドルフィンと呼ばれる強い鎮痛作用のある脳内麻薬物質がドバドバに出ているからだと。それか、単に神経がイカれたか。

 

つまりはあれだ。

 

 

 ーー刹那でも気を抜いた(この極限状態を解いた)時がお前の最後だ

 

 

真上からの刺突。肉体を押し付けるように突き刺さった短剣についてくる魔女教徒の肉体がテンの上半身にのしかかる。傷を抉る刃が更に突き進み、最後には前から後ろへと肩を貫通した。

 

容赦のない一撃。しかし依然としてテンの瞳に激痛の色は宿らない。色々と整った彼の行動は目の前の相手と同等に感情がなかった。

 

真上からの重みを下半身が支えられるわけもなく、このままいけば体制が崩れて押し倒される。その先が行き着く未来はつい先ほど覆した全身串刺し死だ。

 

だから、そうなる前にテンは()()()()()。肉体と肉体が接する寸前、左手を肌と肌の間に無理やり潜り込ませた。接近する胸板に手の平が接し、何の意味があるのかと相手が理解する前に、事は起きる。

 

 

「フーラ」

 

 

吐息とほぼ変わらない詠唱。戦闘が開始して以降、言葉を音として発さないテンが詠唱すらも音として発することを止めようかと考え始めていた時、それは音の弱々しさとは裏腹にゲートへと強く呼びかけた。

 

呼んだのは風のマナ。相手を仕留める風の暗殺者を呼び出す詠唱がゲートの奥へと流れ、呼応するマナが風のマナとなってその姿を現した。が、テンの前に現れたのはただの風の塊だった。

 

切れ味を宿さぬ風が手の平から放出し、ゼロ距離で直撃した肉体が高く撃ち上げられる——降り注ぐ火球に直撃し、一人の魔女教徒が一瞬にして焼死体となって漆黒と同化した。

 

自分の手で殺さなかったのには意味がある。殺してしまうと撃ち上げた時に力の抜けた肉体が明後日の方向へと飛び、灼熱を防ぐ盾が消える。どうせ死ぬなら役立って死んでもらった。

 

前方の魔女教徒に釣られ、脊髄反射で致命傷を回避し、真上の刺突を右肩に受け、撃ち上げた肉体で火球を防ぐ。

 

ここまで瞬間の出来事。極限の領域に両足を踏み込ませたテンの世界は刹那を何十秒間にも引き伸ばし、しかし現実では数秒間にも満たない。

 

故に、逆境は去らず。

 

 

「ヒューマ」

 

 

故に、詠唱が重なる。

 

上半身にかかる重量は退けたものの、体制を崩されたことに変わりはない。未だに下半身は上半身を支えるために悲鳴を上げながらも耐えている。少しでも衝撃がくれば体制は容易く崩れるはずだ。

 

果たしてその体制を、正面の旋回する刃が無視するだろうか。否、答えは首筋に伸びた刃として既に明らかになっている。旋回に旋回を重複させた遠心力が凶悪な武器となって短剣に力を乗せた。

 

真上の攻防を終えた瞬間には当たれば即死不可避が迫る。否、迫っている。一つの戦闘が刹那で展開され、瞬間で終わる中、しかし数の有利を取る魔女教徒側は次なる戦闘をテンに押し付けている。

 

故に、詠唱が重なったのだ。

 

魔法は想像力が源。イメージさえ頭の中で明確に構築できれば、それは己の力となって世界に現出する。許容できる魔法であれば、あまりにも突飛でなければ、必ず形になり。

 

 それは、進軍する刃が命を削ぎ落とせなかったことを意味した。

 

刎ねるはずだった。血が飛び出すはずだった。その魔女教徒は、確かに悲劇の光景を見たはずだった。だが、事実として悲劇の未来は訪れず。代わりに光の宿らぬ瞳が映し出したのは氷の破片。

 

それも、目の前の人間から止めどなく溢れ続ける命の雫の色をした破片。全身が血に濡れる男の色をした破片——血の色をした氷の破片。

 

刃が捕らえるはずだった皮膚の上から被さり、それが命が絶たれる寸前でテンを守っていた。皮膚よりも分厚い真紅の盾が、鋼を受け止めていた。

 

魔法は想像力が源。

 

 

 ーー水のマナは、水を凍らせて氷を作り出す

 

 

イメージさえ頭の中で明確に構築できれば、

 

 

 ーーでも、水を生み出す時間がない

 

 

それは己の力となって世界に現出する。

 

 

 ーーなら、水でなくともできるとしたら?

 

 

許容できる魔法であれば、あまりにも突飛でなければ、必ず形になり。

 

 

 ーーこの液体(鮮血)を、利用できるとしたら?

 

 

それは、矛となり盾と成る。

 

 

 

 

 ——反撃に転じる刀が返り血を浴び、尚も迫る魔女教徒を凍てついた瞳が睨んだ。

 

 

 

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